シナリオ詳細
ロージーフェイス
オープニング
●課外授業
霧雨もやみ、森の向こうでは雲の綻びから青空の一線が覗く。幽かな空色は未だ明るくも、空気は湿り、重たく村にかぶさっている。茂る草木の狭間を忍んで進む風の音が、まるでため息のように村をゆく。何故なら村には、異質とも呼べるよそ者が訪れていた。
「「ティーチャー!」」
声を揃えて子どもたちが呼ぶ。無邪気としか思えぬ声音は、朗々として微笑ましいものだ。彼らの呼びかけに応じた神父の笑みも、そんな彼らを慈しむようで――はたから見れば、あどけない子らを連れた神父という一団が、森にある村へ立ち寄っただけ。それだけのはずだった。
しかし彼らは異質だった。単なるよそ者だったからではない。旅ゆく者に、この村の者は親切だ。天義で根付く意に反しない限り、快く迎え入れてくれる村人ばかりだ。だから神父たちのことも警戒を持たずにいたのだが、今はどうだろう。広場に集った住民の誰もが、家から覗く住民の誰もが、眉根を寄せている。
何故なら、来訪した彼らは異質だったから。
「葉野菜も芋も、こんなにいっぱいになったよティーチャー」
「ティーチャー! 収穫したてのキノコがあった! おいしそ~!」
子どもは朗らかに笑う。ニコニコしながら、荷車へ食料を山積みにしていく。
その平穏そうな光景を破る、あの、という青年の声がかかった。
「もう勘弁してください……これ以上、渡せるものは……」
「た、ただでさえ不作続きなんだ。俺たちの分まで持ってかないでくれ」
抗議を始めた村人の声が、ひとつ、またひとつと重なっていく。相手が神父と子どもということもあり、最初の頃は強く出ていた彼らも、物怖じせず楽しそうに収穫物を奪っていく子どもたちに恐怖を抱き、今ではすっかり身を縮こまらせていた。
けれどすべてを奪われてしまえば、自分たちが飢えるのは目に見えている。抗議は意を決してのことだ。
食料を積んでいた子どもたちが、なになに、どうしたの、と次から次に集まり出す。少年少女の集結に怯んだ村人だが、食べ物を返してくれ、と数人が言い出せば、あとは早かった。瞬く間に呼応し、他の村人もそうだそうだと声をあげる。
そんな光景を前に神父は微笑みを絶やさず、とある少年の肩をぽんと叩く。
「マークス。これは大事な課外授業です。しっかり結果を残すのですよ」
神父にマークスと呼ばれた赤ら顔の少年が、迷わず頷いた。
「……ほらみんな、手を止めないで積み荷をしっかり縛って。暗くなる前に帰るよ」
マークスが一声あげると、子どもたちは素直な返事と共に作業へ戻る。
そうした様がまた、村人たちの恐怖心を煽った。
「ちょ、ちょっと、俺たちの話を……っ」
訴えなどまるで耳に入っていない神父へ、村人が詰め寄ろうとした。
だが叶わなかった。間にマークスが割って入ったのだ。自分よりも遥かに大きな成人男性を相手に、微塵も怖がらずマークスは相手をじっと見上げて。黙したままの少年の不気味さを感じつつ、村人は唇を震わせる。
「なんだよ、なんだってんだ……!」
思わず、手が出た。村人の拳はしかしマークスの手で流すように払われ、勢い余って前のめりになった村人の顎へ、マークスの肘が入る。ぎ、と鈍い悲鳴をあげてバランスを崩した青年を、そのままマークスが地へ転がし、槍の穂先で腿を躊躇わず突く。鈍かった悲鳴は瞬時に、苦痛の声へと変わった。
そして痛々しい声が響く中、マークスは冷たい声でこう言い放つ。
「言ったでしょ。俺たちこれから帰るんだ。余計なことしないで」
ざわつく他の村人たちをよそに、子どもたちは起きたことには目も呉れずせっせと荷造りを進めている。
