PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<神逐>おいぬさま

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●悲鳴
 たぞ、たぞ、これへ。
 ああ身が腐る。べとべとしたすっぱい雨に降りこめられて。この身が溶け落ちていく。
 あさましやヒトの身でこれほどの大呪をなすとは。我が身を食らうか。その暗き意思で。
 我は黄泉津瑞神の眷属ぞ。たぞ、たぞ、これへ。あなふがいなや、今や神力も発することできず、邪なるけがれの思うがまま腐りゆく。
 ヒトの子よ祈りを忘れた子よ。はよう来ておくれ。今となってはおまえだけが頼みの綱じゃ。我に神力を再び与えたもれ。ちからを。我はちからを欲す。かの哀れなる瑞神をこの人災からお助けせねば。お助けせねば、お助けせねば……ひとのこ、よ、ちから、を、よこ、せ。

●決意
 高天京でヒトを呪い殺すのが流行っていると、私が眉に唾をつけて語ったのはつい先日の話だ。
 私の主である貴族の葉樺音様も呪詛への恐怖に狂いかけた。そこを助けてくれた神使様たちには何度お礼を言っても言い足りない。けれど、事件が解決しても高天京から呪詛の乱用が去ることはなかった。むしろさらにひどく、まるで話に聞く蟲毒の壺のように。
 相変わらず葉樺音様は今までの陽気さが嘘のようにふさぎこんで参内なさらないし、奥方とご息女は呪詛におびえて寝付いてしまわれていたが、とりあえず私の日常はおおむね平和だった。朝から晩まで汗みずくになって働くのはいつものことだったし、それに体を動かしていたほうが余計なことを考えずに済んだからだ。けれど、そんな私でも思うようになった。
 月が、あまりにきれいだと。まるであの銀の盆のような輝きが京へ迫り落ちてくるのではないかと。そんな夢想に囚われそうになる時もあった。そんな時は急いで屋敷の中へ入り、雑巾片手に掃除をするのだった。掃除はいい。しなくていいということがないから。
 けれどその晩、ぐらりと天地が傾いた。
 高天京のあちこちで遠吠えがあがり、獣の姿をした妖に似た何かが飛び出していく。天守閣に巨大な白犬が座すのを私たちは見た。葉樺音様はすぐに屋敷中のニンゲンを集めた。家族はもちろん、下働きの私たちに至るまで。
 葉樺音様はしばらくうつむいて黙っておられたが、肩を震わせて語り始めた。
「この屋敷の丑寅の方角に、小さな社があるのを皆知っておろう?」
 私たちはうなずくしかなかった。その社は小さくも立派な鳥居が立てられた本格的なもので、近寄ってよいのは葉樺音様だけだった。葉樺音様は週に一度、社へ供物をささげ、境内を清め、簡素な祝詞を唱えていた。それは私たち使用人から見ても型通りの心のこもっていないものだった。
「あの社に祀られているのは葉樺音家の守護神おいぬさまだ」
 ご先祖がこの屋敷を建てた時に、黄泉津瑞神の眷属を分祀したのが縁起だと、葉樺音様はおっしゃられた。
「視えるのだ。仮にも当主であるわしには。おいぬさまが社から現れ、わしらを食い尽くして力をつけた後、天守閣へ向かっていく姿が……」
 葉樺音様は顔を覆って震えだした。
「罰が当たったのやもしれん。わしがおいぬさまをないがしろにし、あげく呪詛に手を出しかけた罰が……」
 やがて葉樺音様は顔をあげ、きっぱりとおっしゃられた。
「わしは当主として罰を受けねばならん。おいぬさまのお怒りをこの身をもって鎮める。それがせめておいぬさまにできる唯一のことゆえに……」
 最後は歯切れ悪く葉樺音様はおっしゃり、青い顔で脂汗をたらしながら続けた。
「ゆえに、ゆえに、なんだ、その、みなみな、逃げてよいんでないかのう。おいぬさまに食われるのは、わしひとりで充分ではないかと……」
 沈黙が落ちた。重く長いようで、意外と短かった。最初に口を開いたのは板前の吉次郎だった。彼は私へいつもの鋭い視線を投げかけた。
「おさち、おめえたしか足が速かったな」
「うん、走るのは慣れてる」
「じゃあつかいっぱしりをしてくれ。神使様をお呼びするんだ。すぐ行け。他の奴は庭から竹を切ってこい。槍にくらいはなるだろう」
「わかった」
「お、おい! 何を言っておる! いいからさっさと逃げる支度をせんか!」
 だって父上、とご息女が口を尖らせた。
「どこに逃げろっていうの? 見渡す限りこの世の終わりみたいになっているのに」
「そうですよう。だいたいおいぬさまへ捧げていた供物は私が用意していたんですよ? 葉樺音様ではおいぬさまの好物も知らないんじゃありません?」
 飯炊きのおこうも加勢した。
「妾は貴族の妻です。妻と言うものは家を守るものです。ならばこの屋敷から動かぬのが道理ではありませんか」
 奥方はつんと横を向いた。愛想はないが、最期までお供すると言っているのだった。
「おいぬさまが家の守り神なら、ご主人様である葉樺音様はみんなの守り神です」
 私はそう言って古い錦の袋を握り締めた。このなかにいんがめさんはいないのだと、少女は言った。だけど、あの人たちは言ってくれた。

