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シナリオ詳細

<巫蠱の劫>晩方の赭き道

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●薄暮の京
 麗しき高天の京にも、夕刻は訪れる。
 多くの彩りを一色に染め上げる暮れ方の町では、務めを終えた人の朗笑が集い始め、これから任を果たそうとする者の活きの良い足音が響く。かしましく笑い往来をゆく女性もあれば、駒下駄をつま立てて店先を覗き込む童子の姿もあった。そのすべてが京に生きる人々の日常で、平穏だ。
 とある店の軒先にて、長椅子で身体を休め腹を満たす彼女もまた、京の日常に浸っていた。
「んんむ、美味い……」
 咀嚼した胡瓜を喉から内へ落とせば、じわりと余韻が込み上げて来る。辛味油にまみれた胡瓜は赤の衣を纏い艶めいて、美味しさも増す。次に彼女が箸をつけたのは、やはり辛味油が染みる鶏肉だ。カリッと揚げられた鶏肉を噛めば、熱と共に吹き出る肉汁と滴る油が、彼女の舌を潤す。
 彼女は町を当てもなげに歩みはせず、ひとときの休息をこの長椅子で過ごすことも珍しくなかった。
「店主殿、本日の料理もまた美味でござる!」
 親しげに言葉を交わすのは、顔なじみとなった惣菜屋の主だ。
 辛くて美味しい料理に定評のあるこの店は、辛味油を用いた料理が好きな彼女にとっても有り難い場で。
「そいつぁよかった、もっと食べていきな姉ちゃん」
 花客である彼女へかけた店主の声が、肉を揚げる音に混ざり心地好く響く。
 いつもと何ら変わりない。いつも通り彼女は、店の軒先に並ぶ長椅子に深く座り、行き来する人々を眺めつつ夕餉を取る。香り高い油で唇をしっとり濡らし、好物を心行くまで味わうだけ。
「店主殿! もうひとつ、揚げ鶏をいただくでござる!」
 ふと思い立って振り返った彼女は、やまず調理を続ける主へそう呼びかけた。
 何せ宵まではまだ、時間がある。薄闇が景色を制す前に、たっぷりと堪能せねば。

 ――不意に、ベン、と空気が揺れた。

 目を見開き飛びのいた彼女は、今し方自身のいた長椅子が真っ二つに割られているのを目撃する。ふと顔をもたげた先、どこから現れたのか半透明の琵琶法師――否、琵琶が表情もなく彼女へと振り向く。身体はひとのそれを模ったまま、絃を張った側が彼女を捉える。双眸らしき二つの模様は、しかと閉ざされたままで。
「な、何でござろう……妖にしては、あまりにも唐突な……っ」
 確かめるように彼女が呟けば、突如として湧いた異常な殺気が、肌身に突き刺さった。
 しかも一体だけではない。ぞろぞろと集まってきた琵琶の妖は、周りで逃げ惑う人々に目もくれず、ただ彼女だけを見澄ましているかのようで。
「……私に、用でござるか?」
 ならばと彼女は踵を返す。
「店主殿! すまぬ、後にまた頂きにくるでござる!」
 言うが早いか彼女は駆け出した。人家も店もない奥の道へ。民に被害が及ばぬ所へと。

