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シナリオ詳細

Morion

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●結晶の獣
 ──腹が減った。
 獣の本能を満たしたのは食欲などという生温いものではなく、飢餓だった。
 食わねば死んでしまう。喰わねば命を繋げない。ああ、ああ、腹が減った!
 ふと目の前に影がよぎる。視線というものを上げてみれば、そこには美味そうな『餌』がいた。
「●◎△♪¥&%×$?」
 何と言っているかわからない。けれども餌はなんとも美味しそうで。

 ばくり。

 赤が辺りを汚す。ビチャビチャとこぼれ落ちるそれごと肉と骨をごりごりと噛み砕いて嚥下する。
 ──腹が減った。
 獣の本能はまだそう叫んでいた。まだ飢えているこのままでは死んでしまう。生存本能が喰らえと叫ぶ。
 獣は獣であるが故に、本能に逆らわない。けれども獣が完全な獣ではなかったが故に、理性というものも多少は持ち合わせていた。
 美味しい餌を食べて仕舞えば、次もまた同じものが食べたくなる。例え途轍もない飢餓を多少我慢してでも、だ。
「Grrrr……」
 唸った獣はその四つ足で駆け始める。何処へだっていい。ここには先ほどのような餌がいないから、せめて同じようなモノがある場所へ。
 ともすればさらに人の寄り付かないような深い自然の中へ向かいかねない選択であったが、幸か不幸か獣は人里へ降りた。
 腹が減った、腹が減った、腹が減った。何でもいい、食べなければ。
 飢餓に苛まれた獣はそこらに居た、大して美味しくもなさそうな餌へ飛びかかった。鳴き声をあげるまでもなくソレは獣の牙にかかり、血を撒き散らす。
 ──美味しくない!
 獣は悟った。美味しくもないものを食べるのは苦痛であると。そして美味しくないものでは『腹も満たされない』のだ。
 あちこちで鳴き声が上がる。同種はこの辺りに沢山居たらしい。その中でも一際美味しそうな餌を見て、獣は唸り声をあげた。
 騒がしい鳴き声の中を駆け抜けて、獣はソレを屠った。先ほどの餌より柔らかい。それだけではなく、見立て通りに美味しかった。腹がほんの僅か満たされた。
 3人目を食べたことで、獣はようやく考えが至った。美味いのはこの餌ではない。この餌が持つ黒くてドロドロしたもの──獣にはまだそれに名をつけられなかったが──醜い憎悪の心こそが餌になるのだ。
 そしてこの黒くてドロドロしたものは広まっていくらしい、と獣は餌たちを見た。こちらを見る視線には他のものも混じっているが、獣が惹かれそうなドロドロを持ったモノもいる。先ほどまでは全く美味しそうに見えなかったのに、だ。

 ああ、ああ、ハラガヘッタ。

 空腹が獣を急かす。そうだ、食べなければ。飢えれば死ぬのだと本能が警告を鳴らしている。
「Grr……■■■■■──!!!」


●ローレット
「集まったね。早速だけれど時間がない」
 手短に説明すると『黒猫の』ショウ(p3n000005)が羊皮紙をテーブルに広げる。そこに記されているのは数々の惨殺事件だ。村ひとつなくなった、被害で学校が壊滅状態になった、その親御が殺された……人々が為すすべもなく命を屠られた事実がそこに文字として並んでいる。各地を転々としていたそれは、現在復興中の天義に潜伏しているそうだ。
「派遣された調査隊も喰われてね。辛うじて逃げ帰った男が報告書を持っていなければ、俺たちは未だにその実態を知らないままだっただろう」
 最も、その男はもはや1人で生きることすら困難な体となってしまったが。
 ショウは血で汚れた報告書に記載された個体名を読み上げる。黒水晶の獣、人々の怨嗟を身の内に秘めた【ネガ】という名を。
「恐らくは獣種(ブルーブラッド)だったのだろうけれど、今は黒い結晶でできた魔種だ。ローレットとしても放置することはできないね」
 魔種は滅びのアークを増大させる。冠位と呼ばれる2人の魔種を屠ったとて、その加速が止まるかと言えば怪しいところだ。
 調査隊の報告曰く、ネガはただ人を喰らっているわけではない。何かしらの──精神状態とか、感情とか──そのようなもので『食べたい人間』を特定しているようなのだ。獣の本能に従うように人を喰らい、微かな理性で好みの餌を探す。ただ食べるためだけに生きているネガは暴食の魔種と見て良いだろう。
「後から別動隊が調査した結果だと、率先して喰われた人は皆何かしらの恨みを持っていたようだよ」
 恨みつらみ、淀む怨嗟。それらがネガを引きつけるのかもしれないとショウは告げる。そういった者がいれば、ネガの引きつけ役としては適任であろうと。
「けれど、同時にこれ以上なく危険だ。これまでの犠牲者のように喰われる可能性もある。
 いいかい、俺たちは魔種を許すわけにはいかない。けれど君たちの無事をそれ以上に思っているんだ」
 どうか気をつけて、帰っておいで。ショウは至極真面目な表情でイレギュラーズへと告げた。