『これとても素敵なものだから、これからも大事にしてあげてな』
『それを託した人の想いは『籠もっている』わ』

 葉樺音様は今にも泣きだしそうな顔になった。
「すまぬ、すまぬのう皆。迷惑をかける。かくなるうえは腹をくくり朝を迎えようぞ」


 縁があってあなたは葉樺音邸へたどりついた。
 あなたが高天京に起きた異変に神経をとがらせていた時、以前猫の怨霊から助けたおさちという娘が飛び込んできたのだ。あなたはめんどくさそうに、けれど放っておけず詳細をおさちから聞いた。
「おいぬさまだって? 肉の代わりに白米でも食わせてるのか?」
 茶化しながらも事の重大さに武者震いをする。葉樺音邸は月明かりを受けて竜宮のように美しく輝いていた。これから戦場になるなどとそ知らぬふりで。おさちはあなたを庭の北東へ案内した。そこでは小さな社が静かに月光を受けている。
「あの社がおいぬさまとやらの出現場所だな」
「そのとおりです」
「よしわかった。おさち、アンタは屋敷へ戻れ。ここは俺たちが食い止める」
 空気が波打った。戦いの予感にあなたは舌なめずりをした。

GMコメント

みどりです。人食いワンちゃんからおさちたちを守りましょう。
レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)さんのアフターアクションから派生しました。ありがとうございます。

やること
1)エネミーの撃破
2)屋敷のNPCの被害ゼロ

●エネミー
おいぬさま
正統なる神力を失い荒神となった3mほどもある巨大な犬
大呪とけがれにより狂乱状態にある
・遠吠え 神特レ R3内・怒り・氷結
・暴れまわり 物自域 飛 ブレイク 必殺
・食いつき 物至単 ダメージ大
・叩きつけ 物超範 万能 食いついたPC・NPCを投げつける
・マーク・ブロック無効

●戦場
広い敷地を持つ屋敷の庭
夜間だが特にペナルティはなし 月がきれいですね
屋敷はコの字型をしており、ちょうど右上においぬさまの社がありそこから出現する
社から屋敷まで約50m
NPC(12人)たちは屋敷のコの字でいう上側に固まっている

●特記事項
おいぬさまは一時的に狂乱状態にあり、NPCたちを食らわんとしています。NPCたちも武装はしていますが、おいぬさまには歯が立たないでしょう。屋敷へ侵入されたらほぼ失敗だと考えてください。
なお、おいぬさまは撃破すれば正気に戻ります。不殺不要です。

