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シナリオ詳細

【大祓四家】影鬼

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 深夜、月すらも叢雲の後ろに隠れる夜。
 男は速佐須良の前で平身低頭していた。頭を下げたくらいでこの主の不興がそがれるなら安いものだ。悲田院『灯火』の襲撃は失敗に終わり、討ち取るはずの直毘は今も息をしている。それもこれも……、そこまで考えたところで男は主の衣擦れの音を聞いて体を固くした。
「神使に計画が漏れたのであらば仕方がないのう」
 呆れたような声とため息。おお、なんたる僥倖。天命はいまだ残っているらしい。男は媚で汚れた笑みを浮かべ、さらに言いつのろうとした。
 ごきっ。
 男の体が、半分ずれた。背骨が折れ、蛙のように這いつくばる。
 ばきっ、めきっ、みぢっ。
 男の体が真四角になっていく。小さく小さく折りたたまれて。
「神使まで味方につけたと? 豪徳寺のつまらぬ輩が、ええ小憎らしや。いつもそうであるな、美鬼帝、おぬしはいざという時つねにたれぞに救われる」
 ねたましやねたましや。私の周りにはつまらぬ者しかおらぬのに。貴様はいつもそうだ。焦熱の地獄の底から見上げた天で日の光を浴びている。計画のとおりなら、とうに三途を越えたはず。奪衣婆に16文払って逃げ延びたか。生き汚いことよ。直毘、おぬしもだ。根絶やしにしたはずがのうのうとひとり生きている。つまらぬ市井に溶け込んで、何もないふりをして一生を過ごすか。許さぬ。許さぬ。許さぬ。反吐が出る浅ましさよ。
 名乗りをあげ、私の前に来よ。そっ首跳ね飛ばして、湯気を立てる脳を肴に髑髏の盃を。
「速佐須良殿」
「何用か」
 久々に聞く、自分を苛立たせる声。気配がふたつ近づいてきたと思ったら、死体の前で止まった。
「あら、**様、渇きましたか」
 ***は死体の首を躊躇なく切り落とした。大量の血があふれ出る。***はそれを両手で受け、恍惚の笑みのまま傍らの**へ差し出した。ぴちゃぴちゃと水音が響く。猫が油を舐めるような。満足したのか**は口元を懐紙で拭うと居住まいをただした。***は残った血を無造作に床へ捨てると血しぶきに濡れた体を布でふきとり、嫣然と微笑んで見せた。
「速佐須良殿にはご機嫌麗しゅう」
「お加減はいかがですか」
「どうもこうもない、扇子のついでに首の骨折られたくなければ逃げ帰れ」
 しかし速佐須良の不機嫌を涼風のように受け流し、**と***は床へ腰を下ろした。
「御身を焼く不幸にはお悔やみ申し上げます。しかし神使どもめが味方についたとあらば我等にとっても等しく目の上の瘤」
「だからなんだと?」
「まずは俺たちが内情を探ってきましょう。ちょうど……」
 **は一枚の書状を取り出し、うっそりと微笑した。
「あの狂人めから悲田院への招待状が来ております。これを機会にちょっかいをかけてまいります」
 ***も頭をさげた。
「もしも直毘を私どもの望む道へ進めることができたなら、例の件を前向きにご検討下さいましね」


