ビリヤード・グリーンの船

オープニング

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　長い、長い絶望の果てに。ヒトは希望を見出した。
　長く、長く横たわった絶望は。希望を見出されたことで静けさに満たされた。

　絶望の青と呼ばれし海は、今や静寂の青と呼ばれている。


「しっかしまあ、良くここを乗り越えたもんだ」
「まだまだ危険な海だってのになあ」
　海洋国軍の面々は船から辺りを警戒する。静寂の青と呼ばれる今も、この海域が危険であることに変わりはない。潜んでいた冠位魔種を打ち倒し、危険な竜が眠りにつこうとも怪物たちは残っているのだから。
「ん？　なんだあ、あれ」
　望遠鏡を覗いていた軍人がふと呟き、上司へ報告する。よく分からない緑の物体が海上にある、と。
「島か？」
「それにしちゃ小さいんですよ」
「だが生きてるってわけでもなさそうだしな」
　順番こに望遠鏡を回し、発見した軍人が再度覗き込んでまた「ん？」と呟く。なんだなんだと取り囲む上司や同僚に、よくよく見た軍人ははっと叫んだ。
「船です！　近づいてきています……！」
　緑色はよくよく見れば海の藻で。
　そこに乗るクルーはいずれも骨ばかり。
　幽霊船は海洋軍の船へ向けて突っ込まんと言わんばかりに進もうとしていた。その角度、当たれば撃沈である。
「回避！　アクエリア島に向けて進路を取れ！」
　これ以上近づかれるなと甲板上が慌ただしくなる。沈められては持ち帰れる情報も持ち帰れない。急ぎ進路を変えた船は幽霊船の様子を観察しつつもアクエリア島へ撤退したのだった。


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「ぬるぬる幽霊船なのです」
　『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ（p3n000003）が嫌そうに言った。顔をくしゃっとさせて、それはそれは嫌そうに。幽霊船がぬるぬるという表現に違和感を感じるが、よくよく聞けばぬるぬるな藻が船を完全コーティングしているからとのこと。
「生きてる人の船を見たらすごい勢いで迫って来て大穴開ける船なのです。逆に乗り込んでやろうとしたらぬるぬるでそれはもうこけるらしいのです」
　ものすごく、ものすごく嫌そうにユリーカは言う。きっとこければ藻が身体にべっとりついて磯の香りが付着するわけだ。臭い。絶対臭い。しかもコーティングされているとあればこけないわけもない。
「飛べばいいって思うじゃないですか」
　思います。
「できないらしいのです」
　ボクの翼も役立たずです、とユリーカは言う。なんでもその海賊船周辺には『飛行スキルを打ち消す結界』が張られているらしい。あまりにも独特過ぎて幽霊船の正体はあっさり調べがついたとのこと。
　何代か前の大号令で、飛行種のみで構成された海賊団がいたのだと言う。しかし船で行く海をこよなく愛していた団長と団員は、自らの船周辺でのみ飛ぶことのできない結界を張ったのだとか。もちろん各自が飛ばないように気を付けていれば良い話であるはずなのだが、当時の事情などはさっぱりだ。
「そういうわけなので、ぬるぬるになりながら幽霊船をどうにかする依頼なのです」
　こちらが海洋からの作戦なのです、と羊皮紙を渡すユリーカ。一緒に手渡されたのは──海洋にある温泉のチケットであった。

参加者 : 8 人

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参加者一覧（8人）

リプレイ

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「みんな！　着替えと風呂の準備と心のパンドラの覚悟はいい？！」
　『浮草』秋宮・史之（p3p002233）の毅然とした言葉に、しかし面々の反応はそこまで良くはない。
「私、何故ここに来てしまったんでしょう……」
　遠い目をした『勇気は勝利のために』ソニア・ウェスタ（p3p008193）の呟きは、きっとここにいる他のものも感じているそれ。心のパンドラを削る覚悟はしたくなかった。したくなかったが、ハイ・ルールがある以上は1度受けた依頼に対して成功へ尽力せねばならない。今のソニアに帰るという選択肢は用意されていないのである。
　そして現に、件の幽霊船はイレギュラーズの乗る船へと近づきつつある。明らかに追突させる構えだ。向こうの船もそこそこのダメージがあるだろうし、それも幽霊船とあれば朽ちてきているものだろうが、かの船は汚れ痛んでこそすれ沈没するほどの様子は見えない。
「皆さん、ご武運を！」
　ここまで操舵してきたクルーに『絶海武闘』ジョージ・キングマン（p3p007332）は頷き、目前まで迫る船を見る。あの船の乗組員は海を愛するが故に、海に揺られ、波を感じ、潮を知ろうとしたのだろう。その思い、海への愛には敬意を表さずにいられない。
　──まあ、今となってはひとつの障壁であるが。