  • <神逐>おいぬさま完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年11月17日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

R.R.(p3p000021)
破滅を滅ぼす者
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
コゼット(p3p002755)
ひだまりうさぎ
レスト・リゾート(p3p003959)
にゃんこツアーコンダクター
矢都花 リリー(p3p006541)
ゴールデンラバール
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
アルム・カンフローレル(p3p007874)
昴星
シルヴェストル=ロラン(p3p008123)
デイウォーカー

リプレイ


 さきからノイズが聞こえる。ざりざり、ざりざりと。
『ひだまりうさぎ』コゼット(p3p002755)と『破滅を滅ぼす者』R.R.(p3p000021)はおいぬさまを見上げた。全長は3m、体高は人の背丈を優に超える。目は爛々と、口からは鋭い牙、その隙間からよだれを垂らし、全身をミミズのような穢れに食い荒らされている。
「おいぬさま、苦しんでるんだね。もともとは、守り神だったと、聞いたよ。かわいそうだけど、もう倒すしかないのかな」
「わからん。だが今のままでは破滅をまき散らす厄災にすぎん」
 それにしてもとコゼットはちらりと屋敷を見る。
「いい貴族の人なんだね……すっごくめずらしいね。あまり真面目じゃ、なかったみたいだけど」
 人徳という言葉がふとR.R.の頭に浮かんだ。だが振り払った。今はこのおいぬさまもどきに集中しなくては。社から出てきたおいぬさまは地面へ体を擦り付け、穢れから逃れようとしていた。ぶちぶちとミミズがはじけて汚らしい汁が飛び散る。そのたびに新たな灰色のミミズがねずみ算式に増え、おいぬさまの全身を覆っていく。
「あらあ~そんなことをしたらせっかくの毛皮が台無しよ~。すてきに大きなわんちゃんなのだから~♪ 正気に戻せたら後でもふもふしたいけど……ダメ?」
『ホテルにゃんけとる監修』レスト・リゾート(p3p003959)が愛用の日傘ステッキをくるりと回しながら隣の『never miss you』ゼファー(p3p007625)へ上目遣い。
「あとのことはあとのことで考えましょおばさま! 全く。何処もかしこもこんなノリなのかしら。夜遊びは嫌いじゃありませんけど……」
 その時、おいぬさまが吠えた。音圧で耳がキンと痛くなる。ゼファーは片目を閉じて顔をしかめると、どうってことないふりをして頭を振った。
「……ほどほどに願いたいところねぇ? 夜遊びも犬の相手も」
 そして傍らへ突き刺していた槍を蹴飛ばす。空中で大きく回転したそれを片手で受け止め、左足を後ろへ下げた。
「気合十分だなゼファー」
『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は腕を組みにやりと笑いかけた。
「猫の次は巨大なワンコで。ワンコは瑞の眷属……か。良いぜ。やってやるさ。おさち!」
「はい!」
「こいつをおまえに預ける。お守り代わりだ」
 レイチェルはファミリアーで作り上げた真っ白な蝙蝠をおさちに預けた。おさちが目を丸くする。
「おいぬさまは見てのとおりだ。だからなるべく距離を取って屋敷の奥へ避難してくれ。……此処は俺達が絶対食い止める。だが、念には念を入れよとも言うだろ」
「ええ、神使様。信じています、どうか御無事で」
「うれしいことを言ってくれるね」
 R.R.がレイチェルの言に首肯する。
「腹をくくるのは良いが、人死には無いに越したことは無いだろう? 葉樺音家の者太刀を守る為に、俺なりに尽力をしてみよう」
「ありがとうございます神使様!」
 頭を下げるおさちに『デイウォーカー』シルヴェストル=ロラン(p3p008123)は微笑みかけた。
「良い朝を迎えに行こうじゃないか。こういう状況の時は、『全員揃って終わる』というのが最良だろう?」
「もちろんです」
「さて、そろそろ本番だ。落ち着いて行動するよう他の皆にも伝えてくれ」
「はい!」
 レイチェルの言葉におさちが駆け去っていく。後姿を眺めていた『両手にふわもこ』アルム・カンフローレル(p3p007874)はレイチェルへ視線を戻した。
「おいぬさま……もともとは神聖な存在だったろうに……穢れと大呪はこれほどまでに強いとは……」
「ああ、零落したとはいえ仮にも守護神をこんなに苦しませるとはな」
「……そうだね。もともとはこのお屋敷の守護者だったわけだし、お屋敷の人々に手をかけるなんて……本来は望んでないはず。お屋敷のみんなもおいぬさまも、悲しい思いはしてほしくない……」
 アルムは両足を肩の広さに開き、深呼吸を一つ。神託者の杖は今日も落ち着いた渋い艶で彼の神経を落ち着かせる。
「……全力で止めてみせよう」
「……てかさ」
 やる気なさげな『(((´・ω・`)))シ ミゞ』矢都花 リリー(p3p006541)が、ぼんやりとした目をおいぬさまへ向ける。
「はぁ……神様か何か知らないけどさぁ……。いくら大呪だからって、これじゃ雷にビビる犬みたいになってんじゃん……。尻尾巻いて犬小屋にこもってるならかわいげもあるけどねぇ……。……腹くくるとかなんとかいいから、普段からきちんと躾けはしといて欲しいよねぇ……」
 独り言をぶつぶつと吐いているうちにボルテージが上がっていく。徐々に険悪になっていくその瞳とオーラ。
「どっちにしても人を噛む犬とか完全ギルティだし……」
 言うなりなんか赤いものに染まったバールを振り上げる。
「もうボコるしかないよねぇ……あたいらのしつけ料は高いよぉ……覚悟……!」
 殺る気まんまんなリリーにR.R.は再びおいぬさまと向き合った。大きい。たとえ普段愛玩動物扱いされる種であろうと、元来は肉食獣であることを感じさせる。
「大いなる犬神よ――命までは滅ぼさない、その破滅の呪縛のみを滅ぼそう。破滅よ、滅びを知れ」


