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シナリオ詳細

MOTHER・INGOT

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 冬季が近付いているのだろう。
 陽が落ちても温かくのどかだった風は、己の頬を冷たく撫でている。
 こういう日は決まって、何か帰りに香りの良い物を土産に買ってやると喜んでくれる。
 愛しき妻。愛しき我が子。

 ――日暮れの街道を往く。
 フォン・ルーベルグから伸びる道を外れ野を往く、やはり心なしか踏み締める草の香りも変わった様に思える。
 季節の変わり映えというのは、混沌の住民には理解されない感覚だと思っていたが。案外そのクチが解る者もいたと知った時は密かに喜んだものだった。
(少し遅くなったな……もう妻は夕食の支度を始めている頃か)
 自分には過ぎた女性だと思う。
 信仰に生き、天義という大変な国家の中に在っても自らを見失わぬ強さを持った人。それが己の妻となった女性だ。
 いつかの――『大いなる災い』に一時は巻き込まれかけた時も、彼女は冷静さを失わずに夫と子供を安全な地へ逃がす事を決意したほどだった。
(急ぎ帰宅せねば。また叱られてしまうな)
 ここの所、彼女は以前にも増して気が強くなっている気がする。
 信仰心は損なわず、ただ己の在り方を決めたような。そんな、自分の知らぬ所で彼女はきっと成長したのだろう。
 誇らしい。そしてなんと頼もしいのだろう。
 我が子『リーンメイ』も健やかに育っていることから、きっと母親の存在があるからだろう。
 異世界からこの混沌に迷い込んだ己の不甲斐無さといったら、どうしてあんなに素晴らしい女性を捕まえられたのか。不思議でならない。
(見えて来たぞ……もう料理支度に入っているな、煙突の煙が多いのは風呂も焚いたか?)
 きっと、娘のリーンメイだろう。あの子は自分の父親の帰宅が遅くなると分かれば率先して風呂を焚いたり好物を作ることを望んでくれる、とてもいい子だ。
 なんと喜ばしい。
 気持ちが逸るに連れて自然と足も早々と前に進む。
 俺は、灯りが漏れる木扉を勢い良く開いて言った。


「ただい…|_
    「イ゛ヤ゛ァァァア゛ア゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!
                    あなたぁぁああ!!!!」

 一瞬。
 ほんの一瞬だけ目が合った女性は見た事も無い顔で、必死に足掻いて、床板に張りつこうとして爪が剥がれて、家に入った俺に手を伸ばしていた。
 耳をつんざくその悲鳴に聞き覚えはないが。ただ……強いて言えば、妻のセリーンに似ていた。
 何か、空気が渦を巻くような音が鳴って。その直後にその女性は俺の前から消えてしまう。
 背中から吹いた風が、開けたばかりの木扉を閉じた。
「……せり、ん……」
 震える声と唇は漸くその三文字を紡ぎ出した。
 家の中は荒れていた。
 聖都でよく見かける白亜の彫刻テーブルは無残に砕かれ、食卓だったであろうそこに載せられていた食器や、パンやシチューが床に散乱している。
 子供が普段座っている長脚椅子があられもない姿で転がっているのが、不思議と一番胸に痛んだ。
 そんな、俺を見つめているのは知らない子供達だ。
 小汚い襤褸を纏った子もいれば、普通に聖都にでも居そうな身綺麗な子供もいる。そんな子供達はいずれも――赤いマフラーのような物を首に巻いていた。
 ただ背筋が寒くなったのは、そんな集団の後ろで立っていた風車のような羽を回す『ナニか』が。ついさっき吸い込んだ女性が消えたのと同時に、背後の壁へ水気を帯びた赤黒いモノを撒き散らしていた光景だ。
 まるで。
 まるで……セイリ―ンが。
「あ……ッ、リィィンメェイッ!!」
「マザー」
「あらぁ、そっちが罪深い咎人だったのねェ?」
 風車の化け物の傍に立っていた修道女が子供の問いに首を傾げる。そんなこと知った事か。
 俺は近くに立っていた子供を蹴り上げ、家のどこかにいる筈の娘を呼んだ。
 目がチカチカする。強烈な眩暈と、わけもなく叫びたくなる衝動を抑えて。妻のことを今一時だけ頭から排除して我が子を守ろうとした。
 だが駆け出そうとする俺に体当たりをして来る子供達。俺は無我夢中でそいつらを殴りつけ、マフラーを引き千切り、どうにかその場を脱そうとする。
 背の高い修道女が、部屋の奥の壁際に背を預けて手を振った。
「お行きなさい『トーレ』――さァレッスントウよ、神より賜りし聖獣に抱かれる資格は咎人であろうと等しくあるわァ」
 訳のわからない事を。
 頭を振ってもう一度娘の名を呼ぼうとした時、しかし俺の足は不意の揺れにもつれ転ぶ。
 対して纏わりついていた子供達はまるで揺れに動じずに離れて行く。俺は……震える手を突き立てて顔を上げた。
「……っ、ひ……ッ!?」
 これは悪い夢なのか?
 修道女の声に従い、暗がりから出て来た風車は。その土台である金属パーツの合間から赤い汁を噴き出し、ぶしゅうと音を立てて飛沫と共に長大な腕のようなモノを伸ばしていた。
 この世の者とは思えぬ異形を前に歯を鳴らして。俺は恐怖に竦んでしまった。
 ラッパの口を更に大きく広げたような筒の奥では高速で回転し始める羽が在った。白い翼のようにも見えるそれは、骨も肉も一瞬で粉砕する凶悪さを秘めてることは明らかだ。
 ガシリと、気がついた時には長い手足に両肩を掴まれていた。
「やめろぉおお!! うあああ……っ、うわあああああああ!!!」
「さーァ可愛い子供達。お祈りの時間よォ」
 ガリガリ連続して鳴り響く羽の回転音に恐怖し叫ぶ俺の耳に、修道女のそんな声が響いた。
 為す術もなく引き寄せられ、引きずられ……目の前で回転するその羽が鼻先を掠めたと思った瞬間。

