シナリオ詳細
<傾月の京>穢れの地を浄化すべし
オープニング
●
神と鬼が住まう黄泉津、豊穣の地へとイレギュラーズがたどり着いてから数か月が経つ。
イレギュラーズ達は各地で起きている怨霊事件、妖事件などをことごとく解決し、ヤオヨロズ(精霊種)やゼノポルタ(鬼人種)達と友好を築いていく。
中には豊穣の民からも新たにイレギュラーズとなる者も出始めており、更なる活動の場を広げている。
そんな状況を、面白く思っていないのが天香家当主天香・長胤である。
彼は巫女姫と共に呪詛の拡散をはかっていたが、その為に動いていた部下の1人にヤオヨロズの中年男性、痛昏・直滋がいる。
痛昏は天香の命を受け、神具を呪具と化して出回らせたり、『忌』や『呪獣』を生み出したりしている。
「全く、天香様の人使いが荒くいらっしゃる……。いや、正確には巫女姫でしょうかな?」
薄暗いその瞳は怪しく光り、すでに彼が人を辞めていることを窺わせた。
痛昏は小さく首を振り、自らが従える獣達を見下ろす。
「「ウウゥゥ、ウウウゥゥウウゥゥゥ……」」
唸り声を上げていたのは、巨大化したネズミやイタチ。いずれも忌や呪獣、肉腫化した妖どもである。
そいつらが狂暴性を増しているのは、空に浮かぶ満月の影響が強いと思われる。
「新円を描く月は、こうまで我々を狂気にかき立てる……休む暇もないとも言ってはおられませぬな」
痛昏は野山を見上げる。この小高い丘を越えれば、その先には穢れの地が存在する。
彼は小さく鼻を鳴らして。
「さあ行け、獣ども。今日こそ穢れの地を浄化するのだ」
けしかけられた獣達は丘を駆け上がる。
その先にあるのは、イレギュラーズが豊穣にやってくる為の拠点となる此岸ノ辺だった。
●
暑さも和らいできたどころか、やや肌寒さを感じていたある日の夜。
空にはぽっかりと新円を描いた月が浮かんでおり、月明かりもあって明るさも感じる。
「本当なら、絶好のお月見日和なのですが……」
そんな言葉とは裏腹に、『穏やかな心』アクアベル・カルローネ(p3n000045)の表情は真剣そのもの。
彼女は自らの予知と合わせ、豊穣で活動するイレギュラーズ達の情報から、魔種の率いる一団が今、イレギュラーズ達のいるこの此岸ノ辺へと侵攻していることが分かったことを話す。
侵攻しているのは、天香家当主天香・長胤の部下の1人、精霊種である痛昏・直滋だ。
「この痛昏という男性、以前起こった事件の犯人だと思われます」
神具が呪詛によって呪具となった事件。そして、鼠を使った殺人事件、いずれも七扇直轄部隊『冥』に所属するこの痛昏という男が関与しているとみられる。
彼はすでに魔種と化しており、その力は並々ならぬものがあるようだ。
「彼は以前の事件で姿を見せなかった『忌』となった妖の他、呪獣や複製肉腫となった妖まで従えているようです」
強大な力を持つ魔種にはいずれの獣達も抗うことはできなかったということだろうか。
痛昏の狙いは此岸ノ辺の破壊。
豊穣にやってきた神人……イレギュラーズの排除を企てているものと思われる。
「呪詛を使った一連の事件も天香・長胤の指示に従っての行動と思われます。また、巫女姫派、『カラカサ』に関連する肉腫、呪獣の動きとも合致します」
此岸ノ辺は魔物の発生を抑える加護も有していると噂されている。依頼の成否や破壊の度合いによっては様々な悪影響出る恐れがあるとみられている。
此岸ノ辺の破壊は天香、巫女姫両人にとってメリットとなるのは間違いない。
「この此岸ノ辺を今破壊されることはイレギュラーズとしては避けたい所ですね」
魔種が関与していることが分かったこの状況で、豊穣へと簡単に移動できる手段を失うのはあまりにも痛い。
そこまで説明を終えたところで、ふらりとやってきたのは四尾の妖狐女性楓だった。
「やあ、その一件、実に興味深い」
神具が呪具となった1件に巻き込まれた彼女は、その主犯が現れると聞いて嫌いな戦場にも関わらずこうして足を運んできたのだ。
「できるならその男性を捕らえて話をしたいところだが、生憎魔種ということだな。ならば神人の諸君を介してそのノウハウについて聞きだすことができれば幸いだな」
知識欲は全てを凌駕するといったところか。参戦を決めた彼女を止めることはできそうにない。
「と、ともあれ、侵攻は進んでいるはずです。速やかに迎撃を願います」
