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シナリオ詳細

再現性東京2010:シンデレラ迷宮

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●シンデレラの階段
 その階段は今はほとんど使われていない旧校舎にあった。
 その階段は出会った者を恋に落とすという伝説があった。

 近代建築の粋を集めた荘厳な校舎も、今は耐震性などの様々な問題により新校舎へと学園機能を移行。
 今は倉庫代わりに行き来するばかりだが、今なお生きた伝説だけは学生達に伝えられている。

 4階建ての旧校舎の上下階を繋ぐ階段は、踊り場を広く取った「コ」の字型。
 木製の手すりは優美な曲線を描き、親柱も小柱も凝った彫刻が施されている。
 踊り場の縦長の窓からは夕陽が差し込み、恋に夢中な若者達を照らしていた。

 時にそれは高等部からの編入学で未だ学園に馴染めぬ男子学生と、幼稚舎からいながら周囲から浮いている女子学生の、身を寄せ合うような恋であった。
 また保健室の校医と身体の弱い女子学生の、ベッドを取り巻くカーテンの中で繰り広げられる一線を越えるに越えられない禁断の恋でもあった。
 また若い情熱持て余して暴力で訴えるけれど、渇いた心までは決して潤し切れない男子学生同士のぶつけ合うような激しい恋もあっただろう。

 階段はいつでも恋を生んでは見守り続けている。
 やがて時が過ぎ、卒業と同時に去っていくその日まで。

●旧校舎の階段
「下から上ってきた者と上から下りて来た者が放課後の階段ですれ違い、双方が同時に振り返ると恋に落ちるというね、そんな言い伝えが昔からあるんだよ」

 学園の教師にして新聞局の顧問である【新聞屋】アレックス=ロイド=ウェーバー (p3n000143)は懐かしそうに垂れた眦を細めた。
 何故その相手と恋に落ちるのか誰にも分からない。
 振り返らなければ恋に落ちることもないはずなのに。
 何故かその時だけは思わず振り返ってしまうのだと。

「これは夜妖<ヨル>の仕業なんじゃないかと思うんだ」

 夜妖<ヨル>と言うのは《練達》に作られた再現性東京(アデプト・トーキョー)2010街にはびこる怪異のこと。
 その怪異を退けるのがイレギュラーズに与えられた任務だが、時として害の少ない怪異はすぐに駆除せず、解き明かすことのみを依頼されることもある。
 今回はこの怪異がしばらく放置して良い物か否かを見極めるために、誰かに実際に怪異を体験して貰おうというのが依頼の主旨。
 イレギュラーズ達はこの希望ヶ浜学園の学生となって怪異に挑むことになる。

「ただね、これまでの体験者の話から、幾つか法則性は見つかっている。これは僕の噂の信憑性をエピデンスの強さから見極めるギフト、《フェイク・ニュース》によって白に近い情報と出ている」

 アレックスは指を一本立てると説明を始める。

 1つに。
 学生同士、あるいは学生と教師。必ず「学生の恋」が主題となる。つまり成人している人も今回は学生になりきって挑む必要がある。
 2つに。
 自分の中にある恋愛観、恋愛経験、恋愛願望が元になっている可能性が高い。大人が参加した場合には10代の頃のことが再現されるかもしれない。
 3つに。
 キスなどの恋愛行為に及んでも、それは現実の物ではなく白昼夢である。ただしお互いにその記憶は覚えている。

「実は可愛い女の子を侍らせたいなんて願望や、親友に彼氏を奪われましたなんてトラウマが赤裸々に表に出るかもしれないから覚悟して挑んで欲しい。それと大人数で参加したらどうなるか……これは今のところ誰も試してないから分からない」

 全員がその記憶を共有するのか、それとも恋に落ちた相手とだけ思い出を共有するのか。
 いずれにせよ実験台となって深層心理を抉られてくれと、言わばスケープゴートになれと言っているようなものだ。

「その階段はシンデレラ階段と呼ばれていて恋の迷宮を彷徨うようなものさ。だけど抜け出せない迷宮、醒めない夢はないんだよ」

 だから行っておいで。

 アレックスは向こうに見える夕陽さす廊下の向こうにある階段を指差し、イレギュラーズ達は老いも若きも10代の高校生となり、既に希望ヶ浜学園の制服を纏っていた。
 旧校舎なんてものが存在するのか、何故アレックスだけは教師なのか、誰も疑わぬままに。

GMコメント

 このシナリオは《練達》にある再現性東京2010街にある希望ヶ浜学園を舞台とした、「ifの世界」テイストの強いシナリオです。
 プレイングに書いて欲しいことも従来の依頼のような事件解決のための手段ではなく、貴方のPCの設定を書いていただく形となります。
 またGMのアドリブが炸裂というよりそれしかない感じになりますため、ご参加の際は私にとう書かれても構わないという覚悟完了の上で起こしください。

●舞台
再現性東京2010街にある希望ヶ浜学園、そこにあるほとんど使われていない【旧校舎】が主な舞台となります。
旧校舎の中は教室、職員室、音楽室、体育館、屋上、図書館など、およそ高校にある施設があるものとします。

●プレイングに書いて欲しいこと
本文にありますように、貴方のPCは【希望ヶ浜学園高等部の学生】として描かれます。
ミドルエイジのPCも、ローティーンのPCも、概ね15~18歳の高校生の姿となります。
また、この年頃に抱いていた【恋愛への憧れ】や、この年頃に経験した【恋愛のトラウマ】が無意識に反映されます。
そのため、①と②の2つの事柄を織り込んでプレイングを作成してくださると嬉しいです。
書かれていなかったり、判断に迷ったら私の方で良きように采配します。

①希望ヶ浜学園高等部の学生としての設定
学年、部活、得意教科、制服、家族構成などをこ自由に。

②恋愛観
恋愛への憧れや恋愛のトラウマの他に、性嗜好、恋に落ちるならこんな人というのもあるとなお良いです。

人にプレイングを読まれるのが恥ずかしいという場合や、設定書き足りない場合にはEXプレイングをご活用ください。

●情報精度
このシナリオの情報精度はB-です。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、謎もあります。
PLは不測の事態を覚悟して下さい。

●WARNING
このリプレイでのあれこれは現実ではありません。
但し覚えていますし、何とも思っていなかったはずの相手とキスや壁ドンなどの恋愛行為に及ぶこともあります。
逆に成人誌ばりのエロスを期待されますと肩すかしを食うかもしれません。描写出来るのは少年誌の範疇です。

「八島さん抱いて!」って言ってくれる懐の広い皆様のご参加を心よりお待ちしております。

  • 再現性東京2010:シンデレラ迷宮完了
  • GM名八島礼
  • 種別EX
  • 難易度EASY
  • 冒険終了日時2020年08月30日 22時10分
  • 参加人数10/10人
  • 相談9日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)
虹色
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
ラクリマ・イース(p3p004247)
白き歌
錫蘭 ルフナ(p3p004350)
澱の森の仔
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
チェルシー・ミストルフィン(p3p007243)
トリックコントローラー
ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)
薄明を見る者
アエク(p3p008220)
物語喰い人
マギー・クレスト(p3p008373)
マジカルプリンス☆マギー
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切

リプレイ

●序・スポットライト
 旧校舎の階段で出会った男女が、すれ違い、同時に振り返る。
 それが恋の始まりというのなら、これは一種のお見合いのようなものではないだろうか。
 すれ違った相手が気に入れば振り返り、気に入らなければ振り返らなければいいだけだから。

