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シナリオ詳細

<巫蠱の劫>いんがめさん

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●万華鏡
 おさちや。これがいんがめさんだよ。
 ばあちゃんは押し入れの奥から、手のひら大の古い錦の袋物をだしてきた。そして私を膝に乗せ、袋を開けた。
 きれいね、ばあちゃん。
 そうだろうそうだろう。この寄木の箱のなかにね、いんがめさんがいらっしゃるんだよ。
 私の頭に、まるっこくて大きな、のんびりした亀の姿が湧きあがってきた。お昼寝が好きでいつも鼻提灯を膨らませている、そんな亀。
 ばあちゃんが死んだら、この箱はおさちが継ぐんだよ。
 やだい、やだい、そんなこと言わないで。かあちゃんはかけごとにくるってくびをくくった、とうちゃんはよっぱらってかわへおちた。もうさちにはばあちゃんしかいないのに。
 だからだよ、おさち。とうちゃんもかあちゃんもいんがめさんを大事にしなかったから報いを受けたんだ。ばあちゃんがこの年になっても手も足も腰もぴんしゃんとしておさちを養えるのは、いんがめさんがお守りくださっているからだよ。おさちにはかあちゃんたちのような轍は踏んでほしくないんだ。
 いいかいおさち、よくお聞き、いんがめさんは酒も煙草も賭け事もお嫌いだ。他人を妬んではいけない、そねんではいけない。いつも笑顔で、感謝の心を持ち、欲に惑わされず、真面目に一生懸命働くんだよ。そしたらいんがめさんは喜んで、おさちをいつまでも守ってくれるからね。

 ばあちゃんが旅立ったのは秋の、よく晴れた日だった。ぴんぴんころりとはよく言ったもので、私が朝ごはんを作って起こしに行くと、布団の中で静かに眠っていた。坊さんは大往生だよと慰めてくれた。私はばあちゃんが遺してくれた小金を胸に、高天京へ出た。
 そこで葉樺音様という貴族の下働きになった。毎日、日の出とともに起きてお屋敷の三か所にある水がめ全部に水をくみ入れ、飯炊きのおこうと板前の吉次郎の手伝いをする。吉次郎の包丁さばきは見事なもので、特に造りを任せると魚はたったいま水から上がったかのように目はぎょろり、尻尾はぴんとして、えらはぴくぴく動いている。おこうもおこうで飯を炊かせるとそれが何人、何十人分だろうが、いい塩梅にしあげてみせる。私は初めておこうの飯を口にしたとき、今まで自分が食べてきたのはなんだったのだと思ったくらいだ。
 飯の支度が終わると私は屋敷の庭の余計な草をむしってまわり、昼になるとまた吉次郎とおこうの手伝いをする。それから暗くなるまで屋敷中を掃除して夜の宴会に備える。葉樺音様は交友範囲が広く、宴を開かない日の方が少なかった。貴族や侍といっても、酔ってしまえばみな同じらしく、調子っぱずれな謡で盛り上がり、一句ひねっては容赦のないいじりをくらっている。酔いつぶれたお客様へうすものをかけ、散らかった広間を整えて回るのも私の仕事だ。よく酌もさせられるが、それ以上のことはされない。葉樺音様が、やんわりと止めて下さるからだ。牛車を呼び、お客を帰し、片付けを終える頃には日付が変わっている。くたくたに疲れた体で湯の番をしている佐茂じいへ礼を言って残り湯を使わせてもらい、煎餅布団へもぐりこみ、まばたきしたらもう朝だ。
 正直重労働だと思う。だけどこの年まで無病息災、大きな怪我も病もなく五体満足で毎日充実している。ばあちゃんが言ったとおり、いんがめさんがお守りくださっているのだ。本当は最初は葉樺音様のご息女がうらやましかった。あかぎれた自分の手と、白魚のような細い手を見比べてため息をついていた。そういう時は決まって、何か失敗をしてひどく叱られたり、大事な用事をすっぽかしたり、嫌なことが起こるのだった。きっといんがめさんが罰をお与えになったんだろう。だって、ある日たわむれに葉樺音様から和歌を教わった時、悟った。こりゃ無理だ。毎日こんなのの勉強なんてやってられない。案外ご息女もそうなのかも。教本を前に心ここにあらずとぼんやりしている姿をちょくちょく見かける。そう思ったらなんだか急に笑えてきて、私は仕事に専念するようになった。
 それからというもの、嫌なことはめったになくなった。今では頑固一徹な吉次郎やあれほど口やかましかったおこうにもなにくれと頼りにされている。門番の源兵衛なんかは時々飴や金平糖をくれる。それにはへたくそな字でこれまたへたくそな和歌が付いていて、私はそれを読むと心がぽわぽわするのだった。
 そんな具合で、私の毎日はとても忙しかったが、気のいい仲間といつもほがらかな葉樺音様の家族に見守られての暮らしは、楽しいものだった。高天京に、呪詛が広まるまでは。