 傭兵風米粉タコスは今日もおいしい。ぺろりとたいらげたレストは「ごめんあそばせ」と口元をハンカチで拭う。
 いまやおいぬさまは灰色のミミズにまみれ、元がどんな姿だったかもわからない。
「かわいそうにねぇ~。す~ぐたすけてあげるからね」
 レストは日傘を開き、おいぬさまへ向けた。青を基調としたフリルたっぷりの日傘へ魔力が集まっていく。風が吹き荒れ、レストの銀髪がはためいた。手首を返して日傘を回すと、くるり、日傘にたまっていた魔力も光の尾を引きながらまわる。くるり、くるり、日傘が回るたびに魔力が練り上げられていく。やがて頂点にブルートパーズの弾丸が現れた。
「え~いっ」
 ぱちんと手元のスイッチを押し、日傘を開く。勢いよく開いた日傘によって弾丸は打ち出された。すさまじい勢いで空を割き、おいぬさまへ直撃する。全身を走る苦痛においぬさまが首をそらして吠えた。
「やったぁ~あたったわぁ~」
 レストは無邪気に飛び跳ねる。不調の嵐に、はておいぬさまは気づいただろうか。穢れから丸呑みにされる不快感と怒りが理性を踏み躙るこの状況で気づけたかは怪しい。だがレストの攻撃は確かにおいぬさまへ大量の失調を植え付けた。
「ここは少し屋敷と近すぎるな」
 シルヴェストルが走り込み、両手に魔力を蓄える。薄紫の光がぼんやりと両の掌に灯った。
『ガウッ!』
 口内までびっしりとミミズに侵された体で、おいぬさまは真っ黒な目にシルヴェストルを映し、体当たりを仕掛けようとした。砲弾のような頭蓋がシルヴェストルを捕える。しかし彼はそれを受け止めてみせた。一進一退、肩の筋肉が盛り上がる。ミミズどもがぞわぞわとシルヴェストル自身も飲み込もうとする。不愉快そうな顔を隠しもせず、シルヴェストルは溜めに溜めた魔力を放出した。
 ――ドンッ!
 インパクトの瞬間、紫の花火が破裂したかのようだった。
『ギャウンッ!』
 おいぬさまが吹き飛ばされる。屋敷とは正反対の方向へ。その脚へ足止めの泥がまとわりついているのを見てとり、シルヴェストルは満足げに顔をほころばせた。
「これで少しは距離が稼げたかな?」
『オノレ……ヒトコノコノ分際デ……』
「おやまだしゃべれたのか。てっきりミミズに頭まで食いつくされてると思っていたよ」
『馬鹿ニシオッテ……!』
「バカにしてない、よ。本当の事、言っただけ」
 コゼットが躍り出た。ムーンホッパーの軽やかな動きで。おいぬさまの目と鼻の先すれすれへ。
『娘……貴様カラ先ニ食ロウテヤロウ……!』
「うん、いいよ。できるなら、ね?」
 コゼットは謡うように節をつけた。
「愚図で弱くて運もない、とっても可哀想なあなたに、牙を剥く先を案内してあげま、す!」
 ぴょんと飛び跳ねたコゼットは上空で一回転、おいぬさまの額へかかと落としをしかけた。ミミズがぶちゅぶちゅとつぶれ、汁で靴が染まる。
「この穢れが、おいぬさまを狂わせてるなら、あたしが刈り取ってあげる」
 限界まで低くした姿勢で着地の庁劇を殺し、そこから伸びあがるように上段蹴りで顎を狙う。細身のコゼットの一撃一撃は軽い。けれども、たしかにおいぬさまは怒り狂っているように見えた。おいぬさまの牙がコゼットを狙う。コゼットはそれを難なく回避し、見せつけるように黒ウサ尻尾のついたお尻をふりふりした。
「あたしの速さに、ついて、これる?」
『貴様ナドハ虫ノゴトク火ニデモ飛ビ込ンデオレバイイノダ……!』
