PandoraPartyProject

シナリオ詳細

妖精リンゴとパンのひとかけら

完了

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●昨日おとした涙を、一緒に拾いに行こうか
 深緑の奥深く、妖精郷の門アーカンシェルのその先に妖精郷アルヴィオンがありました。
 人が本来歩けない、触れることも見ることもかなわなかった精霊たちの生きる国。それは銀の森事変より以降この世界と地続きとなり、妖精達は人々の隠れた友達となり、その存在を狙う悪しき錬金術師による事件をきっかけにローレットと深い友好関係を結ぶに至った。
 本来は秘密にされている門はローレットのなじみある者が訪れれば開かれ、時には小さなお茶会に招かれることもしばしばである。
 そんな中、ひどい戦いの末に取り戻された妖精城アヴァル=ケインの地下道に、アイラ・ディアグレイス(p3p006523)はいた。
「ボクは――」
 膝をかけ、座り込むアイラ。常春の国にありながらひんやりとする石の床に手を触れ、膝の間に顔を埋めた。
「ボクはこの場に、何を残せたのかな」
 つぶやきは誰にも聞こえず、時間と記憶の海底に沈んでいく……はずだった。
 見知らぬなにかが、それを不意にすくい上げるまでは。
「知りたいの?」
 ぷちん、と音を立て。
 一個のリンゴが床に落ちて転がった。
 まるで熟した果実が木から自然に落ちたかのように。しかし木は見当たらない。
 リンゴはアイラの身体に当たってとまり、不思議そうに拾い上げてみると……リンゴにはナイフで彫られたようにこう記されていた。

 ――『あなたの忘れ物を教えて』

 かつて伝説の勇者が立ち寄り冬の王を封印したというこの国には、未だ解明されていない不思議な現象や実体がいくつも存在している。
 これは、そんなフシギ存在がおこした事件であり、その追調査依頼の記録である。

●忘れ物をおしえて
 『妖精リンゴの木』
 それは実体をもたないリンゴの木である。後悔をした誰かのもとに現れ、果実をひとつおとしていくという。
 リンゴには『あなたの忘れ物を教えて』と文字が彫られ、拾い上げた者はリンゴに対してIFを語りたくなるという。

 それは例えば
 ――あるとき死なせてしまった誰かが『もし』生きていたら
 ――あるとき捨ててしまったものが『もし』捨てていなかったら
 ――あるとき諦めた夢を『もし』諦めていなかったら

 IFを語られたリンゴはパン屑へと変化し、所有者もいつのまにか不明な森の小道へと転移しているという。
 パン屑は淡い光をはなって続いていて、IFの語りを続けるたびに光は続き、当人もそれを追っていきたくなる衝動にかられることだろう。
 その先に何があるのか、それはわからないが。
 わからないから……あなたはそれを尋ねられているのだ。
 これはあなたが体験したフシギなリンゴとパン屑にまつわるエピソードの、調査依頼なのだから。

GMコメント

 このシナリオでのリプレイは、PCが体験したフシギな出来事を調査員に語るという格好で描かれます。
 プレイングには、キャラクターが考える『IF』を書き記してください。
 また、以下のことに注意してください。

・焦点をあてるIFはひとつに限られます。
 仮に複数語った場合、そのうちの一つにのみリンゴは反応したという扱いになります。
・IFはPCの淡い後悔が起因しているものが理想的です
・もし複雑な設定に触れる場合、できればその解説を添えてください
・パン屑をたどった先にあるものに関して今は不明ですが、PC対して危害を加えるようなものではありませんし、警戒や戦闘に関するプレイングの一切は不要です。
 そういったものをカットして、できる限りIF語りに裂くようにしてください。

 相談スレッドでは、自分はどんなことをリンゴに語りかけたのかという紹介をしあったり、それに対してどう思うのかを語り合ってみるとプレイングへの刺激が高まってより深くシナリオをお楽しみいただけます

  • 妖精リンゴとパンのひとかけら完了
  • GM名黒筆墨汁
  • 種別通常
  • 難易度EASY
  • 冒険終了日時2020年11月02日 22時10分
  • 参加人数6/6人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(6人)

ポシェティケト・フルートゥフル(p3p001802)
白いわたがし
錫蘭 ルフナ(p3p004350)
澱の森の仔
アイラ・ディアグレイス(p3p006523)
生命の蝶
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)
キラキラを守って
グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者