もう近場まで迫ってきている敵をこの此岸の辺へと到達させぬ為、イレギュラーズ達は楓を伴い、敵が向かってきている野山へと向かっていくのだった。
- <傾月の京>穢れの地を浄化すべしLv:15以上完了
- GM名なちゅい
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年10月05日 22時50分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
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空に浮かぶ満月は、豊穣の地を明るく照らす。
月明かりの下、依頼の説明を聞いたローレットイレギュラーズ達は、すぐさま敵が攻めてきている近場の野山へと直接向かう。
「此岸の辺にも敵が迫っているとはな」
「此岸の辺ってたしか……そう、何だっけ?」
黒い作務衣を纏う青年、『魔剣鍛冶師』天目 錬(p3p008364)の言葉に、マゼンタとシアンの髪、瞳を持つトナカイの獣種少女、『二律背反』カナメ(p3p007960)が首を傾げる。
此岸ノ辺。ここは豊穣の地において、特異運命座標の召喚や混沌世界に住まう者の召喚を行う場所。
黄泉津では『穢れの地』と呼ばれ、神使とも呼ばれるイレギュラーズが豊穣で活動する上で大事な移動拠点だ。
「此岸ノ辺を狙って来たかー……ここが落ちるのはかなりの痛手なんだよネェ」
切迫する状況ではあるのだが、薄紫の長い髪を靡かせる『通りすがりの外法使い』ヨル・ラ・ハウゼン(p3p008642)は至ってマイペースに語る。
「此岸の辺へ攻め込まれるのは神使も困るが、わしも困る」
全身色素の薄さを感じさせる中世的な鬼人種、『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)は豊穣の民であり、直接の被害はない。
「なにせ神使たちが来れなくなってしまうからのう。面白いものが見れなくなってしまう」
気分屋な瑞鬼なのだが、イレギュラーズは存在自体が気に入っているらしく、乗り気な様子。
「わしもせいぜい気張るとしよう」
「なるほど、守るって事は被害を受けたら大変な事になるから、大切な所なんだよね!」
カナメも仲間達の会話から、この場が重要な場所であることは把握したようである。
「何が起こっているのか真相はまだよく分からないけれど、力を貸すよ」
こちらもマイペースな精霊種として実体化した剣、『特異運命座標』ヴェルグリーズ(p3p008566)もまた此岸の辺の破壊は流石にまずいと判断し、助力を惜しまないとのこと。
「おうおう、今度は鼠取りか?」
やや子供っぽさを感じさせる長い紫色の髪、小柄な体躯の『特異運命座標』篠崎 升麻(p3p008630)は依頼を聞いてそう感じたらしい。
実際、相手の大半は鼠に鼬。なるほど、それらを捕えるのであれば確かにネズミ捕りである。
「大規模に仕掛けてきやがったか」
時期に攻めてくる敵について、気だるげな態度をした小柄な女性、『死神教官』天之空・ミーナ(p3p005003)が主観を語る。
「これを凌げば勢力が弱まるのか。はたまたまだまだ続くのか……」
もっとも、未来のことは未来でしか分からないと、彼女は成り行きを見守る構えのようだ。
「まあ、此岸ノ辺の重要性を理解して攻め入ってくる相手となると、それなりに自信と実力のある相手だろうねぇ」
今回、集団を率いる魔種の男は七扇直轄部隊『冥』に所属しているとヨルも聞いており、いくつかの事件で暗躍していた実力者であるとのこと。
ならば、油断せずに立ち回らなければ、瞬きの間にこの場を突破され、此岸ノ辺を破壊されかねないとヨルは考えて。
「……気合入れて慎重に行こうかネ」
僅かな時間であるが、メンバー達は防衛戦の為に準備を整える。
「拠点防衛とくれば俺の仕事だな。任せておけ」
錬は練達上位式で天狗……飛行種の式を作り出して航空偵察を行い、敵の接近を察知できるようにする。
その上で、彼は野山で高所へと続く登坂へと陣地構築によってバリケードを張り巡らす。これによって、敵を高所……此岸ノ辺へと向かわせぬよう移動阻害をするのが狙いだ。
