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シナリオ詳細

<神逐>呪具『大鏡餅』を割れ

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


 西日に照らされて、障子を淡く彩る紅葉が秋を感じさせる四畳半の庵室。『貴族騎士』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)は、先の戦いで囚人となった大膳司長、伴野忠房(ともの ただふさ)と膝をつき合わせていた。
 二度とあのような化け物が、市井の人々を困らせることがないように――。
 夏の終わりに退治した複製肉腫『どすこい』の元である純正肉腫を探すうちに、シューヴェルトは忠房に行き当たった。
 だが、無理を押して軟禁状態の忠房に会ってみれば、すでに改心して人に戻ったあとだのである。
「では、もうあの肉腫――『どすこい』たちが世に出ることはないのだな?」
 どうにも信じられず、念押しする。
 忠房は純正肉腫ではなかった。複製とはいえ純正に近い力を持っていたらしいが、だからと言って忠房が、単独で別の複製肉腫を作り出せたとは思えない。
 別の肉腫が事件に関わっていた可能性がまだ残っている。あるいは別の何かが関わっていた可能性が。
 果たして忠房は、シューヴェルトの問いにうめき声を漏らした。
「時勢が時勢だけに、断言はできぬ」
「どういうことだ?」
「あれの元になった『大鏡餅』が、光華池の中央に建つ六角堂に祭られている。一種の呪具であるが、本来わし自ら調理せねば、切り分けて肉腫にすることも、肉腫の種にすることもできぬ。だが……」
「だが、なんだ?」
「荒魂たる『黄泉津瑞神』の叫びと悍ましき魔性の月の加護を得て、『大鏡餅』自体が意思を持ち、自ら複製を作り出し始めるやもしれぬ」
 危惧していたことが現実になった。いや、現実になろうとしている。
 シューヴェルトは剣を掴むと、荒々しく立ち上がった。障子戸に手をかけて開く。
「待て。どこへ行く」
「決まっている。光華池だ」
 月が空に上る前に、呪具を破壊しなくてはならない。そのために地道に捜査をしてきたのだ。
 廊下へ出たシューヴェルトの背を、忠房の声が追う。
「まあ、待て。高天御苑の外れに今から急ぎ向かったとして、たどり着く頃には夜になる。一人で行くのはあまりにも無謀というもの。それにあの池は番人を置いている。それも二体」
 まさに今宵、魔性の月が煌々と神威神楽を照らす。
 池に到着時、呪具がすでに意思を持ち複製を生み出していたとしたら、最低でも三体の複製肉腫を相手にしなくてはならないだろう。
「――なら、なおさら急がないとな」


 シューヴェルトから話を聞いた『未解決事件を追う者』クルール・ルネ・シモン(p3n000025)は、大急ぎでイレギュラーズたちを集め、高天御苑の外れに向かった。
 ちなみに忠房も同行を申し出ていたが、いまだ寝返りの可能性が高いとして、却下している。
 クルールは光華池の手前で足を止めると、紅葉が禍々しい月の光を隠す枝下でイレギュラーズたちと向き合った。
 肩越しに親指を向け、月に照らされた池の中央に影黒く沈んだ六角堂を指さす。
「大精霊『黄龍』さま曰く、『黄泉津瑞神の暴走を放置すれば京は崩落し、無辜の民が犠牲となるだろう』だそうだ。その前に、すぐそこの池にいる二体の複製肉腫『赤牛』と『青牛』を倒し、六角堂に置かれた呪具『大鏡餅』を壊してくれ」
 池の周りは不気味なほど静まり返っている。
「幸いなことに、まだ『大鏡餅』は叫びの影響を受けていないようだな。だが、番人の討伐に時間をかけすぎるなよ。さっさと壊さないと、別の複製肉腫が作りだされてしまうぞ」
 呪具が生み出す肉腫は、『どすこい』という餅を重ねたような肉腫だという。
「じゃあ、あとは頼んだぜイレギュラーズ」