GMコメント

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。特にアクアさんは他参加者よりも高い可能性で起こり得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●成功条件
 ネガの撃破

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●ネガ
 暴食の魔種。黒結晶でできた獣。元はブルーブラッドと推測されますが、理性は殆ど無くなっています。自らの狂気を伝播させることで、自分に対して憎悪を抱かせています。
 憎悪の念を持つ者を率先して狙います。アクアさんが参加されるのならば確実に彼女が最初です。
 攻撃力と特殊抵抗が特に優れており、次いで命中。その他のステータスも低いとは言えません。【反】を持っています。

噛ミ殺シ:物超単:跳躍、対象の首を狙い牙を剥きます。【万能】【移】【必殺】
黒水晶ノ刃:神遠範:体表の黒い結晶を飛ばし、対象を攻撃します。【毒】【出血】【致命】

●フィールド
 天義の街です。時間帯は昼。目撃情報に駆けつけ、惨殺と捕食が行われている最中に到着します。
 天義騎士が住民たちの避難を行なっており、広く場所は開けられます。見晴らしよく、足場にも問題はありません。

●ご挨拶
 愁と申します。天義です。ハードです。
 死ぬ気で頑張って生きてください。
 どうぞよろしくお願い致します。

  • MorionLv:20以上完了
  • GM名
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年08月31日 22時00分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

R.R.(p3p000021)
破滅を滅ぼす者
コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子
イリス・アトラクトス(p3p000883)
光鱗の姫
ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)
白き寓話
ミルヴィ=カーソン(p3p005047)
剣閃飛鳥
アクア・フィーリス(p3p006784)
妖怪奈落落とし
ヴォルペ(p3p007135)
満月の緋狐
回言 世界(p3p007315)
狂言回し
桐神 きり(p3p007718)
リディア・T・レオンハート(p3p008325)
勇往邁進

リプレイ


 お腹が空いた。お腹が空いた。
 人々はこちらなど見向きもせずに過ぎていく。どんな黴菌をもっているかもわからない、汚らわしい子供など視界にも入れない。
 お腹が空いた。お腹が空いた。
 物乞いをしてもせいぜいカビたパンが一切れ。喰えば腹は壊すが、喰わねば命が消える。食べるから腹は更に空くし、やはり腹は壊す。
 お腹が空いた。お腹が空いた。
 とうとう動けなくなった。雨が降って、勝手に口の中へ溜まっていく。呑み込めば少し喉が潤った。嗚呼けれど、水だけで人は生きられない。
「……ら、が……」
 腹が減った。その言葉すら出せないほどに衰弱していた。獣の姿になれば体毛の色となる漆黒の髪は売るために伸ばしていたが、切って売るほどの力も残されていない。もう少し早めに決断すれば良かったか。いいや、もう手遅れだ。
 お腹が空いた。何でもいい。お腹が空いた。お腹が空いた。何でもいい、食わせろ、食わせろ、食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ食わせろ──。