「この地に領地を持つ身としては、ここの機能に異常を出す訳にも行かないな。まだ混沌大陸の方にも用事は沢山あるんだ」
作業の最中、錬は今回の参加動機をそう語る。
「そして何より、神具を呪具に堕とした犯人とあっては鍛冶師として放っておくことは出来んな……」
作業に当たるのは錬だけではない。
ミーナは錬と話し、戦略眼でみた観点から布陣に穴が出ないよう助言し、直接布陣、バリケードの位置にも手も加えていた。
「何があっても抜かせる訳には行かないから」
加えて、ミーナは従者である鍛冶師兼魔道師であるルナ・トレインに、陣地構築の材料になるようなものを運んできて貰う。
「本当、お嬢は無茶を言うね」
ルナは呆れながらも、ミーナの指示通り、敵の行軍を妨げられそうな失敗作の武具を持ち寄り、配置していく。
ヨルも陣地、バリケード作成の手伝いを行う。
「何もせずに迎え撃つよりかはマシだと思うしネ」
また、ヨルは霊魂疎通、霊魂操作で周囲を彷徨う魂にも偵察を頼んでいた。
「俺も警備には多少の心得がある」
ヴェルグリーズもセンチネルとしての知識を提供し、少しでも有効な対策が取れるようにする。合わせて、彼は率先して力仕事の手伝いも行っていた。
僅かな時間ではあったが、それなりの陣地を築き上げた錬は手早く前線メンバーには迎撃に適した場所を、後方メンバーには高所からの射線が通る場所を選定し、仲間達へと伝えていた。
「きっと敵も強いのがいっぱい来るんだよね。つまり、ボロボロにまるまで痛め付けられ……うぇへへ……!」
そんな中、被虐嗜好のあるカナメはどれだけ攻撃を受けることができるかとやや妄想に浸りかけた所で、仲間達の視線を集めたことに気付く。
「……あ! 守るよ? もちろん此岸の辺って所を守った上でだよ!?」
弁解する彼女だが、その顔は期待の為か緩みっぱなしだった。
「厄介な敵が多いね」
『今回は防衛戦だ、周囲の状況をよく把握しておけよ?』
早くも後方の高台へと位置取っていたのは、2対4枚の黒翼と3つの瞳を持つ『穢翼の死神』ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)。
彼女は胸元にある十字架に封印された魂と会話していた。
「分かってるよ、倒せそうなのと近い相手から処理するよ」
『油断だけはしない様に』
「うん、楓にもサポートはお願いするし、全力で迎撃していくよ」
ティアの視線の先には、同じく後方支援に当たる妖狐女性、楓の姿がある。
「さて、そろそろ来るかな。どんな情報が得られるか実に楽しみだ」
「楓さんってば、以前呪具の件であんな目にあったのに全く懲りないんだから……」
そんな知人の楓の様子に、黒髪ショートの少年冒険者、『数多異世界の冒険者』カイン・レジスト(p3p008357)が呆れるものの。
「まぁ、多分僕が同じ立場だったとしても同じだけどね」
「ここで情報を引き出す事で解決の糸口を得られるってんなら、喜んで命を張るってもんさ」
それに升麻も同意する。
呪具に関する事件に彼も幾度か関わったことがあるそうだが、どれもこれもロクなものではなかったという。
「……当然、奴さんにも命を張って貰うけどよ」
「そうだね。この大一番、楓さんにもちゃんと働いてもらうからね!」
豊穣で領地を貰っているというカインは、この依頼は失敗できないと気合を入れており、楓にはうまくいけば領地の収入で報酬を出すとのこと。
「ふむ。ならば全力でサポートさせていただこう」
「それは助かる。よろしく頼むよ」
楓が依頼になおやる気を見せると、ティアが改めてサポートの願いをしていたようだ。
「狐のねーさんは情報を欲しているようだし、此処は気張って、あの出っ歯野郎にゲロらせるとすっか!」
「俺もそいつを捕まえたいのはという意見には同意だがな。……尤も、より良い武具の作製と浄化のために情報としてだがな」
升麻、錬はそれを確認し、前線へと移動していく。
すでに、陣地がある程度完成していたのは、メンバー達の協力あってこそ、思った以上にいい形で敵を迎え撃つことができそうだ。
「来たな……」
「ふむ、おいでなすったようだネェ」
そこで、偵察に当たっていた錬やヨルから、敵集団接近の一報が入る。
「あれか、敵は」
巨躯の赤髪少年、『翡翠の守人』ガウス・アルキ・メデス(p3p008655)は迫りくる敵の群れに厄介そうだという印象を抱く。
