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シナリオ詳細

<神逐>人食い紅の末路

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 そもそも紅を作る製法自体、秘するところが多いのだ。
 出来上がった紅に、はたらはたらと垂らしこまれるつやつやと流し込まれるメタリック。
 世の東西を問わず不老不死と錬金術をかじった者ならすぐに思いつくだろう。水銀。
 科学や工業発達史をかじった者なら、水銀が不老不死の薬物どころか奇形を引き起こす毒物であることにすぐに行きつく。
 そして、深淵なる魔術に通じた者なら、それが化学物質の「水銀」ではないことに気が付いただろう。
 それは、「明らかに体に有害な毒で人のカタチをゆがめと同時に不老不死の神秘として絶大な欲望を受け止めたウツワ」
 呪詛の姿がヒトの目には「水銀」のように映っているのだ。
 塗れば人外の美貌と力が手に入る。
 ヒトの心と理性を失い、色と人肉を求めてさ迷い歩くことになるが。

 肉腫を生む紅を作り出す工房。

 事件を追って捜査を進めてきたローレット・イレギュラーズがうかうかしていられない事態が訪れようとしていた。


「内偵ありがとサンキュー!」
 『そこにいる』アラギタ メクレオ(p3n000084)は、今日も盛大に揚げ餅をかみ砕いている。厄除け厄除け。
「いや、申し出てくれてよかったわ。ありがとね」
 メクレオに、この事件の内定をさせろと何人かのローレット・イレギュラーズが申し出ていた。
 地道な努力の結果、とある貴族の息がかかった荘園にその工房があったのだ。
「満を持して踏み込むところで、事態が急変してね。すまないけど他の案件との陽動抑止も兼ねてここで踏み込み、根元を断つから」
 メクレオは、集まったローレット・イレギュラーズの様子にポリポリの指でほおをかいた。
「えっと、ひょっとして、今大体どんな感じか――とってもやばい感じなのはわかってると思うんだけど――説明した方がいい。あ、よさそうね。はいはい。そんじゃ。かいつまんでね! 時間もそんなにないしね!」

「こないだ、強大な呪詛が行われることを『けがれの巫女』つづりが感知し、呪詛『大呪』を成立させない為に敵の本拠へと乗り込んだでしょ。色々被害甚大だけど。捕虜取られたりとか。で、敵方の重要人物が『捕虜に夢中』になって、霞帝に掛けられてた呪縛が緩んだの」
 意図せぬ傾国行為。結果オーライとはこういうことだ。
「霞帝を救出した『中務卿』建葉・晴明は抜け目ないね。帝と共に『自凝島』からの転移魔方陣を発動させることを決定する。それと同様に、『大呪』を封じ込むための四神の守護をイレギュラーズに得てきて欲しいと告げた。抜け目ないね。ローレットをどこまでも使う気だね。いいけどね」
 放置できないから。と、情報屋は言う。
「イレギュラーズが其れ其れ四神の守護を手にし、歪んだ形で発動した『大呪とけがれ』を高天御所に封じ込むのが目的――曰く、『黄泉津瑞神』と呼ばれてる神威神楽の『守護神』が『けがれ』と『大呪』の影響を受け暴走しかかっているんだって。割と時間との戦い? わかりやすく言うと。やばいものに詰めた魔女の大鍋がいつ爆発するかわからない状態」
 今、ぼっこんぼっこん沸いてるとこ。
「このまま放置すれば京は崩落し、無辜の民が犠牲となるだろう、と大精霊『黄龍』は語ったってさ。なるだろうじゃねえよ。なっちゃまずいの! 今、そんな感じ!」
 ついてきてる? 大体わかった? と、情報屋は一同を見回した。
「実際、げろまずなんだって。御所の方――影響を受けやすい方、呪い耐性がない方は指の間から――ご覧ください」
 素養のあるモノにははっきり見えただろう。御所の屋根の上に本来持っているべき有り様を捻じ曲げられた巨大な神性存在が座しているのを。
「神威神楽を守護する黄泉津瑞神が「けがれ」を介した儀式「大呪」でゆがめられたお姿。おいたわしいことこの上ない。このままでは守護すべき地を自らの咆哮で焦土に変え、無辜の民を屠る神になる。何もないところに祟り神が残るぞ。民の恨みつらみ、死のケガレを吸い込んじまうだろうがな。控えめに想像して大惨事」
 やばさを共有してくれた? みんなでがんばろうね? と、情報屋は新郎をおすそ分けしてきた。


