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シナリオ詳細

<天之四霊>愛しき 言つくしてよ長くと思はば

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――好きよ。大好き。

 もう、二度と離れないで。私の、大切なたった一人の――


 白香殿――

 欠けた月を眺めながらもエルメリア・フィルティスはうっとりと微笑んだ。艶やかな唇に引いた朱は姉に似合うものを、と侍女たちに選ばせた。折角の機会だからと姉の為に誂えたドレスは美しい。戦乙女の様な衣服よりも、茶会を楽しむ淑やかな令嬢であって欲しい。それがエルメリアの願いだ。
「アルテミアを戦わせるなんて酷い場所ね。ローレットって。
 こんなにもか弱い乙女一人、こんな場所に放り出して……身を張って仲間を護らせるなんて」

 ――違う、それは私が選んだんだ。

「シフォリィさんだって、流刑になって……アルテミアが与えたヒントで抜け出しても助けに来ないわ。
 だって、貴女が反転していれば彼女は迷わず貴女を殺すでしょ? ……愛する事も出来ないなんて酷いと思わない?」

 ――違う、私は幼馴染を、親友を害したいと思わない。

「……私とずっと一緒なら幸せになれるのよ。アルテミア。
 皆にきちんと伝えましょう? 姉妹で二人で、幸せに暮らすからどうか、帰って、って」

 ――違う、魔種は倒さなくちゃ。ああ、けれど、頭が、頭が……!

 酷い頭痛に悩まされながらアルテミアは地を叩いた。双子の妹は悍ましい程の魔性をそのかんばせに湛えて頬を指先でなぞる。唇をなぞり、人差し指をそうと咥内に指し込んでうっとりと笑って見せるのだ。
「逢いたかった」
 私も、と声は出なかった。喉という器官が声を発することを拒否したかのように。
「逢いたかったのよ、アルテミア」
 近づく。視界いっぱいの『同じ顔』、けれど、違って見えるのは彼女の歪んだ笑みの所為か。
「大好き」
 幼い子供の様な、恋心だった――もうそれ以上は、何も分からない。


 霞帝が目覚め、四神の加護を得るが為にイレギュラーズの隊を分けることとなった。
 そして、本陣たる霞帝は自身の力を以て捕虜達を解放するがために努力するという。だが、帝が目覚め、黄龍の許へと馳せ参じた事が巫女姫にばれればその計画も頓挫する。
 天香・長胤は義弟と夢見 ルル家(p3p000016)の事に夢中だろう。巫女姫が呼びつけた謁見の日取りまであと少し――彼らが『動き出すまで』にある程度の準備を終えておきたい。
 それ故に、霞帝はイレギュラーズへと乞うた。

『巫女姫の意識を逸らしてほしい』と。

 ――その為に一番有効なのが『姉の奪取』である。あれだけ盲目に接しているのだ。姉を拐わかされるとなれば、がむしゃらに追ってくるだろう。
「アルテミアさんを助ける……か、うん。必要な事だと思う」
 酷い頭痛に襲われながらも『壊れる器』リア・クォーツ(p3p004937)はそう言った。眉間に皺をよせ、耐える様に唇を噛むリアの傍らで心配そうにその顔を覗き込んだのは『戦神』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)であった。
「……もしかすれば、ここで助けられるかもしれないんだよね?」
 その言葉に滲んだのはあの日――捕虜を出したその日――彼女達を置いて背を向ける事になった悔しさだ。
 唇を噛み、アルテミアの名を呼ぶ。彼女の親友は屹度無事に脱出できるはずだ。その一助となるのがこの作戦である。
「あくまでアルテミアさんの救出は努力条件。一先ずはエルメリアの意識を逸らす事が先決ね」
「オッケー……と、言っても、私ちゃんがどれだけエルメリアの意識をゲットできるかわかんないけどさー」
「……認知はされてるわよ、あれは」
 あの調子だ。「アルテミア」と呼んで彼女の友人である素振りを見せたものすべてに対して敵愾心を抱いているだろう。
 ならば、それを利用して一定時間、エルメリアを惹きつけておけばいい。その一定時間は決して短くはないが『詳細を告げられない』と霞帝は言っていた。出来る限り長い時間を、と願われたのは目覚めたばかりの彼が出来る最善を尽くすが故なのだろう。
「……行こうか」
 頷き進む――白香殿。それは巫女姫と戦い、二人のイレギュラーズが捕虜となった場所だ。


 その場所は美しい庭園を望む。足を踏み入れればひやりとした感覚を感じさせた。
「いらっしゃい」と笑ったのは揚羽蝶と呼ばれた純正肉腫だ。まじまじと見遣れど怪我を負い本調子ではないようだ。
「そうだ、イレギュラーズの為に巫女姫様が新しいおもちゃを用意してくれたんだってさ。ちょっと遊んでいきなよ?」
 ほら、と最奥を指させばアルテミアを抱きしめて微笑むエルメリアの姿が見える。
 はくはくと唇を動かせどアルテミアの声がしないのはその喉に何らかの細工がされているのだろうか……。
「揚羽、紹介してあげて」
「勿論です、姫」
 ゆっくりと揚羽が交代する。其処に鎮座したのは美しき白い狐――膠窈肉腫、と。複製肉腫が『反転した結果』生まれた驚異の存在――であった。
「折角だからたっぷり遊びましょうね。
 アルテミアが欲しい子が居ればぜぇんぶ私が用意してあげるから」

