シナリオ詳細
鉄帝マグロ漁船。北海を征く
オープニング
●北限の北へ
「距離200、止まりません!!」
流氷が粉砕され、氷片と海水が爆発めいて広がる。
海は気味が悪いほど透明で、鉄の色をした何かが急激に近づいて来るのが誰の目にも分かる。
「統制射撃を行う。先走るなよ」
甲板に並ぶ3つの砲塔が滑らかに旋回し、静止する。
鉄色の何かは、マグロの形をしていた。
「撃ぇ!!」
砲塔が大質量を撃ち出す。
海水を貫いても十分なエネルギーを保った砲弾が、分厚い装甲を粘土の如く耕した。
「距離10……接触しますっ」
「海産物もどきが鉄帝船に触れるでないわぁ!!」
筋骨逞しい典型的鉄帝軍人が銛を振り上げ、ぶん投げた。
反動は鋼鉄船が揺れるほどに大きく、銛の勢いは当然のように凄まじい。
分厚い鱗に銛の柄が生える。
脳味噌と神経を破壊された魚雷サイズのマグロ型モンスターが、鋼鉄船の進路変更に追いつけずに前進しながら沈んでいった。
「捕まえられなかったか。我が身の未熟をこんな形で感じるとは……ぬぉっ!?」
波が強くなり船体が揺れた。
この男、強いのは強いのだが一般的鉄帝人と同じく海への馴染みがない。
「閣下」
身に纏う重装甲と自前の重装甲ごと極寒の海に転落する直前、飛行ユニットを全開にしたダン・ドラゴフライにより手を掴まれ甲板に引き戻された。
「すまぬ。助かったわい」
酸欠で死ぬのは勘弁じゃと、装甲の上からでも分かる青い顔でつぶやく。
「じゃが、うむ、そうじゃの。かなり北まで来たはずじゃが目当ての島はまだ見えんのか?」
この船はゼシュテル鉄帝国北方調査艦隊旗艦。
別名、鉄帝マグロ漁船1号である。
●マグロの味
当時最高の船乗りと呼ばれた勇士が北海に挑んだ。
流氷漂う海を乗り越え、水平線近くに島をみつけ、同志と共に歓声を上げたときが終わりの始まりだった。
分厚い装甲を持つ魚に襲われ、船を傷つけられ帰還を決断したが判断が遅すぎた。
北方遠征に参加した大型船数隻と優れた戦士達のうち、鉄帝本土に戻って来られたのは無人の救命ボート1隻だけと伝えられている。
「例のボートにあった航海日誌を信用するなら、今日中には目視可能と思われます」
「艦隊の状況は?」
「損傷皆無。物資は残り8割です」
「技術の進歩というのは……いや、ネオ・フロンティアの影響か」
閣下と呼ばれた老人はほろ苦く笑う。
第三次グレイス・ヌレ海戦でも勝てなかったし、その後の交流で得た知見によってようやくこの遠征が可能になった。
航海技術という1分野とはいえ、他国より明らかに劣っているというのを認めるのは辛い。
「閣下、参謀長!」
空から声がする。
ウサ耳魔法少女鉄帝軍人という属性過多少女ハイデマリー・フォン・ヴァイセンブルクが、魔法を使って2番艦から飛んで来たのだ。
海上の風は強く、魔法で風を防御してもウサ耳が揺れている。
だが荒れた海よりはまだ空の方が優しい。
「6時間経過しました。食べた7名全員、体調に変化はありません」
ダンがうなずく。
老将が拳を握る。
聞き耳を立てていた軍人達が歓声をあげる。
北方調査艦隊の主任務がマグロ釣りに変化した瞬間であった。
「あの魚……仮に装甲マグロと呼ぼう。装甲マグロは食用可能だと判断する」
宣言するダンも、声に喜びの色がある。
鉄帝には食料が足りないのだ。
皇帝を含む脳味噌が筋肉ではない面々が精一杯頑張ってもまだ足りない。
イレギュラーズが治める土地などいくつかの例外はあるが、全体としてはそれはもう酷いのだ。
「1匹で村1つ養えるぞっ」
「その程度じゃ足りねぇよ1人10匹獲ろうぜ!」
食欲と、それ以上に国民を養えるという希望が、鉄帝軍人達の表情を明るくしていた。
●岩礁
「ハイデマリー!」
2番艦艦長が大声を出して魔法少女を呼ぶ。
1艦を任される立場としては不適当な態度にも見えるが今は時間が最重要だ。
甲板に着艦したハイデマリーは不安定な足場でも上体を揺らさない。
かつて絶望の青と呼ばれた海で激戦を生き抜いた彼女は、一般的鉄帝軍人とは違い荒海に慣れているのだ。
「作業の進みは予定の4割だ。何か案はないか」
ハイデマリーは瞬きして、部下である新人魔法少女達に目をやった。
「うんしょー!!」
「ワタ捨てちゃってーっ」
「下がって下さい。冷やして消毒しますっ」
光刃で解体して水流で洗って適度に冷やして船倉に格納する。
海洋の漁師と比べると拙いものの、鉄帝軍人としての体力と魔法少女としてのスキルで補っている。
艦長は沈痛な面持ちで彼女達以外の軍人を見る。
「滑るぞこいつっ」
「ふはは、この程度の装甲、オレの拳の前では」
「魚肉ごと潰すな馬鹿っ!!」
苦労して甲板に引き上げた魚雷サイズ装甲マグロを半分以上無駄にして、強い波が来るたびに転倒したり海に落ちかかったりしている。
(イレギュラーズに補助を依頼、は無理。時間が足りない。せめて足場が安定すれば)
ハイデマリーは無意識に水平線に目を向ける。
ネオ・フロンティアとは異なる冷たい青の下に、認識困難なほど大きく黒い何かが見えた気がした。
「まさか」
艦長から高性能遠眼鏡を奪うようにして借りる。
海の上にあるのは、海の広大さと比べればごま粒未満の流氷とそれ以下の船だけのはず。
しかし艦隊から数キロ北。海面ぎりぎりに大きな岩礁が確かに見えた。
「岩礁を発見しました。あの場で錨を下ろせば船の揺れを抑えることが可能かもしれません」
「何っ」
遠眼鏡を返された艦長は興奮して覗き込む。
「物資を全て注ぎ込めば最低限の船着場を造ることも……。良くやった。提言を採用する。一旦作業を中断、直ちに岩礁へ接近する!!」
ハイデマリー以下の魔法少女達は元気に返事をしたが、海に遊ばれている軍人達は命令を下されたことにもしばらく気付けなかった。
●カニ味噌襲来
人間重機じみた軍人達が船倉から資材を持ち出し、予想以上に広くそして頑丈な岩礁の一部に平坦な足場と小さな灯台を出現させる。
地形が関係しているのかどうかは分からないが波は控えめ控えだ。足場が安定したことで鉄騎種の力さが真価を発揮する。
「ふははーっ!! 地面に足場つけばこちらのものよ!!」
解体の腕は拙いままだが速度は段違いだ。
鉄帝マグロ漁船1号が仕留めた装甲マグロが足場の上へ運び込まれ、非常に乱暴に解体され、錨を降ろした2番艦へと移される。
「一度冷やしてからにしてくださいっ」
味の方は期待出来ない気もするがカロリーにはなる。
魔法少女達も文句は言うが手は休めず、技術が必要な加工と積み込みを担当する。
「あぁ? クソ忙しい場所でふざけるな。喧嘩を売りたいなら本土に戻ってから買ってやるっ。だから止めろと」
つまみ食いの魚肉片を咥えた大柄軍人が振り返る。
先程から、背中装甲を突かれて鬱陶しかったのだ。
「……えっ」
そこには戦友はいなかった。
人間を頭から食ってしまいそうな大きさのカニが、異様に鋭いハサミを装甲の隙間に突き立てようとしていた、
「うぉっ!?」
この軍人は、装甲マグロに囲まれても根性で耐え抜き戦い続けることが出来る。
しかし太い血管を切られたり臓器を破壊されたら必ず殺される。必殺だ。
「援護をっ」
頼もうとしたが同僚達も同じ状況だった。
「カニだと」
「殻砕いて味噌啜ってやらぁっ」
「馬鹿野郎っ、敵の数を考えて技使えっ!」
大規模なの遠征に選ばれる精鋭なので死にはしない。
だが、解体中だった装甲マグロは全て奪われてしまい、2号艦の艦長に悲鳴をあげさせた。
●決断のとき
「ほぅ、稚魚まで出て来たか」
装甲マグロの血にまみれた老将が、また1匹甲板に引き上げながら目を細めた。
これまで見たことのない、隣の個体と比べると小さな魚が近くに見えたのだ。
「味はどうかのぅ」
クククと笑う様は悪魔や妖怪じみている。
最前線に出る老将に代わり実質的に指揮をとるダンが、距離を計算して一瞬動きを止めた。
「閣下、稚魚ではなく通常の個体です」
「うむ?」
「目の錯覚です。通常サイズの装甲マグロと、全長が倍以上ある装甲マグロです」
鉄帝マグロ漁船1号より大きな流氷が、特大装甲マグロによって文字通り粉砕され、白い爆発が発生した。
「いかんな」
地上でなら互角に戦う自信はあるがここは海。
特大マグロを仕留めても船が沈めば敗北だし、多分戦闘中に海に落ちて沈んでしまう。
「ワシが船をかばって砲で仕留めるのは」
砲を担当する士官が無理ですと断言する。
通常サイズですら一撃では仕留めきれないのだ。あのサイズなら装甲を貫けるかどうかも分からない。
「漁は次も出来る。船を沈めるくらいなら撤退すべきじゃが……」
小さな灯台に目を向ける。
「放置すれば岩礁ごと破壊される気がするんじゃよな」
勘でしかない。
だが、ダンの勘も老将と同じことを言っている。
「戦うかどうかは、ローレットのイレギュラーズ達に判断させましょう」
「うむ」
海戦と漁については自分達よりイレギュラーズの方が詳しいと冷静に判断し、2人は名より実をとる判断を下す。
そんな2人を、高空から白い影が見下ろしていた。
●出航数日前
時はしばし遡る。
イレギュラーズ達はローレットで慌ただしく依頼の説明を受けていた。
「鉄帝国軍からの依頼なのです!!」
『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)の態度は相変わらずだが内容は重大だ。
軍人個人からではなく国軍からの依頼だ。
扱うものがとても大きい。