 真っ青な空から降りくるまばゆい日光。暦の上では秋、昼間はまだまだ暑いものの朝晩は過ごしやすくなってきた。はためく洗濯物は気持ちいい風に吹かれ、からっと仕上がりそうな予感。
 美鬼帝としては鼻歌の一つも歌いたくなる。
 子どもたちが遊んでいる。影踏み鬼だ。鬼が10数える間に影のある場所へ逃げ込めば勝ち。ただし同じ場所は二度使ってはいけない。影を踏んでない子は鬼に捕まり、次の鬼になる。単純だけれどもルールが曲者で、回を重ねるごとに逃げ場が限られてくる。逃げるに逃げられなくなった子供が追い回されるのを、見て遊ぶも楽しと芹奈は思う。今日の鬼は直毘だ。
10数え終わると、直毘は走り出した。風の八百万だけあって速い速い。あっというまに逃げる子へ追いついた。ちぇっとくやしげな相手に向かい、得意げな笑顔。最近の直毘はそんな顔も見せるようになった。しかし気が付くと、子どもたちの輪から外れひとりぼんやりしている。芹奈はそれが心配で、何度も直毘へそれとなく話しかけたが、そのたびに静かに首を振られるだけだった。
 ただ一度だけ、胸の内をこぼしてくれた、あの言葉は忘れられない。
 ――僕の父も母も、乳母や下働きに至るまで、速佐須良に謀殺された。なのに伊吹戸の最後の生き残りの僕が、このまま安穏としていていいのかな。
 見た目よりもずっと大人になってしまった少年の胸の内を思い、芹奈は何も言えなかった。
「芹奈。お客様よ」
「ん、すぐ戻る」
 芹奈が茶室へ入ると、そこには既に客人が揃っていた。
「清流」の瀬織津家・現当主、瀬織津・鈴鹿。豪快で姉御肌の女傑であり、芹奈にとっては「姉様」と慕う人物である。
 女がもうひとり。松虫草の八百万、松虫・『小百合』。兵部省に勤める女将軍でありその実務と技量は抜きん出ていると噂される。
 そして最後のひとりは……。
「小兄! 久しぶりだな」
 無愛想な芹奈の声、しかしその第三の目はきらきら輝き、アホ毛はぴこぴこと忙しく跳ね回っている。
 視線の先にいるのは兵部省で国家防衛を担当する一人、自慢の兄、豪徳寺『英雄』だ。英雄は静かにうなずき、けだるげな目をしぱしぱさせた。芹奈は美鬼帝の厳しい顔から密談の香りを感じ取り、茶室の戸を閉めると正座した。
「速開都は連絡がつかなかったか、親父殿」
「ええ、そうなのよ。今後の方針を決めたかったのだけれど、仕方がないわ」
「議題とは、もしや」
「直毘のことよ」
 やはりかと芹奈は顔を伏せた。鈴鹿が指先で髪を弄びながら口を開いた。
「災難ね、あの速佐須良に目をつけられるとは。他の子達の安全も考えると、現状の悲田院の施設じゃ心許ない。かといって要塞にしてしまうには土地が狭すぎるし、周囲からも不審がられる。頭の痛いところねえ」
「そのことだが、抜本的解決策がある」
 何事かと視線が英雄に集まる。
「直毘殿を伊吹戸の当主と掲げ、正当性を主張した上で速佐須良を討とう。それまで直毘殿の身辺警護は俺と小百合に任せてくれ」
「何言ってるの、たった一人で家の名を背負う重責を、あんな子どもに課そうっての!?」
 鈴鹿が驚きと怒りに目を見開いて叫ぶ。
「……それは、あまりにむごいのではないかしら。それに、あなたたちに身辺警護を任せるってことは、いまイレギュラーズと宮中の思惑が入り乱れている高天京へ連れて行くということよね? 危険すぎるわ」
 ごつい眉を寄せ、懸念の表情をうかべる美鬼帝。
「小百合のことを警戒しているのか? 心配は無用だ。信用できる。なにせ俺と婚約しているも同然だ。小百合はけして俺を裏切らない」
「ええ、もちろんですとも。英雄様へするように直毘様へも尽くしましょう」
 芹奈はかすかな違和感を抱いた。議論の的をずらされた。そんな気がした。そのまま言い分は平行線をたどり、子どもたちが夕餉の支度ができたと呼びに来るまで紛糾した。結論が出ないまま、彼らは席を立った。
「この話はまた後日ね。ああ、そうだわ、泊まっていきなさいよ三人とも。明日は神使の皆との親睦会なの。この間の焼き討ち阻止の祝勝会も兼ねてね」
「お、楽しそうだねえ。ぜひ参加させてもらうよ」
「ああ、俺も悲田院の恩人に礼を言いたい。かまわないな、小百合」
「英雄様がおっしゃられるならば喜んで」


