シナリオ詳細
再現性東京2010:試験勉強に追われてます!
オープニング
●放課後
「あー今日からテストかあ。やだなあ」
大きすぎる独り言を零しながらとぼとぼ歩く男子中学生の隣では、大あくびをかます友人がいて。
「なに、シゲルは徹夜で勉強? えらいね」
「ちげーよ。ほら、おととい発売日だったじゃん。終わらないディストピア2」
聞き覚えがありすぎる単語を口にしたシゲルに、少年が「あー」と唸る。
「僕テスト終わってからやるからね?」
「だーいじょうぶだって、ネタバレしねえよ。俺はテスト捨ててっから、今のうちに堪能しちゃうけどな」
カラカラ笑うシゲルの目許は確かに、隈が出来ていて少々疲れた肌色をしている。本当にゲームだけをしていたのかは少年にもわからないが、たぶん彼のことだから、そう言いつつちょっとは勉強したんじゃないかな……なんてふわふわ思考を巡らせていると。
「赤点は怖いぞ! 成績に響くぞ!」
突然、奇妙な声が背中に降りかかった。
二人して振り向くと、いつのまにか、少し先にひょろ長い大人が立っていた。
大人、と呼んでいいのだろうか。背格好は大人の男性だが、格好が随分変わっている。
大量の問題集やテストの答案らしき紙などを、べたべたとくっつけたかのような服装。帽子と思しき被り物はどう見ても、赤で書かれた文字を見えないようにするための赤シート。各色のマーカーやペンの柄をした手袋らしき、ゴツゴツした細い指。
二人は瞬時に判断した。
『試験勉強の権化』と称しても過言ではないこの人物は、間違いなく変質者だと。
「なのに試験勉強をしていないと!? 本当か!?」
「は? してねえけど、いやおっさんに関係ねーじゃん」
「ノー!! 大ありだ!」
鼓膜を破らんばかりの大声で叫び、その人物は天を仰いだ。
「君ならできる! 今からでも遅くはない勉強しなさい! さあするんだ!」
一方的に訴えながら突然走ってきたものだから、少年二人は逃げ出した――ところまではいいが、何故か足の早いシゲルだけを変質者は追いかけていく。取り残された少年は、大変だ、と青褪めた顔で携帯端末を取り出して。
「っあ、あああの、助けてください、僕の友だちが……っ」
震える声で、こう通報する。
「試験勉強に追われてます!」
●カフェ・ローレットにて
「皆さん、テスト……忘れていないでしょうか?」
音呂木・ひよのから向けられた挨拶代わりの一言に、それまでaPhoneをいじったりお菓子をつまんだりと好きに過ごしていた人々が、ぴたりと静止する。目線を逸らす者、自信たっぷりと輝く者、頭を抱え出す人まで反応は様々で、文化祭との落差激しい光景をカフェ・ローレットに生み出した当事者はしかし、けろっとした様子で本題に入る。
「試験勉強のお話をしたのは、他でもありません。今回のお仕事に関わるからです」
「むごい……」
思わず誰かが呟いたものの、ひよのは構わず話を進める。
「ある場所で変質者に追われた、という被害が相次ぎました。その変質者が夜妖です」
夜妖(ヨル)という非日常的な存在は、希望ヶ浜に生きる人々にとって最も『触れてはならない』もの。
変質者も触れてはならぬものゆえ、そうだと思い込んでの通報だと考えれば合点がいくだろうか。
「皆さんのことですから、しっかりテスト勉強はしていると思うのですけど……」
ウッとかギクッとか音が聞こえた気もするが、ひよのの説明は止まらない。
「今回は勉強していないアピールを駆使して、夜妖をおびき寄せてください」
勉強していないアピール。
各々、想像するシチュエーションや台詞は様々だろう。実際にそういった台詞を口にした人もいるかもしれない。
「事実はどうであれ、勉強していない人に怒って勉強するよう迫る夜妖なのです。事実はどうであれ」
被害に逢った人たちも、そうだった。
