シナリオ詳細
夏の魃様。或いは、夏よ終われ、お前はただ暑い…。
オープニング
●魃様
今年の夏は暑かった。
否、今年も、と言うべきか。
なんとなく、毎年気温が上がっている気さえしている。
ここはカムイグラのとある漁村。
雨の降らない日が続き、雲1つ無い青空にはまばゆいほどの太陽が浮かぶ。
じりじりと地面を焼く陽光により、石などはまるで熱された鉄板のような有様である。
うっかりと石に乗った蛙が1匹、そこで干物と化していた。
とてもではないが、農作業や漁業に出られる気温ではなく、年寄りの中には体調を崩す者も出る始末。
普段は元気にはしゃぎ回る子どもたちさえ、木陰で1日座ったままに過ごす毎日。
上流の川は干上がって、深刻な水不足にも見舞われるなど、このままでは遠からず死者が出ることは想像に難くないのであった。
「こりゃぁ……魃様が起きたんかもしれんなぁ」
カサカサに乾いた唇から、そんな言葉がぽつりと零れた。
干物のように乾き、細くなった手足。小さな体。御年90を迎える彼はこの村一番の年寄りである。
近くに座っていた童子が、老爺へ問うた。
「魃様って?」
「んー? 魃様はなぁ、日照りの女神様よ……まぁ、妖の類だろうけどなぁ」
曰く、魃様は背の高い女の姿をしている。
曰く、燃えるような赤の髪と、ドレスにも似た雰囲気の赤い着物を身に纏う。
曰く、その目は片方しか開いておらず、また腕も右しか残っていない。
曰く、普段は村周辺のどこかの社に住んでおり、時折気まぐれに姿を現す。
曰く、魃様が現れた年は例年にないほどの猛暑となり、時には村が滅びるほどのものとなる。
「儂がまだ小僧だった頃、水害のあった年に1度出てな。洪水に飲まれて死にかけておった儂を、魃様は助けてくれたのよ」
それは女神の気まぐれか。
魃様の出現により溢れていた水は乾き、幸いなことに村は滅びを免れたという。
けれど、今年は……。
「1度、魃様に救われた身よ。たとえば魃様に生け贄を捧げて日照りが収まるのなら、儂の身ぐらい捧げてやるが……いらんだろうなぁ」
骨と皮ばかりの老いぼれだものなぁ、と老爺はそう呟いた。
「社って?」
「んー? この辺に幾つかあるじゃろ? 山の麓の黒い更地と、森の中と、浜と、それから海辺の洞窟の中よ」
それらは魃様のために、長い年月をかけて立て続けられた社だという。
時に村を滅ぼしかけて、時に村の危機を救って。
そんなことを繰り返しながら、魃様と村人たちは良い関係を築いてきたのだ。
「そうなんだ。ねぇ、魃様を鎮めることはできないの?」
「できんことはないかのぉ。魃様のご機嫌を取るために宴を開いたり、喧嘩で負かしたり、生け贄を捧げたり、とっ捕まえて社に放り込んだり……嘘か誠か、そう言い伝えられておる。まぁ、魃様のご気分次第じゃの」
●蝉鳴く夜
蝉の声が鳴いていた。
夏を讃えての大合唱。
その声が聞こえなくなる頃には、夏も終わりを迎えるはずだが、今だその勢いは衰えず。
燦々たる陽光に、己が存在を主張しているかのように、みんみんじぃじぃと鳴いていた。
「すまんな。本来であれば儂らが何とかするべきなのだが……この有様でな」
と、そう言って初老の男は村の方へと視線を向けた。
室内に居ては蒸し焼きになると思ったのか、家屋や木の影にはぐったりとした村人たちが座っている。
もはや彼らには漁に出る元気も、畑仕事をする体力も残っていないのだ。
今でこそ保存していた食料で食いつないではいるものの、そう遠からず飲み水さえも干上がることが予想されているらしい。
「魃様は村の近くにあるどこかの社に住んでいる。まぁ、今はきっと外に出ているだろうがな」
外に出た魃様は自身の社を巡るのだと言う。別荘の点検でもしている気分なのかもしれない。
「魃様を鎮めて来てはもらえんか? あの方が外に出ていると、こう……」
ちら、と視線を頭上へ向ける。
そこには大きな、輝く太陽。じんじんじりじり、その陽光が地面を炙る。
「暑いんだ。ものすごく……だが、魃様が社にお戻りになれば、その年の夏は一気に過ごしやすくなる」
