シナリオ詳細
美味しいものを下さい、いますぐに
オープニング
●美味しいもの
――飛散する唾液が、樹木の幹にぶつかって弾ける。
乾いた音。木の皮を削り、土を抉る。
全長3mを越えるその魔獣は狼にも猫にも見える様だが、実際その身を覆う分厚い毛皮の下は大理石のように硬い外骨格に守られた。半獣半虫という『キメラ』だった。
キメラの鋭い眼光は夜闇の中にあっても赤く残像を描く。体躯には見合わぬ異常なほどの身軽さや身のこなし、反射神経は人が相対するには強敵過ぎた。
「ひぃいい!? こんなの、ムリだぁっ!」
右も左も分からぬ森をただ逃げ惑う人間。
森に放たれたキメラを狩るべく雇われた男だったが、その実力ではとても適いそうになかった。
無暗に振り回された剣を一閃の下に叩き折るという知性を見せつけて尚、キメラはそんな男を弄ぶ様に嬲った。
キメラは一頭だけではない。
そもそも、キメラたちが住まうこの森は人間の所有地……とある貴族が有する、時たま訪れてはスリルを体験する為のレジャーアトラクションでしかないのだ。
「ぎゃっ、ぎゃあああ!?」
外敵の断末魔は最高の美酒だ。キメラは眼下に轢き倒した男の血を一舐めすると、次に一気にかぶりついた。
骨を砕く音に気を良くしながら、キメラは森の外に続く鉄門を見上げる。
はやく、次の"美味しいもの"が来ないかと待ち侘びながら。
●間引きの依頼
つまるところそんな背景だ。
そう言った執事の老父に首肯したイレギュラーズは、彼の右手が示した先……窓の外に広がる森を見遣る。
「旦那様は些か道楽に精を出し過ぎておりましてな。年も考えず、予算も考えない。手に負えませんとも。
事の発端は先日、旦那様がお雇いになられた傭兵の方が『事故死』されてしまいまして。このままでは問題になりそうなのです。
旦那様に妙な悪評が流れる前に増えすぎたキメラを間引きして欲しいのです」
燕尾服を揺らし。窓辺に立った彼の視線の先で、屋敷前に聳える巨大な鉄門沿いの監視塔から炎が噴き出していた。
イレギュラーズの視線に、彼はこう答えた。
「キメラは主に肉食獣と昆虫を掛け合わせた成り立ちがありましてな、あの程度の火でも追い払えます。
問題は実際の戦闘になると少々手こずる俊敏さで……まあ、つまり旦那様が英雄ごっこをするには強すぎた、ということです。
その癖これだけの大事になりかけても『間引き』などと……嘆かわしいことだ」
執事の。彼の言葉は後半になるにつれて愚痴っぽくなり、声が低くなっていった。
「森は我が家の私有地ですので人払いや延焼の心配には及びません。キメラの討伐数に関してはこうしましょうか」
懐から取り出された羊皮紙をイレギュラーズに、執事は半ば押し付けるように差し出した。
「私は、その依頼書を皆様に差し出し。そしてあなた方は受け取った……ここであったのはそれだけだと」
- 美味しいものを下さい、いますぐに完了
- GM名いちごストリーム
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年09月21日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談5日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
静謐に想うことは、ただそれが続く事を願うのだろう。
『壁を超えよ』杠・修也(p3p000378)は夜風が木々の合間から漏れ出る森へ耳を……目を向ける度に、ただ無言のまま考える。
風上から流れ来る中に不穏な気配は感じられない。
「虫の音も聴こえないって、どういう森なのよ」