「鉄帝は腹減りぺこぺこなのです」
強大な国土と軍事力を持つ鉄帝国のアキレス腱は、食糧事情である。
逆説的には、だからこそ強大な軍事力と精力的な拡大政策が必要であるとも言える。
「ネオ・フロンティアと色々あったのは知ってるです?」
先の第二十二回海洋王国大号令に『一枚噛んだ』鉄帝国は、鉄帝国は広大な海での活動範囲を幾ばくか広げることに成功していた。
その成功を元に計画立案され、いよいよ準備が整ったのが北の海への艦隊派遣だ。
航海技術の向上や新規領土の発見など、目的が多数あることになってはいるが名目だけだ。
新規食料供給ルートの開拓。
これが最優先だ。
「次の航海は多分すごく危険なのです。だから」
かの海洋王国大号令のグレイス・ヌレ海域にて、鉄帝国海軍の大進撃を阻止した存在のこと帝国軍は忘れていない。
かの大海賊と邂逅し共に戦い。
かの大魔種、冠位嫉妬を滅ぼし。
恐るべき滅海竜を鎮め、海洋王国を新天地に導いた存在のことを忘れることなどあり得ない。
「一緒に船に乗って、未知の寒い海に一緒に乗り込んで欲しいっていう依頼なのです!」
危険は特大。
未知も山盛り。
だいたい脳味噌筋肉な軍人達も今回は完全に味方だ。
「グッドラック! なのです!!」
北の海が、イレギュラーズを待っている。
- 鉄帝マグロ漁船。北海を征く完了
- GM名馬車猪
- 種別長編EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年11月10日 22時10分
- 参加人数20/20人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 20 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(20人)
リプレイ
●極限の海
吹き付ける風は強く、一瞬でも気を抜くと甲板から吹き飛ばされてしまいそうだ。
思ったよりべた付きはしないが、容赦なく体温を奪い鉄帝人を消耗させていた。
「私がかわるのです」
『マリンエクスプローラー』マリナ(p3p003552)はこんな状況でも元気だ。
着込んでいるのは魔法強化済みとはいえセーラー服なのに、凍気じみた寒さに平然と耐えている。
帽子は鮮やかな海色と白色で、アホ毛が一房元気に立っていた。
「む」
「ご飯休憩なのです」
見た目は子供でも説得力がある。
マリナの倍以上生きている鉄騎種軍人が、実にあっさり誘導され船内へ下りていった。
「参謀長、潮の流れが変わる。80メートル先だ」
『風読禽』カイト・シャルラハ(p3p000684)は漁師でも戦士でもなく士官としての態度でダン・ドラゴフライへ報告する。
鉄帝戦艦にして実質マグロ漁船の船長でもある司令官が、意味を理解するより早くダンに対して頷いた。
「操船、敵との距離を可能な範囲で維持しろ」
「了解なのです……!」
マリナは真新しい操作盤でエンジンと舵を操作する。
風の変化と潮の流れ、船体の状態から敵との距離まで考慮に入れて操作するのは非常に難易度が高いがマリナならやれる。
「砲術、砲撃のタイミングは任せる」
「了解!!」
可愛らしい顔立ちにきりりとした表情を浮かべ、『(((´・ω・`)))』ヨハン=レーム(p3p001117)が臨時の部下達に指示を出す。
「再装填用のカートリッジを確認して。敵は装甲マグロ。リヴァイアサンと戦った時よりはましでしょうけど、パワー感じる名前なので気を引き締めて行きましょう!」
応、と元気な返事が返ってくる。
しかし手際はお世辞にも良いとはいえず、ヨハンが陣頭指揮を執ることでなんとかマリナの邪魔をさせないので精一杯だ。
「大変だな、ダン兄」
カイトが普通の音量で言う。
大声を出さないと風と波でかき消されるので、内緒話をしているようなものだ。
「鉄帝だからな。それより仕事をしろ航海技術顧問。海洋に恥をかかせる気か?」
幼い頃から知っているカイトに、隠そうとしても疲労が目立つ声をかける。
「了解だ参謀長。海はしばらく安定するはずだ。マグロを除いてな」
甲板に警告音が響く。
「さぁ行くぞ! 全弾装填! オールハンデッド!! 撃てぇ!!」
高初速の砲弾が大気を揺らす。
大重量の鉄帝軍人が転がり落ちかねないほど強い衝撃が甲板を襲う。
マリナの操船がなければ、2、3人確実に落ちていたはずだ。
「着弾!」
海面が爆発し何かの破片が飛び散る。
マグロの形をした怪物が、分厚い前面装甲を5分の1ほど破壊され血を流していた。
「これも鉄帝らしさというべきかな」
一歩引いた場所で鉄帝艦の動きを眺めながら、『ストームライダー』メリッカ・ヘクセス(p3p006565)が難しい顔をしている。
鉄帝が重視するのは武力。
外交はソレを活かした乱暴なものになりがちだ。
「彼等に事情があるのは承知してるけどもね」
海洋人であるメリッカとしては、武力をブン回して暴れられるよりは自活してくれた方が断然嬉しい。
今は一応同盟しているとはいえいつまた戦争が起きるか分からない相手なのだ。
「キチンと自活できるようになろうと努力している……のだと良いのだけどね」
腹が一杯になったら元気に侵攻を始める気もする。
「ままならないな」
メリッカは魔力を高め、装甲マグロが近づくのを待った。
「マグロだ! しかもでっかいし食いでがありそうだね! 2、4、いっぱいだ!!」
小型故に鉄帝船の数倍揺れる船の上で、『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)は平衡を保ったまま獰猛に笑う。
あれほどの砲撃が直撃しても装甲マグロは沈まない。
流した血以上の獲物を食らおうと、鋼鉄の装甲を持つ船へ集団で襲いかかろうとしている。
「オレはイグナート」
堂々と名乗りを上げ拳を突き出す。
マグロは言葉を理解する知性を持たない。
だが、イグナートが生死をかけた戦いを挑んできているのは本能で理解出来る。
「ヤろうぜマグロちゃんよぉ!!」
言葉の騒々しさとは逆に動きは静かで美しい。
船がどう揺れるかまで把握および予測して拳を構え直す。。
波に押され、小型船ごと装甲マグロに迫り、すれ違う瞬間鉄騎の拳がマグロの頭に突き刺さる。
並みの兜より数倍分厚いのに、拳の圧倒的威力により突き破られて中身に甚大な被害が出る。
マグロが無理矢理泳ぐ方向を変える。
大量の血を流しながら、イグナートが避けても小型船を突き破るつもりで猛加速する。
「ハッ」
闘志、称賛、歓喜。
様々な感情が心身を満たし、それとは無関係に正確な操船を行う。
装甲マグロの体が押し出す海水の流れにのせて、小さな船をぎりぎりで回避を成功させる。
2度目の拳が、活け締めと同じ効果で以て魚の怪物を殺害した。
「こいつはいいな!」
鉄帝マグロ漁船1号から飛び出したカイトが魔改造漁船を操る。
マグロが直線で速度を稼がないよう横から攻めて速度を低下させ、ひとたび隙を見いだせば緋色の羽を放って鱗装甲と鱗装甲の隙間をこじ開け深い傷をつける。
流れていく血が海の中で見えるほどの出血量だ。
「生臭いのは慣れてるし、むしろ好きだぜ? 美味しそうで」
今のカイトは、漁師であった。
●漁
砲弾が正確にマグロを打つ。
ヨハンが苦心して作り上げた砲撃は1つの群れに十分なダメージを与える、しかし砲撃のみで仕留めるには不十分だ。
マグロ型モンスターは戦術を考える能力も実戦で磨いた技もない。
頑丈な体と、そこそこの速さがあるだけだ。
それだけで十分過ぎる脅威なのだ。
大きな海棲モンスターを襲われても、固くて重いものを高速でぶつければだいたい勝ててしまうのだからら。
「良い船ですね」
マリナは操船中も海から目を離さない。
まだ4尾もいる装甲マグロが、魚雷を思わせる速度と破壊力で一直線に迫る。
「余波で沈んだりは……しなさそうです」
マリナが舵を固定し力を使う。
潮の流れが変わる。
華奢な少女であるマリナによって、海という巨大なものが変化する。
一際大きな波が船と平行に発生。加速しながら巨大な壁として4尾のマグロと正面衝突した。
「なんとな」
司令官が呆然とする。
あれだけ砲撃を浴びせても装甲に傷を入れるのが精一杯だったマグロが、全身を無残にひしゃげさせて血を流している。
マグロ同士十分な距離をとっていたのに全ての個体が蹂躙されて深手を負った。
その上、装甲の厚い頭部とは比べものにならないほど脆い腹を鉄帝人とイレギュラーズに見せていた。
「落ち着いて。砲撃は1個体に集中。死体の回収は司令官に任せて僕達は攻撃を」
海戦が始めての者が多い鉄帝軍人達とは違って、ヨハンは冷静さを保っている。
戦場は広く敵の数は多い。
今船体に大きな傷をつけるようでは、港に戻るまでに沈んでしまう。
「全弾着弾!」
3つの弾が装甲が外れた頭部に命中。
脳まで破壊された装甲マグロが、浮力を上回る重さにより沈んでいった。
「これなら」
メリッカから大量の魔力が噴き出す。
青白く輝く猛々しい力を手のひらにまとめ、残存3尾のマグロが一直線に並んだ瞬間手を振り下ろす。
空気も海水も貫通し、大重量のマグロ肉が3尾分断ち割られた。
切断されたマグロが何故か浮かび上がる。
それを支えているのは、優れた五感を持つイレギュラーズでも数え切れない数の、いわしだ。
「……えっ」
司令官の思考が空転する。
何故いわし? いわしってこんな性質してたっけ?