 俺は――赤黒い肉片に塗れて茫然と座り込んでしまった娘の姿を、風車の向こう側に視た。
 
●救出
 きっと彼等夫婦はいつも通りの生活を送っていたのだと、壮年の騎士は語った。
「死体も残らなかった。凄惨な現場だった事は語るまい……だが彼等は慎ましく天義の民として暮らしていた、これは許されざる凶行に他ならん。
 被害者はセイリ―ン・カトウとコウスケ・カトウの二人だ。
 彼等は冠位魔種による『大いなる災い』以降聖都を離れたこの『ロウ・ヒル』に移り住んでいた、夫に当たるコウスケは"旅人"だった」
 荒れ果てた一軒家を遠巻きに歩きながら、白亜の鎧を纏った騎士は語る。

 首都フォン・ルーベルグより離れた海沿いに小さな城壁を作り独立した、『アドラステイア』と呼ばれる都市が存在するのだという。
 円形の都市。外部を拒絶する様な印象を与える塀を建て、外界と遮断したその都市は今や冠位魔種ベアトリーチェ・ラ・レーテによる『大いなる災い』を経て、信ずる神を違えた者達の拠り所と化している。
 新たな神を信ずる者達の無法地帯。
 これまでの天義には無かった狂った宗教観は、信仰に剣を捧げし聖騎士から見ても目に余る。
 特に……時として起きる『旅人狩り』は恐ろしく。アドラステイアが放った『聖獣』と呼称されている生物兵器はとにかく厄介だった。
「……だが知っての通りだ。私情で動けるほど軽い身でも無ければ、許しを得られるほど余裕のある状態でもないのが現在の騎士団である。
 かの都市では日夜、まだ子供である民同士で天秤なき裁判に明け暮れていると聞く。これからの天義を担うはずであった子らを同胞殺しに興じさせているなど、嘆かわしい!」
 騎士はふう、と息をついて。改めて落ち着いた声音で続けた。
「諸君に依頼するのは、救済だ。この家で起きた事はまだ――終わってなどいない。
 言った通り、かの都市の反乱分子はその中枢に腫瘍を抱えている。反旅人団体組織『新世界』……あれの影響を受けているアドラステイアの子供達はカトウ夫妻の娘であるリーンメイを連れ去った。
 目的は大体想像がつく。リーンメイは旅人ではない、だがその体を流れる血は半分が旅人のものだからな」

