PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<傾月の京>淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ざわざわざわ。
 ニャーン。チィチィ。

 うるさい、うるさい、うるさい。

 ぴちょん。ぴちょん。
 リリリリリ……。

 うるさい、うるさい、うるさい、うるさい!!

 どこかの暗がりで男は目を覚ました。鳥の声が、虫の声が、世界の音がうるさかった。当てつけのように寄りかかっていた木の幹を拳で叩きつければ、鋭い聴覚が木の裂ける悲鳴を聞き取る。メリメリと大きくなるそれはやがて耐えられなくなったような破壊音を立て、木を横倒しにした。眠っていた小動物たちが慌てて逃げていき、或いは逃げきれず木の下敷きになった音を立てる。
「……ッ」
 ぎり、と自身の歯ぎしりする音さえも忌々しい。破られた鼓膜はとっくに癒え、あまりにも音が大きく響きすぎていた。
 眠ることもままならない状態に男は立ち上がる。彼にとって心安らかな眠りは不可能に近かった。
 だから、壊してしまおう。音を発する全てを。自分にとって忌々しい世界を。音なんてものを作った神を。
 そうすればきっと、救われるのだ。



「次の満月、大きな呪詛が行われるんだ」
 『Blue Rose』シャルル(p3n000032)はイレギュラーズたちの顔を見渡す。この中にはカムイグラの者と縁が出来た者も多くいるのだろう。
 強大な呪詛の気配を察知したのは此岸ノ辺──空中神殿に似た機能を持つ場所──にいる『けがれの巫女』つづり。彼女の言葉を受けてイレギュラーズたちは呪詛の行われる宮中へ向かうこととなった。
「……んだけど、そう簡単にはいかないみたい。向こうもこっちの動きには気づいてるってところかな」
 アンタたちにお願いしたいのはこっち、とシャルルは1枚の和紙を差し出す。そこに書かれた名前を見て黒影 鬼灯(p3p007949)は目元に険をにじませた。
「ああ、アンタは戦ったことがあるんだっけ。また出てきたみたいだよ」
 肉腫『ヴィン』。風の気配を纏う大男は、先日の夏祭りで大暴れした存在だ。それが再び魔物──いや、複製肉腫を連れて此岸ノ辺へ向かっていると言う。
「鬼灯くん、この人、」
「ああ」
 腕に抱いた章姫の言葉に頷く鬼灯。あの時の様子、そして此度向かう場所を考えればその目的は『破壊』しかないだろう。彼の嫌う音はあそこだけではないが、邪魔立てするイレギュラーズの転移場所と考えれば狙ってもおかしくはない。
 早急に追い返さねば、取り返しのつかないことになる。鬼灯はシャルルへ視線を向けた。
「ボクは別の場所に向かわなくちゃいけない。悪いけど、頼める?」
「承知した」
 よろしく、と言ってシャルルはまたどこかへ駆けていく。鬼灯はその背を見送り、和紙へ視線を落とした。



 喧しい声は言っていた。
 『あの建物を壊せば良いのよ』と。

 喧しい声は言っていた。
 『神使が破壊を邪魔するのよ』と。

 破壊すれば邪魔者も失せると言うならば、なんだって壊してみせよう。破片ひとつ、塵ひとつすらも残さぬほどに。
「……静かに歩け」
 ボソリと男は呟く。己の耳に程よく聞こえる声量は、只人からすれば聞こえにくいほどに小さい。けれどもそれが常である男にとって、そんな事実など分かりようもないこと。
 呟きの先にはぞろぞろと此岸ノ辺へ向かう複製肉腫の姿がある。黙って歩く彼らだが、そもそも全くの無音で移動というのは難しい話だ。そのうち気に障った1人が男に握り潰される。
 ぐしゃり、という音を最期にそれは何の音も発しなくなった。男は小さく鼻を鳴らし、音を鳴らさぬよう『人だったモノ』をそっと地面へ降ろす。それを見届けた複製肉腫たちは、男が動き始めたのを見て再び動き出した。
(全て殺してしまえば多少は──いや)
 そういうわけでもないかと男は心の内で否定する。目の前の群れを蹂躙したとて、世界には音が溢れかえっている。結局、全て壊さなければ安寧は訪れない。ならばこれらと邪魔者で潰しあってくれた方が多少は楽というもの。
 その耳に小さな──耳障りなことに変わりはない──足音が飛び込む。ああ、前方だ。数は数えたくもない。男は眉を潜め、しかし目的のために前進した。