 だから伝説などさほど信じてはいなかったけれど。
 心の何処かに残る期待が、二人を惹かれ合わせる。

「よりによってカイト殿とはな」
「は?」
「知らないのか? 此処はシンデレラの階段と呼ばれているらしい。すれ違い、振り向きあった二人を恋に落とすらしいぞ」

 『筋肉最強説』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)は、そう説明して下り掛けた階段を再び上り始めた。
 この階段を通るとき、一瞬だけ振り返って己の運命とやらを試してきた。
 だけど今まで一度たりと振り返る者はおろか、すれ違いさえしなかった。
 自分に恋なぞ無縁と諦め掛けていたが、諦めなければいつか叶うものらしい。

「そんな噂話信じてたのかよ」
「いけないか?」
「もっとドライな女かと思ってた」
「我ながら乙女に過ぎるとは思うが、これでも女だ。運命の人だとか熱烈な恋だとかには憧れたりもするさ」

 成熟した肉体は女としての色香に溢れ、男の欲情をそそらずにはいられない。
 だが長いスカートに丈の短いセーラーのスケバンスタイルが鎧となり、恋に憧れる乙女心を獣の牙から守っていた。
 見た目だけで近づく男、下心を隠しもしない男を返り討ちにしたのは一度や二度ではすまない。

「女が好きなのかと思ってた」
「可愛いと思うのと恋愛対象とは別だ」
「じゃあ俺がその相手って訳か」
「さあな。だが興味はある。何故振り返った?」
「いいライトだなって思って」

 『雨夜の惨劇』カイト(p3p007128)もまた踊り場まで戻り、縦長のクラシックな窓から差し込む光の上に立つ。
 それは言葉通りスポットライト。踊り場は二人の恋物語のステージだ。

「そう言えばカイト殿は演劇部だったな。旧校舎で練習か?」
「ああ、部活じゃ他の連中に合わせないといけないから、独りで集中したいときには此処に来て練習してる。そう言うアンタはなんだよ……、…………モクか?」
「見た目で判断するな!」

 不良っぽいのはただのファッション。煙草など吸ったことも、吸おうと思ったこともない。
 こう見えてもブレンダは、メイドを雇える程には金持ちのお嬢様なのである。
 手にした竹刀を面の構えから振り下ろすと、寸前でカイトの手がブレンダの手首を捕らえる。

「ば、馬鹿ッ、離せ!」
「離したら撲たれるだろ」
「お前が人を見た目で判断するからだろうが」
「悪かったって。見た目なんて中身と違って当たり前、それは役者の俺自身がよく知ってるはずなのにな」

 カイトがブレンダを離してその手をひらりと振る。
 ブレンダは彼の手の感触の残る手首に触れながら、立ち去る彼を踊り場から見下ろした。

●序・西の風
 歌が聞こえる。
 何かを願うように切なく、何かに焦がれるように狂おしく。

 『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は、旧校舎の木製の机に腰を掛け、楽譜も伴奏もないまま歌う彼を見た。

 ゼフィラは知らない。こんなに聞く者の心を強く揺さぶり起こす歌声を。
 彼を知りたいと思った。白い薔薇の下にどんな感情が秘しているのかを。

 ゼフィラの視線に気付いたか。それとも偶然にか。
 夕陽を浴びて金髪を輝かせるその人は、彼女が佇む廊下へと顔を向ける。

 息が止まりそうだった。
 やはり運命なのだと思った。

 階段ですれ違い二人同時に振り返った時も、今こうして歌声に導かれて此処に辿り着いた時も。
 ゼフィラは教室に足を踏み入れると、白い薔薇の人へと問いかける。

「ラクリマ先輩は部活?」
「これが部活に見えますか?」
「でも先輩は声楽部だろう? 個人レッスンとかさ。先輩は飛び抜けて上手いから他の連中とは一緒に練習したがらないって聞いたけど」
「そんな噂が出回ってるんですか……ただのサボリです。でも今日は何か歌いたい気分でしたので此処に来ました。此処なら人目を気にすることもなく、思いのまま歌えますから」

 学園一と噂される美声の持ち主、『冷たい薔薇』ラクリマ・イース(p3p004247)の物言いは、何処か人を突き放すかのようだった。
 同級生達が仲良くなりたいけど近づけないと言っていたのも分かる気がする。
 凜として美しいけれど、気高さゆえに見えない棘を纏っているように思えた。

 なのにどうしてだろう、ゼフィラは少しも嫌ではなかった。
 自分だけが今この棘に触れていると、興奮さえ覚えた程に。

「もう少し聞いていっていい? 邪魔はしないから」
「いいですよ。ご自由に」

 いつもなら邪魔して悪かったと言って教室を出ただろう。
 だけどゼフィラはもっと彼の歌を聞きたくて、もっと彼の歌う姿を見ていたかった。
 ラクリマもまた彼女が何者で、何故再び自分の前に現れたのかを知りたいと思った。

 二人が初めて出会ったのは、一ヶ月前、旧校舎に向かう階段の途中。
 踊り場の窓から差す西日が彼女の金髪を鮮やかなオレンジ色に見せ、太陽が地上に下りてきたかのように見えた。
 恋に落ちるという伝説を信じた訳ではない。
 だけど彼女が何者でも心は既に囚われていた。

 人に干渉されるのを厭い、群れるのを好まぬ彼が、部活でもないのに旧校舎に歌いに来る。
 愛しい人を想う恋の歌は、もう一度彼女と会いたいがための誘い水。

「君は何故ここへ?」
「私も部活……なんだけど、音楽性の違いってやつかな。私はもっと派手にぶちかまして自分達で曲も作りたいんだけど、みんなは他のバンドのコピーやってる方が楽しいみたいでさ」
「バンド……ということは、軽音部?」
「うん。私はギター」
「いいですね、君の演奏も聴いてみたいです」
「じゃあ今度ギター持ってくる。伴奏してやるよ」
「約束ですよ?」

 どうして誰かと待ち合わせる気になったのだろう。
 どうして誰かに『約束』などと口にしたのだろう。
 親友を失ってからずっと、ラクリマはもう誰かと一緒のことなどないと思っていたのに。

「貴方の名前は?」
「私はゼフィラ。黎明院・ゼフィラ」
「黎明、ですか。でも貴方は朝というより夕暮れです。ゼフィラは西の風ですから」

 西に沈む太陽、西から吹く風。

「そんな風に言った人は先輩が初めてだよ」

 そう言ってはにかんだ笑みを見せる彼女は、過ぎ去りし時の彼方にいる親友に似て見えた。

●序・夕づゝの星
 少女達にとって制服はドレスのようなもの。
 可愛いと評判の学園の制服に、高等部に入学したらこれを着るのだと胸を躍らせた。
 セーラーとブレザーどちらにするかとか、スカートの丈は膝上何センチにするとか。
 クラスメイト達はそんな話を楽しげにしていたけれど、いざ自分が着てみるとおとぎ話のシンデレラになった気がした。

 『小さな決意』マギー・クレスト(p3p008373)は中等部の頃、男子と同じズボンを穿いていた。
 男子と違うのはその丈が膝までのハーフパンツだった事。
 女の子に見られたくなくて男装するけれど、女の子であることの未練がそうさせた。
 だけど高等部ではそうは行かなくて、他の女子と同じようにスカートを穿いている。

