シナリオ詳細
さあ、戦争を始めましょう。と彼女は云った。
オープニング
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好きなだけ、殺してください。
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――この国では今日も、無益な戦争が行われている。
眼下で巻き起こるその様子を、高台から静かに眺めている女が一人。
薄汚れた鎧に身を包み、菫色の髪を靡かせる彼女の相貌は仮面に覆われている。
だから、彼女の感情を読み取ることはできなかった。
彼方の熱狂とは程遠い、寒々とした風がびゅうと吹き荒れた後、渇いた地面を踏みしめる足音が近くで聞こえた。
女は視線をその元へと移す。
其処には、一人の若い男が立っていた。
「貴女が、“灰の騎士”様ですか」
まだ若い男の声。顔つきにも幼さの影を残すが、眼つきは。
その瞳の奥に宿る光は、何処か刺々しく、“灰の騎士”と呼ばれた女を射抜いていた。
「ええ、そうよ。そういう貴方は? まさか追い剥ぎって訳ではないでしょうね?
こんな襤褸を着た女から、何も出ないわよ。ま、“別の目的”っていうんなら、利用価値はあるかもしれないけど」
軽妙な口調で返される言葉に、男の表情が少しだけ和らぐ。
「私はプロコロナウィスと戦いを繰り広げている、領主ヴァロワの使いの者です。
貴女に依頼をするために、此処に参りました」
「ああ、勘違いしないで。私は只の《代理店》(ディーラー)に過ぎないわ。
私自身が貴方の力になることはないけれど。
――助力に値する適材適所は、叶えてあげる」
灰の騎士の口元に、微小なる微笑みが湛えられる。
仮面の向こうに隠された視線。
そして眼前の男の、伝言された依頼――。
今日もその女は、戦火の匂いを身に纏う。
● ローレットへの依頼
《幻想》(レガド・イルシオン)のとある領域において、管轄貴族同士の“戦争”が勃発している。
その戦争の最前線では数百人規模の兵士達が剣を交え、巻き込まれた町々は戦争の名を借りた暴虐の嵐に襲われていた。
今回、ギルド・ローレットはその片方の貴族、ヴァロワ家より戦争助力の依頼を受けた。
即ち。《特異運命座標》(イレギュラーズ)には『ヴァロワ』軍の一員として戦地最前線へと赴き、大隊の一兵士となりて、その戦局を変えて欲しい、という内容だ。
「戦場に駆り出されている敵側兵士は、そのほとんどが徴兵されて間もない市民上がりで、錬度の低い歩兵が中心。
イレギュラーズの力を以てすれば、一騎当千の兵士と成り得るでしょう。
……勿論、油断は大敵だけどね。その辺りは、心配ないでしょう? 彼・彼女らには」
依頼内容を説明する灰の騎士の口振りは軽い。だが、その依頼を聞いているローレットの男の表情は、聊か暗いものであった。
「……まあ、今更、依頼の善悪に口を出す程に分別付かない訳じゃあないけれどよ。
それじゃ、一方的な虐殺ってやつになるぜ」
「プロコロナウィスにとってはね。
けれど、彼らを止めなければ、結局はヴァロワの市民達が犠牲になるわよ」
「それは……、そうだが。可能性に愛された異能を以て、戦争の英雄になるってのは――どうもな」
「貴方の崇高な理想を成し遂げたいなら、戦争そのものを無くすことね。
“現実を直視する心に本当の理想が生れる”そうよ」
そういった灰の騎士の声色が少しだけ異ったが、その表情は仮面に隠されていて、男には読み取れなかった。
「お前はどうも示唆的な物言いをするよな。
見た目と云い、“どっかの誰か”を思い出すよ」
「“どっかの誰か”? 誰のことかしら?」
「いや、やめとく。このあいだ、似たようなことを言って皮肉られたからな」
「あら、よく覚えているわね。少しは学習しているみたい」
「そりゃどうも。じゃ、依頼は受け付けとくよ。すぐにイレギュラーズを派遣する。
……お前、今回も現場に入るのか?」
「当然よ。その義務があるでしょう?」
「義務――ね」
ローレットの男は任務詳細の書類をとんとんと机で正しながら、口の端を吊り上げた。
灰の騎士には男のその表情の意味は分からなかったが、気にも留めずに踵を返す。
「―――神がそれを望まれる」
- さあ、戦争を始めましょう。と彼女は云った。完了
- GM名いかるが
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年10月13日 22時40分
- 参加人数6/6人
- 相談8日
- 参加費100RC