――彼らこそが『アドラステイア』に住まう民だ。
●情報屋
「アドラステイアの外周調査に繰り出した折、彼らを目にしたんだよ」
嫌な予感がした。襲撃するような雰囲気は窺えず、何事か談笑しながらの旅路に思えたが、しかし予感を抱いたまま急ぎローレットへ伝達し、今に至ったことを『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)が己の身で示す。
そこで情報屋のイシコ=ロボウ(p3n000130) が話し出した。
「スティアさんが目撃したの、からっぽらしき荷車二台、大人一人、子どもが十人。大所帯」
「うん、しかも大人は神父っぽい身なりをしていたの。子どもたちは……」
少しだけ、言いにくそうな間があく。
「貧困層を思わせる服装だったね。持ってる武器は、そこそこしっかりしていたのに」
他の子より頭ひとつぶん飛び抜けた少年は、荷車の前方を歩きながら槍をしっかり握っていた。
荷車や神父に寄り添う子どもたちは、短剣を提げたり、弓を持っていたり様々だったという。
アドラステイアの下層では、戦災孤児や難民の子どもたちが多く住んでいるとも聞く。もしかしたら彼らも、そうした立場にあるのかもしれない。
「あの先には森があって、森の中に小さな農村があるんだよ」
天義出身のスティアによると、首都フォン・ルーベルグより遠く、どちらかと言えば『アドラステイア』に近い村だ。旅の者がたまに立ち寄るぐらいの、のんびりできるとても静かなところらしい――つまり、有事の際は無防備に近い。
「方角的にアドラステイアから来たみたいだから、放っておくと絶対良くないよ」
スティアの経験か本能か、とにかく目撃したときに感じたざわつきが、胸を激しく叩いて止まない。
そっと双眸を伏せたスティアの隣で、イシコが『依頼』として話しだす。
「おしごと。村を守ることと、アドラステイアの人たちを追い返すか、倒すこと」
説得して大人しく帰ってくれるなら良いが、アドラステイアという都市に生きる者の気質からして、武力行使に出る可能性が高いだろう。村人の命に危険が及ぶ可能性を考慮し、イシコは告げる。最悪、彼らの命を取る選択肢も頭に入れておいてほしいと。
子どもばかりという事実に、迷いや躊躇があるイレギュラーズも多いだろう。
そこについてイシコは何も言わず、とにかく村人の命を最優先、と念を押す。
「どういう風に接触するかとか、そういうの、現場判断」
戦力についても詳細は不明で。ただひとつイシコから言えるのは。
「急いだ方がいい」
それだけだった。
- ロージーフェイス完了
- GM名棟方ろか
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年09月23日 22時15分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
野末から野末へ行き渡った霧雨が、ひどく冷たい空気を村に残していく。
冷酷とも呼べる空気が満ちた広場で、転がった青年を見下すのは少年マークスだ。腿を突かれ呻く青年に、少年は欠片も興味を持っていない。幸い、青年は抗わなかった。言い返せば、次に己へ降りかかる苦痛は想像ついたものだから。
「――夜を召しませ」
代わりに緊迫をくぐり伸びてきたのは、誰もが夢路で聞くものに似た不思議な聲。ゆかしくも新鮮に感じる聲の主は儚げな少女『おやすみなさい』ラヴ イズ ……(p3p007812)だった。聞き届けた子どもたちはしかし、彼女の姿を捉えた瞬間から、まだ遠い筈の夜の天蓋を知る。
