PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<傾月の京>外郭の松原にて、肉腫女官が衛士を食らうの事

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 衛士の一人が、人影に気付いた。
 壺装束。御所に使える女官――女房がこんなところに。
 高天御苑。御所の外郭。こんな所に女人が不用心な。それでなくともここしばらく、都の中は海の向こうから来た連中がかまびすしいというのに。満月とはいえ、夜盗が出ぬとも限らない。
 主の姫の急な使いだろうか。それにしては雑色一人伴わぬとは。
「もし――、お女中。いかがなされた」
 振り向いた女の顔。
 真っ赤な唇が。吊り上がる口角。口紅。薫香。頬に触れる柔らかい手の平から指。白いおとがい。緩んだ装束。乳房。激痛。耳。焼ける。耳。ぶちぶちぶち。ぬれている。首。冷たい。鉄臭い。指。離れない。痛い。べきぼき。指。変な方向。女の顔。噛んでいる。肉。耳。にちゃにちゃ。笑っている。口。吊り上がって。赤い。紅。

●。
 遙か新天地
「神であるぞーって言っている八百万――分類としては精霊種――と、虐げられてる獄人――分類としては鬼人種――で構成されてる黄泉津。その中央国家のカムイグラでの活動にも慣れてきましたか、ローレット・イレギュラーズ諸君」
 情報屋・『そこにいる』アラギタ メクレオ(p3n000084)は今日も今日とて胡散臭い。薬屋的意味で。
「魔種が実権ガチで公式に握ってるからやりにくいったらないけど。こっちも複数の国家の後ろ盾できてっからね。うまい具合にふるまってね」
 獄人迫害が助長したのは、神威神楽の主であった霞帝が『謎の眠り』についてからだという。
「どうやら、最初期のウォーカーらしいんだけど聞き取りしてないから詳細不明」
 その眠りに関わっているのはバグ召喚されてきた魔種の『巫女姫』たる娘と、天香家当主天香・長胤だという。
「権力闘争の勃発。頭のすげ替え」
 霞帝が信を置いた中務卿 建葉・晴明を『獄人である』として京より追い遣った彼女たちの勢力はその大きさを増すばかり。
「権力者の放逐」
 そんな中で、特異運命座標と言う新たな存在があの海を越えてやってきたのだ――魔種のプロフェッショナルである特異運命座標の力が借りたいと晴明は頭を下げた。
「はい、外部勢力を背景にした『巻きかえす』だよ。実際、魔種相手だから力貸すけどね! 海洋王国が『求めた新たな新天地』との交易の取っかかりっていう当初の目的も忘れないようにしようね!」
「呪詛が蔓延し、複数の被害が確認されてる。みんなにも対処によって幾分か被害は軽減されたが、それでも高天京の被害は大きいんだよねー」
 なんで? と、メクレオは首をかしげる。
「高天京に存在する高天御所――御苑の真ん中あたりにあるよ――で、強大な呪詛が行われることを『けがれの巫女』つづりが感知しました」
 鬼人種の巫女。それぞれの能力に由来する情報戦が戦争の勝敗を握る。
「『悍ましい魔の気配』と彼女が告げるその場所は高天宮の内裏、巫女姫が御座すその場所だ。呪詛が行われた場合に出る被害は尋常ではない。ってことで、はい、みんなお仕事ですよ!」
 とんでもないものを見たみたいで震えてたって。
 それを幻に変えるのが、ローレット・イレギュラーズのお仕事だ。


