PandoraPartyProject

シナリオ詳細

一緒に死んでくれますか

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき


 素足の儘、逃げ出すことになったのは罪を犯したと告発されたときだった。
 身に覚えのない。冤罪。その言葉が脳裏に過った。然し、聖騎士団は母に私の身柄を引き渡すようにと事情を説明している。
 人を殺したらしい。
 ……私が?
 身に覚えのない。冤罪。また過った。嘘だ、そんなことをする訳、ないではないか。
 人を殺すことがどれ程の大罪であるかを知らぬ訳がない。そもそも、『厄災』が訪れてから罪に対する指針は目に見えて変化したように感じていた。疑わし気を罰する事は無く、議論と検討を重ねた上での捕縛も存在するはずだ。
「シンシアにそのような事……」
 母がそう言った。そうだ、そうだ。私がそんなことするわけ――出来るわけない!
「いいえ、確かにシンシア嬢でした。目撃者も、そして私も……彼女であると確信しています」
 聖騎士の言葉に母は泣き崩れた。嘘だ、そんな言葉一つで信じるなんて。
 嘘だ。嘘だ。嘘だ――!
 私は逃げ出した。恐ろしい。何てことだ。私はしていない。私はしていない。私はしていない。私は。私は。私。私。私。私。私。私――――私、あの日と同じ……?

 ぺちゃ、と音がした。
 足下に転がっていたのは小さな少年の死骸であった。ひゅう、と呼吸が漏れた音がする。まだ生暖かい紅色に座り込んでいた私はそのとき、察した。私は、彼を殺した。大切な彼を。その記憶がフラッシュバックして――私は走った。逃げた。不慮の事故で彼が死んだなんて嘘を吐いた私は私が、嫌いだから。皆で、過去に浸っていよう……夢に溺れて、一緒に死んでくれますか。


 聖騎士団よりローレットへ。オーダーは『シンシア』と呼ばれる少女――否、魔種の身柄の引き渡しであった。
 どうやら彼女は『魔種ではあるが戦闘を行う気は無い』らしい。その理由を、魔種の少女は自身が魔種であるという認識が薄いのだそうだ。
 聖騎士団が殺人事件の犯人として身柄確保に彼女の家に向かうまで、彼女は自身を普通の少女だと認識し過ごしていたという。夜な夜な夢遊病のように歩き回り、そして衝動で人を殺している――彼女は夢を見ている間しか人を殺さないのだろう。それ故に、彼女の『日常』を送っていたそうだ。
 日中は太陽が辛い事や元から病弱であったことから変質した自身の姿を見られずに済む個室で布団に埋もれて過ごしていたそうだ。母自身も彼女は姿を見られることを嫌うからと余り顔を合わせていなかったらしい。
 いつ、彼女が自身が強大な力を手にしたと気づき殺戮衝動に駆られて多数の人を手に掛けるかは分からない。そうなってからでは遅いのだ。もう既に、幾人かは『夜のうち』に死んでしまっている。
 ――幸いにして対話で彼女とは決着をつけられそうだ、と騎士は言った。

 そして、もう一つ――彼女は死にたがっているのだそうだ。
 殺すとなれば彼女が弱れば『夜の彼女』が顔を出す可能性はある。
 だが、その命が潰える瀬戸際のことだろう。それ程の心配は無いはずだ。
 気をつけてくれ、と騎士は言った。シンシアを追った団員は……戻ってきていないらしい。


 月の美しい夜のことだった。素足の儘の少女は汚れたワンピースに身を包んでイレギュラーズをその双眸に映す。
「わたしと」
 そう口を開いた途端――視界が歪んだ。
「わたしと、一緒に死んでくれますか」
 どこかに――墜ちる。

GMコメント

 夏あかねです。心情依頼です。

●成功条件
 シンシアを討伐後、その体の引き渡し

●シンシア
 魔種と化した少女ですが特殊能力を使用しての行動を行います。
 それ故に現実世界で戦闘と言う観点ではノーマル相応として判定します。
(難易度がノーマルであるのもシンシアに戦う意志がそれ程ないからです。
『戦闘のみ』となると難易度がハード相応まで跳ね上がりますので注意して下さい)

 シンシアは魔種となりました。一つの事故で大切な親友を殺してしまったのです。
 それ故に心の病としてずっと引きこもってきました。
「どうして彼女が死んだのか」と問われたとき、「知らない」とそう言った自分が嘘つきで、何よりも嫌いで――死んでしまいたい、消えてしまいたい、と、そう思っています。