GMコメント

●成功条件
 肉腫『ヴィン』の撃退、あるいは撃破

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。不明点もあります。

●肉腫『ヴィン』
 風の気配を纏う肉腫。屈強な大男の姿です。聴覚過敏症のようで、彼には耳栓もものともしない聴覚が備わっています。そのためか神経質かつ短気で怒りっぽいです。
 攻撃力と反応はかなり高いです。次いで命中。その他ステータスも低くありません。武器は持っていませんが、肉体が武器です。
 複製肉腫を伴って現れますが、彼らを実に道具らしく扱います。会話はできるようですが、そもそも声が小さすぎて聞き取れません。

鎌鼬:纏う風の気配は時として荒々しく吹き荒れます。【出血】【体制不利】
風牙:風の気配は何者をも寄せ付けません。【反】【回避上昇】


●複製肉腫×30前後
 ヴィンによって肉腫にされたカムイグラの人々です。そこまで強くありませんが数が多く、その身ごと潰してでも此岸ノ辺を壊し、イレギュラーズを倒しにかかるでしょう。
 文字通り身を削って戦う他、ヴィンの気に障って殺されることがあります。

捨て身:死を恐れぬ行動です。対象へBSがかかった時、次に対象へ向けられた攻撃へ必ず巻き込まれます。【足止】【封印】

●フィールド
 此岸ノ辺です。イレギュラーズが空中庭園とカムイグラを行き来するための場所です。それより手前で肉腫たちを迎撃することとなります。
 足場は良好。夜ですが、満月のため明るいでしょう。

●ご挨拶
 愁と申します。アフターアクションをお借りして、全体依頼への誘いです。
 この場所を壊させるわけにはいきません。死守しましょう。
 それでは、ご縁をお待ちしております。


●備考
・当シナリオでは依頼の成否、もしくは此岸ノ辺へのダメージによって、此岸ノ辺に様々な影響が出る場合があります。

  • <傾月の京>淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声にLv:23以上完了
  • GM名
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年10月05日 22時51分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)
白き寓話
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
ヴォルペ(p3p007135)
満月の緋狐
彼岸会 空観(p3p007169)
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家
アシェン・ディチェット(p3p008621)
玩具の輪舞
Binah(p3p008677)
守護双璧
瑞鬼(p3p008720)
幽世歩き

リプレイ


 肉腫(ガイアキャンサー)が遠く、遠くにいる邪魔者を感知した頃。イレギュラーズたちは此岸ノ辺にいた。いやより具体的に言うなれば『此岸ノ辺一帯に踏み込んだ』か。もはやここは此岸ノ辺の領域であり、いち早い敵との遭遇と排除が望まれる。
「なかなか『素敵な』肉腫ね」
 『白き寓話』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)が肩を竦める。なんでも此度が2度目の邂逅になるとか。その1度目で相対している『章姫と一緒』黒影 鬼灯(p3p007949)は目元に険を宿しながらも、極力足音を出さぬよう進んでいた。
「あの時は比較的おとなしく引いたんだが……」
 鼓膜を破られて引いたのだったか。けれどもその程度で在り方は変えられなかったという事だろう。
「ちょっと可哀想ね」
 そう呟くのは鬼灯の腕の中に抱え込まれている人形──否、1人の少女。章姫と名付けられた元お人形はでも、と頭を振った。それとこれとは話が別。此岸ノ辺を怖そうだなんて酷いことは許されないし、これ以上させるわけにもいかない。
「此処は戦略上の要衝です。そう簡単に陥落させるわけにはまいりませんよ」
 『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)は前を見据えて進みながら真剣に告げる。『けがれの巫女』がいる場所でもあり、同時にイレギュラーズたちが長い航海をせずカムイグラと大陸を行き来するための場所でもある。ここが陥落すればどうなるかは火を見るより明らかだ。
 此岸ノ辺周辺にも満月の光は等しく届いており、視界は悪くない。けれどと『揺蕩』タイム(p3p007854)はその光を見上げた。ヴィンと言う肉腫は耳が良く、それは酷く気に障るらしい。自ら複製肉腫を作っておきながら、気に入らなければ殺して黙らせるのだという。
(その状況は……ちょっと辛いな)
 周りが良く見えてしまう事。それは人が死ぬ場面までも良く見えてしまうという事。勿論できるなら生かしてあげたいが、どうしようもない犠牲を見せつけられると知っていれば気も重くなる。できることと言えば、これ以上の犠牲が増えないように相手を阻止する事だけだ。
「見えましたね」
 優れた視力を持つ寛治が呟く。やがて他のイレギュラーズにも見えてきたのは大男と、その近くを行く複製肉腫たち。彼らは通り道を破壊しながら進んでいるようだ。
「では行くかの」
 『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)が鈴の音と共に動き出す。その音が障ったか、大男──ヴィンが瑞鬼の方を向いた。
「それじゃ、行こうか? マネージャー」
「ええ。よろしくお願いします」
 彼女の背を見た『満月の緋狐』ヴォルペ(p3p007135)と寛治もまた続く。彼らもまた、彼らのすべきことをこなす為に。