「そういう訳で、みんなには御苑外郭に行ってもらう。肉腫がヒト食ってるから。中途半端に――ブービートラップってわかる?」
 殺すのが目的ではなく、ケガさせるのが目的の罠だ。死んでしまえば放置できるが、重文生きているがほっとくと死ぬくらいのケガをしている仲間を救けに来させるのが目的。敵戦力の浪費が目的だ。
「先だっての夏祭にも似た感じのが出たんだけど。それより強いな。手遅れ。自分大事に」
  先だっての合同祭事、とある会場で紅を介した肉腫が報告された。そもそも宮中に収められるはずだったものが市中に流れたものらしい。
「おそらく、それより純度が高かったものだろうな。個体の強さが段違いだ。前のには妙なもろさがあったが、今度はそんなことはない。個体が強いと回復の可能性は下がる。今度の相手、助けようとは、ちらとも思うな」
 情報屋が言った。割と情に流されるこの情報屋がそういうのだから、本当にもうだめなのだろう。
「それ以外にも、同じようなのが潜んでいるだろう。いきなりぬっと出てきそうだ。血のにおいが立ち込めれば獲物を求めて集まってくるぞ。その辺も気を付けて」
 気を取り直すように、情報屋はずるずると茶をすすった。
「御苑外郭のその辺りは、ぶっちゃけ松林。こう、俺の背のチョイ上あたりから地面に平行に幹を伸ばした飛行戦闘には不向きだ。上空から近づいて狙撃も背が低い松に阻まれて視界が通らない」
 それと。と、情報屋は懐から緑の針を取り出した。これが松の葉だという。
「この土地の松の葉っぱは、見ての通り天然の針だ。刺さると怪我はしないけど、地味に痛い。集中切れるから木にぶつからないようにな。後、松の根って足を取られやすいから気を付けて。足元でこぼこだ」
 それと。と、情報屋は付け加えた。
「中途半端に耳やら腕やら食われた衛士――警備兵――が転がってる。命に別条はないが、肉腫の術中に遭って自分の身すら守れない状態だ。こっちの言う方向に貼ってくるってのも難しい状態だろうな」
 完全にお荷物だ。と、情報屋は表情を厳しくした。
「傷を負っているので確率は低いが肉腫にならんとは断言できない。更に、今回の肉腫は、ヒトを食えば食うだけ強くなる。つまり、転がってるやつらは「お弁当」だ。拾って食えばパワーアップだ。十分、作戦の障害になり得る」
 情報屋は、言葉を切った。衛士を助けろとは言わなかった。むしろ言外で切り捨てろと言っているのだろう。
「どう扱うかはあんたらに任せる」
 なんだかんだと、現場の判断を優先するのが、この情報屋のやり方だった。
 

GMコメント

 田奈です。
 転がっている衛士をどう扱うかは、皆さんにお任せします。見捨てても致し方ない状況です。

肉腫・女官×1
 宮中の女官が肉腫になりました。もう助かりません。
 後述のキレイドコロより全般的に飛躍的にアップ。
 肉を食うと強化されます。噛みつかれないように注意してください。
 セクシーダイナマイトなので、攻撃には【恍惚】が付きます。
 ここまで、だいぶおいしく召し上がっています。中途半端に。

 肉腫・キレイドコロ×時間がかかるほど増えます。
 宮中の下女が肉腫になりました。攻撃力は異常に高くなっています。一噛みでお肉がもっていけるくらい。
 セクシーダイナマイトなので、攻撃には【恍惚】が付きます。
 がぶがぶしてきますので、食べられないようにしてください。
 皆さんと最初に接敵する時点で、3人いますが一定ターンすぎるごとに集まってきます。

場所:御所外郭・松原
*夜です。満月ですが、それがまともに見えない程度に生い茂った松原が現場です。
 頭上2メートル。足元不安定。
*食われた衛士が3人転がっています。状態はOP参照。自力で動けませんし、恍惚状態です。怪我のショックもあって、自分の身も守れません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●Danger! 捕虜判定について
 このシナリオでは、結果によって敵味方が捕虜になることがあります。
 PCが捕虜になる場合は『巫女姫一派に拉致』される形で【不明】状態となり、味方NPCが捕虜になる場合は同様の状態となります。
 敵側を捕虜にとった場合は『中務省預かり』として処理されます。

  • <傾月の京>外郭の松原にて、肉腫女官が衛士を食らうの事完了
  • GM名田奈アガサ
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年10月05日 22時50分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
杠・修也(p3p000378)
壁を超えよ
銀城 黒羽(p3p000505)
アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)
無限円舞
Tricky・Stars(p3p004734)
二人一役
緋道 佐那(p3p005064)
緋道を歩む者
アルメリア・イーグルトン(p3p006810)
緑雷の魔女
ヴォルペ(p3p007135)
満月の緋狐
回言 世界(p3p007315)
狂言回し