歴戦の武人が混乱してしまうほどの衝撃があった。
「しれーかん! パパの群れが支えているうちに甲板に引き上げて!!」
『いわしを食べるな』アンジュ・サルディーネ(p3p006960)が真剣かつ堂々と要請する。
いわしがいるのが正しい。
いわし即ちエンジェル。
司令官の中の常識が1つ塗り替えられ、いわし達に真顔で挨拶しながら部下達と協力して大きなマグロ肉を甲板へ引き上げる。
海中に流れた血と細かな肉片がいわしの腹に消えていることに、イレギュラーズだけが気づいていた。
●迫るタイムリミット
「超大型装甲マグロとの距離500!!」
「操船、進路を南に変更しろ。……これまでか」
戦場で司令官が無念の決断を下したとき、『甘姿不屈』ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)は冷たい海の中で泳いでいた。
(寒っ)
もともと海は冷たいものだがこの海は特に酷い。
(いやぁ。イレギュラーズにひっつかまれて船に放り込まれて、何事かと思えば鉄帝国の漁船にのってマグロ漁とは……)
海洋人であるベークとしては、色々思うことはある。
つい最近ネオ・フロンティアを攻めて来て、今は和平を結んでいるてはいるが反省しているようには見えない国からの依頼なのだ。
(いえまあ、海洋領海を荒らされるくらいならそういう風にしてくれた方がありがたいのはそうなんですがね)
マグロ漁船一号を振り返る。
船としては全く洗練されていないが、部分部分の能力は馬鹿に出来ない。
ベークはため息の代わりに加速して気分を切り替える。
全長50センチのたい焼きにしか見えなくても、彼もまた歴戦のイレギュラーズだ。
(じゃあまぁ、僕も少しは頑張りましょうか……。海は僕たちの領域ですしねぇ)
海底へ向かう潮の流れを避け、西に向かう流れに乗る。
ベークは尻尾を動かし、無傷の装甲マグロ集団へ迫る。
装甲マグロは、活きの良い海老を食べていた。
(味には期待出来そうだ)
ベークはマグロを恐れない。
1集団を単独で殺戮出来るからではなく、マグロを獲る方法を知っているからだ。
流れから下り、ぐるりと大回りしてマグロを追い抜く。
甘い、膨大なカロリーを感じさせる匂いが、野生に生きる装甲マグロの食欲を爆発させた。
(さてと)
追って来るのは10尾を越える装甲マグロ。
ベークがいくら強く水中戦が得意でも、この数を相手にするならまず負ける。工夫なく戦えばだが。
(魔力や霊気は感じない。いけますね)
魔力障壁を張る。
速度が落ちて先頭のマグロに追いつかれ、マグロよりもサメに近い歯で噛みつかれる。
だがダメージも衝撃もない。
ルーンシールドは今日も絶好調で、合計14尾を漁場へ連れて行くまでベークは無傷であった。
「うう、なんて寒さですの」
マグロ漁船一号では深刻な問題が発生していた。
過酷な環境に強い鉄騎種であり、精鋭のイレギュラーズでもある『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)が身体を抱えるようにして震えている。
防寒対策をしているのにこの状況だ。
鉄帝軍人達からも体調不良者が続出していた。
「ヴァリューシャ大丈夫かい? 風邪引いちゃ駄目だよ?」
『白虎護』マリア・レイシス(p3p006685)は本心から気遣うが、止めろとは言いづらい。
「でもゼシュテルでは皆がお腹を空かせて待っているのですもの、頑張らないといけませんわねっ!」
今回回収出来たマグロ肉には脂がのっている。
獣肉ほどではないが高カロリーであり、生活水準の平等も掲げる教派に属するヴァレーリヤにとっては天からの助けに等しい。
彼女のように善良ではなくても、彼女に似た思いを持つ軍人は大勢いる。
彼女も軍人達の多くも限界を超えてマグロ漁に力を入れ、危険なほど消耗してしまっていた。
「ご主人、親分! マグロは美味しいですの! わたくしも頑張りますわー!」
マリア・レイシス領VDMランドのマスコット、外見はコメディでも武力も魂も本物のトラコフスカヤちゃんが、成人男性の拳ほどもある肉塊を倒れた軍人の口に押し込んだ。
「生臭! くない、柔らけぇ、酒欲しぃ」
軍人に活力が戻る。
マリアと目が合い、無言で深く頷いてトラコフスカヤちゃんからマグロ肉運びを引き継いだ。
「親分、司令官からの差し入れですわー」
ヴァレーリヤの肩から毛布をかける。
止めても止まらないのはこのマスコットも知っているので、それ以上のことは出来なかった。
海面でぱしゃりとたい焼きが跳ねる。
「今日の餌はあなた達です!!」
ベークの声が海の中へ響く。
マグロ漁再開の合図だ。
「ふっふっふ、いつでも来なさい晩ごはん達! 美味しそうなエビが刺さったこの釣り針で、捕らえて差し上げますわーー!」
まず仕掛けたのはヴァレーリヤだ。
素晴らしく頑丈な竿を借りて釣ろうとする。
内陸ではとんでもない高値のつく大型海老が、複数のマグロに食い付かれて無残に砕けた。
噛みつく力が強すぎて極太の釣り針もぺしゃんこだ。
「え!? 何!? 混沌のマグロってこんなにアグレッシブなの!?」
マグロのふてぶてしい面構えと獰猛さに戸惑うマリアだが、戦闘面での遅滞は皆無だ。
上空の天候をねじ曲げて雷雲を発生させ、巨大な雷を海へと落とす。
効果範囲は直径20メートル。
海と比べれば極小でも攻撃術の効果範囲としては特大だ。
マグロの群は痛みに怒って加速しようとして、何故か速度が出ないことに気付く。
特殊な技に必須なエネルギーを、雷に奪われたのだ。
「えっ、これ鋼鉄船に突っ込んできますの!?」
唯一エネルギーが残っていた個体が単独で加速する。
分厚い鱗の上からでも分かるほどに肉がみっしりとしていて、瞬時にカロリー計算したヴァレーリヤの目が獰猛に輝く。
「これでも喰らいなさい!」
一瞬で竿からメイスに持ち替え、高々と聖句を唱えて真正面からマグロをぶん殴る。
鱗と中身がひしゃげる音が、波の音をかき消すほど大きく響いた。
「流石はヴァリューシャのどっせいだね!? すごい威力!」
「やったーーー! マリィ、倒せましたわっ! 網! 網を持って来て下さいまし!」
「親分! 網借りてきましたー」
他のマグロが反応できないほど手慣れた3人がかりの連携で、とんでもない重量のマグロ肉を甲板に引き上げる。
軍人達が歓声をあげ、マグロの群から殺意が押し寄せた。
冷たい風の中を羽持ついわしが泳ぐ。
現実離れした光景だが現実だ。
「アンジュ、マグロって嫌いなんだよね。いわし食べるから」
羽持ついわし――エンジェルいわしがアンジュの後ろに隠れる。
いつもは活力に溢れた陽性のアンジュが、煮えたぎる感情を穏やかな表情に隠している。
「今回のマグロはえびも食べるんだよねー」
海老もだ。
コロニー・ザ・サルディーネ、アンジェ曰くパパの群は、何度か捕食目的で装甲マグロに襲われたと伝えてきている。
伝達方法はいわしを使ったマスゲームとかそんな感じだ。
アンジュが微笑む。
怪獣が牙を剥いたような、あるいはいわしの群が反撃を行う直前のような、殺意に満ちた微笑みだ。
「まー、何にせよいわしに優しくないのは確かだし。徹底的に獲って、いわしにとって平和な海をつくろ☆」
それが号令であった。
いわしの大群……大軍? がマグロ肉の回収を止めて攻撃に参加する。
透き通る海の中で三次元の陣形を組み、一部が差し違えるのが前提の突撃を開始する。
これこそがいわしミサイル。
明らかに対軍勢、対水中の必殺技であった。
なお、参加しているいわしが泣いているように見えるのは気のせいかもしれない。多分。
それまで装甲マグロの群れを翻弄していたベークが戦場を離脱する。
たい焼きといわしが乱舞する戦場は、気を強く持っていても精神力がごりごり削られる。
「儂もう惚けたのかのぅ」
司令官を含む大勢の軍人達が己の正気を疑う中、通常サイズ装甲マグロの最後の群が崩壊した。
●巨魚到達
「最高速で固定でごぜーます」
マリナは操船に集中するしかない。
小型船に匹敵する大きさの巨大装甲マグロが、マグロ漁船1号の全速と同じかやや上回る速度で追って来ているのだ。
海洋の船乗りほどの航海術を身につけていない軍人達が操船すれば、まず間違いなく船を攻撃されてしまう。
「攻撃は船尾砲塔だけ。第1と第2砲塔の人員は船体防御に集中」
ヨハンは鉄帝人だが鉄帝の技術水準を過剰評価はしない。もちろん過小評価もしない。
「後は砲塔の判断で自由に射撃を」
砲撃に関する指揮を引き継ぎ、一度だけ大きく息を吐く。
重いものが肩から取り除かれる錯覚があった。
意識できなかっただけで、かなり緊張していたらしい。
「範囲回復します。手隙の人は集合!」
士官ではなく1イレギュラーズとしての仕事を再開する。
マグロと直接戦うのはイレギュラーズでも、苛酷な環境で船を維持してマグロ肉の回収にも参加しているのは軍人達だ。
大小様々な傷を負っており、かなり強力な癒やしの業でも完全回復しない。
何度も使えたなら全快するのだろうが、ヨハンの魔力も無限ではないし魔力の回復にも時間がかかる。