「「ウウゥゥ、ウウウゥゥウウゥゥゥ……」」
それもそのはず。迫りくるのは確かに獣の群れだが、ただの獣ではない。
鎌鼬は元々妖だが複製肉腫化しており、ネズミは儀式によって呪獣と成り果てている。
そして、その後方には、呪詛により忌として生み出された巨大なネズミ、不知火鼠の姿もあった。
「ほう、どうやら我々のことは知られていたようだな」
前方、登り坂となった丘を見上げる口から突き出た前歯が印象的なヤオヨロズの中年男性、痛昏・直滋はイレギュラーズ達が築いた陣地を見回す。
どうしたものかとそいつがこの場の攻略の為に唸っていると、イレギュラーズ達も戦闘準備を素早く整える。
「ま、こちとら傭兵なんでね。仕事はきっちり報酬分はやらせてもらうぜ」
ガウスにとっては豊穣の状況はさほど興味がないようで、この依頼は平和な日常を得る為の糧といった認識。
とはいえ、受けたからには彼なりに力を尽くす構えだ。
「「シャアアアアアアアアアアッ……!!」」
前線のネズミやイタチが威嚇し、さらに不知火鼠もそこをどけと言わんばかりに牙を剥く。
「相手の狙いの根本までは分からなくても、それでも、少なくとも此岸の辺をやられる訳にはいかないんだよ」
カインはそれらを纏めて捕捉しつつ、儀礼剣と魔術書らしきものを構えて。
「ここで留めさせて貰おうか!」
大声で叫んだ彼の一言がこの戦いの火蓋を切って落としたのだった。
●
獣達を率いる痛昏・直滋は、丘の上の奥にある此岸の辺を見据えて。
「さあ行け、獣ども。今日こそ穢れの地を浄化するのだ」
「「シャアアアアアアアッ!!」」
痛昏がけしかけると、獣どもが一気に丘を駆け上がろうとする。
この獣が飛翔できれば、イレギュラーズ達の戦略も変わったものとなっていたはずだが、相手は4本足で地上を移動する相手である。
おかげで錬が主導として築き上げた陣地は功を奏していたようで、簡単には丘を登ることができないでいたようだ。
そして、敢えてバリケードがない部分に、カナメやガウスが立ち塞がる。
ある程度、敵が近づいて来たのを見て、遠方に位置取る仲間の射程に敵が入ったことを確認し、
「はいはーい、ここから先は通行止めー! ザコさんは誰も通れませーん、残念でしたー!」
カナメは馬鹿にするように名乗りを上げると、彼女目がけて獣達が集まり、牙を突き立て、爪を薙ぎ払ってくる。
「やあやあ、我こそはガウス・アルキ・メデスなり!」
青刀『ワダツミ』を抜くガウスもまた、高らかに名乗りを上げて。
「そこの悪者にネズ公ども、我が武勇の錆となるがいい!!」
彼の方にもまた、多数の獣が駆けていく。
前方のそのやり取りを、10mほど後ろで見ていたカインや錬も動き出して。
「君たちに特に恨みがある訳じゃないけどね――それでも僕達の邪魔はさせないよ!」
圧倒的な眼力で敵を観察していたカインは、遠距離攻撃を持つ鎌鼬をメインに捉え、激しく瞬く神聖の光を発して獣達を灼き払っていく。
歪みの力を行使するヨルもまた鎌鼬に狙いを定め、その存在そのものを蝕もうとする。
苦しむ鎌鼬だが、もがきながらも刃を振り回し、イレギュラーズ達を傷つけようとしていた。
「出し惜しみ出しでいくよ。どちらにせよ長期戦にはしたくないしね」
ヴェルグリーズは名工の剣を居合一閃させ、獣らを纏めて切り裂いていく。
数を考えれば、長期戦はジリ損になるとヴェルグリーズは見ている。後ろには強力そうな忌の不知火鼠や魔種である痛昏が控えているのだ。
射程ギリギリの位置で下がっていた瑞鬼も主にネズミを狙って結界術を展開する。
「わらわらと鬱陶しい鼠共じゃ。ここから先は通さんよ」
それによって致命傷を与えられれば、瑞鬼はさらに鬼の技を使ってネズミを刹那常世と幽世の狭間へと落とし、身動きを鈍らせていた。
だが、引き付け役が2人がかりで抑えるも、獣の数は10体ほどいる。抑えから漏れた敵が高所を目指す。
「おっと、アンタの相手は僕だ」
そいつにはすかさず升麻が血を啜る妖刀「血蛭」を抜き、素早く突き出し、赤く染まった刀身でネズミの肉を突き刺す。
「ウウウゥゥウウゥゥ……!」
傷付いたそのネズミは赤く瞳を輝かせ、升麻を睨みつけていた。
(見過ごしはないな)
ミーナは布陣中央で敵の数を把握しながらも、まずは回復の必要なしと判断して群がる獣へと個別に業火を放って敵を焼き尽くさんとしていく。