「いやー、よくある討伐依頼と思いきや……今回は相当ヤバそうですね?」
 天義首都へ空中神殿から転移し、さらに急ぎの移動だからと馬車へ乗り込んだイレギュラーズ。桐神 きり(p3p007718)は持たせてもらった依頼書を眺めながら呟く。
 人を喰らい続け、その身に怨嗟を秘めた暴食の魔種『ネガ』。ほとんど獣のようなそれに対話は少なくとも望めまい。平和的解決ができようはずもなく、魔種という存在自体を許しがたいローレットからすればどんな過程を辿ったとて殺害以外の道は残されない。
(だからこそ、ウチが引くわけにはいかないですね)
 馬車の外へ視線をやれば、とっくに首都は抜けており。もうしばらくもすれば件の魔種と相対することになるだろう。それを感じたのか、『勇往邁進』リディア・T・レオンハート(p3p008325)は彼女の隣で小さく体を震わせた。
「い、いけませんね。武者震いなんて」
 リディアはぎゅっと目を瞑り、持ち込んでいた飴を口の中へ放り込む。動きがスムーズになると言う噂の健康食品はフルーティな味を彼女の口腔へ満たした。そのせいだろうか? ほんの少し、武者震いが小さくなった気がして。
(大丈夫。私には仲間がいます)
 瞳を開ければ、真面目な表情で現場へ到着するのを待つ者たちがいる。彼らと共に、互いの長所を生かしていければ、きっと。
「──魔種の気配」
 『儚花姫』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)は馬車の小窓から外を見る。気のせいだろうか。いいや、向かっていく先に重苦しい嫌な雰囲気を感じる。冠位魔種まではいかなくとも、非常に強力な気配だ。
(墜ちてしまった以上、解放する手立てはひとつしかない……)
 そう。これから相対する獣も、『あの子』も一緒。ヴァイスはあの後ろ姿を脳裏に思い浮かべて瞳を伏せた。
 やがて馬車が止まり、これ以上進むことはできないと御者が告げる。外へ出て見れば多くの人々が町の門へ押し寄せているのが見えた。馬車が通る隙間などないと言うのに、中からは荷物ごと逃げようとした家族連れなどが馬車で詰め寄せ、ごった返しているらしい。
「足で行こう」
 『鬨の声』コラバポス 夏子(p3p000808)の言葉に一同は頷く。人の波に逆らって、縫うように進んでいくしかない。
(全く、尋常ならざるとはこの事か……)
 まだ事件現場をみたわけではないが、この混乱具合である程度は察せよう。夏子は小さくため息を吐く。この分だと天義騎士も骨が折れるに違いない。
 進んでいけばやがて、必死に避難誘導をする騎士たちの声が聞こえてくる。そしてターゲットにされた──食われた者の悲鳴も。
「落ち着いて! 押し合わずに進んでください!」
「入り口は何をしているんだ!? 早くしないと──」
「キャアアァァァ!!!」
 その悲鳴を皮切りにその周囲がどよめく。また犠牲が増えたのだろう。夏子は苦虫を噛みつぶしたような顔をする。
(にしても魔種ってのはマジさぁ……永遠に我々が嫌がる事のみをするよな)
 嫌がらせのプロなのだろうか。とても喜ばしくないのだが、そうとしか思えない。
 天義騎士が必死に避難を促すも虚しく、広場を脱しようとした人々は次々に食われて朱を散らす。せめてもの救いは喰らっている間はネガも他のターゲットを襲わないということだろうか。わずかな時間ではあるが、そこに人々の逃げる時間がある。
「ばかみたいに沢山殺しやがって……!」
 『Ende-r-Kindheit』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)は飛び散った朱に眦を吊り上げ、人々の波を逆らっていく。早くしなければ。死ななくていい者まで死んでしまう。
 そして──イレギュラーズはようやく、戦場へと躍り出た。



 たくさんの食べ物がそこにある。どれだろう。美味しそうなモノ。美味しくなれ、美味しくなれ。
『○×ΔΠН*◎!!』
『■■■■ー!!』
 食べ物が何かを叫んでいる。わからない。分かる必要も無い。そんな考えに至る前に『腹が減った』。
 ばくり。びちゃびちゃ。ごりごりごり。
 また何かを叫んでいる。それを発する食べ物は、嗚呼、美味しそうだ。
 がぶり。ごくごく。むしゃむしゃ。
 段々叫びが増えていく。美味しそう、美味しそう。どれから食べようかなんて考えない。片っ端から全部食べてしまおう。

