PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<傾月の京>『大呪』

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『最愛の人と、憎らしきお前へ』
 ――誰かを見るのも憎らしい。私だけではない貴女なんて。

 お前は、私を悪だという? お前は私の行いを否定する?
 人生の歯車が狂っただけの善良なる一市民を、そうやって罵るのでしょう。
 やっぱり、『あの子』だけ。『あの子』と同じイレギュラーズを許せない。

 私がなれなかった――イレギュラーズである『お前』 が酷く、憎らしい。

●『男とは』
 高天京。高天御所――今宵は、満月だ。
 魔の刻がやってくる。猩々緋の鮮やかなる衣を脱ぎ捨て、女は座敷に転がる贈物を見下ろした。
 美しく整えられた室内に飾られた品々は機嫌をとるために用意されたものばかり。
 何時の日か『彼女』と共に着用すれば良いと用意された打掛に宝石や金品類。
 仕立ての良いと紹介された布の価値も『故郷』とは大きく違う。
 贈り物の数々が私の世界で一番嫌いな生物からだと思えば虫唾が走った。
 ――男だ。あの、下品で野蛮で『あの子』とは大違いの醜い生き物達だ。

●『女とは』
 エルメリア・フィルティスはフィルティス家に生まれた双子の娘であった。
 身体が弱く武闘派たるフィルティスにとっては望まれぬ存在であったのかも知れない。
 それでも……双子と、魂を別った『姉』は常に彼女を気遣った。
 神秘魔術に興味を示せば、その道を。その教導を。
 家の方針で静養に向かった先で賊に襲われ、奴隷商人の手に堕ちるまで。

 乙女は清純で純真無垢であったのだ。
 穢れ、堕ちて、新たな主に巡り会ったときには最早、人を信じることは出来なかった。
 唯一の心の支え、『姉』『アルテミア』

 やっと、やっと会えるというのに。
 彼女は『私以外と幸福そうに笑っている』のだ。
 男も、女も、関係は無く。私以外の誰かにその笑みを向けることが許せない。

 貴女が私以外を求める世界など――

 ――消えてしまえば良いではないの。ねえ、アルテミア?

●大呪
『けがれの巫女』つづりは高天京を取り巻く禍々しい気配をいち早く察知した。
 魔種と肉腫。そして、呪詛――
 其れ等を放置していれば神威神楽の治政は更なる混乱に陥るだろう。 
 呪詛に関しては特異運命座標による対処で被害は軽減されていた。
 しかし、つづりが感知した呪いはその比ではないらしい。
「悍ましい気配か。此の儘、放置することも出来ない。
 民を不安にさせる上に、それらに危害が加わる可能性もある」
 そう告げた『中務卿』建葉・晴明にユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)は頷いた。
「それで、夏祭りの際の『揚羽蝶』が何か関連がありますのー?」
「ああ……。夏祭りの折り、神ヶ浜で複製肉腫を無数作り出した純正肉腫はどうやら巫女姫が手引きした者であったようだな」
 成程、とユゥリアリアは呻いた。巫女姫の手の者というのは語弊があるのかもしれない。
 巫女姫と『その協力者』が揚羽蝶の呪具を用いる純正肉腫を派遣したのだろう。
「一先ず、我々は御所に乗り込む。何せ、『霞帝』も御所の何処かで眠りに着いたままだろう。
 幸いにして彼は眠る前に自身に結界を施した故に呪に蝕まれる可能性は少ないようだが……それでも、喪うわけには行かぬ存在だ」
 彼を好み、彼を主君とする者達も無数に存在する。
 七扇の中にいる『霞帝派』の者達がその無事を確認してくれては居るが――
 御所内での呪詛――それも強大な物たる『大呪』となるならば危険が及ぶ可能性もある。
 どのようなルートで突破していくかと、口に仕掛けた晴明の目の前に黒き揚羽蝶がひらりと舞った。

 美しい翅より鱗粉が落ちる。
「お迎えに来たよ、『中務卿』。御所の中へと連れて行ってあげよう」
 聲が、する。
 ユゥリアリアにとっても聞き覚えのある聲だ。『揚羽蝶の肉腫』と唇に乗せた音に一層の笑みが含まれた。
「巫女姫様がお呼びさ。お前に大切なお遣いを頼みたいそうだ。良い子にお遣いを果たせたなら、大呪の発動を一刻のみ待ってやるってさ」
「お遣い――だと?」
 眉を吊り上げた晴明に肉腫は姿を現さぬまま小さく笑った。

「『愛し子』だ」

 愛し子――巫女姫の寵愛を一心に受ける娘。
 それは巫女姫『エルメリア・フィルティス』の姉、アルテミア・フィルティス(p3p001981)。
「『愛し子』を連れて御所においで。
 巫女姫は彼女との謁見をそれはそれは楽しみにしているのだからさ」

●高天御所
 天香・長胤は巫女姫の命を受け、霞帝を拐わかされぬ様にと守護に着いた。
 この広間に居るのは巫女姫と複数の眷属のみだ。

「来るかしら」
「きっと、来ますよ」
 うっとりとした巫女姫――エルメリアの言葉に頷く幾つもの言葉。
 生き別れ、再会を心待ちにしていた愛しい姉がイレギュラーズとしてこの地に渡ってきたと知ったとき、エルメリアは天にも昇るような気持ちだったのだ。
 彼女を迎え入れるための準備は整った。
 彼女さえ首を縦に振ればこの地の統治のためにその座を譲ることだってしよう。
 しかし――彼女は一人でやってきたわけではない。

「イレギュラーズ……」

 ぎり、と唇を噛んだ。
 姉はギルドローレットと呼ばれるところに籍を置き冒険者として活動しているのだそうだ。

 憎らしい。
 私が共に冒険するはずだったのに。

 憎らしい。
 私が共に笑い合うはずだったのに。

「巫女姫様、呪具の設置完了致しました。
『大呪』の発動の準備は滞りなく。満月の魔力が貴女様の力と交わりより強力になるでしょう」
 うっとりと褒めるその聲にエルメリアは「そう」とそっぽを向いた。
 中務卿に『姉』を連れてくるように乞うた。
 彼も高天御所の最奥に眠るであろう帝の元へと行きたいのだからこの条件をのまずには居られぬだろう。
 この誘いを断ればここまで辿り着くにも骨が折れるはずだ。
 屹度、来る。ほら、ご覧なさい――こんなにも、月が綺麗なのですから。