リプレイ

●白鹿さんの忘物語
 手に落ちたリンゴをそっと両手で包み込み、目を瞑って唇を寄せる。
 『謡うナーサリーライム』ポシェティケト・フルートゥフル(p3p001802)の長いまつげが上下して、すこしまぶしいくらいの陽光が彼女の灰色の髪を真っ白く照らした。
「もしもの忘れ物語り……なんだかドキドキするわねえ。
 クララ、鹿のそばから離れないでいてちょうだいね」
 いたずら妖精のクララシュシュルカ・ポッケは周りの景色を不思議がってくるくると見回していたが、ポシェティケトはあまり気にとめずに、近くの切り株に腰掛けてリンゴを見下ろした。
「ワタシのお話、聞いてくださる、林檎さん?」

「鹿ね、昔、おんなじ色の、とってもよく似た『かたわれ』がいたのよ。
 でもねえ、今は、もういないの。
 忘れちゃうなんて難しいくらい、大切だったはずなのに。
 ワタシ、ほんとうは、あの子の名前も姿も、思い出せないの。
 お別れがいつだったのかも、覚えていなくて」

 風景が風のように流れていき、幼い二人の少女が手をとって歩いている。
 鹿のつのをつけた灰色髪の少女と、まるで生きうつしのような少女。年は近く、二人は仲の良い姉妹に見えた。

「でも、昔はあの子がいたこと、もういないことだけは、分かるのよ。
 今でも一緒にいられたら、あの子はどんな鹿になっていたかしら。
 それが分かれば、この、なにかよく分からない寂しい気持ちは、なくなるのかしら……」
 瞑った目を開くと、リンゴはいつの間にかひときれのパン屑にかわっていた。
 切り株からたちあがり、振り返る。
 続くパン屑を追って、歩いていこう。
 『もしも』には希望があって、同時にさみしさがある。そんな風にポシェティケトは思っていた。
 いいこともわるいことも、今の後ろにちゃんとある。過去からわるいものだけをなくすことなんて、きっとできないんだと。
「ねえ、林檎さん。パン屑はパン屑のままでいる?
 ワタシ、ちょっと怖くなってきちゃった。
 ふふ。この森が、魔女のお家に繋がっていたらよかったなあ」
 パン屑を追って歩いて行くと、森の中にひどく見覚えのある家が見えてきた。
 遠い記憶の中にあったかのような、優しく心の内側を撫でるような。
 そんな、景色が。

「――――」
 こちらを呼ぶ声がする。
 妹が、ウッドデッキに腰掛けて手招きをしていた。
 家からココアとクッキーをトレーに載せた魔女が出てきて、こちらに気づいて微笑みかけた。
 暖かい日差しと、笑顔と、甘いココアとクッキーと……。
 そんな光景に目を見開き、思わず踏み出した――その時には。

 ポシェティケトはただひとり、妖精の森に立っていた。
 クララシュシュルカが追いかけてきて、彼女の背中にぽふんとあたる。
 いつの間にか手にしていたリンゴにはナイフで彫ったような文字で『don't cry』と書かれていた。

●弱さもきっと誰かのために
「もしも、なんてモノに思いを馳せたって女々しいだけで、現実は何も変わりっこないじゃんか。それでも……」
 手のひらの上にのったリンゴに向けて、『森の善き友』錫蘭 ルフナ(p3p004350)は優しく語り始めた。
「君は、聞いてくれるんだね。ありがとう」
 風のように流れていく景色の中で、ルフナはゆっくりと歩いていく。
「僕たちは三兄弟でね、僕が三男だ。物心着いた時から上の兄様が僕たち二人の親代わりだったんだけど。
 珍しいかな、ハーモニアは長命だからそんなこともあるんじゃないかな……まあ、とにかく、ディン兄はなんでも知ってて、いつも正しくて、優しくて、自慢の兄様だったんだ」
 景色のずっと向こうを、三人の少年達が楽しそうに走って行く。
 風景はやがて夜のそれにかわり、二人だけの少年が残された。

「でもある日、下の兄様と僕はディン兄の言いつけを破って遠くまでベリーを探しに行って、暗くなっちゃって、それで……」

 リンゴに爪が食い込むほどに握りしめていたことに気づいて、ルフナは深く息を吐き出した。
「あぁ、ごめんね。君を持つ手に力が入っちゃった。
 それで、その時に出くわした賊によって僕は目を、エリ兄は耳を失ってしまってね。前後の細かいことを覚えていないんだけど……」
 溶けるように消えていく景色。
 ルフナは足を止め、深く目を閉じた。
 再び目を開くと、そこは不思議の森だった。
 チョコレートのような川が流れ、ビスケットの木が並んでいる。
 甘い香りの中にぽつりぽつりと、渇いたパン屑が落ちているのがわかった。その最初のひとつが、自分の手の中にあることも。
「それから、兄様はとても排他的になって、みんなを縛り付けるようになった。
 僕が召喚された後も、今も、魔力を使う度に、呼吸をする度に兄様の声が僕にまとわりつくんだ、帰っておいでって」
 パン屑を拾いながら進んでいくと、やがてお菓子の森をぬけ――。