リプレイ


「――この紅は、ひいさんにはまだお早い」
 やんごとなきご身分の姫君にお仕えする乳母やならば、モノの気配には敏でなければ生き残れない。
「こういうのは、酸いも甘いも噛みしめたお年頃になってからつけるモノでございます。まだお似合いにはなりませんなぁ」
 そう言って、扇の陰で姫君に二、三、耳打ちする。
「そう」
 やんごとなきご身分の姫君ならば、側仕えの気配に敏でなければ生き残れない。
「では、この紅はそこのおまえにあげましょうね。乳母や、どうかしら」
「良いお考えと存じます」
 するすると、紅は平伏する女官の前に運ばれた。女官は恐悦ではなく恐れに身を震わせている。女官は、姫君とは別勢力から送り込まれた間者だった。
「構いません。つけてみせて。使わぬまでも、塗ったらどんな色か見てみたい」
 紅筆まで置かれては、手に取らないわけにもいかない。横から鏡が差し出されたが、震える筆先で紅がずれる。体裁を整えようとするたび手元が狂う。
「――ああ、そうね。おまえにはよく似合う」
 姫君は扇の下で目を細めた。
「あ、ありがとう存じます」
 女官の声は震えている。女官はこの紅がどんなものか知っていたか知らなかったかは問題ではない。持ち込んだのはこの女官だ。
 それに乳母やが気付き、姫君が採択を下した。潔白だったとしても、日々持ち込まれる「面倒なもの」の区別もつかないような女官はいらない。この不手際は仕置きに値する。
「ああ、とても赤くなるのね。まるで血でもぬった様。私には似合わないわね」
 女官は深く深く平伏した。自分が何か失敗したことだけはわかったのだ。呪いの肩代わりをさせられたことまではわからなかったが、ぼんやりと自分の身に何か降りかかったことだけはわかった。

 女官は、急ぎ宮中の外に使いで出されることになった。どこにも届けられることのない白紙の文を持たされて。
「御苑の外に出たら、それを御門の衛士に預けて戻ってくるがよい。その頃にはひい様のご勘気も解けよう」
 壺装束姿の女官に、乳母やが言った。
 戻ってこれたらの話だが。


 松の枝が重なって、今宵の煌々と冴える満月はよく見えない。
 月を隠す刃先は尖り、切っ先のようだ。松場で肌を傷めないよう、いつもより布の分量が多い服を選んで来たローレット・イレギュラーズは粛々と御苑外郭を行軍している。
「肉腫に侵されているとはいえ、松原での捕食騒ぎなんてとんだホラーだな」
『満月の緋狐』ヴォルペ(p3p007135)が笑顔を浮かべて、松原に突っ込んでいく。
「ま、幽霊じゃなきゃおにーさんは怖くないよ。アイツ等重いから嫌いなんだ」
 足取りに迷いがない。
「刺されることはよくあるんだけどね。噛み殺されるのは流石に勘弁かなあ」
 ねじくれた松の根が地面をぼこぼこにしている。
 ヴォルペは、衛士を救出しようとする三人をとおし、女官の前に立ちふさがった。
 脇をすり抜けていったのを確認すると、女官に向き直った。
「おにーさんはヴォルペ。誰かが助けたいと願うなら、それを成せるよう立ち続けるのがお仕事だよ」
 束の間動きが止まった女官の頭目掛けて、千年を経た松もここまで長くは伸びないだろうという場所から、松の枝を伝うように雷が伝い、女官の胴を舐め上げた。まつ毛の先にまで雷光。吐き出す呼気もはじけ飛ぶ。
『緑雷の魔女』アルメリア・イーグルトン(p3p006810)の二つ名を世に知らしめた滅殺術式が、意思を交わした植物の帷に隠去れ放たれたのだ。
 怒りは射手にではなく、目の前で笑う青年に向く。それが青年の力量であり、誘導技術だ。口から突っ込んでくる女官から身をかわしながら、にっと笑った。
「さあ、おにーさんと遊ぼうか!」

 一方、呼びかけに応じた精霊はおびえていた。空気が濁り、松や土に属する精霊は澱みにのまれて動けない。
 それでも更なる脅威が現れたら教えてくれると約してくれた。
 首尾よく味方を増やした『木漏れ日妖精』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は、そういうことってあるのよ。と、言った。
「分かっている罠に行かなきゃいけないっていうのが」
 何とも言えないけど。と、付け加える。
「でも聞いたうえで無視できるほどできた精神してないのよね。馬鹿正直でもいいわ、見えるもの全部助けてやるんだから」
 すべては光の下にさらそう。
 投げ込まれたド派手なリンゴが1680万色の光の粒と盛大な爆音をまき散らした。