 ──戦いという名の舞台が、幕を開ける。

「おい、そこな木偶の坊。お前の相手はわしじゃ」
 瑞鬼はヴィンのものすごく嫌そうな表情に、予想通りとあくどい笑みを浮かべて見せる。『耳に障りそうな音』をこんなこともあろうかと用意してきた甲斐があるというものだ。
 リン、と。瑞鬼の懐で鈴が涼やかな音を立てる。
 一方の寛治&ヴォルペは複製肉腫たちの中に立った。というか寛治に至っては棒立ちである。あまりにも無防備すぎるその姿に複製肉腫の視線を集めるのは容易だった。
「確実に当てる、そのために備えて参りました」
 その状態を当たり前の如く受け入れる寛治。しかし彼は防御の面で強くはない。そこをカバーするのがヴォルペだ。
(おにーさんも仕事だからさ、悪いね)
 瑞鬼に注意を引かれたヴィンへ一瞥くれて、ヴォルペは寛治へ向かう複製肉腫へ視線を向ける。生き辛い世界で生きていく事は苦しいだろう。けれどもだからと言って同情も容赦もするつもりはない。
「さあ、おにーさんと遊ぼうか!」
 この此岸ノ辺を護るために。仲間を護るために。この身を敵前へと晒すだけだ。
 寛治の引きつけから零れた面々を『守護双璧』Binah(p3p008677)は見る。人、人、人。複製肉腫と言われてはいるが、その姿かたちはただの人だ。
(助けれるなら、救えるのなら、少しでも可能性があるのなら──)

 賭けたい。1人でも多く救う方へ。

 その思いを胸にBinahは駆けだす。彼の名乗り口上に数人が振り返り、彼へ手を伸ばした。
「……ッ!」
 伸ばされる腕。羽交い絞めのようにされる中、更にその後ろから複製肉腫が突っ込んでくる。Binahは掴んできた複製肉腫ごと吹き飛ばされた。同時、突っ込んできた複製肉腫も弾かれたようにのけぞる。
「ただでは、いかないよ」
 振りほどかれた腕にBinahは起き上がりながら、複製肉腫を真正面より見返した。