参加者 : 6 人
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参加者一覧(6人)
リプレイ
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周囲に漂うのは地と煙の匂いと、何処かから届く雄叫び。
野営地では、負傷者が担架に乗せられ、医療者が必死に指示を飛ばし、治療を施されていく。入れ替わるように次陣の兵士たちが指揮官の号令の下に隊列をなし、前線へと走り往く。
無数に散り去る人々の命。
その代償として得られる幾許かの安寧と領土。
ここは、第百七十八次ヴァロワ辺境戦線、ヴァロワ軍自陣。
……だから間違いなく、戦争の現場だった。
「魔種絡みの戦はこれまで何度も行ってきたが。
――これ程までに純粋な“人の戦争”は、久しぶりだ」
その最前線に、ヴァロワ軍兵士たちとは明らかに異なる雰囲気を醸し出す一団が向かっていく。
『流麗花月』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が周囲を見渡しながら呟いた先の一言には、何処か懐旧の意を孕んでいる。
嘗ては慣れ親しんだ戦の空気。――半端な覚悟では肺に入れる事すら叶わぬことは、世界と世代を超えて、不変。
「まさか、《この世界》(こっち)でも屍山血河を築ける機会に巡り会えるとは! 楽しくなりそうだな!」
「……」
「……こほん。だ、大丈夫だって! なるべく殺しすぎないようにはするから!
ちょっと久しぶりの機会すぎて、テンション上がっちゃっただけだから!」
「まだ、何も言ってないですよ?」
『血吸い蜥蜴』クリム・T・マスクヴェール(p3p001831)の咽ながらの弁解に、『虚刃流直弟』ハンス・キングスレー(p3p008418)はそう言って微笑みながら、首を軽く傾げた。
クリムは吸血鬼と龍の混血種だ。彼女にとっては浴びる程に血を眺められる又とない機会だが、何という訳でもないハンスの視線に頬を掻いた。別に、人殺しに愉悦する趣味は無い。
そんなクリムの様子を視界に入れつつ、ハンスも内心で嘆息する。
(……間違えていけないのは、この依頼を選び取ったのは僕自身の意思であるという事だ)
こんな依頼に手を取った時点で後味の悪さは飲み込んだようなもの。
だから、仕事は遂行する。――確実に。
「……ま、戦争は戦争だ。
遣り甲斐ねぇのはともかく、無駄をやる気はねぇ。俺はさっさといくぜ」
『朱の願い』晋 飛(p3p008588)は軽妙に言い放つと、一人先行して戦場に消えていく。
「さて、どうやら戦場の状況も掴めたようです。
私たちも、そろそろ出発しましょうか。各自の動き方は、事前のブリーフィングの通りでいいですね?」
右腕をしなやかに伸ばし、上空から羽ばたく一羽の鴉を受け止めた『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)は、黄金色の髪を揺らしながら仲間達を振り返り、そう言った。
ウィズィの視線は汰磨羈から順に仲間達を見遣り、そしてその最後には、誰かと同じ菫色の髪を風に揺蕩わせる『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)の視線と邂逅した。
イーリンの赫眼が視線を逸らす。その方角には、これから間もなく、自分たちに制圧されるであろう集落がある。
(――救えない村人を宛がわず、“刈り取る側”に私を回すとはね。
ほんと、いい趣味だわ。私を人殺しと自覚させるには――)
そしていま。この戦場に、《彼女》(ウィズィ)と仲間達と共に、立っている。
だからこそ。この惨状の中から、一人でも多く救ってみせると二人で決めた。
それならば。この戦いが仮に仕組まれたものであったとしても――その真の決着は、まだ誰の手にも握られていない。
「さあ、Step on it!! 最速で往くよイーリン!」
愛馬に跨ったウィズィが右腕の拳を突き出す。
「……ええ」
口元に精悍な笑みを湛えたウィズィの顔を見て、イーリンも右腕を突き出す。
「――神がそれを望まれる」
●
「先陣は頼んだぞ、クリム、ハンス」
「いっちょ、ひと暴れさせてもらうか!」
「はい!」
クリムとハウスがそう返して駆けると、汰磨羈は視線を移す。
「イーリンとウィズィは――私が言うまでもないな。
ファミリアーをイーリンにつける。互いの状況は彼を使って共有しよう。
集落の制圧は、任せたぞ」
「ええ、言われるまでもないわ?