 今日はイレギュラーズとの親睦会だ。そうはいっても悲田院、豪勢なことができるわけもなし。ただもてなしと心だけはしっかり込めて、床も柱もぴかぴかに。座布団はふんわり。大人なヒトのために酒なども用意して。山からとってきた木の実やキノコ、川で釣ってきた新鮮な魚。みんなで手伝った農家から分けてもらったお米や野菜。それらをたくさん並べ……。
「神使の皆さんおつかれさまでーす!」
「「おつかれさまでーす!」」
「今日はゆっくり楽しんでくださーい!」
「「楽しんでくださーい!」」
 あなたは子どもたちの元気な声にふくふくと優しい気分になった。
 予定では食事を楽しんだあと、蹴鞠や影鬼、あやとりスゴロクなどなど、自由に過ごすことになっている。遊んで欲しい盛りの子どもたちだ、相手をしてやれば皆喜ぶだろう。
 と、その時、見慣れない姿が視界に入った。目で問うと美鬼帝は笑顔で返した。
「ああ、彼女は鈴鹿。私の旧友よ。彼らはね、私の息子とその許嫁。ちょっと相談に乗ってほしくって高天京から呼んだの。一緒に楽しみましょう」
 そのあとで、と美鬼帝は付け加えた。
「今夜、あなた達に聞きたいことがあるの……直毘のことなんだけどね」

GMコメント

みどりです。リクエストありがとうございました。
まずは前回の成功、おめでとうございます。今回はそれを受けた祝勝会兼親睦会です。
TOPに立ってるのは『英雄』くんと『小百合』ちゃん。

たくさんの子どもたちがあなたのお越しをお待ちしてます。
子どもたちのプロフィールはこちら
https://rev1.reversion.jp/guild/1099/thread/13113
選んで遊んであげてもいいですし、アドリブでおまかせされたらすごい勢いで絡みに来ますぞ、子どものバイタリティなめるなよ。

さて、夜半になると直毘本人から自分の今後の意見を聞かれます。
英雄と小百合は直毘を高天京へ連れていきたいようですし、言い分としては筋が通っています。
ふたりを論破してみるなり、直毘へ語りかけるなりしてみましょう。今後の大きな分岐となります。

親睦会と直毘への意見は半々くらいが丁度いいでしょう。

  • 【大祓四家】影鬼完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年10月03日 22時20分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク
宮峰 死聖(p3p005112)
同人勇者
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
メルトリリス(p3p007295)
神殺しの聖女
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
ヨル・ラ・ハウゼン(p3p008642)
通りすがりの外法使い
豪徳寺・美鬼帝(p3p008725)
鬼子母神
豪徳寺・芹奈(p3p008798)
任侠道

リプレイ

●日光を受けて
「イェーイ! 良い子のみんな元気にしてたかナーー! 余・だ・ヨ!!」
「お久しぶりです、皆さん元気にしておりましたか??」
『通りすがりの外法使い』ヨル・ラ・ハウゼン(p3p008642)と『戦花』メルトリリス(p3p007295)は大きな声を張り上げた。子どもたちがわあっと歓声を上げる。
「ぶははははッ、折角のご招待だ。楽しませてもらうぜ!」
『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)は亀子をぽんと放り投げた。たかいたかいだ。子どもたちも次は自分もと周りへ集まってくる。
「前回灯火の防衛に成功して本当に良かったよね。皆の想い出の一ページも撮ろうかな?」
「ああ、それがいい。こうした場を設けてくれるとは……申し訳ないやら、嬉しいやらだな」
『同人勇者』宮峰 死聖(p3p005112)の言葉を受けて『ドゥネーヴ領主代行』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は深くうなずいた。その目には期待と感謝が浮かんでいる。一方さえない顔をしているのは『任侠道』豪徳寺・芹奈(p3p008798)。
(小兄に小百合殿は何故あんな提案を……拙にはどうも理解できない。高天京は今や伏魔殿、そんなところに直毘を連れて行くなど……むざむざ速佐須良へ餌を差し出すようなもの。小兄……どうして……)
「芹奈、笑顔笑顔」
『鬼子母神』豪徳寺・美鬼帝(p3p008725)が芹奈の頬をつまんでひっぱる。
「直毘が気がかりなのね。英雄と小百合ちゃんもなんであんな提案を……ともあれ今は気分を変えてこのささやかな親睦会を楽しみましょうか!」
「ん」
 その隣で『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)はおしゃれな少女に捕まっていた。
「はじめまして、というのも妙な雰囲気ね」
「えっと、名前教えてもらっていいッスか?」
「私美鶴よ。よろしくね鹿ノ子さん。今日もとてもかわいい恰好ね」
「あ、ありがとうッス、美鶴さんも……って、ええっ美鶴さん年上だったんスか!? 失礼したッス!」
「ひとつ違うだけじゃない。今日は無礼講よ。気にしないで」
「ということは普段は気にした方がいいッスか?」
 ふたりの笑い声が上がった。