 瑞鬼の鈴の音に顔を顰めたヴィンは何事かを呟き鎌鼬を放つ。それは瑞鬼ほどの者であっても避けきれるものではないようで、彼女は躱しながらもその肌を朱に濡らした。遠くからヴィンの言葉を耳にしたヴァイスは小首を傾げる。
「……今、煩いって言ったかしら」
 鋭い聴覚であっても、流石に小声かつ距離のある状態では聞き取りづらい。それでも何となく聞こえたものを口にしてみればヴィンの視線がヴァイスへ向いた。頷かれた。彼には彼女の声が良く聞こえるらしい。もしかしたら程よい声量ですらあるかもしれない。
「まあ、私たちの接近も知っていたのでしょうし。それくらい耳が良いのよね」
 ヴァイスは呟いて結界術を編み上げる。さあ、オシオキの時間だ。
 彼女の攻撃は威力に依存したものではない。彼女が放つはあらゆる異常を含んだ──本来のものより更に混沌と色々なものが混ざった──結界である。どれだけ相手が抵抗してくるのかも分からないが、ヴァイスは今、1人で戦っているわけではない。
 それが放たれるよりも早く『帰心人心』彼岸会 無量(p3p007169)が懐へ踏み込む。急所を狙った攻撃。同時に無量の肌を風が撫でて傷つける。それでも間髪入れずに曇りなき刃を向ければ、更に風が彼女を傷つけた。ただの風ではない、ヴィンの纏う牙である。たらり、と頬を垂れた血を指で拭いながらも無量はヴィンから目を離さない。
「貴方がそうなってしまう前に出会えなかった事、救えなかった事……無念に思います」
 誰にも聞こえない小さな声量は彼にだけ聞こえる声量でもあり、かつ彼の耳に入る時極力負担にならない声量でもある。その言葉に──否、無量の行動にヴィンは目を瞬かせた。
『生まれつきだ』
 呟いた言葉は超聴力を持つ者ならば聞くことが出来ただろう。無量はそうですかとまた小さく告げる。
「それでも……貴方は此処で止まらねばならないのです」
 刀を向ける無量。彼女がヴィンに対して思いやりに近い心を持っているとて、彼の障害であることにかわりはない。ヴィンもそれを理解しているのか、警戒を解くことはしない。
 次の瞬間、その巨躯へ不可避の黒矢が撃ち込まれた。次いで彼はヴァイスの放った結界術に閉じ込められる。より確実なる破滅への先触れはヴァイスの攻撃をより有効にしていた。
「俺の惨劇は慈善事業じゃねぇんだがなァ」
 『雨夜の惨劇』カイト(p3p007128)はそうぼやきながら結界の中を見る。中にいる肉腫にとっては死すらも『静寂』が訪れるなら救いになるだろう。普通の『救い』は彼にとって望みがない。死とは通常良いものではないのだが──カイトがそう思った矢先に結界術が割れる。中にいたヴィンはまだぴんぴんしているようだが、その機嫌はかなり悪そうだ。そこへ短くも鋭い銃声が放たれた。
「──いい音でしょう?」
 寛治のステッキ傘がヴィンへ向けられている。こめかみを掠めたようで、ヴィンの耳元からたらりと血が流れた。
「次も耳元で聞かせて差し上げますよ」
 断る、と。間髪入れずに聞こえた小さな声は、残念ながら寛治には聞こえない。直後、また別の銃声がヴィンへ向けて放たれた。それは銃弾の雨となり、味方を攻撃することなくヴィンと複製肉腫だけを狙う。
(倒しきれるなら最良だけれど、上手くはいかないのだわ)
 『玩具の輪舞』アシェン・ディチェット(p3p008621)はスコープから未だ立ち上がる複製肉腫を確認する。されども彼らはそう丈夫でもないらしい。見るからにふらついていた。この銃弾を嫌がり、肉腫を敢えて引き離してくれるのならそれでも良いのだが。
 アシェン自身を肉腫が狙ってくるという可能性もあったが、今のところその様子はない。というよりも、何もかもに苛立っている。仲間の狙撃も、自然の鳴らす音も、自分の纏う風の音さえも。何もかもを気にして、近くに在るものから破壊しようとしているように見えた。それは人も物も関係ない。このままでは戦いながらもこの此岸ノ辺に被害が生じていくだろう。
「のんびりしてる暇なんてない、一気にいこう!」
 タイムは青色金平糖を放りこみ、溶ける間も惜しいと噛み砕く。その淡い甘さを感じながらタクトを振り、自らの反動を顧みず味方を鼓舞していく。
 その時、近くにいた複製肉腫がヴィンに当たった。とん、と音が聞こえるほどにはしっかりと。次の瞬間、ヴィンの手の内にいた複製肉腫は異様な音を立てて変形する──握りつぶされる。うえ、とタイムは顔を顰めた。やっぱりこの月明かりではよく見える。
「やつあたりして、あなた格好悪いわよ!」
 それでも他に残っている複製肉腫へ注意が向かないようにと声を上げれば、ヴィンは顔を顰めながらタイムを一瞬見て、意外にもそれを放り捨てず地面へ寝かせた。
(気遣った……? ううん、音を出さないため?)
 ともあれ、こちら(イレギュラーズ)へと注意を逸らすことは成功しているらしい。ヴィンはその後近くを群がるイレギュラーズや、自然にいるはずのない熱砂の精霊に顔を顰めていた。
「この間おうちに帰ったときに反省しなかったのね? 悪い子なのだわ!」
 章姫が声を上げると同時、ヴィンを砂嵐が巻き込む。近くにはイレギュラーズが終始無視していた複製肉腫の姿も1人、2人とあったが鬼灯は彼らの命を気にすることなく熱砂の精霊に砂嵐を起こすよう命じていた。
(完全に救う余裕はない。それにここで戻したところで──)
 鬼灯は視線で彼らとヴィンの距離を測る。あまりにも近い。イレギュラーズに余裕がない以上、彼らは自力で逃げる以外退避する方法はなく、かつあの近距離でヴィンの姿を見たとあっては悲鳴も押し殺せないだろう。結果、あの肉腫に屠られて命を散らすだけだ。
 今死ぬか、後で死ぬか。そこに恐怖が付随するか。そんな違いがあるだけで、行きつく先は変わらない。
「──章殿!」
 不意に向かってきた風の刃。それを認めた鬼灯は咄嗟に腕の中の章姫を庇いこむ。ぎゅうと抱きしめられた彼女が「鬼灯くん!」と呼んだ。痛みはあれど、この程度ならまだ大したものではない。それよりも章姫が無事であることに安堵した鬼灯は砂嵐から抜け出したヴィンを睨みつけた。
「この世界の所為の如く当たり散らしている様だが、耳を削ぎ落す勇気も無かったか」
 ヴィンの耳は未だ彼の顔の横に健在だ。それを落として、音の集まりを悪くしてしまえば多少はマシだっただろうに。それすらもせずヴィンは音の存在する世界を壊そうとしている。