 ――……長い一日になりそうだ。

GMコメント

●重要な備考
<天之四霊>の冠題の付く『EXシナリオ』には同時参加は出来ません。
(ラリーシナリオ『<天之四霊>央に坐す金色』には参加可能です)

●成功条件
・巫女姫の意識を『一定時間』逸らす
 +努力条件『アルテミア・フィルティスの奪還』
(アルテミア・フィルティスの奪還はシナリオ成否には含まない)

●巫女姫/エルメリア・フィルティス
 幻想貴族フィルティス家出身。アルテミア・フィルティスさん(p3p001981)の実妹。
 静養先で賊に襲われ『奴隷商人の手に堕ち』、『運悪く反転』し、カムイグラへと神隠しに遭った後、天香・長胤を反転させてカムイグラの頂点に君臨しています。
 霞帝を眠らせた力は彼女のみの力ではありません。そういえば……彼女が神隠しに遭ったのは深緑、でしたね?

 基本的にはアルテミアさんが大好き。他の人間は大嫌いです。
 特に男性、及び、アルテミアさんに近しい対象に帯する殺意は高いです。

 ・色欲の魔種
 ・常時発動:『乙女の寂寞』(行動時に全体に『バッドステータス』をランダムで付与する)
 ・神秘攻撃中心(『満月』の効果で強化されています)
 ・エルメリアの『呼び声』(反転の呼び声。特殊判定。アルテミアさんには常時アタックしてます)

 ・『乙女の悪戯』:??? ――それは元はエルメリアの力では無いようですが……
 ・『乙女の本気』:アルテミアさんが奪われそうになると『本気を出します』

●純正肉腫『揚羽蝶』
 エルメリアと『ザントマン』に従う純正肉腫。傷だらけですので、今回はあまり脅威では無さそうです。
 男女何方とも取れぬ外見と声音。『気配遮断』や『変装』を所有しメッセンジャーや索敵を担います。

 ・『複製』肉腫を増やすことが出来ます。
 ・物理神秘共にトータルファイター。非常に安定して戦います。
 ・巫女姫に危険が及んだ場合は彼女を逃すことを優先します。

●膠窈肉腫『白香の獣』
 複製肉腫が【反転】した際に誕生する事がある特殊種族であり、純正よりも強力な感染力を持ち更に【純正肉腫(オリジン)の誕生を誘発させる】能力を持ちます。
 反転を伴う経緯であるので肉腫の特性に加え呼び声の性質も持ちますが、あくまでも肉腫の異常進化形態であり、純粋な魔種と同一という訳ではありません。呼び声の伝染力に関しては魔種の方が圧倒的に上です。

 白き狐の姿をした膠窈肉腫です。エルメリアは『白香』と呼んでいます。
 何かの神遣であるそうですが、反転を経て、狂ったようにイレギュラーズを迎え撃ちます。

●複製肉腫『揚羽蝶の複製』*10体
 高天御所に勤める八百万達を揚羽蝶が複製肉腫に『伝染させました』が、基本はアルテミアを護る為に存在します。数は増えません……。肉壁です。

●アルテミア・フィルティス(p3p001981)
 巫女姫に囚われている双子の姉。彼女の呼び声の影響が強く、混乱しているようです。
 戦うことは出来ません。強固な呪術でその体を縛り付けられています。
 常にエルメリアの呼び声が響くために、抗うのも限界が近そうです。
 反転を防ぐ為には、皆さんの協力が必要不可欠でしょう。

●高天御所 白香殿
 巫女姫が待ち受ける場所です。
 その天守閣の入り口付近に座す儀式用正殿『白香殿』は池と庭園を望める美しい場所です。
 風光明媚。巫女姫はまだ『帝が姿を消した事に気付いて居ません』。どうか、気づかれぬ様に気を引いてくださいませ。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はDです。
 多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
 様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。

  • <天之四霊>愛しき 言つくしてよ長くと思はばLv:20以上完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年10月27日 23時45分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)
記憶に刻め
リア・クォーツ(p3p004937)
願いの先
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
リウィルディア=エスカ=ノルン(p3p006761)
叡智の娘
プラック・クラケーン(p3p006804)
昔日の青年
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)
薄明を見る者
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃

リプレイ


 唇が揺らめいた。愛おしい、大切な妹の呼ぶ声がする。
 原罪の呼び声、魔種。其れ等に対する正常な判断能力など、そこに存在はしなかった。
 爪先から、体の中を這うように肌を撫で付ける感覚は何を徐々に消していく。消えていく者が自分自身であると気付いたとき、震え戦き喉奥から叫び声が上がった――筈だった。

 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤだイヤだイヤダ――――!

 エルメリアを思う気持ちを歪めないで。奪わないで。
 幼馴染みを、親友達を害するなんて、認められない。
 私が、私でなくなるなんて――! 誰か……誰か、たすけて――!