 嗚呼、そうとも。だって、『腹が減った』のだから。



 広場は凄惨な状態だった。至る所に血だまりができ、手やら足やらの欠片が転がっている。ぐに、と何かを踏んだと思えば魔種の食い損ねた指だ。
「なるほど、見るからに厄介そうだ」
 『貧乏籤』回言 世界(p3p007315)は感情を封じ、目の前で人を屠るネガを見据える。魔種と本格的に相対するのは初めてだが、気を抜くことが出来ない相手であることはこの現状だけで十分理解した。
「狂気なんて受けてみろ、ゲンコツを飛ばすから皆とちったりするんじゃないぞ」
 視線を滑らせれば世界の言葉を聞いた一同は頷く。最も、その視線はいずれもネガへ向けられていたが。『破滅を滅ぼすもの』R.R.(p3p000021)の体に纏う包帯は完全に焼け落ち、その原因であるかのように肉体が赤熱化している。しかしその瞳は憎悪を押し殺さんとしていた。
(落ち着け)
 憎悪を抱いてはならない。あまりにも簡単に乗せられ過ぎている。まるで良いように『操られている』ようではないか。見れば避難する天義民も促す天義騎士も、幾人かは憎しみの籠った瞳でネガを睨みつけている。
 黒結晶の魔種は今しがた屠った人間を喰い終わると、そのうちの1人に飛び掛かった。同時に夏子が動き、その手に握った軽槍を振るう。
「その人を返せぇーっ!」
 魔種の体に当たったそれは、瞬間火花が炸裂する。竹を割ったような爆音と光に、しかしネガは標的を咥えたまま飛びのいた。
 ぐしゃり。
 ネガの口元でそんな音がして、もがいていた人の腕がぶらんと落ちる。そのまま呑み込んでいったネガは口をガチン! と閉じ、ほんの少し外に出ていた足首の先が地面を転がった。その視線がイレギュラーズへ向けられ──『闇と炎』アクア・フィーリス(p3p006784)の元で止まる。彼女はネガを見つめたまま小さく「どうして?」と呟いた。
(誰が、何をしたって、言うの……?)
 見ているだけで嫌な気分になる獣。天義の民と言えば神に従順な者であり、思考の偏りはあれど善的な人々が多い。悪いことなど何もしていないはずだ。そんな者たちが被捕食者となり、命を絶たれなければならない謂れなどない。
 どうして。
 どうして。
 どうして、どうして、どうして。
(どうして? どうして……!?)
 理解など出来ようはずもなく。只々ネガに対して酷く心が揺れ動いてざわつく。理性が封じ込めていた蓋がカタカタと揺れ動いてずれて──溢れ出すのは憎悪。
 瞬間、アクアの体を漆黒の炎が包んだ。熱など感じない、何も燃やしはしない、ただ具現化されただけの炎。その燃える様は彼女の苦悶にも聞こえたが、本人には聞こえていないようで。
 聞こえていないだけではない。彼女の瞳は何も考えていなかった。理性が憎悪に埋め尽くされてしまったかのように、瞳はその一色に染まってしまっている。
 その唇が、不意に動いて。
「……来てよ。今度はキミの存在ごと、わたしが、喰う番だよ」
 アクアの言葉に反応してか。ネガがアクアの元まで一直線に襲い掛かる。しかし『光鱗の姫』イリス・アトラクトス(p3p000883)が間に滑り込んで彼女を庇った。
「……っ」
 完璧なまでの防御。だと言うのに、最低限として与えられるダメージすら重い。こんなものを一般人が喰らえば文字通りひとたまりもないだろう。
(わかりやすく見えて、その実かなりの偏食個体。今、アクアさんを狙ったのは……)
「──”恨み”かい?」
 考えるイリスの先を読んだかのように『満月の緋狐』ヴォルペ(p3p007135)が言葉を口にする。黒結晶で出来た体を強かに叩けば、その一部がパキリと小さな音を立ててひび割れた。直後その後方でルインのマスケット銃が呪われた魔弾をたたき出す。
「命と心を喰い散らかすテメェの存在は、到底許されるものではない……破滅よ、滅びを知れ!」
 より鋭く。より硬く。研ぎ澄ませた弾丸は的確にネガへ向かって飛んでいく。流れるようにミルヴィの剣舞が舞うとその足を傷つけた。
「──アンタが持っているのは、本当の憎悪なんかじゃない」
 ミルヴィが味わった憎悪はそんなものではなかった。故に、この獣が持つのは一過性のニセモノなのだとミルヴィは断じる。
「そんなもの持てるだけ、よっぽどマシって事を教えてあげる!!!!」
 荒ぶる剣舞がネガの後ろ脚を重点的に狙う。その反対側からヴァイスは暗黒物質を基とした2振りの武器を構え、ひと思いに迫った。
(やはり、アクアさんをここまで狙うのは……)
 ヴァイスの視線は狙われ、イリスに庇われるアクアへ。溢れんばかりな漆黒の炎はむくむくと形を変えて行っているように見える。
(……恨み、いいえ、憎悪?)
 確実に相手の力を削いでいきながら、間髪入れずヴァイスは自らの可能性を纏いもう一撃。その唇が小さく「憎悪」と動く。
 ヴァイスは人形だ。人ではない。この体を構築するものも無機質で、近寄れば人形であるのだとわかる。人としての生活に憧れをもって今こうして動いているけれど、やっぱり人にはなり切れない。
 だから、もしかしたら──ヴァイスの感じている『感情』と、人の感じる『感情』は違うのかもしれない、なんて。
(比べようもないものを考えても仕方ないわ)
 小さく頭を振り、ヴァイスは再び得物を振るう。その視界ではアクアの握るノクターナルミザレアがキラリと光を反射させていた。
「……憎い」
 アクアの瞳はそこにいる者を捉えながらも、どこか空虚であった。戦略として動きは躊躇いがなくとも、そこに理性らしき心はなかった。