「じゃ、話を戻すよ。件の工房です。突入ルート確保済み。後は乗り込むだけ。中、毒煙充満中なので、対策してね」
 ガチでね。
「本来紅って液体を器に塗って乾かしたのを筆で溶かして使うものなんだけど。ここ紅の原液あるから。量はそんなにないけど、ここぞってタイミングでぶっかけられるから。隙のないように」
 平たく言えば、肉腫の汚染源だ。ミイラ取りがミイラになりかねない。
「後、工房だから。物はごちゃごちゃあるからね。遠距離のやら範囲のでっかいのぶっぱとか難しいから、室内戦仕様でよろしくね。あ、あえてぶっ壊していくのもありかもしれないけど、向こうドーピングして足も速くなってるし、そう簡単に死ななくなってるし、手負い状態は肉を食いたがるのが今までの感じで分かってるから、うっかり逃がさないようにね。大惨事になるよ。ちゃんと相談してね」
 環境はわかった。
「敵の構成は、魔導士一人、助手二人、護衛用の紅で汚染済み犬が五匹。犬の集中攻撃で体勢を崩した奴に紅をかけて、どんどん凶暴化させていく戦法で来るよ。同士討ち誘発シフト出来るから油断なきよう!」

GMコメント


 田奈です。肉腫紅、元から断っていきましょう。
 この依頼はいくつかアフターアクションをいただいたのが加味されておりますので、「OPの内偵、実は参加してこういうことをした」というアクションが入ると回想が発生します。

肉腫・薬師×1
 一連の肉腫を引き起こす紅を作っていた男が肉腫になりました。もう助かりません。
 現役を摂取したので人の形が保てなくなっています。。
 肉を食うと強化されます。噛みつかれないように注意してください。
 体液には紅の原液で出来ています。肉腫に感染します。

 肉腫・助手×2
 助手が肉腫になりました。攻撃力は異常に高くなっています。一噛みでお肉がもっていけるくらい。
 がぶがぶしてきますので、食べられないようにしてください。
 柄杓を持ち、ローレット・イレギュラーズに紅の原液をぶっかけてきます。
 原液をかけられると、肉腫に感染します。

 肉腫・犬×5
 集中攻撃。集団でがぶがぶしてきますので、食べられないようにしてください。
 柄杓を持ち、ローレット・イレギュラーズに紅の原液をぶっかけてきます。
 原液をかけられると、肉腫に感染します。

場所・紅工房
 夜・晴れ。
 工房は、10メートル四方。あちこちに製作途中の紅があります。一面毒トラップ状態だと思ってください。空気が汚染されています。
 回避でFBすると、猛毒との接触が発生します。
 足元は整理されていますが、一般家屋ですので度を越した範囲攻撃は建物自体が吹っ飛び、倒壊の恐れがあります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <神逐>人食い紅の末路完了
  • GM名田奈アガサ
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年11月17日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
剣砕きの
オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
スピリトへの言葉
イリス・アトラクトス(p3p000883)
光鱗の姫
ライハ・ネーゼス(p3p004933)
トルバドール
緋道 佐那(p3p005064)
緋道を歩む者
黒影 鬼灯(p3p007949)
零れぬ希望
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
霊魂使い
瑞鬼(p3p008720)
幽世歩き

リプレイ


 そもそも親切な、よく老人をみとってくれる、それは親切な薬師だったのだ。

 ものには限度がある。死ぬのは仕方ない。
 でも。老いたくない。老いて自分の始末もできずに尊厳の何もかもを失いたくない。
 老いさばらえて、伝えたいことも伝えられず、ため込んだ知識を端から忘れ、今まで積み重ねてきたものはすべて無駄だったのだと泣きたくない。
 人としてふがいなくなり、輝かしかった頃を忘れ去られ、生きながら死にたくない。
 永遠とは言わない。いつか死ぬ。でも、死ぬまで元気ではつらつと何も失わず生きていきたい。堅牢な肉体と成熟した精神とため込んだ知識と培った思慮を以て。死出の旅路に出るときまで一生分の努力と研鑽の結果を――持っていくのは無理だとしても――自分のものとして扱える人生を送らせてあげたい。