●深夜
 このところ高天京では人を呪い殺すのが流行っている。これを言っている私自身、自分の言葉に眉へ唾をつけたくなるが、実態はもっと洒落にならない。亡霊のような妖が夜ごと高天京を走り回り、実際に死人が出ている。呪詛には呪詛返しだと息巻く連中も爆発的に増加している。誰が誰を呪っているのかすらわからない。皆疑心暗鬼になって、町人や農民までも呪詛に手を出していると聞く。
 葉樺音様もすっかり人が変わってしまわれた。門扉を閉ざし、あの明るさが嘘のように青白い顔でふさぎこんでおられて参内もされない。奥様やご息女は呪詛を怖がって布団から出ようともなさらない。外へ出れば呪詛の標的になると恐れていらっしゃるのだ。
 そしていつからだろうか。近所から野良猫が消え始めたのは。私がそれに気づいたのはお使いの途中に必ず立ち寄るお社が、妙に静かになっていたからだ。いつもなら2~3匹の猫がみゃあみゃあと鳴きながら餌をねだってくるのに。たまにはそんなこともあるだろうとのん気に構えていた私は、次の日も、その次の日も、境内が静かすぎることにやっと気づいた。気になってそれとなく探ると、あの猫もこの猫も姿を消していた。それに比例して、屋敷の中に甘くすえったような香りが漂うようになった。ごみ捨ても私の仕事だから知っている。これは、肉が、腐りゆく臭いだ。
 夜中、私は普段立ち入ることができない葉樺音様の書庫をそっとのぞいてみた。そして後悔した。そこには先祖から託された膨大な日記の代わりに、切り落とされた猫の首が並んでいたから。
「見たな」
 ひっと喉が鳴った。振り向いた先には髪を振り乱し、幽鬼のごとくなった葉樺音様がいらっしゃった。
「呪詛がくる、呪詛がくるでな、呪詛返しを先んじてするのだ、わしは家族を守らねばならぬ。これまで49匹の猫を斬った。あと50の首がいる。だがしかしおさちや」
 葉樺音様が目を光らせて唇を湿された。
「小耳にはさんだが、おぬしは犬神憑きの家系らしいのう」
「違います。いんがめさんです。犬神なんて知りません」
 口にだしてしまってから、私は墓穴を掘ったことに気づいた。葉樺音様は大きく顔をゆがませ真っ赤な口でお笑いになられた。
「そうかそうか、噂は本当だったか。おさち、おまえの首を刈らせてくれ。50でも余ろうぞ!」
 もはや私の知る葉樺音様ではなかった。目の前に立っているのは、見えない恐怖に怖気づき、呪詛に手を染めつつある男の姿だった。男は刀を振り上げた。
「いやっ!」
 私はとっさに両手を突き出し、がらあきだった男の胸を押した。男は無様にしりもちをつき、痛みに呻きながら書庫へ這いずっていく。通いなれた廊下を全速力で走り、そのまま私は屋敷から飛び出した。行くあてはない。だがとにかく今は逃げなければ、だって背後から、背後から、猫が! 青白い猫の生首が怨霊と化して追ってくるのだから! 私は唱えた。いつも肌身離さず懐へ入れていた錦の袋の中身へ。
「いんがめさん、いんがめさん、お守りください」
 息が切れて、足がもつれる。猫が鳴いている。背後で。みゃあみゃあと、飢えた声で。
 四つ辻に差し掛かった時、急に袖を引かれて私は転びそうになった。
「……しゃがんで」
 囁くような声が聞こえ、私はそのとおりにした。四つ辻に入り込んだ猫どもの怨霊は、霧へ迷い込んだようにうろうろしている。
「……狙われてるのね、あなた。応援を呼ぶわ」
 私は、私を助けてくれた相手をまじまじと見た。まず大きな蝶々結びが目に入った。その下に視線を下げると、細い手足の少女がいた。見たこともない鮮やかな色どりの、美しい絵本で顔を隠している。何をしているのか聞くと、目くらましをしているのだと返ってきた。
「応援? 誰を?」
「……神使と呼んだほうがいいかしら」
 神使! 彼らの噂は私も聞いていた。
「願ってもないわ。あなたは誰? 私はさち」
「……リリコ」
 リリコは絵本を降ろした。ガラス玉みたいな紫紺の瞳が舶来物の陶器の人形のようだった。
「……これを貸してあげる。合図したら走って、もっと広い四つ辻に出るまで。そこでこれで顔を隠してしゃがんで待っていて。できる?」
「できるわ。いんがめさんが私を守ってくれるもの」
 私は絵本を受け取る代わりに錦の袋を見せた。リリコは一瞬悲痛な顔をして、またすぐに元の人形の顔に戻った。
「……聞かせて。この呪詛は誰が放ったものなの」
「葉樺音様、私の御主人様」
「……あの猫たちを倒すと、今度はその人が襲われる。いわゆる呪詛返し。覚悟はいい?」
 それは……。逃げるのに必死で、そんなこと考えもしてなかった。けれど、そういえば、葉樺音様は家族のためだとおっしゃっていた。だったら、まだあのお心には理性の光が残っているのかもしれない。
「私は葉樺音様も助けてほしい。神使ならできるよね、きっと」
「……確約はできないけれど、努力してみる」
「私のことはともかく、あなたは大丈夫なの? この本、目くらましに使うんでしょ?」
「……もう一冊あるから」
 彼女は大きなバッグから分厚い図鑑を取り出した。
「……行って」
 左手に絵本、右手にいんがめさん、握りしめて握りこんで、私は走った。びゃうびゃうと猫が鳴く。怖くはなかった。私にはいんがめさんがついているのだ。四つ辻まで、あとすこし。