……汰磨羈、今回の作戦では、貴女もこの戦況をコントロールする重要な役目よ。
片翼は《彼女》(ウィズィ)に任せるけれど――背中は。貴女に任せたわ」
イーリンが悪戯っぽく右目を瞬かせると、汰磨羈も口角を上げる。
「責任重大だな。承った。武運を祈る」
「私のこの旗の下で、戦記に敗北は記されない。
――最速で行くわよ、《我が片翼》(ウィズィ)!」
「勿論さ、《我が片翼》(イーリン)!」
二頭の馬が、少数のヴァロワ軍歩兵を引き連れて、駆けた。
●
平原を駆けるハンスの視界に、主戦場の光景が見える。
各々の旗の元に剣を交え、矢を放つ歩兵たち。その合戦の後方を駆ける騎士。
この瞬間にも、これまでに築き上げてきた人生を徒花と散らし、死に逝く者たち。
ハンスの立ち位置は極めて重要だ。イレギュラーズたちの最初手を、彼が担う。彼が撃ち込む楔こそが、無数の敵軍を撃滅するに足る、決定機へと連なる。
そして。
ハンスが与える初手は、そんな熾烈な任務にはそぐわない。穏やかな歌声から始まった。
「――Carpe diem, quam minimum credula postero」
戦場に、蒼い羽根が舞う。
それはまるで、天使の降臨のよう。
斬り合いをしていた兵士たちが、思わずその手を止め、周囲を窺う。
彼らを満たすのは戦意でも恐怖でもない。
不意に奥底から湧き出でる多幸感。
――兵士たちは《其処》(ハンス)に、神を視た。
そして、その視線は、ハンスにとっては何処か、懐かしく――。
突如、飛散する血飛沫。
特に感情を映すでもないハンスの視線の先では、手を止めた敵軍……プロコロナウィス軍の隊列に飛び込むクリムの姿があった。
「悪いな。しかしこれは仕事であって、そして……戦争なんだ」
クリムが愛銃ヴァイスの銃口を、敵兵に向ける。引き金が押し込まれる。
――瞬間。暴虐的な炸裂が敵兵たちを吹き飛ばし、直線状に伸びていく。
「な、なんだよこれ……! 化け物め!」
一瞬で失われた友軍たちの姿を見て、敵兵が思わず慄く。その表情は、クリムを同じ人間だと認めたくない、と言っていた。そんな彼の呟きに、クリムは思わずくつくつと笑った。
「良く分かってるじゃないか! そう、俺は――」
「ひっ……」
「――お前の言う通り、化け物なんだよ」
銃を収めたクリムが、傍らから無銘を引き抜き。
そのまま、一閃。クリムは、眼前の敵兵を斬り捨てた。
敵兵の隊列に伝播するどよめき。イレギュラーズの登場によって、その場の形勢は大きく変えられてしまった。
「頃合いよし。――弓兵、放て」
だが彼らに停滞する暇など一切なかった。後方に位置する汰磨羈が自身の従軍に指示すると、弓兵たちは躊躇いなく矢を放つ。
「くそ……! 散会しろ!」
敵軍が堪らず前線の隊列を崩し、扇状に割れる。
「ふ。少しは頭が使える様だ」
汰磨羈が口元に笑みを浮かべる。彼らも――、生きることに必死なのだ。