●別の通りにて
「神使殿! 神使殿ではありませぬか!?」
 忙しい靴音と共にイレギュラーズのもとへ近寄ってきた声は、若き男女のものだ。
 振り返ると、やや青褪めた顔をした二人組が、イレギュラーズの前で立ち止まる。特徴から見て二人とも鬼人種だ。
「ああ、なんという巡り会わせ……神使殿、お力をお貸しください!」
 往来の邪魔にならないよう端へ寄りつつ、彼らに耳を傾ける。
「我々は兵部省に属する者です。実は、陽という仲間が……」
 話をさっくり聞いてみると、どうやら二人の仲間である『陽』という名の鬼人種が、何者かに呪詛をかけられたそうだ。呪詛の痕跡を発見し、狙われている陽へ急ぎ知らせるべく、二人は町中へ来たという。
 呪詛――幾度か耳にし、あるいは現場に居合わせたイレギュラーズもいるだろう。
 夏祭り以降、この京では呪詛による祟りが頻発しているという。いつ何処で、誰に呪われるかもわからぬ状況が続くことに、人々は怯えていた。今日の友が明日には自身を呪う術者となるやもしれぬ。昨日笑って飲み明かした友が、今日は自分を呪うため妖を切り刻んでいるやもしれぬ。
 そうして平穏な日常は、少しずつ、あっという間に蝕まれていった。
「いつ陽殿が呪詛により危険な目に逢うか……ご同行願えますか!?」
 噂の呪詛が発動すれば、妖の姿となった『忌』に襲われ、最悪の場合、命を落としてしまうだろう。
 考えるのは僅かな時間だった。僅かだったというのに、思考に沈むイレギュラーズの耳朶を打ったざわめきは、今いる通りからは少々離れた場所から届く。
「あの辺りは……確かあそこにあるはずだ……陽殿がよく行かれるお店はッ」
「っ、急ぎましょう!」
 言いながら二人が地を蹴り、イレギュラーズもあとを追う。
 晩方の道だけは静かに、静かすぎる赭を湛えて、夜へと向かう者たちを見つめていた。

GMコメント

 お世話になっております。棟方ろかです。

●目標
・妖の討伐
・陽(ヨウ)が大怪我を負わないようにする

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●状況
 場所は、京の外れにある一角。道を挟んで家屋や小さな店が並ぶ通りで、道は広くも狭くもありません。
 周囲の家屋などには、突然の出来事に事態を把握できずに残っている住民も。
 なお、陽(ヨウ)は現在、店がある通りから更に奥、ひと気のない袋小路へ向かおうとしています。

●敵
・琵琶牧々(忌)×6体
 『忌』と呼ばれる、発動した呪詛。媒介となった妖の姿を借りて顕現しています。
 頭部が琵琶で、体は老人らしきもの。杖を持っており、見かけによらず身軽。
 呪詛により、かれらは陽(ヨウ)を最優先で狙います。
 撥で掻かなくても頭の琵琶を鳴らすことができ、音によって攻撃の種類が変わります。
 絃を一、二本だけ使った音色は、直線上に衝撃波を走らせます。敵味方を識別してくる上、ブレイクあり。
 絃をすべて使って奏でると、周りの者たちを痛めつけ、前後不覚(暗闇、狂気)にさせます。
 なお、炎に耐性があり、【火炎】【業炎】【炎獄】の効果を受けません。
 ちなみにこの『忌』を倒すと、呪詛が『術者』へ返ります。
 しかし【不殺】スキルで倒せば呪詛返しにならず、その場で『忌』を消滅させることが可能です。

●味方(NPC)
 陽(ヨウ)という名で、兵部省に勤める鬼人種の女性。今回の呪詛の対象です。
 破壊力を重視した、力で押す戦い方を好みます。
 そう容易くやられはしませんが、集中攻撃を喰らうと危険です。
 大怪我に繋がらないよう、援護してあげてください。
 また、陽の仲間である鬼人種が男女一名ずつ、イレギュラーズに同行しております。
 どちらも刀を使い、指示がなければ陽を守るために動きますが、指示があればなるべく従います。

 それでは、ご武運を。

  • <巫蠱の劫>晩方の赭き道完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年09月15日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女
ヴォルペ(p3p007135)
満月の緋狐
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)
私の航海誌
鷹乃宮・紅椿(p3p008289)
秘技かっこいいポーズ
天目 錬(p3p008364)
陰陽鍛冶師