「クソ、なんて筋肉だ」
カイトが回避能力を駆使して水面近くの巨魚を引きつけようとする。
しかし巨大マグロは大きすぎてカイトを食べ物として認識していない。
イグナートの右腕がぎしりと鳴った。
背後には、巨大な食材を複数積んだ鉄帝の船。食材は1つで複数の子供が冬を越せるほど栄養満点だ。
目の前には重さと固さと速度を兼ね備えた水中モンスター。しかも倒せば膨大な量の肉が手に入る。
「たまらネェナ!」
観客が1人もいなくても、ラド・バウの大舞台に匹敵する戦場だ。
マグロが浮上する。
イグナートと小型船めがけ、小さな工夫など文字通り踏みつぶせる体当たりを仕掛けた。
拳を繰り出す。
腕に重度の呪いがかかっていても、幾度も死地を乗り越えたイグナートは見事使いこなす。
「名乗り口上の代ワリダ。受けトリナ!!」
無数に生えた牙の上、1センチにも満たぬ装甲のない箇所をイグナートの拳が砕く。
カウンターの成功により生じた衝撃が肉と骨に伝い神経を苛み、巨魚を痛みで震わせた。
大波が発生する。
突風じみた並みが小型船をさらいイグナートを海面に落とした。
ヴァレーリヤのメイスから噴き上がる炎は、天まで届く柱のようにも見える。
甲板に転がるマグロが濃い血の臭いを漂わせ、炎の照らされ地獄じみた環境を形作る。
「貴方の怒りは理解しましょう」
真摯で敬虔な聖職者として宣言し。
「ですが、私達が冬を越すためには、貴方達が必要なのでございますわー! これでも喰らいなさい!」
彼我のサイズ差を理解した上で無視をして、ヴァレーリヤが甲板から襲いかかった。
「雷光の鉄槌を受けるといい!!! 生きる為に君の命が必要なんだ!」
ヴァリューシャの夢のためにここで死ねと言外に宣言して、一見威力は控えめな、長期戦になればなるほど凄まじい威力を発揮する雷をマリアが連打する。
無尽蔵の体力と魔力を誇るドラゴンであるなら話は別だが、強いとはいえただのモンスターでしかないマグロは数分も耐えられない。
魔力が完全に尽き、速度を上げての突撃が全く出来なくなった。
ヴァレーリヤの上体が揺れる。
負傷と長時間の戦闘と重労働で限界が近い。
巨大なマグロも同様だ。
即座に何かを食らわねば別の生き物の餌になるしかないと直感し、ヴァレーリヤと彼女を庇う1人と1体に大口を開けて迫った。
「強装弾!」
ヨハンが命じる。
「強装弾了解。撃ちます!!」
砲手が即座に反応。
砲身に罅が入る音がする。
マリアの頭上数十センチを砲弾が通過。
特大マグロの大きな口から入って内側から脳と神経をぶち抜いた。
「総員耐衝撃っ」
反動で艦が揺れる。
「ごしゅじーん!! おやぶーん!!」
大勢の鉄帝人とその仲間が甲板から転落。
絶命し腹を上にして浮く巨大装甲マグロに捕まり、なんとか溺死を避けるのだった。
●最北の灯台
天然の日差しがスポットライトを向けても、魔法少女達の輝きには敵わない。
「魔法騎士セララ!!」
「&マリー参上……」
明るく元気な『魔法騎士』セララ(p3p000273)。
その背後を固める『号令者』ハイデマリー・フォン・ヴァイセンブルク(p3p000497)。
そして、黄色い声をあげる鉄帝魔法少女隊の面々と涙を流すその隊長と、強力な人形兵団を引き連れ授業参観のノリで乗船したアイリス・フォン・ヴァイセンブルグ。
実に混沌とした光景であった。
「先に行ってるね。マリー、ちゃんと相手してあげないと駄目だよ♪」
セララは大型輸送船の甲板から低空飛行で飛び去った。
「申し訳ありません!」
フランシスカ・ミッターマイヤーが深々と頭を下げる。
「隊長の席は空けておくつもりだったのに……ダン様がっ……」
沈着冷静で知られる魔法少女隊隊長が、ただの少女のように泣いている。
(セクハラ? まさかそんな)
内心混乱するハイデマリーの胸にフランシスカがすがりつく。
「で、なぜ魔法少女が増えてるでアリマスか。私の部下として、あの仮設部隊海洋の時だけじゃなかったでありますか?」
ハイデマリーは甘やかさない。
今回の魔法少女の人事は、今後数十年に影響しかねない。
「答えるのであります。ミッターマイヤー、本当に可決させたのですか?」
鉄と血の鉄帝に魔法少女が正しく参加するかどうか。
非常に重要な事柄であった。
「はい、頭数が足りないからってっ」
フランシスカはだいたい察した。
非脳味噌筋肉の頭数を増やすため、ダンを含む文官達が影響力を行使したのだ。
「手続きが面倒だからって私を隊長にっ」
艦隊編成の激務の最中に、複雑な内容の申請を通す時間がなかっただけである。
艦隊が港に戻ってしばらくして申請すれば、部隊名と人事の変更はしてくれるだろう。今回の遠征が成功すればだが。
「そう。改善すべき点はあるけどよく頑張ったであります」
「隊長!!」
感極まったフランシスカが抱きついてくる。
良い友人を持ったのねとアイリスがハンカチで目の端を押さえている。
ハイデマリーは遠い目をして水平線から上を超視力で警戒し、ファミリアーの視界とあわせて警戒を続けていた。
「おらぁっ、蟹味噌1丁あがりぃ!」
大型輸送船から見下ろせる岩礁で、カニ対鉄帝軍人の激戦が続いている。
「また滑っ……こんな所にもカニがっ」
戦場は幸運と不運が連続して混乱し、しかし軍人達が地力で上回っているためチャンスを掴みピンチをなんとか防いでいる。
(この流れ、通信教育で見たあれです)
清楚な海洋美少女の顔で内心そんなことを考えながら、『うつろう恵み』フェリシア=ベルトゥーロ(p3p000094)が舷側から岩礁へ指示を出す。
「順番に船に戻って下さい。甲羅焼き……おなべ……カニぐらたん……カニ汁……全部あります」
風の向きが変わった。
大型コンロが甲板にずらりと並べられ、鉄板や鍋やオーブンが高熱を与えられて最後の仕上げが終わろうとしている。
匂いは強い風に負けないほどに濃い。
大食漢どもがごくりと唾を飲み込み、負傷者と疲労した者を船へ戻して来た。
「出来るだけ集まって下さい。そこにもう少し、はい大丈夫です。30秒じっとしてください」
フェリシアの妙なる歌声が鉄騎種達の傷を癒やす。
頑丈な分負傷の蓄積も激しく、ソリッド・シナジーを使う必要があるほどだった。
「そこのあなた達」
暖かい飯という最高の補給を得て戦場へ戻ろうとする軍人達に、『嫉妬の後遺症』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)が声をかける。
言葉は厳しいが声は柔らかで、ここが戦場でなければ独り身の軍人が殺到したかもしれない。
「食材を無駄にするのはどうかと思うのだわ」
食料が貴重な鉄帝では、言われたくない台詞ナンバー1に近い言葉だ。
「別に無駄にしている訳では」
「戦闘での欠損は不可抗力だ……でしょう?」
魔法少女以外に女性軍人もいるが、料理に関しては男性軍人と同レベルらしい。
華蓮は言い訳ばかりする子供を見る目をしている。
新たな性癖が芽生えかかっているのを自覚しながら、軍人達は反論になっていない反論を続ける。
(鉄帝の人達の勢いは確かに好ましいけれど)
面倒見の良さが暴走する。
とても小さく可愛らしい手で、解体用の大きい包丁を軽々構え、宣言する。
「ほら、まずは一旦こちらを見て欲しいのだわ! カニっていうのはね……」
討伐に苦労したカニの殻が簡単に外されていく。
大きな胴も、複雑な形状の腕も、最小限だけ破壊され殻が外され身が剥き出しになる。
「戦うときにも意識するのだわ。では魔法少女の皆さん、冷やすのはお願い」
「了解。2班で運ぶのであります。フランシスカの班は……」
本来あるべき立場についたハイデマリーは、己以外のイレギュラーズの技能もどんどん利用している。
巨大やカニや装甲マグロをいくら集めても鉄帝という巨大な胃袋を満たすには到底足りない。
イレギュラーズと鉄帝軍に出来るのは、少しでも多くの肉を本土に持ち込み飢えの深刻さを和らげることだけだ。
「廃棄予定の魚肉あるでありますか」
「この後調理してしまうつもりだったけど、使う?」
華蓮が甲板の一角を示す。
ハイデマリーの指揮下で、魔法少女達は海面下のカニを誘き寄せる準備も始めていた。
●岩礁
「どこの国も食糧は大事だよねー。生き物は食べなきゃ死んじゃうもの」
目の色を変えてカニを追い回す軍人を眺め、10歳程度にしか見えない姿と声の『絶望を砕く者』ルアナ・テルフォード(p3p000291)がしんみりとつぶやく。
(でもちょっと下手だと思う)
体力と腕力があるのは確かだが有効活用出来ていないよう感じる。海での戦闘に不慣れなのかもしれない。
「わたしがカニさん引き付けるから、纏めて叩いてくれないかな?」
礼儀正しく、そして説得力がある。
圧倒的な力が醸し出す説得力ではなく、地に足ついた知恵に裏付けされたものだ。
「それではー、ごほん。かにさんかにさん。わたしが美味しく食べてあげるから、大人しくしてくれないかなー?」
無理に戦おうとはせず岩から岩へ跳び移る。