 声が聞こえた気がした。
 魔的な月が揺らめいている。瘴気の如き『けがれ』の気配を振り払い、地を蹴って飛び込んだのは『錆びた金色』プラック・クラケーン(p3p006804)であった。
「誰かの為に頑張れる奴が救われねぇ結末なんざ、俺は――嫌だね」
 白香殿へと飛び込んだ。巫女姫、エルメリア・フィルティスをその双眸に映しプラックは疾さを武器に純正肉腫へと蹴撃を叩き付ける。

「やあ」

 芝居がかった口調。揚羽蝶の衣裳が揺らめいた。まるで夜毎に舞う蝶々の如く美しく揺らぎ、そしてその鱗粉を振るうように魔術が広がってゆく。
「やー、揚羽蝶だっけ? いつかぶりね。私と一緒に踊って下さらない?」
 スカートを持ち上げる淑女の例の代わりに剣を構えて。『戦神』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)は二対の刃を振り上げる。
「西洋ではダンスを誘うのが男女の交友だそうだね。けれど、此処は神威神楽――はしたないよ、お嬢さん」
 微笑んだ揚羽蝶の傍より飛び込むように複製肉腫が秋奈の下へと飛び込んで往く。後方の巫女姫とそして、彼女の『愛し子』を護る為にその身を盾とするのだろうか。
「盾の使い方は学んだ方が良い。そして、為すべき為にこの場に赴いた者の意地も侮るなよ、揚羽蝶」
 牙を剥きだし飛びかからんとする白き獣。尾を揺らしたその獣の前で煌めくルナディウム。『ドゥネーヴ領主代行』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は『希望』を握りしめる銀の手甲で巨体のけ者を受け止める。腕に感じた僅かな痺れ――だが、それ如きが何だと言うのか。
「我々は為すべき為に来た。ならば、今携えている己の力を振り絞り、目的に向かってこの手を伸ばすのみ……!」
「努力って、儚いとは思わない?」
 揚羽蝶の背後――そう口を開いたのはアルテミア・フィルティス(p3p001981)と瓜二つのかんばせの娘、エルメリア・フィルティスであった。巫女姫と、神威神楽ではそう呼ばれ実質的に頂に立った娘は個人的な欲求と共に燻ってた国のけがれを刺激した。しかし、彼女も元々はイレギュラーズと変わらぬ只の普通の人間である。『不幸』があってその性質を反転させた彼女のその言葉に『アンスンエンシス』リア・クォーツ(p3p004937)は「ッるさいわね」と苛立ったように呟いた。
「努力が儚い……? 何が有ったか分からないけれど、八つ当たりは止めなさいよ」
 ずきり、と頭が痛んだ。何と、歪な旋律だろうか。気分まで落ち込むような暗い響きが包み込む。
「……大丈夫、あたしはやれる。これはただの時間稼ぎじゃないもの。
 アンタが『努力が意味が無い』って思うのは勝手。なら、あたしたちがアルテミアさんを救い出したいと願うのだって勝手でしょう?」
 愛する人を護る為の精霊の無垢なる祈り。奇跡をつかみ取るための一歩の如く、浮かぶ旋律を奏でるように銀のヴァイオリンを引き鳴らす。
「アルテミアを……? ねえ、折角貴女達を逃したアルテミアの『努力』も踏み躙るのね?」
「どう思おうと、どう言おうと、それは構わない。
 だが、この場に私がいるということは私がしなければいけないことがあるということ」
 震撼する大地を刀身に抱く大剣を振り上げた。数多の剣を統べる乙女は先陣の剣を振り上げた。嵐を作り出し、周囲に存在する全てを斬り伏せる。
「そのために私はここにいる。ならば、私は何をしに来たか。
 それは屹度、アルテミア殿を救うということ。だから絶対に彼女を連れ戻す。そう決めた。誰でもないこの私が」
 堂々たる宣言は勝利を掴む為の強き意志。『ミス・トワイライト』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)の言葉に巫女姫は「でも、貴女達はアルテミアに救われたではないの」と囁いた。
 彼女の膝元で虚ろな目をしたアルテミアの姿を見てブレンダは唇を噛んだ。身を犠牲にしてもアルテミアを救い出せば良いと、そうブレンダは決意していた。自身一人の犠牲で彼女を――これだけの多くの者が救いの手を差し伸べる彼女を救えるのならば。
 しかし、その決意の前で『銀なる者』リウィルディア=エスカ=ノルン(p3p006761)は凜と言った。
「誰一人として欠けることは許さない。アルテミアさん。君を連れ、皆の元へ生きて帰る」
 誰一人――それは、この場に参じた10名だけではない。アルテミアを含めた11名。
 エーテリック・オーケストリオンは蒼白の燐光を放つヴァイオリンを顕現した。紫霞の髪を揺らし、リウィルディアは目を細める。
「エルメリア、君は不安なのか」
「……どういう、意味……?」
「分からなくは無いんだ。君の、エルメリアの気持ちが。
 僕にもあった、夢にまで見てしまうほどに狂っていたことが。だけどそれでは歪んでしまう。真意はいったいどこにある」
 愛しい姉。そうして『壊すこと』が彼女の本意で無いことくらい気付いていた。魔性の直感で苦境を救うがため、『生還者』は静かに笑った。
「詮無きことを聞いた」
「……ええ。『理解が出来ても』『認められない』。ならば、私とお前は敵でしかない!」
 吼えるように、そう言ったエルメリア。『魔風の主』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)は彼女の表情より感じた一抹の不安に、そして『理解できても認められない』という言葉に大きく頷いた。
「君と、彼女は双子なのだろう。一つの魂を別つ二つの命だ。
 ……僕ら双子にとって片割れの存在はこの世で最も特別なもの。それを引き剥がされるのは耐え難い事だ……分かるよ」
 ならば。
「ならば、どうして」とエルメリアは叫んだ。自身とアルテミアは一つだった。それが別たれ、互いに支え合う筈だった。ならば、自身の傍に彼女がいる事こそが一番であるだろうと。
「……でも、僕はする。何故なら今アルテミアは苦しんでいるからだ。
 僕は彼女が笑っているのを見るのが好きだ。君が彼女を苦しめるなら、此処には置いておけない。
 エルメリア、君は苦しむアルテミアを見ていて心は痛まないのかい?」
「この苦しみもいつかは快楽となる。でしょう? ……だって、『貴方達が与えた苦しみ』だわ。
 離別に、友情、親愛……そんなもの『私だけしか要らないアルテミアなら感じなかった』!」
 叫ぶ。その言葉に彼女への説得は最早無理だというように『愛娘』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)はふわりと『髪』を揺らして魔導の神髄と共に硝子玉の眸を揚羽蝶へと向けた。
 無尽蔵に膨れ上がる。魔力の奔流の中で、蝕む伽藍の洞は何時までも揚羽蝶を捕えんと嗤っている様にさえ見える。
「仲睦まじい姉妹を引き裂くのは、心苦しい、が」
 ――それは嘘だ。
「アルテミアは、お前のものではないので、な。連れ戻しに来た、ぞ」
 エルメリアへの同情、甘い嘘。自己を否定されることを厭う女への最大限の譲歩の言葉。
 指揮官として『策士』リアナル・マギサ・メーヴィン(p3p002906)は真っ直ぐにその様子を眺める。求められたオーダーはエルメリア・フィルティスの意識を一定時間――『黄龍の試練』を行う間逸らせ続けることだった。
(最悪はアルテミア殿の反転及び全滅……最善は敵の殲滅……難しいな)
 時間稼ぎを最優先。出来ればアルテミアを――と考えていたが、この場へと駆けつけたイレギュラーズは最初から『あわよくば』など考えていなかった。アルテミアを救い出すことだけを最優先に考える。『良い子』に好かれたと表現するリアナルは静かな声で、指令を下した。
「……さぁ、全力で盤面をひっくり返すぞ。アルテミア奪還をその第一手にする」