●ローレットにて

「オーダーは依頼人を守り、その主人を呪詛返しから救出すること」

『無口な雄弁』リリコ(p3n000096)はあなたを見つめた。大きなリボンが不安そうにさやさや揺れる。
「……準備ができたら、すぐ行ってあげて。目くらましは目くらましに過ぎない。それに」
 彼女は顔を伏せた。
「……あの人が持っていた、いんがめさんというもの。あれ、ただのお守り。何も『入って』ない」

GMコメント

みどりです。イワシの頭も信心(いわしをたべるな)。

やること
1)おキャット様相手に無双する
2)30以上のおキャット様を不殺攻撃で倒す
不殺攻撃で倒すと呪詛返しを防ぎ、おさちのご主人様を救うことができます。

●エネミー
怨霊・猫の首 大きさ1mほど ×49!
呪詛としてまだ成立しきってないので戦闘能力は低いです。火力高い人は一発で吹き飛ばせます。なので、気を付けないとやること2の達成が困難になります。戦闘が始まれば皆さんに夢中になり、おさちを放っておくことでしょう。
・噛みつき 神至単 呪い 致命
・鳴き声 神中単 呪い 麻痺
・自爆 HP0で使用 神自域 ダメージ 識別

●戦場
広い四つ辻
深夜 視界及びそれに伴うペナルティあり
足元ペナルティなし

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • <巫蠱の劫>いんがめさん完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年09月02日 22時20分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
武器商人(p3p001107)
闇之雲
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
ハロルド(p3p004465)
ウィツィロの守護者
散々・未散(p3p008200)
魔女の騎士
天之 雪(p3p008857)
叶わぬ願い
鬼灯 ハヅキ(p3p008869)
小鬼

リプレイ


 整備された道は思ったよりも走りやすい。
『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は自分の右目の涙袋をなぞり上げた。黄金の瞳から光の涙があふれるが、視界は問題ない。むしろ昼間のように明るいほどだ。魔眼の力を解放したレイチェルは、先頭に立って皆を指定された四つ辻まで案内していた。
「んー、呪詛騒ぎが多発してるな。こりゃ。何か嫌な予感と言うか……これ、狂気の伝播に似てる気がする」
「呪詛か……何故呪詛が発生したのか気になるが、原因究明の前におさちを護って猫たちを鎮めよう。急がなければ、おさちが猫に襲われるかもしれない」
『ハニーゴールドの温もり』ポテト=アークライト(p3p000294)が青い狩衣を舞わせながら走る。すべらかなハニーゴールドの髪はじゃがいもの花飾りで複雑に結いあげ、足元は薄絹のレースが揺れる。
「だな。気になる事は山積みだが、おさちの救出にまずは全力を尽くそうか」