隊列というほどの物ではなくとも纏まって動く影。鬱蒼とした森は如何にも人の手が入っておらず、都合何度目かの不気味な空気に『躾のなってないワガママ娘』メリー・フローラ・アベル(p3p007440)は愚痴を零す。
やけに静かな森を抜ける、森を囲む崖の方から吹く風。
「他人を投げ込んで観戦する目的じゃないのはちょっとだけマシかな。管理しきれてないのはだいぶアレだと思うが」
メリーに次いで、こんな中を探索させられたという傭兵達に僅かながら『新たな可能性』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は同情する。
出発前念の為にと『初日吊り候補』セリア=ファンベル(p3p004040)が依頼者にキメラの総数を訊ねても返答は得られなかったのだ。
「別に、ここのキメラを狩り尽くしてしまっても構わないんでしょう? なんてね」
案外、人の思考は伝染するのか。各々固まって動き周囲の警戒に集中する最中、セリアが冗句混じりに言う。
「……キメラ相手ってどきどきがないよね。ぜんぜん胸がときめかないわ」
しかしその冗談を流す彼女の目はどこか、じとっとしており。彼女なりに気を遣った結果があの執事の対応では無理もないだろうと、アーマデルは妙にとぼけた態度の執事の姿を思い出した。
閑話休題。
いずれにしてもやりにくいと感じるのは、気のせいではない。
最低でも10体討伐する事を要求されているにも関わらず、その総数が不明では間引きも何もあったものではないからだ。
「執事さんが言いたいのって、10体とか間引きとか言わず狩れるだけ狩って、可能なら全滅させるくらいまで討伐して、大事になる芽を摘んでおきたいってこと……でいいんだよね?」
鬱蒼とした森の中にあっても僅かな陽光に煌めく金の髪が立ち並び。先頭を行くは忙しなく辺りへ警戒する動きをした狐耳。
セリア達より前へ先行しながら、ふさりと尻尾を揺らす『咲く笑顔』ヒィロ=エヒト(p3p002503)はふいと首をひねる。
そこへ「そういう事ッスか」と一声。
「むむ……貴族階級の方の考える事はたまにイルミナの思考を超えてゆきますね……」
しかし明確に言葉にされなくとも感じる物はあり、『機心模索』イルミナ・ガードルーン(p3p001475)はヒィロと同じくして頑張ろうと張り切っている。
「いつの世も、富裕層に腹芸は付き物なのかな。溢れ出られても厄介だし、いいけどさ」
「色々と思うところが無くもないけれど依頼はシンプルで助かるぜ」
はりきった様子のヒィロ達を眺め『紫緋の一撃』美咲・マクスウェル(p3p005192)は思わず笑みを溢す。
シラス(p3p004421)は先頭を行くヒィロ達の索敵を補うつもりで、暗視を用いて周囲の警戒を行っている。
森に入って十数分。
イレギュラーズの警戒網に何かが反応することはない。ただ、逆に言えば何も無さ過ぎたのだ。
「……執事が言う分には俊敏ということだが。
肉食獣と昆虫を掛け合わせてるってことは、両方の良いとこ取りをしているとしたら肉食獣の狩りの知恵に昆虫の硬い外骨格とかも加わるか」
強そうだな。と修也の声。
耳を澄ませるに虫や鳥獣の気配はない。シラスと共に、視認範囲内で目に止まる姿は皆無だ。
「ヒトの血を覚えた獣なら、こちらが切り上げようと思っても消耗を嗅ぎつけて寄ってくるかもしれないな」
「これだけ探すのに時間は掛かっても、いざ戦闘になったらわんさか出て来るってコトね」
アーマデルの言葉にイヤそうな顔をするメリーだが、彼女も段々と薄気味悪く思えて来たのだろう。
イルミナとメリーは互いに少し感覚を開け、エネミーサーチによる索敵を行いながら進んでいる。相手が獣だというならそろそろ何らかの反応があって然るべきだ。
不意打ちを避ける目的でヒィロが先頭に立っていたが――一寸先は闇のような不安があった。
