シナリオ詳細
シュリ・シュリ。或いは、優しい人…。
オープニング
●“優しい”子どもの作り方
この世のあらゆる苦難から、君は救われることでしょう。
辛いことなんて、何もありません。
悲しいことなんて、この世界にはありません。
災いなんて、すべて真昼の夢なのです。
けれど、しかし。
あぁ、しかし、外の世界は辛いことや悲しいことや災いごとに溢れています。
そんな外の世界から来た彼ら彼女らが、この世界に禍をもたらすのです。
ですが安心してください。
そして、大いに誇ってください。
君たちならば、そんな彼らを救ってあげられるんですよ?
ほら、この薬を飲んでごらんなさい。
誰よりも“優しい”人になりたいのなら、ね?
そう告げたのは赤黒いカソックを纏った女性であった。
名を“シュリ・シュリ”という。
鍔の広い帽子から垂れた赤いヴェールに覆われて彼女の表情は窺えないが、その声音は酷く優しいものだった。
シュリ・シュリはそっと小瓶を1つ、目の前に立つ幼い少女に手渡した。
痩せた少女だ。虚ろな眼差しは、経験してきた絶望ゆえか、それとも餓えや疲労によるものか。
ともすると、薬物によって思考が鈍っているのかもしれない。
少女はゆっくりシュリ・シュリの手から小瓶を受け取り蓋を外した。
途端、周囲にバニラにも似た甘い香りが漂った。
その香りに導かれるように、少女はゆっくりと小瓶に口を近づける。
「さぁ、お飲みなさい。優しい少女」
歌うようにシュリ・シュリが告げる。
少女は小瓶の中に詰まった液体をひと息に喉へと流し込む。
直後、少女の体に変化が起きた。
「……ぁ、か。あ。ば、びゃ」
白目を剝き、泡を吹いて少女は体を痙攣させる。取り落とした小瓶が砕け、少女の足首を傷つけた。
白く細い足首から、とろりと一筋血が滴る。
「あ、あぁ……びゅ、ば」
少女の口から零れたそれは、意味をなさない呻き声。
見れば、足首に負った傷はぴりぴりと皮膚を裂き広がっていくではないか。
はじめは小さかった切り傷も、今や足首を一周するほどになっていた。
零れた血で小さな足は真っ赤に濡れている。
その傷口の奥で、細い何かが蠢いた。それは、米粒ほどの大きさの肉の腫瘍のようにも見える。
腫瘍が傷口を押し広げ体内から外へと溢れ出す。
ずるり、と剥がれた皮膚が床に落ちた。
足首の傷のみならず、今や少女の全身は数千を超える無数の腫瘍に覆われている。
もはや性別さえも定かではないその様を、直視に堪えないその様を、シュリ・シュリは黙って眺めていた。
そうして、少女は数分ほども身悶えただろうか。
やがて、どさりと息を引き取り地面に倒れた。先ほどまで蠢いていた腫瘍も、腐り溶けて少女の体から落ちる。
そうして最後、腐肉溜まりの中に残るは、小さく細い骨ばかり。
ころん、と転がる大腿骨をシュリ・シュリはつま先で踏んで砕いた。
「あぁ、君はどうやら優しい人にはなれないみたいですね」
かつて少女であった物に、シュリ・シュリは背を向け歩き去る。
その背後、床に零れた腐肉に集う不気味な影が全部で3つ。
全身から生えた骨の棘に、下半身を形成する6本の脚。
筋繊維で形成されていることを除けば、形状は蟲のそれに似ている。
上半身は人に似ていた。子どもほどの大きさだ。
生えた無数の棘の舌、全身を覆う肉腫が蠢いているのが見える。
それはきっと、シュリ・シュリの言う“優しい”子どものなれの果て。
「あぁ、本格的に動くためにはもっと多く“優しい人”を増やさなくては」
なんて。
どこか恍惚とした声音で、シュリ・シュリはそう宣った。
●“優しい”子どもの眠る時
「場所は独立都市『アドラステイア』。ターゲットであるシュリ・シュリは『ファルマコン』と呼ばれる神を信仰する教徒という話だ」
そう言って『黒猫の』ショウ(p3n000005)はさらに幾つかの情報を付け加える。