 世界が憎い。
 どうして理不尽が溢れるのか。
 運命が憎い。
 どうしてこのような事が起こらなければならないのか。
 全部を殺したい。
 なくなってしまえば、これ以上消えずに済むでしょう。

(でも、その前に)
 キミだ──と、2撃の異なった攻撃を加えるアクア。度重なる攻撃に少しずつ動きを鈍らせていたネガはその攻撃をモロに食らうが、それでも余裕を見せるのは流石魔種と言うべきか。けれども立ち上がるのならば動かなくなるまで砕けば良いのだとアクアは近づく。自らが餌にされていることなど百も承知、転じればアクアが狙われている限り他が狙われることはない。
 併せて動いたイリスを支えるように、世界の放つ刹那の栄光が煌めく。続いてきりの治癒魔術が。感情を無にして距離を取る世界に対し、きりはそもそもそんな感情などないと断じる。
(憎悪に限らず、魔種の目を惹くほどの強い感情なんて持ち合わせてないですからねー)
 自分が狙われるならば、ここにいる誰もが死んだ時だろう。そう思うほどに自身の感情と言うものは強くない。もしかしたら他人から自身へ──恨まれるとか──ならあるかもしれないが。
 リディアは盾役から付かず離れず、されど標的となっているアクアから程よい位置を保ちながらより安定した一撃を放つ。多少威力が落ちようとも、まず当たらなければ意味がない。堅実に攻めながらも、その視線は勢いで押していくアクアへ寄せられていた。
「……憎悪、ですか」
 漆黒の炎を彼女は知覚しているのだろうが、ならばその『音』は聞こえているのだろうか。いいや、聞こえていそうにない。そこまで呑まれてしまうほどの憎悪を彼女は身の内に飼っているのだろうか。
(今一度、心に刻んでおきましょう)
 憎悪に呑まれてはならない。それはこの作戦のためではなく、己が剣の為に。
「っち……!」
「イリスちゃん、代わるよ」
 心強い回復支援があれど、相手は魔種。庇う者がいる以上避ける訳にもいかない攻撃に素早くヴォルペがイリスと盾役を交代する。視線を上げれば食欲に塗れた獣の目が合った。その様子に夏子は彼へタンクを任せ、民衆へ声を上げる。
「余計な事考えないで逃げる逃げる逃げる!」
 夏子の言葉を受けた民衆ははっとして、騎士たちに促されるまま逃げていく。これでいきなり標的が変わったとしても犠牲を出す可能性は減らせるはずだ。
(恨み、か)
 ヴォルペは他者にそのような感情を抱かぬよう『出来ている』。故に、そのような感情を狙う指針としているのであれば彼は最も標的から外れるだろう。けれど作戦としてはそういうわけにもいかない。
(そうだね……『俺』は『俺』を決して許さないだろうね)
 もしも、あるとするならば。そんな想像と共に、ありったけの負の感情を乗せて。
「──さあ、おにーさんと遊ぼうか!」