リプレイ


 通りは騒然としていた。
 陽を追う琵琶牧々の一団が現れたことで、日常は疾うに切り裂かれていたのだ。
 そんな中、驚きのあまり転んだ町娘たちが、互いにぎゅっとしがみつく。
「ひっ……」
 行く手を阻む者として認識されたのだろう。彼女たちを轢き殺さんばかりの勢いで、琵琶法師が駆けた。しかし町娘を蹴飛ばすこと能わず、かれは軽槍に払われる。町娘と法師の間に飛び込んだ『鬨の声』コラバポス 夏子(p3p000808)が、娘らを見返す。
「はーいお嬢さんがたー、気をつけて逃げてねー」
「は、はいっ」
 どうにか立ち上がり、よろめきながら走り去る町娘たちを見送って、くっ、と夏子が苦々しい呻きを落とす。
「アプローチがヤケクソ過ぎる~、もっとスマートにしたいのに」
 状況がそれを許さない。やきもきしつつ夏子はまた地を蹴った。
 もう一組、逃げ遅れた民へ琵琶法師が迫る。彼らを踏み倒して先へ進もうとする妖だが、しかし。
「てやぁーッ!」
 轟く叫声。天空より舞い降りし少女の姿。屋根から妖へと飛びかかり、かの腕を刀の錆にした『戦神』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)がくるり踵で方向転換する。音もなく振り向いた琵琶が、ふふんと得意げに笑う秋奈を見つめる。
「そんなんじゃ、百年経っても私には敵わないよっ」
 派手な登場により、法師は民よりも先に彼女を曲で轢こうとした。今のうちに、と目だけで民へ訴えた秋奈は、かれからの衝撃波を真正面から受け止める。
(陽ちゃんも……って、ここにはいないけど大丈夫っしょ)
 先ゆく身を案じつつ、秋奈は今しがた斬った琵琶に張り付き、動きを阻む。
 民衆へ振り下ろされた刃を仲間が次々と断つ後ろ、『魔剣鍛冶師』天目 錬(p3p008364)は胸の底まで息を吸い込んで。
「俺たちは神使だ! 巻き込まないためにもすぐに離れてくれ!」
 鳴り物のごとく透る声。ざわついてばかりいた人々が、一目散に走り出した。
「物は直せるが失われた命は治せん! 焦らずに!」
 避難を呼びかけながら錬が拵えたのは式神だ。町中ということもあり、混乱を招かぬよう、式でこの先へ続く道を封鎖する。
 そして呪詛に思いを馳せた。
(呪詛……成功しても失敗しても死傷者が出る、か)
 実際、呪いが返った場合にどうなるかはわからない。けれど呪いにより今まさに陽は殺されようとしている。しかも、罪なき民の平穏さえも『忌』は奪っていこうとした――緩やかに、錬の内で炎が燈る。
 その頃、ふぅむ、と『秘技かっこいいポーズ』鷹乃宮・紅椿(p3p008289)は顎を撫でていた。
(どうにも厄介な事件が、立て続けに起きておるようじゃのう)
 巡る思考は果てなく枝分かれしていきそうで、紅椿はかぶりを振る。すぐさま彼女が向き合うのは、困惑に足を止めていた住民たちだ。戦場となる袋小路から近く、戦禍を被りそうな人々へ声をかけていく。
「話している時間はなくて悪いが、この辺りは危険じゃ」
 平静さを決して失わぬ紅椿の雰囲気に、住民たちもゆっくり肯う。
 ――どう考えても多すぎる。呪詛という大枠の中、『忌』という発動した呪いによる事件の頻発は、『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)の頭の中でぐるぐると回る。
(誰か唆してる人がいる……?)
 寒気が背を抜けるも、張った結界の中をアレクシアは進んだ。
 ‬その傍らを、真白な毛並が疾駆する。愛馬ラニオンと共に駆けつけた『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)だ。馬の脚で先行きを懲らして見た彼女が、彼方を走る陽を発見して。