「それは、ほんとうに僕の声なのかい?」
 と、誰かが言った気がした。
 立ち止まるルフナ。
 気づけばお菓子の森はそこになく、冷たく暗い夜と澱の森があるだけだった。
 おそるおそる片目に手を伸ばすと、そこには自分の右目がある。
 目の前には、両耳の揃った兄と、その手をひく上の兄がいて……。
「おいで、ベリーをとりにいこう」
 誘うように手を伸ばした兄に、ルフナは――

 足を踏み出したところで、すべては消えていた。
 手にはリンゴ。まわりには妖精の森。
「そう、だよね……これからは、自分で選ばないといけないのに」

●救えなかった今があって、救われたかも知れない過去があって
「もし俺が、救いたいものを遍く救える位強かったら。
 そしたらその俺は、きっとずっと、心の底から笑っていられるんだ。
 だってその俺は、誰かのかけがえのない笑顔を、命を、尊厳を、失わずに済むんだから」
 リンゴを手にした『秋の約束』イーハトーヴ・アーケイディアン(p3p006934)は、いつの間にか切り株のうえに腰掛けていた。
 しんしんと雪がふり、イーハトーヴの肩にうっすらと積もる。
「ねえ、リンゴ君。すごく素敵だと思わない?
 自分の無力を思い知って、或いは失くしたものを想って、その時感じる心の痛みに苦しむことも……。
 そうやって血を流す心を、大切な人達の目から隠そうと足掻く必要もないんだもの!」
 どこか強がるように、かわいらしく笑うイーハトーヴ。
 風景が波打ち際で流される砂絵のように消えていき、代わりに酷い戦いの風景が広がっていった。

「元いた世界で、俺は、俺のぬいぐるみ達に、沢山を奪わせてしまった。
 その事実に耐えられなくて、皆を苦しい世界に残したまま死のうとして、混沌に召喚されて……今でも、皆が俺を責める声が聞こえるんだよ。
 あっちでたった一人、俺によくしてくれたコウのこともそう。
 俺は、彼の死を見送ることしかできなかった。
 俺が強かったら、俺は彼を守れたんだ」

 ぎゅっとリンゴを握りしめると、それは丸まったパン屑にかわっていた。
 立ち上がると雪景色はなくなり、ただ森と曲がりくねった獣道が続くのみ。
「こっちに来てからはね、楽しいことばかりだったけど……大好きになった世界とちゃんと向き合うって決めて、戦うことから逃げるのをやめたら、手のひらから零れ落ちるものが、やっぱり、山ほどあるんだ」
 進むのをやめようか。
 そんな風に思いながら道におちたパン屑を拾って歩いて行く。
「全部、全部、俺には堪らなく痛くて。お薬で、異世界の狂気で、血を流す心を覆ってね。でも、現実に戻ったらまた、息が上手くできなくなるんだ。もし――」
 と、声に出したところで。
 イーハトーヴは思わず足を止めてしまった。
 彼の横を、見知らぬ誰かが通り過ぎたからだ。
 いや、知らなくなんてない。
 紫色の長い髪を後ろで縛った、背の高い青年。
 生きたぬいぐるみを肩に載せて歩く、彼を知っている。
 声をかけようとしたら、彼がこちらへ振り返った。
 スッキリした目元に、オレンジ色の果実みたいな目がきらきらとしていた。
「実は、俺もそうなんだ。『失えた』君が……実はとても羨ましいよ」
 悲しそうに、けれど優しげに笑って、更に先へと歩いて行く。

 追いかけようと手を伸ばした時には、風景ごと消えていた。
 リンゴはもう、手元にはない。

●ボクはあの場所に、一体なにを残せたのかな
「ボクは二人のアルベドに出逢ったの。
 一人は、大切で、特別な、同じ色のあの子の、アルベド・
 一人は、大人びて……けれど、もう少し頼って欲しいあの子のアルベド」
 『瑠璃の片翼』アイラ・ディアグレイス(p3p006523)は両手で抱きしめるようにリンゴを胸にかかえると、深く目を瞑った。
「もしも、彼女達を殺さなくても良かったとしたら。もしも……」