 魔性を帯びる妖刀を手に『暗鬼夜行』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)は地を蹴った。
「肉腫の蝶よ、また会ったでござるな。今度こそお主の命を貰い受ける」
 黄龍の護符を握りしめる。僅かに感じられる浄き気配。この地に存在する『けがれ』を自身の傍から退けるように咲耶はエルメリアの膝にぐったりと倒れた儘のアルテミアを見遣る。
「他所見?」
「そちらこそ――我々は強いでござるよ」
 自身らの力を尽くして救い出す。それ故に咲耶は直ぐに様々なる『情報』を駆使した。神威六神通を下に作られた忍装束。それでアルテミアを、そして『揚羽』を確認する。
(――まだ、アルテミア殿は『反転』していない)
 そう確信したのは彼女がぐったりとした儘、動かないから、そして、心へ語りかければぴくりと指先が動いたからだ。
「遅くなり申した、アルテミア殿。今から助ける故、もう少しの辛抱でござるよ!」
「――……」
 顔を上げたアルテミアの眸は虚ろ。その色彩は薄れ、意識が混濁した状況であることが見受けられた。
「アルテミア殿、……あの時は救いの手を差し伸べてくれて有り難く。ならば、今度は拙者達の番で御座る!」
 揚羽蝶を狙い、攻撃を仕掛ける咲耶の背後で、白香の獣を受け止めるベネディクトは流石に強敵であることに奥歯を噛みしめた。強い。これが『膠窈肉腫』――戦線を崩す恐れが存在するならば、と幾度と無く白香の獣による攻撃を受け止め続ける。
「くっ」
 その脚に力を込めた。龍と人、其の歴史を発露するが如く、龍の魔力を槍へと乗せる。
「巫女姫、先程『努力は無駄』と、そう言ったな。
 お前達からすれば、力の劣る俺達が足掻く様は滑稽に思えるだろう――だが、それでも良い」
 滑稽だと笑われようとも、矜持は薄れることはない。護る為の腕は常に、誰かを護る為の力を溢れさせているのだから。
「今回の私は道を作る役目。その肉壁をこじ開けさせてもらおうか」
 ブレンダの周辺に数多の剣が浮かび上がった。前へ進む。敵陣を切り拓くが為の『閃光娘の追走曲(トワイライト・カノン)』――前に進め、体の至る所に潜ませた緋色の小剣が複製肉腫へと降り注ぐ。
「全ては巫女姫様のために」
「この京の平和のために」
 ぶつぶつと呟くのは武官たち。複製肉腫と化してもその心は未だにこの京を愛しているという事か。
(その愛も、全て、今になれば意味もなさない)
 エクスマリアは静かに目を伏せた。揚羽蝶を倒す事を最優先にする布陣。白香の獣はベネディクト一人では到底抑えきれないかとリアナルは彼へを支えながら不意打ちに備え続ける。
(……アルテミア殿……)
 唇を噛んだ。少しでも良い、彼女が正気で居られるようにと願うようにリアナルが『力』を展開すれば、ぴくりと白香の獣が動いた。
「……っ、しぶといな……!」
 自身に対して怒り狂っていた白香の獣のターゲットが直ぐに外れることをベネディクトは悔しげに呟く。
 回復を厚く、時間を稼ぐことをターゲットにする『サポート班』であるリア、リアナル、リウィルディアはベネディクトを支えながらアルテミア奪還タイミングを虎視眈々と狙っていた。
 自身が感じる英雄(なかま)の旋律は心地よい。だが、眼前のエルメリアの旋律はこれ程までに酷いものか。
 複製肉腫を増やされぬように、幾重にも咲耶が攻撃を重ね続ける。
「まさか自分が狙われる等と思っては居なかったござるか?」
「いいや、お目付役って損な役回りでさ。こうやって、姫様を護る事ばっかりに駆り出されるんだ。
 そうすりゃ、不幸ばっか……可哀想だとは思わない?」
 囁くその言葉に「さあ」と咲耶は呟いた。揚羽蝶の周囲に舞う鱗粉を避けるようにウィリアムの雷が降り注ぐ。複製肉腫、そして揚羽蝶を対処できたならば好機は必ず訪れるはずだと耐え忍ぶ。ソレこそが今一番必要だからだ。
「君も双子なんだってね。姫様、『片割れが居るのに理解されない』事に酷く憤慨してるよ」
「忠告かい? ソレは有難う。けれど、君にも忠告しておくよ。
 今、君がこの場で一番『損』な事にはどうやら変わりないみたいだ」
 降り注ぐ。雷はまるで雨のように降り注いだ。雨垂れのような静かな声音で呟いたウィリアムに揚羽蝶は小さく舌を打つ。
「余り喋りすぎない方が良いぞ」
 ウィリアムを睨み付けた揚羽蝶。しかし、ウィリアムは彼に気にする素振りはない。アルテミアの奪還作戦のために――今、目の前の純正肉腫を倒さなくては鳴らないことに何も違いは無いのだから。
「私ちゃんのことを無視? そんなの出来ないぜ。へっへーん! この前のよーにはいかないのだっ!」
 地を叩く。笑みを浮かべて、そして揚羽蝶と相対し続ける。その一方で、『神遣』であろう美しき白き獣はけだものの如く喉を鳴らしその鋭き牙でベネディクトを襲っていた。
「……根比べか……ッ」
 彼をサポートすることに、リアナルはかかりきりであった。その白き獣が『性質の変化した恐ろしいけだもの』で在ることは分かる。そして牙を武器に食い千切らんと暴れ回っているソレは決して論で表すことが出来ない。獣の本能だ。
(……あと、どれ位なら耐えられる……!?)
 リアナルは純正肉腫、揚羽蝶がふらつく様子を確認しながらベネディクトの様子を伺った。
 その体には無数の傷が。だが、彼は余裕だと言うように笑みを浮かべて言える。