 光華池には『赤い牛』と『青い牛』がいる。
 『赤い牛』は、元は貴族の娘に懸想した悪僧。『青い牛』は、元は悪僧に攫われた貴族の娘である。
 屋敷に忍び込んで娘を攫った悪僧だったが、貴族の家来に討伐されそうになり、娘を抱いたまま池に身を投げておぼれ死んだ。
 悪僧は果てる前に『赤い牛』となって恨みを晴らすという捨て台詞を残した。娘は無念のあまり『青い牛』になって自分を救えなかった者たちを呪った。
 その後、月の夜には池の水面に赤牛と青牛の姿が映るようになり、御殿人たちを恐れさせたという。
 複製肉腫となった伴野忠房が、赤牛と青牛を倒して従えるまでそれは続いた。
 忠房に仕えてからは、池の中央に建てられた六角堂の番人となり、主が人に戻ったのちも呪具『大鏡餅』を守護している。ずっと。

GMコメント

●依頼条件
・六角堂の番人、二体の複製肉腫『赤牛』と『青牛』を倒す
・呪具『大鏡餅』を割り壊す

●場所と時間
高天御苑の外れにある、光華池。
底なし沼とのうわさあり。
真偽のほどは不明ですが、水際からいきなり深くなっているのは確かです。
ほぼ円形の池の中央に、一辺の長さが3メートルの六角堂が建てられています。
六角堂には、扉の正面に掛けられている太鼓橋を渡るしかありません。

夜。
明かりは天にある魔性の月のみ。
ちなみに六角堂の中は真っ暗です。

●敵1……複製肉腫『赤牛』
牛頭人体。和製ミノタウロスともいうべきものです。
身長は2メートル超。筋肉が発達しています。頭に大きな角が二本生えています。
六角堂の扉の前に立っています。
武器は鉄棒。
物理攻撃のみ。
『叩く』は近単、『突き』は貫通、『ぶん回し』は近列攻撃となります。
水中行動、暗視を持っています。
※一度死んで妖になったあと、忠房によって肉腫化されたため、人には戻りません。

●敵2……複製肉腫『青牛』
身長は1メートル50センチほど。
こちらは皮膚が青く、頭に小さな角が二本生えているだけで、牛面にはなっていません。
生前は美しい姫でしたが、いまは濡れた黒髪が顔を隠しています。
こちらは池の中から上半身を出して、太鼓橋を渡るイレギュラーズを攻撃してきます。
武器は持っていません。
神秘攻撃のみ。
『怨みごと』は遠単【呪い】、『すすり泣き』は遠列【麻痺】となります。
水中行動、暗視を持っています。
※一度死んで妖になったあと、忠房によって肉腫化されたため、人には戻りません。

●敵3……複製肉腫『ちびどすこい』
番人たちとの戦闘が始まった直後に、呪具『大鏡餅』から生み出されます。
サッカーボール大の糸目スライムですが、2ターンごとに大きくなります。
12ターン目には、鏡餅を重ねたような体形の立派な『どすこい』になります。
13ターン目にはもう一体、『ちびどすこい』が生み出されます。
やはり2ターンごとに成長していきます。

『ちびどすこい』
手足はありませんが、柔らかい体を伸ばして攻撃してきます。
水分を吸収して膨れるゲル体質で、池に落ちると巨大化します。
【もっちもち】……物/近単、魅了。ほんのりあったかくてもっちもち。
【喉に詰まる】……物/近単、窒息。く、くるしい……。
 ↓
 12ターン後……。
 ↓
『どすこい』
どっかり座ったお相撲さんのようにみえることから、『どすこい』と呼ばれています。
柔らかい体を伸ばして攻撃してきます。
水分を吸収して膨れるゲル体質で、池に落ちると水をぐんぐん吸って巨大化します。
【てっぽう突き】……物/中単、ノックB。体中どこでも伸ばすことができます。
【がっぷり】…………物/近単、麻痺。どーんとぶつかってきます。
【波打つ肉体】………物/近列、ぶるんぶるんの肉にぶたれます。

●呪具『大鏡餅』
元はただの大鏡餅でした。
『黄泉津瑞神』の叫びと悍ましき魔性の月の加護を得て、自我が芽生え、13ターンごとに複製肉腫を作りだすようになりました。
しめ縄を断ち切れば、呪いが解けて、ただの大きな鏡餅になります。