「あー！」

　悲痛な声に振り返ると『半透明の人魚』ノリア・ソーリア（p3p000062）が甲板に転がっている。いや、甲板に落ちているというべきか。
「ち、違いますの……わたしは、飛んでいるわけでは、ありませんのー！」
　虚しくも結界はその声に応えてくれない。彼女が世界より授けられたギフトは、今回ばかりに限って飛行スキル同様のものであると認識されてしまったらしい。飛べるわけではないんだけれども。泳いでいるだけなんだけれども。
「この結界……荒唐無稽の極みなのです」
　呆れたように『生まれたてのマヴ＝マギア』クーア・ミューゼル（p3p003529）は辺りを見回す。それで結界が見えるわけではないが、それでもそうせざるを得ない。だってこんな摩訶不思議、たとえ混沌が広いと言ってもなかなかお目にはかかれないだろうから。
「こんなの、こんなのあんまりですの……」
　無情に結界の効力で甲板をずりずり這い、どうにか船縁にしがみついたノリアは次の瞬間大きな衝撃に襲われた。彼女だけではない、全員だ。同時に『ぽやぽや竜人』ボルカノ＝マルゴット（p3p001688）がんぎゅっと顔をしかめる。

「く、臭いのであるーーーー！！！」

　幽霊船が船へ直撃したのちに香ってきた、なんとも生臭い磯の香り。ソニアも顔をくしゃっとさせた。
（海の男の人たちは、こんな中で働くのですね……）
　ソニアなら到底耐えられないだろう。この環境に近づいたからこそ彼らは尊敬に値するのだと感じさせる。
　だがしかし、そんな感慨で臭いがマシになるわけもない。早々に離れたいのが本音だ。なんとかせねばとソニアは突っ込んだ幽霊船の船縁へ手をかける。
「まずは骸骨クルーの数を──」

　ぬるん。

「きゃーー！？」
　船縁のぬるぬるに手を滑らせ、そのまま幽霊船へ滑り落ちていくソニア。その後方にいた『寄る辺なき者』雨月・京哉（p3p008626）は小さく声を上げたが、ここでは敢えて何を見たか見なかったかなど言うまい。
（次の時は俺が下敷きになってやろう）
　さして痛くはなさそうだが、それでも消耗戦が予期されるこの状況。少しでもヒーラーたるソニアの消耗は防いだ方が良い。そう思いながら京哉はソニアの元へ寄ろうとして──滑った。骸骨クルー達がカタカタと思い切り笑い声をあげた。
「お目覚めになられませ祭神よ、これなるは秋宮のしのおおおおおお！」
　史之もまたいざ行かん幽霊船と足をかけ転ぶ。すべる。ぬるぬる。起き上がる事もままならない。
（いや、これは正直舐めてたわ）
　頭から足の先まで既にびしゃびしゃでぬるぬるである。骸骨たちの笑い声が非常に気に障るが、起き上がろうとすればまたすべるし立ち上がろうとすればまた転ぶ。
「あーもう！　ふざけんなよ！　藻！」
　果たして、彼は女王陛下の為に打ち倒すことができるのか。

「オイラのガトリングがうなるぜ！」
　格好のかの字もつかないが、そんなものを気にせず目を輝かせたのはこのアザラシ──『ガトリングだぜ！』ワモン・Ｃ・デルモンテ（p3p007195）。背負ったガトリングをがしゃこんとクルー達へ向け、デタラメに銃弾を放つ。それらは何もない空間で跳ねまわり、正しい軌道に戻ってクルー達へ飛び込んだ。
　そして、
「野郎どもオイラに続けー！　とりゃー！」
　ワモンも乗り込んだ。ぬるぬるな甲板でぽよんと跳ね、着地した先でまた滑っていく。動きを制御できているわけではなさそうだが、それもそれで楽しいようだ。
「飛行が駄目なら跳躍なのです！」
　続いたクーアは飛べぬなら跳べと力強く甲板を蹴って幽霊船へ乗り込む。不安定な足場を経由するより、空中の方がまだ信頼できるように思えた。
　が、着地点はやはりぬめぬめである。
「うにゃあああああああああ！？」
　すてーんと転んだクーア、ぬるぬるのせいで思ったほどの痛みではないが、それでも思うように動けないということに衝撃が走る。
　そういう意味であれば──やはり、ノリアが一番なのだろうが。
「ひぃ……ぬ、ぬるぬるですの……」
　船縁を触ってしまったノリアはびくっとするが、今更逃げられるわけもなく、そして先行して例を見せてくれた仲間たちを置いていくこともできず。覚悟を決めて幽霊船へ飛び込む。腹ばいに甲板を進むノリアは、しかし皆よりか少し埋まっているようで。そして皆よりも順調に進めているようだった。
「ふふん。わたしは、物質とも、親和できますの！」
　少しばかり透過したノリアはぬるぬるをものともせず泳いでいた。その様がまるでヘビのようだとか言っちゃあいけない。それはね──彼女が一番思っていることなんだ。