「あーら、それは私の方が適任ってやつじゃありません?」
 横合いから槍が飛び出た。おいぬさまはわずかに反応が遅れ、ミミズをごそりと削り取られる。その下の毛皮が汚汁にまみれているのを見て取り、ゼファーは一瞬だけ切なげな表情を浮かべた。
「コゼットを火にくべてどうするつもり? 今のあなたはホトケどころか穢れの塊そのものなのに」
『ッ……黙レ女ァ……!』
「それに、どうせ食べるなら強くて食いでのある獲物のほうがいいでしょう? その辺のやせた女を喰らうより、英気たっぷりで力が付くやつがここにはたくさん居るわよ!」
『世迷言ヲ……!』
 ぞり。おいぬさまが振り向いた瞬間、槍の穂先がその鼻先をえぐった。赤い血が溢れ出る。
「なかみは普通のわんちゃんと変わらないのね。そりゃ私は犬好きは犬好きですけど、もう少し小さい子の方が好みだわぁ」
 軽口を叩きつつゼファーはバックステップで距離を取る。猛追するおいぬさま。
「よし、屋敷から離れて行ってるな」
 重量感のある足音がしだいに屋敷から離れていくのを感じ、レイチェルはにやりと口の端を上げた。
「いいぜ、コゼット、ゼファー、その調子だ! よおワンコ、腹が減ったなら俺らを食えば力を得られるぞ。なんたって神使サマだからな!」
 おいぬさまの全身が逆立った。ゼファーへ食らいつき、首の力で持ち上げる。そのままレイチェルへ向かって投げつけた。レイチェルはゼファーを横抱きにうまく受け止める。すさまじい勢いに、土へレイチェルの靴跡が長く残った。
「無事?」
「羽のように軽いさ」
「冗談を言っている場合か」
 アルムが駆け寄り、晴れやかな声で天使を賛美する。
「天に住まう我らの御使い。柔らかなその頬、ふくよかな体、愛くるしい微笑み。しかして其はかりそめの姿。峻厳苛烈な神の雷、我は知りたもう。されどいまはそのおもてを隠し恩寵を届ける身となれ」
 アルムの周りに柔らかな燐光が集まっていく。緑色の美しい輝きだ。アルムはそれを片手で練り上げ、大きく手を振った。同時に集まっていた燐光が飛び散り、ゼファーとレイチェルの傷を癒す。ふたりの調子を見ると、アルムはおいぬさまへ顔を向けた。素早く印を結び再度天へ呼びかける」
「我は知りたもう。天の御使いよ。汝らはただ優しく可憐なるにあらず。邪悪を裁くが使命なり。其の邪悪は此れに在り。目覚めよ。……おいぬさま、頼むから……正気に戻ってくれ!」
 真っ白なミサイルのような魔力弾がアルムの背後から何発も現れおいぬさまを狙う。魔力弾は回避しようとしたおいぬさまの目前でぐにゃりと軌道を変え、わき腹へ食いこみ爆発した。
『ヤリオルナ貴様ァ……!』
「……この程度の攻撃じゃ目覚めないか。……痛い思いをさせたくはないけれど、そうも言ってられないな」
 アルムはもう一度神気閃光の詠唱に入った。
 ゼファーを降ろすとレイチェルは右半身に意識を集中した。右手の指先から何か熱い感触が心臓目指して流れ込んでくる。魔力の奔流、それは炎のようにレイチェルを焼き焦がす。
「憤怒、そして復讐の焔こそ我が刃。復讐の果てに燃え尽きるのが我が生なり――おおおおお!」
 復讐するは”我”にあり。怒り、それこそがレイチェルを突き動かす原動力。穢れに囚われた哀れな神を相手に、レイチェルは禁断の炎を叩き込んでいく。次から次へ、まるで業火で焼き尽くすかのように。異臭がする。おいぬさまを覆う灰色のミミズが焼け落ちているのだ。ごそりと髪でも抜け落ちるかのようにミミズが剥がれ落ちる。まるで皮膚病を患った犬だ。