「……風上に移動して生肉でも置いてみる?」
植物と疎通を試みながら、セリアと並んで断片的ながら情報を収集していた美咲が顔を上げて言った。
微妙な間。
その時。メリーがファミリアーを茂みに向かって特攻させた横で、アーマデルが「待て」と足を止めた。
「……傭兵か」
「! いるのね?」
意外な反応。
アーマデルが視線を向ける先、その木陰にひっそりと隠されるように背を預けた亡骸があった。
彼は首肯する。その遺体の傍に佇む霊魂の存在を肯定して見せたのだった。
●
夜の静寂に包まれていた森は、"彼等"にとって狩りを行う為に繕われた仮の姿なのだ。
気付き、構える。シンナーのような臭気に次いで騒ぎ始めた周囲を見回し、イレギュラーズは警戒しながら。
「一気に騒がしくなってきたッスね!」
「エネミーサーチは!」
「「西から多数(たくさん)来てる(ッス)!」」
美咲の声にメリーとイルミナが同方向を示す。
アーマデルが死者の霊魂に導かれた先。森の中央部で他の遺体を発見した所、待ち伏せを受けたのだ。
何故、と考える事は一端放棄して。美咲は直ぐにセリアに目配せする。
「来た道を戻りながら体勢を立て直しましょう、こちらへ!」
マッピングを兼ねて各所で彼女が目立った樹木に印をつけていた事がここで役に立つ。速やかな撤退によりイレギュラーズは、迫る敵の集団に向けて準備を整える事ができた。
ドロリとした、蛍光塗料のような体液に染まった利き手をぶんぶんと振って。シラスは待ち伏せへのカウンターに仕留めたキメラの肉片をその場に棄てる。
「強酸の血じゃなくて良かったな」
「なにそれこわ……」
修也の呟きにシラスがびくっと肩を震わせ。
ヒィロと並び駆けるセリアに続く一同は呼吸を整え、エネミーサーチの範囲外へ離脱した事を確かめながら。装備を検める。
さざ波のように広がる森の喧噪。
「うっ、ファミリアーがやられたわ。結構すぐ後ろまで来てる!」
メリーが注意を促す後ろで美咲が深く息を吸う。
「さ、張り切ってお仕事しましょー」
その声はあくまでも平常心のまま。これは、仕事は始まったばかりなのだと。
交わされる視線。ヒィロが一瞬微笑み、頷く。
「出来れば敵を各個撃破できたら良かったけど、もう難しいかな?」
「元々この森は一戦で駆けるフィールドと考えれば広いが、見敵必殺のサバイバルと考えれば意外と狭いと思う。
中央で戦うよりは、探索に入った崖沿いへ行けば周囲から群がられず、もう少し対複数戦の危険度を減らせるかもしれない」
ヒィロに応えるアーマデルに次いで、先頭を行くセリアが「それならこっちよ!」と誘導する。
マッピング時に彼女がコンタクトを取っていた精霊が上手くこの場を味方してくれているらしい。まるで手を引かれるように、マッピングから少し逸れた道無き道を駆け抜けて行く。
獣と、何か金切り声のような。遠吠えらしき咆哮が幾つも木々の向こうから鳴り響く。
「囲まれればさっきの奴より厄介な事になるわね!」
優れた聴力で追手の危険度を叫ぶメリーの声。そこへシラスが否と唱えた。
「いや……待ち伏せの割に弱かったように思えるけど。あれは向こうも想定外の遭遇だろう、外骨格はともかく筋肉が一部弛緩したままだった」
魔槍で射貫いてから貫手で仕留めたシラスは呼吸を整えながら、手応えとは反対に柔い部分があったことを思い出す。
その情報が確かなら、なるほど相手の危険度は見直すべきだろう。
無策に囲まれれば相応の傷を負う事は必須という事。
「――だとしたら。落ち着いて対処すれば捌けそうだね」
鬱蒼とした森を抜けた先で晴れる視界。セリア達に次いで駆け抜けた美咲は、崖沿いに一部流れていた滝の麓を前に笑みを浮かべた。
