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シナリオ詳細

<傾月の京>悪意の目覚め

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●夜勤中
 目の下のクマが濃い顔が、不自然なほど安らかな微笑みを浮かべている。
 モヤシな文官達だ。
 兵部省の小さな事務所で一斉に立ち上がり、仮眠から起きた直後の同僚へ襲いかかった。
「あなた達?」
 彼等と同じく兵部省勤め、バグ召喚された鉄帝人でもある争治姫は軽やかに跳んで回避した。
 壁を蹴って同僚の後ろ側に着地。
 大量の資料が振動で崩れ、書きかけのまま放置されていた人数分の書類を覆い隠す。
「止まりなさい!」
 争治姫はいつも通りのマスク姿だ。
「警告はしましたわよ」
 棚から伸びた紐を引っ張る。
 宴会芸のつもりで作っていた罠が作動し、夜食や寝具が雪崩を起こして文官達を隣の部屋へ押し流した。
「こんな忙しいときに悪ふざけを……って訳じゃないですわね」
 ため息を1つ。
 遠くからも騒ぎの音が聞こえる。
 街の繁華街ならともかく、高天御所ではあり得ないはずの音だ。
「何これ」
 超級の潔癖症である争治姫は、普段より埃の密度が濃いことに気付く。
 マスク越しでも不快感を感じてしまい、しかし鉄帝に誇る名軍師(自称)である彼女はこの埃が手がかりであることに気付く。
 古い資料だ。
 書かれてから20年近く放置されたような、埃とカビの匂いが微かにする紙の束だ。
「警備を呼べれば良いのだけど」
 倒すだけなら簡単だ。
 しかし、書類仕事が可能な程度の傷で捕獲するのは難しい。
 全く鍛えられていない腕で寝具や書類の塊を軽々押し退けられるほど、凄まじい力を持っているのだ。
 争治姫は、この書類があったであろう古い資料庫を目指して駆け出した。
「それにしても」
 埃っぽい。
 機密保護のため掃除業者を呼べず、忙しすぎて自分達で掃除をする暇もないため埃が待っている。
「刑部省の人達?」
 見知った顔が直前に見た表情を浮かべていた。
 争治姫が前方全力加速。
 力は強くても速度は遅く狙いも甘い手が伸ばされて、彼女がいた部屋のふすまを障子紙の如く破壊する。
「感染……病気……まさか」
 複製肉腫(ベイン)であることに気付く。
 豊穣内で何度も確認された脅威が、今日目視した数だけでも20と3。
「これほど早く感染するなんて報告は受けてない」
 複製肉腫が高速かつ広範囲に増えるとしたら、最も可能性能が高いのは純正肉腫(オリジン)の関与だ。 
 争治姫の顔から甘さが消える。
 資料庫に向かうのを止め、最も近くにいる詰め所へ向かい一直線に駆け出した。はずだった。

●新しきオリジン
 小さなてのひらが争治姫の髪に触れる。
「おしごとたいへん?」
 幼子の手は柔らかく、そっと撫でてくるてのひらから悪意は感じられない。
「やすんでいいのですよ」
 声は幼いのに包容力に満ちている。
 目を閉じればそのまま心地の良い眠りに旅立てそうな、ここ数ヶ月経験したことのない安らかな心地が心身に満ちる。
「ずっといっしょにいます」
 そっと寄り添う小さな体からは熱を感じられない。
 けれど甘やかなほど柔らかく、抱きしめてしまえばきっと離せない。
「世界がきえるまで、わたしがいっしょにいます」
 目が醒めたのは、鉄帝で積んだ苛酷な鍛錬と実戦のお陰だった。
 装着したマスクを意識する。
 目は逸らさず、唇を噛んで痛みで意識を保つ。
「どうしました?」
 八百万の子供に見える何かがいた。
 だがこんなものが八百万(グリムアザース)である訳がない。
 近くにいるだけで可能性が薄れていくようなこの気配、魔種に匹敵するほどおぞましい。
 足音が近づく。
 寝ぼけたように緩慢な、オリジンによりベインに変質させられた文官達の足音だ。
「私は鉄帝の争治姫。いつ寝るか、どう寝るかは私自身が決めるわ」
 絶体絶命の窮地だからこそ、己を曲げる気は皆無だった。