徹夜でゲームしちゃってさー、発売日だったから漫画ぜんぶ読んじゃったよねー、部屋の掃除を始めたら止まらなくなっちゃって、など何らかの理由をつけて『勉強していない』アピールを口にし、本番へ挑もうとしていて。そこを夜妖に襲われたという。
中には、アピールをした友人だけが追いかけられ、単語帳を確認しながら話に付き合っていた自分は褒めてくれた、という例もある。作戦にうまく使えるのなら、取り入れてみるのも良いだろう。
「……出現区域は判明しています。そこへ向かい、しっかり倒してきてください」
ひよのの言葉にイレギュラーズ一同、揃って首肯する。
「終わったら、勉強会をするのも良いと思いますよ。試験も近いことですし」
その提案に一同揃って頷く――なんてことには、流石にならなかった。とりあえず今のところは。
- 再現性東京2010:試験勉強に追われてます!完了
- GM名棟方ろか
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年10月17日 22時03分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「やっべーわ。まじっべーわ!」
己の足跡を刻むかのように『never miss you』ゼファー(p3p007625)がヤバさを道へ落としていった。
「机に向かって勉強するなんて一度もないし、これからも訪れないわ!」
言いきった彼女の勇姿に、きらきらと『シティガール』メイ=ルゥ(p3p007582)が瞳を輝かせる。
「……こんな風になっちゃだめよ?」
肩をぽんと叩いてゼファーが穏やかに諭すも。
「メイはゼファーさんみたいなお姉さんになるですよ?」
「はい! わっちもゼファーさんのような恰好良いお姉さんになります!」
ここに『想い出渡り鳥』小烏 ひばり(p3p008786)参戦。未来の情勢は混迷を窮めそうだ。
「皆さまは勉強しましたか?」
続けてひばりが尋ねれば、意気揚々と『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)が空を仰ぎ見る。
「今回はできないなー! いやー、残念だなぁ!」
普段なら勉強するのになー、と暗に主張する彼女が一瞥した先。
憂鬱なる試験も心の持ち様で幸福へ昇華されるのだと、『荊棘』花榮・しきみ(p3p008719)が自身で実証していた。
「スティアお姉様とご一緒……ああ、それだけで心は踊り犬は庭を駆け回るでしょう!」
彼女はゆかしく想いを紡ぐ。
「お姉様の為ならばこの花榮しきみ、満点を叩き出せそうです」
「しきみちゃんは偉いね」
他でもないスティアに褒められ、少女の瞳が潤む。
兎耳をふわふわ傾けて話を聞いていた『ひだまりうさぎ』コゼット(p3p002755)が、口を尖らせる。
「……試験ってあれでしょ、悪い点数採ると怒られて、みんなの前で笑いものにされたり……」
想像した光景に、コゼットは震えた。
「残って勉強しなきゃ、帰してもらえないんだよね。マンガで、よんだ……!」
この世のものとは思えぬ光景を目撃したかのように、コゼットが震える。
「学校って怖いとこなのね」
学び舎を知らぬゼファーも、彼女の知識を素直に受け取り目を眇めた。
傍では『魔動機仕掛けの好奇心』チャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)が、くぁ、と大きな欠伸をひとつ。
「オイラもどうしても読みたかった漫画の最新刊が出てさ」
「最新刊はすぐにでも読破したいッスよね!」
試験勉強が疎かになる理由としては強い。だから『蒼騎雷電』イルミナ・ガードルーン(p3p001475)が同調した。