(時間を稼ぐ事で何が起こるかは解らない。
 だが、そこにこの場に居ない者達の思いが、覚悟があると言うのなら俺達への追い風にならぬ事は決して無い!)
 黒き狼は唸る。叫ぶように、その槍を向けて。
「揚羽蝶! お前は此処で終わりだ!」
 地を蹴った。ブレンダは真っ直ぐに無数の剣を降り注がせる。誰かを犠牲にして、なんて存在ない。全員で生きて帰るための、その一歩だ。
 ブレンダを支えるべくリアナルがその周辺へと聖域を展開する。
「支える……! もう少し、耐えてくれ!」
「これが意地だ。僕達は挫けない! 見ていろ、エルメリア。
 前を向けば、その心の澱は晴れる可能性がある。アルテミアが――姉がソレを証明する」
 リウィルディアは低く、そう言った。
「ッ、誰に許可とって姫と喋ってんだ!」
 叫ぶ揚羽蝶へとエクスマリアがその眸できつく睨み付けた。そして、飛び込むのは神威太刀。『かたわれ』の力を活かした魔法剣。空間を捻じ曲げて強襲する必殺の一撃が揚羽蝶の背へと深く突き刺さる。
「ぐ、」
 呼吸音と共に、赤き血潮が床板を汚した。ふらりと顔を上げた揚羽蝶をウィリアムは最早もう見ていない。
 目を伏せる。さあ、次だ。次を見なくてはならない――!
(所詮、使い捨ての駒、なのだろう)
 誰も彼もがエルメリアにとっては『ただの玩具』だったのだろうかとエクスマリアは目を伏せた。
「よぉ、巫女姫、お前に伝言だ。
『シフォリィにちょっかいかけるなら死神が直々にぶち殺す』――脚色は加えたが……確かに伝えた」
 プラックの言葉を聞いた後、エルメリアは腹を抱えて笑った。
 シフォリィの名を聞いて苛立った自分と、そして、彼女を護らんとする男のことを聞いてエルメリアは心の底から笑った。
「ほら、所詮、『私達なんて二の次』で、シフォリィさんは愛しい人と去って行くじゃない
 ねえ、そうだとは思わない? アルテミア、彼女は幸せになって私達を過去(おもいで)に置いていくの!」
 叫ぶエルメリアの『呼び声』にアルテミアが呻いた。
「過去(おもいで)は彼女の歩んできた奇跡だ。置いてなんかいかない。だから、迎えに来た。
 一緒に帰ろう、アルテミア。皆が君を待っているよ。僕も……また君とお茶が飲みたい。
 僕の焼いた菓子を食べて笑ってほしい。もっと君と一緒にいたいんだ」
 ウィリアムの言葉にアルテミアは「お菓子」と小さく呟いた。指先が震える。瞬きが、ひとつ、ふたつ。
 エルメリアが金切り声のようにアルテミアの名を呼んだ。
「教えてあげるわ、エルメリア! 世界は、こんなにも希望に満ちているって!」
 魂を震わせろ。リアが奏でる旋律を補佐するのはリウィルディア。
 エルメリアの怒りがリアへと飛び込んでいく。頭が痛い。それ以上に青き炎が自身の右腕を灼いた感覚に唇を噛む。
「リア殿!」
「まだいける!」
 咲耶にリアは叫んだ。まだだ。そう、未だなのだ。咲耶は旋律の中に自身の思いをアルテミアへと直接届けた。
「お主は手に届く仲間は誰も喪いたくないと言ったな。だがその気持ちは拙者達とて同じ事。
 皆がローレットでお主を待っている。必ずお主を連れて全員で生きて帰るでござるよ」
 生きて。
 生きて、帰る。
 周りからどのような眼に見られようとも。エルメリアから見て無駄な努力と、滑稽と言われようとも。
「母を守る為に、祖国を守る為にと戦う術を身に着けたあの日から――俺は、俺のこの腕は……抗う力を欲する誰かを守る為に在る……!」
 そして、その腕(かいな)は誰かが夢見た希望を抱くために武器を握った。
「フィルティス! 俺は君の事を殆ど知らない――だが、君を助けようと、連れ戻そうと願う者達が居る。此処で折れては奇跡も願う事は叶わない! 諦めて良い物じゃない! 違うか?!」
 やり残したことはあるだろう。親友を、そして、友人を助けるため。
『アルテミア・フィルティス』という女が特異運命座標として得た『滅びに抗う資格』を放棄すること無きよう。
 生きてくれとベネディクトは希望へ向かい槍を突き立てた。
「――でも、けどは無しだ。君には、帰りを待つ人達が居るそれで充分だろう!」
「そうだ。でも、も、けども、なしだ。
 俺は色々な魔種を見て来た。変わらない父親、救われたいと願う女の子達、そして、妹を想う兄貴だ。
 んで、気づいたよ。魔種のままでも優しくなれる筈ってな」
 プラックは地を蹴った。飛び込む。その体をサポートするように咲耶が後方より援護を送る。
 倒された揚羽蝶の上を飛び越えて、白香の獣が牙を剥けど、ブレンダが受け止め、前へ、前へと仲間を送る。
「――『お前ら』はどうだ。フィルティス! 悲劇に逢った、歪んだ、狂気に堕ちた! だからどうした!」
 かっこいいと笑みを浮かべ、秋奈は地を叩く。リアの旋律で思いを届かせるため、秋奈はにんまりと笑う。
「行けると思うか?」
 囁くのはブレンダ。
「わかんない。けど、この一瞬に全Gold賭けるぜっ!」
 笑ったのは秋奈。地を蹴る。エルメリアの視界に飛び込むように。
 プラックにその視界を奪われている女の下へ。秋奈は走る。
「『好き』には違いねぇだろ!姉を壊して破綻させるか! ――より良い未来と妹を諦めるのか!」
 生きて帰る。愛しい人と。
 ソレがどれだけ難しいことであろうとも、奪還作戦は『始まった』のだから。