 ポテトへ声をかけ、レイチェルはさらに後ろを振り返った。鎧を鳴らしながら『病魔を通さぬ翼十字』ハロルド(p3p004465)が突っ込んでくる。足取りは軽やか、表情は不敵そのものだ。
「俺に『無双しろ』ときたか。願ってもない。”魔”の存在を滅ぼすことこそ俺の本分だ。存分に暴れさせてもらおうか!」
 にたりと笑う顔は戦闘狂のそれ。心はすでに、いくさばへ飛んでいる。
 頭上の王冠のずれを直し『午睡』散々・未散(p3p008200)は腰の鳥かごへ手をやった。空っぽ――そう、あの子のそれも空っぽ。
「其の袋の中身が神の宿らぬ『空っぽ』なのでしたら、屹度、詰まって居るのは引き継いで来た者の思いなのでしょう」
 曰く、心身共に健やかであれ。人を妬むな。享楽に溺れることなく、堅実に働け。未散は思う。(まるで、言霊に寄る、一種の呪いの様でもあるのですけれどね)。積み重なった思いは経験譚か、それとも堪忍辛抱を閉じ込めるための錦か。ただ『善き事』などあるはずもないと孤独の王は思いをはせる。
 第三の目をぱちぱち瞬きしながら『叶わぬ願い』天之 雪(p3p008857)は腕を大きく振った。そのぶんだけ前へ出る力が強くなる。一刻も早くおさちのもとへたどり着きたい。だって……。
「いんがめさん、お守りにいなかったんですね……。じゃあおさちさんは何を頼りに生きてきたのでしょうか」
 暗視で暗い道は見通せる。だけども暗い未来は見通せない。雪はしぜんとうつむきそうになり、よくないと自分で自分の頬を叩いた。その迷いを吹き飛ばすように『小鬼』鬼灯 ハヅキ(p3p008869)が明るい声をあげる。
「本当に居るか居ないかじゃなくて、信じるか信じないかが大事なんだよ多分! けなげで信心深いおさちねーちゃんの頼み、御山の鬼のハヅキがいんがめさんに代わって叶えてあげるね! がんばるぞー!」
 跳ぶように前へ前へ。ハヅキは進む。橙の髪が、赤い角が、月の光を受けて凛と輝く。くりくりした緑の瞳は未来を見据えていた。大量の猫に囲まれている自分たちの姿だ。お互いに猛攻を仕掛ける断片を、ハヅキはしかと見た。いける、きっと。この戦は負けたりなんかしない。彼のまなこにはそう映っている。
「呪詛を掛けられたのに、その術者も救いたい……か。負の連鎖を断ち切ろうとするその優しさ、嫌いではないわ。そうと決まれば、その期待に応えないとね? 武器商人さん」
『翼片の残滓』アルテミア・フィルティス(p3p001981)は傍らをいく『闇之雲』武器商人(p3p001107)へ声をかけ、少し後悔した。そのモノは笑っていた。初めは低く、だんだん高く。風に乗って猫の鳴き声が聞こえてくる。一同が戦闘への緊張を高めるなか、武器商人だけがいつものペースだ。
「ああおかしい。今の高天京は呪詛の坩堝。最後に残る呪詛の蟲毒はなんだろねぇ?」
 飛び回る猫の首、青く尾を引きながら。
「苦しかろ。呪詛にすら成りきれない身は。おまえたちとて好きでそうなったわけじゃあるまい? 我(アタシ)たちの導きに従うがいいさ」
 四つ辻に立ち入った一行へ、猫の首がしゃあと鳴いた。