どういった歴史から生まれたかは定かではないが、清流の如き静寂を携えたその一条の滝は透き通った水面へと吸い込まれるように流れ、川となって森に続いていたのだ。
美咲は、滝を背にして戦う事を提案した。
「不意打ちへの警戒はイルミナも警戒するッス! さっ、そろそろ来るッスよ!」
此処に来て否と言う者もおらず、何よりこれは天啓が積み重なった結果だ。悪い様にはなるまいと理解して一同は臨戦態勢となった。
●美味しいものはみんなで
舞い散る水飛沫のカーテンを貫き、破砕の音と共に醜悪なる獣を黒蓮華の下に降す。
「Ready,テネムラス・トライキェン!」
身を低くしたヒィロの肩を借りて跳躍したイルミナがその手足にエネルギーフィールドを纏い、木々を足場に突っ込んで来た二体のキメラを相手に宙返り斬りから繋いだ後方転回による回転斬り。無数の斬撃で切り返し、打ち合い、多量の蛍光色血液を散らして弾き飛ばす。
ばしゃりと爆ぜる川の水面。
浮かび上がる黒の魔法陣から縦一直線に魔力精製された槍が突き立ち並び、突き上げられたキメラ達の体躯が宙に浮く。
イルミナと修也が左右から連打を叩き込み、砕け散った肉塊が吹き飛んだ先。闇を這うかの如く並び放たれた蛇腹剣の刃は無慈悲に肉塊ごとキメラ達を切り刻み、間髪入れずに撃ち込まれた一矢がうち一体の頭部を消し飛ばした。
「敵影!」
「屋敷門の方角からは無し!」
「北西寄りから多数来てるッス!」
彼等は、崖沿いに流れる川の上流である滝を背にして一進一退を繰り返し。合間に呼吸を、美咲の強かなる言霊『クェーサーアナライズ』を中心に傷や疲れを癒して次の一戦に臨むようになっていた。
その間は十秒か二十秒か。
直ぐに索敵能力を持った仲間達が口々に警戒を促し、或いは視認した傍から距離内に応じた技を以て迎撃に動いた。
ギャリリ、と散る火花。川沿いの石を削って疾走して来るキメラ達の爪は鋭く、剣状の尾は凶悪に揺れている。
角ばった頭部から下に突き出た鋭利な顎は。カチカチと打ち鳴らされ、猫にも狼にも見える体躯の芯から合成魔獣たる所以であろう無機質な咆哮が駆け巡る。
軽快な動き。密度の高い超重量が誇るバネと身のこなしはそのまま戦闘力として機能する。
駆け跳び振るう凶刃。
「ッセアァ!」
眼前に振り下ろされた凶刃を前に反射的に身を引き。アーマデルが地面を打つ様に跳ね上げた蛇腹剣が爪を弾いた次の瞬間に繰り出す、横回転の薙ぎ払いと共に乗せられた息吹がキメラの体内を蝕む。
堕ちる魔獣。
仰け反り、暴れるその虫顎の様な口腔から奔る炎。死神が眷属の吐息纏いし美酒の香とも知らず、哀れな獣は内から焼かれて死滅する。
前に出たアーマデルを狙い殺到する殺意。横から、或いは這うようにして突進をかける獣が奮う剣尾が、彼の腸を引きずり出さんと一閃を交差させた。
「そういうの、させないから!」
メリーがアンダースロー気味に投げ放つ光弾が宙で爆発する。
更に重ねられる神気閃光に次ぐ、シラスの全身から放たれる光が眩くキメラ達を照らした。
悲鳴は連続し。アーマデルの肩を浅く切り裂くに留まった爪は空を切る。
駆ける修也がアーマデルの腕を掴み前後交代からの回し蹴り、セリアのソウルストライクが炸裂しキメラが吹き飛ぶ。
そこへ至るは青き残像。修也がグローブ越しに拳を握り締め、強く踏み込んだのと同時に再び肩を合わせる事となったイルミナが。幻像めいた無数の刃を一度に繰り出してキメラを切り刻んだ。
切り裂かれた硬い外殻の内から漏れる蛍光色を穿つは魔力を纏いし鉄拳。
「いくら硬くとも、ダメージが通らないわけではないッスからね! 雨垂れ石を穿つ、って奴ッスよ!」
刹那。彼女達の呼吸は偶然にも合致する。