 待っているわ、アルテミア!
 ――それから、貴女と同じイレギュラーズとなった憎らしきお前もいらっしゃい? 罰して、あげましょう。

GMコメント

 由緒正しくお病み申し上げます。 
 大呪が発動するとそれはそれは甚大な被害となります。どうか……神威神楽を護って下さい。

●成功条件
 『純正肉腫』の撃退
 『三種の呪具』の破壊、又は、奪取

●巫女姫/エルメリア・フィルティス
 幻想貴族フィルティス家出身。アルテミア・フィルティスさん(p3p001981)の実妹。
 静養先で賊に襲われ『奴隷商人の手に堕ち』、『運悪く反転』し、カムイグラへと神隠しに遭った後、天香・長胤を反転させてカムイグラの頂点に君臨しています。
 霞帝を眠らせた力は彼女のみの力ではありません。そういえば……彼女が神隠しに遭ったのは深緑、でしたね?

 基本的にはアルテミアさんが大好き。他の人間は大嫌いです。
 特に男性、及び、アルテミアさんに近しい対象に帯する殺意は高いです。

 ・色欲の魔種
 ・常時発動:『乙女の寂寞』(行動時に全体に『バッドステータス』をランダムで付与する)
 ・神秘攻撃中心(『満月』の効果で強化されています)
 ・エルメリアの『呼び声』(反転の呼び声。特殊判定)

 ・『乙女の悪戯』:??? ――それは元はエルメリアの力では無いようですが……

●純正肉腫『揚羽蝶』
 エルメリアと『■■■■■』に従う純正肉腫。好み使用する呪具や身につける衣より『揚羽蝶』と呼ばれます。
 男女何方とも取れぬ外見と声音。『気配遮断』や『変装』を所有しメッセンジャーや索敵を担います。
 基本は巫女姫様のお守りです。彼女を護るように指示されており、彼女に危険が及ぶようであれば力を振るいます。

 ・『複製』肉腫を増やすことが出来ます。
 ・物理神秘共にトータルファイター。非常に安定して戦います。
 ・巫女姫に危険が及んだ場合は彼女を逃すことを優先します。

●複製肉腫『揚羽蝶の複製』*開始時15体
 高天御所に勤める八百万達を揚羽蝶が複製肉腫に『伝染させました』。
 現状では避難なども行われていないために普通に高天御所には八百万達がおり、ターン経過で増加する可能性はあります。

 複製肉腫は不殺などで無力化すれば助かる可能性があります。
 ただし感染の度合いによってはもはや不可能な事もあります。

●『三種の呪具』
 フィールド内に存在する呪具(3つ)です。一つは巫女姫が手にしています。
 他2つは何処かに存在します。これは揚羽蝶の力が影響するのはPCが近づくと嫌な気配がするようです。
 呪具を破壊すれば大呪は『正式な形で発動』しません。
●大呪
 巫女姫が満月と合わせて執り行う呪いです。
 防げなかった場合、この地域は闇に包まれます。

●高天御所 白香殿
 巫女姫が待ち受ける場所です。帝や天香・長胤の姿はありません。
 広さはそれなりの正殿。神威神楽は寝殿造りの御所の真ん中に天守閣を有します。
 その天守閣の入り口付近に座す儀式用正殿『白香殿』は池と庭園を望める美しい場所です。
 風光明媚。空には月が美しいですが……どうしたことでしょうか.悍ましくて嫌な気配が凄いです。

●同行NPC『中務卿』建葉・晴明
 お遣いを頼まれた男。基本的には前衛タイプです。
 大呪を防ぐためにもアルテミアさんには申し訳ないが、同行して欲しいと頭を下げてきました。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●Danger! 捕虜判定について
 このシナリオでは、結果によって敵味方が捕虜になることがあります。
 PCが捕虜になる場合は『巫女姫一派に拉致』される形で【不明】状態となり、味方NPCが捕虜になる場合は同様の状態となります。
 敵側を捕虜にとった場合は『中務省預かり』として処理されます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
 相手の手中に飛び込むことになります。十分に注意して下さい。

それでは、お気を付けて。

  • <傾月の京>『大呪』Lv:20以上完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年10月06日 22時25分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)
願いの先
ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)
氷雪の歌姫
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
メルトリリス(p3p007295)
神殺しの聖女
フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)

リプレイ


 私には貴女だけだったのに。
 貴女は、もう、違ったのね――


 月光の下で冷たく返す剣の色。高天京は嘗て無い喧噪に包まれる。
 闊歩する肉腫たちに魔種、解き放たれた妖らは我が物顔で人々を蹂躙し続ける。
 京を抜け、辿り着いたは高天御所――白香殿。
 空気はぴんと張り詰めて、静寂だけが支配するその場所に彼女は、『巫女姫』は座すという。天香・長胤は霞帝の元へ。随分と念を入れて神使を歓迎してくれるのだろう。周囲で何食わぬ顔をして宮仕えをする者達はその身を何に蝕まれるか知らぬ儘、突如の乱入者に目を丸くする。
「行けません、中務卿! 巫女姫様が――」
 慌て呼び止める侍女へと『中務卿』建葉・晴明は「その巫女姫殿がお呼びだ」と何の表情(いろ)も浮かばぬ白いかんばせを其方へ向ける。覚悟は決まっているかと、彼は『翼片の残滓』アルテミア・フィルティス(p3p001981)へと問い掛けた。巫女姫に関する情報を一つ一つ繋ぎ合わせた結果――彼女が手繰り寄せたいとの先に立っていたのは自身と瓜二つの娘であった。

 ――エルメリア・フィルティス。

 アルテミアの双子の妹であり、『巫女姫を辿る者』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)とも交友のあった飛行種の娘。
 母より受け継いだという純白の翼を揺らし、穏やかに微笑む体の弱い娘は魔術の才に優れていたらしい。『不幸』にも暴漢に拐かされ奴隷堕ちし、命を絶った方がましだと云う程の苦しみを味わった娘。二度目、『幸運』にも良き主人と巡り会ったときにはもう遅かった。
 乙女は変質し、魔へと傾倒する余りにその性質さえも変化した。そして、深き森で『小細工』をされた後に、『偶然』にも神威神楽へと神隠しで転移したのだという。
 全てが運と偶然によるものだとはシフォリィは思えなかった。しかし、それよりも尚――この言葉が唇から先に飛び出してしまう。