「陽さんっ、助けに来ました! 奥へいきましょう!」
 驚く陽を導き、袋小路の詰まる所まで走った。
 同時に『満月の緋狐』ヴォルペ(p3p007135)が敵の気を惹く。
 息を荒げた陽が声を発するよりも早く、彼は急迫する敵を輝石で押しのけた。
(誰を護れば良いかはっきりしてる。嫌いじゃないよ、こういうの)
 そう考えていると、陽から至極当然の問いが向く。
「そなたらは……っ」
「君たち風に言うなら神使、かな」
 ヴォルペの返答に陽が一驚する。
「やはり神使殿!? なにゆえ……!」
 そこへ、ピピーッ、とホイッスルの甲高い音が響き渡った。ウィズィが吹き鳴らしたものだ。
「皆さん外は危険です! 家の中で待機していてくださーい!」
 一帯の人々へ配慮しつつ、彼女は駆ける。
(いいですね、これ。女の子のピンチに白馬で駆けつけるって、完全に王子様です)
 また使う機会があれば使いたいと、ウィズィはどことなく誇らしげで。
 そうして道中の懸念も解いている間に、研ぎ澄ませた精神を以て『黒犬短刃』鹿ノ子(p3p007279)が戦場を見はるかす。暮れ方の道よりも一際強く滲む金の眸で、呪詛より生まれ出でし『忌』を認めた。
(呪詛、呪詛返し、僕には何が何やら。でも……)
 握り締めた拳に心根が燈る。困っているひとを助けるのに、理由はいらない。何より、豊穣の危機を放っておけなかった。ヴォルペに引き寄せられた敵の背へ駆けつけ、天より落つる涙を――その輝きを押し込んだ。
 前方を走っていた陽への追走は、未だ緩まない。半透明の琵琶法師は、神使にも構わず獲物を狙うだけ。
 だからこそ名乗りをあげた夏子が、迫る琵琶牧々の衝撃波を浴び、すかさず踏み込む。
「残念だけどナンパ失敗してるワケ」
 頭部の琵琶へ囁いてみせれば、『忌』なる琵琶牧々の閉ざされた双眸がひくつく。
「しつこくなくても嫌われてるぞ」
 現実を紡ぎ、陽から少しでも遠ざける。
 その間、鬼人種の二人へ鹿ノ子が呼びかけていた。
「そちらは陽さんの援護をお願いしたいッス!」
「あ、殺さずお願いね。理由は言わずもがなってやつ」
「「承知!」」
 鹿ノ子だけでなく続けた夏子にも威勢良く応じて、彼らは陽の傍へ急ぐ。
 同じ内容を、ヴォルペも陽へ伝えていた。
「術者を突き止めたいと考えている子が多いからさ。分かるよね?」
 肩を竦めてみせれば、陽の首肯が見える。
 一方、一体の琵琶牧々にしっかり注目していた秋奈は、張りきった様子で刀を振るい続けていた。
「おりゃーっ! チェストー!!」
 地をも抉る一太刀で琵琶牧々を叩けば、風圧が砂を巻き上げていく。
 直後、琵琶牧々は耳をつんざく大音量で一曲奏でた。眼前でそれを受けた秋奈は目が回るのを感じ、いつしか視界にも黒い靄がかかる。
 法師らの音楽はそこらじゅうに爪痕を残し、そして神使たちの心身をも傷つけていく。
「頼むぜ! 皆ーッ!」
 声を張り上げたのは夏子だ。全身全霊、守りに徹して敵の怒りを引き付けながら、彼は立ち続けた。何度も掲げた口上で寄せるは三体。残り三体の行方は、陽とヴォルペが知っている。
 直後、ベンベンと絃すべてが奏でられ、袋小路に狂気が咲く。けれど海の記録がアレクシアを支えた。
「そんな脅し、ボクには効かないんだよ!」
 やまぬ曲を引き裂き、少女は世と人心を調和する力を集束させる。結い上げた魔は不撓の花となって、陽と共に在るヴォルペを癒す。遠く、挙げた片手で礼を告げたヴォルペにアレクシアは笑みを返し、次の瞬間には敵を見据えて。
 みんなの命も、ここにある暮らしも――守ってみせる。
 