●その他
伴野忠房(とものただふさ/元べイン)
宮中儀礼に料理を提供するお役所、大膳司(だいぜんし)を束ねていた者です。
長胤の手で肉腫化させられましたが、イレギュラーズたちとの戦いを経て人に戻っています。
複製肉腫であったころに、呪具『大鏡餅』を使って『とすこい(複製肉腫)』を作ったり、妖や死にかけた金魚に『大鏡餅』の欠片を食べさせて肉腫化したりしていました。
※リプレイには登場しません。

  • <神逐>呪具『大鏡餅』を割れ完了
  • GM名そうすけ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年11月18日 22時20分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)
黒鎖の傭兵
無限乃 愛(p3p004443)
魔法少女インフィニティハートC
カナメ(p3p007960)
毒亜竜脅し
長月・イナリ(p3p008096)
狐です
シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)
天下無双の貴族騎士
晋 飛(p3p008588)
倫理コード違反
瑞鬼(p3p008720)
幽世歩き
鈴鳴 詩音(p3p008729)
白鬼村の娘

リプレイ


 樹木を分け入って進むと、大きな池があった。池の向こうに、幾つもの殿舎が黒い影となって建ち並んでいる。月光を受けて水面を白くさせた池には朱色の橋が架かり、その先に影となって見えているのが件の建物だった。
 とくに足音を潜ませてはいない。むしろこの騒ぎだ。鏡餅を守る番人も、早々に警戒して待ち構えているはずだ。にもかかわらず、『鏡餅』を守る赤牛も青牛も、そこに姿がなかった。
「忠房の話を信じるなら、青牛も赤牛も池の外には出ない。必ずこの先にいる」
 『貴族騎士』シューヴェルト・シェヴァリエ(p3p008387)は、油断なく辺りを見回して、銃剣のグリップを握った。
「しかし、まさかどすこいの元凶にたどり着くことができたとはな……」
 半ばあきらめていただけに自分でも驚きだ。
 エレガントな透かし模様をあしらったアイマスクを被り、僅かではあるが視界を明るくした。月あかりとの相乗効果で、まるで昼のように辺りが良く見える。明かりのない室内では、さらに役立つだろう。
「とっとと行こうぜ」
 『朱の願い』晋 飛(p3p008588)が池に沿って何歩か歩き、足元の小石を蹴飛ばした。ポチャと小さく音がして、池の水に波紋が広がる。初めは小さく、徐々に大きく――。
 隣でシューヴェルトが身構える。
 木枯らしが池を吹き渡り、木々の枝を揺さぶった。
「よう。待たせちまったか? 救いに来てやったぜ」
 水面下から上半身を浮かびあがらせた二本角の女――青牛を見て口角をあげる。
 ――遅いわ。
 妖が毒々ぐらい赤い唇をめくり上げて怨みごとを吐く。
 続いて反り返った橋の向こうから、黒頭巾を被った赤ら顔の坊主、いや牛が姿を現した。赤牛だ。橋の真ん中、一番高く盛り上がる場所で仁王立ちになり、持っていた鉄棒で橋をどんとつく。
 まだ気温もそんなに低くないというのに、赤牛の鼻から白い息が勢いよく吹きだした。名乗りを上げたつもりだろうか。
 これに応じたのは『魔法少女インフィニティハートD』無限乃 愛(p3p004443)だ。
 どこからともなく流れ出したキャラソングとキラキラビームを背景に、体の前でマジカルサイズを軽やかに回してポーズを決める。
「隠れし悪をも等しく裁く、愛と正義の流光! 魔法少女インフィニティハート、ここに見参!」
 愛は自然な流れでピンクのオーラを発し、飛が受けたダメージを消す。
「赤牛さん、青牛さん。その心に巣食う悪を、愛の力で吹き飛ばしてあげましょう」
 やれるものならやってみなさいよ、とばかりに青牛が鼻を小さく鳴らした。すっと池の中に身を沈めて隠れる。
 赤牛が頭上で鉄棒を回し出した。
 愛は顔から笑みを落とした。
「……さて、行きましょうか」