曰く、『アドラステイア』は天義から離脱した独立都市である。
そこに暮らす者の大部分が子供である。また、大人はファザーやマザーと呼ばれ子供たちを先導する立場にある。
「旅人を混沌世界から排除することを目的とする組織『新世界』が関与しているようだが……正直言って、行われているそれは所謂“洗脳”というやつだ」
時として言葉や信仰を超えて、薬物或いは寄生虫による意識改革まで行われているという。
今回のターゲットであるシュリ・シュリが行っているのもその一環だ。
「場所はアドラステイア下層。スラム街だな。難民や孤児が多く暮らす地域であり、今回お前さんたちに潜ってもらうのはその一角にある研究施設だ」
研究施設、とショウはそう呼称したが、その外観はまるで白い箱のようだということだ。
シュリ・シュリが用意したもので、周囲には洗脳された子供たち……“洗脳兵”が4名ほど見張りについている。
洗脳兵たちの武装は銃と、それから腹部に巻かれた爆薬とのことだ。
いざとなれば、自爆によって外敵もろとも散るつもりなのだろう。
「爆発に巻き込まれれば【ブレイク】と【火炎】の状態異常ってところか。もっとも、本命はこいつらじゃないんだが……」
研究所の内部は幾つかの小さな部屋と、1つの大きな“実験場兼飼育部屋”で形成されているという。
小さな部屋はシュリ・シュリの自室と、近隣から集めた子供たちの収容施設だ。
「実験場までは小部屋の並んだ狭い通路を進んでいく。曲がりくねっているため、死角が多いのが難点だな」
侵入者の進行を阻むため。そして、飼育部屋に飼われている“優しい人”を逃がさないための工夫だろうか。
「〝優しい人〟ってのは、要するに薬によって変質した子供たちの慣れの果てだ」
この世界には苦痛や苦難が満ち溢れている。
その原因は“旅人”と、それを擁護するローレットに他ならない。
ローレットと関わった者たちもまた苦痛に苛まれており、この世界に災いをなす原因となりかねない。
そんな者たちがせめてこれ以上苦しむことがないように、自分たちは力を与えられたのだ。
「そんな突飛な思考でもって、今も飼育場でローレットへの憎悪を募らせているのさ。いや、正しく言うなら憎悪以外の感情を既に失っているというべきか? 一度外に出たのなら、ローレットだろうが何だろうがお構いなしに襲いまくるだろうな」
“優しい人”たちにシュリ・シュリが襲われない理由は現状では不明とのことだ。
けれど、何かしらの戦力を有していることは間違いないとショウは言う。
「少なくとも“優しい人”と同様に【流血】や【疫病】を付与する能力は持っていると見た方がいいだろう」
加えて“優しい人”の身体に生えた【棘】にも注意するべきか。
「それと、表の洗脳兵が付けている自爆装置と同じものを“優しい人”が付けていてもおかしくはないな」
飼育部屋ほどの広さがあれば爆発してもさほど影響はないだろうが、たとえば通路などの狭い空間となると回避も難しいことが予測される。
「飼育部屋は淡く白い光に照らされており視界は良好。一方で通路は暗く視界が悪い。飼育部屋でも小部屋でも通路でも研究所の外でも、好きな場所でやり合えばいいさ」
最終的に“優しい人”とシュリ・シュリを討伐できればそれで良いのだ。
そういってショウは、どこか冷たい笑みを浮かべた。
「ついでに可能ならシュリ・シュリが保管している薬も破棄してきてくれ。碌なもんじゃないからな」
- シュリ・シュリ。或いは、優しい人…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年09月30日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●優しい人の住まう場所
独立都市『アドラステイア』の一角。窓1つない白く四角い建物で、彼女は説いた。