「これはこれは……」
『緋道を歩む者』緋道 佐那(p3p005064)がえづいたりしないのは、家業の賜物だろう。歯をむき出して笑う佐那の手の中で『風雅』と号された隠密刀も喜んでいるようだ。まさしくここがやんごとなき方の御寝所、聖なるゴミ溜めだ。
 現場は、目眩を起こしそうな極彩色の元、酸鼻を極めた。
 松の香気と土の匂いと流された血の臭いで、そこらの衆なら、しばらく飯も喉を通らなくなるだろう。
 ホホホホホ。ホホホホホと、口元を扇で隠す女。
 本来ならば腰紐や帯で十重二十重に着込んでいる身分の女だ。
 それが、はだけた一重一枚を羽織り、隠しどころもあらわに、男どもをむさぼり食っている。
 べったりと口元に不自然な赤が――紅がうごめいている。
 塗られた口をゆがめるように耳まで裂け、紅が吸い付くように女の口が男の生きた肉を食む。
 白い顎から、乾いた赤黒い血の線の上を新たな一筋が滑る。乳の谷間から腹から内腿まで幼子が食べこぼしたように赤い汚れがしたたり落ちていた。
「うあああああああ……」
 それでも、食われた男は死ねずにいる。食われて死ぬような場所は食われていないのだ。大きな血の管は傷つけぬよう。生皮を剥いでは食らわれる目に遭っている。
 その零れた血を、結った紙がばらばらと顔に落ちかかった女たちが舐めている。食うことは女官に止められているのだろう。あふれた血をベロりべろりと因美に舌を蠢かして舐め上げている。
 ああ、もうだめだ。
 この女達は、もうだめだ。人の血肉の味を知ってしまって、この先どうしてまっとうに暮らせよう。もうすでに精神が耐えきれずに目玉がひっくり返っている。衝動に駆られて凶行に及んでいる。まったく正気の沙汰ではない。
「……なるほど」
『舞蝶刃』アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)は、戦士の館から降臨せし英雄の魂とその物語を、少女のままで時を止めた身にまとう。
 戦で死ぬは誉れなれども、果たされず死ぬは業となる。宿業を果たし、体一つで戦士の列に連なるための助力だ。
「肉腫を直接見るのは初めてだけど、夜中に一人で遭遇したい類の光景ではないわね」
「私も。アレにやられると、ああなって……手遅れになると助からないってのはわかったわ」
 アルメリアは、熱い前髪の奥で目をしばたかせた。
「とにかく、早めに片付けた方がよさそう」
 先ほどはなった一撃は悪くなかった。だからこそ、まだ倒れる気配がないのが脅威だ。
 銀城 黒羽(p3p000505)は、女達を知らなかったが、女達の様子は見覚えがあった。
「こいつは……あの時の肉腫か……ッチ……結局、今回は間に合わなかったってか」
「結局止めきれはしなかったか」
『剣砕きの』ラダ・ジグリ(p3p000271)は現状を受け止める。何もかも未然で防げるほどローレットの腕は長くはない。今は待機だ。ラダが突っ込むのは十分仲間が攻撃を叩き込んでから。
「本当に自分の無力さに反吐が出る。間に合わねぇ、手遅れだ……これでもう何度目だ?」
 黒羽はうめく。まだこの世界で黒羽の手指が及ぶ範囲は黒羽が望むほどは広くない。
「だがやっておらねば、なお状況は悪かったのだろう」
 ラダは分析する。感情を持ち込む余地はない。肉腫は伝染する。放置すれば無残な目に遭うものが増えるだけだ。
「……いや、愚痴ってても仕方ねぇ。そんな暇があるなら行動する。今やれることをただこなすだけだ」
「今回もまた、そう思って戦うしかない」
 攻撃の機をうかがい、牙を研ぐ刹那はあっても、自分たちの及ばなさを嘆く暇はない。
 だから嘆く心は封じてしまおう。黒羽の自分に向けての悪態が止まった。感情封印が戦闘ルーティンに組み込まれている男が発光する。
 その光を頼りにラダは戦場に身を投じた。