 ──嗚呼、なんて烏滸がましい。

「外したのだわ。次」
 ライフルから顔を放さずアシェンは次の弾でヴィンを狙う。彼の、更に絞るは頭部側面。神経を麻痺させる弾であれば、彼の鋭すぎる聴覚神経も鈍らせることができるかもしれない。彼女の腕前であれば『外した』というのも絞りに絞った箇所を外したと言うだけで、強力な肉腫と言えど無傷ではない。それでも執拗にそこを狙っていくのは彼女なりの想いがあった。
 彼の歩む道は。彼の紡ぐ物語は。人よりも大きく多くの音で溢れておきながらそれを楽しむこともできず、静寂を手に出来ない物語はあまりにも残酷だったから。
(聴覚が麻痺すれば、一時的にでも望んだ音色を……静寂という旋律を聞けるかもしれないのだわ)
 手当たり次第に破壊し、人を肉腫へ変え、それすらも破壊(殺す)行為を許容できるわけではない。嫌悪感は当然ある。それでも──その根底にあるものが、アシェンたちにも知り得ぬ苦しみなのだとしたら彼は少しくらい望むものを得ても良いと思うのだ。終わり良ければすべて良しではないが、少しでも安らぎの最終章(フィナーレ)を。

 神秘の霊薬を呷ったBinahは幾らか戻った体力に小さく息を吐き、空瓶をしまいながら複製肉腫を見据える。先に引き付けたのが寛治であること、さらにヴォルペも護ってくれるとあって敵の集中はあちらの方が多い。けれどもBinahもまた少なくない敵の数を前にしていた。自らの傷を強烈に治癒させていっても、これではキリがない。倒していかなければいずれは力尽きるだろう。
 それでもまだ、やれる。
「そんな程度で、僕は倒れないよ」
 そう、ここで倒れてなるものか。彼らを引き付け食い止める事こそBinahに課せられた役目だ。彼の口上で引き付けられた複製肉腫を相手にしつつ、それでもヘイトコントロールから逃れた複製肉腫を足止める。
 例え四肢を掴まれ、殴られようとも。地面へ引きずり倒されようとも。何度だって立ち上がって仲間を守り切るのだ。
「全部──僕へぶつけて」
 自力で踏ん張って、それでもどうしようもない時──パンドラ(運命)の力が彼を支える。その意思を貫けと言うように。そのあと押しにBinahはイモータリティで危険域を自ら脱すると、再び敵を押さえた。
「ヴォルペさん、まだいけますか?」
「はは、勿論! 楽しくなってきたところだよ!」
 寛治の言葉にヴォルペはこれ以上なく楽しそうに笑う。魔力障壁はとっくに切れてしまったが、護るためならば自分の傷だって気にならない。いいやそれどころか『護っている』実感さえ感じられよう。回復手がいなかったのは誤算だが、さりとてヴォルペの護りが揺らぐわけではない。どれだけ寛治の代わりに引っ付かれようとも、殴り蹴られようとも、その受け身は真実──万が一もあり得ないと言う意味で──絶対だ。
「改めて考えるとさ、マネージャーがいるって頼もしいよね!」
 テンションが上がってきたからかそんな口数も増えてくる。気が疎かになっているわけでも手元が疎かになっているわけでもない。隙あらば強烈な一撃を複製肉腫へ叩き込んでダウンさせている。
「あっちはまだ大丈夫そう?」
「油断はできませんが。余力があれば準備をお願いします」
 了解、と返したヴォルペは棒立ちファンドマネージャーへ引き付けられる複製肉腫に目を細めた。誰1人として渡すわけにはいかない。黄泉への道も下らせるわけにはいかない。
 さあ、かかってこい。僕が護りきってやる。