 いやだいやだまるでケダモノのようになってあんな風に何もかも垂れ流して死ぬのは嫌だ。頭の中を空っぽにして満足に自分の体も動かせなくなって死ぬのは嫌だ。

 そう願い、夢を思い描いて、粉骨砕身し、ようやくたどり着いた境地の産物を、死に物狂いでつかんだ誰かの裳裾が、致命的な間違いだったとして、止まることなどどうしてできようか。

 本当に、はじめは、親切心からだったのに。


 とある荘園。何度も書類上で名義が移譲され、誰のものなのかも定かではない、事実上荒れ地だが、不入特権のため、中に入ってくるものはいない。
 よからぬモノが何事かたくらむにはうってつけだ。
 ギャワンギャワンと犬の無秩序な鳴き声とゴボオボと喉を鳴動させる音が辺りに響く。
 かやぶき屋根に、板張り、漆喰ぬり、横引き戸。心張棒はかけてあるだろうが、誰かが一発かませば扉ごと粉砕できるだろう。
 耳を背けたくなるような呪言が響いてきて、崩れないバベルのために何を言っているのか意味だけは明確に伝わってくる。その胸糞悪さに、突入の意志がより強くなる。
「今回はせまっ苦しいところで戦わねばならんのじゃな。面倒だが仕方あるまい」
 すすけた白色に赤がにじむ巨躯の鬼。
『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)は薄氷のような拮抗で保たれている。少し無理すれば塞がりかけた傷から新たな血柱が立つことになる――が、今日は気が乗ったのだ。おとなしく寝床で臥しているよりは、海の向こうから来た子供たちとはしゃいで暴れたい気分なのだ。
(経緯は違うがうちの神様も外的要因で死神になってしまったんだよな)
 そんな神に寄り添う系譜の末裔である『蛇霊暴乱』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は、内心複雑である。
(ヒトがそうしたというのが……なんとも、な)
 世界によって「神」という言葉で表される存在も千差万別。「神」の定義の根底から揺らがされる混沌で神官たちは己が信仰心を徹底的に試される。
「夏祭りの時のあの紅」
 全体像が見えた今なら言える。あれは、本当に露天に流れた末端の品だったのだ。
『章姫と一緒』黒影 鬼灯(p3p007949)は、腰に自分の魔力を収めた灯を下げ、体に無限の紋章を現した。
「睦月たちにも探りを入れさせて水銀とばかり思いこんでいたが……」
 配下の手練れが何の情報を持ち帰れない。というのが、発想の転換の入り口だった。
「硫化水銀こと辰砂~~、って感じの」
 箱入り娘である『光鱗の姫』イリス・アトラクトス(p3p000883)は、
「さすが、博識だな」
 イリスはいえいえと首を横に振った。。
「いえ、私は鉱物としての知識しかないし」
「それが、水銀に見える「呪詛」だったとは。不老不死になれたとて人の心を失った時点で化け物にしかなりえぬというに」
 そこに喜びを見出す外道がいないではない。だが、他人が作った秘薬に頼ろうとする輩にそんな覚悟はない。
「今回の件はまた違うのは知ってるけど、扱いは慎重にね!」
 可視化している呪いの塊だ。
「間違いなく逃がすと大変なタイプよね。聞く限り感染力が高いみたいだし」
 まあ。と、小さな声が上がった。
「鬼灯くんもお目目の下に紅を引いているのだわ! どうしましょ!」
 章姫の小さな手が、ひと。と、鬼灯の頬に触れた。
「これは違うよ章殿? ――でも、驚いている顔も愛らしい」
 面と向かって愛しいものをほめられるのはよい男。
 イリスは、にっこり微笑んで流した。貴族の一部には、こういう――いきなりミュージカル始めるような方々がいなくもないのだ。それに鬼灯は手練れの忍なので、いちゃオーラは濃厚だが仲間の士気を下げるほどは漏れない。
「ああ、例の紅の工房か。一体どんなところで作っているのかと思えばこのザマか」
『剣砕きの』ラダ・ジグリ(p3p000271)は、がさ入れ直前だった敵の尻を盛大に蹴飛ばす満々だ。
「紅の案件はちょっと関わったことあったけど、こんなことになってたなんて流石に想像できなかったわね。うーん、分からないものだわ」
『木漏れ日妖精』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は異世界由来の妖精だ。妖精には一部の金属以外とは相性が悪い者もそれなりにいる。
「ま、とにかくやることはやる、で、さっさとけりつける。これでいいのよね?」
 その通り。と、吟遊詩人が請け合った。
「やれやれ肉腫か。面妖な連中が海の向こうでこれほど蠢いているとは……」
『トルバドール』ライハ・ネーゼス(p3p004933)の指の下に隠された唇は淡く笑んでいた。
(だが強靭な化物を打ち倒す人間の物語を間近で見る事が出来る幸福でもある)
 禍事は、悲しく無残なほど英雄譚の種である。
(さぁ、彼らには英雄譚の礎となってもらおうか――)
 数多の英雄の中から、飛び切りの輝ける星が天に昇る。ある意味、世界はその例連のためのるつぼに似ている。
「……成程。此処があの時の紅の出所、という訳ね。依頼なのだし、さっさと潰してしまいましょうか」
『緋道を歩む者』緋道 佐那(p3p005064)は、口元を布で覆って頭の後ろできりりと結んだ。
「こんなものでも無いよりはマシでしょうから」
 苦しい呼吸。そんなものも試練のように佐那には思えた。