「いやあおもしろかった! とくにラストのシーンは胸が震えて」
チャロロの思い起こす素振りが、不穏な空気を呼び始める。
「一巻から読み返したら、こんなとこに伏線が! って気づいたりしてさ」
迫る気配には素知らぬ顔のまま、メイも話題に乗っかる。
「立派なシティガールでいるために、メイもお勉強は欠かさないのですよ」
「素晴らしいです!」
感心するひばりの横で、メイが鞄から引っ張り出したのは一冊のティーンズ向けファッション誌。
「しっかりトレンドをチェックしたのです!」
「だよねー。うんうん、トレンド大事だもの」
なんとなく察していたゼファーが首肯すると、メイはえっへんと胸を張って。
「ファントムナイトももうすぐなのです。どんな姿になるか考えなくては!」
「「ファントムナイト!」」
耳に馴染む響きへ食いついた面々が、今日の日付を思い出す。
「カボチャや仮装にうつつを抜かす前に勉強しなさい!!!」
会話の弾む輪へ、何処からか憤怒の声が轟いた。
「イルミナは真面目な学生なのでちゃーんと勉強してますよ!」
仁王立ちを披露する変質者へ、イルミナは真っ向から主張する。
「……してますが、できるとは言ってないッス……!!」
「なんという有様だ!」
喉から搾り出したかのような悲痛な訴えに、どこからともなく現れた夜妖は天を仰いだ。
「教え上手な教師に出会えなかったのか。不幸! あまりに不幸!」
「イルミナ不幸だったッス!?」
「そういう生徒の為に私という存在はあるのです」
実に穏やかな声音で囁かれ、イルミナの肩がぴくりと揺れた。
搭載された機能がエマージェンシーを報せている。後ずさる彼女へ、勉強強要犯はしかしぐぐいと迫った。
「さあ学習のお時間です」
「ご遠慮願いたいッスー!」
逃げ出すイルミナ。追う変態。と思いきやイルミナはすぐさま踵を返して。
「勉強が煮詰まってきた所だったので丁度いいッス!」
目映い輝きを疾駆させる。彼女が刻んだ青い軌跡は、夜妖へ風穴をあけた。
「身体を動かしてリフレッシュと行きますよ!」
●
「学校の試験って、もうすぐなの?」
聞いてない、と異議を訴えたのはコゼットだ。
「ほとんど学校行ってないのに、試験って受けなきゃダメ?」
「ダメに決まっている!」
敵に一蹴され、兎の耳がふにゃりと折れた。
「勉強は大事だ! さあさあさあ!」
マーカー片手に襲いくる夜妖へ、コゼットは密やかに毒手を伸ばす。
死へ致る毒をかの身に染み込ませつつ、やだなー、と気怠げに双眸を伏せた。
「勉強しようと座ってたら、眠くなっちゃう」
「眠くならないようキッチリ教えてやるぞ!」
コゼットの一打は確かに効いているのに、敵は苦痛を漏らさない。
勉強させたくてしょうがないのかな、とかれの一途さに辟易してコゼットは長いため息を落とす。
「私とお姉様の時間を邪魔するなど迷惑千万! 夜妖を撃破いたしませう!」
準備万端、勉強対策もしっかり整えてきたしきみに、夜妖は意識を傾けない。それこそが彼女の狙い。毒蛇の式符を投擲し、夜妖を築いた勉強セットへ毒を染みさせる。
その間に、優しく温かな光にコゼットが包まれた。スティアの集わせた癒しの術だ。
治療を終えたスティアはちらと敵の姿を見据え、声を弾ませる。
「私も本当は勉強したかったんだけど……ほら、遊ばなきゃいけないし」
「勉強したかったのなら、いい」
夜妖の神妙な声色に、スティアがぱちりと瞬く。
「勉強したくてもできぬ環境というものはある。……苦労しているな」
なぜか夜妖に同情された。
「お姉様! 私に仰って頂ければ静かで落ち着ける場所を提供しましたのに!」
しきみまで加わってきた。
賑わう彼女たちの一方、問題集の雨あられが降り注ぐ中をメイが駆ける。チャロロの張った結界が景観を崩さずに済み、だからこそメイたちも攻勢に集中できた。