そして、高台からはティアが「陣地構築」スキルを使いながらも、狙いを定める。
仲間が射線上にいないことを彼女は十分視認して。
『今だ、ぬかるなよ』
「ええ、私達の魔弾から逃しはしない」
ティアは全身の力を魔力に変え、携えた弓「天穿つアーカーシャ」から破壊的威力を持つ一射を撃ち出す。
一直線に丘を飛ぶその矢は獣達の体を穿ち、さらに奥にいた痛昏へと飛んでいく。
「フン……」
だが、彼はさらりとそれを避け、自らがけしかけた獣達の戦いぶりを注視していた。
「この呪いの獣達も実に興味深いね。倒したら少し見てみたい」
楓は『見』の力でバリケードを抜けた敵がいないかと敵の行動をチェックする。
それだけでなく、戦いは好まぬ楓ではあるが、『変』、『軽』の力で相手の体調を変化させたり、浮かした敵を地面に叩き落としたりといった手段で援護攻撃も行ってくれていた。
秋になり、少しずつ夜風が涼しく感じられるようになってきているが、此岸の辺近辺の丘での戦いはヒートアップする一方。
「うっとおしいと思って欲しい、厄介だと思って欲しい、敵意をちょうだい、害意をちょうだい!」
妖となった鎌鼬や呪獣となった旧鼠を引き付けるカナメは、自分から注意が反れた敵を煽るように呼びかける。
お望みどおりにとカナメをネズミは腕で掴みかかろうとし、鎌鼬は竜巻を巻き起こして攻め立ててくる。
しかしながら、カナメは攻撃を受け、傷ついてなお笑って見せて。
「カナはそういうの、大好きだから! うぇへへ」
根っからの被虐嗜好な彼女は攻撃されることに喜び、愉悦を感じていたようである。
ただ、カナメの体力が持つかどうかは別問題。
ヨルが召喚物に癒しを託していたが、どれだけカナメの体力が持つか分からぬ部分もある。
カナメの体力が続く間に獣の数を減らそうと、イレギュラーズ達は攻撃の手を強めていく。
ヴェルグリーズがコンビネーションで斬撃を浴びせていた鎌鼬が弱ってきたところに、瑞鬼が呪いを与えることでトドメを刺す。
「どこぞの傍迷惑な天才が太陽に悪戯したと聞いたが、お前たちは月か。全く、風情のない連中だ」
頭上の月を一瞥した錬は式符を手にし、仲間が引き付ける敵を纏めて捉える。
それらに向けて彼は無数の金属槍を生み出して鎌鼬を穿つと、2体が串刺しになったまま動かなくなっていた。
少しして、ティアが再び弓から魔力を込めた高出力の一矢を発して。
我に戻った鎌鼬は疾風の刃を飛ばしてこようとしていたが、ティアの矢に貫かれて2体が完全に動きを止めてしまう。
巻き込まれずには済んだが、両腕と尻尾の刃で仲間に切りかかっていた1体の傷が深いことをミーナはエネミースキャンで看破して。
「倒せるなら、早く倒さねぇとな」
ミーナは悪夢の炎で鎌鼬を攻め立て、全身を燃やして黒焦げにしてしまった。
順調に敵を討伐しているように見えるイレギュラーズ一行だが、ガウスが思った以上に苦戦していた。
怒りを覚えさせながら、彼は旧鼠を抑えに当たっていて。
思った以上にその攻撃の威力が高く、身体に食い込む毒爪に蝕まれていたガウスは息を荒くしてカウンターの一撃を叩き込もうとする。
しかし、そのガウスへと迫ってきたのは忌、不知火鼠。
そいつは堪える彼を嘲笑うかのように怪力で掴みかかる。ガウスはパンドラを使って抵抗し、なんとかその手から逃れていたようだ。
引き付け役から注意を逸らす旧鼠を漏らすことなく、升麻は相手に妖刀で闇と呪いを帯びた一撃を浴びせて体力を削いでいた。
彼は仲間達の攻撃に巻き込まれぬようにしながらも時には後退もし、敵に突破されぬようにと移動しながらも鼠の体を断ち切らんと刃を振るう。
「シャアアアアアアアアッ!!」
旧鼠の吐く血はややどす黒く。強く呪詛の影響を受けたその呪獣は苦しみ悶えながらも、尻尾で升麻を締め付けようとする。
その上で彼をやり過ごして丘を駆け上がろうという動きを見せた旧鼠へ、ヨルは周囲の監視もさせていた怨霊を行使し、旧鼠を執拗に攻め立てて命を奪っていた。
「そろそろ良さそうだね」
モンスター知識を駆使して敵を観察していたカインは旧鼠の傷がかなり深まっていたことを察し、残る敵へと神聖の光を浴びせあっけ、2体を地面へと転がしていく。
残る1体はヴェルグリーズがコンビネーションを使った攻めで相手の体を切り裂いてしまう。