 赭が咲く。鮮烈な色ではない。どろりとした闇を少しばかし呑み込み、混ぜたような色だ。
 まもなく宵が訪れようとしている晩方の道に、その色は宛てもなく広がっていった。
 悲傷の一端を、そこに立つ者たちへ見せ付けるかのごとく。
「無理したらだめだよ!」
 咄嗟にアレクシアが声をかける。琵琶の音に膝を折った鬼人種へと。
「も、申し訳ありません!」
 陽の仲間たる鬼人種はそう答え、敵と距離を置き始める。
 そこへ、避難誘導を務め終えて紅椿と錬が合流した。
「勇ある者は遅れても仲間の救いとなろうぞ。そういうわけじゃ、前は任せよ」
 戦友たちへ告げ、彼女が挨拶代わりに仕掛けたのは居合一閃。殺意に満ち満ちたかの者を、迸る紫電が砕いていく。
 紫電の残滓が消えぬ間に、錬が取り出したるは式符。陽鏡の色と共に在り、この色を駆使する彼の眸が――敵を射抜く。
「この事件は団円に解決してやる。術者の思い通りにはさせん」
 呪術に手を染めた理由がわからずとも、物語の終え方は知っている。だからこそ創鍛した陽光の鏡で、琵琶を焼き切るほどの目映さをもたらした。光に煽られ、法師の動きが痺れて鈍り始める。
(高天京を混乱させたいならば、確かに有効だ。しかし一体……)
 混乱の先で、何を為すつもりなのか。
 なかなか更けぬ長夜を思い起こして、錬は現状の世と重ね合わせた。
 不意に優美な馬が嘶く。飛び降りたウィズィが、切迫した空気を切り替えるように、パチンと指を鳴らす。
「さあ、Step on it!!!」
 建物が生む影に埋もれゆく袋小路で、彼女の発する音も声も高らかに響き渡った。
「ここまで来たらひたすら殴るのみ!! いきますよ!」
 そうして彼女は、夏子の口上に惑わされなかった敵へ名乗りをあげる。
 仲間が敵を引き、奮闘する時間もヴォルペの目標は微塵も揺らがない。そこに余分な装飾は要らなかった。ゆえに破邪の結界で音波を遮り、抗う意志を集わせ敵の体勢を崩す。
「さあ、おにーさんと遊ぼうか!」
 すると神使の戦いに刺激されたのか、陽もまた疼く戦意を形に変える。
「私も兵部省にて番を務める身、遅れはとらないでござる!」
 意気揚々と刀で敵の頭をのし、切り捨てる。
 迷いのない挙動と漲る戦意を目にして、楽しくなってきた、とヴォルペは喉をさらけ出して笑う。肌の下を走る苦痛もまた、彼の興奮へと繋がっていく。
 近くでは、怒りに任せて掻き鳴らされた絃が、耳障りな調子で夏子を苦しめていた。しかと守りを固めながらも、肌身の内側を走る苦痛に眉根を寄せる。
(くっ……俺だって、踊るなら女性とが良いんだわ)
 狭所ともなれば動くうちにどうしても、別個体からの干渉が入る。積み重なった負荷は、疾うに限界を超えていた――超えていたはずだが、彼は平然とした様相を崩さない。
 猛攻がやまない。否、細身の琵琶法師が織り成す音は、辺りへ鏤められるものながら思いのほか強い。
 このままだと回復が追いつかなくなると、早咲きの思考で判断したアレクシアが赤き花を解き放つ。
「こっちはボクが担当するね!」
 敵愾心に塗れた琵琶を引き寄せれていると、意識が右へ左へ揺れるのを感じていた秋奈が我に返り、ぶるぶると頭を振った。彼女は咄嗟に、戦神ノ刀でアレクシアを追う標的を、完全に断つ。
「まだまだだねっ、へへん、これなららくしょーじゃない?」
 ひたむきで、前向きな空気をほろほろと溢れさせながら、彼女はそう言った。
 ――死角はそこに。
 まだ剥がれずにいた集中力で、鹿ノ子が潜り込んだ先は法師の後背。そこから降り止まぬ流星を贈り、けたたましかった琵琶の音を鈍らせる。歪みがまたひとつ増えた。けれど歪みに苛まれた存在が増えれば増えるだけ、戦況にも変化が出る。