しつこい勧誘者を一体断ち切り、メイが一息つく。
「まったく、他のことをしてる余裕が全然ないのですよ」
学ぶこと、学びたいと思えるもので溢れているのが都会だ。シティガールは今日も忙しい。
そこへ突如として響くのは、夜妖による高温高熱の激励。
「君ならやれる! 諦めるな!」
学校へ行ったことないガチ勢ゼファーに、勉強セットはご執心のようだ。
「……私ね、思うのよ。勉強なんてやらなくてもいい、って」
赤シートを払いのけ、ゼファーは静かに想いを形にする。
ふと流し見た空の色は、まるで彼女の言葉を表したかのように儚く溶けていた。
「勉強を疎かにするなど言語道断!」
「何を言うの、考えても御覧なさい」
ゼファーはかく語りき。
「貧しい生まれの私に、学校は縁がないの。だけどね、面白可笑しくやってるわ」
しかと前を見据え、ゼファーは堂々たる口上を強く激しく展開していく。
「そしてこう言ってやるわ。勉強以外にも……いいえ、勉強よりも大事なことが、此の世には沢山あるって!」
演説にも似たゼファーの悠然たる姿に、ひばりやメイが拍手を送る。
「いやだめだろう。勉強しないのは」
冷静に夜妖が返してきた。
「なんでちょっと真面目な対応なのかな……」
不思議そうに首を傾げたチャロロが、機煌重盾を構えて強固な壁と化す。すると。
「ムムッ!?」
わざわざ言う必要のない唸りを明瞭な音に変えて、勉強セットが振り向いた。
「キミ! 公式は確とインプットしたか!?」
「やめてほしいかな、数がつく学の話は」
「ならーん!!」
ぴりぴりと空気を破るほどの怒号が響く。
「方程式こそ問題をちゃちゃっと解決できる魔法! これさえ覚えてれば大・丈・夫!」
「悪徳商法、みたい……」
明らかに引いているコゼットがぽつりと口を挟めば、夜妖はチッチッチと人差し指を揺らした。
動作すら煩くて、チャロロが眉をひくつかせる。
「妙ちきりんにも程があるね」
「国語の備えは充分だな、君!」
「国語に妙ちきりんなんて問題出ないよ」
夜妖へチャロロが小気味よく返していく様を傍目に、イルミナがテネムラス・トライキェンで別の個体を貫いた。
「ガンガン殴るッスよー!」
勢いの波はやまず、ひばりが槍の先端を敵めがけて突き出す。穂先につけたノートを見せ付けるために。
「わっちの頑張り、とくとご覧頂けたらと思いまして」
少しばかり気恥ずかしげにひばりが願いを托す。検定を控えた彼女は、漢字を書いて書いて書きまくる練習を積み重ねてきた身。厳格な家庭教師は、差し出されたひばりの成果にじいっと見入った。
「素晴らしい! 文字が掠れる程の努力、筆圧が次第に弱まっていきながらも続けた根気!」
かれは言い終えるやノートを引っ張り、あろうことか他の夜妖たちへお披露目し始めた。
「見よ! これぞ! 学ぶ子の在り方!!」
ひばりが槍を引こうにも、あまりに力強く掴んでいるため槍もノートも奪還できない。
「とぉ!」
「ゴァッ!?」
それならとひばりが槍を押し込み、戦乙女の加護を乗せて敵の腕へ突き刺した。
「ほらあのように! 君も数学にレッツトライ! ユーキャンドゥイット!」
「うるさいよ!」
耐え切れずチャロロが盾で殴打する。
ちょうど彼にマーカーを引こうとしていた夜妖は、盾を砕くことも叶わず見事に弾けて散った。
●
ビリビリと豪快に、紙を破り捨てる音がこだました。
「なんてあくどい真似を!?」
悲嘆に暮れた夜妖の眼前では、参考書の紙片を散らすゼファーがいて。
「頻出問題がなんだオラッ!」
「参考書虐待反対!!」
宣言した敵が次々とゼファーを襲う。
その後ろで、チャロロが剣で強かに叩いていた。一体からパラパラと勉強セットが零れ落ちる。各色ペンだけでなく、滑らかな書き心地と記されたノート、インクが玉にならないという触れ込みのペンまで様々で、チャロロは思わず対峙した相手をこう称する。