 壊さずにはいられない。そんな衝動を煽り立てる者はいるのだ。
 例えば、笑顔を崩さないヴォルペのように。
「直接助けに行けないのは残念だけどね。おにーさんは一番の脅威からみんなを護る方が燃えるんだ」
 オデットの翼は、彼女が太陽の友達であることをその輝きで示す。昼間たっぷり光を吸収したぬくもりと光が松原を明るく照らす。
「うふふ。あてにしていたから助かるわ」
 アンナは、不滅の布の陰で水晶剣を構えた。
「お食事のところ申し訳ないけれど、少々食べすぎのようだからここでお預けよ。レディ」
 肉食た報い。人を食うと吹き出物がひどくなる。
 布の向こうから突き込まれる水晶剣に1680万の光が乱反射する。その光の舐めるように沸いた炎が女官を飲み込んだ。ふわふわの巨大な炎の名残が花弁の如く松原に散る。いかなる起動・幻術を以てしてか得物を炎に閉じ込めずにはおかない。ゆえに獄炎。
 憤怒の双をたたえた女官がアンナを凝視する。
「あら、意外と近くで見ると血も滴る良い女――と言える感性は持ち合わせていないのよね」
 炎を駆するソードミラージュに取りつく島はない。
「セクシーダイナマイトとやらに惑わされないよう頑張りましょう」
 あどけない唇をキュッと挙げて、アンナはつつましく笑った。
『うわ、随分濃い目のお化粧ですこと。虚君はナチュラルメイクの方が好みなんだけどなぁ』
『二人一役』Tricky・Stars(p3p004734)の一つの口から二つの声色。
「こんな粗末な舞台が最期になるようでは可哀想だ。見捨てるはずがない、誰も彼も救ってみせるさ」
 虚の軽口に、稔の決意が重なる。
「やれやれ、セクシーダイナマイトなお姉さんたちが犠牲になるとか人類の損失だな」
『年上好き』杠・修也(p3p000378)にとっては酷な話だ。男子高校生の年上ずき。非常に間口が広くてよろしい。
「さて、貶められた女性の顔をじっくり見るのは失礼だな……すまない、安らかに眠ってくれ」
 アンダーリムの眼鏡をはずした。本気で力を発揮するために。割れたら、心情的に大ダメージだ。くれた姉の顔がちらついてしまうかもしれない。大事にしまっておいた方がいい。
 その横を、『貧乏籤』回言 世界(p3p007315)が並走する。
(前に戦ったやつより強いのかよ。面倒そうだし相手にするの嫌だなぁ)
 まさしく『貧乏籤』の二つ名のままである。
(しかも荷物を3つも抱えなくちゃいけないとか考えるだけで泣けてくるぜ。見捨てたいのが本音だが、そうしたら今度は相手がパワーアップしちゃうのがなぁ)
 この場をスルーしても、またご縁があるのは目に見えている。何しろ『貧乏籤』なので、因縁は早いうちに清算するに限る。
「……仕方ないから助けてやるか」
 そう、まだ、あまり強くなり切らないうちに。できるだけ相手が弱いうちに。
「俺は、あそこにいる奴拾ってくからよろしくな」
 もっとも味方の援護がもらえなさそうなところに転がる片足をしゃぶられた男。衛士を生業としているだけあって、筋骨隆々で背負いにくそうだ。
 すぐそこで仲間たちが女官を引き付けている気配を感じながら、最速で繊細に救出対象に向かって回り込む。
 気配は最小に。松の陰に紛れるように衛士を抱え込んで後ろに引きずる。
 人命救助。ブービートラップ兼敵の強化手段の撤去。
 地味だが大事な仕事だ。いつ背後からキレイドコロが松の陰から現れるとも知れない。
「キレイドコロは任せた。衛士を引っ張るときは俺の間合いから外れないようにいてくれ。遅れそうなときは声を上げろ!」
 starsは、適う限り最速で状況の最適化を指示した。
 ゆぅるりとキレイドコロが首を巡らせ、starsを見た。衛士を引きずっている。無防備。
 だが、次の瞬間、クンクンと鼻を引くつかせた。ふい。と、別の方を向く。
 血の匂いをプンプンさせていい感じに肉をさらしている衛士よりも、おいしそうな若い男よりも、キレイドコロはそれを「おいしそうだ」と認識した。間違いなくそれは自分たちのために用意された「食事」だと。
 暗い目をした黒羽がいる。
 沸き上がる食欲。あれの四肢をつかんで、首を引き抜き、空いた穴に顔をつっ噛み、骨をしゃぶり、肉をかみ先、目玉をしゃぶり、舌を引き抜き。
 それをからめとるように、黒羽の闘気が鎖になって、キレイドコロをからめとる。気づいた時にはもう遅い。離れたくとも離れられない泥沼だ。
 どこかの世界の地獄には、剣の林で女が誘って罪人を切り刻むとあるが、今、針の林で男に誘われ女どもがからめとられている。
 はくはくと動く滴る赤い唇は、体中の感覚を研ぎ澄ませたラダには格好の目印だった。
「銃声も偶には心地よいだろう。そのまま眠ってしまうといい!」
 放たれる銃精は嵐。体にめり込む銃弾は食欲も征服欲も術つ吹き飛ばし洗い流し真っ白にして、何もない恍惚の元にキレイドコロは何もわからなくなる。
「これはこれは……食欲旺盛なのは良い事だけれど。血色の良さを除けば、さながら屍人ね」
 佐那が嘆いた。
 屍人と書いてグールと読む。熱く乾いた砂漠や暗く冷たい迷宮でうごめく食人鬼。
 きっと今日の朝、夜にこんな身の上になっているとは思ってみなかったことだろうに。
「……肉腫とやらの力、拝見させて頂くとしましょうか」
 取り回しやすい隠密刀がキレイドコロを横に薙ぐ。切り口からめくれあがるように沸きだす火炎がキレイドコロを包み、松原がまた少し明るくなる。
「おっしゃ、目標確保」
 佐那の耳朶を仲間の声が打つ。どうやら、衛士の救出は順調のようだ。佐那がキレイドコロを押さえている限りは。
「ほんとはヘビーサーブルズの気分なんだけど、仕方がないわね」
 無限の紋章をその身に顕したオデットは銀の方形盾を握り込んだ。
 熱砂の正平を召喚し辺り一面砂嵐にする術式は強力だが、あまりに周囲を巻き込みすぎる。
「その分、キレイドコロを叩くとするわ!」
 屁時くれた松の根を引きちぎって、スクリューブロー気味に勝ちあげられた巨大な土塊の拳がキレイドコロのレバーを確実にぶち上げていく。
「一人は確実に私が潰すわ」
 闇より黒い長い髪が中空を鞭打つように弾んだ。更なる一撃につなぐ炎撃。更に燃え上がるキレイドコロの表情に陶然が浮かぶ。次の佐那の一撃は、より派手にキレイドコロを燃やすだろう。