魃様が去れば夏は終わりに向かうということか。
もっともそれは、魃様の影響を大きく受けるこの村の周囲だけのことではあるだろうが。
「魃様は気性が荒いと聞く。もしもの時は、戦いになるやもしれぬので注意しておくれ」
たとえばそれは、説得に失敗した時や、魃様の機嫌を損ねた時、魃様の機嫌が悪かった時、魃様が暴れたい気分の時などだ。
気性が荒く、気まぐれで、業火のように激高してはあっさりと機嫌を直したりする。
村に伝わる魃様の性質を聞く限り、彼女は実に感情的な妖のようだ。
「魃様が戦意をたぎらせるとき、彼女の周囲は燃えるという。また、魃様は業火を纏い殴る蹴ると大暴れをする……と、村には伝わっておる」
かつて喧嘩で負かし、魃様を社に帰した者がいたそうだ。
その者は【火炎】や【業火】に苦しみ、大火傷を負いながらもどうにか魃様に打ち勝ったらしい。
「ちなみにその場所には社が建てられている。山の麓の黒い更地がそれよ」
地面が黒く、草木の1本さえも生えていないのは魃様の火炎に焼かれたせいだ。
そのほかの社がある森の中、浜辺、海近くの洞窟もそれぞれ魃様に縁のある土地らしい。
「どこに魃様がおるかは分からんので、探すか、待つか、誘うか……やり方はお任せする」
どうか魃様を鎮めておくれ、と。
そういって、村人は額を流れる汗を拭った。
- 夏の魃様。或いは、夏よ終われ、お前はただ暑い…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年09月06日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●日照り神エンカウント
カムイグラのとある漁村。
雲1つ無い青空にはまばゆい太陽が浮かぶ。
原因となっているのは1体の妖……“魃”だった。
そんな魃を“社”へ帰すため『曇銀月を継ぐ者』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)をはじめとしたイレギュラーズたちは行動を開始した。
魃が目を覚ますたび、村人たちはあれやこれやの方法で魃様を、彼女の祀られている社へと帰し、難を逃れて来たという歴史がある。
けれどしかし、この夏は幾分暑すぎた。
魃様の出現に気付いていても、暑さに参った村人たちでは何のアクションも起こせないのだ。そんな村人たちに向け、ベネディクトはある提案をした。
それは「これから自分たちで宴を開く用意をするので、きついだろうが参加してくれないか」という提案だった。
「今後、彼女と生活圏を同じくしていくのはこの村の人間だ。それが迎える姿勢を見せないというのも、寂しいじゃないか」
「要するにお祭りをしましょう、ってことね。祭とは“祀り”と同じ意味、祭りという行為そのものが神様を祀るという意味合いを持っているから、たぶん気に入ってくれるはずよ」
ベネディクトの言葉を『狐です』長月・イナリ(p3p008096)が引き継いだ。
とはいえ、イナリの顔色は悪い。思った以上に村人たちの衰弱が激しかったのだ。
「……少々、無理をさせることになるかもしれないな」
「そうね。ちょっとこれは……」
海の近くの洞窟に『プリン☆荒☆モード』マッチョ ☆ プリン(p3p008503)と『玩具の輪舞』アシェン・ディチェット(p3p008621)はやって来ていた。
たくましい筋肉。パツパツに張り詰めたシャツ。そして頭部に巨大なプリン。
「共ニ行コウゾ、アシェン!」
ぺかー、と光る巨体にアシェンは眉をしかめて距離を取る。
「眩しいわ。意気込んでいるところ悪いのだけど、おもてなしの席でお願いや交渉をするのよ? ここで何かをする必要はないのよ?」
「フハハハハ! コノマッチョ☆プリンニ掛カレバ、万事解決! 案ズル事ナシィ!」
そう叫ぶなり、マッチョ☆プリンは両の腕を折り曲げ上腕二頭筋を強調してみせる。ダブルバイセップス。盛り上がった力こぶが己の存在を主張するかのように輝いた。
「本当に大丈夫かしら? ……とにかく、社に着いたわね」
アシェンは社に酒を供えて「浜辺でお待ちしています」とそう告げる。