「こんな形で逢いたくありませんでした」

 幼き日、13歳の自身と14歳のエルメリア。彼女たちにとっては大きすぎる秘密を共有して再会を願ったあの日が過る。

「――エルメリア」
 名を呼んだ彼女に巫女姫は――エルメリアは小さく笑った。
「中務卿、ちゃんと連れてきてくれたのね。……けれど、どんな因果かしら?
 そこに立っているのってアルテロンド家のご令嬢じゃないの? ……まあ、貴方は彼女と私の交友なんて知りもしないでしょうし、仕方ないのかしら」
「存じ上げませぬ」
 静かな声音でそう言った晴明を護るように『戦花』メルトリリス(p3p007295)は剣を構えた。
 呆然と巫女姫を見詰めるアルテミアの唇が戦慄く。その様子を眺めメルトリリスは自身の兄姉のことを思い出した。
 兄ヨシュアは聖女として選ばれた姉ジャンヌを憎んでいた。
 エルメリアは特異運命座標として活動するアルテミアを羨んだ。
 その感情は似ている。憎悪と羨望。何方もが他者へと向けられる行動定義。
「……辛いな」
 呟き、唇が戦慄いた。メルトリリスが――アリス・C・ロストレインが前を向きその家を背負い歩むためには目を逸らしてはならぬと真っ直ぐに美しい笑みを浮かべる女を双眸へと映した。
「ほぅ、あれがアルテミアの妹か……よく似ていて美人だな」
「ええ。アルテミアは美しいでしょう」
 巫女姫の唇が孕んだ音は背筋を撫でるように濡れそぼつ。『Unbreakable』フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)は「双子か」と目を細めた。自身とて双子の妹が居る。誰からも愛された白銀の娘、フレイヤ――彼女との再会この状況であればぞっとしない。
「勿論、美しいのは知ってるよ。めっちゃ好かれてるのねっ、妹ちゃんの愛情って感じだ!
 でも残念。私ちゃんったらみんなとメッチャクチャ関係薄なんですけど?」
 揶揄い笑う『戦神』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)は後ろ手に無骨な刃を握り絞める。友の名を冠した緋の刀身、赤いマフラーたなびかせ秋奈の視線は周囲へ揺れ動く。
 巫女姫の傍に見えた無数の姿は複製肉腫か。その中に『揚羽蝶』と呼ばれた純正(オリジン)が居るはずだ。
(オリジンを倒せばベインが増えるのは防げるはず……なら、妹ちゃんは後回しだ)
 笑みを浮かべるその表情はアルテミアと同じかんばせで有るはずなのに狂気を孕む。『『幻狼』灰色狼』ジェイク・夜乃(p3p001103)は「成程」と頷いた。
「その調子じゃ、魔種として君臨してこの国を掻き混ぜてるのはお前だな、巫女姫。
 しかも、それがアルテミアの探し求めていた双子の妹だと来たから驚きだ。……まあ、魔種である時点で俺が遣ることは変わらないが」
 ――魔種を根絶やしにする。その決意は揺るぎない。アルテミアの気持ちを優先したいと事前に告げていた彼は青ざめたアルテミアの表情を見遣って痛ましいと云わんばかりに目を伏せる。
「うーん……お姉さんが好き、か。うん、分かるけど。
 巫女姫か、すっかりイっちゃってるみたいだね……君は『お姉さん以外のことなんてどうでもいい』だろ?」
 魔種である以上は倒さなくてはならないと『浮草』秋宮・史之(p3p002233)は周囲から魔力を取り込みながらそう言った。胸に飾る女王陛下を称える褒章が加護を与えるようにキラリと光る。
(幸いにして、アルテミアさんは妹を見捨ててない。けれど……それなら、可哀想なことになるかも知れないな)
 ぞう、と背筋を這い上がる悍ましい気配を感じながら大呪とは何か、そしてその呪具が何かと考え込む。酷い吐き気を催すような不協和音が聞こえる。『壊れる器』リア・クォーツ(p3p004937)は顰め面の儘、自身を包むアベリアを――無垢なる祈りを一心に受け止める。
「アルテミアさん……」
 彼女は、強い人だった。それでも、その彼女が動揺している。色を失った唇に、表情の凍ったかんばせにリアは首を振る。彼女の旋律はぽろりぽろりと溢れるように、鍵盤の上の指先が戸惑いについて行けないように乱れ続けている。
 ぎゅ、と彼女の手を無言で握りしめた。貴女には、皆が付いていると、そう告げるよう。

 刹那――
 焔がリアの至近距離に迫る。僅かに目を見開いて銀に輝く長剣が炎を弾く。
「お前は誰の許しを得て、その人に触れたのですか」
 エルメリア・フィルティス。歪んだ女の、歪んだ貴族しての振る舞い。
「お前は我が姉君の何なのですか。答えなさい」
「……友人よ」
 リアは唇を噛みしめる。彼女とアルテミアは血を、魂を分け合った存在だ。それが戦わねばならぬと言うのか――家族が、共にあるべき存在との敵対など間違っているとその眸に鋭き色を灯す。
「友人さえも許せない。歪んでしまった、ということでしょうか。
 望むにせよ、望まぬにせよ。……いいえ、それが抗うことさえ許さぬ魔種の囁きなのかしらー」
 とん、と血を叩いたのは氷水晶の槍。『氷雪の歌姫』ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)は母なる大海による魔術的な加護をその身に纏い、冷静沈着に巫女姫を見遣る。
「お気を確かになさいませ、吞まれてしまいますわー」
「うむ。気を確かに……しかし、数奇な巡り合わせでござるな」
 招かれた立場であるイレギュラーズ。然し、今宵の『舞台』の主演女優がアルテミアの妹であるのは何とも奇妙であると『暗鬼夜行』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)は小さく笑う。
「一連の――呪詛、呪獣、其れ等の神威神楽を騒がせた首魁はお主でござるな?」
「それが?」
「いいや……知人の身内が海向こうで敵の親玉であるとは奇妙な巡り合わせでござる」
 小さく笑った。もう、楽しい会話の時間は終わりだ。エルメリアもアルテミアの友人を名乗るものには、自身よりも仲間をと選び取るというならば容赦はしないだろう――立ち上がった女の傍より、複数の影がイレギュラーズへと向けて踊り出した。
「さあ、舞いなさい。今宵は美しい月――私と愛しい姉君との再会の宴なのだから」