「おさち!」
「おさちさーん!」
「おさちねーちゃん!」
 ポテトが、雪が、ハヅキが、おさちを呼ぶ。だが四つ辻に溜まった怨霊の数が多すぎて、おさちがどこにいるのかわからない。
 暗視を持つハロルドをしてもおさちの姿を捕らえられないのだ。吠えくるい、奇妙な音を立てて飛び回る猫の首。その騒音のせいでこちらの声も届いてないだろう。届いたとしても、返事を聞き取るのもかなわないほど騒々しかった。
「猫が49も集まると姦しいことこのうえねぇ。ひとまずは壁になっているこいつらを破壊し、おさちを探す」
 戦いの高揚が体の芯をせりあがってくる。それが頂点まで達したところでハロルドは叫んだ。
「リーゼロット、力を貸せ!」
 ハロルドが聖剣を掲げた。金とも銀ともつかない光が聖剣の刃に満ち、一気にハロルドを包み込んだ。剣と同じ輝きに身を染めたハロルドは高く笑いながら猫の群れへ飛び込んでいく。
「ははははっ! 聖都神殿騎士ハロルド! ここに推参、ってなぁ! さぁ、死にたい奴からかかってこいよ! それともそんな脳みそはねぇか!?」
 襲い来る猫どもがハロルドを取り巻き一斉にかみついた。彼は大きく口を開けた猫の口内へ剣を叩きこんだ。
「呪詛ですらない低級霊が神殿騎士に傷をつけられるとでも思ってんのか? おめでてぇこった!」
 横へ切り裂くと同時にハロルドの周りに爆風が起きた。衝撃波に巻き込まれた怨霊がすっ飛んでいく。
「ぎにゃあっ!」
「ぐるあぁぁぁっ!」
 敵意と憎しみの怨嗟があがるもハロルドは頓着しない。
「おら、天国に逝きてぇ奴はどいつだ? 今なら聖なる光で浄化してやろうじゃねぇか! もっとも天国が実在すればの話だがなぁ!」
(あの人ちょっと怖いわ……)
 アルテミアは少しだけ肩をすくめると、よし、と気合を入れなおした。
 ロサ・サフィリスを抜き放ち、その華奢な刀身を一撫で。青い炎が刀身を包み、煌々と燃え盛る。さあ使ってくれとでも言うように。
「さて、まずは……!」
 手近な猫に接近し炎を振り下ろす。ぐしゃり、猫はボールか何かのように半ばまで潰れた。
「あ、ぎ、げあ」
「私の火力だと一発ならギリギリ耐えるみたいね、この猫。うっかり連撃しないように気をつけないと」
 くすりと笑って顎へ膝蹴り一発。猫は顎からひびが入り、そこから砕け散っていく。怨霊が完全に消滅すると細い光が天へ昇った。にゃーん、甘えたような声が耳に届く。
「昇天したのね、猫。首を落とされるのはつらかったでしょうね。辛くてたまらないうえに、使役までされてるのね。そんな思いはここで終わりよ!」
 刀身が再び青い炎をまとう。それは不死鳥のごとき業火となって閃いた。
「にゃぐっ!」
「げごああ!」
 巻き込まれた猫が怒りに任せてアルテミアへ襲い掛かる。
(しまった、これは数が多いわ!)
 全身にかみつかれたアルテミアは後方へ目をやった。そこではすさまじい勢いで首を蹴散らしているハロルドの姿があった。
「ハロルドさん!」
「応! 少し痛いが覚悟しろ!」
 視線が重なる、それで十分。ハロルドはアルテミアの元へ駆け付け、赫灼の衝撃波を叩きつけた。猫が次々と自爆し、塵になっていく。一緒になって吹き飛ばされたアルテミアは器用に空中で回転し、片膝をついて着地した。自爆の余韻で熱風が吹き付ける。
(訂正。頼りになる人、だわ)
「えいっ!」
 雪のドロップキックが炸裂した。弱っていた怨霊は耐えきれず消滅する。何かしら痛手を受けた猫の首は、どこかがへこんでいるのですぐにわかる。雪はそんな相手だけを狙って蹴りをいれる。地を走り抜け、反応に戸惑う猫の首相手にもう一度跳び蹴り。痛手を受け、かしゃんと、ガラスにも似た音を立てて崩壊していく怨霊。自爆をもろに受け、雪はぎりりと歯を噛んだ。昇っていく光が視界に映る。
「私の一撃一撃が、猫たちを成仏させるんですね。やる気が出てきました!」