 シューヴェルトが弾幕を張りつつ、得物を手にした飛と先行して橋を渡る。
 後に続きながら、ふむ、と『黒鎖の傭兵』マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)は唸った。
(「門を守る2頭の異形頭……っていう割にはどっちも牛か」)
 マカライトの頭によぎったのは、おそらく牛頭と馬頭だろう。牛だろうと馬だろうと、倒すことには変わりない。それもなるべく早く倒さなければ、新たに敵が増えてしまうのだ。戦場はここだけではない。さっさと終わらせてしまうに限る。
 ガチャガチャと音を立てて、ガンブレイズバーストを伸ばした。
「……鏡開きには些か早過ぎるがな」
 『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)も巨大扇舞をばさりと開く。
「確かに。鏡餅を割るにはちと早い気もするが……割らねばならんのなら割るだけぞ」
「鏡餅? お正月のアレ?」
 明るい声で聞き返したのは『二律背反』カナメ(p3p007960)だ。
 そうだという答えに、ふうん、と左右で色の違うツインテールを揺らした。聖なるものの効果か、周りの空気がキラキラと輝いている。
「でも何かすごいのが守っているっぽいし、簡単には割らせてもらえそうにないけど……きっとみんなでやれば解決できるよね☆」
 よーし、と気合を入れて、カナメは腰から二振りの刀を抜いた。
 素早く駆けて先に戦う二人の間を抜け、赤牛の股下をくぐり抜けながら脛を切る。
 腰をひねって振り向いた赤牛を、「牛さんこっち、こっちー♪ どうせモーモー鳴くしかする事ないんでしょー?」と挑発し、クスクス笑う。
 ――小娘ッ!
 怒りで盛り上がった赤牛の両肩に、シューヴェルトと飛が後ろから飛びかかった。
「いまだ! 突破しろ!」
 合図を受けて、橋の左側を愛と『特異運命座標』鈴鳴 詩音(p3p008729)が、右側をマカライトと『狐です』長月・イナリ(p3p008096)が走り抜けていく。
 詩音は通り過ぎる一瞬、シューヴェルトと目を合わせて頷いた。その顔にはすでに、悪鬼の笑みで覆われている。
 夏の頃に暴れていたというどすこいのことは知らなかったが、聞いた話ではなかなかユニークな妖のようだ。いまから戦うのが楽しみでならない。
 一方、イナリは飛に声をかけた。
「無理しないでね」
 流れる水のようなよどみのない動きで赤牛の脇腹に一撃を叩き込みつつ、抜けていく。
「おう。そっちは頼むぜ――って!?」
 橋の下から女のすすり泣きが聞こえてきた。
 赤牛の横を走り過ぎた途端、四人うち前を走っていた愛とマカライトの足の動きが鈍くなる。
「なんだ?」
「あ、足が重い……」
 赤牛が大回転して体に縋り付いていた二人を振り飛ばす。カナメも六角堂の前まで蹴り転がされてしまった。
「急ぐわよ、詩音さん」
 赤牛の向こうから、イナリの声がした。こくりと頷いた直後、マカライトが牽制で青牛の腹を撃った。
「先に行くぞ」
 イナリに肩を担がれて、六角堂へ向かう。
 詩音も急いで愛の肩を担ぎ、走る。途中で立ちあがったカナメとすれ違いざま、無言でハイタッチを交わした。ぱん、と小気味のいい音が月夜に響く。
 橋の下に響く足音で、何人かが赤牛を突破したことに気づいたのだろう。行かせまいとして、青牛が泣き声を一段と高めた。
「そう泣くでない。わしがおぬしの相手をしてやろう」
 板をすり抜け落ちてきた声に驚いて、青鬼が顔をあげる。まるですぐそばでささやかれたようだったからだ。
 暗い橋の底に視線を舐めるように這わせていると、すぅと青白い霊魂が目の前を通りすぎて行った。
 振り返る。
 欄干から銀の池面に逆さ吊りになった瑞鬼がいた。
 白に近い灰色の髪先が、仄かに青みを帯びながら、ゆらりゆらーりと水面をかすめる。
「もはや戻れぬというのならここで送ってやるのも優しさじゃな。疾く逝くがよい」
 きっとあがった青牛の眦が朱に染まる。
 ――なんじゃと。
 怨みに歪んだ声が瑞鬼に浴びせられる。
 瑞鬼はゆるりと腕を横へ伸ばすと、現世に染みだした冥府の闇を広げた。
「確かにお主は運が悪かったやもしれん。じゃがそれを理由に他を呪うのは違うぞ? 怒りを抱く相手を間違えるでない。お主の真の敵は橋の上にいる赤い牛じゃろうて。どれ、今ならわしらもいる。生前の恨みを晴らすなら今ではないか?」
 青牛は外敵からの思わぬ提案に目を瞬かせたが、それも一瞬のこと。すっと音もなく池の中に沈んで、瑞鬼の攻撃が届かぬところへ逃げた。