 特異運命座標たちは班を二つに分けることとした。呪具を探索し、早期に破壊する事を目的とした探索班、そして眼前に御座す巫女姫と純正肉腫を暫し抑えていく戦闘班だ。
「此処は戦場也て、今宵は泡沫の夢――だったらその夢、この刃にて覚まさせてあげようか!」
 ぐん、と床を蹴り上げ前線へと飛び出した秋奈の刃が光を放つ。戦神戦闘術――慣れ親しんだその一撃を放つ相手は揚羽蝶――ではなく、それらを全て阻める肉腫たちだ。
 避難誘導を務めるのは探索を行うメルトリリスと晴明であった。人心掌握、そして信仰蒐集。それらは聖女たる彼女が持ち合わせた異常なカリスマ性だ。蒼煌剣メテオライト、又の名を『スコフニュング』を握りしめ、聖女は逃げてと声を掛ける。
「悪性肉腫が発生しております、此処はイレギュラーズに任せて御身の安全確保を! 巫女姫も、私達にどうかお任せを!」
 神使――天香・長胤がこの地で信奉される龍神を害した存在として糾弾した者達。
 宮中の士官達は戸惑った。コレに従うべきか、それとも、と。メルトリリスは「晴明さま」と傍らの男の名を呼ぶ。
「どうか、彼女の言を聞いて欲しい」
 静かに、晴明はそう言った。メルトリリスは敵対心を持つ者全てを感知する。然し、現状はどうであろうか。巫女姫に仕える八百万は皆揃って困惑しているという感覚が拭えない。
「お願いします、誰も死なせたくないのよ! 此処から逃げて!!」
 呻く。聖女だ、聖騎士だ。そう謳われようとも、救える者が居ないというならば、称号はなんと無意味なものであろうか。それでも気丈なる乙女は剣を手にしながら避難誘導を続けていた。
(私は晴明さまを護衛する係――だからこそ、彼の生存と彼の無事の帰還が最優先だ。
 私は見習いだけど騎士だから、彼を守り通すのだってこの闘いを成功させたという条件の一つなんだ)
 力を込める、複製肉腫はずらりと並び呪具の探索や巫女姫と揚羽蝶への攻撃を防がんとしているのだ。
 ユゥリアリアはにんまりと微笑んだ。夏祭りの時に、出会った男のことを思い出すように微笑みは深く、喧噪の中でもその声音は響く。
「あら、またお会いしましたわねー。ここまで本丸に近い立場にいらっしゃったとはー」
 その声の先――じい、とその思考を読むべく覗き込んだフレイ。リーディングによって覗き込んだ思考、しかし、それは必ず相手にも悟られる。周囲から無数の眸が注がれる様子をエルメリアの傍に立っていた人影――ソレは男であるか、女であるかは分からない。中性的なかんばせをしている――がけらりと笑う。
「姫、どうする? 見られてるけど」
「見られて困る物などありません」
 つん、とそっぽを向いた彼女の心内は最早、姉のことだらけであったのだろう。対する揚羽蝶側の心情は読むことは出来ない。遮断されているかとフレイは小さく舌を打つ。
「アルテミア」と巫女姫が呼ぶ声を遮る『リーディング』――沸き立つ身の内に悍ましさを感じながらフレイは黒き影の盾を手に複製肉腫等に轟音を響かせ天籟の雷を落とす。
(呼び声を発されるのも困るが、呪具をあと二つ、破壊しなくてはならない……。
 エルメリアの位置を考えれば、呪術を行う為に意味のある場所に置かれているだろうが……)
 四隅、又は三角形に。そうなるように置いてあるならば残り二つの呪具はイレギュラーズの直ぐ傍に位置することとなりがら空きとなってしまう。
(さて、どこだ――)
 探すフレイに、揚羽蝶の尻尾を掴んだユゥリアリアは「揚羽の意匠を使うのはその名によるものなんですかー?」と世話話の如く口を開く――だが、自身が陣取る位置は決まったとでも言う様に、歌声が響いた。
 二つの加護。それを手にしてアミザラットの懐中時計が時を刻む音を聞く。
「夏祭りから追ってくるなんて熱烈なファンだなあ」
「あらあら。そのご縁も此処で終わらせて頂ければ嬉しいのですけれどー」
 すう、と目が細められた。柔らかな笑みが失せる。ユゥリアリアという女は強かにも純正肉腫を睨め付けた。
 迫りくる肉腫を相手にしながら、避難を促しながらもその攻撃を受け流す咲耶は「肉腫が出た」と声を掛ける。
「神使の言葉と信じられぬならば我らは中務卿と共にある。貴殿等を救うが為に来たのだ!」
 咲耶が堂々告げる言葉に同じようにメルトリリスは頷いた。晴明は「彼等の言葉を聞いてくれ」と懇願するように言い触れる。未知の存在、未知の物品の解析を行う咲耶は『どうして今宵が月夜であるか』を感じ取り背筋に嫌な気配が過った。魔的な輝きは耐えず、こちらを見下ろしている。
「晴明殿、今ここで貴方に死なれる訳にはゆかぬのです。どうかご無理はなさらずに危険ならば拙者等に任せて下され」
「英雄殿――いや……咲耶殿。俺にとっては貴殿やメルト殿を喪う方が喪失は大きいと考える。
 故に皆も無理はせぬようにしてくれ。中務卿などと飾りの称号を得て皆を護れぬ等、非力な我が身を恨む」
 呻く晴明に咲耶は首を振った。彼が自身らに助力を乞うた立場だ。それに責任を感じていると言うなれば――今は、全員で生きて帰ることを目的として欲しい。
 呪具を探す。気配が濃い物を――「複製肉腫の発生が確認された、みんな逃げて! 後のことは俺たちに任せるんだ!」と史之は叫んだ。
 無数の存在を解析する。複製肉腫であるか、それとも八百万で有るか。狂気に血走る眸で常人とは思えぬ力を振るい上げ攻撃重ねる肉腫立ちの数は15とイレギュラーズの数を超えている。
 其れ等は半数が巫女姫の側に居ることを思えば、史之は僅かな焦りを感じていた。揚羽蝶が複製を増やさぬように避難誘導を行いながらの呪具の探索。その中でも、巫女姫側はその攻撃を叩き付けアルテミアを手中に収めることに注力していることがありありと分かる。
(俺は巫女姫とは双子の姉妹でも何でも無いけど、これだけは分かる――彼女は此処から俺達を帰す気が無いんだ……!)
 直ぐさまにアルテミアに原罪の呼び声を発し、誘いを掛けるわけでは無い。その刻はいつでもあるはずであると先ずは『周囲の邪魔立てする存在』の掃討を行っているという事だ。
「本当に嫌な気配だ……」
 この月も、この空気も――そして、血走った眸で笑みを浮かべ攻撃重ねてくる肉腫共も。