落ちてくる、と子どもたちは思った。逆しまに降りる空に圧しかかられる感覚。果たして足は地についているのか空を掻いているのか、それすら判らず騒ぎ出し、子らはラヴを探し始める。
「あ、あなたは……」
一部始終を呆然と見ていた村人に尋ねられ、少女はこう言った。
「村人と……子ども達を助けに来た、望まれないヒーローよ」
あまりにもあえかな笑みで。
ラヴの後ろでは『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294)が結界で異様な空気を中和し、倒れた青年とマークスの間には『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)が割って入った。
マークスが青年に執着せず跳び退ったところへ、『白獅子剛剣』リゲル=アークライト(p3p000442)が駆け寄る。
「略奪は犯罪だ」
一言目は静かに。
「これが課外授業などとは以ての外だ!」
二言目からは、熱意を込めて紡ぐ。抜き身による静かなる断罪の刃が、マークスの気を惹いた。意識寄せた少年は、返事ではなく鋭い穂先をリゲルへ送る。その様子を視界の隅で認めたスティアが、惑う住民たちへ朗らかに声をあげて。
「私達が来たから、後は任せて!」
鈴のように沁み入る彼女の声音に勇気付けられ、青年はどうにか立ち上がった。そんな彼へ『ネクロフィリア』物部・ねねこ(p3p007217)が癒しを向ける。頻りに礼を述べようとした青年をぐいぐいと押して、ねねこは避難を促す。
「焦らずお下がりください」
村人たちへそう告げたのは、『生まれたてのマヴ=マギア』クーア・ミューゼル(p3p003529)だ。
「大丈夫、皆さんの収穫物は必ず守るよ」
安心させる響きを『夢想神威』クリスティアン=ベーレ(p3p008423)も繋げ、互いに顔を見合わせ頷く。
クーアは被害の及ばぬ距離まで村人が退避するのを見届け、想い馳せる。
(本格的な妨害を為すのは、我々ですから)
ちらと確かめれば彼女の考え通り、逃げ果せる村人を少年少女は追いもしない。
そして収穫物は守ると約束を交わしたクリスティアンは、召喚物で仲間を支えつつ荷車を見やった。積まれた作物はどれも小振りでやせ細り、不作続きだったのだと見ただけでわかってしまう。
「村のひとたちの大切なものを奪うなんて……」
ひとは食べ物が無ければ生きていけないと、広い世界を知ったときに覚えた。だからクリスティアンにも、奪う理由は想像がつく。
沈痛な面持ちのクリスティアンを横目に、クーアは前を見据えて。
「奪わせないためにも、早急にお引き取り願いましょう」
言いながら神聖の光を瞬かせ、術士を痺れさせる。
いつからか火矢が舞い始め、擦れた刃が耳をつんざく。一気に戦場と化した村の中、戦いの教本として立つ『「Concordia」船長』ルチア・アフラニア(p3p006865)は指揮杖を揮う。戦場に渦巻く不穏を、杖から流れ出る力で少しずつ少しずつ溶かし、変えていく。仲間の背を押し、足を支える空気へと。
支援に励む彼女の姿を、穴があく程に見つめる子があった。物珍しげな目線にルチアが口を開く。
「いい? 何かを得るという行為には対価が必要なの」
突然語りかけられ、子どもにやや緊張が走る。
「対価は金銭や労働と様々だけど、対価なしに物を得ようとするのは……盗賊のすることよ」
徐々に低くなっていくルチアの声に、しかし当事者は狼狽もせずきょとんとしていて。
「しかも盗人の末路は……多々、命を対価として支払うことになる」
「じゃあやっぱり、ヤなオトナの命もタイカになるんだね」