 恐らく、リーンメイを連れ去ったアドラステイアの子供達の目的はその『血』を理由とした魔女裁判にあるという。
 混血。ハーフとも取れる彼女は果たして有罪か無罪か、神に仇成す者かそうでないか。
 ……口上はともかく、その裁判とやらが真に公平性があるのなら日々断罪された者が『疑雲の渓』に落とされる事はないはずだ。
 あれは――ただの前振りなのだ。
 拉致された少女が無残に裁かれる前に、狂気の都から救い出さねばならなかった。
 それは同時に、少女を飲み込もうとする狂気さえも可能ならば救ってやって欲しいとも、天義の騎士は重ねて言った。
「手掛かりは少ない。周辺集落、アドラステイアまでの道程で目撃された証言とここ数日内の直近の各領被害報告、それが全てだ。
 無理をしろとは言わん……セリーンは過去、聖都の教会で孤児たちに聖餅を振る舞っていたことがあるのを私は見た。
 尊ばれるべき存在だ。婚姻した相手が異界から招かれたというだけで、あんな惨い死に方をしていい者ではなかった! やってくれるか、ローレット!」

GMコメント

 はじめまして、いちごストリームと申します。
 今回は主に捜索パートから始まり、戦闘(脱出)と続きます。

●Holy order.
 罪無き少女を救う

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●【danger!】エネミー
 『聖銃士』
 称号とアドラステイアの紋章を持つ鎧を授かった騎士達。偶発戦となるため戦闘力の詳細は不明。

 『聖獣クワトロ・ビアンコ』
 アドラステイアの大人達が使役していると見られている魔物。
 カトウ夫妻を襲った際の前後の目撃情報や領内近辺での情報に依れば、使役している修道女の命に忠実に従う奇怪な多脚生物であるとされている。
 個体は「ウーノ」とも「ドゥーエ」とも呼ばれており呼称に意味があるか不明。救出対象のそばにいると予想され、状況に応じて適宜対応すべき相手。
 その奇怪な長足、腕に捕まればラッパのような円錐型の頭部の中央で高速回転している白い羽によって全身をぐずぐずにされてしまう。

 『修道女(マザー)・ロッソ』
 長身の修道女。割れた顎と髭がある事から女装だと推測され、ロッソとも子供達に呼ばれているのが明らかとなっている。
 戦闘力は不明、聖獣を使役していると見られている。

 『子供達』×8名
 アドラステイア下層。紋章入りの赤いマフラーを巻いた、『修道女・マザーロッソ』が面倒を見ている子供達と見られている。
 戦闘力は低いが感情が死んでいる。(非戦スキル【感情封印】)

●救出対象『リーンメイ・カトウ』
 カトウ家の長女、7歳。旅人の子供だとして捕えられ、アドラステイアの下層のどこかへ連れ去られた。
 特徴は長い黒髪に翠瞳。

●手掛かり『マフラーの切れ端』
 カトウ夫妻が襲われた現場に残されていたマフラーの切れ端。
 ちょうどその部分にはアドラステイアの紋章が縫い付けられており、手作り感が漂っている。

●独立都市アドラステイア
 天義頭部の海沿いに建設された、巨大な塀に囲まれた独立都市です。
 アストリア枢機卿時代による魔種支配から天義を拒絶し、独自の神ファルマコンを信仰する異端勢力となりました。
 しかし天義は冠位魔種ベアトリーチェとの戦いで疲弊した国力回復に力をさかれており、諸問題解決をローレット及び探偵サントノーレへと委託することとしました。
 アドラステイア内部では戦災孤児たちが国民として労働し、毎日のように魔女裁判を行っては互いを谷底へと蹴落とし続けています。
 特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/adrasteia

●アドラステイア『下層域』&ロケーション
 ◆捜索パートの情報。
 祈りの刻限を報せる塔も立っている、アドラステイアの象徴的な区画を中央に据える山形の都市。
 その最下層に位置する、丘側と海岸地帯をまたぐドーナツ型をした、地位の低い子供達が住むとされている区画です。
 迅速な動きが求められる今回の依頼に応じ最速で皆様が到着した結果、"到着後の時刻は夜間"です。
 夜間の下層街で、救出対象が運び込まれたとする場所を特定すべく奔走する事になります。
(メタ※侵入経路などは過去に街へ忍び込んだイレギュラーズのルートを一度通り、自動的にアドラステイア下層へ侵入した所から行動開始します)