●依頼
「神使殿ー、こっちですぞー!!」
 腹回りは太く、目の下に濃いクマがあり、けれど目には透き通るような知性が浮かぶ文官がイレギュラーズを出迎えた。
「分室の皆がおかしくなってしまって……兵部省と刑部省の文官達です。助けられるなら是非助けてくださいお願いしますっ」
 90度頭を下げる所作は美しい。
 ただし腹が邪魔で苦しそうだ。
「これ以上注文をつけるのは本当に心苦しいのですが」
 文官は強い恥に苛まれながら、それでもはっきりと言う。
「紙を燃やしたり水浸しにする技は使わないで欲しいのです。こんな状況です。政が滞れば、庶民が最も苦しむのです」
 庶民の生活を人質にとり強要している。
 だが、彼は純正肉腫(オリジン)の存在に気付いていない。
 もし気付いていたら、資料も同僚の命も全て諦めてイレギュラーズに討伐を依頼しただろう。
「私は増援を呼んで来……え、無駄? 途中で殺される、って、まあ、確かにそうかもしれませんが」
 文官は情け無い顔で頷き、建物に突入するイレギュラーズを見送るのだった。

GMコメント

 『オリジン』の撤退または討伐が勝利条件です。

●ロケーション
 高天御所外縁部にある、比較的質素な部屋が連なる場所です。
 争治姫と『睡眠のオリジン』がいる部屋のみ、出入り口が一箇所しかありません。
 時刻は夜。満月です。

●エネミー
『オリジン』
 目覚めたばかりの純正肉腫です。
 疲労した文官達を目にし、なんとなく睡眠を勧めて肉腫化と引き替えにぐっすり眠れる体質と破滅の運命をプレゼントしました。
 文官達の人格が変わったことに気付いてはいますが悪いことだとは思っていませんし、悪いことだと思う感性も持っていません。
 現在の人格は幼児に近く、興味を失えば立ち去ります。
・おやすみなさい:【神至単】【Mアタック600】【ブレイク】
・おつかれさま :【神至単】 対象に強い干渉を行い肉腫に変えます。イレギュラーズは抵抗に失敗してもパンドラを消費することで肉腫化を回避可能。

『ベイン文官』×23
 肉腫に冒された文官達です。
 全員八百万。
 自然な睡眠以外の状態異常に強くなり、腕力も強くなっています。
 ただし判断能力が極端に低下しています。
 不注意のまま警戒することと、敵に近づいて殴ろうとすることしか出来ません
 HPは元のままでかなり低く、命中と回避は壊滅的なほど低下しています。

●他
『争治姫』
 ピンチです。
 強いことは強いですが、『オリジン』に対抗可能な戦闘力は持っていません。
 『オリジン』に誘拐される可能性あり。

『資料』
 仮に全部焼けても、文官が半数以上生き残ればデスマーチを経て再作成されます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●Danger! 捕虜判定について
 このシナリオでは、結果によって敵味方が捕虜になることがあります。
 PCが捕虜になる場合は『巫女姫一派に拉致』される形で【不明】状態となり、味方NPCが捕虜になる場合は同様の状態となります。
 敵側を捕虜にとった場合は『中務省預かり』として処理されます。

  • <傾月の京>悪意の目覚め完了
  • GM名馬車猪
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年10月03日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

マルベート・トゥールーズ(p3p000736)
饗宴の悪魔
ラクリマ・イース(p3p004247)
白き歌
紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)
真打
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
ユスラ(p3p008637)
呪に通ず
稲守 朱祠(p3p008680)
黄金の小俵
鏡(p3p008705)