目を丸くするどころか輝かせて少年が応えたものだから、ルチアの方が目を瞠る。
「ほらっ、ティーチャーの言った通りだ」
少年は確かにそう、口にした。
●
今しがた広がった光の根本へラヴが迫る。子どもたちを癒す術士へ、遠くて遅い夜の幕引きを教えるために。
(彼らの常識を私は知らない。彼らの価値観を私は知らない)
静思の狭間から届けた幻像が、少年の心身を掻き乱していく。
青褪めた少年の、そして周りの子の境遇を想像してはさめざめと泣きそうだけれど。
(私は、己の正義……己のエゴに従うわ)
そうしてふわり微笑むラヴの後方に響く、ポテトの呼び声。
「リゲル!」
彼女がリゲルへ贈ったのは、調和による治癒の術。
目線のみで礼を告げ、一団から遠ざかったリゲルは、追走してきたマークスを黒き大顎にて迎え撃つ。淀みなきマークスの一突きに星の煌めきが過ぎるも、ポテトから既に贈られていた戦魔の幻が、マークスと向き合う彼を支えた。
そのとき、リゲルにくっついていたねねこの人形がマークスめがけ飛び散る。棘に刺された痛みも重ねられ、少年の眉根が寄った。
「やむを得ない事情があるのは、解ってる。だが罪を犯すのはいけない。君も、幼いあの子たちも」
骨の軋む音がする。黒顎はどこまでも深く少年に牙を立てた。
「業はいつか君達に巡り戻るもの。幸せにはなれないよ」
「罪なんて犯してないけど」
リゲルの言も黒顎も槍で押し剥がし、マークスがあっけらかんとして言い放つ。
他から離れているがゆえ、説く言葉が響くがゆえ、二人は両陣から目立っていた。だから術士は機を逸さない――マークス、と名を呼び、そこへ招いた強烈な光がリゲルの眼の奥を痛ませて、マークスを手助けする。
猛攻衰えぬ敵の様相に、腕を掲げたクーアは神気溢れる光を招いて。
(やはり、障害を排除するのに躊躇はないようですね)
解き放つ閃光に術士はふらつき、まもなく膝を折った。
「ご安心を。命まで取るつもりはないのです」
四辺の彼らにも聞こえるよう、クーアが少々喉を開く。殺さずに立ち回るという困難きわまる道を選んだ若者たちに、しかし子の向ける眼差しは変わらない。嘘だ、騙す気だ、と視線が訴えてくる。
思わずクーアも、豊かな光彩を揺らがせて。
(善きひとが善くあろうとするのは善いこと、なのでしょうが……)
披瀝できぬ所思が胸裡にずしりと溜まる。
(はて、『善さ』の基準が土台から誤っている場合は、どうするのが善いのやら)
首を傾ぎ、少年少女の過去に起き得た事をひとたび想像してしまえば――あとは沈んでいくだけ。
風が鳴るもすだく虫はなく、不気味さでルチアの肌が粟立つ。だから彼女は一声を響かせる。呑みこまれないで、と。伝播した言霊が、心の苦境に踏みいりそうな仲間たちを思い止まらせる。
(ヤな感じね)
言い難い感覚に唇を尖らせつつ、ルチアがラヴへ癒しを齎した刹那、陽のごとき彼女の赤へ矢の赭が降り注ぎ、意識が揺らめいた。
曇天の下、大地を照らす火の残滓が鏤められた中で、胸いっぱいに息を吸ってスティアは神の福音を鳴らす。
おいでと手招くスティアに連れられ、荷車から数人が遠ざかったのを見計らい、ねねこが荷車へ細工を施す。繋ぐ縄を切り、車輪の前後へ大きめの石を鎮座させ、運搬困難にさせて。
(関係を断って内内で管理してる処とか、外から見るとこんな感じなんですね)
元いた世界のある国を想起し、ねねこは溜息を吐ききった。例えるならそう、迷惑、という言葉があまりにも端的で。だからこその深い溜息だ。
手際よく済ませた彼女はすっと面を上げ、子どもに囲われたスティアへ強化済みの擲弾を投げる。爆ぜた弾から治癒の素が溢れ、スティアから痛みを拭っていく。