ここまではイレギュラーズの思惑通りに事が進んでいる。ハンスの攪乱、クリムの強襲、汰磨羈の後方支援という作戦が、功を奏したと考えていいだろう。
そして。言い換えれば、ここからが本番なのである。
●
戦場を駆ける二対の騎馬。その視線の先に、煙を上げる集落が見える。
「ここね――このまま突っ込むわよ!」
「ああ!」
イーリンが先行し、そのまま集落へ突入する。
集落内部では、自軍と敵軍の会戦が発生していた。イーリンは瞬間的にその状況を理解すると、跳び――戦旗・果薙を振るった。
その瞳が紅玉に光り輝く。
振るわれた軌跡が、剣戟となって顕現すれば、
「ウィズィ、道を作るわ。征って!」
紫苑に輝く一撃が、戦場に束の間の静寂を齎し、
「ああ!」
その懐から現れたるは、黄金色の影――。
「――其処を退け!」
振るわれた、ハーロヴィット・トゥユー。
その切先に追随するのは、暴虐的な風。
宣告されたのは、一切の加減無きノバディエット。
「かはっ……!」
ウィズィの一薙ぎで吹き飛ばされた敵兵たちは、信じられない、とその眼を剥く。
「騎兵隊である! その司書と言えば、《幻想》では通りが良いかしら?」
瞬く間に始まり、そして終わった暴風の中心地に、イーリンは立っていた。
彼女の名乗りは、少なからず戦場に動揺を与え……、
「司書……! 嘗ての戦いで“菫色の悪魔を視た”と言わしめた、あの!」
「何故、イレギュラーズがヴァロワ軍に加担するのだ?!」
敵兵には少なからぬどよめきと失望を、
「よし! これでこの集落は落とせるぞ! 踏ん張れ!」
――友軍には希望と鼓舞を、与えた。
●
啾鬼四郎片喰が地面を撫ぜる音が、耳に心地よい。
だが、それは瞬刻のこと。最後の一振りで最高速度にまで引き上げられた刃先が横一閃すれば、吹き上がるは朱色の結界――。
「かはっ……」
直撃した敵兵たちは、体躯から血飛沫を上げ、倒れこむ。
厄狩闘流新派『花劉圏』が一つ、鶏頭烈葩。
汰磨羈は、後方にまで攻めこんできたプロコロナウィス軍を一刀の下に斬り捨てた。
「離散中の敵が厄介だな。横からの“ちょっかい”には気を付けろ。
弓兵は、敵の進行を許すな」
「承知しました!」
「……」
無益に戦争を長続きさせれば、流れる血も増える。
イレギュラーズの介入は、戦争を早く終結させるだろう。
しかし、流れる血の量は、それで減るのだろうか?
(主義や主張を旗として掲げ。本能だけではなく、理性も駆使して同類を殺し。
……ああ、やはり、魔種が関わっていた戦とは訳が違う)
汰磨羈の視界の先で、ハンスが、クリムが、飛が、敵兵を蹴散らしている。
効率的に、最適に、――最大に殺す。
紛れもなく、これは人の所業だ。
どちらも間違っていて、どちらも正しい。
「忌むべきものであると同時に、必要とすべきもの、か。
”必要な間引き”。
”発展の切っ掛け”。
”人類存続の為の自浄作用”……などと言ったら」
汰磨羈の呟きは、そこで途切れた。
――そう言ったら。
共にいる仲間達は……、怒るだろうか?