 雪はアルテミアやハロルドが弱らせた相手を次から次へと天へ返してやった。
「地上ではつらいことばかりだったかもしれないけれど、それでもきっとうれしいことや楽しいこともあったはずです。それだけ抱いて昇っていきなさい」
 慈愛にあふれた雪の攻撃は、誰一人傷つけはしない。ただ穏やかに眠らせるだけ。
「そして天国の花園でゆっくり遊んだなら、また地上へ降りておいで。楽しい思い出をもっともっと増やすために!」
 忍びよった怨霊相手に回し蹴り。襲い来る猫の首へは地を蹴って飛び膝蹴り。
(おさちさんはどこなのでしょうか)
 それだけが気がかりだ。
 つと武器商人が右手を伸べた。人差し指に宿る黄金の輝き。そのままゆっくりと腕を開いていくと、光は指先を離れ、武器商人の周りを廻って金環へ変わる。同じように左手で銀輪を作り上げ、二種の惑星環に包まれた武器商人は怨霊のひしめく中へふらりと迷い込むように入っていった。
「あぶなっ、くない?」
「ええ、武器商人さまですから」
 ハヅキが目を丸くし、未散は心得顔でうなずく。猫どもの牙は結界にはじき返され、鳴き声は涼風のごとし。武器商人は悠々と歩き、怨霊のたまり場へ入り込むと両手をあげた。
「おいでおいで。どうしたんだい? べつに牙が砕けるわけじゃあるまい? 喉が潰されるわけじゃあるまい? 我(アタシ)はただここに在るだけだよ」
 だが言葉とは裏腹に武器商人を中心に影が広がっていく。キャハッ、キャハハッ。子どもじみた不吉な笑い声を伴って。猫の首は魅入られたように動きを止め、それから唸りをあげて武器商人へ襲い掛かった。ない頭のどこかで考えたのかもしれない。これを存在させてはならない、と。そこで引くのではなく向かっていくのが畜生のサガだろうか。
「ほら、今のうちだよ」
 武器商人が手招く。ハヅキが力強くうなずいた。
「まほろばの八雲たちぬる山の端の……なんだっけ、えーと、もういいや! 力よ、来い!」
 ハヅキの強烈な思念に誘われ、英霊が味方に付く。普段よりもさらに増した攻撃力。それでもって八雲は遠慮の欠片もない攻撃をお見舞いする。
「いざ! 戦鬼暴風陣!」
 舞うような足取り、ゆらめく啾鬼四郎片喰。大太刀の切っ先はゆるやかに回転し、次第に文字通りの暴風へ。ハヅキにとってあまりに巨大な大太刀は、しかしその怪力の前にひれ伏し彼の思うがままとなる。大太刀を操り百鬼を相手にすれど揺るがない信念、忘れない笑み。スタープレイヤーだけに許された矜持の証。いつもどんな時でも笑顔を、自身にできる最大のパフォーマンスを。
「観客が猫くらいしかいないってのはちょっと寂しいけど。冥土の土産って言葉もあるし、サイッコウのハヅキを目に焼き付けていけよ!」
 彼の立ち振る舞いは舞台でのそれ。まるでハヅキにだけスポットライトが当たっているかのよう。暴風に巻き込まれた怨霊は片端から粉微塵になっていく。どんどんどん。花火のように自爆する猫から、天へ昇っていく光を眺め、六根清浄と高らかに叫ぶ。
「在るべき場所へ帰れますように、調伏、調伏! どっこらしょー!」
 ずどどどどん! また花火が起きた。
 未散はその華奢な両手をまっすぐに前へ突き出した。光の玉が両手で生まれる。未散は腕を引き、自身を抱きしめた。取り残された光の玉は未散の斜め後方、肩の後ろへと回り込む。
「神の気の閃き、光となって地に満てよ」
 背後から光の弾丸がマシンガンのように射出される。未散はそれで武器商人が集めた群れを薙ぎ払った。
(――嗚呼、何と頼もしい。安心して撃てますよ。さあ迷い子が昇るまでもう一撃、というところ)
「ハヅキさま、前へ出すぎずとどめを刺したら移動で後退を……いえ、走り抜けるがあなたさまの定め、でしょうか」
 ふっとその薄い唇へ笑みをのせ、未散は謡いだした。
"そちらのお子さん、こちらへおいで
 あちらのお子さん、そちらへおいで
 こちらのお子さん、あらどちらへ?
 帰り道なんて"