 リン、リン、と鈴が跳ねて音を鳴らす。鬼の技を以て引き付ける瑞鬼はさらに補強として鈴を鳴らすよう立ち回っていたが、思惑通りにヴィンはこちらへ向き続けてくれている。最も、その分強烈な攻撃が瑞鬼へ向かってきているわけだが。
「ふん。まだわしは遊び足らんぞ?」
 それでもわざと挑発するような言葉を発する瑞鬼。神使(イレギュラーズ)たちがこちらへ来られなくなるのは個人的にも困るのだ。彼女──外見ゆえにそう表現させてもらう──にとって、その言動を見物できなくなるのは困るのだから。
 目に見えて疲弊していく彼女だが、それはヴィンも同様だ。あれだけいる複製肉腫を僅か3人で相手取られ、かつその他7名もの猛者が彼1人へ攻撃を仕掛けてくるのである。風の加護も物量でモノを言わせれば少なからず押せる。
「終いの詩、近づいてきているのだわ」
 それは物語の頁をめくっていく時のように。アシェンは陳腐なバラッドを放ちながらそう呟く。その詩は大体が悲劇でできていて、アシェンはあまり好きではないけれど。それでも分かっていて頁はめくられる。頁をまためくって、鋭い風がアシェンの肌を薄く撫でていった。
「風の加護は自由気ままな様だが、自身が動けないのは相当の痛手だろう」
 鬼灯は瑞鬼へ合図をしながら人形劇を繰り広げる。その反動が、敵による風のカウンターが来ようとも攻撃の手を止める気はない。章姫をその刃から護りつつ、鬼灯は紫の光めがけて鉄球を放つ。
「このまま、永遠の静寂へ導いてやるさ」
 逃がさない。そしてこれ以上の被害は許さない。誰か、何かに再び被害が起こったならば──鬼灯の優しい章姫が、泣いてしまうかもしれないから。
「そろそろ、さようならね。世界は簡単に壊れるほど、甘くはなくってよ?」
 押せ。押し切れ。誰も言わなくとも皆の気迫がそう告げている。ヴァイスは小さく囁いて、自らにあっただろう可能性を纏って結界術を展開した。
 そう、この世界は案外丈夫だ。魔種なんてものが多く跋扈していても未だ終わりが来ていない。同時に、終わりが予知されるほど弱くなったからイレギュラーズが大量召喚されたわけだが、彼1人きりでどうこうなるものではない。
(誰に何を、どう唆されたのかしらね)
 怪しいのは今この瞬間、呪詛を蔓延らせている元凶だが。世界ごと憎んでいるような彼へ近づけるという事はそれ相応に強い人物なのだろう。
 世界を壊せるなどと言われたのだろうか。それを素直に信じてしまったのならば──尚更、残念だし可哀想な肉腫だ。どう足掻いたとしてもイレギュラーズは徹底的に抗戦するだろう。この場を壊すわけにもいかず、人を害するモノを止めない選択肢はない。それを『可哀想だから』と肯定してしまってはいけない。
 ヴァイスの張った結界術は閉じ込めた彼へ熱を、痛みを、苦しみを与える。音を発される苦痛とそれらのどちらがより苦しいのかは分からないが、彼は酷く顔を歪めて結界に腕を振り上げた。ぴしりとひび割れたそれはあっという間にヒビを広げ、粉々に砕け散る。
「ほら、くれてやるよ──お前の墓標だ」
 その瞬間を狙ったカイトの魔弾が執拗にヴィンを追いかけ、追いかけ、冷たき墓標を咲かせた。直後に遠方から寛治の銃弾がヴィンを煽る。風が唸りを上げる程に重量のある腕はその見た目よりもずっと俊敏に振られ、瑞鬼の体が束の間ぐらりと揺れた。
 リン、と鳴った鈴が零れ落ち、草むらに転がる。カイトは咄嗟に星夜ボンバーを放った。安全確実をうたった派手な光と音は『常人ならば』無害だ。けれどもカイトの視界では至極嫌そうにそれをねめつける肉腫が見える。
(だろうなァ)
 カイトにそれが共感できるはずもないが、予想くらいはできた。ただのパーティグッズで不意打ちなどはできるはずもないが、確かな嫌悪感は植え付けられる。
「次は俺と遊んでよ!」
 その隙に、とすかさず名乗り上げたヴォルペ。幸い、運命の力が瑞鬼を戦線へ引き戻したが油断はできない。1人が欠けるだけでこの勢いをひっくり返される可能性すらある。タイムはその前にと雷撃を放った。
(あの風ばかりはどうしようもないけれど)
 ヴィンの纏う風はこちらの距離に関係なく、危害を加えるだけで飛んでくる。おかげでタイムの体にはいくつもの赤い線が滲んでいたが、受けてしまうのならば気にしていても仕方がない。風がヴィンに味方して雷撃をうまいこと避けていくが、それも次の一手に繋がる。
(いいえ、繋げる。私は1人ではない)
 無量は刀を構え、地を力強く蹴った。その意識は目の前にいる苦悩し、怒る彼へ。共感も憐れみもなく、見逃すことはできない。それでも『同情』してしまう。彼と無量は少しばかり似ていたから。
 世は不条理だ。それに怒り、見るモノ全てを壊さんとする姿勢には覚えがあった。
(救いと称して……結局のところ、自分勝手に振る舞った)
 似た想いを抱いたことがあるからこそ。近い振る舞いをしたことがあるからこそ。無量はその身を慈悲の刃とする。たとえ彼の纏う風が牙を剥いて襲い掛かろうとも、無量の身体が揺らぐことは無い。
「──その怒り、私が掬い取って仕る」