それは彼女……シュリ・シュリの定義する“優しい人”の在り方と、そこへ至る方法について。
けれどその実態は、幼き子供を“優しい人”という名の怪物に変質させる、およそ人道的とは呼べない実験の隠れ蓑に過ぎなかった。
だから。
だからこそ『白獅子剛剣』リゲル=アークライト(p3p000442)は怒りに震え剣を取る。
「子供たちを救う。元凶であるシュリ・シュリは討ち倒す」
静かに告げたそれは誓いの言葉であった。
そうして彼は地面を蹴って、駆けだした。向かう先は四角い建物……研究所の入り口である。そこにいた少年4人が、同時に銃をリゲルへ向けた。
指先が引き金を絞るまでのラグは一瞬。少年たちは躊躇うことなくリゲルへ向けて鉛の弾を撃ち込んだ。
「ぐっ……」
脇腹を射貫かれ、リゲルの歩調が僅かに緩む。
その背後から、リゲルを盾に飛び出したのは桃色の髪を靡かせる麗人。彼女の名は『戦花』メルトリリス(p3p007295)。天義に所属する騎士見習いである。
「人を撃つのに躊躇いなしとは……かわいそうに、まだ戻れるなら、きっと」
救ってみせるから、と。
言葉にせず、彼女はそう呟いて胸の前に剣を掲げる。剣身に走る蒼紋が、その光を増し周囲に閃光を走らせた。
光に飲まれ、少年兵は苦悶を零す。
その隙に接敵したリゲルが、鋭く踏み込み剣を薙ぐ。剣の腹が1人の胸部を殴打して、その身を背後の壁に弾いた。
「自爆される前に、一気に気絶させるのです!」
閃光が消えたその直後、さらに1人の眼前に駆け込んだのは『生まれたてのマヴ=マギア』クーア・ミューゼル(p3p003529)である。
振り上げた拳に宿る閃光。少年の胸部に向けて、彼女はそれを叩きこむ。
けれど、次の瞬間……。
「辛そうな顔……もう苦しまなくていいんだよ」
にこり、と。
優しい笑みを浮かべた彼は、銃を投げ捨て自身の腹部を強く叩いた。
「……え、あ、だめっ!」
クーアがその手を伸ばした時にはすでに手遅れ。
直後、轟音と共に少年の体は業火に包まれ爆ぜたのだった。
少年兵の頭部を掴み、強く壁へと打ち付ける。意識を失い倒れた彼を『(((´・ω・`)))』ヨハン=レーム(p3p001117)へ投げ渡し『蛇霊暴乱』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)はほんの僅かに吐息を零した。
「2人目……連れ帰って洗脳解除出来れば今後の対応が見出せるかもしれない」
「えぇ、分かっています。爆弾を外して、その辺の茂みにでも隠しておきましょう」
少年兵を引きずって、ヨハンは近くの茂みへ向かった。
残る少年兵は1人。
にこやかな笑みを浮かべた彼は、手にした銃を『影を歩くもの』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)へと向ける。
にぃ、と歪な笑みを浮かべたヴァイオレットは1歩、少年兵との距離を詰めた。その瞳から放たれた、威圧的なオーラを浴びて、少年兵は取り乱す。
「このような子達も己が駒としか見ていない所業は許し難いものです」
「えぇ、まったく。死なれては寝覚めが悪いですしね」
ヴァイオレットに呼応して、『地上の流れ星』小金井・正純(p3p008000)が弦を絞って矢を射った。空気を切り裂き、疾ったそれは正しく少年兵の肩を穿つ。痛みに喘ぎ、銃を手放したその刹那、足音もなく地を蹴って、『地を這う竜』マリア・ドレイク(p3p008696)がその眼前へと辿り着く。
その長身は、まるで地面を這うかのように低く低く……伸ばされた手は少年兵腹部を切り裂き、その首筋をしかと掴んだ。
「貴方たちの神を信仰することはできないけど……感謝するといいわ。毎日お祈りを欠かさなかったおかげで、貴方はきっと生き延びるから」
なんて、言って。
力任せにマリアは少年兵の体を背後へ向けて投げ飛ばし……。