そしてアシェンはマッチョ☆プリンが余計なことを言い出す前に、とその手を掴んで一目散にその場を去った。
山の麓の焦げた更地に彼女は1人、立っていた。
燃えるような赤の髪と、ドレスにも似た赤い着物を纏った長身の女性である。左の袖が熱波に揺れて靡いていた。彼女が魃様なのだろう。左の目には眼帯を付けている。
獣のような鋭い視線。じろり、とその目が『大地に刻む拳』郷田 貴道(p3p000401)の姿を捉えた。貴道は魃に笑みを返して、ゆっくりと更地へ歩み出る。
瞬間、魃の髪が燃え上がった。
「ストップ、こっちに敵対の意志はねぇんだ。オーケー、レディ? ところで、パーティーは如何かな」
「ぱーてぃー? なんでしたっけ、それ?」
外見や雰囲気の割には、静かで落ち着いた声である。突然現れた見知らぬ男を訝しんでか、魃は右腕に火炎を灯した。
「失礼。私はアルテミア。魃様の為に宴の準備をしているのですが、浜までご足労願えませんか?」
魃の警戒心を拭うためか、努めてゆっくりとした動作で『翼片の残滓』アルテミア・フィルティス(p3p001981)が前に出る。
「宴ですか? えぇ、宴は好きですよ。ところで……そちら」
ちら、と何かに気付いたのか魃の視線はアルテミアの手元へ向いた。
「ふふ、これかしら? 私のとっておきなのよ」
発煙筒の煙が昇る。
どうやら魃の誘致に成功したらしい。
そのことを理解した『聖断刃』ハロルド(p3p004465)と『二天一流』月羽 紡(p3p007862)は宴の準備をするために、急ぎ浜へと引き返す。
「急ぐぞ月羽。軽く材料は用意したが、会場の設営も食事の用意もまだ中途半端だ。魃を長く待たせるわけにはいかない」
「えぇ、私も舞の支度をせねば」
草木を掻き分けハロルドと紡は一直線に浜へと駆ける。
煙が上がったのは山の麓の更地方向。魃が浜に到着するまで、まだ暫らくの猶予はあるだろう。
「ところで羽月よ、会場の飾りつけも必要か? 強者には礼を尽くさねばならん」
「では、そちらは私が引き受けましょう。元々実家では巫女をしていましたから心得があります」
言葉を交わしながらも2人は、走る速度をほんの僅かも落とさない。
●夏の宴ウォー
ひらりと舞うは鋭い刃。
一閃。
3枚に斬りおろされた魚がまな板の上に落ちる。
包丁を手にアシェンは額の汗を拭った。
「多少細い作物や身の痩せた魚でも【料理】の味付けで誤魔化すわ。味噌や醤油、濃い目の味付けが基本なのよ!」
アシェンが調理するそれは、ベネディクトとイナリが漁村の住人たちから貰い受けて来たものだった。量は少なく、質も悪い。それが今の村の現状。村が出せる精一杯。
「アシェン。会場の飾りつけは終わりましたよ」
「マッチョ☆プリンさんはそこの酒樽を運んでくれる?」
ハロルドが組んだ宴会場が、紡とイナリによって飾り付けられていた。注連縄が張られ、提灯が吊るされ、草花が設置され……とそこは立派な祭殿である。
「任セロ! 宴ガ待ッテイル、共ニ最高ノプリンヲ食ソウ! イヤ、プリンデナクテ酒カ! プリンモ奉納シテハドウダ!?」
「溶けるんじゃないか? それよりアシェン、料理は足りそうか?」
「お魚が少ないのだわ」
全体の進行を統括しつつ、ベネディクトも足りない部分の支度を手伝う。
会場は整い、酒も十分。
問題は食材……とくに魚介類の不足が深刻だ。
「困ったな。どうしたものか」
表情を暗くし、ベネディクトは唸る。漁村の宴で魚不足となると、今一つ格好がつかないことを懸念しているのだ。
けれど、彼の不安は杞憂に終わる。
「待たせたな。採って来たぞ、大漁だ」
ハロルドが海から現れたのだ。
その手に引かれた網の中には、無数の魚類が捕らわれている。【漁業】スキル持ちの面目躍如といったところか。
「ナイスだハロルド!」
宴の準備は万全だ。
宴の準備を終えてすぐ、森の奥から魃を伴い貴道とアルテミアが現れた。
「ささ、こちらよ魃様。ほかにも美味しいお酒や料理を振る舞わせていただくから」
「それは楽しみですね。では、歓待していただきましょうか」