 階下から男の声がした時、スカートの中を仰ぎ見られぬよう咄嗟にスカートの裾を引っ張った。

「わっ、わわわわ!」
「マギー君! ちょっ!?」

 体勢を崩して足を踏み外す。
 助けに駆け上がる男諸共に落下して、気付けば彼を敷いていた。

 それは自分を乗せてもなお余りある大きな体。
 それは痩せて見えても背広の下には硬い筋肉。
 自分の知らない男の肉体を意識して、馬乗りとなった自分に気付く。

「ご、ごめんなさい! すぐ退けます!」

 名家の令嬢らしからぬはしたなさに頬を染めても後の祭。
 脳震盪でも起こしたか、ややあってから男は瞼を擡げる。

「びっくりしたよ……マギー君、無事?」
「はい、無事です。でもアレックス先生が……うぅ、ごめんなさい……」
「いや、いいよ。急に呼び止めたのはこっちだからね。見かけたから声かけてみただけなんだ。驚かせてゴメン」

 情け無さそうに侘びながら学園の教師はマギーから漸く腕を離す。
 互いに気まずさや恥ずかしさを抱えながら起き上がると、身を繕い直して踊り場で向き合った。

「旧校舎に用事かい?」
「はい、今から屋上に行くつもりでした」
「屋上? 何しに?」
「金星を見に。屋上から西の空見ると、建物が邪魔にならなくてよく見えるんです。ご存じですか、宵の明星?」
「知ってるよ。『夕筒』とも言うよね」

 そう言って男は国語の教師らしく和歌を口ずさんだ。

「日暮るれば、山の端出づる、夕づゝの、星とは見れど、はるけきやなぞ」
「どう言う意味ですか?」
「自分で調べてごらん」
「じゃあこれで」
「おっと、せっかくだからaPhoneを使わずに辞書や辞典を使ってみるといい」

 取り出そうとしたスマホを押し戻すと、男はマギーを残して先に階段を上る。
 途中振り返ったその人は、一番星よりも輝いて見えた。

●序・愛しい汚点
 階段を上るときはいつも、これから行くのだと気持ちが高まる。
 階段を下りるときはいつも、これから帰るのだと心が落ち着く。
 行ったり来たり、上がったり下がったり。
 階段には期待と安堵とが入り交じる。

「探していたわ……あなたの様な素敵な人を!」

 『魅惑の魔剣』チェルシー・ミストルフィン(p3p007243)はすれ違った相手が逃げぬよう、シャツの袖を握って捕まえる。

 放課後、部活の後に旧校舎に来ては、すれ違い、振り返り合った相手と恋に落ちるという階段を試した。
 運命の悪戯でも愛の奇跡でもなく。恋をしたい相手同士のお見合いの場として。
 チェルシーはすれ違うたびに振り返ったが、これまでチェルシーを振り返った者はない。
 唯一、褐色の肌に春花の薄紅の髪と、萌え出づる若葉をした少年以外は。

「君、誰?」
「私はチェルシー。はじめまして、私の王子様。今日から私が君のシンデレラよ」
「は? 何言ってるのかさっぱり分からないね。離してくれないかな? 僕は忘れ物を取りに行きたいんだけど」

 『猫派』錫蘭 ルフナ(p3p004350)は、ただ物置代わりにしている旧校舎の教室に戻ろうとしただけ。
 振り返ったのは偶然で、伝説のことなどこれっぽっちも思い出さなかったし、信じてもいなかった。

「ふふ、そんな風にすげなくされると、かえってゾクゾクしちゃう。殿方は少しくらいワルな方が恋は燃え上がるのよね」
「そう、じゃあさようなら」
「待って、私も付いていくから。書道部の物置に行けばいいのよね?」
「何で書道部だと……」
「乙女の直感よ」
「乙女の……」
「嘘よ。顔に墨が付いてるんだもの。すぐ分かったわ」

 チェルシーは袖から手を離すと、ルフナの顎の先の黒い点を指でなぞった。
 墨を付けたままだったのが恥ずかしいのか、それとも女の子に触れられるのに感じたか。
 ルフナは赤くなりながら声を荒げる。

「そういうの、早く言ってよね!」
「ふふ、可愛い人。ツンデレなところもいいわ。でも急にグイグイ来られたって迷惑でしょう? 何事も段階というのは大事だわ。だから君を知りたいし、君にも少しづつ私を知って欲しいの」

 チェルシーはハンカチを取り出すと指先に付いた墨を拭う。

「ハンカチ、汚れるだろ」
「構わないわ。洗わずに今日の記念にするの」
「……じゃあ買って返す」

 汚れたハンカチを大事にポケットにしまいこむチェルシーに、ルフナは仕方ない風を装った。

●序・ヴンダー・カンマー
 片腕のない骨格標本に、埃を被った剥製。
 シーツのない古びたベッドに、文字の褪せたラベルの硝子瓶。
 夕陽の差し込むそこはまるで時を忘れた博物館のようで、奇妙なもので溢れていた。

「おや、また来たのかい? 部活サボってもいいのかな?」
「帰宅部だから」
「委員会は?」
「委員やるほど暇じゃない。フリースタイルエクストリーム帰宅部だからな。『掃除』に忙しいんだ」

 『新たな可能性』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は旧校舎の保健室を訪れると、座面のスポンジがはみ出た丸椅子を引いて座り、いつものように制服のボタンを外し始める。

 遠い異国からやって来た留学生の彼は、親類の家に居候している。
 同居が居心地悪いとか、学園に居場所がないとか、そんな理由はないけれど。
 友達がいないとか、教室で浮いているとか、そんなこともないけれど。
 学園のいずれにも所属しないのは、既に別の何かに帰属しているからに過ぎない。

 箱庭のような閉鎖的かつ狂信的な教団。
 その一人であるという事実は、はだけた胸に付いた薄い刃傷が物語っている。

「ふむ。毒を受けたね? 『捻れた一翼の蛇』の加護がなければ今頃壊死しているところだよ」

 白く長い髪に目を覆う黒い布。
 少年特有の痩せて無駄のない体に指を滑らすイシュミルという保健医は、アーマデルの保護者にして管理者、同居人であった。

「じゃあ問題ない?」
「さあ? よく調べてみないと。如何に私が医神と呼ばれるものの眷族の末裔でも万能ではないからね。よく調べて次は同じ毒にやられないよう強化した方がいいだろう?」

 イシュミルの指は聴診器のようにアーマデルの褐色の胸を隅々なぞった。
 時折くすぐったさに吐息に交えて声が漏れる。
 小さい頃も事あるごとに調べられては施術を受けてきたが、あの日から検診は秘技へと変わった。
 あの日、あの階段で、すれ違い、振り向き会い、そのまま此処に連れ込まれた日から。

『さすがに向こうでは保健医以上のことは出来ないからね。旧校舎のほうを実験室にしているから一緒に来るといい。診てあげよう』

 死そのものにも見えるイシュミルの白い髪は、黄昏の色に染まっていつもとは違う人に見えた。

 昼の新校舎では保健医と学生だった。
 夜のマンションでは保護者と被保護者だ。
 希望ケ浜に来る前は研究者と被験者だったけど、夕のこの旧校舎ではその何れでもない。

「なあ、先生」
「なんだね?」
「俺は成長しているのかな?」
「そうだね、確かめてみないと。さあ今度は下も脱いで」

 言われるがまま纏った皮を脱ぎ捨てる。
 聞き分けのよいふりをした少年の衣を。

●序・人形の恋
 夕暮れ時はわずかな時間なのに、オルゴォルのようにゆっくり時は流れる。
 それは昼と夕の狭間、永遠の箱の中に閉じ込められた青春の煌めきなのか。

 『儚花姫』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)はその人と先日階段ですれ違った。
 男か女かも分からぬその美しい人を見たとき、時が止まったかのように思えた。
 長い白銀の髪に釦を外した胸元から覗くのは白く輝く貴石。
 夜の世界から迎えに来た月神のようだとヴァイスは思った。