 周囲の複製肉腫に対して放つは鋼の驟雨。ジェイクの握る大型拳銃は取り回しを犠牲にはしたが抜群の精度を保っている。銃技の書は飽きる程に読み諳んじることも可能だった。
 上空飛び回る鳥による索敵に合わせ、目を、耳を、鼻を使って呪具を探し続ける。白香殿の中をぐるりぐるりと悠々と飛び回す鳥を指さしたのは揚羽蝶。
「姫、見てくださいな。鳥ですよ」
「本当。……見て、アルテミア。鳥が飛んでいるわ。ふふ、可愛いですね」
 うっとりと微笑んだエルメリアにジェイクは恐ろしい物だと感じた。抑えに回るシフォリィはジェイクの放つ鋼の雨の中、自身を害すること無き驟雨の中で複数の攻撃を受け止め続けた。
 アルテロンドに伝わる武術を駆使して攻撃を受け流し続けるシフォリィがその身に張ったのは破邪の結界。しかし、その結界も長くは持たないだろう。何処からともなく結界を破壊する攻撃が飛んでくるかは分からない。――然れど、物理攻撃はどうか。勿論のこと、その身を害する肉腫の拳は痛みを与え続ける。
 史之は地を駆け、能力を大雑把に感知するべくエルメリアを見る。見切ることは出来ない――だが、その周囲に存在する肉腫の事は理解できる。通常の人間よりも強大な力を有する『魔物』なのだ。
「呪具か……複数人で探している内の一つは巫女姫に、あと二つは――?」
 ジェイクが感じ取る嫌な気配。それが肉腫よりより強く発されたのは、成程、この場を離れぬ肉腫が一つの呪具を持っているからか。そして、それを悟られぬようにと巧妙に隠して居るという事か。
「呪具が欲しいのね、あの子たち」
「で、しょうね。大呪を成就させればこの京は大騒ぎ。分かっているんでしょう? 姫」
 勿論とうっとりと微笑んだエルメリアは「アルテミア」と再度自身の姉を呼んだ。
「あそこでシフォリィさんを甚振っている肉腫、そのうちの一人が呪具を持っているわ。――欲しい?」
「……ッ、アルテミアさん、こいつらは私達が倒します! だから、エルメリアの言葉は聞かないで!」
 シフォリィが叫ぶ。アルテミアはぐ、と息を飲んだ。「欲しいわ」と凜とその声音を振るわせる。
「そう」
「エルメリア!」
「シフォリィさん、ちょっとだけ静かにしてくれませんか?」
「――本当にこんな形で、逢いたくなかったです……!」
 酷く、苛立ったようなエルメリアの声音を今まで聞いたたことは無い。アルテミアと似ているのに、どうしてこうも冷たいのか。
 双子だから、何も言わなくったって分かるの。なんて。そう思って居た――目の前に居るエルメリアの感情は分からない。手に取るように分かっていたそれが、今は信じたくないほどに歪みきっていたからだ。
 優しいあの子。アルテミアと微笑んで白詰草の冠を作る美しい娘。だけど――心が、魂が、間違いなく彼女が『自分の妹』で有ることをイヤだという程に伝えてくる。
「エルメリア……?」
「どうかしたの? アルテミア」
「ッ――」
 誰か、嘘だと言って。
「アルテミアさん! 聞かないように……!」
「庇い立てするっていうの?」
 醒めた声音に史之はそれでも噛み付くようにそう言った。耳を生かして索敵を行っていた史之は足下が震える感覚を覚える。それでも、このメンバーは回復量が厚い。これならば、『耐える』ことならばできると信ずるように自身を落ち着かせながら史之は「耳を貸してはいけない」と小さく声を掛ける。
「私のお姉様に話をしないで?」
「あらあら、たまにはいいではないですかー」
 くすりと笑ったユゥリアリア。その声音に巫女姫はふい、と視線を逸らす。代わり揚羽蝶がユゥリアリア目がけ遠く届く神秘の魔術を放つ。
「手厚い歓迎です事」
「本当だな。巫女姫の呪具さえ分かれば壊せる……だが――!」
 だが、届かない。くすくすと笑う声を遮るようにフレイが攻撃を放てば、アルテミアを害する声は「邪魔をしないで」と低く淀んだものへと変質する。
「どうして、私とアルテミアの邪魔をするの……?」
 苛立ったその声音は「揚羽」と傍らの純正肉腫を呼んだ。
「全く、肉腫使いが荒い」
「荒いとか言ってる場合じゃ無くない!?」
 剣を振るう秋奈を支えるようにリアが引き鳴らす英雄幻奏第六楽章。奉仕と献身を信条に、救済に生涯を掛けた天使の旋律がのびのびと広がってゆく。
「まったく……! 姉妹の感動の再会にもなりゃしない!」
 リアが呻けばユゥリアリアも肩を竦める。本来ならば抱き締めて、双子の姉妹の再会を願ってやりたかった――だが『その相手』が此れでは救いはない。リアが奏で鳴らす慈愛が秋奈を包み込む。
 その慈愛に励まされるように秋奈が揚羽と戦う中、絶望の海を謳う冷たき声音が複製肉腫を包み込む。魅了し、その眸を狂わせることを狙うユゥリアリアは仲間支えるべく道往く者へと響かせるキャロルを奏でる。
 祝い歌を聴きながら、咲耶は巫女姫班側の負担が大きいことに気付いた。一つは、巫女姫が示した彼女の側付きの純正肉腫が持っている。ならばも言う一つはどこか――くん、と鼻を鳴らす。
「匂うぜ」
 ジェイクの声に咲耶は頷いた。部屋の片隅に飾られた茶器。そこから感じられる夥しい嫌な気はそれこそ呪詛の片鱗だとでも言うかのように。
「これか――!」
 咲耶の暗器が茶器を割る。ぱきり、と音をさせたそれが割れ、周囲を包む気配が寸分和らいだ。
「成程、ならばあと二つ――巫女姫と肉腫のいずれかが持つでござるな」
 頷く咲耶の傍らで「肉腫が持つ、ですか」とメルトリリスは声を震わせる。
「往きましょう、晴明さま。側付きの者もまだ、救えるはずです……」
 走るメルトリリスの背を追う晴明に続き、呪具を見定めるフレイが黒き稲妻を放つ。
(しかし……これだけアルテミアしか見てないんだ。何処かに別の黒幕がいそうな気がするんだよな……)
 脳裏に過ったのは妖精郷での一件だった。夏の終わりに、冬の寒さを与えたその場所では『色欲の魔種』がたった一つの恋を追い求めた。ああ、それがどうしても被っては仕方が無い。
 目の前の女は――「アルテミア」と優しく呼んだ女は、色欲の魔種では無かったか……?
「まさか――」
 タータリクスが如く、ブルーベルが如く、リュシアンが如く――その後ろに立つのは――
「アルテミア、気をつけろ!」
 フレイの声は最早、一人の女には聞こえていなかった。
 誰か、笑い飛ばして。信じたくなんて、なかった。
 またあの子と会える、笑い合える、共に眠り、共に食事を取って、二人で幸福を分け合って。そう信じて剣を握ってきたのに。
「私は……今まで、何のために……?」
 からん、と剣が落ちる。シフォリィが飛び込み、アルテミアを庇った。飛び込む蝶の燐光がその青い瞳にちかりと映り込む。
「アルテミアさん! しっかりして!」
「……エルメリア」
「ッ――アルテミア!貴女が歪んだら、もう彼女を妹として愛せなくなるのよ!
 このままでは彼女は更に罪を重ねてしまう、妹が間違ったら正すのが姉の役目でしょう! 貴女が出来ない分は、私がやるから!」
 叫んだ。シフォリィの剣が炎の魔術を弾く。然し、シフォリィのその言葉に苛立ったようにエルメリアは叫んだ。
「アルテミア! どうして!? どうして私を『受入れて』くれないの!?
 嘘だと思わないで。ここに……ここに居るのに。ずっと、逢いたかったのに――」
 ぽとり、と涙が落ちた。