煌めく治癒の雨を遠目に、ラヴが二人目の術士へ向けたのは夜を織った銃だ。火薬ではなく祈りを詰め込んだ弾が、治療士を崩れさせる。すると倒れた少女の名を誰かが叫ぶ。その子に触らないで、と弓矢がラヴを狙う。
(仲間を、友だちを想う部分は……あるのね)
胸に湧いたものを安心と呼ぶのなら、きっと――。
倒れた子を、戦火に巻き込まれない場所まで運びながらラヴは言う。
保護するだけだと。けれど返るのは、嘘だ信じない、という拒みの音ばかり。
(そうね、相手からすれば人攫いにも見えるはず)
十代前半と思しき身体を抱き上げてわかった。歳の割に痩せ細っている。それでも。
「あなた達の生き方は歪んでいるの。だから、保護するのよ」
姿勢も緩めず断ずるラヴを、矢を番えたままの少女がねめつける。触らないでと言いつつ射らないのは、友に当たることを恐れたからか――などと考えながら、ラヴが少女を運んでいく間、ポテトもじっくり話を寄せていく。
「あの収穫物は、ここの人たちが自分たちのために頑張って作ったものだ!」
奪われるため、傷つけられるために丹精込めて作ったのではない。
理解してもらいたい一心でポテトが訴えるも、少年少女はやはり喫驚も困惑もせず。
そこへ諭すようにクリスティアンも正心を繋げる。
「略奪は泥棒で……悪いことなんだよ」
優しい声で。穏やかな双眸で。
「『せんせい』というのは、正しいことを教えるひとではないの?」
「教えてくれたさ!」
返しは迷いなく紡がれた。
物分かりが良すぎる子たちの振るう刃を、掲げたスプリング・エルムでクリスティアンは耐えていく。
「外の大人は正しくない奴ばっかだから、ソーオーのムクいがいるんだって!」
それが奪う理由だとばかりに叫び、特攻を仕掛けた子の短剣にクリスティアンは懐をぬかれる。
耳朶を打った、子どもからの思いがけない物言いに彼は眉尻を下げて。
「酬い……だなんて、そんな……」
寂しいことを、言わないでよ。
●
決して鈍らぬ刃を押し返したクーアが呼吸を整え、荷車へ火矢を向けた射手に迫る。たじろぎもしない弓使いから、心や魂にまで届く神々しい輝きで、抗う意欲も体力も吹き飛ばした。膝を折る少女をよそに、クーアは離れた場から見守るだけの神父へと振り向く。
「我々が全力で止めれば、収穫物が傷つかない保証もなし、なのですよ」
イレギュラーズが術技や言葉で気を惹いてきたのもあり、今のところ躱した矢が刺さったぐらいで作物に大きな被害はない。
しかし今後どうなるかは判らないと、神父へ揺さぶりをかける。
「そうなっては、神父さんたちも困るでしょう?」
「私なら困りませんよ」
私なら。
不穏当な物言いにクーアが目を細める。
そこへ聞こえてきたのは、ねねこの透る声。
「せーのでこれ、いきますよ」
負傷した仲間たちへ振り撒けるよう立ち位置を変えて、ねねこが術具となる爆弾を頭上へひょいと掲げた。
「せーのっ!」
思い切り放れば、練達での技術力の結晶とも呼べる治療用ボムは、戦場に温かな癒しの魔術を散開させていく。
「私も走らせてみようかな」
常通りの語気でスティアはラブの元を離れ、遊び心を魔法で形作る。踊る光が疾駆した光景は宛ら流れ星。キレイ、と歓声をあげた子らをひとたび包めば、遠くで弓術士が倒れ、スティアから心逸らせぬ者も出始めた。
その間もポテトは逸らず休まず、賦活の力でリゲルを支えて。
「アドラステイアの民よ、お前たちに問う!」
合間に凛とした声を響かせる。
「暴力で脅し食料を得る。それを当然の事と思っていないか?」