(効いているな。しかし、随分と大きな犬っコロである事だ、果たして、止めるまでにどれほどかかるやら……)
 R.R.が狙撃体勢から鎮魂礼装を構える。彼の包帯をほどいていけば、それは朽ち果てたマスケット銃でしかない。しかし長年使われ、死を見送り、廃棄され死そのものとなった銃にこめられた魔力は他の追随を許さない。少し念じるだけで彼の全身を包む包帯――精神拘束帯――が意志を持つかのようにそよぎ、悪夢という悪夢をかき集める。マスケットの内部にはブラックオパールのような弾丸が生まれている頃だろう。照準を合わせ、引き金を引く。その動作がどれだけ精神力を奪うか、狙撃手ならばわかるだろう。発射された弾丸がおいぬさまの右脚へ命中する。ぼろり、と銃創の周りのミミズが黒く染まりながら落ちていく。毒にやられたのだ。おいぬさまは苦し気にのどを引きつらせ、窒息しているかのようにあえいでいる。その様子を見たR.R.は皮肉気に唇をゆがめた。
(まぁ的は大きいんだ、撃てば撃っただけ当たる。撃ち続けていればそのうち止まるだろう……)
 それまで、延々と撃ち続けるのみだ。心に決めたR.R.はブラックオパールの弾丸をもう一度創りあげた。
 遠吠えを発し、暴れまわるおいぬさま。屋敷へ行かないよう引き付けるゼファーとコゼット。少しでも屋敷から遠ざけようと奮闘するシルヴェストル。的確においぬさまへダメージを与え追い詰めていく一行。
「あらま、派手にじゃれつかれちゃってるわねぇ~」
 レストが動き、青いカードが彼女の周囲へ無数に集まる。カードはくるりと彼女を中心に回り、一気に放出され粉々に砕けた。クェーサーアナライズの加護を受けた一行はさらに攻撃を加えていく。
「くっ、こっちに来るな……!」
 巨大な翼がアルムの背に現れる。羽の一枚一枚がガラスの槍となっておいぬさまへ襲い掛かった。光翼乱破の激しい攻撃にさらされ、おいぬさまは苦し気にうめく。同時に不調を回復されたコゼットがちょいと会釈をし、ゼファーはウインクを投げた。
 だがしかしおいぬさまの体力は底知れず、しぶとく食いつき、叩きつけ、全力で抵抗する。そこへ……。
「くぁwせdrftgyふじこlp!」
 CRAAAAAAAAAAASH!
『ギャイン!』
「おら大呪とバール、どっちが痛いか体で覚えろだよぉ……」
 リリーの必殺バール投げが炸裂した。血染めのバールはいつの間にか主人の手元へ戻っている。次の獲物を求めるかのように。
「それと犬っち……これ……あんたよねぇ……?」
 あの夜の写メならぬ絵巻をリリーはおいぬさまへ見せつけた。そこには小さな子どもと無邪気に遊ぶ黒いマメシバが精緻な筆致で描かれていた。これを描いた画家の愛情すら伝わってくるかのようだ。
「……それは?」
 アルムが問いかけるとリリーは鼻で笑った。
「なんか事前に屋敷を収奪……じゃない見回りしてたら見つけたんだよねぇ……。えーと……葉樺音の先代が描いたものだって? あんたもともとこんなちっこいのに……穢れなんかにやられちゃってそんな姿になってまぁ……」
 リリーは絵巻をおいぬさまへ放り投げた。おいぬさまが気を取られている隙に……。
「目ェ覚まsdfghjkl;!」
 再びバールがおいぬさまの脳天へ直撃した。