ハンスの目の前には、必死の形相で彼へと剣を向ける敵兵たちの姿があった。
彼らから見れば、ハンスの整った顔立ちが、ハンスの実力を過小に評価させたのであろう。
しかし、花冠は、嘘を吐く。
構わず肉薄する敵兵。
ハンスの腕が伸びる。
「――【転がれ】」
ぐしゃりと拳を握り。
ハンスはそう呟いた。
――直後、辺りを覆うのは、ノイズの海。
「う、うわぁあ……!」」
得体の知れぬ流れに捕らわれた敵兵は、そのまま薙ぎ払われ姿を消す。
「貴方たちに罪はない」
穏やかな視線が、冷たく見咎める。
「貴方たちに罰もない」
逃げ遅れ、這いつくばった敵兵が、命乞いをする。
助けてください。
助けてください。
助けてください。
助けてください。
ハンスは再び腕を伸ばす。
ゼノ=フロス――それは、カルペ・ディエムに伝わる大いなる意思。
想像する。これから起きる創造を。
「今日一日の、花を摘みとりましょう」
ハンスの長い睫が震え、瞼が閉じられる。
「明日が来る、だなんて、」
再び、拳を握る。
「ちっとも、アテになんてできないのですから」
視界に現れたのは、聖なる焔。
「――【還れ】」
焚き火の燃え盛る音の様な、叫喚。
美しく燃え上がった火は、周囲を燃やし尽くし。
命乞いをしていた兵士の燃え殻だけが、其処に残る。
●
イーリンが振るう戦旗は、戦場に希望を与え。
鼓舞された兵士たちは、決死の覚悟で敵兵と切り込み。
その先陣を、ウィズィのしなやかに強靭な身体が、駆けていく。
「ひっ……!」
「……!」
巨大なナイフを抱えたウィズィの視界に、まだ幼い女の子の姿が映る。
顔は傷だらけ。衣服は襤褸の様。泣き腫らした顔は、絶望に染められている。
何が起こったのかは分からない。これが戦争なのだろう。
略奪するか、略奪されるか。それが戦争なのだろう。
「女の領民が居るぞ! さっさと始末しろ!」
自軍の歩兵達は、ウィズィに追いつき、彼女の姿を認める。その声色には、戦意だけでなく、何処か卑しい好色の色が孕み。――ウィズィの耳には、酷く、不愉快に聞こえた。
「待て」
ハーロヴィット・トゥユーを振り被ったウィズィは、歩兵の動きを止める。
そのまま息つく間もなく、再度一閃したウィズィの切っ先は、目の前の少女を目掛け――。
「大人しく眠っていろ。命までは奪わない」
「あっ……」
峰を打たれた少女は、意識を失い倒れる。
「お前たちも無駄な殺しはしないことだ。
この戦いの後、私たちの領地になるのであれば、人手は多いに越したことはないからな」
「……承知した」
不服そうな兵士たちだが、ウィズィの声色に押されそれ以上の言葉は続けず、その場を離れた。
(……ここで生かされたら却ってその後、どんな扱いを受けるのか。女の子なら、“利用価値”は尚更か。
なら、私がやっていることは……)
「こいつらの首じゃ貴方達の酒代にもならないわ――さあ、見なさい。取るべき首が来るわよ」
イーリンが残り少数となった敵兵を魔力剣と化した果薙で蹴散らすと、ウィズィと同じように領民達は意識を失わせるに留め、友軍にそうけしかけた。
この集落は、二人の活躍により、極めて早期に制圧することに成功した。あとは、自軍の歩兵に任せても問題は無いだろう。憂慮すべきは、捕虜となった領民たちへの処遇だが……そればかりは、全てに目を光らせ、抑止することなどは到底できない。
「ウィズィ、此処は片付いたわ。まだ、向こうからの連絡じゃ、倒す敵兵の数は足りていないみたい。
あちらへ向かいましょう」
「了解だよ。こっちの状況も、向こうに伝えておくね」
ウィズィが口笛を吹くと、一羽の鴉が勢いよく飛び去って行く。
イーリンが集落を振り返る。所々から火の手が姿を見せ、煙が上がり、何処かで続いているのであろう虐殺の声が、断末魔として聞こえてきた。
――耳が痛い。
しかし、今更人の命を奪った所で、何を偽善者ぶっているのか。
(私は確かに、いずれ自らの罪業で堕ち行く
けど、それでも救えるものがある。そのことを、ウィズィが教えてくれた)
イーリンは、傍らのウィズィへと視線を向ける。
彼女の瞳は、何時だって優しさの奥に、何物にも負けない強い意志を宿している。
ウィズィは、イーリンの視線を受け止める。
彼女の紅玉の瞳は、何時だって強靭な強さの奥に、心の奥の繊細さと危うさを宿している。
だから。
ウィズィは此れまでの罪過を想う。
(私だって今まで、何人も……殺した。
私だって人殺しだ。そして今も。
その罪は永劫消えない。――それでも!)