最後の旧鼠が倒れたところで、彼は丘の下に残る不知火鼠、そして痛昏の姿を確認する。
不知火鼠もまだ然程傷んではいないが、痛昏などはほぼ無傷だ。
「やはり、呪詛の力をもってしても、畜生ではこれが限界ということですかな……」
小さく嘆息した痛昏もまた動き出し、怪しげな黒い符を取り出して新たな獣を呼び出してくるのだった。
●
残る敵は気づけば、不知火鼠と痛昏のみとなっていた。
瑞鬼はガウスの方へと向かっていた不知火鼠の方へと向かって。
明らかにこの場の突破を目指す動きを見せる敵へ、瑞鬼は全力で抑えに当たろうとしたが、そこでいつの間にか動きを見せていた痛昏が瑞樹目がけて獣をけしかける。
「まさか、あの数の呪獣に複製肉腫が倒されるとは」
己の力を注ぎこんだ召喚獣はけたたましい叫びを上げ、瑞鬼へと激しく突撃する。
「なん、じゃと……?」
その一撃で獣は消え去ってしまうが、瑞鬼も思わぬ一撃で大きく体力を持っていかれたところに不知火鼠の毒爪をその身に浴びてしまう。
パンドラの力を砕いた瑞鬼は踏みとどまったものの、魔種である痛昏の参戦で一気に戦況が変わるのをイレギュラーズは感じていた。
ミーナがすぐさま自らの力を回復魔力へと変え、瑞鬼の傷を塞ごうとしていく中、イレギュラーズは総出で魔種と忌の突破を食い止める。
「来る……」
ティアは暴れる忌がバリケードを薙ぎ倒そうとしていたのを目にし、仲間へと警戒を促す。
続いて、ティアはそちらへと絶対不可視の刃を飛ばし、巨躯の鼠の体を切り裂いてどす黒い血を迸らせた。
引き付け役2人から距離をとってバリケードを破壊しようとしていた魔種と忌。
「わざわざ、相手の挑発に乗る必要はありませぬな」
板倉は冷静に忌へと指示しつつ、自らも獣を操ってバリケードの突破を図る。
そうなれば、イレギュラーズ達も布陣を維持したままで少しずつ後退し、丘を登っていく形となって。
「逃がすわけには行かないね」
ヴェルグリーズも獣を討伐して息ついていたが、すぐさまコンビネーションを痛昏へと仕掛けようとする。
だが、相手は瞬時に鼠を思わせる獣人の姿へと変わって。
「残念ながら、主では我を止められませぬ」
煌めかせた鋭い爪で痛昏はヴェルグリーズを切り裂く。
運命に欠片をつかみ取って倒れることを拒絶したヴェルグリーズ。
そこに小動物や植物の助けを求める声を聴いた回り込む痛昏にガウスが追い付き、行く手を遮っていた。
一方、忌である不知火鼠の方にはカナメが追い付いていた。
「ほら、もっとその爪を喰い込ませて!」
相手に攻撃するよう誘う彼女は防御を固めつつ、その防御を破壊力へと転化して強力な一撃を不知火鼠へと赤黒い刃で切りかかる。
別方向に向かった痛昏を気にかけながらも、錬は先にバリケードの突破をはかっていた不知火鼠へと向かっており、式符より現した鏡より眩い陽光を発して忌の体を灼いていく。
「シャアアアアアアアアアアッ!!」
「カイン、こちらに忌が迫っている」
敵の接近を受けて知人へと呼び掛ける楓が『変』の力で不知火鼠の身体に不調をきたし、動きを止めようとすれば、カインは簡易飛行で敵に追いつく。
「突破はさせないよ!」
身を張ってカインもその行く手を遮って光を浴びせる者ものの、不知火鼠の侵攻は完全には止まらない。
その長い尻尾でカインの首を強く締めてきて、一時彼は昏倒仕掛けてしまう。
「楓さんがまだ戦ってるんだ……!」
自らのパンドラが一部弾けるのを自覚しながらも、カインは忌の尻尾を振り払う。
だが、不知火鼠も荒く呼吸を繰り返している。
そいつへとイレギュラーズは攻撃を叩き込み、ヨルが邪悪な怨霊に襲い掛からせると、升麻が間髪入れずに妖刀の刃をそのネズミへと深く突き刺す。
さらに掌打を浴びせかけた升麻は不知火鼠の体に気を送り込み、不知火鼠の身体を破壊させてしまう。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!」
一際大きく叫んだ忌だったが、呪詛から生まれたそいつは黒い靄となり、そのまま消えてなくなってしまう。
その時、盾として獣人となっていた痛昏を抑えていたガウスが敵の鋭い爪に引き裂かれ、倒れ伏してしまった。
すでにパンドラの力を使っていた彼はすぐに目を覚ますことなく、痛昏はその横を素通りしようとする。