「……ったく、実家の神社周りの松林思い出すな」
 暗闇を見透かしながら、足元と衛士に負担をかけないよう気を使って引っ張りながら、修也がこぼした。
 空気を叩き割るような銃声に次いで背後で火の手が上がり続けている。松原が炎上しないのが不思議だが、振り返る余裕は救出に従事する三人にはない。
 どういう訳かキレイドコロにモテモテの黒羽に足止めを任せて、安全と思われる位置まで引きずる。
「ここらでいいか」
 神経質な物言い。starsは稔の形をとっている。
 息を吸い、青をまとった青年は自分が抱えてきた衛士にささやいた。
「お前達には国を守る使命が残されている。ここで負けては帝に申し訳が立たないぞ」
 取り急ぎ全員の傷を癒す奇跡を使う算段だった。だが、衛士はあまりに取り乱していた。体の傷は治っても心の傷は治らない。今、自分の中に歌はない。
「大丈夫だ。危機は取り除かれる。自分の中にある力を信じろ」
 大いなるとまではいかないが、異天の御使いの祝福。
「よ、予想より消耗する。これを三人分――」
 だが、乗りかけた船だ。やるしかない。失敗はあり得ない。な布陣は用意している。
「あー、予定と違うんだな? ちょっと時間がかかるんだな?」
 わずかな音も、starsの独り言も聞き逃さない。
「ああ。ただ傷を治すだけではだめだ」
 逆にへたに動けるようにしたら、予想外の動きをしてお弁当になりかねない。落ち着いてここで寝ていてもらった方がましだ。
 修也はstarsの軌跡で全員が一度に治らないのを確認すると、神主の息子の技量を解放した。
「じゃ、こっちも回復させとく」
 あちらとこちらを揺蕩うスレイ・ベガ。世界は、揺蕩いついでに生命力の波を自分から対象に変換させて流すこともできる。
「紅を介した肉腫らしいし、ラダさんが仰ってたように紅がついてたら拭うとか――抉ったら寄生確率が減るか? いや、抉るのはなしだな」
 修也の引いてきた衛士が意識もうろうとしていて幸いだった。年のわりによく言えば精悍な面相の修也の言が耳に入っていたら、心因性理由でバイタルに悪影響が出ていただろう。というより、恍惚状態でえぐられたら大惨事だ。
 こんなこともあろうかといつもポケットにハンカチが入っている。ぬぐった紅はどこにもつかないように内に折り込んだ。
「不測の事態か?」
 ラダがキレイドコロの増援に備えて、やって来た。かいつまんだ状況説明に、ラダはわかった。と、請け合った。
「ゴム弾の無力化で肉腫が治まればいいが、手遅れなら躊躇いなく。その為の銃でもあるから。――衛士は私が引き受けよう」
 悪あがきは許さず行動不能にしてなおかつ息の根だけは止めない非致死性弾をいつでも装填できるようにする。熱砂の武装商人は見極めには自信があった。
「俺は残る」
 starsは回復に専念する。
「――俺は、陣地――は時間ないから、せめて罠作ってから行く。先行って。まだ女官が残ってる」
 言葉を受けて、修也は松原を走った。
 言いつつ、世界の手が動く。持ってきた精霊爆弾で罠を設置。ちょっとの時間稼ぎにはなるだろう。