 夜間ゆえに往来の人通りは少なくなっていますが、それでも不定期的に『聖銃士』が徘徊しており危険度は低くありません。
 下層街はアドラステイアという都市の特色上、まともな建物は少なくスラム街のような雰囲気の掘っ立て小屋が多いです。
 住民は祈りと感謝を終え、眠りに就いている様ですが。この街の特性からそれに安心して良いかは不明です。
 皆様にはここで『救出対象がどこへ連れていかれたのか』という曖昧な目的の為に動き、捜索します。
 情報収集や探索に重点を置くならば『マザー・ロッソ』の管理するエリアを探すように動くと良いでしょう。

 ◆戦闘(脱出)パート
 皆様が救出対象を確保、または緊急脱出する事態になった際のパートです。
 明確に敵となる事が予測されているのは『聖銃士』以外の三要素。マザー並びにその子供達と聖獣。
 子供達以外、特に聖獣は強敵となる可能性があります。
 長期戦となった場合に注意すべきなのは、場合によって『聖銃士』の乱入または皆様のいずれかが拘束される可能性も有り得る点です。

 如何にして煙に巻くか。あるいは、その場の全てを殲滅するかです。

●最後に
 気負う事無く目的と手段を明確に臨んでください。
 皆様のご参加をお待ちしております。

  • MOTHER・INGOT完了
  • GM名いちごストリーム
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年10月17日 23時30分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者
アラン・アークライト(p3p000365)
太陽の勇者
志屍 志(p3p000416)
遺言代行業
リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
クーア・M・サキュバス(p3p003529)
雨宿りのこげねこメイド
ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)
氷雪の歌姫
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702)
あいの為に

リプレイ

§
 少年は濡れた紅玉に吸い込まれたかのように言葉を失っていた。
 闇の中から現れ、小さな体躯を覗くように屈み込んだ『あいの為に』ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702)の姿が、傍にあった蝋燭の灯りに照らされる。
 誰なのか。
 少年は何も訊き返せない。
「お話、聞いてましたか? この地を象徴する紋章ですよ。既に『教え』を受けているなら、よくお分かりの筈です」
 少年は夢中で何度も頷いた。
「では先の問いを繰り返しましょう……彼等は何処に?」
 意に介さず。お淑やかで慎ましく――信仰を捧げる者に扮するライは、ただそれをにっこりと見つめているだけだ。
 ただ、それだけなのに。
 少年は過呼吸気味に、知っている事を話した。
 つい先日、他の地区で生活している者達が黒髪に翠瞳の少女を連行して行った。その際にオリジナルの紋章を繕ったマフラーを見たのだと。
 街のどこへ向かったかと問えば、少年はある方向を曖昧に指差す。
 見上げる。
 柔和な笑みを携えて感謝の言葉を述べるライの眼は。あまりにも少年にとって既視感のある色を携えていた。
「有難う、人助けの一翼を担ったあなたに神の祝福が有りますように」
「……おやすみなさい。"マザー"」
 吐息が頬に触れる様な距離にまで顔を近付け、ぎゅっと少年の手に数枚の硬貨を握らせて。修道女は踵を返し表通りへと去って行く。
 暗闇の中。少年はずるずると力無く座り込むのだった。
§