"どこにもないの"

 その歌声の範囲は彼女の支配領域、仲間は勇気づけられ、新たな力を得る。
 忙しく動きまわる怨霊、だが未散の戦略眼がその動きを見抜いた。その隙間から、こんな闇夜に光輝く絵本がチラチラと。未散はまっすぐにそこを指差した。
「おさちさま! 神使の者です」
 絵本で顔を隠していた女が本を下ろす。目くらましがとけ、怨霊がおさちを襲った。
「あぶねぇ!」
 レイチェルがおさちをかばう。その肩に猫の牙がざっくりと。
「だ、大丈夫?!」
 真っ青になるおさちにレイチェルは笑ってみせた。
「いいってことよ。こう見えて丈夫なんだぜ。俺は。俺らが来たからにはもう大丈夫だ。ポテトのところまでアンタを連れて行く、危ねぇから余り前に出るンじゃねぇぞ?」
 猫の群れの中、絵本を胸に抱いたおさちの手を取り、彼女をかばいながらレイチェルは走った。
(俺は狼に化ける吸血鬼だ。おさちの『いんがめさん』が居ないなら、俺がその代わりを務めよう。――ここは四つ辻、辻道は犬神が生まれる場所。なら、力を貸してくれよ。いんがめさんも!)
 迫りくる牙を避け、耳をふさぐ鳴き声は気力で圧し、レイチェルは走る。走り続ける。手の中にある、たしかなぬくもりを噛みしめながら。
「ポテト! 回復は頼んだ! 俺は攻撃に入る!」
 未散へソリッドシナジーをかけなおしていたポテトがしっかりとうなずいた。
「安心しろ。私の誇りをかけて誰も屈したりなど……いいやパンドラすら使わせない。ヒーラー、それは私の為にある言葉だ」
「ははっ、頼もしいぜ!」
 右手を握りこんだレイチェルの頭へ広大なホワイトボードが展開される。そこへ勝利への方程式が書き込まれていく。レイチェルの体を闇が覆った。吸血鬼としての力を一部解放したのだ。
「……俺はおさちの主人がどんな奴か知らねぇが。おさちが助けたいなら元は悪い奴じゃねぇンだろう。なら、手を尽くすのみだなァ。夜は我が友、夜は我が領域。数多の怨霊だろうが這い寄る闇で呑み込んで見せようか!」
 攻撃、猫の自爆、攻撃、さらに自爆、だがレイチェルは引かない。もっとと言わんばかりに攻め立てていく。
「おさち、不安か?」
 ことほぎの祝詞を唱えながら、ポテトはおさちへものやわらかな微笑みを向けた。おさちは小さく、しかし確かに首を振った。
「正直なところ、もうダメだって思ってました。でも、こうして神使の方々を見ていると、さっきまで震えていたのが夢みたいです」
「そうか。ここにいれば自然と私の回復を受けることになるが……大丈夫だ。おさちには指一本触れさせない。ちゃんと護ってみせるから」
 言うなりポテトは凛とした表情で両手を祈りの形にした。おさちが頬を染めるほどの張り詰めた美しい表情。
「急くな、あぶくな、惑わされるな、危うしはすべて私が取り除く。何物も、何者も、私の前では平等。すべて精霊の加護を受けるモノ」
 カッ! ポテトの足元から光が発された。鋭い光が仲間の失調を拭い去り、戦う力を与えていく。
「見せてみろ、真骨頂。まだあるぞ、奥の手は。私は願う、勝利を。私は信じる、皆の無事を。真実、この心の奥底から湧き出る祈りをもって、皆を支える」
 天使の歌が響き渡る。
 四つ辻の怨霊は確実に数を減らしていった。