「……あたしに、火を付けてくれてありがとう」
 ゆっくりとリア・クォーツは立ち上がった。奇跡なんて『巫山戯た事』を願う自分を笑って欲しい。
 けれど、願いたかった。例え、その願いが神に届かなくっても。魂に刻まれた想い出よ、英雄幻想を奏でろ――!

「もう一度、3人でお茶会を……その約束は守ってもらうから!」
 リアとシフォリィと、アルテミア――三人で笑い合ったその緋を思い出すように奏でる響き。
 トラディツィオーネの誇りは旋律を届けていく。
「アルテミア・フィルティス!」
 名を叫んだ。
「お願いだ、私達に始末なんてさせてくれるなよ? だから、後少し、頑張ってくれ」
 リアナルは懇願する。魔種となったならば、その命の終を与えなくてはならない。
 そんな、そんな悲しみを――どうか、抱かせないで欲しい。
 エクスマリアは「アルテミア、お前は姉だ」と伝え続ける。
「手も、力も、幾らでも貸してやる。
 声だって、幾らでも掛けてやる。
 だから、頑張れ。動け。その脚に力を入れて、進め」
 エクスマリアの重ねた『声』にアルテミアの指先がぴくり、と動いた。
「こんな所でうたた寝して全てを失って良いのか! イヤでしょう!? 駄目でしょう!?
 なら、さっさと目を覚ましなさい! そうでしょう! アルテミア・フィルティス!」
 リアの奏でた旋律を邪魔するように炎の魔法が飛び込んだ。弾かれ落ちたヴァイオリン。
 しかし――

 しかし、アルテミアの体は『その時、自由に動いた』。重苦しい空気が僅かに消えたかのように四肢が言うことを聞く。
 抵抗するように、アルテミアがエルメリアの胸を圧した。拒絶したアルテミアの体が地へと叩き付けられごろりと転がる。脚に力が入らない。朦朧としながらエルメリアを見上げたアルテミアは小さく息を飲む。
「いや、アルテミア! 『一人にしないで』」
 錯乱。そこに存在したのは穏やかに微笑む妹ではない。怯え、竦んだ『魔種の女』

「アルテミア――!」
「アルテミアさん!」

 手が伸ばされる。それは複数の声だった。一人にしないでと手を伸ばすエルメリア。そして、勢いよくプラックをアルテミアの傍へと吹き飛ばした秋奈。
「プラックくん! 私じゃ騎士役には似合わないしー? 『分かって』んね!?」
 に、と笑う。そして秋奈の手がエルメリアを受け止める。
「どいて――どきなさい――!」
 叫ぶエルメリアの焔の魔術が秋奈の横腹を裂く。倒れない、痛いと呻いた秋奈が地に膝をつく。だが、顔を上げて、「プラックくん!」と青年の名を叫んだ。