●昏い世界
「やはり……リーンメイさまの居場所は下層街の正門から離れた地区になりそうですわねー」
 『氷雪の歌姫』ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)は合流を果たしたライと仲間達の間で情報を共有し合っていた。
 夜の静寂に集い、囁く声。
「少なくともまだ魔女裁判にかけられていない、と見ていいだろう。間に合えばいいが……」
 顔を背ける様に周囲を警戒しながら『白獅子剛剣』リゲル=アークライト(p3p000442)が真剣な表情になる。
 聞くに、少女が捕らわれて来たという情報しかない。外に連れ出されていない以上、彼女を攫った『マザー・ロッソ』の下にいる筈だ。
「手遅れになる前に探し出すしかねぇな。距離は分かるか」
「それほど離れてはいませんの、ただ……正門付近のルートは見えず。分かってるのは大まかな方向だけでして。ルートの模索は必要かと思いますのー」
「壁や門の術式が働いた所為かも知れませんね。それでもある程度の方角と距離感さえ掴めているなら、関係者の所在を探し出すのに時間は掛からない筈」
 『勇者の使命』アラン・アークライト(p3p000365)に答えたメリルナートは見慣れない荒んだ街並みを見渡す様に、視線を持ち上げ、『地上の流れ星』小金井・正純(p3p008000)の言葉に小さく頷いた。
 しん、と静まる。
 近くに人の気配は――ない。
「しかし。歩き回って分かりましたが、『迷える子羊』が外で寝ている以外でどこまで信用して良いものでしょうかね」
 ライの言わんとしている所を一同は察する。
 日夜、穏やかに過ごしていると見せかけ隣人を魔女裁判にかける街だ。そんな中、夜間に幾らでも付け入る隙を見せる者が果たしてどれだけいるのか。
 そして何よりも。
「聖銃士だな……街に入って早々に晩飯にされたのは肝が冷えた」
 アランは。アドラステイア内部に入ってからライのサポートをするべく放っていたファミリアーが聖銃士に"回収"されてしまった時の事を思い出す。
 下層街は一見すれば静寂に包まれているが、巡回する警邏役の子供や闇に潜む聖銃士が目を光らせているのだ。
 ファミリアーを仕留めた聖銃士は鳥の正体に気付いたわけではない様だったが、今も何処かの屋根上にいるのだろう。
 ――そう。元々警戒は必要だと分かっていた事だ。今はそれがより強まったというだけの話。
「やるしかねえ、二手に分かれて探すぞ」
 首肯する一同。
 やれることは全てやる……これだけは何処に在っても、いつも通りである。

 相談を終え二手に散ったイレギュラーズ。
 夜のアドラステイア下層街を往く一方。後方では影に紛れ、痕跡を残さぬ様に注意を払う正純の姿があった。
 『遺言代筆業』志屍 瑠璃(p3p000416)は湿った土を踏む音を聴いて後続の仲間へ停止のサインを送る。
 物陰から大通りへと視線を覗かせば、揺れる灯火に照らされた銀光が見える。
 この町で神への献身を認められ、選ばれし者だけが賜る聖鎧。聖銃士のものだった。
「……主に表通りを中心としたルートのようですね」
「今は好都合なのです」
「油断せず行きましょう。彼等が足を運ばない理由が別にあるかも知れませんから」
 三人ほどの聖銃士が通り過ぎたのを確認し、瑠璃が先行する。
 その際に『生まれたてのマヴ=マギア』クーア・ミューゼル(p3p003529)は饐えた臭いが漂って来た事で顔を顰める。見れば、家屋の裏手に積み上がった枯れた牧草の山から幾本もの腕が突き出ていた。
「……相も変わらず胸糞悪い都市なのです」
 音を立てず進むクーアは家屋の向こうに広がる壁の先を見遣る。
 今は彼の奥地へ踏み入る術も成算もない事に業腹だと彼女は外套のフードの下で猫耳を下げた。
「清貧は美徳ではない、などとは申しませんがー……やっぱりこういうのは違うなぁと思うんですのよー」
 先行する瑠璃が示すのはあくまで人の気配無き道だが、道中幾つも崩れかけた小屋があった。
 瑠璃は「眠っている」と唇に指を立てて注意を促すが、メリルナートは小屋の中を覗き込んで哀しい表情を浮かべる。
 幼い少年少女が寄り添い眠る姿には疲労や栄養失調の気が見えた。目に見えぬように誤魔化されているだけで、この都市には昏いモノが余りにも近い。
(……狂った世界、狂った大人。子供は己を殺さざるを得ず。罪を重ねざるを得ず、か)
 どこかで子供の啜り泣く声が聴こえる。
 瑠璃は、天義が『大いなる災い』に巻き込まれる以前を思う。これは何の因果の巡りなのだろう。
 ――アドラステイアに渦巻いている物は悪意だけではない。