 料理の腕を褒められ、ゴリョウから魔力コンロをもらった亀子がほくほくしている。
「火傷には気をつけろよ亀子ちゃん」
「うん、亀子はがんばるよ」
 皆でそろっての食事は楽しいものだった。
「相変わらずおいしいな、なんというか良い主婦、いえ、主夫になれそうですよね。あ、もう主夫なのか……?」
 メルトリリスは食後に遊んだら紅茶を出そうと考えていた。鬼や悪魔に見えるからと抱いていた苦手意識はもうない。隣に座っているアンリから尊敬の眼差しを受け、メルトリリスは照れくささに手を振った。
「うん、美味しい! 美味は人生の喜びから外せないねえ」
 死聖はというと食事を楽しみながら子どもたちとイレギュラーズの何気ない触れ合いを写真へおさめている。気の合う麗華を膝の上に乗せると、彼女は楽し気に笑った。その顔をアップでパシャリ。きっといい写真になるだろう。焼き増しして廊下に飾ったら、いい想い出になるに違いない。
「鈴鹿殿、お久しぶりです」
 芹奈は鈴鹿のもとへ酌をしに。水を向ければまあ出てくるわくるわ、家族の惚気と誉め言葉。夫の俊宗がどうしたこうした、義道と小林がいい子でこの間も。
「……うん、その、旦那との惚気とか10才の息子娘自慢は拙には……きつい」
 生贄代わりに直毘を差し出し、芹奈は自分の席へ戻った。積もる話は子どもたちが聞いてくれるだろう。
 食事の後は親睦会と称した子どもたちのターン。使い魔のポメ太郎はもみくちゃ。しまいにはベネディクト自らポメ太郎で蹴鞠を始めた。大丈夫だ、使い魔だし頑丈だ。
「なるほど、これが普通の蹴鞠なのか。この間やった蹴鞠は空中戦やら、必殺やらと中々アグレッシブな球技だったからな」
 一方鹿ノ子は美鶴を質問攻めにしていた。美鶴もまんざらでもなさそうに返事をする。ファッションとメイクはどこの国でもガールズトークの鉄板だ。
「お化粧は……興味はあるんスけど、僕にはまだ早いッスかね?」
「そんなことないわ。私がしてあげようか?」
「お願いするッス!」
 ヨルと縁側で碁をしているのは文月。しゃべれなくなった彼女だが、頭はいいようだ。
「いい攻め筋だね。これは油断してると余が負けちゃうかも」
 冗談交じりにそう言いながらも楽しく碁盤を睨むヨル。
 その頃、美鬼帝は英雄と小百合と差し向かいで酒を飲んでいた。
「息子とそのお嫁さんと一緒に飲むのがママのささやかな夢だったの♪ 息子の事、頼んだわよ、小百合さん」