彼女の問いに、残っていた子らは明らかにきょとんとした。
「そんなことをしていたら、今度はお前たちが暴力を振るわれ、奪われるだけだ!」
続けてはダメだと真摯に訴えた。すると子どもたちは。
「殴られたから殴るの!」
「ヤなおとながそうしたから、僕らもそうするだけだよ!」
当然のことのように答えた。
「何を……言っている……?」
邪気のない――と言って良いのかもわからぬ純一な眼差しが突き刺さり、ポテトの顔も青褪める。
「ケンリが僕らにあるって、ティーチャーは教えてくれたもん」
聞いたポテトの口に苦みが走る。
信じる神は自由だ。信仰の源も、そこに求めるものも確かに自由だ。しかし。
(子どもに思想を植え付けるのはダメだ。他者に犠牲を強いるのは……ダメなんだ)
ぎりりと噛み締めた歯が音を立てる。悔しいとも悲しいとも表し難い情が、彼女の手を震わせた。
「人の物を盗るのは泥棒ですよ! 泥棒はだめです!」
少年少女らの言動に愕然としたポテトの後ろから、ねねこが連ねる。
そうした彼女たちの声音は、リゲルとマークスの耳にもしかと届いていて。
「魔女裁判は、近いうちに終わらせる」
リゲルの呼びかけに、少年の眉がぴくりと動いた。
幾度となく漆黒の顎で砕き、苦痛に歪んだマークスの赤ら顔に、ますます色が募る。
「君達の飢えを満たせるよう、掛け合ってみる」
一拍入れたのち、得物を引いてリゲルがマークスへ見せたのは免罪符だ。
さすがに苻が何かを知っているらしく、少年の眸に深い影が差す。
「真っ当な道を歩まねば、いつか潰れてしまうよ。だから……」
「おいでって言うんだろ。面倒見るって言うんだろ?」
固く閉ざしていた唇を、マークスは漸くこじ開ける。
「泥水も啜ったことなさそうな綺麗な顔で、綺麗なコトバ並べ立てて。そうやってぜんぶ奪ってく」
「……マークス」
切言したリゲルが名を呼ぶと、少年はかぶりを振った。
「終わらせてくれなんて頼んでないよ」
ひどく凍てついた声で、突きつけてきた穂先。答えはそこに集約されていた。
そのときスティアが気付いた。森へ後退しようとする神父の足取りに。すかさず駆け出した。逃すまいとの意志は熱となって両足を支え、かの者を掴む――はずだった。
「ティーチャーにさわんな!」
ひとりの少年がスティアの眼前へ飛び出したことで、掌が空振りする。スティアが衝突を避けようと反射的に身を捻った直後、少年は自らの喉元へ短剣を添えてこう言い放つ。
「そっから近づいたら、ここ切るから!」
「いい子ですね」
神父は穏やかに囁き、少年の肩へ手を置く。スティアがじっと見るも、短剣を持つ子の手に震えはない。
「子どもを盾にするだなんて」
「これは彼が自ら選んだ道ですよ」
「よくそんなこと……っ」
いけしゃあしゃあと言ってのけた神父へ、スティアが刺々しく返す。だが神父は物怖じせずに。
「全ては神の御心のままに。さて、荷車も動かなさそうですし、私たちは失礼しましょうか」
神父は少年を連れ、森の奥へと埋もれていく。
(倒れた子を抱えて逃げる、なんてことはしないのね)
少年のことは連れていきながらも。
それは意味するところを察し、ラヴは長い睫毛をゆるりと伏せて静かに、ただ静かに物思った。
「それが……それがアドラステイアのやり方かッ!!」
ポテトの叫びが木霊した頃、リゲルもまた、ひとりの少年に行く手を阻まれていて。
「マークス兄ちゃん! ティーチャーをおねがいっ」
リゲルに纏わり付く少年の言を聞くや否や、マークスは踵を返す。躊躇する素振りはなかった。リゲルが彼を呼び立てるも、小柄な後背は森へと消えていく。
(……構わないと言うことか?)