直後、少年の腹部から零れた爆弾が爆ぜ、彼女の体は業火に飲まれた。
●優しい人の殺し方
少年兵から回収した爆弾を、ヨハンは片手で弄ぶ。その中央には通信機らしき魔道具が付いていた。
「うぅん? もしかして既にシュリ・シュリに連絡行ってたりしますかね? それか、見張りを外に置いていたのは、シュリ・シュリの外出中の措置なのかも……?」
「こんな怪しい場所に留守を狙って忍び込む人がいるかしら? あぁ、同じ組織の対立派閥とか? ある程度の規模になれば、一枚岩になんかなれないものね」
ヨハンの手から爆弾を取り上げ、マリアはそんなことを言う。
研究所に立ち入って数分。
現在のところ、行く手を阻むものはなく進行は順調と言えるだろう。
研究室の一室で、帽子を被った女性が肩を揺らした。
唾の広い帽子から下がった赤いヴェールに遮られ、その表情は窺えない。けれど、纏う雰囲気から彼女が笑ったのだということは誰の目にも明らかだった。
彼女の名はシュリ・シュリ。
この研究所を管理する『アドラステイア』のマザーであり、子供たちを怪物に変えた張本人だ。
「あぁ、鼠が侵入したみたいですね。子供も混ざってはいますが……駄目ですね。彼らはきっと“優しい人”にはなれません」
だったら、ここで死なせてあげる。
それがきっと、彼らにとっても良いことです。
なんて、ねっとりとした声音で彼女はそう告げた。
空気を切り裂く音がして、細身の剣が疾駆した。複数の刃をワイヤーで繋いだその剣こそがアーマデルの武器である。
「コイツがそうか……ここまで変異すればもう無理だろうな」
アーマデルの視線の先には、小さな人影。体躯は子供のそれだが、その体は棘と肉腫に覆われている。悍ましささえ感じる容姿のその生物は、シュリ・シュリによって生み出された“優しい人”という名の悲しい怪物だ。
うねる剣閃。アーマデルの鞭剣が床に深い裂傷を刻む。
それを回避した“優しい人”は、剣の軌道に沿うようにこちらへ向けて駆けてくる。
「何が“優しい人”……何が救いですか」
口の中でそう呟いて、正純は空へ矢を射った。
放たれた矢はまっすぐに“優しい人”の喉元を穿つ。
『ィィィ……ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
「くっ……⁉」
瞬間“優しい人”は金切り声の悲鳴を上げた。狭い通路に大絶叫が木霊して、正純は思わず耳を塞いで顔を顰める。
その直後“優しい人”の体から射出された棘……それはどうやら骨が変異したものらしい……が正純の腹部に突き刺さる。
6本の脚で天井に張り付き“優しい人”は、正純へ向けて腕を伸ばした。限界まで開かれた口からは、血の混じった唾液が零れ続けている。
伸ばされた腕には鋭い爪。 “優しい人”は天井を蹴って加速した。
「嗚呼、なんという不幸。愉悦な心が湧き上がります……が、それ以上に不快です」
嫌悪の色を瞳に宿し、そう囁いたヴァイオレットは腕を振るった。その動作に合わせ、するり、とヴァイオレットの足元で“何か”が素早く身を起こす。
それは彼女の影だった。
地を這うように伸びた影が“優しい人”の腹部をその手で刺し貫いた。
再度響き渡る絶叫。
射出された棘に射貫かれて、褐色の肌に鮮血が散る。
血の雫が飛び散る中を、メルトリリスが駆け抜ける。
蒼の軌跡を描く斬撃。“優しい人”の腕を斬る。
ドス黒く変色した血が彼女の髪を斑に濡らし、その頬や肩を棘で抉るが、メルトリリスは意に介さずに剣へと魔力を流し込む。
爆ぜる閃光が“優しい人”の身体を焼いた。
限界まで開かれたその口腔に、正純の矢が突き刺さる。
「救う手立てがないの……せめて、苦しまないよう介錯してあげるわ」
淡々と。
囁くようにそう告げて。
メルトリリスは“優しい人”の首を落とした。
通路進み、辿り着いた大部屋で待っていたのはシュリ・シュリと2体の“優しい人”だ。