“一緒に前へ、先へ、高く、遠くへ。”
“生きて、生きて、交わり紡いだ人との縁が……、”
“痛みに苛まれるだけでなく、一つでも多く救えば……、”
“――進むべき道を照らしてくれる!”
“――良き縁が私達を生かす道を作る、と。”
イーリンとウィズィが並び、拳を突き合わせる。
「さあ、行きましょう」
「――ああ!」
勢いよく駆けだす二対の騎馬。
二人は、信じているのだ。
この出会いこそが、消えぬ烙印をいつか認めさせてくれるのだと。
●
「こ、降伏する! だから、命だけは助けてくれえ!」
武器を捨て、涙ながらに懇願する敵兵。その兵士の額に突き付けていた銃口を外すと、クリムはもう片方の手に握る無銘で兵士の腿を切り裂いた。
「今の俺に感謝することだな。昔なら敵対した奴は皆殺しにする勢いで暴れまわったりしたが」
痛みに喚く兵士の事は意識の外にして、クリムが次の敵兵に照準を移すと、
「待たせたわね!」
「おや。もうあちらは片付いたのか」
「ええ。こちらも――なかなか、悲惨な状況ですね」
駆け付けたイーリンにクリムが返すと、ウィズィが主戦場の周囲を見渡す。
流れてきた血の匂いは、此処が発生源か。辺りは敵味方の区別が付かないまでに死体で溢れ、足場がぬかるんでいる。血やら臓物やらが一面を覆っており、戦いの凄惨さを物語っていた。
「イーリンとウィズィも戻った、か。こっちもどうやら、もう少しで“オーダーの人数”に達するようだ。
一人頭……二十人は、殺した計算だな」
汰磨羈の言葉に、イーリンの瞼がぴくりと脈動するのを、ウィズィは見逃さなかった。
そしてイーリン自身も、汰磨羈の声色に含まれた何処とない無情感を、十二分に理解できてしまった。
「敵兵も、後退し始めたようですね」
玲瓏な相貌に朱色を引いたハンスが、近づいて言った。
「此処が線引き、か」
クリムが呟くと、イーリンが頷く。
「どうやらその様ね。気は進まないけど、敵を追いましょう。
潰走の撤退兵ほど、容易く取れる首は無いのだから」
「さっさと後ろに退避した騎士兵には気を付けて、ですね」
ウィズィがうーんと伸びをしながら言うと、汰磨羈も首肯する。
「その通りだ。
――最後まで、気を抜かずにいこう」
●
イレギュラーズ達が、撤退する敵兵たちに斬りかかる。
それはまさに、虐殺。
しかして戦争では、これが正当化される。
汰磨羈が彼岸花の如き魔弾――彼岸赫葬を放ち、愚かにも戦いの最中に背を向けた敵兵を穿ち、絶命させる。
(全く、変わらんな。
元居た世界で五千年近く見続けてきた光景と――何一つ)
汰磨羈は得物の刃を振り、血を払った。
「聞こえるかよ――、灰の騎士ッ!」
イーリンと駆けるウィズィが、誰とも知れぬその”依頼者”の名を叫ぶ。
「私は今……、イーリンと生きている!