 正門から離れて来ると、そこは元は何も無い丘だったのだろうか。暫し、真新しい小屋が建っているのが見えてくるようになった。
 メリルナートに渡された道具を用い、暗闇を辛うじて見渡して警戒しながら『罪のアントニウム』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)はライと共に探索する。
「弱者は踏みにじられるのみ……正義が動くのは大抵踏みにじられた後。本当に、この世はクソだと思い出させてくれますね」
 聖銃士を警戒して迂回する毎、町の彼方此方には悲痛な姿の何者かがいた。
 キシェフのコインを得られなかった者や子供達は互いに寄り添いながら、冷たい木板や毛布の上で眠っていたのだ。そこに本来あるべき庇護者の姿は無く、穏やかに温かい空間で過ごせているのは彼等よりも『価値』を示した者だけだ。
 悪態めいた呟きを口にするライの傍で、クラリーチェは惨状を前に憂うばかりだった。
「天義の一連の騒動をきっかけに改宗することは咎められません。しかし……」
 とても『新たな神』なる存在が人に幸福をもたらす礎になっているとは思えない。
(……この都市は、これが天義に代わる新たな神聖に基づいた形だというのか)
「リゲル」
「どうしたあに……うむ」
 歯痒そうに険しい表情を浮かべていたリゲルの下へ、屋根上からアランが降り立った。
「誰かに尾けられてる」
「……!」
 有り得ないことではない。だがそれ故に最も警戒していたことでもあった。
 見れば暗い中でアランの額に薄ら汗が浮かんでいた。
「索敵に回していたネズミが潰された、さっき通った路地裏でだ」
「近いな……聖銃士の可能性もあるかもしれない」
「だろうな」
 しかし外部の者だという確信を持たれているわけではないのだろう。でなければとっくに周囲に知らされている筈だ、接触は避けたい。
 周囲の様子を伺いながら影と陰の間を移動する二人。
 風は吹いていない。少なくとも――接近はまだ許していない、そうリゲルは確認した上で足早に町を突き進む。
「急ぐぞ、尻尾を掴まれる前に距離を離そうぜ」
 スキルの探知をされているとは考え難い。痕跡を辿られているのだろう。
 撒くしかない、そう考えて彼等はクラリーチェ達と合流してその場を早々に後にした。

§
「……この先は、マザー・ロッソの管理区でしたね。
 今夜はたしか接近を禁じられていましたが、さてこれは……せめて幾つか同じ痕跡でも見つかれば踏み込めましたが」
 月明かりを浴びに行くかのように、青年は兜を脱いで家屋群から抜け出る。
 そこへ、ガシャンと複数の足音が近付いて来た。
「『慈愛』の……? ここで何をされてるのです」
「やあ、ディミトリ」
「マザー・ロッソは今夜、私達アンジェロ以外の者の立ち入りを禁じています。どうかご理解を」
 猫背の深い少年と、その後ろに並んでいる同じくらいの少女達が重鎧を鳴らす。
 赤い軽鎧の青年は「そうかい」とだけ言い、踵を返した。
「あとで君達のマザーに君達の勤勉さを伝えておくよ。頑張ってね」
「……父と母とファルマコンの名の下に」
 青年は、崩れかけた納屋がある方を一瞥する。
 少年達の声に笑顔を見せてからその場から去って行くのだった。
§

 ――追跡者の気配が消えた頃、空気が変わった。
 植物だけでなく、人の霊魂さえ喪われて久しい領域の中を息潜め忍び足のまま往く末に。流れは変わる。
(……! あれは)
 リゲルがクラリーチェの肩を叩く。
 訝しみ、振り返る彼女に彼はそっと――物陰から手を振る瑠璃の姿を指し示す。
「志屍さん……と、クーアさん達でしょうか。あそこで何を?」
「手掛かりを見つけたという事だろう」
 スン、と。リゲルが鼻を一瞬鳴らす。
 近付き合流した先、そこには微かに覚えのある臭いがあった。
「お静かに。ここは頻繁にあのマフラーを着けた子供達が徘徊しているようです」
「こんな時間に聖銃士でも無い奴等が?」
「ああ、分かるよ……"あのマフラー"から感じた臭いだ。これは――香水のような」
 瑠璃が隠れる家屋の向こう側。点々と灯りが揺れているのが見えた時、リゲルは確信を得る。
 すると家屋――今は放棄された商店――の中から、割れた窓越しにクーアが猫耳をぴょんと跳ねさせて姿を見せる。
「この辺りは聖銃士が来ない代わりに、子供達の姿が多くなってるのです。今のうちに、こちらへ」
 瑠璃が外に見張りを兼ねて残り、リゲル達は家屋の中へと滑り込む。
 奥でメリルナートと正純を見つけた彼等は、彼女達から「マザー・ロッソの居場所を突き止めた」と聞かされるのだった。