 避難誘導にこれ以上割いては居られなかった。増えた複製は数体居るが、それ以上に複製が呪具を持ち、かばい合うという状況は非常に良くは無い。
「フィールド上の何処か……だもんな」とフレイは小さく呟いた。複製肉腫は大地の癌、病の一種であると称される。それ故に心を読もうとも有益な情報よりも狂ってしまった心がダイレクトに伝わるだけだ。
 自身の鍛え抜いた体に力を込める。黒い炎がレイピアを象り、その体を包む盾の如き防御力をより強固に魅せた。破れざる闘志を滾らせて、フレイはアルテミアを引き込もうと呼ぶ声を頻りに妨害せんと肉腫へと攻撃を仕掛け続ける。
 揚羽蝶さえ倒してしまえば複製肉腫は増えない。だからこそ、攻撃を集中させるという作戦の上で秋奈はマフラー揺らして戦い続ける。アルテミアが狙われることを見越して『自身は可愛い女の子』というアピールをする秋奈は声高に「火事だー! 逃げろー!」と叫ぶ。アルテミアを死守する為にもその刃を何度も何度も叩き付ける。
「巫女姫様だっけ? 巫女姫様って呼んでも良い?」
「ええ。何かしら」
 ちら、とその眸が此方を見たことをチャンスだとでも言う様に秋奈はにい、と小さく笑う。
「大呪なんてもの、楽しいに満ちたこの世界に必要ないわ! そもそも、それって何が起るの?
 誰かを呪って台無しにして、そんなの『楽しい』が壊れて崩れちゃうじゃない!」
 両手を広げる。ダメージディーラーとしての最大の役割を。攻撃を外さぬようにと振り上げる。揚羽蝶の頬に傷が付き紅の色が溢れ出す。揺れる燐光が脚を縺れさせようとも構うことは無い。
 戦神――茶屋ヶ坂 戦神 秋奈は止まらない。触れる者皆傷つける。攻防一体の構えを見せて、地を蹴った。
「ふふ、ごめんねっ! 私達の想い出は、ここで終わらせない! だって、クロバくんに任されちゃったしねっ!」
「『誰を』?」
 ぞう、と背筋を這うのは奇妙な気配だった。揚羽蝶を削り取るために。複製肉腫の中で戦い続けた秋奈の唇が戦慄く。
「――誰だと、思う?」
 がしゃん。
 音が立った。何かを引っくり返した様な、雷が落ちたかのような、子供の癇癪のような音だ。
「『誰を』と聞いたのよ!」」
 叫ぶその声を聞き、肉腫等が巫女姫に「お労しや」と声を掛ける様子を見て咲耶は今だと走り寄る。そうだ――複製肉腫が固まっている『此処』だ。『此処』を狙わねばならない。
(大呪――何が起るか定かでは無いが、此処で止めねばならぬ!)
 濡羽の色の絡繰籠手より飛び出す暗器。忍術を練り上げて、飛び出したそれは肉腫が武器の如く持っていた揚羽の描かれた扇を弾く。
「ジェイク殿! 『アレ』は呪具でござるな!?」
「ああ、嫌な気配がするぜ!」
 ジェイクは照準を合わせる。逃すか。逃すべからず――一気に、撃つ!
 鋼の驟雨。踊るように靱やかに滑り抜けた咲耶の眸がエルメリアを確かに『見た』。
「待たせたでござるな。さぁ、ここからが本番でござる。魔種エルメリアよ、覚悟致せ!」
 叫ぶ咲耶が地を蹴った。ソレを追いかけるが如く戦旗を振り上げて小さな光翼を揺らしたユゥリアリアは光刃を舞うように放つ。地を蹴り、歌劇が如く踊るのは戦場では余りに可憐なシンギング・エクスヴォート。
「さあ、舞台はまだまだこれからですわー」
「ああ。まだだ……! 巫女姫、覚悟をしてよね」
 史之の腕に飾られた腕時計の文字盤に星の煌めきが宿る。仲間を支えるべく癒やす。
「支えることは得意なんだ。それに此処で負けるだなんて考えられないだろ?」
 掌を拱いた。肩で息する秋奈を、そして、思考を読み解き巫女姫を睨め付けるフレイを支え続ける。
 アルテミアへの導線を防ぐようにリアはその両手を広げる。アルテミアは絶対に支えると、その首で揺れたは翠星(けつい)――トラディツィオーネの誇りを胸に、折れぬ心を旋律に変え奏で続ける。