 蹴り破られる扉。中の空気はみな毒だ。明らかに尋常じゃない密度と気配。生物として理由もなく脅かされる何かがたっぷり含まれている。布越しの空気に呪いの味がする。
「お前さんたちの相手はわしじゃ。変なものをかけてこの着物を汚してくれるなよ?」
 瑞鬼が、にぃと嗤って助手の片方を丁寧に吹き飛ばした。
「建物へ被害を出さぬ様に注意せねば。手間だが仕方ないのぉ」
 情報屋の念押しも子供のわがままを聞いてやっているというスタンスだ。
 手に鋼の柄杓を持った男達が半身を紅で染めながらゲラゲラ笑っている。
 紅の成分を吸い込んだりしないように厳重な装備をしていたのだろうに、頭からかぶったそれによりでこぼこに膨れ上がる頭がビキビキと割れて悲鳴が上がり、それでも男は笑っている。良心は当の昔に、正気は割と最近打ち捨てたようだ。
「それじゃあ、もう一人は私が抑えた方が良さそうかしら」
 イリスは、小さな盾を展開させ、三叉で敵をけん制する。突き刺すにあらず。受け流すことに重きを置いた釵だ。
 切りかかれば、刃を秘められ、飛び込めば打突が待っている。面攻撃は浮遊盾で軽減される。
 装甲ではなく技巧でダメージを散らすタイプの盾役だ。
 相対するは、既に人の形をとどめていなかった。
 腕や脚であったであろう痕跡はまだ辛うじて視認できた。体中の皮膚がたるみ、肥大し、紅をたっぷり内包できる革袋のように。だぶだぶと余った皮にぽかりと穴が開き、その底に真っ赤に濁った何かがうごめき、その下にうろのような大穴が開いている。口だった器官だろう。口から呪言がずっと途切れることなく。どれだけの業がたまったらこれほど醜悪な姿になれるのか。
(この状況、出だしが肝要と見た)
 頭を駆け巡る興奮物質。戦闘の予感にラダの脳が冷えるように高揚していく。
 情報過多。鮮明が過ぎるサイバーゴーグル越し視界の中、ぶすぶすとかかったところから紅が犬を侵食していく。
 元はその辺にいた普通の犬なのだろう。大陸にいる愛玩犬より大きく狩猟用よりは小さい。
 眼球にしたたり落ちた紅はまだらに眼球をむしばみ、がぼがぼと吹かれる泡に血と吐しゃ物と得体のしれないものが混じっている。
 すでに骨格、筋組織も犬とはいいがたいほどいびつに変わり、一秒ごとに膨張と収縮を繰り返す異形となり果てている。短めの鼻面がびきりと割れて花が咲くように広がった。
 べろりとにろがった粘膜の奥から長大な舌と思しきものがまろび出てくる。
 もはや、犬ではない。犬だった肉腫だ。
「狭い戦場故、前衛も後衛もあまりないかもしれんが……狭い故にこそ英雄作成とタクト・オブ・グレイゴーストの効果を全員に与える事が出来る筈だ」
 吟遊詩人は喜々として、勝利と栄光の象徴たる指揮杖を振り、彼が歌うべき勲詩の英雄を作り出すことに専念する。
 ルバイヤートが全身全霊をかけ、新たな歌を追い求め、心血を注ぎ尽くせば、英雄は作れる。
 毒の空気もライハを止められない。物語を。ライハ好みの「悪に立ち向かう善」の物語を!
「地獄のような光景だが、そこで全力を尽くすのにふさわしい詩が必要だろう?」
 黙示録。それは未曽有の災難に立ち向かう者への警告と激励の詩。
 歌う者の血反吐を糧に戦場で英雄であり続けろ。
 出し惜しみは無し。ラダの銃口から撃ち出される弾丸が射出と同時にほぐれて黒犬の顎を形成する。
 口から毒の泡を吹きながら吠え掛かる犬の鼻面がすっぱりとなくなり、次の瞬間前頭葉を消失した。
 血のたぎりが止まらない。
「そんなに広くないし大暴れできないのが困ったところね!」
 オデットと目が合った肉腫犬は運がなかった。
 何しろ妖精は息をするようにいたずらをする生き物なのだ。異世界産の力を幾分取り戻した妖精がえいや。とすれば、狙われたものの上にだけ土砂降りの雨が降り、土間がぬかるみ、足を取られ、割れた鼻面から転倒し、泥水をすすることになる。それは死に至る悪戯。無邪気だから無害という訳ではない。
 ブクブクと泡立つ犬の背から、ぼじゅっと嫌な音がして、ヒトの腕が飛び出した。
 瑞鬼は、おや。と、口の端を吊り上げた。
「あれは、鬼人の腕じゃなあ。爪の厚みが違う」
 目の前で、ひしゃくを手にしてなお立ち上がろうとする助手に朗らかと言っていい口調で話しかけた。
「おぬしら、この『紅』とやらを何で作った?」
 呪物には代がいる。イモリの黒焼き、蛇の目玉、幽鬼の髪に鬼火の吐息。それがまがまがしいほど効き目は強い。
 助手はもうしゃべることはできない。ヒトの腕ほど太った舌が口腔を圧迫し、もう息は鼻でしかできないので。