刻まれ吹き飛んだキメラを修也の拳が叩き潰したのと合わせ、飛翔したイルミナが三次元機動を描き。上から跳び込んで来た獣を鞭の如く蹴り飛ばし、延髄を刈り、修也と共に動体関節部へ一撃を叩き込む。
衝撃波が奔る。
黒き魔法陣が水面を波紋の如く奔る。
「行くよ、美咲さん! ボク、がんばるからー!!」
「ん……まあ、任せなさいってね!」
シラスが放った無数の魔槍がキメラの第二陣を軒並み吹き飛ばした直後に躍り出る、緋色の闘志燃やす可憐なる少女。ヒィロは全幅の信頼を背に預け、怒涛とも呼べるその覇気を周囲の敵に叩き付ける。
唾液を撒き散らして迫りくる怪物達が、一斉にヒィロへと向かう。
「今日一番の一本釣りだね、さすが……硬いといっても、この連携で無傷とはいかないでしょ」
流れる黒髪が逆立つように揺らぎ。大気を叩く雷鳴が、側撃雷が点と点を繋ぐように伸びて、ヒィロの眼前に広がるキメラ達の姿を一挙に飲み込んで爆音を奏でて見せる。
白光。川沿いを奔る電流によって強い光が生まれ。集まり来る獣達を遠く牽制した。
蛍光色の塗料が川を穢す。無数のキメラが崩れ落ちる最中、新たな増援の気配に修也たちが再度警戒を促しつつ。細い首筋に汗を伝い流す美咲は一同を見回した。
「……まだ、行けそう?」
「ッス!」
親指を立てて強く頷くイルミナに続いて。彼等は意思を同じくして首肯した。
滝の麓にある岩場へ向け美咲は荷物の一部を放り投げる。
「終わったらみんなで焼肉しよっか……!」
●
陽が落ちた頃。
次第に夜闇が森を包む最中で、猪突猛進に襲い来るキメラを相手にヒィロは背にしていた木の側面を蹴りつけ、宙返りから受け流す。
瞬く閃光。獣の懐へ飛び込んだシラスが、毛皮の下に着込まれた外骨格の隙間へ貫手を滑らせる。
重ねるは近術。貫手のラッシュと共に叩き込まれる逃げ場のない衝撃は、数刻前まで油断ならない相手だった獣を爆散させるまでに膨らむのだった。
「ふー……これで、何体目だったかな」
「18かなぁ?」
汗でべたつくのも既に気にせず、シラスは肩の力を抜いて訊いた。
迷うヒィロの後ろでは木陰で休息を取りつつ……即席のバーベキュー式焼肉に興じる面々の姿があった。
「今ので19だな。傭兵の仲間の遺体を見つけた時のキメラを含めると、それで間違いない筈だ」
「ああ、そうか」
木の幹に背を預けて何やら資料作成に集中している修也の返答にシラスは後頭部を掻く。
修也がまとめているのは、今日この森で戦った際に得たキメラに関するデータを記録したものだ。これから先、同じことが無いとも言い切れない。これはその保険であり、執事への手土産だった。
よく焼けるまで待つようにと言われたイルミナが浮足だった様で首を傾げる。
「まだッスかねー……あ、そういえばもう良いんです? 亡くなった方々への弔いは」
「アーマデルさんが手伝ってくれたから、ね。それに他でもない"あの人"が希望するなら依頼完了の報告の前に休息として今を楽しむのも必要かなって」
森で採れた木の実などの調理を行う美咲を手伝う傍ら、セリアはすぐ近くの木陰に疲れ切った様子で眠る男性を見つめる。
一度、キメラの敵襲や存在が薄れてひと段落した際。セリアがアーマデルを導いた霊魂の標に従い、痕跡を辿った先で隠れ潜んでいた傭兵の生き残りを見つけていた。
傭兵の男は衰弱していたものの、どうにか回復させた彼に従い。三人の傭兵の遺品や亡骸を回収するに至ったのだ。
「私たちがこうしてキメラを討伐した事で少しは救われたって言ってたけど、あの様子では尾を引くでしょうね」
「だから俺達にここで一度休んで欲しいと言ったんだろう。仲間への祈りを済ませる為に少しでも長く留まりたかったんだ」
修也は傍に立つアーマデルに視線を向け。彼が小さく頷いたのを見てそう言った。
「こういう事もある、と。あいつらなりに割り切ってるようだ」