 暗闇に閉ざされた夏子の耳朶を打ったのは、掻き鳴らされる琵琶の音だけではない。
「夏子君! どうぞ!」
 アレクシアが舞わせた調和の壮花と清香の純花が、夏子から闇も痛みを拭っていく。魔力の篭った花弁に撫でられ、ふつふつと込み上げるのは力と意欲だ。みんなの笑顔を守るため、今日もアレクシアは不穏漂う戦場へ彩りを招く。
 ふと、振動しかけた絃を逸早く察した錬が、奏者の眼前へ飛び込んだ。
「人を呪わば穴二つとはよく言うが……」
 片側で睨みつけ、細身の法師を衝術で弾き飛ばす。
「ちゃんと自分で埋めさせてやるからな」
 傾く琵琶が震えた。震えはしたが呪詛に使われた恨みと痛みは、『忌』をこれっぽっちも癒さない。ゆえに嘆き、道連れにするかのごとくかれらは牙を剥く。
 一方、攻勢に転じた陽の背後を、ヴォルペが守り通していて。法師の琵琶が唄う。懲りずにヴォルペを襲い傷つけてきた音色だが、心を、信念を折るには至らずに。
「やってごらん」
 強かに叩き、微笑む。
「おにーさんの生き甲斐を奪えるものなら、ね」
 消えゆく琵琶法師の最後のひと掻きにさえ、彼は耳は貸さなかった。
 そして紅椿もまた、踏み込んでいた。小柄ながら力強く流麗に、相手の間合いへと。一刀のもと斬り落とした琵琶が割れ、薄ら透けていた妖が苦悶に喘ぐ。思えば呪術とやらは、かれら妖を用いて成されるものと聞く。切り刻まれ、血肉を呪詛に利用された妖が行き着く先のひとつが、『忌』であるとするなら。
(……難儀じゃのう)
 幾つかの意味を込めて、紅椿の瞳が揺らいだ。けれど今ばかりは、紅椿も相応の態度を尽くすのみ。
 突き進むだけ。そこに迷いはない。だからウィズィは法師の具合を確かめたのち、ナイフで峰打ちした。
(呪詛については……未だに分からないことだらけですから)
 考える時間は終わった後に取っておく。今は、今だけは暮れなずむ町に正常なる姿を蘇らせるため、彼女は一体の琵琶牧々を完全に沈黙させた。黙した『忌』が空へ昇りゆく後ろ、連撃、連撃、また連撃と繰り出される技がある。鹿ノ子のものだ。
 鹿ノ子が構えた放つ花の型は、花のごとく艶やかに舞い、蝶のように軽やかに標的を刻削していく。
「いつまで耐えられるッスか!?」
 諦めを、終わりを知らしめようとする鹿ノ子の猛襲に、琵琶牧々が恐れを成してうろたえ、そして。
「負けないッスよ!」
 死を迎えさせぬまま、胡蝶嵐でかの存在を掻き消した。
 ひとつ、またひとつ、殺さずのすべで妖が失せていく。
 夏子もそのすべを採った。呼気荒く立ち、炸裂させたのは渾身の薙ぎ払い。音と強烈な光に射抜かれ、やがていびつな琵琶法師はこの世を去った。跡形も残さずに。
「暗すぎる。君らも利用されて嘆きたいんじゃない? ん?」
 すでに、迫り来る夜気へと溶けていった琵琶法師から返る言の葉は、ない。
 暗く沈みゆく陽など何のその、天翔ける秋奈が、目指すのは残る琵琶牧々ただひとつ。
「しゅあっ! トドメだぁ!」
 轟く掛け声。宵の口を背に跳ぶ少女の姿。
「秋奈ちゃんキーーック! 不殺!!」
 彼女の蹴りは妖を抉って地面へ叩きつけはしたが、言に違わず殺さない。
 殺意なき場に転がったのは、バランと悲しげに鳴いた琵琶の音色だけだ。