「期待してくれていいぜ! 歌や踊りの準備もしてるからな。これでも歌や音楽は得意なんだ」
「其方が歌うの? ふふ、歌や踊りより喧嘩が得意という拳の形をしていますけれど?」
「おぉ? 分かるのか?」
「私も随分、殴り潰しましたもの」
既に酒が入っているのか、魃はどうにも上機嫌のようである。
こうして宴は始まった。浜を見下ろす丘の上には、漁村に住まう村人たちの姿も見える。
まず初めに、魃は一献アルテミアの酌で酒精を喉に流し込む。
その酒の名は“特別純米大吟醸生原酒天之翡翠”。精米歩合、四割七分。酒精度数十四度、原酒。木桶仕込。ほどよい酸と果実味、すっきりと軽快ながらも米を感じる味わいが特徴のアルテミアの“とっておき”である。
次いで、魃は刺身を食んだ。ハロルドが直前に採って来た新鮮な魚をアシェンが捌いたものだ。長らく眠っていた魃にとっては、しばらくぶりの食事である。
箸の動きと咀嚼は止まらない。合間に飲む酒とも抜群に“合う”ようだった。
そしてマッチョ☆プリンの持ち込んだプリン。どうやら甘味も嫌いではないらしい。
祭り。
古くはそれを神和ぎと呼んだ。その目的は「そこに宿る命や魂が、荒ぶる神にならぬよう」にと祈ること。飲めや歌えのどんちゃん騒ぎに感謝を乗せて、神を楽しませて鎮める。
夏の日差しは生きとし生ける全てにとって、恵にもなれば災いにもなる。幸と不幸は表裏一体。であれば、人は“裏目”を引かないために神を歓待し奉る。
イナリの奏でる楽も然り。
貴道の紡ぐ唄も然り。
紡の魅せる剣舞も然り。
流れるような音色。一層激しく調子を変えた。長く伸びる歌声にも熱が籠る。刀を翻し舞う紡の首筋から、汗の雫が飛び散った。
音に合わせ、歌に酔いしれ、舞うことで一種のトランス状態を作り出す。一部では“神降ろし”の一工程として舞踊は用いられることもある。
美味い酒と美味い飯。そして雅楽を魃は上機嫌に眺めていた。そんな魃の傍にベネディクトが近づいた。
「こちらもいかがですか? この酒は長月が作っている物なのですよ」
酒樽を開け、ベネディクトは告げる。イナリの酒“稲荷酒造・桃源郷”を一口含み、魃はにこりと微笑んだ。
「よいお味ですね。今後も励みなさいとお伝えしていただいても?」
「えぇ、それはもちろん。ところで、1つ願いがありまして……」
「わかっています。社に帰れと言うのでしょう?」
なんて、言って魃は笑う。空の様子や村人たちの姿を見て、魃は祭りの主旨を正しく理解したのだ。彼女とてこのような宴に招待されるのは初めてではない。何十年か、何百年か昔にも同じようなことがあった。
「1つ」
と、魃は盃を置き人差し指を突き立てた。その先端に火が灯る。
「いつだったか、真剣勝負で私を帰した者がいました。あれは非常に楽しかったのですけれど……ねぇ? 腹ごなしと、祭りの余興に一戦いかがです?」
ごう、と。
熱波が散って、魃の髪が燃え上がる。
微笑み。そして頷きを1つ。
立ち上がったベネディクトは、槍を携え浜へと向かう。
ベネディクトに続き、ハロルドもまた己が得物の剣を抜いた。
「ははははっ! 良いじゃねぇか! そっちの方が分かりやすくてよぉ!」
なんて、ハロルドは告げて「掛かってこい」と剣を構えた。
その直後。
魃が地面を蹴って跳ぶ。火炎を纏い駆ける様子は、まるで昼間の流星のよう。
「楽しむ前に死んだりしないでくださいましね?」
なんて、囁くような声が耳朶を震わせて。
フルスイングのアッパーカットが、ハロルドの顎を打ち抜いた。
●炎天オーバーリミット
顎の位置に拳を構え、砂を散らして貴道が走る。
「至近戦闘臨む所だ、熱いだなんだ眠たいこと言ってられるか。存分に殴り合ってガス抜きに付き合ってやるよ!」
上機嫌に舞う魃の周囲に舞い散る火炎の礫をその身に浴びて、けれど貴道は一瞬の躊躇さえもなく、最短距離で魃へと迫る。
硬く握った拳から打ち込まれるは隙の少ない鋭いワン・ツー。
数々の対戦相手をマットに沈めた必勝パターン。
狙うは顎か、それともこめかみ、或いは鳩尾か。