「この文具おばけめ!」
「勉学おばけと呼んでもらおう!」
おばけは良いのか、とチャロロは疑問に思うものの、突っ込むと面倒臭そうなのでグッと堪える。
沈む雰囲気をも引き裂く力強さで、イルミナが手足による強烈な一撃を重ねた。
「テストも授業も、ちゃんと自分の力でがんばってるッス!」
勉強していないアピールではなく、自分なりに努めていると彼女は示す。赤線を引かれていた彼女のそばでは、スティアが不浄なる気を清めた。しゅわしゅわと音を立てて、イルミナに引かれていたマーカーが消えていく。
「ずっと指摘されると、どんどんげんなりしちゃうよ!」
スティアは終焉の花と冷めた双眸を手向けた。
「そうです。勉強嫌いになってしまうのですよ?」
メイも無垢な意見で突き刺す。
「お勉強も楽しくできるようにしないといけないのです」
「楽しいだろう!?」
心外だと言わんばかりに夜妖が返せば、メイはふるふるとかぶりを振って。
「勉強させたいなら、楽しんでない人にちゃんと気付かなきゃよくないのですよ!」
「!!?」
奇妙な姿の夜妖に表情など無いはずだが、激しいショックを受けたのが周りにもわかった。
「正論です」
「なんてまっすぐな理由かしら」
しきみとゼファーが目撃した流れへの所感を口にしている間に、正論を叩きつけられた敵はメイの蒼き彗星に連れられ、空の星となった。
その頃、別の敵が狙ったのは、技を出すための力を蓄えていたコゼットだ。
「当日は、ローレットで他の仕事してよう……それなら……」
流麗に試験勉強を回避したコゼットが、試験をも回避しようとすると、ぐおおと相手は頭を掻き乱す。
「避けてはならん! 逃げてもならん!」
斬殺のための一撃で、尚も迫り来る魔物を屠った。
ふう、と吐いた息すら重い。何故ならコゼットの頭を占めるのは、敵ではなく試験そのものだからで。
――そこへ。
「先生! ノートに書けるところが無くなりました!」
しゃきっと綺麗な挙手を示して、ひばりが夜妖を呼ぶ。
「なぬ!? それはいかん!」
勉学に励む者の味方であるかれは、急ぎひばりの元へ向かう。
しかしかれが懐中からノートを生み出すより先に、少女は後背へ回りこんだ。
「難しい漢字の練習にお付き合いください!」
言うが早いか、ひばりは夜妖の細長い背へ画数の多い漢字を書いていく。もちろん槍の穂先で。
敵が苦悶に喘ぐかと思いきや、練習と耳にし堪える道を選んだのだろう。喰らいつく槍に身をよじり痛みを逃そうとしながらも、夜妖はひばりへ背中を預けた。こうして彼女が書き上げた文字は――雷轟電撃。
「わっちの槍捌き、ご助言など頂けましたら是非」
鼻息荒くひばりが尋ねれば、息も絶え絶えな相手はこのように評する。
「書き順には……気をつけるんだぞ……」
こうして夜妖は音もなく消滅していった。
参考書をちぎっては投げ、ちぎっては投げするゼファーに引っ付く敵を引き剥がそうと、チャロロが秘密道具を取り出す。
「ほーら試験勉強さん、オイラのノートまっしろだよ?」
「頭に叩き込んでるならOKだ!」
「なんで??」
夜妖はサムズアップで爽やかに反応した。チャロロがぎょっとした一方で、赤シートから逃れたしきみが、親愛なる銀の色彩を刷いた爪をひとつ眺める。うっそりと笑みを刷くも、彼女はすぐ敵を捉えた。
「成績の上では計れぬこともあるのです。お姉様への愛も」
三分の一ぐらいは伝わっても良いというのに、情熱は成績という枠で数値化できやしない。ゆえに射抜く彼女の眼光は力となり、黒いキューブで敵を包んで終わりを招く。
「特に記述式問題はご安心を。埋めて差し上げませう。主にお姉様との輝かしい未来について」
(これじゃあどっちがお姉様かわからない! どうしてー!)