挑発して1つだけカニが追って来たときは安定した岩の上から突きを繰り出し殻の中央を刺し貫く。
死亡し倒れたカニは、軍人2人がかりで輸送船に運んでもらう。
「あっ、4匹」
岩と岩の間に潜んでいたカニも名乗り口上に釣られて現れる。
まとめて相手にしても勝つ自信はあるが怪我をするのも馬鹿らしい。
「3匹は任せなさい」
とても落ち着いた声が響く。
水面すれすれをコウテイペンギンが飛ぶような速度で泳ぎ、カニ3匹に接触する寸前に全身を回転させる。
回し蹴りだ。
蹴りは衝撃並を伴いカニの甲羅を凹ませる。
小さめの個体にはこれだけで致命傷で、口から泡を吹いて後ろ向きに倒れる。
(海洋とは、また別の気候、別の顔の海になるな)
コウテイペンギンの姿をしていても、『絶海武闘』ジョージ・キングマン(p3p007332)の重厚さは変わらない。
並の剣より硬く粘り強いハサミを左右の羽で的確に弾く。
大きくバランスを崩したカニへ波浪が崩れるようにクチバシが突き刺さり、波が寄せては返すよう引き抜かれた。
十分に硬いはずの殻にクチバシサイズの穴が開き、中身がとろりとこぼれる。
海洋式格闘術、基礎の壱。
極めれば基本技も必殺技になるという、実例であった。
「ありがとうございます!」
1対1なら大丈夫だ。
華やかな容姿とは逆に堅実な剣技で傷を負わずに仕留め、ルアナは次のカニを探す。
(ちょっと大変。でも、倒せたらそれだけ沢山のカニさんを持って帰れるってことだもんね)
心構えが勇者のそれに近いことに、彼女はまだ気づけていない。
『雷虎』ソア(p3p007025)がするりとカニの後ろに回り込み、振り上げられたハサミに噛みついた。
かぷり、などという生易しい噛み方ではない。
奥歯が殻を砕き犬歯で殻を貫く、猛々しい虎の如き一撃だ。
「ちょっと活きが悪いかな」
ハサミを開放した瞬間に足でカニを蹴り、宙で1回転して岩の上に着地する。
かなりの時間戦っているのにソアの消耗は少なく、腹はあまり減っていない。
つまみ食いによる成果であった。
「んー、海ーって匂いがするけど」
海上とは違う匂いに鼻をむずむずさせる。
腕の毛並みをペロリと一舐め。
ベタつき加減と塩辛さが予想以上であることに気付き、不満そうに頬を膨らませた。
「潮風が心地いいね、ソア? 磯の匂いもまた格別だ」
海底から現れた個体をナイフとフォークで料理しながら、『饗宴の悪魔』マルベート・トゥールーズ(p3p000736)が楽しげに笑う。
「けど髪や毛が傷んじゃうから、帰ったら繕ってあげようね」
「ありがとっ。船の上がいいなっ」
ソアは不安定なはずの足場を危なげなく走り抜け、ハサミに傷を負ったカニを虎爪で以て引き裂く。文字通りにだ。
「大きいのいたっ」
止めは近くの軍人に押しつけソアが飛び出す。
一際大きなカニが黒々としたハサミをソアに突き刺そうとして、ソアがいきなり数倍ほど加速したのに気付く。
「いただき!」
ソアはカニ腕の太さに釘付けだ。
惜しみなく力を使って関節部を破壊。
取り外すついでに胴へ止めに一撃を突き刺し片手で高々とカニ腕を掲げる。
「どうー? 1番美味しそうでしょっ」
少女と虎と精霊の純粋さと残酷さが違和感なく併存する、ソアらしい表情だった。
「美味しそうだ。私も負けてはいられないね」
マルベートはにやりと笑って黒きマナを纏う。
彼女によってソアへの襲撃を邪魔されていたカニが、横幅2メートルはある体を恐怖で震わせるが気付くのが遅すぎる。
「存分に血と涙を流したまえ。血抜きの代わりになるしね?」
ソアが獲物を見る目になる。
マルベートが鷹揚にうなずくと、ソアは混乱するカニを1匹ずつ豪快に解体していった。
「鉄帝の皆は食糧不足で辛い思いをしているんだ。この航海に鉄帝の運命がかかってる。気合いを入れていくよ!」
セララを先頭に魔法少女達が岩礁を蹂躙する。
一際目が良いセララが見つけて強烈な一撃を浴びせ、続く魔法少女が止めを刺し別の面々が船に運ぶ。
ただ、カニの数が減って漁の効率は明らかに落ちていた。
マルベートはソアを残して1人岩礁を離れる。
海水温度は低く、流れの強さもマルベートでも流されてしまいそうなほどだ。
(これはこれは)
急斜面の下を眺める。
日の光が届かず暗黒しか見えないが、永く悪魔として生きていた経験と混沌でのイレギュラーズとしての経験が同じ推測を告げている。
(大物がいるね)
距離はかなりある。
余程激しく刺激しない限り今回の戦いには間に合わないだろうが、敢えて危険を冒す必要もない。
マルベートは海面から20メートルほどを動き回ってカニを惹きつけ、再び岩礁へ歩いて上陸した。
「後20匹はいるよ。散らばっているから名乗り口上だと時間がかかりそうだ」
「ボクにいい考えがある!」
きらりと目を光らせるセララだが、具体的な手段を持って来たのはハイデマリーだ
「ありがとっ」
遠慮無く受け取って海に餌を撒く。
これまでイレギュラーズと鉄帝軍人がマグロ肉を死守していたため、巧妙に加工されたとはいえ元は屑肉でしかなかった餌がとてもよく効いた。
「波が……ってこれ全部カニぃ!?」
海面下の急斜面を登りカニ軍団が現れる。
マルベートが誘き寄せたカニは既に処理され戦力に余裕はあるが、一度に20数匹というのは少々多すぎる。
特に問題なのは、先頭を横向きに走る全高2メートル越えの重装甲海底カニだ。
「あ、海に落とそうとするのは勘弁してー!!! 風邪ひいちゃう」
ルアナは波と海底カニという脅威に同時に襲われ、しかしなんとか踏ん張って力を溜める。
「後任せるからっ。そこ!!」
カニがハサミを振り上げようとするタイミングで関節部を切り裂く。
重装甲を貫くには至らなかったが、魔力障壁に匹敵するほど固めていた防御が関節から崩れた。
「いつものやつで行くよ、マリー!」
セララが聖剣を高々と掲げる。
人の世界からは遠い北の空に、神々しい稲光が輝く。
「スキルは違ってたりしますが、まぁ何時ものでありますね」
合図もないのに2人が動き出すのは同時だ。
セララが前へ飛ぶ。
ハイデマリーは魔法少女装束を翻してレールガンの射撃姿勢をとる。
波もカニも止まって見え、風のベクトルも空気の温度も正確に把握する。
引き金を引いた瞬間体感速度が元へ戻る。
たった1つの銃弾が、大海底カニの足関節を貫通してカニにバランスを崩させる。
「ギガ」
光が落ちてくる。
無差別に振るわれたなら全てを焼き尽くしかねない雷霆が、魔法少女の力になるため一直線に墜ちてくる。
「セララ」
天雷を聖剣で受けとる。
ほんの少しでも制御に失敗すれば最低でも即死のはずなのに、雷霆はセララを焼かずに聖なる刃で神々しく輝く。
「ブレイク!!」
小さな体で振り下ろす。
装甲を無意味にする剣技が、まな板めいて平坦な岩の上に倒れたカニを貫通。
装甲が特に分厚い分体格の割りに小さな肉を、こんがり中まで焼き尽くした。
きゃー、と黄色い声が生じる。
かなり厳しい基準でこの艦隊に選ばれた魔法少女達が、キャリア的に大先輩であるセララに潤んだ目の向けている。
「これが魔法少女なのね」
良い仲間を持てたのねとアイリスが涙ぐみ人形に新しいハンカチを差し出される。
そんなやりとりを、妹持ちの軍人複数が分かるという顔で見守っている。
「いっそ殺せであります」
実績と能力を兼ね備えているとはいえハイデマリーはまだ10代前半だ。
職場での姿を姉の1人に知られることも、姉に魔法少女のノリで援護されるのも、精神的負担がとっても大きかった。
「治療中の隊を除き全隊出撃してください。海底カニの士気が崩壊しました」
フェリシアの言葉が届いた瞬間、熱い飯を食べていた軍人が慌てて飲み込み、手入れ途中だった武器を構えた軍人が船倉から飛び出してくる。
英雄を讃える詩を通じてフェリシアの力が軍人達に与えられ、1人1人に対する効果は平凡でも部隊に対する援護としては非常に大きな効果になる。
「岩礁から転落すると危険です。カニに突き飛ばされないよう……」
軍人は本職だ。
これまで戦場を観察してきたフェリシアが方向と数を指示するだけで、的確に数を調節してカニ軍団の退路を断つ形で進出した。
「もう一暴れしても良いけど」
ディナーフォークとディナーナイフをそれぞれ模した魔槍を振るって血を落とす。
「折角の機会だからね」
カニを仕留めるソアをちらりと見て、マルベートは倒すためではなく調理するためフォークとナイフを使う。
押さえて、切る。
皿の上に載った料理に対してなら可能な者も多いだろうが、生きたモンスター級のカニを美味しいまま捌く技は美食の悪魔の面目躍如だ。
いきいきとした肉が切り出され、特大フォークにふさわしい大きさのままソアに差し出された。
「あーん」
ソアもまた豪快だ。
虎の形にふさわしい食欲で、永い生で鍛えられた舌で海の味を堪能する。
しっかり噛んで、口の中を見せない礼儀正しい食べ方でも消費速度は凄まじい。
マルベートが1匹カニを引きずってくると、喜んで受け取り殻をぱかりと割った。
「ボク、カニのおミソってはじめてたべっ」
(あっ美味しいかも……とても……!)