 愛は木の扉に耳を押し当てた。中から、どす、どす、と土を踏む音が聞こえてくる。
 扉から顔を離すと、ともに橋を渡り切った三人の顔を順に見回した。
「中で動き回る妖の気配は一つ。行きましょう」
「俺が扉を開ける。さがってくれ」
 詩音とイナリとともに、一旦後ろに下がった。
 マカライトが扉を蹴り倒すと同時に、三人は六角堂の中へ押し入った。
「目を閉じて!」
 めくらましを兼ねて、愛がマジカルアドベントを焚く。ショッキングピンクの閃光が、六角堂の隅々まで照らし出した。
 土が敷き詰められた堂の中央に、大きくてもちもちした白い塊が立っていた。どすこいだ。突然鳴り響いた大きな音と光に驚いたのか、それとも飛んできた扉に驚いたのか、少し腰をかがめた状態で固まったまま動かない。
 その隙に、マカライトは青黒い焔をカンテラに灯した。愛が仕掛けた演出が終了したあとも、これがあれば暗闇にならない。蹴り壊した扉から差し込む月あかりと合わせれば、問題なく戦えるだろう。
「――と、なんだこれは?」
 足に異物感があって目を落とす。
 藁を編んだような太い縄が、ぐるりと地面に円を描いていた。
 詩音が首をひねる。
 相変わらずどすこいは動かない。
「土俵じゃないかしら、これ」
 それよりも、とイナリがどすこいの後ろを指さす。
「あれが鏡餅の呪具ね」
 土俵の向こう側に、白木の神棚が作られており、しめ縄を結んだ鏡餅が置かれていた。下段の餅の側面が、もこもこと波打っている。
「まずいぞ、もう一体出てくる」
 ぷぼん、と間の抜けた音とともに、こぶし大の餅の塊が鏡餅から産み落とされた。
 ――どすこーい!
 いきなり動き出したどすこいが、怒涛のツッパリを放ってきた。
 人の力士と違い、襲い来る腕が二本とはかぎらない。どすこいの場合、体のどこでも肉を腕のように伸ばして攻撃できるのだ。
 宵闇の灯火を壊されないように守りつつ、マカライトが攻撃を体で受け止める。
 その隙に、詩音はどすこいが伸ばした肉の下をかいくぐり、大きくせりだした腹にぶつかっていった。
(「し、沈む……」)
 柔らかい肉に顔をめりこませたまま、詩音は垂れた脇腹肉を掴んだ。抜群の格闘技術を生かして、すもうの技も知らないまま、どすこいをうつちゃる。
 どーんと音をたててどすこいが倒れ、土俵の上で豪快に弾んだ。
 詩音も一緒に、どすこいの腹の上で弾む。
 攻撃が途切れたところで、すかさず愛がマカライトの傷を癒した。
 赤い盾の加護を受けたイナリが、もうもうと吹きあがった土埃を裂いて、生み出されたばかりのチビどすこいにせまる。
「餅は餅らしく、大人しく皿の上に座ってなさい!」
 イナリは恐ろしい御雷に変じると、次々と灼熱の玉を噴いてチビどすこいを焼いた。
 六角堂の中にお餅の焼ける香ばしい匂いが満ちる。
「あら、いい匂い。……まぁ、見た目的に食べられそうだし、食べてみようかしらね♪」
「……私、食べたいです!」
 暴れどすこいを乗りこなしながら詩音がいう。
「私はちょっと……遠慮しておきます」
 愛はピンク色の光線を飛ばして、どすこいのぜい肉を切った。
 肉を削げ落とされたためだろうか、どすこいの弾む幅が小さくなる。詩音はちょっとがっかりして、どすこいの上から飛び降りた。
「マカライトさん、大丈夫ですか? 耐えられそうなら、私、カナメさんたちの手当てに行きますが」
「ああ、気にせず行ってくれ。俺の傷は問題ない。いま、自分で治すから」
 マカライトは、のそりと立ち上がるどすこいの顔に強烈な張り手を見舞った。びしりと鈍い音がして、どすこいの顔全体が波打ち、広がって千切れ飛ぶ。
 びしっ、びしっと頬肉を叩く音が屋内を満たすたびに、どすこいは背骨を海老のように反らさなければならなかった。
 どんどん小さくなっていくどすこいに比例して、祭壇まで押し込んでくマカライトの肌艶がグングンよくなっていく。
「ちょっと、ちょっと。私を巻き込まないで。まだしめ縄も切っていないのよ」
 焼けたチビどすこいを胸に抱え、イナリがあわてて横へ飛ぶ。
土俵を割ったどすこいの巨体が、神棚に激突した。
 いまのところ、イレギュラーズが終始優勢を保っている。
(「この分なら大丈夫ね」)
 愛は安心して六角堂を飛び出した。