リプレイ

●目覚め
 変わった性質を得てしまった文官達が右往左往している。
 イレギュラーズの素早く果断な攻めに対応仕切れず、障害物にすらなれていない。
 澄んだ音が聞こえた。
 幼子が目を向けると、『不在証明』の影響を受けてもなお特別な鞘から練達製の刃が半ば引き抜かれた所だった。
 素晴らしく速く、そして美しい。
 子供らしい集中力が思考速度を加速させ、『雷剛閃斬』紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)の抜き打ちを幼子の魂に刻みつける。
 力が刃に流れてる。
 不健康極まる文官達とは根本的に異なり中身が詰まった命の力だ。
「きれい」
 ぼんやりとした夢から覚めたかのように、あるいは二度と醒めぬ夢に堕ちてしまったかのように、小さな掌を美しいものに伸ばした。
 剣閃が距離を0にし純正肉腫の腕を断つ。
 開かれたままの掌が肘から先と共にくるくると飛び、古びた書庫に突き刺さる。
 衝撃で棚が複数薙ぎ倒されたのに切れ目は平面のままで、紫電以外の影響は一切受けていない。
 ガスマスクをつけた少女がハッとする。
 体と魂に染み込みかけていた、委ねれば滅ぶ瞬間まで快適だと確信出来る何かを全力で振り払う。
 争治姫を複製肉腫に変えかけていた幼子は、争治姫の変化に気付かずアレンツァーをじっと見つめていた。
「イエーイ、争治姫ちゃん大ピンチしてるー? いやいや、流石にピンチなんだからイエーイは無いか。もっとこー……くっころ?」
「時と場合を考えなさいっ」
 『戦神』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)の呼びかけに反応し、バグ召喚の被害者であり現役豊穣官吏である争治姫は完全に回復した。
 鏡(p3p008705)が複製肉腫の群を通過する。
 動きが乱れていても数が数なので通り抜けには苦労するはずだが、圧倒的な反応速度と優れた機動力がある鏡なら鼻歌交じりに可能だ。
「私肉腫を見るの初めてでぇ、しかも純正だそうじゃないですかぁ」
 殺意と嗜虐性を愛想の良さに包んでいることに争治姫は気付くが幼子は気付けない。
「お名前はぁ?」
 ちらりと鏡を見る目に悪意はなく、薄ら疑問が浮かんでいる。
「ああ、自分自身の名前も知らないんですねぇ、ない様だったら名付けてあげるのも面白いかもしれませんねぇ。シンプルにねむりちゃんなんてどうです?」
「ねむりちゃん……」
 戸惑い、納得し、受け入れる。
 姿形は変わらないまま、瞳から感じられる知性と力が濃さを増す。
「どこから来たんです? 何故こんな事を?」
 ねむりはこくりとうなずき応える。
「なんとなく、です」
 アレンツァーの一撃を見る後と前では何もかもが違う。
 文官のときは何も考えずに無意識に動いていたようなものだ。
「した事の是非はどうでもいいんです興味ありませぇん。誰かから命令を? それともアナタ達は生まれ持って目的があるんですかぁ?」
 鏡の言葉に重なる形でアレンツァーの第2撃を迎え撃つ。
 残った腕で不器用に受け止め、そんな雑な動作でも威力の大部分が防がれ体へのダメージは激減した。
「あなたに」
 アレンツァーを真正面から見る。
「あなた達に」
 まだ手の内全てを見せていない、純正肉腫とは別種の悪意を持つ鏡を今度は正しく認識した上でみつめる。
「会うためにうまれました」
 世界を蝕む肉腫の1つが、己自身を規定した。
 鏡が心から獰猛に微笑む。
 ねむりは心が浮き立つのを自覚する。
「いっしょに」
 残った手を伸ばす。
 破滅と安らぎを一塊として押しつける、世界に対する天然の悪意だ。
 速度と力はあっても技のない攻撃を余裕で躱す。ぼろきれじみた着物越しに体温のない肌に触れて押し止め、鏡もまた天然の殺意で以て刃を振るう。
 不意打ちはまだ通じる。
 細い首に切れ目が入り、血と表現するにはエネルギーが大き過ぎる赤が高く噴き出した。