 あれは誰だろう。すれ違い、ハッとして振り返り見ただけなのに、何故だか無性に気になった。
 これは恋だろう。すれ違い、振り返り合えば恋に落ちるという階段で、伝説通りに運命を感じた。

「あ、あの、何をなさっているの? あなたはどなた?」

 探検のつもりで自分は旧校舎に足を踏み入れたけど、その人はきっと旧校舎に用があるから此処に来たのだろう。
 だから旧校舎を探せば再びあの人に会えるかもしれない。
 会えたなら伝説は本当だと信じてみてもいいかもしれない。

「我は登録なき書物を漁りにきた。よもや盗人と思って問うているのではあるまいな? 我はアエク。図書委員長をしている者である」
「あ、違うよ、泥棒と勘違いした訳じゃなくて、純粋に興味と言うか、知りたかっただけなの」
「そう、ならいい。時に我を知らぬとは一年生だな? そなたの名は?」
「ヴァイスだよ。ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド」
「『白』か。そなたにふさわしい」

 『情報食い』アエク(p3p008220)と名乗ったその人は、書誌登録されぬまま旧校舎の図書室に置き去りにされた書物から目を離すと、ヴァイスの白い髪を見つめて言った。
 ブレザーにスカートを身に着けているが、釦を空けたシャツから覗く膨らみは胸元に埋まる石だけで、乳房らしき丘陵は見受けられない。
 中性的な美女なのか、それとも女装の美男子なのか。
 古風で尊大な話し方は、不明瞭な性別に拍車をかけてその人を神秘的に見せていた。

 だけど男でも女でも、神でも人でも構わない。
 もっとこの人を知りたい、芽生えた恋を育みたい。

「アエク先輩は本が好きなんだね」
「正確には本と言っても『もつ』、書物の『もつ』、中身たる情報だけだ。側にはさして興味がない」

 その言葉を聞いたとき、ヴァイスの心に何故だかチクリと刺す物があった。

「先輩は中身のないものはお嫌い? 例えば人の心のない人形とか」
「人形に心がないと誰が決めたのか。人形にも大切に愛されれば心が芽生えることもあろう? 言わば日記帳のようなものである」

 アエクは人形を既に本としては完成しているけれど中身は何も書かれていない日記帳に喩えた。
 嬉しいことも悲しいこともこれから少しづつたくさん知って書き込んで行くのだと。

「そう、なら良かった」

 ヴァイスが気にする理由、それは己が人形であるということ。
 父によって作られ、子の無い母に我が子のように大事にされ、いつしか心を得て人になった人形──それがヴァイス。

「またここに来てもいい? 先輩に色々教えて欲しいな」
「よかろう。我もまたそなたを知りたいと願う。人形のように無垢なそなたを此処に来させた理由と、此処でそなたを待つ我の理由を」

 アエクもまた知ることを望み、二人は共に恋の花を育みはじめた。

●破・二重奏
 彼女の指がピックを摘まみ、ギターの弦を弾く。
 アンプを通さずに奏でるフルアコースティック・ギターの豊かな音の拡がりは、彼の怜悧で神秘的な声質に暖かさと彩りを与えてくれる。

 一人で歌うラクリマと旧校舎の教室で再会したその日から、二人は放課後に此処を訪れて歌と演奏を合わせるようになっていた。
 何時とは決めぬ約束と、拘束しない関係が心地良かった。

「ゼフィラの指は魔法のような音を紡ぎますよね」
「でも私の指、本当は機械なんだ。義肢ってやつ。足もそう。だから上手いとしたら機械のせいだ」
「例え機械でも、音色には弾く人の心が表れるものです」
「それじゃ先輩の歌が暖かなのも先輩の心がそうだからだな」
「俺の歌が? そんなこと言ったの、亡くなった友人とゼフィラだけです」

 ラクリマの胸に中等部の頃の思い出が過ぎる。
 放課後の教室に親友と二人居残って共に歌った。
 だけどラクリマを庇って親友は死んでしまった。

 全国から多数の信者を集める教団の教主の息子に生まれ、跡取りとなるべく育てられたラクリマの、唯一心を許せる相手だった。
 あれからどんな何を歌おうが楽しいとは思えなくなっていた冷え切った心を、暖めてくれたとしたら一学年下の彼女なのだろう。
 ラクリマはそっと生身の体に似せたゼフィラの手を取ると、その血の通わぬ冷たい指を握ってぬくもりを伝える。

「俺の歌が暖かいのだとしたら、ゼフィラのおかげでしょう」
「そ、それはきっとラクリマ先輩のせいです」

 ゼフィラは早まる鼓動、熱くなる体を感じてラクリマを意識する。
 彼女もまた古より続く名家の出であり、学園生活は猶予であった。
 生来体が弱く生まれた彼女の、死ぬまでの猶予。
 あるいは生まれながらに婚約者を持つ彼女の、結婚するまでの猶予。

「私、長く生きられないんだ。それに許嫁がいる」

 そのことをゼフィラは受け入れて生きてきたつもりだった。
 自分には選ぶ自由など与えられないものと諦めてきた。
 だけど心の奥底で一度でいいから夢を見たいと願っていたのかもしれない。
 だからこの胸の高鳴りは恋に恋焦がれているだけ、男子と親しくするのに慣れていないだけと心に言い聞かせようとしたけれど。

「俺も父上の跡を継げと言われています。だけど俺はただ諾々と従う気にはなれません。ゼフィラは親の言いなりでいいのですか? 長く生きられないのなら尚更好きに生きたいとは思わないのですか?」
「私だって! 私だって自由に生きたい。恋だってしてみたい。死にたくなんてないよ!」
「だったら」

 声を荒げた彼女の弾んだ息は、彼が殺した。
 それはこの生から逃れられないと言う彼女を殺し、生きたいと願う彼女に命を分け与えるようでもあった。
 強引に重ねた口唇から唾液と共に流し込まれる生気は、彼女の知らない何かを目覚めさせ、機械の四肢をも奮わせた。

 ラクリマの指が彼女の眦から涙を掬う。
 左右の色を違えた瞳には彼だけが映る。

「……私、目も片方偽物なんだ。だから涙なんて出ないはずなのに……」
「俺も右目がありません。眼帯の下は空洞です。でも涙は出るものなんじゃないですか? だから泣かないで、俺がいます」
「これはきっと嬉しいからだ。たとえ夢でも嬉しいから」
「夢じゃありません。俺がゼフィラを死なせない。俺はもう大事な人を死なせないって誓ったんです」

 ラクリマはゼフィラの片腕に抱かれたギターを奪うと、もう一度力づけるように口唇を重ねる。

「私は先輩の空っぽを埋めてあげられる? 先輩の歌う歌が明るく楽しいものであるように暖めてあげられるのか?」

 ゼフィラがラクリマの背に腕を回す。
 舌を絡めて伝え合い、流し込んで互いの内の空虚な部分を埋め合った。

●破・レプリカ
 階段で別れたとき、確かに彼女は頬を染めていた。
 金髪で黒いマスクをして、如何にもスケバンかレディースみたいなのに。
 存外可愛いところもあるのだなと思ったら、何故だか彼女が気になり始めた。