 シューヴェルトは六角堂へ向かう者たちが橋を渡り切ったのを確認して、赤牛の体から離れた。頭を狙って振り下された鉄棒の先を寸でかわし、砕け散った欄干の破片を浴びながら、転がるようにして距離をとる。
 ――おのれ、ちょこまかと。
 歯がみしながら振り上げた鉄棒は、中途半端な高さで止められた。赤牛の盛り上がった上腕に血管の筋が浮かぶ。
「力比べなら負けねぇぜ」
 直後、にやりと笑った飛の鼻に赤牛の後頭部が打ちつけられた。
 いてぇな、と言いながら鼻を押さえて下がる。
 カナメが走り込んできて、赤牛の前でジャンプした。えい、と手で額を叩く。反動で頭が後ろに倒れ、かぶっていた黒頭巾が落ちた。そのまま、二丁の銃を構えるシューヴェルトの前につく。
「牛さん、こっちだよ☆」
 ぺちぺちと手を鳴らして、更に怒りをあおった。
 体を低くして突進の気配を見せた赤牛に、シューヴェルトはプラウド・スノー・パンサーの引き金を引いて、凍結弾を飛ばした。
 弾は角と角の間に命中し、牛頭を白く美しい六角形の大結晶で飾った。
 飛が肩を掴んで赤牛の体を回し、目と目とを合わせる。
「テメェにいい男のなんたるかを全力で叩き込んでやるぜ!」
 固く握りしめた拳を顔面に叩き込み、氷の大結晶ごと鼻筋を砕いた。
「――たく、攫うって気概まではよかったが、惚れた女を道連れにしてんじゃねぇぞテメェ!」
 突如、池の水が大きく持ちあがり、橋のすぐ傍に大きなロボットが出現した。ざんぶ、と池の水が橋に落ち、板を洗う。飛が隙を見て呼び出していたアームドギアだ。
「おう、やっと来たか」
 カナメがひゃあ、と感嘆した。
 これには赤牛も驚いたようで、鼻から血を流しなが鉄の人形を見上げている。
「忠房から底なし池と聞いていたが……これが立っているということは、ちゃんと底があったんだな」
「そういうこったな」
 もっとも、橋の近くで三メートルもあるアームドギアの胸から上しか見ていないのだから、橋や六角堂から離れればもっと深くなっているだろう。
「シューヴェルト、最低男のクソ坊主の始末を頼むわ。俺は下にいい女を待たせているんでな」
 飛はアームドギアに飛び移った。
「わしも乗せてくれ」、と瑞鬼も橋からアームドギアに飛び移る。
「ところで飛よ、これは水に潜れるのか?」
「さて、試したことねぇな。ま、こいつにクロールは無理だろうよ。それは確かだ」
 二人は逃げた青牛の追跡を始めた。
「あ、こら!」
 カナメは池に飛び込もうとした赤牛に飛びついた。
 背骨を砕かんと鉄棒が叩きつけられたが、それを受け流し、下から緋桜の赤黒い刃で脇を切った。
 赤牛が悲鳴をあげて、体を返し、欄干に腰を預ける。鉄棒を左手に持ち替えて、カナメを払いのけた。
「カナメさん!」
 六角堂から戻ってきた愛が、カナメを抱きあげて下がる。
 シューヴェルトは二人を攻撃に巻き込まないよう、橋の左へ寄った。
「扉の番人よ、この攻撃でとどめだ!」
 死を運ぶスズメバチの羽音が夜を騒がせる。
 閃光とともに放たれた無数の弾は、赤牛の分厚い胸を引き裂いた。
「よし、僕たちも六角堂へ行こう」