 ――ああ、あの手を取れば。ずっと取り戻したかったエルメリアが戻ってくる。
 アルテミアと微笑んで、手を繋いで白詰草の王冠を作りに行って。

 幸せな日々――色欲の堕落。

 救えなかった過去の後悔も、泣いてはいけないと自分に科して剣を振るい続けた辛い日々も。
 全て、全て、全て全て上塗りするように……。
 あぁ、それも良いかと思った。
 抗う事をやめて、二人で幸せになっても良いんじゃないかって――

「これは死神からの伝言だ! 辛くて泣いてるお前なんてらしくない。まだ終わってない筈だ」

 ごめんなさい。貴方の愛しい人を危険に晒したわ。
 こんな、こんな私なんて。

「 あたしの英雄(ともだち)が、こんな所で負けるのは絶対に認めないわ!」

 ――綺麗な旋律(おもいで)が、聞こえる。


「ッ――――!」
 それはけたたましい叫び声だった。エルメリアは頭を抱える。周辺に溢れる『けがれ』が僅かに軽くなり黄金の光と共に強固なる浄き気配が降り注ぐ。
 それが四神の加護を得たイレギュラーズの誕生、そして『自凝島』へ繋がるルートの形成の完了に黄龍がイレギュラーズを認めたその刹那で有ることにベネディクトは、そしてブレンダは気付いていた。
「嫌、嫌よ、嫌、嫌だ嫌だイヤだイヤだイヤァッ―――――!」
 叫び、エルメリアがアルテミアに向かって走り寄ってくる。
 その間に滑り込む。秋奈は唇の端から溢れた地を拭う。頭に浮かんだのは『顔だけは良いアイツ』だった。
「おねーさんは秋奈というの! 覚えといてくれると嬉しいなっ。
 美しい華のような貴女に白香殿に続いてまた会えるなんて、今日はとても運よくない!?」
 二度目だよ、と笑う。何時だって、笑みを浮かべていた『アイツ』は今、何をしているだろうか。
 それは、今は知るよしはない。けれど、とエルメリアに微笑んだ秋奈に「どきなさい!」と炎が飛び込む。
「熱烈なレディの愛情、おねーさんは嫌いじゃないぜ?」
「どけッ!!!!」
 秋奈の名前を叫んだエルメリアは最早周囲に構っては居られなかった。なりふり構わず、アルテミアへと縋り続ける。
「私の、私だけの、アルテミア。一人にしないで。
 お願い――! もう、もう怖いことはイヤなの!」
 頭を抱えて首を振り続けた。まるで、幼い子供のようにエルメリアはまくし立てる。
「アルテミアが幸せだったら、そう思っていたの、思って居たのに。
 だって、あの子が言っていた。言っていたの。こうすれば、アルテミアが不幸にならない。
 私が、護ってあげれる。わた、私が……お前達が私の邪魔をするからァッ―――!」
 ブレンダが「下がれ!」と叫ぶ。ウィリアムは直ぐに癒しを仲間へと送った。
 だが、足りないか。勢いよく炎が自身の体を吹き飛ばす。ウィリアムが地へと尻餅をつき勢いよく立ち上がるが――焔の勢いは止まることを知らない。
 エルメリアの背後から顕現したのは真白なる神気。しかし、そこから揺らめくはけがれか。
 頭が痛い、とリアは唇を噛んだ。しかし、痛みが自身を『こちら』へと連れ戻す。
「ッ―――邪魔はさせない!」
 全てをかなぐり捨てるように、眼前に存在した白き獣を押し止める。エクスマリアはリアの願う奇跡が叶えばそれだけで心強いと、そう感じていた。しかし、奇跡は簡単には起らない。分かっている。そして――アルテミアがその手から離れたならばエルメリアとて本気を出してくる。
 彼女の力は普通の魔種ではない。誰かに力を授けられ、そしてその力を駆使し神威神楽の中枢に陣取り――嗚呼、『この地の神』の加護を受けたというのか。
 何かと目が有った。その『権威たる赤き瞳』がエクスマリアを縫い止める。びりびりと体が震える。
(今のマリアの能力では、攻めるだけでも、援護だけでも、不十分。
 だが、どちらもを両立させれば、確実に流れを掴み取る。一人も欠けず、取り戻せる。
 自惚れではない、知識、経験、準備、連携、全てを以ての確信、だ――!)
 エクスマリアは、全員で退くために万全なる癒しを仲間達へと授ける。咲耶が振り仰ぎ急ぎ退くためのルートをリウィルディアと共に考察し続ける。
(……巫女姫の本気はこれ程までとは……!)
 素早く地を蹴った。
 リアナルはアルテミアが今、耐えてくれているのならば、此の儘と――そう、願った。
 逃げなくては。此の儘、皆で『アルテミアごと捕まる』なんて事は避けなくては――!