 まるで巻き戻される過去のように。
 まるでめぐる走馬灯のように。
 アイラが妖精城で体験した戦いやその顛末が流れていく。
「ずっと胸が痛かった。
 心臓が凍ったみたいだった。
 同じ顔。同じ声。唯色だけを失った友達を殺したこと。
 手を下したわけじゃない。
 だけど、彼女達は『生きていた』。
 そんな彼女達を、ボクは見殺しにした」
 ねえ、と声と顔をあげ、アイラはその冷たい青色の瞳を開いた。
「彼女たちが生きていたら、ボクをどうしたかな。なんて言って、くれたかな」
 過ぎ去っていく別れが。
 流れていく時間が。
 自分をどこかへ置いていってしまうような気がして、アイラはリンゴに爪を立てた。
 悲しむだけでも時は過ぎ、迷うだけでも明日は来る。答えがでないまま未来は今となり、過去を振り返るその瞬間ですら遠ざかり始めている。
 だから、『もしも』を思わずにはいられないのだ。
 過去にも未来にも、まして今にすらない出来事に、想いをはせる。

 いつの間にか、アイラはパン屑を握りしめていた。
「ごめん。
 ごめんね。
 ボクが弱いばっかりに。
 手段が少ないばっかりに。
 生きる理由も、はじめての春も。
 まだ見たことの無い景色も、何もかも。
 ただ、アルベドにうまれたというだけで。
 貴女たちから、奪うことしかできなかった」
 とぼとぼと歩いてたどり着いたさきに。
 小さな小屋とその庭に腰を下ろした灰色の女がいた。
「ボクは、どうすればよかったのかなあ」
 問いかけるように顔を上げる。
 本来得られるはずのない、問いかけすらも過去になってしまう時間の中で。
 今だけは。
「私にも分からないわ。残念だけど」
 『彼女』は肩をすくめてそう言った。

「他人がどうすべきかを考えられるほど、私は人を理解していないかったし、きっと皆大体がそうなんじゃないかしら。
 けどときどき、ほんのわずかなタイミングで、自分がどうすべきか分かる瞬間があるのよね」
 あなたにもあったんじゃない?
 そんな問いかけに、アイラは小さくうつむいた。
「やるべきことと、やりたいこと。
 その二つがピッタリ重なって、心より早く身体が動くことがある。
 あのときの私が、そうだったわ」
「けど」
 アイラはうつむいたまま、小さく首を振った。
「死んでしまった」
「そうね。けど、不思議なことじゃない。
 人はいつか死ぬ。いつか悲しくなる。
 けど、それが『生きた』ってことなんじゃないかしら。
 私は精一杯生きて、生きたことに満足したわ。
 私の人生は、『いい人生』だった」
 胸に手を当てる彼女に、アイラはやっと顔を上げた。
「きっと、生きる長さは関係ないのよ。あなたも、精一杯生きたらいいわ。
 死ぬくらい誰にだって、いつだって出来るけれど……。
 満足して死ねれば、もっといいわよね」

 片眉を上げて笑った彼女は、風景と一緒に消えていた。
 リンゴはもう、手元にない。
 アイラは森のなかにひとり、立っていた。

●パリグリーンダンスホール
 『魔風の主』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)はそよ風に吹かれながら、手の上でリンゴを弄んでいた。
「そういえば、僕によく似た……ううん、僕の遺伝子をもとに作ったアルベドがいたよね。
 あのとき僕は怨敵への気持ちで一杯で、ふと気づいたときにはもうあのアルベドは居なくなってしまった。
 倒さなければならない敵だったし、なにも間違ってなんていないけど。
 そうしたことに後悔がないといったら、嘘になるよね……」

 アルベドという存在が、ただ形を真似ただけの存在でなかったことを後になって知った。
 彼は『自分の分身』では決して無かったけれど、『自分の可能性』では確かにあった。
 彼らには生命がり、しかし運命は決められていて、時には記憶や感情を引き継ぎながらも決められた運命に苦しむ者もいた。
「あのとき僕が、『彼』と向き合えていたら……どうなっていたんだろうね」