●特殊能力(ルール)
 当依頼は心情依頼です。心情での判定に重きを置きます。
 シンシアの特殊能力は『わたしと、一緒に死んでくれますか』の言葉で発動します。
 ソレを聞いたあなたは、どうしたものか夢を見るのです。

 その夢とは、貴方にとって何よりも幸福かも知れない世界、やり直したい過去、『後悔』のかたち、追憶の世界です。
 目が覚めればいつもの日常が、死んでしまったあの人が、後悔のあの現場が――
 その場所はきっと貴方にとって心地よく、何よりも幸福でしょう。
 この夢から抜け出す方法はただ一つ。きっと、貴方の脳内にも浮かぶでしょう。
 『目の前の後悔を、大切な人を、戻りたい過去を、続いて欲しい日常を殺すこと』です。

 プレイングの文字数いっぱいにどのような場所なのか、どのような存在なのか、そして――どうやってその夢を切り抜けるかをご記載下さい。
『夢へ抗う』という対抗判定を行います。対抗判定に成功した場合、この夢から抜け出せます。

 最後、大切なその人を殺すまでのご記載をお願いします。
 また、この夢を見ている最中、シンシアは泣き続けています。後悔に苛まれているからです。
 夢から抜け出さなくてはいけません。時間が経てば、シンシアは何時ものように泣きながら人を殺してしまうのですから。

 また、8人ものイレギュラーズを夢の世界に誘うという能力使用で彼女はずいぶん弱っています。
 最後、死にたがりの彼女を、どうか――殺してあげて下さい。

  • 一緒に死んでくれますか完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年08月23日 22時16分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
ヴォルペ(p3p007135)
満月の緋狐
月虹(p3p008214)
悲無量心
雨紅(p3p008287)
ウシャスの呪い
ヴァージニア・エメリー・イースデイル(p3p008559)
魔術令嬢
ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702)
あいの為に

リプレイ


 月の美しい夜であった。傷だらけの白い素足。泥に塗れたワンピース。少女は、シンシアは唇を振るわせる。
 生きている意味なんて、この世界には存在していないとでも、そう言う様に。懇願のように、嘆願のように、悲願のように、シンシアは――シンシア・エルミートはそう言った。
「わたしと、一緒に死んでくれますか」


 その存在は難儀であると。『刑天(シンティエン)』雨紅(p3p008287)はそう感じていた。もやもやとして形にすらならない。複雑怪奇な感情が其処にはのっぺりと横たわっている。魔種と化した娘がその自覚もなく人を害するというならば、止めねばならないと、そう雨紅は決意をして天義の街に立っていた筈だった。
 その双眸に映るのは『機能停止前』に訪れたことのある村だった。正確な年月は分からない。少なくとも現代時刻より遠い場所にあるのは確かであった。大きな街に住む『主』に仕えていた筈なのに、と疑問を抱え雨紅は自身を呼んだ声に顔を上げる。
 憧憬のかたちが其処にある。笑顔を与える生業の芸人達に憧れた戦闘機械。雨紅はその憧憬を胸に機能を停止させられた。そう、これは――『眠らず、夢を叶えた自分』か。
 この村で出会い、憧れた芸人一座と共に旅する旅芸人の一人。舞踊を踊る雨紅として、『笑顔』のために暮らしていける。
 主に従い、人を害し、命を害し、笑顔を奪うだけの人形から旅芸人一人として皆と自身の笑顔のために暮らしていける――
 そう認識したとき雨紅は震えていた。本来の自分は逃げ出せなかった。只、主の定めた正義を遂行し続ける命令と言う名の上に胡座を掻いて居た。怠惰を選んできた罪に見て見ぬ振りをして幸福に委ねて良いのだろうか。
(それに――……ここに逃げ込めば、私は幸せになるでしょう。
 けれど、今泣いている標的を、シンシア様を、見捨てることになる。それは同じ罪を犯すと言うこと)
 雨紅の唇は震えた。「私は」と絞り出す声音はどこまでも冷たい響きを抱いている。
「私は“今”の、イレギュラーズとしての私の目の前にいる方々を、笑顔にしたい。
 この夢は過去、私の選ばなかった既に死んでいるもの。正しく、死んでもらわねば――」
 ――罪滅ぼし。胡座を掻いた怠惰をなかったことには出来ない。その分の、救いと笑顔のために。