この想いを思考放棄と信じたいなら、お前はそれまでの浅い人間だ!
私は――、私の道を照らす人と共に、どこまでも高く飛ぶ!」
ハーロヴィット・トゥユーを振るいながら駆けるウィズィの宣言に、イーリンも問いかける。
(――見ている? 灰の騎士)
この戦いで奪った命の数は、救った命を超えるかもしれない。
――ああ。白状しよう。
今回も、結局貴女の勝ちだった。
だって私は、こんなにも己の無力さを痛感している。
只の人殺しだと知らしめ――私は、この戦争を“止める”ことはできなかった。
でもね。でも。
「――やけくそだ、思考停止だと。言いたいのなら、好きに言いなさい。
それでも私は、今、ウィズィと生きているのよ。
だから――この戦禍さえも、いずれは!」
一際美しい戦旗が、血に塗れて戦場を駆ける。
いつか、この選択肢が――正解だったと、胸を張って言える日が来ると信じて。
●
戦争は終結した。
イレギュラーズの参戦により大きく戦況を優位にしたヴァロワ軍は、領地拡大に成功。
功労者であるイレギュラーズは、”英雄”として称えられることとなる。
目を憚るような戦場の跡に、ハンスが一人立つ。
空は夕暮れ。
それはまるで、空まで血に染まったかの様な。
「――Immortalia ne speres, monet annus et almum quae rapit hora diem.」
美しい喉が鳴り、ハンスは詠う。
目を瞑り、哀悼する様に、ハンスは謡う。
――不死なるものは望むな、と“日々”が。
そして、慈愛に満ちた日を奪い去る“時”が、警告する。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
●
くつくつくつ、と女が嗤う。
――ああ、面白い。
この戦場にあって、あの女は、それでも”救う”のだと宣う。
――ああ、白状しよう。
今回も、結局貴女の勝ちだった。
だって私は、こんなにも胸を高揚させている。
貴女も、私と同じなのでしょう?
結局は何も残らない。
走りすぎた後に振り返り、残っているのは襤褸の様な足跡だけ。
期待するだけ無駄。
足掻くだけ無駄。
――でも、そうでないというのなら。
――貴女は、私と違うというのなら。
試練を乗り越えた貴方に、教えてあげる。
そして、貴女の名を、私に教えて頂戴な。
私は、灰の騎士――真なる名を、”イーリン”と云う。
GMコメント
■ 成功条件
・ 第178次ヴァロワ辺境戦線(の一部方面)に参戦し、プロコロナウィス側前線軍の兵士を100名以上殺害し、ヴァロワ軍を勝利させる。
■ 情報確度
・ B です。
・ OP、GMコメントに記載されている内容(灰の騎士から聴取した成功)は全て事実でありますが、ここに記されていない追加情報もあるかもしれません。
■ 現場状況
・ ≪幻想≫郊外の領地境界。『ヴァロワ』領と『プロコロナウィス』領の境界です。晴れた昼間です。
・ 両軍の衝突する最前線戦地は、小さな丘が点在する、見晴らしの良い草原平野です。
・ その前線から少し後方には、『ヴァロワ』軍(友軍)の野営地があり、簡単な道具であれば事前に準備できます。
・ PC達はこの戦争、『ヴァロワ』軍側としては『第178次ヴァロワ辺境戦線』と呼称される戦争に、『ヴァロワ』軍の兵士として参戦します。
・ シナリオは上記野営地よりPC達が出陣する時点から開始します。
★ 主戦場
・ 野営地から直進してすぐの平野で、両軍の激しい衝突があり、主戦場となっています。
★ 敵対集落
・ 平野の付近には、『プロコロナウィス』領民が形成する小さな集落があります。現在この集落は『ヴァロワ軍』(友軍)により侵攻されており、ここの占領に成功すると成功度合いが少しアップします。しかしながら、抵抗を見せる無力な『プロコロナウィス』領民達を始末する必要があることと、前線主戦場の戦力が分散します。