 リンゴはすぐにパン屑となり、ウィリアムは森に点々と続くパン屑をたどって歩き始めた。
「取り込んだ妖精と僕の情報が混ざり合い、混乱していたアルベド。もしあの時、彼をちゃんと『個』として扱っていたらどうしていただろう。
 他のアルベド達のように、心を得ていただろうか。
 たとえ短い命だったとしても、僕の分身としてではなくちゃんとヒトとして生きられただろうか。
 これが自分なんだと、これが己の生き様なのだと胸を張れて逝けただろうか」
「さあ、どうだろう。君が僕の立場だったら、はたしてどうしていたかな?」
 独り言にこたえる形で、彼はそこに立っていた。
 冬に閉ざされゆく妖精郷の景色を背に、灰色のアルベドタイプウィリアムが立っていた。
 アルベドはトントンとこめかみを叩いてから、穏やかに笑った。
「僕は、別に現状を特別なことだなんて思っていないよ。
 やるべきことがあるなら、僕はやる。求めてている人がいるなら、それに応えた。
 『僕らしさ』なんて曖昧なものに、僕は頼らない。あの錬金術師が君と戦えと命令したなら、それの是非に関わらず全力で戦った筈だよ」
「そこに、疑問はないのかい?」
 手を広げて差し出し、首をかしげるウィリアム。
 アルベドは肩をすくめて見せた。
「もちろんあるさ。世界は疑問だらけで、僕は残念ながら全知じゃない。それに……全知なんて、つまらない」
 分からないからいいんだ、とアルベドは言う。
 その意味が、ウィリアムにはなんだか理解できた。
「僕らはいつも前に進む。分からないこと、間違っているかも知れないこと。正しさや真実は、分かったそばから疑わしくて、世界はそんなことばっかりだったよね。
 けど、前には進む。そうすることが、僕は『生きる』ことだと思う」
「そう……だよね」
 ウィリアムはやれやれと背を向けた。
「だから、僕はあのとき君を殺した」
「正しいかどうかなんて、関係ないんだ。君も僕も、生きていたんだから」
 景色は妖精の森へと転じ、ウィリアムの手には欠けたリンゴだけが残っていた。

●心は音をたてない
 胸の苦しさを、頭の痛みを、身体に走る熱を、それらを心と呼ぶのなら、『その色の矛先は』グリーフ・ロス(p3p008615)は心豊かな『女』だった。
「以前のワタシは、後悔ばかりでしたね。なぜこの瞳は赤いのか。なぜワタシがオリジナルではなかったのか。
 ……ですが、それら全てがあって、私が産まれたと、今では思えるようになっていますから。もしそれがなかったら、私はワタシ(代替品)のままでしたから」
 けれど。
 傷ついた大地に植えたマナの木をみるたび、思い出す……いや、思い知るのだ。
 この世界には、『偽物』にすらなれなかったまがい物たちが居たことを。

「そう、私の後悔は、彼らと共に歩み、語らえなかったこと。
 彼らが、フェアリーシードに依存した滅びゆく存在だったこと。
彼らが、妖精を必要としない、自らを確立した命ある存在だったならば。
 それは、終わらない敵対の道だったかもしれませんし、そうでなければ、出会うこともなかったかもしれません」
 景色は凍える城の一角に変わっていた。
 ホールの中央に椅子を置いて腰掛ける、きらめきを纏ったまがい物。
 彼は、パチンと指を鳴らしてグリーフを出迎えた。

「他人を愛することが怖いかい?」
「わかりません。けれど、それは私を乱します」
 凍える地下道の一角で、長身の女が振り返る。
「他人に恋をするのが恐ろしい?」
「わかりません。けれど、きっとワタシはワタシでなくなるでしょう」
 腕に走る電子回路のような模様。
 それがもしかしたら、彼女の心……あるいは、彼女の感情なのかもしれない。
 灰色のまがい物は、白衣を着て赤い目をしていた。
 アルベドタイプグリーフが、くしゃくしゃにした左右非対称の笑顔で首をかしげた。
「決められた相手に、決められた感情を向けられなくなることがこわい?」
「……」
「自分が壊されるみたいで、憎い?」
「……」
「けどきっと、それが『恋』なんですよ」
「他人は」
「ええ」
「他人は――『恋』をしたことがないまま、あの人を愛してしまったのでしょうか?」
 アルベドはグリーフの肩を叩くと、彼女を通り過ぎて歩いて行く。
「たとえ永遠の命を得たとして、たとえ誰の迷惑にもならず生きられたとして、恋と愛を知ったから……『ワタシ』は変わることを望んだのです」
 きっとアナタも知っているんですよ。
 そう、アルベドは言い残し。
 風景ごと、消えてなくなった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ――おかえりなさい

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