「おさち!」
「葉樺音様!」
 朝の光の中、門を開けておさちを待っていたのは誰であろう主人その人だった。
「わしは、わしはなんという愚かなことを……」
「いいえ、私はいいです。それより葉樺音様を助けてくださった神使の方々にお礼を言ってください」
 主人は土下座をして謝った、その真摯な様子に嘘はないようだった。が、ハロルドは彼の頭を軽く踏みつけた。
「猫の供養をしてやれ。二度と呪詛には手を出すな」
「はい!」
「この娘は我(アタシ)の守護下だ。妙な呪詛は通用しないよ。というか、そんなことをして破滅するくらいなら我(アタシ)たちに頼みなよ、ヒヒ」
「は、はい……」
 葉樺音は武器商人を恐れているようで顔を伏せたままだ。ポテトが葉樺音からいろいろと聞き取る。
「そうか……呪詛を恐れる心が呪詛を生み出したか」
「おさちねーちゃん」
「はい」
 ハヅキは預かっていた錦の袋をおさちへ返した。
「これとても素敵なものだから、これからも大事にしてあげてな」
「もちろん!」
「ええ、それを託した人の想いは『籠もっている』わ」
 アルテミアがまぶしい笑みを見せた。未散とレイチェル、雪は犠牲になった猫を庭に埋め、塚を立てた。ポテトがその周りに花を咲かせる。葉樺音家の者がぞろぞろと出てきて、塚へ供物を捧げる。さやさやと揺れる白い花に、もう恨みの面影はなかった。
「神使の皆さま、ありがとうございました」
 葉樺音が頭を下げると、皆そろって礼を言った。しかし葉樺音の顔色は優れない。
「自分のしたことを恥じていらっしゃるのですね。だけどおさちさんは、元の葉樺音様に戻ってほしいと言ってますよ」
「そうですが、呪詛を恐れる心地がなくなったわけでもないのです。しばらくは息をひそめて暮らすことにいたします」
 根の深いことだと未散はため息をつき、レイチェルは顎をつまむ。
(豊穣に何も起きなければいいんだが)

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

おつかれさまでした!
猫相手の無双はいかがでしたか。呪詛が渦巻く高天京、今後が気になりますね。

またのご利用をお待ちしております。

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