 ああ、いやな空気だ、空気から死人の味がする。
 犬の背から生えた腕が柄杓を握る。家のそこら中にあるかめに突っ込まれ、辺り構わずはね散らかした。視線や筋肉の動きがない分、事前に行動予測が立てにくい。避けられないものではないが気が散る。
「紅の原液は……まぁ、受けたくは――勿論無いわね。肌をさらさないように着込んできて正解だったわ」
 佐那は、犬の鼻先に虚式『風雅』を据え、ゆるりと切っ先を少しだけ惑わせた。ふわりと揺らめく陽炎。それが炎に変わった刹那、もう犬の命運は尽きている。炎を切り裂く剣の閃きに見入っている内に命が斬り落とされる。
「当たると痛いぞ! 避けてくれ!」
「旋回注意なのよ!」
 小さな手でハンカチで口元を押さえた章姫が補足する。
 ぽっかりと空く鬼灯の周囲。
「そんなに紅が好きなら彩ってやろう。まぁ、施すのは血の赤だがな」
 空気に溶けそうに細い糸をどのくらい絡み合わせたら、標的の頭を薙いで潰す棘付き鉄球になるのだろう。
 糸で出来た鎖を御する鬼灯の腕の筋が小さく悲鳴を上げる。精密制御しながら遠心力も調整しなくてはならない無茶な技だが、使うだけの効果はある。
「ずいぶんな大技だが――仲良く生き埋めだなんて御免だからな」
 ラダが念押しした。
「壁や柱の位置は計算に入れている。家のどこにも傷はいれていないよ」
 鬼灯は、ご心配ごもっとも。と答える。腕の痛みは一過性。痛めた内には入らないことにする。
 糸の隙間から漏れる紫の光は、暁の星にあらず。まがまがしい夜の月。叩きつけられた犬の四肢ががくがく痙攣を起こしている。びたんびたんと土間に腹を打つ。
 忙しなく動く眼球をほんろうする足取りで、アーマデルはじゃらりとうごめく蛇鞭で犬のそっ首を跳ね上げた。
「ふりまかれちゃ迷惑なんだよね」
 バキバキと柄杓を踏み割る。
「汲まれる前に床にぶちまけるか――いや、滑るのは困るな。中に何か液体を吸うようなものをぶち込んだら、おかわり出来なくなるんじゃないか?」
 突入前から考えていたことを実行に移す。
 犬の死骸をかめの中にぶち込んだ。犬の体が邪魔で戦闘中に隙を見て救うということはとりあえず不可能だ。
「吸わせる布か粉系のものがあるとよりいいかもしれない。用意してくればよかったかな」
 自分のマント。と、ちらっと思ったが、多分、まだ浸透していない。大丈夫だ。うん。
「多少の負傷は折り込み済みだ。兎に角犬を減らそう。噛んでくるのも数が多いのも鬱陶しい。噛まれる前にこちらが噛み砕く!」
 とどめ優先とゴム弾を選択したラダの声が飛ぶ。
「いいとも。私自身に直接殴るに存分な力は無いが……輝かしき英雄達の介添えをさせてもらうとしよう」
 ライハは、ローレット・イレギュラーズに細やかに立ち位置の指示をした。英雄たちが最も映える立ち位置。毒にのたうつ英雄も悲劇として美しいが、今宵の敵の放つ毒は英雄が受けるにはいささか生臭さが勝り、興に欠ける。
 怒りを掻き立てられた助手には瑞鬼しか目に入らない。
「さあ、おぬしはおとなしくしとれ。後で構ってやるぞ。みんなしてな」
 薬師を凍らせ、静かな浄土に縛り付けている瑞鬼に助手が飛び掛かる。
 巨大に肥大した舌ごと瑞鬼の腕をかみちぎった。
「おべべを汚すなと親に躾けられなかったのか? 困ったやつらじゃ」
 吹きだす血しぶき。瑞鬼のごっそり持っていかれた肉が、本人の詠唱による調律されて傷口をふさぐ。
 食っても食ってもなくならない、理想的な肉。
 助手の口が大きくゆがみ、ぶちぶちと頬の肉が引きちぎれ、耳まで裂けた。
 しゅる。と、衣擦れの音がした。今日、佐那はいつもよりも着込んでいる。
「……今は少々、ほんの少しだけ、気分が良くないの」
 胸につかえるものがある。
「せめて気が晴れるよう、歯応えのある相手である事を祈りたいものね」
 その腹から火が吹きあがった。背後から突っ込んできた佐那が突きを放ったのだ。見る間に助手は炎に飲まれる。
「ほんとにそうね。困ったやつらだわ」
 更に忍び寄る影。
「一発逆転と思ったんだろう? 残念だったな」
 アーマデルは目まぐるしく動く。炎に包まれた助手は瑞鬼に向かって歯ぎしりしている。自分が死にかけているのは全部瑞鬼のせいなのだ。
 瑞鬼自身は一筋の傷もつけていない。助手を焼いているのは佐那であり、今、命を刈り取ろうとしているのはアーマデルなのに、瑞鬼が読みへの道を指し示したばかりに、今、助手はまともに戦うこともできずに死んでいく。
 返り血を浴びないようにマントを縦にしながら切り裂かれた助手が最後に見たのは、白い鬼の、やけに赤い口だった。