●草木も眠る頃
 皆が寝息を立てる頃、直毘はそっと布団から出た。縁側から庭へ降り立ち、両手を突き出して精神を集中する。足元で木の葉が舞い始めた。風はやがて直毘を中心とした大竜巻となり天と地をつないだ。直毘は深呼吸を繰り返す。溢れ出るばかりだった力を少しずつ抑え込み、直毘は竜巻を解いていく。夜の灯火の庭に涼風が満ちた。
「お見事」
 びくりと直毘が振り返ると、英雄がゆっくりと拍手をしていた。その傍らに控えた小百合もまぶしげに目を細めている。
「それだけの力があれば速佐須良の首級を取ることも可能だ」
「本当に?」
「ああ、そうだとも。都へ来ないか、直毘殿。後の事はすべて俺と小百合に任せておけ。人の使い方を学ぶのも当主だ」
「それは……」
 直毘は拳を握ってうなだれた。いつかはと、そう思っていた。ただそれを突き付けられた現状、戸惑いの方が大きい。いまだ直毘自身、何をどうすればいいのかわかっていないのだ。そこは全部うまくやるから大丈夫だと英雄は言う。彼の言葉は自分に都合がよすぎてなんだか夢を見させられている気がする。
「『今は』やめとけ、直毘」
 彼らが目をやった先には、縁側から降りてくるゴリョウの姿があった。いつの間にかイレギュラーズの面々が庭へ集まっている。
「これは神使殿、どうされたのだ」
 とぼけた調子で英雄が牽制を投じる。美鬼帝は悲しげな瞳で直毘をじっと見つめた。
「直毘、何も隠れてしなくともよかったのよ」
「……ごめんなさい」
「謝らなくていいの」
 美鬼帝は瞼を閉じて首を振った。
「本気なのだな直毘、速佐須良を討つと」
 芹奈の言葉に直毘は固い表情のままこくんとうなずいた。
「いつか必ず。復讐してみせる」
「逸る気持ちはわからんでもないんだがな、覚悟はともかく時期が悪い」
「その心は?」
 英雄に促されたゴリョウは腕を組んだ。
「少なくとも呪詛が飛び交う今の高天京に連れて行くのは流石にリスクが高過ぎる。『八百万』もしくは『護衛対象』ってだけで呪詛かけられかねないしな。何時背中から呪詛が襲ってくるか分からん状態で敵を討つ? 流石にそのリスク込みで早急に動く理由が分からん。それなら呪詛騒動が落ち着くまでは存在自体を知られてねぇ方がマシだろ」
「呪詛の対策なら万全だ。その道の者を何人も雇っている。迫害されているゼノポルタの俺が都の中枢に平然といることからわかってもらえないか」
「だとしても準備(根回し)は要るだろ、常識的に考えて」
「呪詛の件はともかく、まだあそこはかなり危険な区域ですからね。件の騒動が収まってからでも遅くはないかと……折角なのですから、危険に晒すようなことは私たちも勧めません」
 メルトリリスはそういうと直毘へ優しい視線を投げかけた。
「もちろん、したいようにして差し上げたいのは様々ですが、もう少し、お待ち下さい、ね?」
 ベネディクトが一歩前へ出た。
「直毘、俺もかつては国を支える血族だった男。俺から言える事は当主になろうとも、一人では全ては立ちいかぬという事──君はまだ子供だ。手助けをお願い出来る信に値する大人が居れば、頼る事を覚えなさい」
 直毘はベネディクトを見、美鬼帝と芹奈を見、ちらりと英雄と小百合を見た。眠たげな顏と仮面のような微笑、二人の腹の底が知れない。それでもベネディクトは続けた。
「俺の意見だけを述べさせて貰うのならば、今は時期が悪い──というのは確実だろう。以前までならば多少状況も違ったが、豊穣に渦巻く悪しき気配…これを捨て置いておく訳には我々もいかない。まして、正統性を謳うのであれば現在の状況は後の悪評を呼ぶ可能性も否定は出来ない。それでもなお、推し進めるとするならば何らかの事情が発生している場合だろう。腹の探り合いは止めて、誠に正しい事だというなら、素直に話してはどうか?」
「単純な話だ。速佐須良は日々その勢力を増している。今はまだ宮中の奥に潜んでいるが、直毘が大人になるまで待っていたならば手が付けられない事態になるだろう。ただでさえ大祓四家は大打撃を受け有名無実だ。兵を集めるにも時間がかかる、事を急ぐのはそのためだ」
「その言葉が本心からの物ならいいのだが」
 ベネディクトは若干鼻白んだ様子だった。美鬼帝が場を取りなし、英雄と小百合を見やる。