 大切な友達を殺した。目を逸らして、死にたいと逃避行を続ける少女。『ハニーゴールドの温もり』ポテト=アークライト(p3p000294)は救いのない確固たる『意志』を遂行するために其処に立っていた。
 立っていたはずだった。座り心地の良いソファに色違いのマグカップ。座り、手にして、やけに馴染んだ色彩は自分と愛しい人が選んだ物だった。二人で生きていくと決めて二人で選んだ二人の家。誰よりも大切で大好きで愛していて――掛け替えのない彼がそっと肩を抱く。
「リゲル」とその名を呼んだ。その腕の中に居れば安心する、そっと寄り添えば彼のぬくもりが心地よくて、愛おしい。
 寄り添い支え合って、幸福が胸に溢れている。此の儘続けば――……そう考えて、頭の中で警鐘が鳴った。嘘か誠か分かりやしない愛しい人のぬくもりから逃れるように立ち上がる。
(――あぁ、そうだ……
 ここは幸せだけど、夢の中。シンシアが見せる偽りの幸せ)
 リゲル、と呼べば「どうかしたか」と聞き慣れた声音が降った。愛おしい夢の中に揺蕩っては居られなかった。
「済まないリゲル……この夢の中は酷く穏やかで幸せだけど、私は現実のリゲルと過ごしたい。
 穏やかなだけじゃなくて、傷つくこともあれば悲しい時もある現実で」
 護って、と手を伸ばせば自身のナイトとして剣を握り進んでくれるだろう。護られるだけでは嫌だった。彼と肩を並べて進みたかった。
「は――」
 その為に、夢の彼を殺さねばならなかった。誠の世界で殺せる訳のない彼に、これが仕事だからと剣を突き立てる。握る手に、彼の血が滴った。鼻孔に鉄の匂いが入り込み、耳奥へと彼の呻きが響く。
 あの、大好きなぬくもりが消える。心が悲鳴を上げる。恐ろしいことをしてしまったと冷たくなるその体を抱き締めた。畏れるように、腕を回せど、もう二度とは背にその腕は回らない。
 名前を呼んだ。ごめんなさい、と呟いて。
「済まないシンシア。私はお前と一緒に死んでやれない……私は、リゲルと一緒に生きると誓ったから」
 だから――今、彼を殺した。夢の中で、現に手を伸ばしたいから。


 武器を構えたはずだった。『守護の獣』ウェール=ナイトボート(p3p000561)は「あれ」と小さく呟く。「春さん」とそう呼ばれたことにウェールは息を飲んだ。
 会えないはずの息子が、彼の元へ帰るまで忘れたはずの名前を呼んだ。
 夜船・春。
 その名を、愛おしそうに呼んで。涙と鼻水でくしゃりとなった顔を向け、ぎゅうと抱き締めてくる。
「梨尾」と呼べばすり寄るぬくもりに、思わず彼の頭を撫でた。幸せだ、掌に覚えのあるその感覚に、想い出でしか会えない息子を双眸に映せた奇跡に。
 彼がいる。大切な息子が居る。……居るわけがなかった。これがIFの夢で有るのは一目瞭然だった。
『夜船・春』は異界の侵略者に洗脳された。数年程、そちらの仕事に身を投じていた。ある夜に偵察中、梨尾に発見され殺そうと彼に武器を向けたのだ。愛しい息子の事を思い出した刹那に洗脳は解けた。その隙を突かれ――……
 思い出す。息子と父は殺し合いなどせず、幸福な日々が続いたIFの世界。
「春さん」と呼んでいた梨尾が「パパ」と――いや、照れながら「父さん」と呼んでくれる淡い夢。
「はは……」
 そんな、求めた未来。ここで、『夢』だと諦めなくては進むことが出来なくなる。
「梨尾……俺を助けてくれてありがとうな。
 でも、俺は泣かせた我が子を泣き止ますために、胸張ってパパと言えるよう頑張らなきゃいけないから」
 だから、先に待っていてくれと抱き締めた。もう一人の我が子、と『梨尾』とは別の愛しい存在としてその背を撫でる。
「――おやすみ」
 苦しまないように。その意識を刈り取った。目を臥せった愛しい息子の幻影より落ちた懐中時計を踏み潰して。