●肉腫の軍勢
 ペンだこの目立つ不健康な腕が、分厚いふすまを薄紙の如く引き裂いた。
「ここまで変化して、肉腫を引っぺがせるのか?」
 『新たな可能性』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は緊張し、困惑していた。
 安らかな心地まま己の体を使う元ブラック勤務文官達は、個としては無力に近いが集団としては面倒だ。
「危険な誘いこそ優しく心に響き、心蕩かす程に魅力的なものだ。このオリジンはよく分かっているようだね? 悪魔としては少し共感を覚えるよ」
 『饗宴の悪魔』マルベート・トゥールーズ(p3p000736)は楽しげに微笑み、一度『レベル1』を経る前であれば遠く離れた後輩に該当したかもしれない存在を遠くから眺める。
 視線を近くに向ける。
 ベインとマルベート達イレギュラーズの力の差は非常に大きい。
 判断能力が極端に落ちた状態でも力の差は理解出来るので、元文官で今も籍の上では文官達が足並みを揃えてじりじり近づく。
「万が一死んでしまったらご愁傷様。安らかに眠ると良いよ」
 2本の魔槍を華やかに振るう。
 軌跡は黒々とした魔力という形で宙へと残り、そこからこぼれ落ちた黒が不用意に近づいたベインへ降り注ぐ。
 必ず当たり、絶対に外れない。
 外見の派手さとは逆に、根底にある技術は百戦以上の戦いで錬磨されている。
「幸い「休みたい」という願いは叶ったんだから、私を恨まないで欲しいな」
 この元文官達程度の選択肢すら与えられず滅ぼされた人間は星の数ほどいる。
 だからこうなっても同情しないという意図ではなく、だから己の運と実力で命を掴み取れという意思も込めて、命と血の一部をマルベートとしては非常に控えめに奪い取った。
「ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ」
 肉腫とは別種の悪意が霧の形で室内に漂う。
「戦闘専門ではないとはいえ、容易く取り憑かれおって……! それでもこの国の文官か!」
 『呪に通ず』ユスラ(p3p008637)の言葉を鍵に大規模な術が起動する。
 マルベートが与えた呪いとユスラが広げた殺意の霧が共鳴し、元文官達の体に多数の異常を引き起こす。
「汝らは、寝ても醒めても書類仕事じゃ。民の目に留まることなき部屋の中で筆を走らせ、知恵を巡らせ、より良い治世を維持する者だ」
 連なる部屋部屋には決まり切った書式の書類が納められている。
 全てが彼等による仕事で、この仕事があるから為政者が豊穣を把握出来、動かすことが出来る。
「存分に寝るのは霞帝が起きてからにせい、喝!」
 二度目の霧がベイン達の心身を痛めつける。
 人間とほとんど変わらぬ彼等でも即座に死なない程度に加減されていて、もちろんベインとして活動可能な活力は残さない。
「加減が難しいのぅ」
 蛇の如き瞳孔に、疲労の気配が漂っていた。
「これは……書類は……頑張れよ……」
 アーマデルは悲痛な表情をしていた。
 動きが雑な元文官達は、しばしば棚に直撃して中身を零し、ときどき零れた書類を踏んで砕いている。
 『冷たい薔薇』ラクリマ・イース(p3p004247)が保護結界も張ってもこの状況だ。
 恨みでもあるのかもしれない。
 もし結界がなければ建物が崩れていただろう。
「白兵特化に見せかけた精神攻撃特化型ですか」
 強力な魔法使いであると同時に極めて強力な治癒術者であるラクリマが美貌に焦りを滲ませる。
 幼子の形をした純正肉腫は魔力や霊力を消してしまう。
 まだ自身の力を扱い切れていないためイレギュラーズ側の損害は少ないが、損害増加の速度は徐々に増している。
「まずは勝つことです」
 オリジンとイレギュラーズとの決戦場に近づこうとするベインを、ラクリマは容赦なく狙い撃つ。
 魔力で作る鞭が脆い体を打ち据え、万全の状態でもまともな防御の出来ない元文官を打ち倒した。
「っと」
 魔導書を片手にその場を飛び退く。
 狙いもなにもない体当たりが3人分同時に行われ、互いにすら当たらず元文官3人が転倒する。
「なんとも不幸といいますかろくでもないプレゼントをもらってしまいましたね」
 気配はおかしく、腕力は激増している。
 が、それ以上の変化があまり感じられない。
「案外あっさり回復したりとか? 希望的観測でしょうか」
「いや、あり得る」
 アーマデルが十分な狙いをつけて怨嗟の音を再現する。
 分割された刃がパーツを繋ぐワイヤと共に狂気にも似た不協和音を奏で、呪いで痛めつけられた元文官を文字通り限界まで痛めつける。
 不殺の技であり、見ようによっては苦痛を最大化する技であった。
 ベインは体に残る毒と呪いの痛みで気絶する。
 倒れて無意識に咳き込み、呪いとも物理的存在とも違う何かを吐き出した。
「全く鍛えられていない相手には定着し難いのかもしれない」
 アーマデルは吐き出されたものが消滅するのを確認した後、気絶した3人の前にしゃがみ込んで呼吸と心音を確認する。
 怪我の分弱ってはいる。
 筋肉が酷使された直後に似た症状で、意識不明まま苦しんでいる。
「人間に戻っている」
 アーマデルは驚きを隠せないままつぶやき、ラクリマと同じタイミングでにやりと笑った。
「止めは俺に任せろ」
「後の処理は俺がやりましょう」
 タイプの違う美形が文弱達に対処する。
 まずはアーマデルが、裏切られ絶望した聖女の如き呪いの音を奏でてぼろぼろの元文官を畳の上に這わせる。
 自ら倒れて死んだふりをしようとする元文官もいたがアーマデルには通用しない。
 元々の観察力だけでなく、対象の能力や状態を探る技術まで持っているのだ。
 ラクリマは静かに舞う雪の光を呼び出し死の危険から救い出す。治療はそれで終わりだ。ベイン全員より脅威である存在が近くにいる。
「人間って結構丈夫ですからね。では」
「ああ」
 残り数人になった元文官と文官に戻った元ベインをアーマデルに任せ、ラクリマ達はますます戦いが激しくなる主戦場へと向かうのだった。