「アルテミアさん」
「……大丈夫」
 呻く。その声に眉を寄せた。苦戦を強いられているのは確かだ。秋奈の唇からは血潮が垂れ、それを癒やすも間に合わない。
 自身の身の内で巡る魔力を手繰り寄せ、リアは「くそ」と小さく呻く。最初から肉腫とエルメリアの相手をして居た者は満身創痍だ。
(幾らこっちの回復が厚くったって向こうと此方じゃじり貧だ――)
 粗方避難が済んだと言えども万全とは言えない。純正肉腫による複製能力が高いか、それとも。揚羽蝶の事を見詰める史之が凌ぎ合いでは『最後の一つの呪具』を奪い取れるかが焦点になってくる。
「姉に言いたいことがあるなら、今のうちに言っとけ! 魔種になった時点で、てめえは俺達に殺される運命だからな」
「無礼者。お前も今世との別れを告げなさい!」
 ジェイクの言葉にがたりと立ち上がったエルメリアが吼える。複製肉腫を救うが為にイレギュラーズは『殺さず』という選択を取った。だが――ソレも裏目か。攻撃の手を止めぬように、大型拳銃の照準を外すこと無くとも一人一人と『命を救う』のは骨が折れる。
 焔の雨が降り注ぐ。巫女姫の魔術か。その熱さに膝をつくジェイクを癒し史之は唇を噛みしめる。
「……私も欲しいものばかりだよ。
 片想いの彼の心……とか。私の心を温める指先から何まで全部欲しい――だから巫女姫さんの気持ち少しくらいは理解できる」
 メルトリリスは聖女の思いを揺らした。この世界を助けて欲しいと、願いを込めた金の宝石が揺らぐ。
 生還者たり得る生存への執着。初速で全てを圧倒するための『心構え』。騎士は守護すべき刃を捨てるべきでは無い――だからこそ、主人に泥が付く前に倒しきりたかった。
 輝かん神聖なる光を放つメルトリリスを穿つは鮮やかな青い瞳。
「……でも肯定は出来ない」
「どうして? 貴女も分かるでしょう。欲しがることは、悪では無い」
 囁く声にメルトリリスは首を振った。脳裏に過るのは話を聞いた『ロストレインの悲劇』
「貴女の手を誰かの血で染めれば染めるほど、貴女が一番欲しいもののは、きっと遠のいてしまうわ。
 ――でも、きっと……貴女もきっと救われる。私の姉が、そうだっだもの」
「幸せ者ね。幸せ者だわ。私は、得られなかった! 何も得られない私は――ッ」
 目を背けることは出来ない。兄と、姉を見ているようだから。エルメリアは唸る。きら、とその首から提げられたアルテミアと揃いのネックレスが揺れた。
 二つで一つ、その鮮やかなる色彩から感じる悍ましさにメルトリリスは剣を構える。
(アレが呪具!? ――けれど……エルメリアから奪い取るなんて出来ない……!)
 もしも、アルテミアが『交渉』を行ったならばその身柄と引き換えに簡単に呪具を引き渡されただろうか。そんな特異運命座標にとって『有り得ざる選択』が頭に過る――然し、と唇を噛んだメルトリリスの傍らにフレイの肉体が飛び込んでくる。
「フレイさま!?」
「ッ――腐っても魔種か……!」
 魔種。それは特異運命座標が数人がかりで相手する存在だ。しかも相手はフレイが予測したとおりに後ろ盾が存在し、それ故に強大な力を持っている相手だ。
「それに、純正肉腫……『魔種』と同様の強さを持っている、と言えば良いかな?」
「お褒め頂きどうも」
 微笑んだ揚羽蝶は自身の傷など構うことは無い。巫女姫の護衛としての責を果たすつもりなのだろう。笑う純正肉腫の背後ではぎゅうと呪具を握りしめた巫女姫が笑っている。
「揚羽」
「何でしょう、姫様」
「飽きたわ……アルテミアも此方に来ないし、一人ずつ見せしめに殺しなさい」
「……仰せのままに」
 その時、史之の背筋に走ったのは悍ましい気配だった。此の儘ではいけないと、そう実感したのはユゥリアリアも同じだっただろう。頷き合う、これ以上は――引き際は誤ってはならない。