その姿を視認した瞬間、リゲルは跳んだ。
「シュリ・シュリ! 貴様の悪事もここまでだ! あの世で子供達に詫びるがいい!」
低く構えた銀の剣に光が宿る。
「あぁ、何をそんなに怒っているのです?」
理解できない、とでもいうようにシュリ・シュリはそう問いかける。
「何を……だと?」
剣を握るリゲルの指に、より一層の力がこもった。
彼の脳裏を過るのは、つい数分前に目の前で死んだ“優しい人”の姿である。
首を落とされた“優しい人”の身体は熔けて、腐った泥の塊となった。拾い上げた子供の骨は、リゲルの手中で灰のように崩れ散る。
もはや遺体を埋葬してやることもできず、救えなかった命はしかし死してなお彼の指から零れ落ちたのだ。
それがひどく悲しく、そして悔しかった。
その元凶であるシュリ・シュリに対し怒りの感情を抑えることはもはや叶わぬ。
だから、彼は剣を振るった。
佇む女性の1人など、彼の剣技をもってすれば僅か一閃で葬り去れる。
その、はずだった。
けれど、しかし……。
「あぁ、残念。彼らはとても“優しい”のです。ほら、こうして体を張って、私を庇ってくれるんですよ?」
リゲルの前に飛び出した“優しい人”が、その身を挺してシュリ・シュリを庇った。
深く腹部を裂かれたソレは、血を吐きながら地面をのたうち悲鳴を上げる。
『ァァアアアアア、痛い、いたぁいっぃ』
掠れた子供の声で喚き、泣き叫ぶその様を見てリゲルは思わず手を止めた。
その一瞬の動揺を、シュリ・シュリが見逃すはずもなく……。
「はぁい、さようなら。来世はきっと“優しい人”に生まれ変わることができるといいですね」
なんて、言って。
骨の棘に覆われた、歪な腕でリゲルの腹部を刺し貫いた。
クーアは腕を素早く振るう。指の間には数本の薬瓶が挟み込まれている。
零れた液体は霊薬。火炎と紫電を発生させて、それはシュリ・シュリを飲み込んだ。
「なんたる邪悪……貴方に焔色の末路をご用意する義理はないのです。ここで焦げてしまうといいのです!」
火炎に焼かれるシュリ・シュリを見据え、クーアは告げる。
そんな彼女のすぐ背後に“優しい人”が駆け寄った。
振り上げた拳と鋭く太い凶爪が、クーアの肩を深く抉る。血飛沫と共に、切り取られた肉片が飛んだ。
「“優しい人”……貴方たちには私の業を、餞に差し上げるのです。せめて美しい焔色の夢幻の中で眠るといいのです……!」
肩を抑え、後退しながらクーアは腰へと手を伸ばす。
指の先で掴み取った薬瓶を“優しい人”に向けて投擲。
砕けたガラス片が散り、同時にその身を火炎と紫電が包み込む。
リゲルの傷を手当しながら、ヨハンは静かに問いかけた。
「リゲルさん、まだ戦えますよね?」
ヨハンの振るうタクトの軌跡を、淡い燐光が追っていく。それはヨハン自身の魔力を賦活の力へと変換したものだ。
淡い光は、抉れたリゲルの腹部に集約。血を止め、肉を再生させた。
「あぁ、もちろん」
剣を握りなおしたリゲルが立ち上がる。その様子を確認すると、ヨハンは1つ満足気に頷いた。
「さぁ、それでは状況を始めましょう。こんな人体実験は今日でおしまいです!」
戦うことは不得手だが。
敵はすぐそこにいる。
情けをかける理由はない。
シュリ・シュリを斬るその役割は、仲間に託してしまえばいい。
腕を無暗に振り回し、壁や床を撃ち砕く。
混乱の最中にある“優しい人”に追い立てられて、マリアは部屋の隅にまで移動していた。
「自爆装置を使わないのは良いけれど……」
『ァァアアア!!』
絶叫と共に振り下ろされた太い拳が、マリアの身体を打ち据える。衝撃に視界が揺れた。骨の軋む音がする。マリアの身体は数度地面をバウンドし、小部屋の壁面に激突。
バキ、と壁の砕ける音。
否、それは巧妙に隠された部屋の入口であった。
「っつ……な、何? ここは……書斎?」