「益荒男とは其方のような者を言うのでしょう。力任せなだけでなく、磨いた技術も活かした技……そこに至るまでを思えば頭が下がる想いですわ」
なんて、紙一重で拳を躱した魃の腕が空気を裂いた。
火炎を纏った渾身の一撃が、貴道の横っ面を打つ。脳を揺らされた貴道は、ぐらりと姿勢を大きく崩した。
「う、ぉ……っ!!」
貴道の身体を業火が包む。
舞うように、魃は貴道の脇を抜け次の相手へと迫る。
「神様なら宴とか大好きだとは思ったけれど、喧嘩もどうやらお好きなようね」
「祭りも火事も喧嘩も大好きですよ。それに歌と踊りも。先の演奏、お見事でした」
「それとお酒もね。楽しんでいただけたようで、何よりよっ!」
紫電と火炎が砂を巻き上げ円を描くように舞う。
魃の拳とイナリの剣が激しく打ち合うその音は、鉦を鳴らすそれに似ていた。
さらに、魃へと迫る剣士が2人。
「いかがかしら? 魃様が満足するまで舞い続けてあげるわよ」
「楽しく騒いで次に目覚めるのが楽しみになるような宴にしてさしあげます」
蒼炎を纏う苛烈なアルテミアの剣。
そして、静かに流れるかのような紡の太刀。
よく使い込まれ、手入れのされた業物だ。身のこなしと右腕でそれらを捌く魃であるが、3者による息つく間も無い波状攻撃に次第に押され気味となる。
腕や頬から血が散った。魃の纏う業火はさらに勢いを増す。
浜に現れた火柱か、或いは火炎の渦のよう。
身を焼かれつつも剣舞を続ける3名の間を、魃はするりと擦り抜ける。
「暑いでしょう? 少し休んでいるといいですよ。蒼炎の剣士に白銀の鬼よ。見事な技と舞い、堪能させていただきました」
イナリ、アルテミア、紡の腹部や脇腹に蹴りと手刀を打ち込んで、魃は3者に賞賛を送る。魃の着ていた衣服はボロボロ。その肌には幾筋もの裂傷が刻まれている。
破れかけた袖を引き千切ると、それは瞬く間に灰と化す。
マッチョ☆プリンが輝いた。
燦々と降る太陽と、魃の纏う紅蓮の業火。輝くプリンと隆起した筋肉。暑苦しいことこの上ないし、実際熱くてたまらない。
「温度ガ高過ギル、少シ冷ヤセ! 焼キプリン作リヲ甘ク見ルナァッ!」
「……面妖な」
迎え撃つべく、魃はくるりと身を回し火炎を纏った腕を掲げた。
その直後、魃の視界からマッチョ☆プリンが掻き消える。一瞬、魃は驚いたような顔をして……。
「オマエモ、一緒ニプリンダ!」
目の前に現れたのは黄色く震える魅惑の甘味。とりろと滴るカラメルが、上品な甘さにアクセントを添える。もっとも今は、炎に焼かれて焦げすぎているが。
プリンの放った拳撃は、正しく魃の胸部を捉えた。業火の軌跡を引きながら、魃は海へと吹き飛んだ。
「其方、一体何の妖……いえ、けれどその体力には目を見張るものがありますね」
プリンの身体には無数の焦げ痕。
火炎に焼かれ、魃の拳を受けながら、けれどプリンは立っていた。腰の位置で手首を握り、これでもかと胸筋を主張するそのポーズの名はサイド・チェスト。裂けたシャツが火炎に焼かれ灰と化す。
からの、ゆっくり魃に背を向け両の腕を折り曲げる。
そう、それはまさしくバック・ダブル・バイセップス。
熱波を避けて、アシェンは浜の端へと駆けた。
地面に膝を突き、ライフルを構える。静かに繰り返す呼吸。熱を孕んだ空気がアシェンの肺に充ちる。
「戦いたいっていうのなら……本気じゃないとダメだもの」
集中。
研ぎ澄まされた意識の中で、アシェンの視界が次第に狭く、そして明確になっていく。魃の振るう拳の動き。舞う火炎。燃える髪。隆起する筋肉。光るプリン。スローに流れる視界の中で、彼女は正しく魃の舞いに隙を見出す。
呼吸を止めた。指先に僅かな力を込めた。
音が遠ざかる。
喧噪を意識の外へと振り払う。無音の空間で火薬が爆ぜた。
螺旋を描き、空を疾る弾丸は1つ。
魃の左わき腹を弾丸が射貫く。
マッチョ☆プリンを一瞥し、魃は自身の脇を擦った。魃との格闘戦を繰り広げたマッチョ☆プリンは重症だ。けれど失われた体力を【パンドラ】で補い、立ち上がる。
そんなプリンの左右に並ぶ2人の男。ベネディクトとハロルドだ。
「あの距離から当てますか。よい腕ですね」