ただ、その行く手をさらに後退したイレギュラーズ達が塞ぐ。
「お前には聞きたいことが山ほどあるからのう。簡単に逃げられると思わんことじゃ」
ここで腕や足の一本でも持っていきたいと、瑞鬼は結界術を展開して敵の足止めをはかる。
「どーせ、呪具の事なんて碌に知らない下っ端なんだろ? 違うってんなら、証拠みせてみろや」
さらに、升麻がカマをかけつつ、相手の自尊心も弄ってみると、痛昏は鼻で笑ってこう返す。
「生憎、呪詛を使うにはそれなりの準備が必要となりますのでな」
「へぇ……。やっぱ大した事無ぇのか?」
さらに升麻は相手を煽りつつ、妖刀で敵の足腰へと斬りかかろうとしたが、痛昏は中年男性とは思えぬ跳躍力で飛び退いてみせた。
「魔種か、この地で会うのは初めてだが……あの絶海で会った連中とは毛色が違うな」
錬も着地を狙って金属槍で痛昏の体を貫かんとする。
魔種とはいえ、さすがに完全に防ぐことができず、体から赤い血を流していた。
「欲を、力を求めて呼び声に応じた口か? 無知を付けこまれたにしても容赦するつもりはないが、な!」
そんな敵へと語気を荒くして呼びかける錬。
すると、痛昏は元の姿へと戻り、大型の鼠を呼び出して。
「……ここは神使の力を侮っていた我の負けですな」
鼠の背に乗り、彼はすぐさま反転する。
「逃げるの? ほら、攻撃していいんだよ!?」
「それはまたの楽しみとしましょう」
カナメが相手を煽るが、冷静な痛昏はそれに乗ることなく、この場から走り去ってしまったのだった。
●
イレギュラーズ達は忌、呪獣、妖を討伐し、此岸の辺の防衛に成功した。
「にしても、このネズミ……焼けば食えるか?」
深い傷を負っていたガウスだったが、戦闘が終わってから目覚めた彼は倒れていた獣達に思わず涎を垂らしそうになっていた。
「で、元大魔道士さん。この呪術を見てどう思うよ?」
「非常に強い呪いだね。詳しく調べないと何とも言えないが」
ミーナの問いに、従者のルナが見たことのない呪術だと唸る。
豊穣独自の物らしく、しばらく楓とああでもないこうでもないと議論していた。
なお、呪いや肉腫を植え付けられた獣ということでどんな悪影響があるか分からないと、ガウスは2人から食べるのを止められていたようである。
「本当は直滋からは色々と聞き出したい情報もあったけれど……」
「そうだね。実に残念だ。呪詛の使い方なんてすごく興味があったのだけれどね」
残念ながら、獣達を率いていた痛昏は取り逃がし、ヴェルグリーズや楓が残念がっていた。
とはいえ、獣達との戦いでかなり疲弊していたイレギュラーズ達だ。これ以上無理をすれば、此岸の辺の防衛すら失敗していた可能性もあると、ヴェルグリーズもやむを得ないと感じていたようだ。
「洗いざらい情報吐いたら、しっかりトドメ刺したんだがな」
升麻も狐のねーさんこと楓の為に痛昏から情報を引き出すつもりだったのだが、相手もさすがにそこまで甘い相手ではなかったらしい。
「それにしても、さすがに被害をゼロにはできなかったね」
『奴ら隙を見て攻撃してやがったからな』
戦い終盤は後方へと下がりつつ戦いを繰り広げたこともあり、建物へと遠距離攻撃が及んで被害があっていたのをティアは確認する。
「さて、敵方が仕掛けた大呪とやらを打ち砕くまで油断は出来ないな。少しでも場を整えておかないと」
錬は無機疎通を行い、此岸の辺自体からダメージを負った箇所を聞き出すことで可能な限り修復を行う。
「カナにも手伝える事ある? がんばるよー!」
カナメがその助力に当たり、ミーナもまた手入れをと壁のキズを補修していく。
また、ミーナは自分達が陣地構築によってつくったバリケード跡などの撤収にも当たっていた。
その手伝いをしながら、瑞鬼が一言。
「それにしても此岸ノ辺の破壊を狙うとは、向こうもそれなりに本気の様じゃな」
痛昏の上司に当たる天香・長胤、そして、巫女姫……。
彼らは間違いなくイレギュラーズを疎ましく感じており、その排除に本腰を入れ始めたのだと、メンバー達は実感するのである。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
リプレイ、公開中です。
MVPは戦いの他、戦地に合った陣地を作成し、敵の侵攻を遅らせることに成功したあなたへ。
今回はご参加、ありがとうございました!