肉にとてもあう。
マルベートと視線を交わしてにやりと笑いあい、海底カニ包囲殲滅戦に加わるのだった。
●4番艦
「便利なものですな」
戦士としての能力はこの艦隊で最上位クラスである鉄帝軍人が、純粋な敬意の視線を『天穹を翔ける銀狼』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)へ向けている。
「効果範囲は目視で?」
「そうだ」
今回の遠征において戦闘艦1隻を預かる『天穹を翔ける銀狼』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)が、厳つい顔で静かに頷いた。
「2番艦からの報告。大型カニの排除は完了。新たな積み荷を心からお待ちする、だ」
テレパスは遠くまで届き、しかも片方が使えるなら通話可能だ。
波が高いときは難しいが今なら艦隊の艦全てと通信出来る。
「了解です」
鋼鉄要素が多い副官が深々と頭を下げる。
「おい、魔女の娘っ子どもは巧くやってるそうだ。下手な仕事をしたら恥ずかしくて陸に戻れねえぞ」
叱咤された軍人達は太い笑みを浮かべ、気合いを入れ直して慣れない見張りを継続する。
「距離100……いえ140、魚影!」
見張りが報告して来たがゲオルグは動かない。
北に意識を向け、海風で少し荒れた眉間の肌で皺を深くする。
「はぐれた装甲マグロですな。獲るなら兵に多少苦労させることになりますが」
副長は船倉をちらりと見る。
1番艦でイレギュラーズが仕留めた装甲マグロは膨大で、この船に限界まで積み込んでもまだ足りなかった。
そして限界まで積み込んだ結果、海面から甲板までの距離は短くなり船の速度は低下し機敏さも失われた。
だが、1尾から獲れる肉の量を考えると見逃すのは惜しいし、多少不利な程度で見逃すのは鉄帝的価値観では論外だ。
「1番艦からだ。船並みの大きさの装甲マグロに加えて、上空に白い鳥型モンスターを確認。……時間がない」
この艦隊はモンスターに勝つだけでは任務成功にはならない。
1隻失われるだけでとんでもない損失になる。
「最速で2番艦と合流する。マグロ肉の引き渡しを終えた後は1番艦の援護に向かう」
最もダメージが積み重なり、今後ダメージを受ける確率が最も高いのは1番艦だ。
見敵必殺が基本の面々の趣味ではないが、ゲオルグの命令の方が明らかに正しい。
「了解。……このまま鉄帝軍入りして欲しいですな」
本来の艦長である副官が、一度だけ肩を落としてから船へ命令を伝達した。
●3番艦
「承知したわ。はぐれマグロの漁、確かに引き受けました」
鉄帝マグロ漁船3号の艦長は、この艦隊唯一の女性艦長である『多翼操者』メルランヌ・ヴィーライ(p3p009063)だ。
複数の鳥を使役し複数視点から観察し、ほんのわずかな異常も見逃さない。
「1番艦と合流する前に1尾仕留めます。お任せしても?」
同乗する『空歌う翼』アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)に目をやる。
「アイアイ、ちょっと飛ばすよー」
アクセルはメルランヌに教えられた位置を前提に進路を決める。
複雑な海流と不規則に変化する風だけでなく、性能向上を目指した結果酷く扱い辛くなった艦そのものとも格闘する。
「凄いな。前回の航海とは別物じゃないか」
進水時からこの艦に乗る軍人が感動と後悔に同時に感じている。
海面に白い航跡が見えた。
群れからはぐれた装甲マグロが、生き延びるため戦場からの離脱を目指している。
「砲は動かさないでよー」
アクセルの言葉は軽快であると同時に重みがある。
(脂たっぷりで1尾であの量だ。安定して獲れるなら……)
鉄帝に住む多くの人間にとっての希望になり得る。
(政治なんて分からないけど、マグロを持って帰るとアッシュも助かるのかなあ)
それを理解した上で行動するアクセルは、鉄帝軍人達を従わせる威すら纏っていた。
「荒れてきましたね」
風が強さを増し、波が高くなる。
メルランヌはゲオルグのテレパスを待たず、賢いペットに通信筒を持たせて飛ばす。
ファミリアーのような五感共有は出来ないが、十分役目を果たしてくれるはずだ。
「アクセル殿、マグロがっ」
軍人が興奮する。
大量の魚肉が逃げてしまうのではないかと、それぞれの武器というより兵器を構えて一部は海に飛び込もうとすらしている。
「大丈夫大丈夫。十分近付くからね」
乗組員の技術の未熟さを計算にいれて舵とエンジンを操作する。
アクセルが直接操れるなら砲撃を当てる自身はある。だがこのまま撃っても弾の無駄だ。
鋼鉄の船体がぎしりときしみ、滑るように斜め前へ動いて装甲マグロと接触しかかった。
メルランヌが許可を与える。
軍人達が歓喜して装甲を削り取りロープ付きの銛を打ち込む。
「よい流れね」
メルランヌが満足そうに微笑む。
今の所、予想を上回る大漁だ。
一部のウォーカーのように生で食べる趣味はないが、新鮮なマグロ肉を見ると心が温かくなる。
カニも良い。それぞれソテーとクリームコロッケにすれば、どれほどの満足をどれほど大勢に届けることが出来ることか。
(どの国であれ、飢えた方は少ないほどいいわ)
飢えの辛さを知っているからこそ、メルランヌの士気は高く指揮も丁寧だ。
悪意なしで雑な血抜きと解体をやらかそうとした軍人を誘導し、ある程度マシな状態で船倉に納めるのを成功させた。
「船長!」
雲行きが怪しい。
雨雲も出てきて、空へ対する監視がアクセルの目でも困難になる。
羽音が聞こえた。
強い風に乗って滑空してきた小鳥が、メルランヌが伸ばした腕に柔らかく着地する。
(ツナ……サンド? この子何をご馳走になったの)
微かな香りから色々察しつつ、素早く通信筒を外して中身を読む。
「2番艦が撤退準備を始めたそうよ。私達は1番艦と合流してから撤退するわ」
情報共有と命令伝達はなされた。
マグロ漁船3号は、全力へ北へと向かう。
●灯台
「艦長。戦死者0、致命傷も0です」
「積み込みを優先しろ。治療は出航後に行う」
「了解。おい貴様等、休むのは船の中でだ。戦友も肉も1つ残さず運び込め!!」
4番艦が到着して撤収準備が加速する。
この場に運び込まれた装甲マグロは29。
倒したカニは大小あわせて60。
装甲マグロの大きさは言うまでもなく、カニも最も小さいものでも大柄な鉄帝人ほどもあり、船倉に入りきらない分が甲板に山積みされている。
「副長、ここは任せる」
その状況でゲオルグは艦を下りる。
副長以下は驚くが動揺はしない。
ゲオルグはそれほどの信頼を獲得している。
撤収が済んだ足場に踏み入れる。
船とは違って地面の上にある建造物だ。