 頭上からおおきかぶさるように迫る顎の横面に三叉――Vanguard Trivia――を叩きつけ、旋回しながら、助手の顎に盾を突き付け、けん制する。
 イリスはよくしのいでいた。
 薬師と助手をけん制し、立ちふさがり続けた。迅速にいぬとしたが太った助手に専念できたのはイリスの献身の賜物だ。
「私の肉を持っていきたいなら、まずはこの光鱗を食い破ってから言う事ね……ッ」
 音に聞け。流麗なりし、アトラクトステウスのガノイン鱗。威風堂々とは、かくの如し。
「待たせた」
 ラダの弾丸からまろび出た黒犬が柄杓ごと助手の腕を噛みちぎっていった。
「猛毒も精神に作用するものも私はへっちゃら」
 オデットの体には、無限の紋章が輝いている。きらきらと毒の中でも輝く水晶のリボンは侵されない光の妖精を助けるものだ。
「油断はしないけど問題ないと分かればガンガン行くわよ」
 地面が揺らいだ。それは大地の鉄拳。友情に報いる鉄槌。
「遠い世界の友達たち、加護を借りちゃうわよ!」
 指にはめられた木製の指輪の中央でエメラルドが光る。
 捻り込み、真下から抉り込むようにねじ込まれるアッパーカット。天井にぶつかり、地面に落ちる。
 動かなくなった助手に、ラダのゴム弾のとどめが刺された。
「肉を食うと強化されるという薬師……やれ完全に化物だな」
 ライハは嘆いた。敵役としてはなかなか悲劇的で悪くない。
「化物は人に倒されるのが定めなのだ」
 そして、倒した人間は英雄と呼ばれる。吟遊詩人が、吟遊詩人こそがそれを英雄と認め、世界に告げるのだ。彼は英雄であると、優れた勲詩を以て。否、優れた功氏が彼を英雄とするのだ、ゆえに、ライハはよい詩を想像しなくてはならない。英雄を英雄たらしめんために。
 だから、化け物が一発逆転などという筋書きの芽は丁寧に摘む。
 化け物の間合いから、死骸を隅に投げ飛ばす。
 自分が投げた犬の隣に首なしの犬が着地したのに目をやると、佐那がきれいなフォームで今度は頭を蹴り飛ばしていた。
 強化の要因など排除するに限る。勝利に続く道を舗装するのは大事なことだ。
 赤黒い肉の袋に、必殺の黒い塊が撃ち込まれる。
「こいつなら血もそう出るまい」
 ラダは、弾倉にたっぷりゴム弾を詰めた。
「血のように赤い紅ではあったが、まさか本当に血に代わるとは大したもの」
 凛とした物言いはそれが冗談なのか皮肉なのか、はたまた本気なのか端から判断がつきかねた。
「紅作りの腕については本物だな。何事もなければ良い交易品にもなったろうに。残念だよ」
 熱砂の民からの「良い交易品になる」は最大級の誉め言葉だ。その分、痛烈に皮肉になっているが、本人にその意図があるかのは、本当に判断がつきかねた。
「もう、しぶといわね!」
 餅をつくように、オデットの意を酌んだ大地の拳が肉袋を土間に叩きつける。
「余計なことはさせるまい。何も考えられなくしてやろうぞ。おや、どこがおつむじゃろうなぁ。おおいやじゃ。触りとうないが、仕方ない」
 余裕が出きた瑞鬼は、薬師に向けて蝕みの術をかけた。
 虚無と懊悩が交互に異形の薬師を襲い、気力がそがれる。
 這いずる肉袋。未練。死にたくない。まだ害意をまき散らし足りない。もっと、死ねばいい。悲惨なことが起きればいい。世の中がガタガタになってみんなひどい目に遭えば、少しは自分がましなような気がするから、みんな地獄に落ちればみんな一緒で幸せなのに。崇高な目的があるわけじゃない。ただただ吐き出される呪いだ。目的。なかったか? あったような気がする。あったなかったあったなかったあったとしてあったとしてそれが何になるというんだ結局世界は滅びに向かって端からボロボロ崩れていっているのに気が付かないのかどうしてわからないんだもうすぐ世界は滅ぶのに滅ぶんだなぜってわかるからだ滅ぶぞ滅ぶなら苦しみは滅びる恐怖におののく時間は短い方がいいだろうああこれは親切だ親切なんだ圧倒的にひどくなる前に退席させてやるのは親切だ。
「逃がしはしないわ!」
 逃げを打つ肉袋の間合いに入った瑞鬼を守るために薬師の動きを注視していたイリスが、腕をひるがえして肉袋に釵の一撃を叩き込む。遠心力をつけられた裏打ちは肉袋がため込んだ優位な要因を帳消しに刺せ、何が起こったかもわからないくらいに呆けさせる。
「外へ逃げられたら大変なことになる」
 アーマデルが、出入り口に陣取っていた。じゃらりと下げられた蛇鞭剣ウヌクエルハイアがガラガラヘビのように威嚇音を立てる。
「死出の土産に、いい音を聞かせてやろう。この紅をばらまいたんだろう。たくさん人が死んだと情報屋が言っていた。復讐されるに値すると思うんだ」
 少女と言っても通りそうな顔に表情らしい表情は浮かばない。
 ただ、務めを果たそうとしている神官の顔。当たり前のこと。死をもたらすこと。我が神はこれを殺せと仰せになるだろう。
 それは高く硬く虚ろな音。何者とも共鳴することはない。この音は「諦観」という。何もかもから切り離された英霊の心が立てた音。
「――肉腫よ、栄えある物語の一部となるがいい」
 陶然と、ライハがその最後を見送った。
 ああ、異世界の英雄のエピソードまで挿入される。今回の題材は悪くない。
 肉袋と化した薬師が完全に動きを止めたと確認するまで、じりじりとした緊張が支配した。油断したところを丸呑みしてくる事例も少なくない。
「完全沈黙。作戦を終了する――さて、肉腫ができたやつはいないか?」
 この戦場ではダメ押しを入れるのが役目になってしまったラダが、熱冷めやらない弾倉にゴム弾を追加しながら皆に問うた。
「大丈夫だ。死ぬほど痛いが。戦意喪失して動けなくなるほど痛いが、絶対死なない」
 ラダは、きちんと告知するタイプだった。痛くない痛くないなどとおためごかしは言わない。
 それのどこが大丈夫なんだ。と、全員の視線が集中する。
「な、なんだ。肉腫が発症するよりましだろう――口径が大きい分、反動が強いから普通の弾を撃つよりは打つ方も痛いんだぞ」
 ぼそぼそという様子にラダの人の好さが感じられ、一同の笑いが漏れた。
 幸い、全員に肉腫の兆候はなく、ゴム弾の世話にならずにすんでいた。