 麗しき高天の京に、夜が訪れようとしている。
 先刻まで赭で塗りたくられていた佳景も、すっかり濃い陰影に沈んでいた。
「町、なんだか静かだね」
 アレクシアが素直な感想を呟くと、陽の仲間たちが目を伏せた。
「いつもは賑やかなのです。当今の騒ぎで皆怯え家に篭っていて」
 物情騒然たる世で頻発した呪詛事件。神使もよく知っている出来事だ。
「安全確認はおにーさんがやろうか。他は頼んだよ」
 守ることが叶った以上、他に触れる理由もなく、ヴォルペは辺りを確かめに出た。
 秋奈もまた、救護のため陽の仲間へ手当を始める。
「ああ動かないで、こっちでやってあげるからっ!」
 一方の錬も、修補のため作業をしていて。
「住環境は大事だ。人手を呼ぶにも家、活動ひとつするにも拠点」
「力説しておるのう」
 散乱物を片付けていた紅椿が、錬の発言の重みに気付く。
 突如、長く深い溜め息が錬の喉から溢れた。
「最近、領地経営で身に染みているからな」
「……あー、じゃな」
 多くの神使が思い当たりそうな話柄だ。
 こうして各々事後の対応に追われる中、ウィズィはお耽美スマイルで陽に声をかけていて。
「大丈夫ですか?」
「この通り四肢も動く。神使殿のお陰でござる!」
 よかった、とウィズィが微笑んでいると、四辺へ気配を飛ばしていた鹿ノ子が戻って来た。己へ向かう敵対心なき通りに、ひとつ息をついて。
「犯人は現場に戻ってこなさそうッス」
「……ここへ顔を出す必要が無いのでござろう」
 陽の何気ない一言は、鹿ノ子の首をこてんと傾げさせた。
 心当たりでも、と横からアレクシアが問う。
「無きにしも非ず、でござるよ。近頃周りで狙われた者が後を絶たなかったゆえ」
「狙われた?」
 きょとんとするアレクシアを前に、陽は少々沈思して。
「呪詛をかけられ、襲われる者が兵部省内で相次いだでござる」
「誰の仕業ッスか?」
 鹿ノ子が質問を連ねると、そこへ。
「陽殿、その件は内密にと……」
 仲間二人に指摘され、陽がぱちりと瞬く。
「まあ神使殿ゆえ不都合にはならぬでござろう!」
 陽はこだわりなく笑い、神使に信を置いている意思を示す。
「しかし我らは我らで微妙な立場ゆえ、話せることは少ない。が……」
 禍々しさの消えた町並みを見やり、陽は眸を細める。
「受けた御恩は決して忘れぬ」
「気持ちは有り難いけど陽ちゃん、気を付けてねー」
 ふと後背へ声がかかった。皆の手当を終えた秋奈だ。
「重々承知した! 良き仲間がいるでござるな」
「そっちもねー。あの二人、必死に陽ちゃんのことお願いしてきたんだから」
 秋奈が告げたおかげで、陽の仲間たちが恥ずかしそうに目を逸らした。
「ところで。この後、陽ちゃんの通っているお店で腹拵えしない?」
 夏子のかけた誘いは、日常を感じさせるもので。
「ほら、食い逃げはマズいからね」
 さらりと夏子が口にしたものだから、宵の道に朗笑が響き始める。
 それこそが町を象る平穏の証であると、彼らは自ら証明してみせた。

成否

成功

MVP

コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 ご参加いただき、ありがとうございました。
 またご縁がございましたら、よろしくお願いいたします。

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