両手で顔を覆ったスティアをよそに、しきみは肌艶麗しく胸を張っていた。
そんな光景を目の当たりにした夜妖が、余力を振り絞り拍手で讃える。
「良い心掛けだ……よりお姉様論とお姉様経済学に励め、しきみ女史!」
「お任せを。あなたはお姉様検定問題を作ってから出直してきなさい!」
「善処しよう!!」
いまわの際、夜妖はそう応じた。
「ま、実際。机に向かって本を開くだけが勉強じゃないでしょ?」
張り付く一体を蹴飛ばして、ゼファーが肩を竦める。
「何より、参考書だけが友達! なんて人生、御免ですもの!」
「グハァッ!」
参考書だけが友だちなタイプであろう夜妖に、ゼファーの容赦ない一言もDual Streaksも、いろんな意味でクリティカルヒットした。
頽れた勉強セットは、完全に溶ける直前、メイへ振り向く。
「……君は楽しんでいるのか? 試験勉強を」
きょとりと瞬いた少女は、まなこを微塵も曇らせず笑顔を浮かべて。
「メイは学校が始めてなのです。学校でやることはぜんぶ楽しいのですよ♪」
そうか、と最期の呟きだけがアスファルトへ転がった。
●
戦いの気配が遠退いた後、突っ伏す勢いでしゃがみこんだのはイルミナだ。
「学生生活というものは初めてですけど、勉強難しいッスー!」
「メイは算数苦手なのですよ……」
考えただけでも、プスプスとメイの頭から煙が立ち昇りそうだった。
「オイラも数学だけは大の苦手で……方程式とか覚えられないんだよね」
肩を落としたチャロロの傍で、コゼットがそろりと一冊の問題集を取り出す。
「これだけ解いておけば、問題ないんだよね……?」
試験勉強の権化が耳にタコができるほど叫んでいた言葉を信じ、少女は声を震わせた。
果たしてその教材、大丈夫だろうか。
「私ね、思うのよ」
いつぞや夜妖へ語りかけたのと同じ調子で、ゼファーが遠くを見やる。
「ちょっと調べたら分かることを暗記するぐらいなら、可愛い子の好きなものを覚えるのに記憶を使うのがいい、って」
「……ということで」
ゼファーの語りを好機と捉えたスティアが、軽く手を叩く。
「お茶でも飲んでお話してかない?」
「お話、ですか? 勉強はどうします?」
ひばりの質問に、スティアは一瞬固まる。
「イインダヨ私だってやる時はやるからたぶんきっと! めいびー!」
「めいびー……お茶しつつ英語のお勉強をなさるのですねお姉様。なんという心くばり……」
しきみイズポジティブ。
感激の嵐に呑まれた彼女の近くで、なるほど、とひばりが真剣な面持ちを浮かべる。
「甘い物を取ると勉強がはかどるってお婆さまも言っていました! さすがスティアさんです!」
えっ、みたいな顔をしたのはスティアだけだ。
「イルミナ良い店知ってるッス! チーズティーのお店があるッスよ。軽食なんかもあるッス」
「あたし、行く。お腹もぺこぺこだし」
試験には困惑しかないが、腹を満たすことにコゼットは賛成した。そして。
「任せて。英語なら教えられるよ」
チャロロも心の底からの善意を寄せた。
平穏が戻った住宅街で、スティアの悲鳴が響き渡り――はしなかったが、本人はそうしい心持ちだったことだろう。
試験勉強に追われる時間は、もう少しだけ続くようだ。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした!
それぞれの『試験勉強』への姿勢や想いがたっぷり篭った、花丸な戦い振りでございます。
MVPは、敵の特性を逆手に取り、勉強という名目を掲げ戦ったあなたへ。
ご参加いただき、ありがとうございました。
またご縁がございましたら、よろしくお願いいたします。
GMコメント
皆さんは試験勉強、していましたか? 棟方ろかです。
●目標
・「勉強していない」アピールをします
・怒って出てきた夜妖をやっつけます
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。想定外の事態は絶対に起こりませんが、想像以上に勉強しろと迫られる可能性はあります。
●状況
時間は放課後、よくある住宅街が舞台です。
変質者の噂を怖がっているため、通行人はいません。
また、試験勉強と一口に言っても、学校のテスト、受験、資格など当て嵌まるものも様々。
PCさんの設定や、やってみたいことに合わせてどうぞ!
●敵
・試験勉強セット(夜妖<ヨル>)×8体
問題集、赤シート、マーカーなどの勉強道具が合わさったような見た目の夜妖。
勉強していないと分かると追いかけ、勉強しろと迫ります。
攻撃方法は、以下の3つです。
1:それ頻出問題だぞ! 体や武具に線を引かれる。移、乱れ、出血あり。
2:ここ絶対暗記しろ! 赤シートで頭を覆われる。移、暗闇、混乱あり。
3:これを解いておけば問題ない! 問題集の雨あられ。ブレイクあり。遠貫。
●備考
オープニング冒頭、シゲルくんが追われるお話は先日の出来事なので、今回の事件現場にシゲルくんはいません。そこは気にしないで大丈夫です。
それでは、いってらっしゃいませ!
Tweet