「青牛は?」、とカナメの手当をしながら愛がいう。
「飛っちたちに任せておけば大丈夫だよ」
 三人は太鼓橋を渡って、扉が壊れた六角堂に入った。
「あそこじゃ」
 池に住まう精霊たちの協力を得て、瑞鬼は青牛の居所を突き止めた。
 六角堂の裏手にいる。
 アームドギアを池のなかで動かして回り込むと、果たして青牛は六角堂から少し離れたところに水面から突きだしている岩の先に腰掛けて、しくしくと泣いていた。
 ――ひどい、嗚呼ひどい。私が何をしたというの。
 ふん、と瑞鬼が鼻をならす。
 六角堂からは戦闘の音がひっきりなしに聞こえてくる。
 板を割ってどすこいが池に落ちないよう、飛は岩と六角堂の間にアームドギアを入れた。
「伝聞しか知らねぇが、何でお前さん赤牛と一緒にいんだ? 救われなかった無念はわかるが本末転倒だぜ?」
 ――好きで一緒にいたわけではない。入水のとき、あの男に呪われ……。
 ちっ、と飛は舌を打つ。
「あのクソ野郎、やっぱりこの手でぶち殺してやるべきだったぜ」
 赤牛の断末魔は六角堂の裏まで届いていた。怒りをぶつける相手はもういない。
 ――もう戻れぬ。決して。
 青牛はまたしくしくと泣きだした。
 瑞鬼しともかく、飛の体の痺れが段々と重くなっていく。青牛の泣き声による副作用ばかりというわけでもなく、気の良い男が哀れな女に同情してのことだった。
「それがまことなら、おぬしにかけられた呪いはもう消えたはずじゃ……ああ、そうか。忠房によって肉腫化させられておったな」
 赤牛が倒された瞬間に呪いが解けて成仏するはずが、赤牛ともども忠房によって調伏させられたおりに肉腫化していた。こうなれば、もう滅するしかない。
「はっ、昏く沈んだ美人を見るのは忍びねぇ、ここはいっちょ俺が救ってやるぜ! 頼む、瑞鬼」
「……やれ、しかたないのう」
 瑞鬼が常世と幽世の境界を操り寄せ、この世のものならぬ青牛にくぐらせる。
 少しずつ月夜の闇に体を溶かしながら、岩から跳んだ青牛の体を、飛はしっかりと抱きとめた。
 飛の耳に青牛、いや、姫君が口を寄せる。
 ――もっと早くに……
「すまなかった」
 腕の中で消えた姫の顔はとても美しかった。
 ほっと息をついたとたん、アームドギアの後で六角堂が吹き飛んだ。
 木っ端を浴びながら後ろを確かめれば、詩音が六角堂の中心でどすこいを組み伏せていた。
 雷電建御雷神が発した炎が土俵ごとしめ縄を焼く。
「さて、餌の時間だ」
「最後は派手に送ってあげましょう」と愛。
 マカライトの放った黒き龍がしめ縄をくわえ、ピンク色の光線に乗って天へ駆け上がっていった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでした。
無事、赤牛と青牛を倒し、鏡餅の呪いを解くことに成功しました。
ちなみに、鏡餅とチビどすこいは、あとで忠房がぜんざいに入れてふるまってくれました。
なかなか美味しかったようですよ。

それではまた。

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