 一点の曇りも無き刃は、風の守りをも貫いてヴィンの身体を深く裂いた。




 その瞬間。風が、止んだ。

 誰しもがそれに気付いて、息を呑んだ。誰も動けなかった。ヴィンさえも見下ろしたまま固まって──その唇から朱を零す。瞳が瞼の下に閉ざされ、その巨躯はゆっくりと地面へ落ちて行った。
 ヴィンが崩れ落ちる姿を見て、イレギュラーズたちは踵を返す。あちらではまだ仲間たちが戦っているのだ。
「遅くなりました!」
 自らへ付与をかけなおすタイムにヴォルペは血まみれでにっこりと笑みを浮かべる。それだけを見ればホラーでしかないが、そんなことを突っ込んでいる余裕はない。
「手伝って頂ければ助かります」
 寛治はステッキ傘を手に銃弾の雨を降らせる。味方を避ける銃弾も、しかし手加減をするほどの器用さは兼ね備えていない。倒れるギリギリまで戦う事は出来ても、更なる一押しには仲間の一手が必要だ。
「頑張るのだわ!」
「最後の一押しまでは繋げて見せますよ」
 アシェンへ頷く寛治。ここには『助けたい』想いがある。それならば、それを形にするのは寛治の仕事だ。
「助かれば儲けものよ。せいぜい幸運を噛みしめるがよい」
 ふん、と鼻を鳴らした瑞鬼が常世と幽世の狭間へ複製肉腫を捕らえる。仲間たちの方針には沿わせるが、それでも全員を助けられるなどと自惚れるつもりはない。そんなことハナから無理なものなのだ。
(だが、救おうと足掻く様は嫌いではない)
 ニィ、と笑みが浮かぶ。嗚呼、面白い。見ていて飽きない存在たちだ。こういったところが世界への大きな変化をもたらすのだろう。
「まあ助けられなくとも、殺すなりに『背負って』やるさ」
 不殺の手段を持ちえないカイトはそう呟いて武器を構える。やることは先ほどまでと変わらない。この此岸ノ辺をこれ以上破壊されないために倒すだけ。破滅の先触れを出し、墓標を与え、惨劇を起こす。嗚呼、こちらの方が余程『惨劇』らしい。
 全て背負う覚悟をもってカイトは弓を構えた。目の前には未だ溢れかえるほどにいる、イレギュラーズへその身を賭しておそいかかる複製肉腫たちがいる。自らの意思など奪われて、もはや自我無き魔物のように群がるモノ。
 それでも、つい先日まではこの地で生きていたはずの人間だ。
「──生きた場所まで汚す必要は、もうねーんだよ」
 一発。カイトの放った魔弾が複製肉腫を貫き、その動きを止めた。
 助かれば良いという姿勢で戦う者がいる一方。自らのできる限り不殺で倒そうとする者たちも多い。それが例え『幸せだけの終幕』ではないとしても、だ。
(それでも……悲劇『だけ』の終わりにはしたくないのだわ!)
 仲間たちが弱らせた複製肉腫から積極的に特殊弾を撃ち込むアシェン。元麻酔弾は肉腫の命を奪うことなく意識だけを刈り取っていく。視界の端で少なからず消えゆく命もあるが、いちいち悲しんでいる暇は『今は』ない。そんなことをするくらいなら1人でも多くの人を救いたかった。
 神経が麻痺し、地面へと転がっていく複製肉腫。アシェンに彼らが真実無事であると確認する暇はなかったけれど、救われていることを祈って次の標的へライフルを構える。
「申し訳ないが、俺は助けてやれる余裕がない」
「ええ、構わないわ。わたしだって余裕なんて全然ない」
 魔糸を鎖付きの鉄球に変化させた鬼灯へそう返すタイム。事実、ヴィンと戦った後に余裕のある者など誰もいない。だからここで手加減しなくても、自らを削って手加減してもそれは『仕方のない』ことなのだ。
(でも、この人たちには元々何の罪もないじゃない)
 誰かの都合で暮らしていた土地のものを破壊する。誰かの都合で殺される。そんなの──あんまりじゃないか。
 これを『甘さ』だと言うのならばそうなのだろう。タイムは甘んじてその言葉を受け止めよう。それでもこの手で救える命があるのなら救いたい。救ってみせよう、だってイレギュラーズだから!
 温かな光が複製肉腫たちを包み込んでいく。殺す事なき安らぎの光。まるで母が子に子守歌を歌うように。きっとその光の中で目を閉じたのならば、子守歌が聞こえることだろう。