 アルテミアは分かっていた。あの子は、エルメリアは、唯一無二の双子の姉妹だった。
 彼女のことは、聞かずとも分かっていた。彼女の思いは、言わずとも感じていた。
 あの子は、何が何でも私を手元に置きたい。この儘、背を向ければどれ程の危険が存在しているか。あの子はどうするだろうか、頭の中に堂々巡り、恐れるより早く脚は縺れ、動き出した。
 危険も承知だった。この身を捧げれば良いと――シフォリィへと呪具を押しつけてアルテミアはエルメリアの膝元へと走り出す。
「アルテ――」
 名前を呼ぶよりも早かった。振り向いた史之が目を見開く。
 ユゥリアリアの伸ばした手を、摺り抜けた。

 屹度。

 屹度、こんな馬鹿げた行動を取ったならば皆は怒るでしょう?
「ごめんなさい。でも、皆は無事に逃げて」
 アルテミアは、笑う。大丈夫、皆なら無事に高天御所から抜け出せる。
「でも、私は親友を、仲間達を喪う事はしたくない。
 ――だって、この手が届く距離の命は護りたいのだから」

「この馬鹿! あたしはアルテミアさんが居ない未来も、笑わない未来も絶対に認めない!
 だから、無茶は許容する。するっつった! けど――けど、それは違う!」
 リアが吼える。
 アルテミアの脚が向かうは巫女姫の――エルメリアの腕の中。
「あたしも、ここに居る誰もがあんたに付き合うって決めたんだ。けど――!」
「ええ、けれど。これは……これは違いますわ」
 首を振る。ユゥリアリアはリアを留めるようにその手を握った。行ってはいけないと、彼女はアルテミアの決意を感じ取って唇を震わせる。
「撤退を」
 淡々と告げられる言葉に頷く。刃構えた儘に、じりじりと交代する咲耶の額にも汗が滲んだ。
 これ以上の戦闘が難しいことは分かっていた。ジェイクは鳥を先行させ退路の確認をと呟く。
「晴明さま……」
「ああ……メルト殿、私は大丈夫だ。どうか、貴殿の仲間を護ってくれまいか」
 頷く。騎士である自分自身は護ると決めた相手を無傷で守り通すことが絶対条件なのだ。
 この窮地を無事に脱することこそが必要だと震える脚に力を込めて撤退を始める。
 フレイの視線が、走るアルテミアを追った。美しい白香殿。この場所を壊し、全てが無に返るならばと考えなかったわけでは無い。然し、それを行えば肉腫では無い無数の人を巻き込むことは分かりきっていた。だからこそ――背を向けた。

「アルテミア?」
 声音が震えた。歓喜の響きを孕ませて、喜びを抱いたその声がうっとりとした情に濡れていく。
 走り、届いた白い指先。組み合わされて愛おしげに引き寄せて。久方ぶりの妹の体温に――その膝で眠った穏やかな日を思い出す。

「やっぱり私を選んで」
「――いいえ、選ばせません」

 凜と、その声は響いた。呪具を抱えた秋奈は「ばーか」とシフォリィとアルテミアに言う。
「クロバくんに任された秋奈ちゃん、帰ったら叱られるじゃん……」
「叱られるときは一緒ですよ、秋奈さん。けど、私は――親友を、アルテミアを放っていけない!」
 微笑んで、秋奈の背を押したシフォリィは行ってと笑う。
「後で、追いかけますから」
 秋奈は唇を噛む。ジェイクが呼ぶ声に頷いて「またね」と言葉を一つ、マフラーを揺らして擦れ違う。
 香りがする。仄かな――甘い香りが。
 薄ら、と瞼を閉じたアルテミアの名を呼んで、シフォリィは――双子の『友人』は微笑んだ。

「私は、貴女になりたかった。血も繋がらないのに私とそっくりな姉を持つ貴女が羨ましかった。
 ……生まれた場所が逆ならって、貴女の想いに気づいた時、思ったわ。
 でも、それは親友として好きだから、妹が貴女だからこそ、そう思ったの」

 ――……だから、その時まで――これは二人だけの秘密にしておいて?

 微笑んだ彼女の笑みが。薄れてゆく。

 ――私はきっと、貴女の想いを踏みにじる。私がこの手で……決着をつけます。

 乙女の決意が淡い光を帯びて、消え失せる。奇跡なんて、この場にはなくても。構わない。
「エルメリア! 今の姉妹(あなた)に、私の親友(アルテミア)は、渡せない! ……たとえ奇跡に縋ってでも!」
 剣を振り上げた。透き通った白銀。片刃のプレーヌリュヌ。
 受け止められる。魔種とは――『変質した人間』とは、これほどまでに強いのか。
 身が、地に叩き付けられる。蒼宝石のブローチに僅かな罅が入った。
 焔を宿した淡く銀で作られた指輪に揺らぐ魔力を感じながらシフォリィ・シリア・アルテロンドは叫んだ。

「言ったでしょう.アルテミア、妹が間違ったら正すのが姉の役目、だと。
 ――貴女が出来ない分は、私がやるから! だから、一人で抱え込みすぎないで!
 私が、貴女を助けてあげる。私が――貴女の親友が、この剣を振り、その罪を背負っていくから!」

 からん、と剣が落ちる。目にも見えぬ焔の魔力。エルメリアが親しんだ魔術がシフォリィの胸に深く突き刺さる。
「え――」
「シフォリィさん……こんな形で、逢いたくなかった」

 ――――
 ――

 高天御所を抜け出したイレギュラーズは八名。共に随伴した晴明は済まないと頭を下げる。
 秋奈は手にした呪具が溶けるように消えたことに気付いた。何かの力を失ったように黒き砂と化して風に攫われていく。
「ッ――」
 メルトリリスは自身の眸が赤く光りを発し十字が浮かび上がったことに気付く。
「……島……? それから、あれは――金色の……獣……?」
 神の愛娘――その不安定な未来予知は何時如何なる時の物であるかは分からない。ふらつく彼女を支えたジェイクは「金色の、獣」と小さく呟いた。
 そして、ローレットへ届けられたのはシフォリィ・シリア・アルテロンド及びアルテミア・フィルティスが捕縛されたという一報だった。

成否

失敗

MVP

アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)
願いの先

状態異常

シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)[不明]
白銀の戦乙女
ジェイク・夜乃(p3p001103)[重傷]
『幻狼』灰色狼
アルテミア・フィルティス(p3p001981)[不明]
銀青の戦乙女
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)[重傷]
音呂木の蛇巫女
フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)[重傷]

あとがき

 この度はご参加有難うございました。
 MVPは貴女がいなければもっと被害が大きかったと思いますので、是非。

 この月夜の動乱はもう少し、続きそうです。

=====
捕虜:シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
   アルテミア・フィルティス(p3p001981)

※アルテミア・フィルティス(p3p001981)さんは巫女姫に丁重に『招かれた』ようです――

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