鉄帝らしく頑丈重厚であり、常識的な環境で使うなら数年放置しても全く問題ない。
「足りないか」
「やっぱりそう思う?」
セララがふわふわ浮いて何かを運んでいる。
飛行可能な、つまり万一のときは即座に撤退可能な魔法少女達も、セララよりずいぶん少ない荷物を運搬中だ。
「足場拡張と灯台の追加装甲でどう?」
「それでいこう」
ゲオルグは即決する。
何人か工兵を寄越すよう連絡を入れて、自ら率先して海に入り灯台の土台の補強を始める。
海水の中のゲオルグよりはマシだが灯台での作業も辛い。
それでも、鉄帝生まれの少女達は、家族を思い力を絞り出す。
波がゲオルグの頭を越えた。
風が強まり波だけでなく海水の流れも早くなっている。
「艦長!」
重量級の鉄帝軍人達が、ジョージが集めていたカニの甲羅を携え到着する。
「ここに詰め込め。岩の隙間が空いている」
「了解!!」
冷たい海水に耐えてゲオルグ達が水中工事を続行する。
とても苦しく、しかし誰一人文句は言わない。
新しい漁場の確保は国家レベルの重要事なのだ。
鉄の固さと海水への耐性を兼ね備えた鱗と殻の効果は非常に高く、次に訪れた艦隊が大いに驚くことになる。
「出航します」
最後まで残っていたゲオルグ達の帰還を確認した直後、フェリシアが号令をかける。
錨が上がる。
強烈な流れがスクリューを回していない艦を動かす。
「これで……」
一段落、と言おうとして甲板にあるマグロの塊が目に入る。
船倉が一杯で入りきらなかった分だ。
胃がしくしくと痛む気がする。
艦の乗員と艦という国家の資産、そして餓死者を大いに減らせるだろうマグロ肉とついでにカニ肉に対する責任が非常に重い。
「みんな、まだまだお腹減っているわよね?」
華蓮が呼びかける。
解体時に出た余りで鍋やツナサンドまで作ったがあれは余技でしかない。
「バラして食べちゃうのだわ」
誰からともなく唾を飲み込み、船内が期待感で満ちる。
つまみ食いでは断じてない。
寄港するまで断食する訳にはいかないのだ。収納に困っている魚と蟹を食べてしまっても問題などある訳がない。
「次の航海にも参加する人は集まって。解体の仕方、覚えていて損はないのだわ」
華蓮は強いが圧倒的な腕力や剣技で敵を圧倒するタイプではない。
しかし包丁の扱いは一級品で、大剣サイズの包丁で頭を落として尻の辺りから一気に切れ目を入れて内臓を取り除く。
寒いとはいえ冷蔵庫や冷凍庫には及ばないので、相変わらず魔法少女達が酷使されている。
「この段階で冷やして船倉に入れても、別に構わないのだけどね?」
悪戯っぽく笑って料理を開始する。
三枚におろして肉塊を切り出し、肉塊から刺身と漬けとマグロステーキへ加工する。
「大丈夫、まずは皆もやってみて!」
本当に大丈夫だ。失敗してもそのまま食べられるし醤油を垂らすだけでも結構いける。
なお、1番優遇されているのは人間冷蔵庫兼冷凍庫兼戦力として扱われていた魔法少女達である。
「次もいっぱい獲れたらいいのだけど」
荒れる北の海と空を振り返り、華蓮は物憂げにつぶやくのであった。
●空からの脅威
「ずぶ濡れになっちゃった……ヴァリューシャ寒くない? こっちへおいで? 皆で温まろう!」
船倉から甲板に引っ張り出されたストーブの前でマリアが手招きする。
彼女の態度には下心というにはあまりに純情なものが含まれていて、察しのよい軍人は周囲から他の軍人を去らせている。
「ふふ、ありがとうマリィ。働いた後の火の暖かさは格別ですわねー! トラコフスカヤちゃん、近付くのはいいけれど、尻尾焦がさないようにね?」
2人と1体は健在。
しかし体温の低下は深刻だ。
ヨハンが限界まで治癒術を使っても戦闘可能なほど回復しないい。
「いわしビーム!」
自称水鉄砲、実質的ウォーターカッターを使いアンジュが巨大マグロを解体している。
軍人達が総出で引き揚げ作業をしてもなかなか進まない。
相手が大きすぎるのだ。
「ぬぉっ」
軍人達がバランスを崩す。
水面下からマグロを支えていたいわしの群れが、逃げ散ったのだ。
「変な鳥いる。やば」
アンジュは、いわしの撤退支援を最優先した。
「海鳥? 馬鹿な、大きさが」
空から舞い降りる白い鳥は、歴戦の軍人の現実感を狂わせるほど大きく、力強い。
高空からの急降下攻撃が成功すれば、船が一撃で沈むことも有り得た。
「鳥類の頂点たる猛禽に喧嘩うるとはいい度胸じゃねぇか」
緋色の鷹が単身で舞い上がる。
速度も位置エネルギーも負けているのは承知の上。
煌めく三叉蒼槍を鮮やかに振るい、マグロの血で塗れた顔に雄雄しい笑みを浮かべる。
「ボスマグロは俺の獲物だ、ぽっと出のお前には喰わせてやれねぇな!」
巨体が押しのける空気の流れがカイトを揺らす。
その揺れをも計算に入れて、恐るべき速度で迫る爪を胸すれすれで回避する。
「鈍いなぁ!!」
接触すれば即死の相手に自ら突進。
距離を取ろうとする巨大鳥に羽と炎を浴びせて流血を強いた。
「回収しきれなかったマグロが罠になったか」
メリッカは、解体途中のまま海に浮かぶボスマグロの上に飛び乗る。
鳥はカイトに邪魔されている最中なのにボスマグロを気にしすぎていて、マグロ肉の上に飛び乗ったメリッカへ最大級の殺意を向ける。
「さあ来い。マグロを食べてしまうぞ?」
言葉は通じなくても意図は通じる。
鳥は炎と出血で体力を削られながら、食事という最優先の目的を達成するため無理矢理に速度を下げた。
「舐められたものだ」
事前に魔力を強化し、十分に狙いをつけた上で魔力による砲撃を行う。
狙いはやや甘いが荒れ狂う海でも目立つほど力強い一撃だ。
無理な降下を行い動きが乱れた巨大鳥に真下から直撃して腹を焼く。
「雑魚の1匹分や2匹分はくれてやるよ」
飛行能力を活かして海面すれすれを飛んで鳥の体当たりを回避。
ボスマグロの死体と一緒に沈んだ白鳥に対し、斜め上から魔砲を叩き込む。
海水にマグロとは別の血が混じる。
(頑丈だ)
負ける気はないが、悪化しつつある気候も考えると苦しい状況だった。
「間に合ったか」
ネクタイをしたコウテイペンギンが波に乗っている。
水中で鋭角を描いて浮き上がって来る巨大鳥と、そのままいけば衝突する。
「大食いの鉄帝とお前は両立出来ない。その命、獲らせてもらう」
クチバシの先から羽の先まで神経が行き渡る。
己の全てを使って風と水を捉え、水しぶきと共に急上昇する鳥に向かって下向きに跳ぶ。
「蟹は食えた。お前はどうかな?」
巨大なクチバシがコウテイペンギンの頭上数センチを通過。
白い巨鳥と比べれば玩具のように小さなクチバシが、巨鳥の傷口を抉り、肉に噛みつき引きちぎる。
返り血を浴びたジョージは水しぶきをあげて海に戻る。
(翼を外したか。だが、空へ逃しはしない……!!)