「貴女に比べて、我々は殆どの者が儚く、短い生涯を終えます。ですが、その様な俺達だからこそ、必死で技を磨くんですよ」
「えぇ、だからでしょうか。起きた時に居てくれると、嬉しいものがありますよ」
「さぁ、死合うとしようぜ! テメェに俺の翼十字が砕けるか!」
マッチョ☆プリンが地に沈む。
倒れたプリンの頭上を跳んで、ベネディクトとハロルドは同時に魃へ斬りかかる。
激しい戦闘。けれど終わりは近いだろう。魃もハロルドもベネディクトも血塗れだ。
「どちらも歴戦の武士ですか。技の冴えも凄まじい」
紫電を纏ったベネディクトの突きが魃の脇腹を裂いた。さらに、大上段から振り下ろされるハロルドの斬撃が、肩から胸を深く抉る。
【火炎無効】を持つハロルドは一気呵成に攻め立てる。魃との距離を一定に保ちながら、ハロルドは大上段から剣を落とした。
雷を纏った一撃。それは魃の腹部を裂いた。
カウンター気味に放たれた魃の拳がハロルドの腹部を撃ち抜く。血を吐き、よろめくハロルドはけれど獣のように笑った。
ベネディクトへ向かう魃の前に、傷だらけの身体を晒す。その身を盾とするように、彼は胸部で魃の拳を受け止めた。
「まだまだ……砕けねぇ!」
「あぁ、そしてこれで終いとしよう!」
ベネディクトの槍が纏うは黒い顎。放たれたそれは地面を抉り、熱波を喰らう。
「なんと……!」
驚嘆。
業火と顎は衝突し、衝撃波を撒き散らす。
拮抗はほんの一瞬。
そして、魃は顎に飲み込まれ、宙を舞って地に落ちた。
疲労困憊で座り込むイレギュラーズたちへ向け、魃はにこりと良い笑みを送る。
「実に実に楽しかったですよ。やはり、良いですね。宴に火事に喧嘩はまさに生の華」
と、そう言って魃はアシェンの作った料理をつまむ。
「満足してもらえたかしら? もしそうなら、素敵な物語になるのだわ」
「えぇ、とても。ご希望通り、私はそろそろ社に帰ることにします。残ったお料理は村の方へ……あぁ、お酒はすべて社に奉納してくださいまし」
なんて、言って。
焼け焦げた浜も、疲れ切ったイレギュラーズもその場に残し、魃は悠々と塒へ帰って行くのであった。
そんな魃の後ろ姿をアシェンは黙って見送っていた。
涼しい風が吹き抜ける。
夏もそろそろ終わりのようだ。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
魃様は宴と喧嘩を大いに楽しみ、社へと帰って行きました。
そろそろ夏も終わります。
漁村も暫くは問題なく存続できるでしょう。
依頼は成功となります。
この度のお話し、お楽しみいただけましたでしょうか。
お楽しみいただけたのなら幸いです。
また縁があれば別の依頼でお会いしましょう。
MVPは事前準備に会場設営から食材の調達、料理までを補ったハロルドさん。
GMコメント
●ミッション
魃様を鎮めて社に帰す
●ターゲット
・魃(妖)×1
隻眼隻腕の長身女性の姿をしている。
性格は苛烈にして気まぐれ、そして享楽的である。
ドレスと着物を併せたような独特の衣装を纏っているので、一目見ればそれが魃と分かるだろう。
戦闘、交渉、その他の方法を試してみるなど魃様を社に返す手段は複数ある。
※彼女が戦闘態勢に入ると、周囲の温度は上昇し炎が飛び交うようになる。半径10メートル内では僅かなダメージを受けるほか【火炎】のBSを受ける場合もある。
日照り神の舞:物近単に大ダメージ、火炎、業火
その身はまるで業火の化身。踊るように流麗に、けれど行使されるは暴力。
●フィールド
日照りに苦しむとある漁村。
魃様は社の側にいるようだ。
社がある場所は全部で4箇所。
・山の麓の黒い更地→焼け焦げた地面。障害物などはなく、視界は良好。
・森の中→木々が生い茂っている。陽光が遮られているため涼しい。
・浜→すぐ近くに海があるので、暑くなったら飛び込めます。
・海辺の洞窟→洞窟の奥。日陰かつ涼しいけれど、さほど広さがないため暴れづらい。
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