「章殿、いつも以上に苦しい思いをさせてしまって」
「大丈夫よ。鬼灯くんもお疲れ様」
 口布で分かりにくいが、鬼灯から悲しみのオーラが出ている。小さなハンカチが変な色に染まってしまっている。新調せねば。
「――なあ。このマント、まだいけると思うか?」
 アーマデルは、マントを外してじっと見ている。
 比較的近い間合いで戦っていたのと、ひしゃくでふりまかれないようにあちこちのかめや鍋やるつぼをふさいだりしていたので、紅との接触が多く、それをさけるためにマントを多用した結果がこちらになります。裏から見て染みていると判断するには微妙な感じ。していなくもないけど、してるとは言い切れない。
「これは――クリーニングに手間取りそうだな」
 これが、自分の装束ならしつこく洗濯、章殿のだったら速攻火にくべ新調する程度の染み具合。
「こうなる前に決着をつけたかった――」
 アーマデルとしては不本意だ。
「いや、おかげでラダ殿にゴム弾を斉射してもらう事態は避けられたのだから」
 相手の陣中の罠解除や無効化は大事なお仕事だ。忍者の仕事的にも。

「この紅を少しばかり回収しておきたかったんじゃがな。肉腫について何かわかるかもしれんからな」
「うん。私もそう思ってた」
 身長差は三尺あるだろうか。
 瑞鬼とオデットはお互い首に多大な負担をかけながら見つめ合っていたが、すぐにオデットは光の蝶の羽をはばたかせることを選択した。
「これ、材料、血とかよね」
 犬の背から鬼人の腕が生えた点からいっても、更におぞましい細工がされていたのだろう。
 酸鼻極まる。いかに耐性持ちだろうと喜んで触る気にはなれない。
「ここを潰しても似たようなものが出回れば意味がない。元から断ち切らねば。と、意気込んできたんじゃが――」
 これを持ち帰ってよいものか。鬼と異世界の妖精はしばらく唸っていた。