●"救い"
 意外にも彼等は夜の帳を嫌うらしい。
 人目を忍ぶ様に仕切り板を幾重にも置かれたその空間は礼拝堂の様に"仕上がっている"ものの、元は服飾雑貨の店を営んでいたようだ。
 いまや閑散とした棚が四方の窓際を塞ぎ、蝋燭がそこら中に置かれた中央広間。
 筋肉質な体躯をシスター修道服に包む男、『マザー・ロッソ』が壇上の上で頬を腫らした少年の頭上で赤い小瓶を振ろうとした時だった。
「――アドラステイアの不正義を糺し、上へ報告する! 子供達を利用する等言語道断! 恥を知れ!」
 壁が爆発する。
 濛々と広間に吹き込む粉塵を切り裂き、勇猛に剣を掲げ怒号を挙げるリゲルの気迫がその場を震わせる。
「チッ……ウーノ! トーレ!」
 舌打ちと同時。マザーの素早い指示に次いで天井から地響きを立てて現れるは二体の異形。
 鳴らされる指パッチンの音、礼拝堂に並び座していた子供達が無機質に立ち上がる。
「お子様は! 寝る時間なのです!」
「……っ!?」
 子供達が一斉にリゲルに殺到しかけた瞬間、クーアの投げ込んだ莫大な閃光が爆発する。
 膝から崩れ落ちる数人の子供達。
 床板を踏み砕き、複数の影が真っ白に塗り潰された世界を駆け。衝突する。
「……旅人、太陽の勇者――アラン・アークライト。てめェらに仕置きをしに来たぜ」
 踏み込んだアランの眼前に長い手足が血飛沫を伴い伸びる。
 ドッ! という衝撃が連続し、具足めいた金属パーツの下から伸びた手足を打ち払い。羽が高速で回転している円筒の側面に憎悪の紅い剣撃が叩き込まれた。
「砕けろやァ!!」
 巨大な異形が吹き飛び、ギャルルと悲鳴を上げてのたうち回る。
「――! 騎士団かと思えば旅人……その銀髪、あなたリゲル・アークライトじゃなァい! ローレットのご登場ってわけェ!?」
 ロッソが下がる。
 アランとリゲルの背中を祝歌と冷気の加護が包み込み。直後にメリルナートがピューピルシールを放った。
「マザー……っ」
「邪魔よォ!」
 顔を腫らした少年がロッソを庇い封印術を受けるも、それを鞠の様に蹴り飛ばして目の前からどかす。
「野郎ッ!」
「あれを見ても、この子達は何とも思わないのか? ……すまない。退いて貰う!」
 沸騰しかける怒りを御しながら、ひしゃげた頭部奮う聖獣ともう一体の聖獣をアランが相手する。同じく理性を保って、リゲルが眼前に群がって来た子供達を一閃で薙ぎ払い吹き飛ばした。
 吹き飛び転がる子供達の姿を目にして、回復役のクラリーチェがロッソを睨む。
「子供の子供らしい感情が抑え込まれている……これは、貴方の仕業ですか?」
 この戦いの中へ身を投じるのも、臆さずにいるのも異様だった。
 修道女の男は倒れ伏せた子供達へ癒しの魔術を行使しながら蹴り起こして叫ぶ。
「んふふふ。私は『救い』を与えただけよォ!」
 次の瞬間、イレギュラーズ達の対面する壁面が吹き飛び。先の聖獣と同じ姿をした異形が二体、凶悪な円筒を掻き鳴らして現れる。
 だが、動き出す寸前。一条の矢がロッソを巻き込んで莫大な衝撃波を齎した。
「やはり現れましたか……派手に騒いでくれるもので」
「ええ、醜悪に過ぎますね」
 前衛のアランとリゲルが完璧に抑える一方で、後衛から次々と正純の『天狼星』を筆頭にライの援護射撃が飛び交う。
 『クワトロ・ビアンコ』が勢揃いと成った場面の最中、クラリーチェとロッソの視線が交差する。
「……ファルマコンとは、どのような神ですか? 祈りによって何を齎してくれるのですか?」
 ふらふらと立ち上がるロッソは自らの血に濡れた口元を歪ませた。
 その時だった。