GMコメント
イレギュラーズの皆様こんにちは。GMのなちゅいです。
傾月の京のシナリオをお届けいたします。天香と協力関係にある魔種とそいつの生み出した『忌』、呪獣、肉腫化した妖が此岸の辺を狙っておりますので、撃退を願います。
●概要
此岸の辺の防衛。
●備考
・当シナリオでは依頼の成否、もしくは此岸ノ辺へのダメージによって、此岸ノ辺に様々な影響が出る場合があります。
●敵……12体
〇魔種……痛昏・直滋(いたくら・なおしげ)
天香の部下。七扇直轄部隊『冥』所属でやや出っ歯な元精霊種の中年男性。
イレギュラーズが豊穣の地で活動をする邪魔をすべく、協力者を排除したりするなどあちらこちらで暗躍していたようです。
主に獣を使って(アタックオーダーなど)攻撃を仕掛ける他、一時的に獣人化して襲ってくることもあるようです。
〇忌……不知火鼠(しらぬいねずみ)
拙作「<巫蠱の劫>呪いはネズミ算式に!?」で生み出され、今なお残っている半透明で全長2mもある巨大なネズミです。
元となったネズミ同様鋭い牙、毒爪、掴みかかり、尻尾での締め付けを行うなど、近距離主体で素早く距離を詰めて攻撃してきます。
○呪獣……旧鼠(きゅうそ)×4体
全長1~1.5mほど。元は年を経て妖となったネズミです。
魔種の呪詛によって、その力は非常に強化されております。
攻撃方法は不知火鼠同様、鋭い牙、毒爪、掴みかかり、尻尾での締め付けなど。
能力的には不知火鼠の下位互換ですが、素早さや機動力などは不知火鼠以上です。
〇妖(複製肉腫化)……鎌鼬×6体
全長1m程度。元は普通の妖ですが、肉腫を植え付けられています。どうやら、忌や呪獣に手懐けられたようです。
両腕と尻尾の刃を使う他、神秘の力によって起こす疾風の刃、竜巻と、呪具の力によってその強さは強化され、かなりの強さを持ちます。
●NPC
○楓
豊穣に住まうモノクルをつけた四尾の妖狐女性。様々な分野に通じている博識な女性。カイン・レジスト(p3p008357)さんの関係者でもあります。
呪具を生み出した魔種を目にできるとあり、この戦いに興味を抱いたようです。
戦闘は好みませんが、4本の狐尾に異なる神秘の力、『識』『見』『変』『軽』の力を宿し、行使することができます。
自衛する力は充分持っており、援護攻撃や支援回復など戦いの援護もしてくれます。
●状況
現場は高天京の此岸の辺近辺、木々がまばらに生える野山です。
高低差は最大30m程度あり、頭上から見れば近しい距離でも、遠距離でないと届かない場所も存在します。
高所方面へと敵を逃がすと此岸の辺へと攻め込まれてしまう為、如何にしてそちらへと敵を向かわせないかが戦いの鍵となります。
魔種痛昏も突破の為攻撃を仕掛けてきますが、戦力がなくなってくれば離脱します。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●Danger! 捕虜判定について
このシナリオでは、結果によって敵味方が捕虜になることがあります。
PCが捕虜になる場合は『巫女姫一派に拉致』される形で【不明】状態となり、味方NPCが捕虜になる場合は同様の状態となります。
敵側を捕虜にとった場合は『中務省預かり』として処理されます。
それでは、よろしくお願いいたします。
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