額を抑え、マリアはゆっくり身を起こす。
床やテーブルを埋め尽くす、山と積まれた書類の束が彼女の視界にはあった。
●優しい人に永久の眠りを
壁に並ぶ薬瓶は、どうやらシュリ・シュリが作ったもののようだった。
部屋の資料に目を通したマリアは、苛立たし気に壁を蹴り飛ばす。
「ここにあるのは、どれも薬の製法や、実験結果の記録ばかりみたいね」
だったら特に持ち帰る必要はないだろう。内容に関しても、とてもではないが2度と読み返したくないほどに凄惨かつ身勝手な記述ばかりが目立った。
「どれもこれも、この世に残してはならないものだわ」
そう判断し、マリアは懐から小型の爆弾を取り出した。それは見張りの少年兵からヨハンが回収した自爆装置だ。
起動させた自爆装置を床へと放り、マリアは部屋から外に出る。
爆音。そして火炎が吹いた。
燃える紙片が舞う中を、弓を手にしたマリアが進む。
その光景を遠目に見ながら、正純は姿勢を正して射撃の用意へと移る。
「洗脳、薬物、実験。どれもが、弱者に漬け込み、意のままに操ることを目的とした邪悪の発露に他なりません」
引き絞られた弦がキリキリと音を鳴らす。
「私もお手伝いするのです!」
集中力を高める正純のすぐそばを、金の風が吹き抜けた。
それはクーアの放った光弾。弧を描くようにうねりながら、その光弾は“優しい人”の脚部を撃ち抜く。
その一撃で6本ある脚のうち、2本が砕かれ肉片が散った。泣きわめく“優しい人”から射出された棘により、クーアは胸部を撃ち抜かれる。
血を吐き、仰け反るクーア。その唇が言葉を紡ぐ。
「ひとの末路に焔あれかし。焔こそがひとを報う」
それはある種の聖句であろうか。
一瞬、クーアと正純の視界が交差し……。
「後は私たちが……」
そう呟いた正純は、番えた矢を解き放つ。
正純の矢は狙い違わず“優しい人”の額を射貫いた。
メルトリリスの一閃が“優しい人”の手を切り落とす。
アーマデルの振るう鞭剣が“優しい人”の脚を潰した。
まき散らされた骨棘が、2人の身体を深く抉って血を流させる。
血に濡れ、肩で息をしながらけれど2人は“優しい人”へとさらに1歩の距離を縮めた。
振り抜かれた爪が、メルトリリスの腕を裂く。痛みと出血によるものか、力が入らなくなったのだろう。左の腕が体の横で揺れていた。
辛うじて動く右腕で握りしめた蒼剣を、メルトリリスは高く頭上へ振り上げる。
「シュリ・シュリの言う通り、この世界はひどいところよ。楽しいことより、辛いことのほうが多い世界は、さぞ生き辛いものだと思うわ」
そう告げるメルトリリスの瞳の端で、何かがきらりと光って見えた。アーマデルは、彼女の言葉に耳を傾けながら、剣を操り“優しい人”の脚を切断。
さらに、絶叫と共に振り上げられたその腕に、しゅるりと鞭剣が巻き付いた。裂けた皮膚から血が零れ、その足元を朱に濡らす。
「せめて安らかに眠るといい」
そんなアーマデルの呟きは“優しい人”の耳に果たして届いただろうか。
腕を縛られ“優しい人”の動きが鈍った、その刹那。
「それでもぶつかっていかなきゃいけないのよ!」
ぶつかって、もし、挫けるのなら、その時は誰かがそれを支える。
そんな未来はけれどもはや“優しい人”には訪れない。
だからこそ……。
それを成したシュリ・シュリを必ず倒すと誓いを込めて、メルトリリスは“優しい人”を斬り裂いた。
シュリ・シュリの振るう拳はリゲルの剣に止められた。
「子供の命を弄ぶお前なんかに負けてたまるかっ! 次、右から一撃、気を付けて!」
拳を振り上げ叫ぶヨハンの指示に従い、リゲルは体を半歩左へ動かす。カウンター気味に振り上げられたリゲルの剣がシュリ・シュリの顔を覆うヴェールを裂いた。
「女性の顔を斬り付けるなんて、優しくない人ですね。それに、あぁ、かわいそうな子供たち……」
そう呟いたシュリ・シュリの顔は骨の棘や肉腫に覆われている。彼女自身も“優しい人”と成る薬を服用しているようだ。