　格好のかの字もつかないが（2回目）、それでも負けてたまるかと船縁の外側へ足をかけた者がいた。ペンギンだ。
「この手段を取るとは思わなかったが、致し方がない」
　ペンギンが喋った。じゃなかった、このコウテイペンギンこそジョージ・キングマンその人である。なかなか見せない姿であるが、この姿こそ環境に最も適している。
「さあ──行くぞ！」
　ぬるぬるへ飛び込むジョージ。ファミリー直伝の『トボガン走法』は氷上を滑るペンギンのように、ぬるぬるの上でも支障なくジョージを走らせる。ちなみに止まる時のことは考えてはいけない。
「俺はキングマン。ジョージ・キングマンだ！　これより沈める、貴様らの名を聞こう！」
　ずっとケタケタ笑っていた骸骨たちが、問われてようやく口を開く。
「えーっと、なんだったかなあ」
「俺覚えてねーや！」
「俺センチョー！」
　それは役職だろ、とイレギュラーズを他所にどっと笑うクルーたち。彼らを束の間の暴風が包み込む。
「やーっとここまで来たである、よ……わぁっ！？」
　剣を振り回していたボルカノは、転ぶたびに剣で支えを作って置きあがっていたためか既にぬるぬるまみれだ。そこへ更に重心を崩しどてんと甲板へ転がる。
「あ、我輩の剣が！！」
　ぬるついた手もあってか、すぽーんとボルカノの手から剣が離れていく。途端に慌てたボルカノ、そちらへ向けて走り出そうとして、つるん。
「あびゃあああああ！　く、くさいよーーー！！！」
　悲鳴が上がる。すっかり彼も史之たち同様に全身ぬるぬるのびしゃびしゃだ。そしてなにより臭かった。臭過ぎた。消臭ギフトなんて限定的な祝福の持ち主を探してしまうくらいには臭かった。