「確かに速佐須良に謀略の機会を与えないというのは重要だわ。だけど……時期尚早よ。直毘はこの「灯火」の子よ。彼が独り立ちするまでは私たち大人が守ってあげないと。……私もね、何も貴方達の事を信頼してない訳じゃないの。頼りにしてる息子と立派なお嫁さんよ。信頼しない訳ないじゃない。でも今の不安定な高天京は危険すぎる……直毘を……私の大事な子を連れて行くのは絶対に嫌」
「親父殿、今は感情論を語るべき時ではない」
「そうかしら。人を動かすのは結局、心よ。直毘、遠慮しないで。ここに居たければ大人になるまでずっと居ていいの。自分の道を決めるのはそれからでも遅くないわ」
「美鬼帝さん……」
「親父殿の言うとおりだ直毘」
 芹奈が直毘を強く抱きしめた。それが姉としてせめてしてやれることに思えたからだ。あるいは直毘を守りたい思いがこぼれたのかもしれない。
「直毘……確かに君は伊吹戸の最後の一人だ……だがそれを重荷として背負わないでくれ。それを伊吹戸の皆は望んでいないと拙は思う。直毘は直毘だ……君は君がやりたいと思った事をやって生きて欲しい……そう願ってる筈だ」
 胸に直毘を抱いたまま、芹奈はきっと顔を上げた。英雄の方は軽くため息をついた。
「小兄に小百合殿……何を企んでる? そもそも直毘を伊吹戸の当主に掲げても二人には利益がほぼなく損ばかりだろう……聡明な小兄ならそれ位わかってるはず……なら何が目的なんだ? 」
「目的も何も、腐りきった速佐須良を苦々しく思っているのは俺たちとて同じだ。そして残念ながら速佐須良のほうが戦力も戦術も上手だ。討たねばならない相手なら、味方は多いほうがいい。この悲田院とて速佐須良に襲われたのだろう? あからさまな危険を放置するほうが危ういのではないか?」
「灯火は、拙たちが必ず守り切ってみせる」
「次の襲撃を耐えられるのか? もしも神使がそろっていない時に襲われたら? 万が一他の子が巻き込まれたら?」
「……そ、それは」
 くやしい、口ではこの兄に勝てない。もともと口下手なところがある芹奈ではあるけれど、子どものころから小兄には言い負かされっぱなしだ。
「はいはーい! 何もあえてこの時期に向かう必要はないはずッス!」
 鹿ノ子が元気よく手を上げた。堰を切ったように言いつのる。
「ぶっちゃけ僕たちは速佐須良とかいうものが何者かすらよく知らないッス! だけど今の高天京へ連れていくのは絶対反対ッス! いま高天京の周辺は色んな騒ぎが乱立していて、危険極まりない状況ッス。なにもあえてその時期に向かう必要はないはずッス。イレギュラーズもあれこれ動いているいま、もう少し事が落ち着いてからでも遅くはないと思うッス。いま高天京に向かうのはカモがネギを背負っていくようなもんッス! 僕は反対するッス!」
「威勢のいいお嬢さんね。鹿ノ子様だったかしら?」
 いままで黙っていた小百合が鹿ノ子へ顔を向ける。どこかしら冷たい微笑で。
「先ほどから皆さん英雄様の言に刃向かってばかり。どうして理解を示さないのでしょうか」
「かまうな小百合。神使には神使の考え方がある」
 英雄に諭され、小百合はおとなしく顔を伏せた。だがその視線は鹿ノ子をはじめとするイレギュラーズに注がれている。寄らば切るぞと言外に感じさせた。
「身辺警護と言うッスけど、何かあったときにたった二人で守り切れるとは思わないッス。お二人の戦闘経験はどのくらいッスか? このへんに出没するような妖怪とは段違いの敵だって向こうにはいるッス。なんなら、元人間だって……そう、操られているだけの人間を、斬る覚悟はあるッスか?」
「この武器は飾りではない。中枢に居る以上、速佐須良にとって俺達も邪魔に見えている。俺と小百合は常にやつの謀略に晒されている。それでもなお生き残っている」
「なるほど。それなりに強いわけッスね? だけど、もしどうしてもと言うなら……僕らも同行させてもらうッス!」
「神使が8人もずらずらとそろっているほうが呪詛の標的になりやすいと思うが。それに親父殿と芹奈は灯火をどうするんだ」
「なら僕ひとりだけでもついていくッス。直毘さんを二人に預けるのだけは止めてみせるッス!」
「元気のいいことですわね」
「小百合、やめろ」
 小百合はつつましくうなずいた。主人にだけ忠実な猛犬のようだと鹿ノ子は思った。