「なあ、何故いつもバイザーをしているんだ?」

 旧校舎の音楽室で芝居の練習をするカイトにブレンダが尋ねる。

 彼女とは時折放課後に此処で会うようになった。
 音楽室に置かれた古いピアノが目当てで、あの日も弾きに来ていたのだという。
 昼の教室では女子に人気の反面、近寄りがたい雰囲気を醸していた彼女も、二人きりで会って話せば案外普通。
 だけどピアノを嗜む程度にはやはりお嬢様なのだと思う。
 自分のようなあぶれ者とは違う、愛されて育ったのだと。

 だから気になることがあれば躊躇わず踏み込んでくる。

「これか? 単なる格好付け。意味なんてねえよ」
「そうなのか? てっきり光に弱いとか、何かあるのかと思った」
「まあ、当たらずも遠からず、だな」

 目を覆うバイザーを使うようになったのは何時からだろう。
 気付くとそれは外せないものになっていて、トレードマークになっていた。

「役者だから。なんかこう、人と距離をとって人間の有り様を俯瞰して観察したいって言うか」

 それは自分と他人を隔てる壁。
 それは本心を隠したい心の壁。

 クラスの中に入るときもそうやって壁を作り、陽気な皮肉屋という『役者』で居続けた。

「目からビームでも出るのかと思った」
「まさか」
「私がそうだから」

 ブレンタが前髪を掻き上げ隠れた左目を晒して見せる。
 黄金の瞳には六芒の紋様が描かれていた。

「一族の戦闘の記憶、その記録を式として此処に写してある。この瞳に魅入られたものは下僕となる。ゆえに身を守る術のつや1つや2つ嗜んでいるという訳。私に近づく男は私の体か、コレが目当てだろう」

 フレンダは自嘲気味に笑うと前髪を戻す。

「違う。そんなヤツばかりじゃねえよ」
「何が違うんだ?」
「俺はアンタをそんなつもりで見てないってことだ」

 本当の自分を見て欲しい。
 彼女の心がそう叫んでいるのをカイトは気が付いた。カイトだから気が付いた。

「アンタは本当の自分を見てくれる相手を望んでる。俺もそうだ。俺の親父は有名な大手劇団の座長で、愛人の子の俺のことは認知もしてくれなかった。だから才能を受け継いでいると、血は繋がっていると、見せつけることでしか認めてもらえねえってな、ずっと思ってたんだ」
「今は違うのか?」
「お前を見てて分かった。霧島を名乗れなくても構わねえ。アンタは俺を見ててくれるんだろ?」
「ああ、お前を見ている。お前を見ていたいし、知りたい」

 踏み込まれたくない。踏み込まれるのは怖い。
 だけど自分から誰にも話したことのないことを話してしまっていた。
 彼女になら踏み込まれてもいい、そう思うくらいには。

「バイザーを外したらどうだ? バイザー越しじゃないカイト殿が見たい」
「それならアンタもその口のマスク外せよ」
「ああ、このままじゃお互い口付けることも出来ないからな」

 ピアノの椅子に腰掛けた彼女の前に立つと、マスクを外した彼女ほを見つめる。
 その瞳は夕陽に輝き、カイトの姿だけを映している。
 これが、この瞳に映る自分が本当の自分だとカイトには思えた。

 自分を優秀な腹違いの兄のコピーでも、偉大な父親の模倣でもなく、カイトという誰でもない一人の男なのだと。

「アンタは強いな」

 口唇を触れ合わせる前に彼が呟く。

「命短し恋せよ乙女と言うからな。私の一族は運命の相手を見つけたら生涯ただ一人を愛するんだ」

 誇らしげに言って彼女が口唇を啄む。

「それが俺か?」
「そうだ。私の待ち人は君だった」

 触れては離れ、言葉を紡ぎ、息を継ぐ。
 バイザーもなく、前髪もなく、瞼の幕を下ろして互いを感じ合う。

「本当の俺を見ていてくれ、ブレンダ」

 口唇を重ね、身を重ねれば影もまた一つに縺れた。

●破・愛の花
 恋が種なら愛は花。
 夕暮れに芽生えた恋ならば、何色の花を咲かすのだろう。

 『果ての迷宮』で発見された秘宝種は、ロステク……すにわち失われた古代の技術により生成された人造人間である。
 人形と違うのは生命の核となるコアを持つということと、人間としての魂と知性を持っているということ。
 だけど知識はあれど感情と一致するかは各個体ごとに異なり、データの集積と経験によるラーニングが物を言う。

 ゆえにアエクは知りたかった。
 書物に描かれる恋や愛と言うものはどんなものなのか。
 新しい『もつ』に触れた時と同じように高揚するものなのか。
 それとも理解出来ない『もつ』を前に足掻くのと似ているのか。

 恋を知り、愛を感じさせてくれるのなら誰でもよかった。
 だけどこれまで近づいてくる誰かはアエクの心に種を植えようとしても、育たぬことを悟って去っていった。
 唯一旧校舎の階段ですれ違った少女だけが、自分も恋か何か分からないからと、一緒に知っていけばいいと、そう言って彼の元を去らずに会いに来てくれた。

「ヴァイスは園芸部なのであろう? 花の世話はいいのか?」
「夕方は水やりだけでいいの。土いじりは朝早く来てしてるから。それに愛は花のようなもので、芽生えたならきちんと水をやり、育んでいかないと駄目だってお母様が言ってたよ」
「愛は花、か」
「そう、大切に育てれば美しい花となってやがて実を結ぶのだと」
「我とそなたの間に花が咲いても、次の種となる子は生まれぬであろう?」
「確かに私は人形で、アエク先輩は秘宝種だから子を身籠もったりはしないかも。でも私のお父様とお母様がそうであるように、愛し合っていれば子となる魂が何物かに宿るかも」
「確かに昔話には子の無い夫婦が子を拾ったり、魂を得た物を子とする話がある。ふむ、それでは我とそなたも愛し合えばいずれ子を授かることもあろうか」

 旧校舎に置き捨てられた書物の埃を払いながら、二人は愛を育んだ末の話をしていた。
 肉欲を持たぬ二人らしい穏やかな会話に、知的好奇心と人への憧れとが入り交じる。

「愛を育むとは抱擁と接吻を交わせば良いのであろう?」

 アエクが古の書物で見た挿画を思い出すと、ヴァイスも己の両親のことを思い出す。

「ただ抱き合って口付けしても駄目なんじゃないかな? 相手を好きって気持ちを込めないと」
「では一つ試してみるとするか」

 アエクは美しく装丁された灰被り姫の本を置くとヴァイスと向き合い、白き腕を伸ばす。
 儚げでどこか超然としても見えるアエクが、この時ばかりは欲望の牙をヴァイスに向ける。

「愛とは各々が相手と向き合い、時にすれ違ったりぶつかりあったりしながら、じっくり時間をかけて育むものなんだって」

 アエクの腕の中でヴァイスが竦む。
 両親から愛でられるのとは違う、貪欲な渇望をどう受け入れたらよいか分からずに。
 それでも両親と同じように愛し合い、自分もまた親となって新たな種を残すという憧憬が、アエクの背に細い腕を回させる。
 アエクはしがみつくようなその腕に、心まで掴まれたかのような感覚を覚えた。
 しっかり抱き留めてやらねばいけぬと腕の力を強めたのは、紛れもない愛しさ。