●憧れの強まり
「可愛らしいこと」
 儚げな容姿の『黄金の小俵』稲守 朱祠(p3p008680)が純正肉腫を見下ろす。
 見た目からは想像も出来ない歴史と格を無意識に感じ取り、名前を得たばかりの肉腫が幼い顔に緊張を浮かべる。
(軍勢も大将も天敵じゃないですかヤダー!? と、とりあえずまだなんとかなりそうな大将の方を相手いたしましょう!! というか増援来たら終わりーっ!?)
 内心を顔にも所作にも出さない。
 混沌での実戦が、生まれてから160年もの間眠り続けていて実質年齢はとても若い朱祠をある程度鍛えていた。
 朱祠が軽やかに踊る。
 形は神に捧げる舞に似ているが別物だ。
 稲荷寿司の聖霊である朱祠が舞う神楽は、歓喜、無垢、純粋、蠱惑のイメージを合一させた上で無作為にばらまき、見た者の心を混沌の中へ叩き込む。
 倒れている文官が元文官のままであったなら、心身共に狂い果てて過剰な攻撃力を自身に当てていたかもしれない。
 幸いなことにベインの数は少なく、舞で混乱した直後にアーマデルによって鎮圧されていた。
「わぁ」
 オリジンの動きが止まる。
 膨大な生命力に裏付けられた抵抗力で術を退け、しかし舞そのものに魅入られている。
 憧れの存在となった聖霊に手を伸ばす。
 その小さく柔らかな掌には、滅びへ一直線の眠りへの誘惑がみっしりと詰まっていた。
「ふふふ、今のはおしかったですね?」
 狐耳の先から足先まで完璧に制御して、舞と回避を一体化させることで掌を躱す。
(なーんて、ね。どんな相手でも熱中するほど動きは単調になるので触れさせなどさせませんが、って速度上がってるしあの手滅茶苦茶ヤバそうなんですけどっ!!)
 本能にあたる部分が最大級の警報を鳴らしている。
 実際、掠めただけで朱祠の可能性が一部揮発しかねない。
「まあ、私に触れたいので? ご遠慮くださいな。私に見とれるのもいいですがもう少しまわりを注意したらどうですか?」
 朱祠は悠然とした態度と所作を崩さず、口元を隠して鈴の音に似た音を響かせた。
「戦神が一騎、茶屋ヶ坂アキナ! 有象無象が赦しても、私の緋剣は赦しはしない!」
 ねむりが明後日の方向を警戒したタイミングで、秋奈が名乗りを叩き付ける。
 固い柱を蹴って加速する。
 ブースターやバランサーまであわせても軽いほどなのに、秋奈の力に耐えきれずに柱に亀裂が入る。
 緋い刀身から光がはらはらと零れる。
 桜の花弁を思わせるそれが畳に触れるより遙かに速く、巨獣の命すら一瞬で刈り取る奪命の突きが白い肌へと届いた。
「あ」
 桜色に染まる。
 皮膚を裂かれ、霊的な耐久力がかなり削られているのに、淡く上気して熱っぽい視線を秋奈へ向けてる。
 死へと誘う睡魔が、戦神を襲った。
「しっかりなさい!」
「秋奈が眠れる場所は、ここじゃない」
 後ろに下がった争治姫が吼え、殺意を増したアレンツァーが死角からオリジンを攻める。
「この程度? この戦神、この程度では斃れるつもりはないのだけど?」
 秋奈は見事に耐え抜き、自らの足で立ってねむりの前に立ち塞がった。