「そうだね……僕としては直毘君を混迷してる高天京に連れて行くと言うのは勿論反対なんだけど……」
 死聖は車椅子の肘置きを指先でトントン叩いた。
「そもそも君達が言う『直毘君を伊吹戸の当主に掲げて、正当性を主張した上で速佐須良を討つ』……それって本当に出来るのかな? そもそもそれを判断する上が真っ黒なのが今のこの国の実態じゃない?」
「確かにこの国が腐っているのは認めよう。俺自身はそこを含めて変えていきたいと思い日々奮闘している」
「それに直毘君を巻き込むんだね?」
「巻き込むとは人聞きが悪い。協力してもらうのだ。もちろん直毘殿の意思は尊重する」
「もし直毘君が嫌だと言ったら?」
「交わる筈の道が交わらないだけの話だ。それに、速佐須良を討つという点においては直毘殿と俺たちは利害が一致している。速佐須良は強敵だ。時を経ればさらに化けるだろう。そこの本来の目的以外を求めるのは野暮だとは考えているとも」
「というか、理由をつけて『直毘君を高天京に連れて行きたい』って言う風に聞こえるのは僕の思い過ごしかな?」
 夜風が吹いた。生ぬるい湿気たいやな風だ。それは死聖の髪を揺らし、皆の影をおどろおどろした雰囲気にして過ぎ去った。
「ここまで誠意を尽くしても、俺は怪しまれているようだな」
 英雄の言葉に、そうだねえと死聖はゆるく笑った。
「時期が悪い。それが僕たちの総意なんだ。英雄君はそこをわかってくれない」
「早い方がいい。それが俺の判断だ。残念なことに理解してもらえないようだ」
 バチリと視線がぶつかる。死聖はそれを受け流すと直毘へ車椅子ごと体を向けた。
「直毘君、君がどういう決断をしようと僕達は君の意見を尊重するよ。でもこれだけは言わせてほしいかな。ミキティさんや芹奈さん、「灯火」の皆を悲しませる選択だけは取ってほしくないかな。皆直毘君の事が大好きだからね」
「……」
 直毘は迷っているようだった。幼くも人生の岐路に立たされた彼を、死聖は哀れに思った。
「皆がいろいろと言ってくれたけれど、余としても今の高天京に連れて行くのはさすがに反対カナー」
 ヨルがやれやれと息を吐く。
「混沌とした状況の上に倒すべき者たちの全容がハッキリとしない状況で正直どれだけ警戒しても足りないし、それこそ目に見える者全て疑わしくなって来てしまうネ」
 英雄と小百合に挑戦的なまなざしを向けるヨル。
「それなら神使同士であっても疑わしく感じるものでは?」
「屁理屈というものだよ英雄殿」
 喉の奥で笑うヨル。
「英雄殿が言うとおり、実際に灯火は襲撃された。直毘殿の居場所も速佐須良に割れている。だけど速佐須良が今後さらに脅威を増すってのはあくまで英雄殿の憶測だよネ? そこまでして急ぐからにはもっとちゃんとした理由が我ほしいナー。大義名分を得るにしても余りにも急性過ぎてただ悪目立ちするだけな気もするしネェ……」
 英雄は黙っている。論破するのも面倒になったのだろう。
「直毘殿、伊吹戸最後の生き残りとして、貴殿はどうするつもり……」
「ノンノン。まずそこから彼に選ばせてあげなくちゃ」
 英雄の問いをヨルが遮った。ヨルは暖かな瞳で直毘を見つめる。
「余達大人がアレコレ言ったものの、一番大事なのは直毘殿の気持ちだよ。今後どうしたい? 状況や意見抜きで、自分の心に向き合ってごらん?」
「ヨルさん、皆さん……ありがとうございます」
 しばらく黙っていた直毘は、やがてはっきりとした口調で言った。
「僕は速佐須良を討ちたい。だけど、今の僕は戦い方もおぼつかない未熟者です。どうか僕を導いてください神使の皆さん。十分に力をつけるまで、僕は灯火に居たいと思います」
 言い切ると直毘はあなたたちへ頭を下げた。
 その様子を英雄と小百合が冷めた瞳で見ていた。
(小兄、なんて目を……)
 芹奈はその冷たさに背筋が寒くなった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

おつかれさまでしたー!
皆さんの意見をしっかりと受け止めて、直毘は彼なりの結論を出しました。
だれだよ、半々がいいって言ってたやつ。

またのご利用をお待ちしております。

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