 ──もう、真夜中だから。おやすみなさい。

 満月が天頂から過ぎた頃、場はようやく静まった。そこには立ち尽くした、或いは立っている事すらままならずに座り込んだイレギュラーズたち。そして倒れ伏した『元』複製肉腫たちがいる。まだ動ける者は向かってくる者のいなくなった辺りを見回して、ノロノロと動き出した。
 誰が生きているのか。誰が死んでいるのか。誰もが倒れ伏しているこの状態ではわからなかった。動ける者で1人1人の鼓動を確かめ、遺体は並べ、意識を失っている者はまた別の場所へ寝かせる。長く戦いの行われた場は大きな損害でないにしろ、ぱっと眺めるだけで『そこで何かあった』と思わせるような荒れを感じさせた。
(もっと、力があれば)
 タイムは遺体の目元へ手をかざし、そっと瞼を閉じさせてやりながら俯く。過ぎたことと言えばそれまでなのだけれど、それでも考えざるを得ない。救えなかったこの人たちを救えたかもしれない『もしも』を。
「──次に生まれる事があるのなら、誰よりも幸福であります様に」
 はっと顔を上げたタイムは、向かい側で祈りを捧げるBinahを見た。目を開けた彼はタイムへ薄く笑ってみせる。一緒に願わないかと。既に起こってしまったことは変えられないけれども、この先(未来)を祈り願うことはできるから。
(賭けに全て勝てたわけじゃない)
 Binahは立ち上がると分けて寝かされた者たちをぐるりと見渡す。生存の可能性をつかみ取ることが出来た者たちと、そうでなかった者たち。Binahだけの結果ではないけれど、こうして見ると結果は決して軽いものではなかった。
 それでも──全力を出したと、Binahは思う。しぶとく倒れることなく、仲間たちを護る役目を果たせた、と。
 全てを終えて、瑞鬼はようやく気が抜けたと言うように小さく欠伸した。その動きだけでも傷にこたえる。今回の一件は瑞鬼にとって動かない理由もなかったが、それにしても働き過ぎたと思ってしまう。早く帰って休むべきだろう。
 肉腫ヴィンは倒れ、ここに此岸ノ辺を害そうとする──できる輩はもういないのだから。

 無量は1人、ヴィンの元へ歩を進めていた。
「……まだ、生きていましたか」
 小さく、小さく呟いた無量にヴィンの指がぴくりと震える。けれどそれ以上の動きはなく、閉ざされた瞼が開くこともない。ただ、深く開いた傷口からはどくどくと血が流れ出し、彼の体と無量の足元を濡らしていた。
 殺せ、と彼は呟いた。鋭い聴力があってようやく聞こえるほどの声量に、無量は視線を伏せる。もう死は間近だというのに殺して欲しいのか。
(私には彼を責められないというのに)
 無量の事情など知った事ではないだろう。それでも同情を禁じ得ない彼女としては、最後に与えるものはあっという間に終わる『死』ではなくて穏やかな『眠り』でありたかった。
 口を開いた無量は、ごく小さな声で子守歌を歌う。それは彼にどう聞こえたのか──先ほどは開く力もなかったと言うのに、瞼を押し上げ隠れていた瞳が無量を見上げた。
「……もう、誰にも起こされる事はありません。どうか、ごゆるりとお休みを」
 それだけを静かに告げ、再び子守歌を歌い始める無量。彼女がそれ以上をする気がないと悟ったか、ヴィンの瞼は再び閉ざされた。
 どうか、どうか、彼にこの歌が心地よく聞こえていますよう。
 どうか、どうか、彼が静かなる安寧に包まれますよう。

 彼は小さく、小さく何かを呟いて。それは近くにいた彼女だけが拾い上げた。
「……ええ。おやすみなさい」

 いつしか、彼から零れ落ちていた血は止まっていた。

成否

成功

MVP

瑞鬼(p3p008720)
幽世歩き

状態異常

ヴォルペ(p3p007135)[重傷]
満月の緋狐
瑞鬼(p3p008720)[重傷]
幽世歩き

あとがき

 お疲れさまでした、イレギュラーズ。
 彼はようやく、静かな世界を揺蕩う事でしょう。皆様はどうぞゆっくりお休みください。

 またのご縁をお待ちしております。

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