 イレギュラーズの猛攻が続く中、世界は視線を巡らせる。
(魔種は新たな技を使わないか。逃走しないか。標的を避難している人たちに変えないか)
 ネガだけでなく魔種と言う生き物は未知数だ。狂気を伝播させ、時として反転させることは知識として知っているが、その他の能力や性質は個人に依存するところが大きい。暴食の獣が次に何をしでかすか、少しでも予想すべきだろう。
 その間も世界は味方の回復を行い、併せてきりがミリアドハーモニクスでヴォルペの傷を癒す。すかさず出される策戦指揮は味方の士気を押し上げる一助だ。
(連携が乱れるとマズイですからね)
 普段の依頼ならばここまで綿密に立てないだろうが、今回ばかりは魔種案件だ。きりは味方に狂気の伝播を受けている者がいないかと注意深く観察する。その傍ら、全力で攻撃を叩きつける仲間たちがいた。
「もう腹が満ちることは無いよ」
 星の名を冠した盾で攻める夏子。これ以上の犠牲など出させはしない。ミルヴィの剣舞へかぶせるようにヴァイスのラ・レーテが執拗な攻撃で少しずつネガの力を削いでいった。少しずつかけていく破片にネガはむずがるような動作をする。
「……! 皆、頭上だ!」
 世界の声と同時、ネガの体表にあった結晶が飛び上がり、アクアを中心として降り注ぐ。崩れ落ちそうな痛みの中、されど諦めてなるものかという運命力の煌めきが軌跡を残す。幾人かの出血がひどく、きりは咄嗟に治癒光陣を展開した。結晶から逃れていたイリスはその防御技術を攻勢へ転じ、同様に逃れていたリディアはその身に戦乙女の加護を纏い、蒼煌剣を振りかぶる。
(魔種相手に、手加減なんてしてられません……!)
 誰もが同じ気持ちだろう。だからこそ皆全力で戦い、支援し、回復する。きりによる行動力の支援があるからこそリディアは気にせず力を振るえるのだ。
「はは、楽しくなってきた!」
 頭上からの範囲攻撃は庇いきれないまでも、ネガからアクア単体への攻撃は全て受けるヴォルペ。どれだけ防御に優れた彼であっても疲弊は避けられないが、この痛みこそ生きている証。護っている証拠。そう思えば愉悦すら浮かんでくる。
(重症になろうが倒れようが、護りきれたら勝ちなんだ)
 護るべき存在がいる限りヴォルペは立ち続ける。それ以上もそれ以下もありはしない。身を挺する彼の行動を無駄にせんと、アクアは守り抜きの圧倒的攻勢で攻め立てていた。一撃、二撃。その直後にルインの憎悪を極力押し殺したファントムチェイサーが飛ぶ。
「ヴォルっぺ」
「ああ、もう終わり?」
 夏子の声に残念そうなのは気のせいか。ヴォルペは盾役を夏子とバトンタッチする。夏子はネガとアクアの間に立ちはだかり、その瞳を睨み据えた。
「どう? そろそろ飢餓も限界過ぎて楽になってきたんじゃない」
 その言葉を理解しているのか否か。アクアへ噛みつかんとしたネガの牙を夏子は受ける。背後から視線を感じたが、夏子は小さく笑ってみせた。その瞳に憎悪以外のものがなくとも、少しは視線に留まったのだから安心材料くらいやらなければ。
「君が倒れて僕が元気……そりゃダメでしょ」
 だって君は女性だから。
 だって僕は男性だから。
 ここで先に倒させなんてしたら──男が廃るってもんだ!
 ネガの体はボロボロで、しかしそれでも魔種は暴れまわる。ヴァイスは苛立ったように声を荒げた。
「全く、もう……暴れないでちょうだい!」
 手負いの獣は手がつけられないとは良く言ったもので、アクアを噛み殺してやると言わんばかりに射抜き、それが中々叶わず折れかけた結晶を飛ばして周りごと辺り散らす。ヴァイスの声など通じないかのようだ。
 それでも、ここで屈するわけにはいかない。胸元に忍ばせた気力のハーブが高揚と共に死を遠ざける。
「貴方自身は誰かを憎んでいるの? それとも……それすらも忘れてしまったのかしら」
 イリスの防御攻勢が強かにネガを打つが、その問いに応えはない。答えるための言葉すら忘れてしまったか。
「燃えるような憎悪なんて一過性だよ! 本当の憎悪は諦めなんだ、何やっても無駄、変わらない」
 ミルヴィは花吹雪のような剣舞を相手へ叩きつける。パキパキと周囲の結晶がひび割れていく音がした。
「終わり……もう、消えて!!」
 夏子がよろめき、イリスが変わろうとした瞬間。アクアの剣がネガの大きく開いた口元に突き立てられる。それでも尚身じろぎ、結晶を降らせた敵へアクアは憎悪の炎をたぎらせて。
「あともう一押しだ、滅べ──破滅!」
 ルインの放った悪意がネガへ押し込まれ、たたらを踏んだネガが傷ついた後ろ足で踏ん張ることもできずよろめく。
「トドメです、ラ・ピュセル!」
 リディアの声と共に鋭く放たれた戦乙女の力は、再起を許さず魔種の命を屠っていった。