自分より幼い子の、この行為を――後ろめたく思わないのか。そう過ぎった途端、苦々しさがリゲルの舌を痺れさせる。
諦めない。その意志は握りしめた拳に想いを呼ぶ。
だから彼はその手で少年を引き剥がし、抵抗できぬよう地へ伏せさせた。
難しくとも諦めはしない。こんな悲しいことは、終わらせなければ。
●
二人の術士に弓使い二人、そして短剣を握る子の計五人を捕え、戦いは終息した。
「いつか、お話聞かせてくださいね」
保護した子たちを手当しながらねねこが囁く。アドラステイアという閉ざされた地で生きた彼らの話はきっと、想像以上に感覚が違うはず。今は話すこともままならない――リゲルが猿轡を噛ませるよう手配した――ため、皆一様に目を逸らすばかりだが、いつかは、きっと。
それは願いというよりも好奇心。ねねこの調査にかける情熱は、たったひとつの点に行き着くためのもの。だからこそ、魔女として告発された子が落とされるという『疑雲の渓』にも興味があった。
同じ頃、村の奥ではスティアたち数名が、村人たちの対応に当たっていた。荷は八割がた無事で、おかげで何度も何度も感謝する人、拝む人、労う人――あらゆる言葉が行き交う様を遠目に、ラヴは瞼を伏せる。
(……報復に来る可能性は、十分ある)
しばらく注意を払っておこうと、胸に秘めて。
一方、畑に案内してもらったポテトは、『贈り物』となる豊穣の恵みを一帯へ注がせていた。おかげで、恩恵に与った作物がすくすくと伸び始める。栄養たっぷりの土のベッドで眠り、清らかな水分で腹を満たし、溢れんばかりのやさしい陽光を浴びたかのように、のびのびと健やかに。
風景こそ美しく強いというのに、一望するポテトの顔色はどこか物憂げだ。
眼前の美観に、どうしても思い浮かべずにいられない。
アドラステイアで日々を過ごしてきた、子どもたちのことを。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
ご参加いただき、誠にありがとうございました。
MVPは、荷車を動き辛くさせて持ち帰ることを断念させた、あなたへ。
またご縁がございましたら、よろしくお願いいたします。
GMコメント
アフターアクションありがとうございました! 棟方ろかです。
●目標
・アドラステイアの民の撃退
・村人と収穫物の保護
※村人は死者さえ出なければOK
※保護対象の収穫物は、彼らが持っていこうとした荷車二台分
※最低でも四割は「食用できるレベルで」守ってください
※汚れや多少の欠けぐらいなら、充分食べられます
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。情報に嘘はありませんが、不明点も多いです。
●ロケーション
森に囲まれた小さな農村。野菜の他、森で収穫できるキノコや木の実も特産物。
森に囲まれてはいますが、馬車が通りやすい開けた道も幾つか村へ続いています。
敵との接触方法・タイミングはお任せします。
オープニング冒頭の出来事はPL情報ですが、急いだ場合、ちょうど村の青年がマークスに転がされた辺りで村へ到着できます。
●敵
・神父(ティーチャー)
神父の格好をした50歳過ぎの男性、という以外の情報は不明。
身を守るすべぐらいは習得しているようです。
・マークス
赤ら顔の少年。外見で判断すると14、5歳ぐらい。槍術士。
格闘術を混ぜた槍捌きで攻撃したり、弱点を貫いたり、識別なしの範囲攻撃が得意で、今回の子どもたちの中で一番強い。
・子どもたち×9人
いずれも10代前半で、短剣使い4人、弓使い3人、治療士2人の構成。
短剣には猛毒が仕込まれていて、短剣使いは小型の盾を所持。
矢は火が点いていてブレイクあり。雨のように降らせたりもできます。
治療士は回復支援を基本とし、目映い光の攻撃魔法(痺れ、乱れ付与)で仲間を援護したりも。
子ども同士での連携も手慣れたものです。
●独立都市アドラステイアとは
天義政府の信用失墜による不安から、新たに提唱された神ファルマコンを崇拝するようになった集団です。
市民の殆どは戦災孤児をはじめとする子供で構成され、内部では地位や生活を賭けた過剰な魔女裁判が頻発しています。
しかし天義中央教会は信用回復や復興に体力をさかれており、その代行としてローレットが法王より諸事件解決を依頼されています。
https://rev1.reversion.jp/page/adrasteia
それでは、いってらっしゃいませ。
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