木陰で眠る傭兵の男の傍で今も揺れている霊魂は、責め立てるよりも慰めるかのように仄かな温かさを帯びていた。
暫しの後、美咲たちの方から肉が焼けたと一声が入る。
同時に。
「むむ……これは」
「……まだいたか。どうやら最後に一頭狩る必要があるらしい」
エネミーサーチ、ハイセンスに引っかかる。殺意に満ちた獣の息遣い。
木々の向こうから跳び掛かって来た最後のキメラを前に、全員の一撃が叩き込まれるのだった。
●依頼完了
夜間。依頼者の屋敷へと帰還したイレギュラーズを待っていたのは老執事バロンとその主、貴族の男だった。
彼等は共にイレギュラーズに労いの言葉をかけ、それから。
「知らぬ間に何か依頼したと聞いたぞ。まったく貴重な予算で何をさせたのやら……」
修也が机上に資料を置き渡す。すると、そこへ突然老執事がテーブル上にもたれかかって来たのだ。
「あぁぁ坊ちゃま、お菓子職人をお呼びしましたぞぉ」
「彼等はローレットだ! ……お、おいおい。ふらつくんじゃない、まったくお前という奴は……」
不意によろけた執事は修也が渡した資料兼依頼報告書を懐に一瞬で隠し、別の紙面を押し付けるように貴族の男へ差し出した。
「やれやれ。さて……ああ、キメラの間引きか。確かに8頭程度なら狩っても問題無い」
「坊ちゃまお菓子職人ですよぉ」
ご苦労だったと感謝の言葉を告げる彼の後ろで。執事は申し訳さなそうに苦笑して頭を下げていたのだった。
貴族の男がキメラを全て狩られてしまった事に気付くのは、ずっと後のこと。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした!
キメラ退治に尽力して下さったイレギュラーズの皆様の活躍により、小さな事件が一つ解決しました。
今回のMVPは傷ついた味方の撤退や戦闘・移動時のサポートにも気を遣って、更に切り込んでいったガードルーン様に!
またの機会をお待ちしております!
ありがとうございました!
GMコメント
~依頼書~
当家はこの一文を以てギルド・ローレットへの依頼を締結するものとする。
アルトリウス家執事『バロン』
●依頼成功条件
最低でも10頭、キメラを討伐する
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。不測の事態は起こりません。
●討伐目標
合成魔獣キメラ(不特定数)
アルトリウス家の所有する私有地内に放逐されていた四足大型肉食魔獣。
機敏な動きと獰猛で狡猾残忍な性質が合わさり、非常に危険。既に四人組の傭兵も森から帰還できておらず、難度の高さが伺える。
特性としては森の彼方此方に散見している個体はいずれも成体となっており、現在の時期では幼体などはいない模様。弱点が炎や強い光を伴う物となっている。
能力)【武器破壊】(至・近・単・弱点 威力(小) )
【狩猟の宴】(自・付与 物攻・命中 上昇(中) )
【噛みつき・引き裂き】(至・近・特 威力(小) 範囲内に限り二体まで攻撃出来る )
●目標地周辺・状況(ロケーション)
幻想王都郊外にある丘陵地帯の端に、屋敷を正面に、崖に囲まれた森が広がっている。
辺り一帯には特別地形に特徴は無く。いわく『キメラ以外にめぼしい生物はウサギや鹿だけ』なので心配は無用。
範囲はおよそ半径800mとなっており時間は掛かるものの、それほど苦労はしないと思われる。
イレギュラーズにはこの地でキメラを狩っていただきたい。
●最後に
初めまして、シナリオを運営させて頂くイチゴと申します。よろしくお願いします。
皆様のご参加をお待ちしております。
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