「これが私のすべきことだ!」
 ブレンダが声を張り、溢れ出た『けがれ』へと剣を交える。エルメリアが走り寄るそれを抑えるようにベネディクトが槍を投じた。身を挺し、地を転がるように女の体を地面へと縫い止める。
「走れ!」
 地へと蹲り頭を抱えたアルテミアの手を引いたのはプラック。そして、肩で息をし乍らも剣を構え彼を支える秋奈は喉を鳴らし此方を睨め付けた白き獣に「申し訳ないけど、愛は足りている訳だっ」と強がりの笑みを浮かべた。
「この腕一本くらいはくれてやる! けれど、ここで死ぬわけには行かないんだ。それくらいこの『約束』は護りたいんだっ!」
 秋奈の事も抱えなければいけない。冷静に、冷静になれとリウィルディアは平常心を取り戻すように深く息を吐く。地を踏み締める。
「全力で走れ、前だけを見ろ! 背中を撃たれようが脚を縫われようが、全て僕が元通りにしてやる!」
 全てを奪い返すためにここに来た。エルメリアが、ベネディクトのその体を地へとおしつけ自身の持ち得る最大火力を発するように追い縋る。
 リアナルは「退け!」と鋭く号令を掛ける。
 手が、伸びてくる。リウィルディアは唇を噛んだ。ウィリアムが直ぐさまにベネディクトのその体を支える。
「行こう!」
「……ああ!」
 盾の如く身を投じたブレンダへと腕を振るう白香の獣。その狐火の向こう側に『けがれ』が揺れている。
「今、此度を邪魔などさせぬ!」
 咲耶は『時間の経過』により何かが現われたのだとそう感じ取っていた。その通りだ。今回の作戦は『時間を稼ぐ』事が目的なのだ。アルテミアと共にエルメリアをこの場所に縫い止め黄龍の力を借りる――ならば『浄き気』に反応して何者かが姿を現す可能性さえも存在していた。
(――『黄泉津瑞神』?)
 黄龍が告げた『彼女』。朋友。救って欲しいと願った神威神楽の守護神。
 それがエルメリアの背後で苦しみけがれを放っているのか。
 ……いずれにしても、エクスマリアが見つめ合った権威の眸は、エルメリアの背後に存在する『けがれ』は――彼女を包み込みその力を強大にし続ける。
「アルテミアァッ!」
 叫ぶ。その声を聞きながら、アルテミアは瞼を押し上げた。体が上手く言うことを聞かない。
 エルメリアの声で縫い止めるように意識が、そして体がこの地を求めている。
 振り払う。その時、リウィルディアは感じ取っていた。
 エルメリアの背後に存在するのが黄泉津瑞神であるというならば。この地の護り神が堕ちた姿というならば。
 どう逃げ果せるというのか。
(……逃げる道が、見つからない)
 冷静な頭は、悲鳴を上げていた。
「くそ」
 プラックは呻く。沢山の人と約束した.必ず、彼女を連れ戻すと。
「くそ……!」
 皆で生きて帰ってくる、と。
「くそ―――!」
 叫ぶ。そして、青年の足下に、光が、溢れ出す。巨大な陣が展開され僅かにけがれの気配が薄れる。
 アルテミアと、エルメリアの視線がかち合った。
『イレギュラーズ』と『デモニア』――そこに存在した性質の差が、こうも遠い。

「アルテ、ミア」
「エルメリア――もう、諦めたりはしない。エルメリア、必ず貴女を――」

 目が見開かれた。吹き荒れたのは風。何処かへ運ぶ――その奇跡。
 それは、嘗てフギン・ムニンと呼ばれた男より逃げ果せるために一人の少年が乞うた奇跡だ。
「これ……あの馬鹿野郎が無茶しやがったときの……」
 リアは唇を戦慄かせた。その『真似事』。そう言う様に奇跡を、可能性を燃やす。
 溢れる出る光が、光が、光が。

「俺はヒーローになれねぇ。幾ら願っても奇跡は起きねぇし、護りたい者は救えなかった」

 プラックは静かに言った。光に手を伸ばすエルメリア。その指先が宙を掻く。
 ああ、愛しい姉はこうも遠いか。

「皆は違う。誰かの為に奇跡を為して助けられる人達だ。
 そんな皆には帰る場所が有るから、命を賭けて『誰一人欠ける事無く』帰るのさ」

 ――幾度、願おうと奇跡は起らなかった。だから奇跡だと子供欺しのように語られた。
 自凝島から逃げ果せると誓う仲間達が包まれるのと同じ、黄金の光。
 その、風の転移魔法。
「けど、今回は俺だけの願いじゃねぇ。帰りを待つ全ての友人(ダチ)の願いだ。発動――しやがれ!」
 不可逆の奇跡。逃げるルートがないならば、作れば良い。願いが重なり、その道を作り出す。
 風による大転移魔法の発動は完遂されていた。それが、何時の日か誰かが願った奇跡、その模倣――しかし、ソレを成し遂げたのは確かに自身の命の欠片を投じたが故。
 それは、PPPと呼ばれた『彼の可能性』。

 ―――アルテミア―――ッ!

 叫ぶ。地を叩く。
 名を呼ぶ。何度も、何度も、たった一人の『大切な人』を。

 ――アルテミア! 私を、一人にしないで――ッ!

 泣き叫ぶ女の絶望の傍には、真白の犬が寄り添っていた。

成否

大成功

MVP

プラック・クラケーン(p3p006804)
昔日の青年

状態異常

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)[重傷]
愛娘
マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)[重傷]
記憶に刻め
リア・クォーツ(p3p004937)[重傷]
願いの先
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)[重傷]
夜砕き
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)[重傷]
奈落の虹
プラック・クラケーン(p3p006804)[重傷]
昔日の青年
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)[重傷]
音呂木の蛇巫女
ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)[重傷]
薄明を見る者
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)[重傷]
戦輝刃

あとがき

 この度はご参加有難う御座いました。
 とても強い熱意、と、そして『呼び声』への対抗。その二つが噛み合った結果出会ったと思われます。

※アルテミア・フィルティス(p3p001981)さんには『巫女姫』からの『原罪の呼び声』判定が飛んでいました。

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