■ 敵状況
● 『プロコロナウィス』軍×数百名(但し、フィールド全体として。一部点在するため、全員と会敵するわけではありません)
・ 歩兵、弓兵を中心に組織された前線兵隊。騎士により統率されています。
・ 最前線には槍兵、剣兵が横隊を組み、その後ろを弓兵が同じく横隊を組むと云った隊列が基本で、一つの部隊を形成します。その一部隊が集合し、敵の陣を形成しています。もちろん、離散している兵士も多数います。
・ 騎士以外の歩兵は練度が低く、イレギュラーズの敵としては明確に雑魚です。
・ ……が、数が非常に多いために油断するともしものこともあるかもしれません。
● 『プロコロナウィス』軍(騎士)
・ 歩兵達を統率する騎士。ただし、イレギュラーズ達を認識すると、歩兵達を残したまま後退するため、原則本シナリオにおいては会敵しません。
● 『プロコロナウィス』領民
・ 主戦場近くの集落に住まう敵性市民です。老若男女が逃げ遅れ、戦禍に巻き込まれています。
・ 『プロコロナウィス』軍と『ヴァロワ』軍が集落中で衝突していますが、『ヴァロワ』軍が優勢で、陥落が迫っています。が、イレギュラーズが介入しない場合は痛み分けになります。
・ 領民達は危機が迫ると斧などを手に取って反抗してきますが、イレギュラーズに対してはほぼ無力です。
■ 味方状況
● 『ヴァロワ』軍(友軍) ×数百名(但し、フィールド全体として。一部点在するため、全員と会敵するわけではありません)
・ 歩兵、弓兵を中心に組織された前線兵隊。騎士により統率されています。
・ 騎士以外の歩兵は練度が低く、同じく練度の低い『プロコロナウィス』軍の歩兵と同等程度の力量しか有さないため、役に立ちません。
・ 数人単位であれば、イレギュラーズ各人達の手勢として同行させることが可能です。同行させて何かしらの行動をさせる場合は、その旨をプレイングで記載してください。
● 『ヴァロワ軍』(騎士)
・ 比較的優秀な性能を持ちますが、原則、イレギュラーズとは別の戦域へ向かうため、共闘することはありません。
● 『ヴァロワ軍』(指揮官)
・ 野営地内に居て、戦線の指揮を執っています。特に何もしません。
● 『灰の騎士』
・ 本名不詳。若い女性。イーリン・ジョーンズ(p3p000854)さんを気にかけていたり、容姿が似ていたりするそうです。
・ 旅人であり、ローレットの情報提供者の一人ですが、その詳細は誰も知りません。
・ 情報提供者としては極めて優秀で、専ら“魔種の情報”、“あらゆる土地で今、危機に襲われている場所”の情報を提供するのが特徴です。何か目的もありそうですが……。
・ 依頼に同行しイレギュラーズ達の仕事振りを観察していますが、原則イレギュラーズとは顔を合わせません。戦闘にも参加しません。また直接依頼の成否に関わるような動きは一切しません。したがって、PCからの指示はできません。
・ 後日談として、ローレットギルド内ですれ違う事くらいはあるかもしれません。
■ 備考
・ 『灰の騎士』様は、イーリン・ジョーンズ(p3p000854)様の関係者です。
・ 本シナリオのポイントは、如何に各PCが歩兵達相手に無双できるかです。或いは、効率的に共闘することで、敵兵撃破数に加点が得られる場合もあります。
・ PCのスタンスとして、「合法的に殺戮が出来ることを楽しむ」「無暗に血を流すことは避けたいが、依頼なので仕方なくする」「良くも悪くも特に何も思わず、淡々と依頼をこなす」など、参加のモチベーションはそれぞれ自由であってよいです。
皆様のご参加心よりお待ちしております。
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