「どうやらアナタは“優しい人”になれなかったようですね」
滑稽な、とヴァイオレットは瞳を歪め、シュリ・シュリの様を嘲笑う。
その瞳が妖しい光を宿すと同時、シュリ・シュリの四方に土壁が展開。シュリ・シュリを圧殺せんと押し迫る。
それを拳で壊しつつ、シュリ・シュリもまた歪んだ笑みを浮かべてみせた。
「えぇ、ですのでせめて子どもたちには“優しい人”に育ってもらいたいのです」
「ははぁ? さてはアナタ、正気を失っていますね?」
チラ、と視線をリゲルへ向けてヴァイオレットは後ろへ下がる。ヨハンによって最低限の治療を施されたリゲルが、入れ替わるように前に出た。
1歩、大上段に剣を掲げる。リゲルの腹部を爪が裂く。
2歩、ヨハンが「左!」と叫んだけれど間に合わず。
3歩、ヴァイオレットの伸ばした影がシュリ・シュリの脚を貫いた。
「子供に手を掛けた事、あの世で後悔するんだな!」
シュリ・シュリの爪がリゲルの腹部を貫いたのとほぼ同時、振り下ろされた銀剣が彼女の胸部を深く斬り裂く。
血を吐き、倒れるシュリ・シュリは一瞬、泣きそうな顔をして……。
「あぁ、もう誰も、救えない」
そう言い残し、息絶える。
シュリ・シュリの遺体は崩れることなくその場に残る。【パンドラ】を消費し意識を繋いだリゲルは、剣を納めて無言のままに踵を返した。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様です。
シュリ・シュリは無事討伐され、3名の洗脳兵が保護されました。
“優しい人”に至る薬や実験資料の破棄にも成功しております。
依頼は成功です。
このたびはご参加ありがとうございました。
お楽しみいただけたでしょうか?
もしもそうなら、幸いです。
また機会があれば別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ミッション
シェリ・シェリの討伐
“優しい人”×3の討伐
●ターゲット
・シュリ・シュリ×1
『アドラステイア』のマザーを務める女性。
鍔の広い帽子から垂れた赤いヴェールに覆われており表情は窺えない。
攫ってきた子供たちに“薬”を飲ませ“優しい人”を増やそうとしている模様。
連絡手段を持つようで、自分のところに警備員や“優しい人”を呼び寄せることが出来る。
慈愛の爪(?):物至単に大ダメージ、流血、疫病
・“優しい人”(洗脳兵)×3
薬によって変異した元・子供たち。
蟲のような6本の脚に、骨の変質した棘に覆われた上半身を持つ。
言葉らしきものを発することはあるかもしれないが、そこに意思は伴わない。
動作は素早いが、非常に痛みに弱いようだ。
※攻撃すると【棘】により反射ダメージを受ける。
慈愛の爪:物至単に大ダメージ、流血、疫病
自爆装置:物近範に中ダメージ、火炎、ブレイク
・警備員(洗脳兵)×4
研究所の正面入り口を護る子供たち。
銃火器を装備しているほか、腹部には爆薬を潜ませている。
命中率の低い中距離からの通常攻撃を行う。
自爆装置:物近範に中ダメージ、火炎、ブレイク
●フィールド
研究所。
時刻は日中。
白くて四角い(豆腐のような)外観をしており窓はない。
内部は狭い通路と小さな部屋が複数、最奥には会議室ほどの広さの飼育場がある。
飼育場には明かりが灯っているが、通路は暗い。
また小部屋のどれかは“薬”の保管庫となっているようだ。
飼育場には3体の“優しい人”がいる。
研究所の正面には4名の洗脳兵がいる。
シュリ・シュリの居場所は不明。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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