「そなたは左右で色を違えるのだな」
「先輩も……目元に黒子があるね」

 間近に見つめ合うその顔に新しい発見を認めると、自分に向けられた蕩けるような眼差しが心を擽る。

 愛したい、愛の全てを飲み干したい。
 知りたい、愛の全てを喰らい尽くしたい。

 それはこれまでアエクが感じたことのない渇望で、優しくしたいと思う心と、激しく貪りたいという獣が鬩ぎ合う。

「汝の全てを我に」

 神が供物となる巫女を求めるように宣告すると、人形は頷き神を受け入れる器となる。
 ヴァイスはどんな花か咲くのだろうと思い、やがて愛が実を結ぶ日を夢見て華奢な身を彼に預けた。

●破・たとえ星が巡っても
 夕づゝの君。
 ボクの一番星。

 マギーは夕暮れ、西の空がよく見える三階の教室で男が訪れる日を待っていた。
 来ない日もあった。だが晴れた日にマギーがそこにいることを知ると、男は顔を出してくれるようになった。

 話すのはいつも星の話と、それから古典の話。

「夕星も、通ふ天道を、いつまでか、仰ぎて待たむ、月人壮士」
「万葉集ですよね」
「よく分かったね」
「調べました。あ、ちゃんと辞典使いましたよ?」

 マギーは得意げに言うと男が嬉しそうに微笑んで垂れた目を眇める。
 階段で振り返ったのはマギーだけだった。だけど男も後からマギーを振り返った。
 シンデレラの階段は同時に振り返るものだと思っていたけれど、時差も有りなのだろう。

(しばらく恋愛はちょっと……と思っていたのに……シンデレラの階段の噂は本当なのですね。でも先生はボクのこと本当に好きなのかな? 期待だけして違っていたら……)

 マギーは胸元でそっと男がくれた桔梗の花を握った。
 彼女の胸にはかつて好きだった人の面影が残っている。
 いずれ結婚するのだと心ときめかしていたのを、一方的に破棄してきた許嫁。
 女として見ることが出来ないと言って彼女を傷つけた黒髪に碧眼の大人の男。

「マギー君はいつも此処に来てるけど、部活はいいのかい?」
「はい。部活は観測会の時だけ参加すれはいいので」
「そう。じゃあ普段は僕と観測会だね」
「どちらかと言えば古典の授業みたいです」

 ──日暮るれば山の端出づる夕づゝの星とは見れどはるけきやなぞ

 西の空に太陽が沈み切る前、星々が姿を見せる前のわずかな逢瀬。
 『星』と『欲し』とを掛けた古の恋の歌を口ずさめば、少女の胸を恋が焦がす。
 だけどこれ以上はダメとマギーは強く己に言い聞かせる。

 きっとまた期待しても女らしくないと言われるから。
 きっとまた好きになってもただの一人よがりだから。

 それでも──

「冬になったらここには来れなくなるね」
「そうですね……」
「図書室はどうだろう? 新校舎に移管しきれていない星の本なんかもいっぱいあるし、星の出てくる作品を探してみるのも素敵だ」
「えっ!? あ、ハイ、いいと思います!」
「でもあと2年か……」

 卒業まであと2年。
 唐突な男の呟きがマギーの胸を刺す。

「夏も冬も、二年後も五年後も十年後も、星が巡っても君と居れたらいいのにね」
「あの……ボクもアレックス先生と少しでもいいからこれからもこうして話したいです」
「少し、でいいのかい?」
「……はい。だって先生は……」

 きっとボクを捨てるから。
 だけと捨てないでと心が叫ぶ。

 女らしくなくてもいい、自分のままを好きでいて欲しい。
 だけど待つばかりじゃいけないと、自分から求めに行く。

「ボクは先生とずっと一緒に居たいです。もっと話しもしたいし、先生のことも知りたいです。だから……」

 閉じた瞼の向こうで男の声がする。
 責任は取るよ、と。
 身も心も繋がることに、大人の言い訳をして。

●破・白と黒の宇宙
 書を書くのが好きだった。
 ただ一人、白い紙に向き合い、ひたむきに墨と筆で文字を綴り上げる。
 その白と黒の静謐な世界は、時に置いて行かれた旧校舎のようだった。

「賑やかなのは好きじゃないんだ」
「だから書道部なのね。何だか分かる気がするわ。だってルフナってば、ストイックに見えるのよね」
「ストイックか。そうかもね。白く四角い空間に墨を垂らし、そこに線を描く。黒一色なのに、筆勢や筆触で書いた人の息づかいまで聞こえてくるようで、時にはその文字に命が生まれたんじゃないかと思うほど、生き生きと浮かび上がって見えるんだ」

 初めて出会ってから毎日のように待ち伏せされ、部室の物置まで付いてきては用事を済ませて去るまでの間雑談をする。
 ルフナがこんな風に書について人に語るのはチェルシーが初めてだった。
 優秀で保護者代わりの兄の支配下から逃れられない鬱憤を、書の世界に没頭することで誤魔化してきた。
 白と黒の宇宙だけがルフナの自由な世界だった。
 そこにある日飛び込んできたのが彼女。
 明るくて、賑やかで、社交的で、色鮮やかで。
 ピンクの髪は夕陽に染まって橙色を帯びて見え、冷たい物言いをしても暖かさを失わなかった。

「そう言う君こそ部活はいいのか? 水泳部なら夏は毎日部活なんじゃないの?」
「そうよ。でもいいの。泳ぐのが好きなだけで、大会に出たい訳じゃないから」
「僕といて楽しい?」
「ええ、興味があるわ。それにルフナの書く宇宙にも、ルフナ自身にも」
「変なの」
「興味持った?」
「同級生と一緒の方が楽しくない? 僕は若く見えるけど、こう見えて年寄りなんだ」

 ルフナが打ち明けるとチェルシーが瞬きする。
 若い娘の気まぐれも,真実を知れば幻滅するだろう。
 そうして自分から離れていく前に、こちらから彼女を突き放す。
 自分が生まれた『澱の森』、その排他的な思想は他者が入り込むのを拒むもの。
 だけど彼女は気にするどころか得意げにこう言った。

「あら、私だってこう見えて102歳なのよね」
「え、僕より年上!?」
「ルフナは何歳なの?」
「56歳。年下だと思ったのに……」
「年上は嫌い?」
「兄達がいるからさ。年下の子に世話焼いてるもんだと思ってた……」

 目の前の少女が年上と聞いてルフナは愕然とする自分に気付いた。
 いつしか彼女を自分の相手として見ていたことに。

「私、本当は人じゃないの。刃の羽根が生えてるの。今はしまってるけどね」

 チェルシーがくるりと周り、セーラー服の背を見せる。
 その華奢な背に刃の翼が生えているようには思えない。
 むしろその背に手を伸ばして触れてみたくさえなる。

「私、故郷では魔剣の子って呼ばれて除け者にされてきたの。私に触れると斬られるって。此処に来てからも友達なんていなくて、みんなの前で笑って独りなのを気にしないふりしてたの。ずっとよ」

 チェルシーが一瞬だけ瞼を伏せた。
 そして真剣な眼差しを向け、彼に告白する。

「でもルフナに出会えたからいいの。ルフナにならこの羽根のこと、知られたって構わない。ルフナのこと全部知りたいし、私の全部を知って欲しいの。私の全部をあげるって決めたのよ」

 セーラー服のリボンタイを解くと、スルリと引いて床に落とす。
 そこにいるのは幼い少女ではなく、大人になろうとしている娘だった。

「ぜ、全部って。ば、ばか、学生でそれは早いでしょ。て言うか、将来を約束出来ないのに初めてだけ貰うなんて、そんなの、不正義じゃんか」
「ルフナは私のこと嫌い?」
「いや、嫌いじゃない」