　ちなみに当然ながら、消臭ギフトの持ち主はいない。

　しかしいつまでもつるつるぬるぬるしているわけにはいかない。イレギュラーズたちは考え、時に直感で活路を切り開こうとしていた。
「お望み通り、正面突破なのです！」
　滑って何処にいようが関係ないと言わんばかりにクーアが放つ火。それは終幕を告げるようにクルーたちを骨の芯まで燃やし焦がしていく。その傍らで味方と立ち位置調整の為に動こうとしたソニアが──当然こけた。
「きゃ……」
「危ない！」
　すかさず下へ滑り込む京哉。そのおかげでソニアはどこまでも滑っていく事態を免れる。すみませんと謝罪しながら回復を施せば、にっと笑みを浮かべた京哉は起き上がろうとして着いた手を再び滑らせた。双方に格好悪い姿で恥ずかしさもあるが、京哉としてはソニアが守れるのならばそれで良し。
「さっきから言ってるだろう？　消耗戦でソニアの存在は重要なんだ」
　と言いつつも、京哉とて完全にソニアを守り切れないのは事実。彼の動きが間に合わないこともあれば、ぬるぬるのせいで思わぬ場所へ滑って行ってしまうこともある。そんなときはソニアとて転んでしまうわけで。
（せめて動く量を減らしてはいますが、それも限度がありますね）
　仲間を回復しながらソニアは思わずにいられない。けれど、同時に思うのだ。こんな転ぶ程度の恥──過去、母に賭けで敗れた父が母の下着を1日中被って過ごしたあの日、あの父に比べたら、と！
　その横をするるるんとスムーズに滑る影へソニアは思わず「え？」と声を漏らす。その影は楽しそうにぬるぬるの上を滑り、壁で跳ね返っては骸骨へ向かっていくのだ。
「今日のオイラはボーリングの玉だぜ！骨ピン何本倒せるかチャレンジだー！」
　アシカクラッシャーアタック（ぬるぬるすべリングVer.）で滑っていったワモンがクルーを1人弾き飛ばす。通った後を史之の喝が飛んだ。
「思い出せ、飛行種の誇りを！　優雅に空を駆けるあの喜びを！」
　ぶわりと巻いた風がクルーを吹き飛ばし、さらに勢い余って船の外へと押しやる。大した水柱も起こらなかったが、このぬるぬる幽霊船へ上がってくることは不可能だろう。実際、転がっているのはイレギュラーズも骸骨クルーたちも同じだ。
　史之はふと辺りを見回す。そしてやっぱりと呟いたその直後──骸骨クルーの足元に穴が空いた。
「直撃……みたい、ですの！」
　甲板の下から聞き慣れた仲間の声がする。物質中親和で甲板の下へ落ちたノリアは、足音を頼りに水鉄砲を食らわせてやったのだ。
「あ、波で揺れ、あー！」
　……とはいえ、下もぬるぬるであることに変わりはないようだが。当然甲板上の全員がノリアと同じように波で揺られ、ぬるんと足を滑らせる。残った船長もずってんと転がった。
「今である！」
　ボルカノが滑ること必至で呪いを纏った爪を振り上げる。当たればいいのだ当たれば！！
　元より厄介な結界さえなければこんなに苦労することもなかっただろうにと憤らずにはいられないが、もはやそれは仕方がない。本人たちは楽しそうだから解く気がないのだろうし、もしかしたら死した今解けないのかもしれない。
「楽しい戦を望むなら、最後の最後まで応えるのです！」
　ぬるんと滑ったクーアが船長へ接近し、霊薬を振りまく、それは大魔術の媒介だ。それが発動を終えた直後、転がっていた骸骨クルーを足場にジョージが突撃する。
「そろそろしまいだ……！」
「ああ。女王陛下と、そして風呂の為にも！」
　史之が頷く。終わりにしなければならないし、できれば終わりにしたい。臭いはいい加減限界で、しかも滑り出すと中々止まれないこの状況は体力以上に精神の疲弊が激しかった。
「狙うは大将ピンだぜー！　突撃ー！」
　ワモンもまたぬるぬると滑って船長へと向かっていく。史之も滑ること覚悟で大技を構え──。

「大将、討ち取ったぜー！」

　その言葉は、この地獄の終わりを全員に思わせた。


●
「やっと海でじゃばじゃば洗えるのでああああああ！！！」
　この幽霊船ともおさらばだと外へ方向転換したボルカノ、足を滑らせぬるぬるぬると甲板を転がる。それを見たワモンが目を輝かせた。
「まだ遊ぶのかー？　ぬるぬる楽しいもんな！」
「ち、違うのである！　そんなつもりでは！！」
　やいのやいのと遊び始めたワモンに引っ付かれつつも、ボルカノはどうにかして船縁へ到着。よっこらせと縁を跨ぎ、海へとダイブした。追いかけてワモンも海へ飛び込んでいき、ふたつの水柱が上がる。気持ち良さそうな声に残るイレギュラーズたちも次々と──と言うには滑ってテンポ良くなかったが──海へ飛び込んだ。ノリアも空いていた穴から海へ飛び込む。冷たい水が体を包み、まとわりついたぬるぬるを洗い流していくようだ。
「次はもうちょっと！　ふつうのぬるぬるで！！　おねがいします！！！」
「私はもう十分ですかね……」
　ボルカノの言葉にソニアは遠い目を向ける。いやあ無事に（？）終わってよかった。無事か？？
　しかし海で多少流れたとは言え、臭いものは臭い。そしてぬるつきも完全に落ちたわけではない。
「あ、花火なのです？」
　顔を上げたクーアが空に打ち上がる光を見て首を傾げる。おそらくあの下には操舵クルーがいるのだろう。花火が打ち上がったということは、回収してくれる友軍も間もなくだ。
　操舵クルーの迎えを待ったイレギュラーズは、程なくして友軍の船に乗せられる。皆真っ先に向かうのは温泉だ。
「ソニアー、すまないけど背中流すの手伝ってくれないか？」
　混浴（水着着用）でソニアへスポンジを渡した京哉は広い背中を見せる。混浴にほんの少しドキドキするソニアは、しかし庇ってくれた恩もあるし水着も着ているからと意を決してスポンジを握った。
　その後ワモンが「メシ行こうぜー！」と元気よく温泉から飛び出し、あわやつるりんと滑りかけたのはここだけの話である。

成否

成功

ＭＶＰ

状態異常

なし

あとがき

　お疲れさまでした、イレギュラーズ！
　楽しんで頂けたら幸いです。

　MVPは敢えて『滑っていく』という選択肢をとられた貴方へ。

　それでは、またのご縁をお待ちしております。