 穢れが剝がれていく。大きな犬の姿も。陶器が割れるようにひびが入り、小さく割れて……あとに残ったのは黒いマメシバだった。
「あらあらあらあら、これはこれは、思ってたのとは違うけれどすてきねぇ~。とってもかわいいわぁ~」
 レストがぎゅっとおいぬさまを抱きしめる。
『きゅ~ん』
「あらぁ~、どうしたの?」
 おいぬさまはしょんぼりとした様子だ。
「おおかた……自分がしでかしたことが恥ずかしいんじゃない……?」
『きゅ~』
 おいぬさまはレストの腕の中へ潜り込んでしまった。
「おいぬさま、元気で良かったね。それにしてもこんな姿で、守護者やってたんだ。すごいね」
「神様ってのは見た目とイコールとは限らないけれど、これはまた小さいわね」
 コゼットのつぶやきにゼファーもうなずく。
 そこへR.R.が屋敷の皆を従えて戻ってきた。
「おいぬさまの狂乱は俺達で止めた。もう安心していいぞ」
「おお、おいぬさま! そのお姿はまさしくおいぬさまではありませぬか!」
 葉樺音がまろぶように前へ出ておいぬさまを預かる。
「感動の再会だね」
 シルヴェストルがころころ笑う。
「まったく、おまえがかまってやらなかったからこうなっちまったんじゃねえのか? これからはおいぬさまを蔑ろにすンなよ?」
「誠におっしゃるとおりで」
 恐縮する葉樺音へアルムが添える。
「最後に……失礼じゃなければ……撫でさせてくれないかい?」
「もちろんですとも。おいぬさまは遊んでもらうのがお好きなのでございます」
 葉樺音から預かった子犬は、たしかに生命の温もりがした。
「あたたかい……よかった。助けられて……」
 それは皆の思いそのものだった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

おつかれさまでしたー!
おいぬさまの正体がマメシバなのは趣味です。

それではまたのご利用をお待ちしております。

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