「――いやああああああ!!」

「……なに!?」
 少女の悲鳴が建物の奥から響き渡る。
 同時、クーアとクラリーチェたち後衛の下へ舞い込んだのは楽団精霊たち。その報せは、作戦が成功した事を意味していた……が。
「あらァ? 何かあったのねェ、『聖騎士アークライト』にお目見え叶ったのには驚いたけれど」
 一瞬の隙を衝いて聖獣の円筒を両断したリゲルが血に濡れながら怒声を上げる。
「貴様……彼女に何をしたッ!」
「――救済なくして天秤は語れない。その逆も然りよ、んふふ」
「それで、何だって旅人の妻ってだけで殺されなきゃいけねぇんだ? 何で旅人の娘ってだけでテメェらに救いだなんだ言われなきゃいけねぇ! ああッ!?」
 今も尚どこかから少女の悲痛な叫びが聴こえて来る中。回避に徹しながら下がるロッソを追うも、聖獣がアラン達の怒りを阻む。
「作戦が成功しているなら、この悲鳴は何なのです?」
「……嫌な予感がします。聖銃士の気配も近付いてきていますし、瑠璃さんと合流を急がねば――」
 ひりついた空気にクーアと正純が警戒を強める。
 奔る閃光。ついに聖獣をリゲルがロッソから剥がした隙間を縫い、アランの紅い憎悪の輝きが一対の刃となって地を走った。
「……だめ!」
「――!!」
 しかし、寸前で割り込んだ少女を前にアランの呼吸と剣が止まる。
 少女の向こうで笑みを浮かべるロッソは、崩れた壁面から外へと脱しながら狂笑を響かせた。
「んっふふふふふ!! あの子は惜しいけれど返してあげるわァ、また会いましょう。生きていればねェ!」
 逃走するロッソ。
 同時に、聖獣達の態勢が崩れた隙を見計らいイレギュラーズもまたその場から離脱を図るのだった。

●消えないニオイ
 逃走ルートは予め決まっていた。
 しかし瑠璃が背負う少女の泣き叫ぶ喧騒に誘われ、道中は何度も眠りに就いていた子供達の襲撃を受けてしまう。
「やだぁああ! ままと、ぱぱの、マフラー貰わないと……! ままぁ……!」
「どうか、落ち着いて。ここを出るんです、あそこには――貴女のご両親はいない」
 傷つきながらも少女を庇い、足を止めずに瑠璃は突き進む。
 そして合流する。
「早く、こちらなのです!」
「ああ……瑠璃さん、ただいま治療をっ」
「必要ありません」
 メリルナートに泣き叫ぶ少女を受け渡した瑠璃は先を急ごうと促す。
 仲間が確保したルートは聖銃士がいないものの、子供達の追跡が多過ぎた。殿を務めているリゲルが「行け!」と叫ぶ。
 一瞬、仲間達を逃がしたリゲルの姿が子供達に飲まれかける。
「キシェフのコインだ! どうか邪魔しないでくれ!」
 ……その瞬間。
 リゲル達はアドラステイアに渦巻く狂気の一端を目にする。

 宙を舞うコインを追い我先にと殺到する子供達。
 蹴り潰され、骨が折れても。彼等はイレギュラーズ達の姿を見失い、駆け付けた聖銃士達に鎮圧されるまで暴走しているのだった。


成否

成功

MVP

小金井・正純(p3p008000)
ただの女

状態異常

志屍 志(p3p000416)[重傷]
遺言代行業

あとがき

 ――アドラステイアを脱したイレギュラーズは、誰一人欠ける事なく依頼を成功させた事に息を吐いた。
 一様に疲弊した空気の中、メリルナートと精霊が奏でる旋律が小さな少女を眠りに就かせている。
 涙に濡れた頬をクラリーチェが拭う一方、その身に傷が無いか彼女は検める。
「いったい……あそこでなにが?」
 泣き腫らした少女の撤退時の様子は、尋常ではなかった。
 その問いに答えたのは、少女を救出した当時を唯一知る瑠璃だけ。
 彼女は、静かに告げた。
「その子がいた部屋。リーンメイが抱いていたのは、赤い瓶でした」

「……マザー・ロッソは魔女裁判で彼女を赦した。そして、約束したそうです。
 もしもキシェフの代わりにマフラーを、両親の香りがする『血の滴』を集め得られたなら……もう一度大切な者に会わせると」

 何が救いだ、と。
 その場に誰かの声が消え入るように響くのだった。

【撤退時・MVP】
味方の痕跡隠蔽に活躍した小金井・正純様。

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