 好きとは言わなかった。言えなかった。
 この後に及んで素直にはなれなかった。
 それを補うように彼女の指がベストへと伸び、上から順にシャツの釦を外す。
 最後の一つだけは兄の言いつけを守り嵌めずに残していたけれど、彼女はその全てを解き放った。

「私、ルフナとずっと一緒がいい。もう独りは嫌なの」
「独りにならなければいい」
「ルフナがいてくれるんでしょ?」
「一緒にいてやってもいいかな」
「もう、素直じゃないんだから。でもそういう所が好きよ」

 チェルシーの釦を外す指が奮えていたのをルフナは見逃さなかった。
 年下のようで年上だというその人も、初めては怖いのだなと思うと愛しさが募る。

「俺は不正義は嫌いなんだ」
「うん」
「果たせない約束はしない」
「うん」
「俺でいいんだな?」
「うん」

 指に口付けると口唇は頬へと移る。
 白と黒の宇宙は今、夕焼けの色に染まる。
 ルフナはチェルシーの背に、そしてチェルシーはルフナの首に腕を回すと、長く伸びた影が重なり、身を溶かし合った。

●破・マジック・アワー
 西日の差す階段の踊り場で、あの時何故そのまま帰らず、引き返し、彼に付いていったのだろう。
 シンデレラは美しい衣装を纏うというのに、何故自分は衣装を脱ぎ捨て傷を晒しているのだろう。

「先生は俺の体触って楽しい?」
「ああ、楽しいね」
「それはまだ子どもだから?」
「キミはもう子どもではないだろ?」
「でも大人じゃない」
「そう、大人でもない。言わば子どもと大人の狭間、あわいの季節、この時間のようなものだ」

 アーマデルは今日もベッドの上に横たわり、イシュミルから触診を受けている。
 黒みを帯びた肌色は西日を浴びて輝いている。
 イシュミルは昼でも夜でもないけれど、命が最高に輝くこの時間をマジック・アワーと呼ぶのだと言った。

 それはそのままアーマデルへの賛美であり、愛着であった。
 だけどアーマデルは知っている。
 彼に好まれる時代はあと何年かで終わるということを。

「俺は大人じゃない。でも黙って大人になるのを待っていたら、いつの間にか相手が別の誰かに夢中になってしまう」
「おや、誰か年上の相手に恋でもしているのか?」
「昔の話」
「なるほど、大体察しは付いた」

 同じ教団にいた年上の指導役。
 自分はまだ子どもで相手にふさわしくないと思っているうちに、自分ではない他の子を選んでしまった。
 その苦い思い出がアーマデルに心を許すな、心を見せるなと鎧を纏わせている。

「時には全てを脱ぎ捨てて飛び込んでみることも必要だ。何ならキミからそのぶ厚い衣を奪い取ってみせようか?」
「どうやって?」
「簡単だよ。薬を飲ませればいい」

 イシュミルは薬品棚から薬瓶を持ち出すと、硝子の栓を外して中身を飲む。
 そしてアーマデルに顔を覆い被せると、口移しに緑の液体を流し込む。

 それは毎朝・毎晩飲まされる野菜や薬草を絞ったジュースの味に似ていた。
 だけどいつもとは違い、頭は冴えることがなく、身だけがやけに火照り出す。

「先生」
「ガードが固い子にはね、言い訳が必要なんだ。私に薬を飲まされた、シンデレラが魔法にかけられたのと同じだよ」

 そう言って白き麗人は目を覆う黒衣眼帯を外す。
 その目は夕陽を嵌め込んだようにオレンジにも黄金にも見えた。

「先生って男? それとも女?」
「それは今から確かめてみるといい」

 長い白髪の滝をアーマデルの上に垂らし、その人はアーマデルの動かなくなった体を内も外も自らの身で確かめ始めた。

●急・迷宮の外
「あれ、開かない」
「鍵が掛かってるんじゃない?」

 屋上に行こうとしたチェルシーは、開かない扉に首を傾げる。
 記憶では確か鍵など掛かっていなかったはずなのに。
 それどころか扉を押していることさえ実感が湧かない。

「変ね、行けたはずなのに。じゃあ別の場所にするわね!」
「校舎裏なんてどう? よく野良猫に餌をやりに行くんだけど」

 ルフナの提案に乗って裏玄関から外に出ようとするけれど、やはり扉は開かない。
 否、開かないと言うより外へ行けない。旧校舎から出られない。

 それは体育館倉庫とか学校プールとか、色んなところで愛し合いたい、スリリングな恋を楽しみたいというチェルシーの発案がきっかけだった。
 書道部の物置にしている三階の教室に戻って窓を開けようとしたが、その窓すら開かない。
 レバーを下ろして鍵を開けても、窓はスライドしなかった。

『逃がさないよ、どこまでも追いかけるからね』

 チェルシーの脳裏に同年代の、王子様めいた何者かの声が響く。
 震え上がるチェルシーを現実に引き戻したのはルフナの冷静な言葉。

「これはきっと学校の階段、夜妖<ヨル>の仕業だ」

 ルフナはこの時自分達が旧校舎という迷宮に囚われていたことを悟った。
 同時にシンデレラの階段の謎の真相究明実験を依頼されていたことも。

「あーあ、もう少し楽しんでいたかったのに」
「今はいいけど何年も此処に閉じ込められるのはご免だよ。誰かが助けに来てくれるとは限らないし」

 ルフナはそう言うとチェルシーも渋々諦めた。
 と、思ったら次の瞬間にルフナの腕を取った。

「家に着くまでが遠足よ!」
「階段を下りるまでだからね!」

 ルフナは念を押しつつも恋人同士を演じることにした。
 階段を下りきるまで、それはわずかな時間だ。

●急・死が分かつまで
 ラクリマはゼフィラと口付けを交わすうち、以前にもこうして誰かと口付けを交わしたことを思い出した。

 告げられた愛の言葉、戸惑いながら重ねた口唇を、雨に濡れる梔子の花だけが見ていた。
 夏のはじめの面影は、抱きしめるとその背に機械の背骨があった。
 壊死した手足を補う機械の義肢ではなく、鉄騎種として生まれながらの、機械羽根を収めた背骨が。

「死が別つ一瞬まで君を想う……そう告げてくれたのは君ではありません」

 ラクリマの言葉にゼフィラもまた口唇を離して瞼を擡げる。
 死の病に犯された自分を、政略結婚の相手でありながら妻として想ってくれた人。
 その人が告げてくれた言葉を素直に受け止められなくて、距離を置こうとしてしまったこと。

「私にもそんな風に言ってくれた人がいた。死に際に召喚されてこっちに来たから、向こうはもう別の誰かと一緒になってるかもしれないけどな。行こう、相手がまだいるのなら、私みたいに後悔しない方がいい」

 ゼフィラはこれが己の後悔が見せた夢だと断じた。
 ラクリマは後悔という言葉を聞き、己の心の中にも燻る熾火のように想いが燃え残っていることを悟った。   
 好きだと言えぬまま、想いにさえ気付かぬまま、死により分かたれた親友への念が。

「ええ、行きましょう。でも最後にエスコートくらいはさせてください」

 階段の前でラクリマが手を差し伸べる。
 ゼフィラはその手に人肌に擬装した機械の手を重ねる、二人は階段を下り始めた。

●急・物語の記録
「素晴らしい、これが恋、これが愛。そなたのくれる感情と快楽は、かくも甘美で、かくも貪欲なものであるのか。これは我のギフトにて出力し、残しておかねばなるまいな」