●血肉
 ユスラが風のように舞い拳を打ち下ろす。
 剣士達への防御で手一杯のオリジンには躱す術も防御する術もなく、衝撃をまともに受けて頭部と中身を揺らされた。
「え」
「ふむ」
 傷みで涙を浮かべたねむりと、静かに見下ろすユスラの視線が交錯する。
 顔立ちも、世界に対する立ち位置も似ても似つかぬはずなのに、何故か互いに似通ったものを感じた。
「ガイアキャンサーじゃないのに」
「八百万ではないはずじゃが」
 同時に言い終えた直後、いくつもの攻撃がねむりへ直撃する。
 着物はずたずたになり白い肌が晒される。
 傷はいくつもあるが、最初に腕が飛んだのはなんだったのかと思うほどに浅い。
「ただまぁ、多少の善意は認めてやろうかの」
 少なくとも顔色は良かったベイン達を思い出す。ユスラは今度は肘を跳ね上げ、ねむりの顎を揺らした。
「マジですか」
 ラクリマの頬を冷や汗が伝う。
 イレギュラーズは対オリジン戦闘では一滴も血を流していない。
 その代わり、魔力や霊力の消耗は対魔種戦に近い。
 駆け出しの魔力なら一撃で吹き飛ばしかねない力が、小さな手に宿っているのだ。
「無理はしないで下さい、よっ!?」
 口上で引きつけられていたはずのねむりが、とことこと足音をたてて近付く。
 所作は相変わらず素人じみてはいるが、基本的な能力が高過ぎるため高速だ。
 ラクリマが筋肉痛覚悟で両足を酷使しても回避が間に合わない。
「可愛いことをするじゃないか」
 マルベートが両者の間に割って入る。
 ディナーフォークで掌を受け流し、ディナーナイフで突き放す。どちらも魔槍だ。
 力の錬磨は始まって数分……この戦いが初めてだが、滅びに誘う眠気は回避と対術抵抗双方に優れたマルベートでも苦労するほど強い。
「忙しなくも愉しいひと時だね? 眠気も飛ぼうというものだ!」
 ねむりは油断などしていない。
 見取り稽古の対象としては最上に近い使い手達と戦い、決して早くないが上限が見えない成長を続けている。
 常時攻撃を浴びているので防御の向上はかなり速い。
「あ、う」
 フォークとスプーンが小さく皮膚を切り裂き肉を剥がす。
 マルベートの唇に濃いエネルギーが付着する。
「珍味だね。消化が大変だ」
 楽しげに悪魔が微笑み、幼子が怯えた。
 なお、前者が世界を存続させる側で、後者が世界終焉派であった。