 それは悪夢の終わりでもあっただろう。天義の人々は歓声を上げ、感謝を述べ、神に祈りを捧げる。ルインは小さく息をつくと、未だ走るノイズはないかと耳を澄ませた。小さく起こるものはいくつかあるが、見ればすぐさま天義騎士が動いている。イレギュラーズが動かずともなんとかなるだろう。
「いやー、おにーさん楽しかったなあ」
 血まみれのヴォルペはそれでもからりと笑い、失血が過ぎたのかその場へ倒れるように座り込む。嗚呼、楽しかったけど疲れた。
「さて、静かに眠らせてやるかい?」
「死者には弔いが必要だろう」
 ヴォルペの言葉にルインは周囲を囲む天義の民と同じように弔意を示す。広場はイレギュラーズだけでない、無数の血で真っ赤に染まっていた。彼らを非難するわけではないが、必然的に犠牲は多かった。
(せめてこの手が及ぶ限りは破滅に抗おう)
 この先も犠牲を払わずして物事は上手くいかないだろう。けれども尽力することで減らすことはできるはずだ、と。
「魔種は──……」
 問うまでもなかったか、とヴォルペは口を噤む。そこには倒してもなお攻撃を止めないアクアの姿があった。漆黒の炎が形作った異形の手は、アクアの意のままに対象を引き裂いていく。

(頭が動かない)
 もうコレが動かないことは見えているのに。
(体が勝手に動く)
 コレがもう止まったというのに。

 それでも足りないのだとアクアの体は勝手に異形の腕を振り、ネガ『だったもの』を破壊していく。天義の民が悪辣なる魔種の消えていく姿にむしろ祈りを捧げる姿勢は正しい感覚を持つモノならば違和感を感じただろう。けれども天義の思想を理解する者ならば同じ思いを抱いただろう。
 誰もそんな存在、残骸すら見たくない。知らぬ者も親しい者も屠り、食らった世界の敵はその一片までも消えてしまえと。この天義にそんな汚点は欲しくないのだと。
 天義の思想など理解もしていないが、アクアはネガが粉々になるまで腕を振るい続けた。黒い結晶が更に砕かれ、砂のように小さくなってしまうまで──それこそ、一片すらも残さないまでに。原型を全く留めなくなって、アクアはようやく止まった。もう体が勝手に動くこともなく、脳は只々疲労を訴え続けている。
「……つかれた」
 座り込んだアクアは、その手に小さくなった黒の破片が付いたことに気付く。それへ視線を向けると、破片はさらりと砂のように崩れ去って落ちてしまった。

 大量惨殺事件の起こった広場は暫く使い物にならないだろう。人々の記憶にも鮮烈に焼き付いたこの情景は、いくらかの間この場所から人を遠ざけるに違いない。
 それでも時間は過ぎていき、復興もまた進んでいく。人の歩みは止まらない。経過すれば風化して、そのうち薄れていってしまうのだろう。憎悪を喰らう獣の存在など──誰も記憶に、残さない。

成否

成功

MVP

回言 世界(p3p007315)
狂言回し

状態異常

コラバポス 夏子(p3p000808)[重傷]
八百屋の息子
イリス・アトラクトス(p3p000883)[重傷]
光鱗の姫
アクア・フィーリス(p3p006784)[重傷]
妖怪奈落落とし
ヴォルペ(p3p007135)[重傷]
満月の緋狐

あとがき

 お疲れさまでした、イレギュラーズ。
 ネガは執拗にアクアさんを狙っていたようですが、皆さんの連携によりそれは叶いませんでした。最期までネガは腹を空かせていたことでしょう。

 それでは、またのご縁がございましたらよろしくお願い致します。

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