 アエクのギフト『無選別の書架』は知りうる情報の全てを紙面に書き出すもの。
 それは後世に残したい、皆と共有したいと願う司書の使命と書痴の欲望との賜物。
 だがアエクの腕の中で恍惚に浸っていた少女は、ゆるりと首を振った。

「愛とは二人で大切に育てるもの。燃え上がる恋にも憧れるけど、貴方にとってはきっと火遊びも興味の対象よね」

 ヴァイスは彼の言葉にこの恋が互いに愛とは何かを知りたいだけで、芽吹くことの無い偽りの種であることに気付いた。
 アエクの言葉に幻滅した訳では無い。
 アエクの子を腹に宿すことを願い、人形の腹にも宿るのか考え、そして愛の結晶が宿る奇跡を望みかけて、それが真実ではないことに気付かされた。
 愛とは優しく美しいだけではなく、時に醜く浅ましいもの。
 痛みや苦しみと引き替えに新しい命は生まれるものだから。

「貴方はいつから気付いていた?」
「口付けた辺りで」
「不謹慎かもしれないけどワクワクしたわ。でももう終わり、夢から醒めたなら元の世界に戻らないとね」
「我も楽しかった。あとは夜妖<ヨル>の引き起こすこの怪異の証明に、他の者からも話を聞くとしよう」
「いいわね! きっと素敵な物語に違いないもの」

 ヴァイスが瞳を輝かせ、アエクが穏やかに微笑む。
 夢から醒めた二人はもう恋人同士ではないけれど、楽しげに二人揃って階段を下り始めた。

●急・夕の匂い
 セーラーカラーから覗く首筋から口唇を離すと、カイトは肩に置いた手を滑らす。
 付けたばかりの朱痕を隠すように両の掌で包むと、そのまま力を込めて締め上げる。

「カイト殿……目を覚ませ……ッ! 苦しいなら……救って、やる……! だから……泣くな」

 腕の力に抗い、呼吸さえもままならぬ中、ブレンダが訴えたのは命乞ではなく救済。
 ブレンダの目に首を絞め殺そうとするカイトは、泣いているように見えた。
 覆い被せた前髪の隙間から統率の黄金瞳、左目の六芒紋が輝く。
 それは視界に映るカイトの腕を操り、己の首から手を引き剥がした。

「…………泣いてねぇよ。…………すまない、俺は……」
「いいって。おかげでこちらも目が覚めた。誰にだって思い出したくないこと、隠しておきたいことはあるさ。ほら、返すぞ。大いに恋だの青春だのを楽しませて貰ったが、そろそろ大人に戻る時間だ」

 ブレンダは笑いながら口付ける前に奪い取ったバイザーをカイトに差し出す。
 噛み付くように貪る恋の炎も、殺めたいほど狂おしい愛の末も、この首が覚えている。

 カイトはバイザーをかけ直すと締めた首の感触残る掌を握りしめた。
 此処での出来事が『役』だったのか、それとも願望やトラウマの発露だったのかは分からない。
 ブレンダと共に向かう階段で、カイトは強く命を燃やす夕焼けの匂いを嗅いだ。

●急・シンデレラの階段
 マギーは胸元にある男の頭を見下ろした時、そのダーティーブロンドの根元が黒いことに気がついた。
 ブルネットにブルーアイ。
 それはかつて自分を子ども扱いし、女として認めないと言った婚約者と一緒。

「あ、アレックス先生……ど、どうして……、い、嫌……っ!」

 胸に抱く男を突き飛ばし、制服の襟を掴んで乱れた胸元を隠す。
 実家から、元婚約者から、逃げ出したと思っていたのに逃げ出せていない。
 その事実がマギーを驚愕させたが、混乱から呼び覚ましたのはアーマデルだった。

「マギー殿、ここはシンデレラの迷宮、旧校舎の中だ」
「わ、私……そうだ、私達、怪異を検証するために此処に来たんでしたよね。アーマデル君は大丈夫だったんですか?」
「多分俺が歪み、と言うか綻びたったんだ」
「どう言うことですか?」
「10人のイレギュラーとアレックス殿とでカップルを作ろうと思ったら一人余る。だから俺の相手はこの学園に来ていないはずの同居人だったんだ」

 この恋に落ちるのは基本は学生で、学生同士か学生と教師。
 夜妖<ヨル>が学生の恋を見たいがために若返らせたり少し大人にしたり、年齢を操作しているのなら、学園にいる人間の組み合わせであることが必然。
 だがマギーがアレックスとくっついた為にアーマデルがあぶれた。
 あぶれた結果アーマデルの相手を記憶の中から引き出した。
 学園にいない人物、肉体が実在ではなく再現であるためにアーマデルは途中でこれは妄想の産物だと、怪異の絡繰りを見抜いた。

「俺も他の誰かと恋に落ちて見たかった気はするけど」
「ごめんなさい、ひょっとして私のせい?」
「多分そうじゃないよね?」

 アーマデルはアレックスを振り返って尋ねる。

「昔はこの校舎にたくさんの学生がいて、学生達が恋に落ちるのを見ていることが出来た。学生はすぐに卒業してしまうけど、また新しい恋が次々と生まれたからね」

 アレックスは微笑むと、懐かしそうに目を眇めた。
 そして階段の手すりを撫でながら話を続ける。

「いつしか此処は学舎ではなくなり、訪れる者も少なくなった。でも学生達の恋をもっと見ていたいからね。お膳立てさせて貰ったんだ。でも暴かれてしまえば夢の時間は終わりだ。信じる者がいなくなった瞬間、伝説は力を失うんだ」

 アレックスが口を閉ざすとアーマデルはマギーを促す。
 階段を下った先には仲間達が待っているはずだ。

「でもアレックスさんが」
「あれは夜妖<ヨル>だ。アレックス殿は調査・検証しろとは言ったけど駆除しろとは言ってない。そのまま放置してもいいと思う。伝説としての力を失ったら自然と消えるはずだ」

 最後の二人が階段を下りる。
 少年少女の夢を終え、今度は大人の階段を上っていくのだろう。

 アレックスは夕陽のスポットライトが消えかかった踊り場で呟く。

「これで満足かい?」

 ナラタージュに答える者はなく、夜の静寂が旧校舎を包み込んだ。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ご参加頂きありがとうございます。
 このシナリオでの出来事は全て旧校舎階段が見せた夕暮れの幻……すなわちPCの身に起きた事柄ではありません。すなわち接吻やら抱擁やらあれやらこれやらは、それら全てが未遂と言うか未体験です。
 ただ会話の内容や情景は覚えているので、後で思い出して気まずくなるのはどうぞご自由に。都合が悪ければ忘れたことにしてしまっても構いません。

●テーマについて
 昼と夜の境目である夕方は大人と子どもの狭間。
 階段を上るという行為は成長の意味で、階段で出会うということは成長するきっかけとなる恋愛や性についての出来事を差しています。
 旧校舎はシンデレラの舞踏会のようなもので、階段を下りるということは夢から醒めて現実に戻ること。
 その他、皆様のプレイングやキャラクターシートからの着想でモチーフを散りばめてみました。

●組み合わせについて
 プレイングを参考に共通事項のある方同志を組み合わせてみました。
 台詞や行動は多分にアドリブが含まれています。

●描写について
 もしかしたらキス以上してた?……と思えるような書き方をしている部分がありますが、実際にどうだったかは想像にお任せします。
 最後のアレックスが意味深なのも理由がありますが、それもご想像にお任せです。


 同人誌的にうちの子ifを楽しんで頂けましたら幸いです。
 どうぞ皆様のご記憶の残る話となっておりますように。

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