●誘拐
 純正肉腫を追撃する刃が翻る。
 薄暗い室内に火花が飛び散り、禍々しい剣を浮かび上がらせた。
「どうやらオリジンに苦戦してるようですねえ?」
 闖入者、ガレトブルッフ=アグリアが本体である剣を持ったまま後ろへ跳ぶ。
 極自然な動作で切り落とされた腕を回収し、アレンツァーへ意味深な視線を送る。
「加勢したい所ですが、わたしも巫女姫さまに頼まれた仕事があるので、手を出してはいけないんですよねえ」
 言外に勝てないと断言されて、アレンツァーの目付きが厳しくなる。
「単純に数が足りないですもの。餌付けしてから殺すつもりもないようですしね?」
 からかうように笑う。
 イレギュラーズも警戒しているが、ねむりに至ってははじめて警戒を露わにして無意識にイレギュラーズへ背中を見せている。
「それに」
 肉の体は依代ではあっても、アグリアが我慢出来る程度には使える。
 ねむりは迎撃も出来ないまま至近まで近づかれ、甘く毒の籠もった言葉を耳元で囁かれる。
「神使と仲良くしたいのでしょう? 巫女姫さまのもとでなら、もっと激しく仲良く出来ますよ」
 形は人に近くてもねむりは純正肉腫だ。
 価値観も感じ方も人とは根本的に異なり、納得してしまう。
「それに……複製もなくなったようですしね」
 ねむりは愕然として、落ち込んだ。
 呪われた睡眠に誘ったのは本能であると同時にねむりなりの善意であり、全員がベインでなくなるのは予想外だった。
「ね?」
 幼子は素直にうなずき、魔剣の本体に一歩近づいた。
「参るわねぇ」
 鏡の斬撃にねむりは気付けない。
 防御に慣れたとはいえ指の数本は飛びそうな神速の一撃だ。
 アグリアはねむりを守ろうともしない。髪が一房切断されても眉すら動かさない。
「この子なら良いベインになるのでは?」
 にこやかに、争治姫をねむりに紹介した。
「守ると決めた! だから!」
 秋奈が追い付く。
 争治姫は秋奈を信じて逃げ続け、緋い刀身は争治姫に触れることもなく小さな掌を迎撃する。
 戦闘開始直後なら肩まで割れただろう一撃は、掌にめり込んだ所で止まっていた。
 腕は、もう1本あった。
 切断面を触れさせただけで鈍いとはいえ神経が繋がり、秋奈と比べれば決して強者ではない争治姫に追い付こうとする。
「俺は女性をかばうような紳士なキャラではないのですけど、振り回されるより振り回したい性格なので貴方の思うようにはさせるのは楽しくないのですよ!」
 強者ではあるがどこからどう見ても殴り合いには向いていないラクリマが、魔導書を術の媒介ではなく物理的な道具として使う。
 魔導書がぺちんと小さな手に当たる。魔導書が取り落とされ、ねむりの腕が切断面でずれた。
「今日はここまで。次は神使と戦えるようにしてあげますから、ね」
 アグリアはねむりを誘導して城の奥へ導く。
 文官達を放置する訳にもいかず、イレギュラーズには肉腫と魔剣を追う余裕は残っていなかった。


「腹が減っては書類仕事も出来ませんよ。暖かいお茶がいる人は手を上げてください」
 稲荷寿司を並べ終え、朱祠は大きなヤカンを軽々運ぶ。
「ありがとー」
「眠らせてくれたあの子は幻? そんなぁ」
 文官達が虚ろな目で失われた書類を再作成している。
 怪我人は多数でも死者は皆無だった。
「書類は重要度のわからない者には任せられないって、昔、司祭長が言ってたしな」
 ベインからの回復に大きな役割を果たしたアーマデルは、書類仕事を助けるつもりはない。
 掃除と片付けの形で助力はしながら、ガイアキャンサーの痕跡を探して始末する。
「モンスターにしては……いや、モンスターではあるのか?」
 頑丈で、力があり、破滅的な睡眠という特殊能力まであった。
 なのに残っている血や髪や断片は精霊種のそれに近い。
「純正肉腫全てが人型をしている訳ではないはずだが」
 ねむりは未熟だ。
 あれほどの戦闘を経ても戦闘技術は拙く、文官の存在がなければ今回討たれていたはずだ。
「嫌な予感がするな」
 戦闘の気配が薄くなった城を見て、彼は小さく息を吐くのだった。

成否

成功

MVP

アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切

状態異常

紫電・弍式・アレンツァー(p3p005453)[重傷]
真打
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)[重傷]
音呂木の蛇巫女
稲守 朱祠(p3p008680)[重傷]
黄金の小俵
鏡(p3p008705)[重傷]

あとがき

 強力な純正触手の撃退に成功しました!
 争治姫を含む文官達は全員生きてはいますが、現在デスマーチ中です……。

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