「何を作りたかったのかすら、忘れてしまったのね」
 イリスは、転がる夢のナレノハテを見て呟いた。肉袋のようになって死ぬほどの何かがあったということか。
「夢を抱いて何かを始めたはずなのにね」
 夢はあいまいなものだから、気が付くと最初とは似ても似つかないところに行きつくのだ。と、潮流にまかれて深淵に落ちたモノを引き揚げる一族の姫は言う。
「そういうものなのかしら」
 佐那は問うた。
「割と、そういうの多いかもね」
 たくさん見た。装身具をじゃらじゃらつけたまま沈んでいる骸骨。宝箱を抱いて沈んだ水死体。それは手段で目的ではなかったろうに、いつの間にか一緒にダンスを踊る何かを間違えた連中。
「……そう」
 佐那は、無言で頷いた。
(……魔に堕ちた彼女は、どうしてるのかしらね。楽しく気儘に生きてるのかしら。それとも……世の敵らしく、全て憎んでいるのか)
 もはや同じ志向の土俵にはいまい。わかり合うことなどできない領域に行ってしまった。
(考えても詮無い事か)
 でも。でも、考えてしまうのだ。まだ胸につかえている。見上げる空には満月。だが、たとえ胸に何かつかえたままであっても、朝は必ずやってくる。

成否

成功

MVP

イリス・アトラクトス(p3p000883)
光鱗の姫

状態異常

イリス・アトラクトス(p3p000883)[重傷]
光鱗の姫

あとがき

お疲れ様です。小屋の外には逃がさないという熱い意志を感じました。きっちり戦う仲間を守り切ったイリスさんにMVPを。ゆっくり休んで次のお仕事頑張ってくださいね。

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