 戦場に複数の雷の鎖が交錯する。
 片や、黒羽の闘気の雷鎖がキレイドコロをとらえ、片や、アルメリアの雷網が縦横無尽に肉腫を襲う。
 二種類の異なる雷に締め上げられ、キレイドコロは動きを止める。
 緑の松場からこぼれる満月の光の帯を雷光が塗りつぶしていく。
「はは、楽しくなってきた!」
 脳の中に冷たい何かが走っていく。生存のための閃きの白か、ありえない冷静なフローチャートの稲妻か
 ヴォルペはずいぶん長いこと女官と殴り合っている。
 あまりにも華奢な手甲と物語を内包した宝石を掲げるヴォルペは、骨の髄まで守護騎士であるから。
 衛士救出を果たした仲間が前線に突入してくるのを視界にとらえると、笑い声をあげた。ヴォルペの献身がひとまず実を付けた。
「そろそろ、まずい?」
 アルメリアがヴォルペの足元のぬめりをみて、術式を切り替えた。
「できれば攻撃に回りたいし、本当にまずくなってきた時にと思ってたのよ」
 そして、殴られてる感じからすると、ここらで油断していると大きいのが来たら飛ぶ。
 延々と引き付けているせいで、攻撃はヴォルペに集中しているのだ。
「ちょっと余計に盛っておいたわよ」
 精度を高めた術式は、軽快な盾役にまだ踊らせる力を与える。


「……他のが来るわよ!」
 キレイドコロを片付けた佐那が鋭い声を上げた。
 敵がいる。わかる。近づいてくる。
「俺も確認した。衛士たちの方が危ない!」
 キレイドコロ討伐に加わっていた修也が、情報に裏打ちをする。
「わかった。今度はそっちだな」
 黒羽が踵を返した。
 一切攻撃をせず、攻撃を受けて受けて受け続ける。
「食いたきゃ好きなだけ食らえばいい」
 投げやりにも似た、徹底的な自分への割り切り。恐怖や悲嘆。悔恨に罪悪感。スキルの効果で、手足の動きを鈍らせる感情は認識の彼方にある。
 淡々となすべきことをする。今、ここにあるのは自分で動く肉の壁だ。そうすることに意味はない。心情や信念の裏打ちはない。何もない。
 ただ事務的に、義務として。
 だが、「義務」と、自分がしなくてはならないと感じているのは黒羽自身だ。
 銃声。
 降り注ぐ銃弾の雨がすぐそこに見える。ラダの引き金がもたらしている圧倒的な殺意の表れだ。
 その中に無造作に入っていく。味方は避けて通っていく技量の高さ。
「エサはここだぞ」
 闘気はあるのだ。まだ、戦うためのエネルギーはある。本人が認識していないだけで。


 オデットの多重展開舌中規模術式が共鳴して、形容しがたい旋律を奏でる。祖は呪いの塊、魔曲の由縁。
 太陽の光が強ければ、その分、影は濃いものになる。
 女官に向けて解き放たれる呪いの本流は、女官と資金で相対する者達を助ける。
「そろそろ、赤で死ぬか黒で死ぬか選んでいただけるかしら?」
 ちょうど女官の心臓は、アンナの目の高さにあるのだ。
 アンナの炎にさらされて、表皮のあらかたを真っ黒に焦がされた女官はまさに赤と黒でデコレーションされている。
 求める血肉ではなく、たっぷり炎を飲まされた女官の焼けただれた舌では返答など望むべくもない。
 一撃の赤、二撃の黒、強いる選択は何れも破滅。
 そこを刺すのが正解であると、女官の肋骨と肋骨の間にアンナの水晶剣が吸い込まれるように突き刺さった。
 刹那を置いて、体中の穴からまずは業炎の赤がほとばしり、追って猛毒の黒がしたたり落ちる。
 そして、女官は虚ろになった。がくりとひざから崩れ落ち、顔から松の根に顔を打ち付けるように崩れ落ちた。
 さんざんヴォルペの体に突き立てていた両の爪も、衛士達のミミや生皮や脚の肉を食んだ口も。
 ブクブクと何かが泡立つ音がする。地面がドロドロしたもので汚れていく。目玉が濁って溶けているのだ。
 びぐんびくんと二、三度痙攣して。
 女官は、もう動かなくなった。