ジョージの意思は他のイレギュラーズへも伝わる。
緋色の羽が白い巨体に突き刺さる。
傷は浅く、新たに流れ出す血も致命傷には遠い。
だが、手当もせずにねぐらまで戻ることの出来る可能性は、最早0に近い。
魔力の柱が海面から空中へ延びる。
巨大鳥は雨にも風にも負けず90度横回転して回避。
見事な動きだが体への負担は甚大で骨にいくつか罅が入り、痛みで動きが鈍った瞬間追撃の魔力砲撃に直撃される。
「頼むよ」
メリッカはこれ以上の攻撃を仲間へ任せ、壁のような波を躱して艦へ戻った。
「撃ぇ!!」
マグロ漁船が砲撃する。
未だ高速の巨鳥には当たらない。
が、巨鳥は回避のため高度を下げ、足が掴んだままのボスマグロを海水に触れさせる。
「海の漢は狙った獲物は逃さないのです……!」
マリナが舷側から跳躍した。
巨鳥の足に両腕でしがみつき、巨大な足が掴んだままのマグロに着地する。
「わっ」
真横に向かって加速が始まる。
巨大な鳥はバランスを崩してしまい、しかしマグロ肉を諦める決断も下せず海面すれすれを迷走する。
「置いていけ」
高い波が迫る。
相変わらずコウテイペンギン姿のジョージが、風と波と何より己の技で以て加速する。
「死にゆくお前には無価値なものだ」
クチバシの代わりに蹴りを繰り出す。
巨大な足の付け根に鋭い切れ込みが入る。
最早着地も不可能なほど力が抜けて、マリナと、当然のようにジョージも巻き込み巨大なマグロ肉が落下していった。
北上中の3番艦が騒然とした。
巨大な鳥が、足場を求めて一直線に向かって来るのが見えたからだ。
「ディナーには鳥肉があっても宜しいわよね? 美味しいかは知りませんけど。マグロを食べているのだから肥えているんじゃあなくて?」
メルランヌは落ち着いている。
戦闘に巻きこまれないようペットを着艦させ、動揺する軍人と興奮する軍人をどちらも宥めてアクセルを自由にさせる。
低空を飛ぶアクセルがルーンに力を込める。
敵は巨大で、真正面からぶつかれば確実に死ぬ。
つまり、勝ち目があるのは距離を維持しての遠距離戦だけだ。
「一騎打ちすることになるなんてね……」
不可視の雹を生じさせて白い巨鳥へ向かわせる。
傷だらけになっても膨大な生命力を持つモンスターはこの程度では死なない。
しかし、雹がもたらす寒さが巨体に染み込み反応速度も機敏さも失われつつある。
メルランヌは一人で船首へ向かい、アクセルの迎撃を受けても速度は一切緩めない巨鳥を迎え撃つ。
巨大な胴から流れた血が羽に染みこみ、動きがとても鈍く見えた。
「本来ならわたくしの術が通じる相手ではないのですけどね」
先手をとって音速の一撃を繰り出す。
戦闘開始直後なら確実に躱されていただろうが、傷つき大量の血を失った鳥には躱す力など残ってはいない。
衝撃が骨を伝わり脳を突き抜け、宙で体勢を崩して甲板にぶつかろうとしていた。
「面舵! 早く!!」
アクセルが放った光が真横から突き刺さる。
巨鳥の向きが少しずれるがまだ艦との衝突コースだ。
「エンジン全開ぃっ」
「沈むよりマシだ、撃てぇ!!」
砲が火を吹き巨大鳥に弾を撃ち込む。
衝突は免れたが落下時の衝撃で波が発生して艦を凄まじく傾ける。
「参るわね……」
軍人に支えられたメルランヌの眼下で、白い鳥がゆっくりと海底へ沈んでいった。
●大漁旗
寒風吹きすさぶ港に、北から戻って来た艦隊が姿を現す。
苛酷な航海と戦闘で傷つき薄汚れてはいるが、各艦に高々と掲げられた旗は多くの人々の心に強く焼き付いた。
大量のマグロ肉とそこそこの量のカニ肉が市場に出回る、数日前の出来事であった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
遠征成功おめでとうございます。
今回の漁の成果は1つの港全体を潤すほどにありますが、より多くを潤すには足りません。
今回成果を見て、再度の艦隊派遣に賛成する軍高官が一気に増えたようです。
GMコメント
■成功条件:鉄帝船3隻以上の生存。
マグロの肉を多く持ち帰るほど、灯台が強化されるほど、成功の度合いが上昇します。
■ロケーション1:流氷漂う北海
強くて冷たい北風が吹いている、鉄帝本国の北にある海域です。
海の透明度は高いですが底は見えません。ときどき流氷が浮かんでいます。
装甲マグロが大小あわせて5集団存在し、うち1集団が既に全滅し、1集団と『マグロ漁船1号』が交戦中です。
最も少数なのは『ボス装甲マグロ』が直接率いる集団で、これは最も北方にいます。
■ロケーション2:絶海の岩礁
海面の下0.5~1メートルに複数の岩からなる土地が広がっています。
上空から見ると三日月の形をしていて、面積は1000平方メートルはあります。
深さが1メートルを超えるとかなりの急斜面になります。
岩礁の中心に、縦横それぞれ10メートルの、海面から1メートル突き出た足場が急造されました。
その中心には高さ5メートルほどの頑丈な灯台があります。
■ロケーション3:荒れ狂う北風
ロケーション1と2の上空です。
強烈な北風は体温を奪い、風向きも北西~北東まで頻繁に変わります。
視認困難な高度に、鳥型モンスターが1羽舞っています。
■エネミー
敵の具体的な数はプレイヤー情報です。
●装甲マグロ
鱗や頭部が装甲板風になったマグロ、っぽいモンスターです。
おにくの味はほぼマグロ。脂多めです。倒されると沈みます。
餌は主に海老類ですが、大型生物に体当たりして粉砕して砕けた肉片を食らうこともあります。
全長3~6メートル。機動力4。戦闘開始時点で36体。
・突進 【物近貫】【移】
・食い付く 【物至単】低命中高威力
●ボス装甲マグロ
小型船に匹敵する大きさの装甲マグロです。
おにくの味は大味。倒された後は浮きます。
判断力と感覚が非常に雑であり、攻撃されない限り船または灯台しか狙えません。
ただし、装甲マグロの血の臭いには敏感で、鉄帝マグロ漁船1号を執拗に狙います。
全長10メートル以上。機動力3。HPと特殊抵抗が極めて高い。1体。
・突進 【物近範】【移】
・食い付く 【物至単】動きが非常に雑であるため、船のような大きなものにしか当たりません。威力は絶大。
●海底カニ
青黒い甲羅を持つカニ型モンスター。
全高最大1メートル、全幅最大2メートル。岩礁とその周辺に60体存在。マグロ肉が大好物。味噌は美味。
半数を討ち取らない限り、灯台とその基部はいずれ破壊されるでしょう。
戦闘開始時点では、4分の3が水深2メートルより深い位置にいます。
・ハサミ 【物至単】【必殺】
・体当たり【物至単】【飛】 飛ばされても即座に危険な深さまで転落することはありません。
・泡 【神近範】【朦朧】【無】低命中
●北の海鳥
遠くから見れば薄汚れた海鳥。
近くで見れば全高10メートル近い、歴戦の鳥型モンスターです。
『ボス装甲マグロ』の現在HPが最大値の2割を下回ったとき、上空から降下を開始します。
その後、『ボス装甲マグロ』とその近くにいる生物またはその死体を食らおうとします。
『マグロ漁船2号』の船倉の8割がマグロ肉で埋まったときにまだ上空にいた場合、『マグロ漁船2号』を狙います。
高高度での戦いに熟練しています。
現在HPが最大値の5割を下回ったときは逃亡を試みます。
・急降下 【物超遠範】高命中高威力
・クチバシ【物中単】【ブレイク】
・鳴き声 【神至域】【怒り】独特の高音で、対象の思考を一部ねじ曲げます。
■他
●北方調査艦隊旗艦『マグロ漁船1号』
最近建造された鋼鉄製戦闘艦。
兵器と装甲に力を入れすぎたため速度は遅めで荷物もあまり積めません。
機動力は『ボス装甲マグロ』と同程度。
戦闘開始時点では、岩礁から見て北の方角で、『装甲マグロ』の1集団と戦闘中。
●北方調査艦隊2番艦『マグロ漁船2号』
武装を載せず、積載力と船としての性能を重視した大型輸送船。
陸地発見時に使うための資材を大量に積んでいましたが、灯台を建てるためにほぼ使い尽くしました。
その後マグロ肉を積み込んでいますが、まだ船倉の8割は開いています。
戦闘開始時点では、岩礁近くに錨を降ろして停泊中。
●北方調査艦隊3番艦と4番艦『マグロ漁船3号と4号』
攻撃力も防御力も積載力も機動力も凡庸な鋼鉄艦。
無理をすれば艦隊の乗組員全員をこの2隻に収容可能。ただしその場合、この2隻ではマグロ肉を持ち帰ることが出来ません。
この2隻はイレギュラーズの指示を重視し、出航前に要請すれば(プレイングで立候補があれば)寄港まで船長職や各種役職を担当可能です。
戦闘開始時点の位置は、『マグロ漁船1号』と『マグロ漁船2号』の中間地点。
イレギュラーズが艦長に就任せず、イレギュラーズがこの2艦に指示を出さない場合、2艦とも『マグロ漁船1号』が獲ったマグロを岩礁まで運ぶ役割を担当します。
●イレギュラーズ初期位置
上記4隻いずれかの甲板の上か、上記4隻近くで航行中の(イレギュラーズが持ち込んだ)小型船の船上。
●鉄帝軍人達
イレギュラーズからの要請がない場合、自身が乗っている船の防衛を最優先に行動します。
イレギュラーズが近くにいないか少数の船の場合は、攻撃にも参加します。
2番艦の軍人の半分は灯台の防衛を行っています。
●鉄帝魔法少女隊
指揮官はフランシスカ・ミッターマイヤー。
2番艦に乗り込み、マグロの解体、調理、冷凍保存、その他色々を担当する艦隊の縁の下の力持ちです。
戦闘も可能ではありますが、現在担当中の任務で精一杯です……。
●ダン・ドラゴフライ
実質的に、艦隊の総指揮をとっています。
参謀が足りないため多重に兼務。過労寸前。
●老将
漁を楽しんでいます。
●マグロ鱗
厚いですが鉄ほどの強度はなく、強度の割に重いので鉄帝本土に持ち帰る予定はありません。
●行動について
戦闘以外の行動も可能ですし、戦闘以外の行動に専念するのも可能です。
●次回について
プレイング次第ですが、続編が1回ある予定です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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