 ふらりふらりと歩いてきたキレイドコロが、獲物をつかもうとして悲鳴を上げた。
 衛士を転がしておいた後方に取って返した世界の体を茨が取り巻いている。それはさながら鎧のよう。強く殴れば殴る程、攻撃したものに報復する。
「俺の肉を頂く代償は高くつくって教えてやろう」
 宙に書かれた陣から白蛇の群れがかりそめの命を得て這い出して来る。茨の棘で手に大穴をあけたキレイドコロ達の喉笛を白蛇がカプリと噛みついた。
 後は静かに死に至る。いや、静かにということはない。
 降りやむことない銃弾の雨。ロングレンジから打ち込まれる魔力の本流がキレイドコロを吹き飛ばしていった。
 世界が首を巡らせると、全身の力を魔力に変換しきって清々しい顔をした修也が呼吸を整えて、もう一発ぶちかまそうとしている。
 アルメリアが放ったチェインライトニングが、黒羽の鎖をたどるようにして効率的にキレイドコロを雷の餌食にしていた。
 女官が片付いたので、ここが前線になったのだ。
 あれよあれよと、アンナと佐那が陣取り、各々の炎をたっぷり振りまいている。
 世界としては、安心して、全体の防御効率を上げるのに専念できる。敵の攻撃が当たるか当たらないかの因果律は境界に発生するものであって、その領域は世界の立ち位置の案件なのだ。
「念には念を入れよう」
 ラダは用意していたゴム弾を手に取った。
 女官を倒した連中がキレイドコロの攻撃に回ったので、ケアに回るなら今だと判断したのだ。。
「わかった。処置後速やかに処置に入る」
「こちらから撃つぞ」
『とか言って、逆のヒトはなしだよー?』
 張り詰めた稔に、数秒虚が顔をのぞかせ、また稔に戻った。幾分余裕が出てきたらしい。
「そういうことはしない。戦場だから」
 ラダは、きわめて実直な顔をして言った。冗談なんだかそうで葉いのか余りわからない。
 ラダが衛士にゴム弾を叩き込むと、ボコンと軽いような重いような当たったら絶対痛い音がした。
 starsは、できるだけ丁寧に奇跡を起こした。臨死体験の一歩手前まで入ってもらうようなものなので。
 どうにか、失った箇所はあるが、衛士たちは肉腫化は避けられそうだ。
 ドカンと爆発。世界の急ごしらえの罠も無駄にはならなかった。
 ほどなくして、松林から爆音が鳴りやみ、1680万の光がその役目を終えた。


 負傷者の処置のため、仲間は早々に離脱した戦場。
 女の死体ばかりが転がっている。
 黒羽の体から、今にも消えてしまいそうな淡い白が流れ出した。それを闘気と呼ぶにはあまりにも頼りない。紅をぬぐわれなかった死体の上を慰撫するように滑る。
 苦悶の表情を浮かべて転がっていた死体の顔つきが安らかなものに変わっていった。
 焼かれて、感電して、切りつけられて、毒をしのばされた死体の山だ。
 その苦痛と苦悶を見のうちに引き受けながら、黒羽はうめいた。
 それに意味はない。完全に自己満足のためだ。その場にあった苦痛も傷も自分が味わうべきものだという義務感が黒羽を動かしている。
 この無残な事態は自分の無力さが引き起こしたと思うのだ。
「……だが、次はこうはいかねぇ」
 もう、自分ではすっかり何もない抜け殻だと思うのに。以前ほどの情熱などどこにもないのに。次はもっとうまくやる。と、そう思う。思ってしまうのだ。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

銀城 黒羽(p3p000505)[重傷]

あとがき

お疲れ様です。松原で衛士は生き残り、肉腫となった女はみな葬られました。ゆっくり休んで次のお仕事頑張ってくださいね。

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