 思い出すこと何て、なかった。堕ちる前の日々だ。『あいの為に』ライ・リューゲ・マンソンジュ(p3p008702)はソファに腰掛けた儘、流れる映像を見詰めている。
「別に面白い話なんて何も有りませんよ。読み飛ばしてしまいなさいな」
 誰にいうでもなく、そう言った。
 金持ちでも貧乏でもない。平凡を絵に描いたような普通の家、普通の両親、普通の小娘の自分。
 不幸だったことと云えば夕食に嫌いなピーマンが出たこと。幸福と云えば我慢して食べきった後に褒められたことだ。
 認識できる幸も不幸も酸いも甘いもその程度。ドラマなんてありゃしない、紹介するにも笑ってしまうほどの普通の『私』
 それでも、自身の経験の中ではこの時間こそが一番マシ――夢に見るだろうと、そう思っていた。
「ふふ、その後の話ですか?
 まあその後両親は、聖職者を名乗る偽物の野詐欺に遭い、取り戻すためのギャンブルに負け……
 貧民街へと追いやられ、自身の飢えと天秤にかけて私を捨て……
 まあ私のその後も、紹介にも値しない良くある話です。適当に想像してくだされば、大体合ってますよ」
 ゆっくりと立ち上がる。別に永遠にここに居たって良かった。夢から覚めれば『クソみたいなこの世』なのだ。シンシアが泣こうが喚こうが関係なかった。『クソ』なものは『クソ』だ。
「……ああ……でもそうですね……ええ、今居る場所は……ローレットは……。
 ほんの少しだけ、腐ったドブと酒と公に口にできないような物の匂いが染みついた貧民街よりは――マシな場所なのかも……なんて、そう思い始めています」
 ライは小さく笑った。ならばコイントスで決めましょう。ギャンブルでしかない、と。
 其れが一番後腐れなかった。表が出れば両親を撃つ、裏が出ればこのまま。
 ライの唇がつい、と釣り上がる。
「……ローレットには、依頼を全力で成功させるハイ・ルールがありましたね。
 両親を撃たねば依頼は成功しない……私は『イカサマ』の技術と道具を常備している」
 そして、銃口はゆっくりと――


 無自覚な魔種。厄介な存在だと『魔術令嬢』ヴァージニア・エメリー・イースデイル(p3p008559)は静かに息を吐いた。
 幸せだったあの頃に、沈むように息を潜める。外の世界など何も知らず、領地は平穏そのもの。領民は満たされ、兄は怪我もなく壮健であった。何よりも『大切な姉様』が生きていたあの頃。
「ヴァージニア」と呼ぶ声に心がぐらついた。
 所作も武芸も知識も何もかもが優れた姉。それでいて優しく、些細な会話さえ楽しんでくれた大切なあの人。眼前に其れが現れて見れば、既に喪われた物と思えず――ひょっとして、喪われていた時間が夢で、此方が誠で合ったかのようにさえ思える。
「ヴァージニア」
 名を呼ばれる。それが『後悔』の残滓でも、その声を聞けるだけで――

 ……このままこの幸せに微睡んでいるのは悪なのでしょうか?
 どうして手放さなければならないのですか? どうして……私など庇ったのですか、姉様……。

「ヴァージニア」
 どうかしたの、と微笑んだ姉の前で手が震えた。分かっている。これが仕事で、これが夢で、醒めねばならないんだと。為さなくてはならない事が其処にあるのだと。
 あの日の狂劇のように『私』が、『私の手』で、『姉様』を、『姉様の命』を奪わねばならないのだと。
 これを終わらせる狂気など存在しない。幸せな『空想』を終わらせるのは『正気の儘の』ヴァージニア・エメリー・イースデイルの覚悟しかないのだ。
(あの日の元凶になったのが魔種ならば、この夢の元凶も魔種たれば……。
 私は……私はそれに身を委ねるなどあってはならない……!)
 脳裏に過った悍ましき光景に別れを告げるようにヴァージニアは云った。
「イースデイル家の娘として! ヴァージニアとして! 何より大切な姉様の想いを汚さぬために!
 ああ、だから……ごめんなさい……姉様……」
 どうかしたの、と微笑んだ姉が霞んで見える。堕ちた雫は、何だったかさえ、覚えては居なかった。
「……ヴァージニアは、この手を汚します」
 ――微笑んだ姉を、平和な家族を、殺した。その感覚が、掌にこびり付く。

 夢とは。無意識の産物という。だが『悲無量心』月虹(p3p008214)は現れるとするならば、見当はついていた。
「……ボルド」
 処刑人の一族の長。そして――自身の夫。出会った頃の儘の姿で、名を呼ぶ愛しい人。
 死に別れ、長く時が経っても尚、その姿は克明に思い出される。これが願望なのかと月虹は自嘲した。
 彼はカオスシードで、自身はハーモニア。其処に横たわる命の物差しの長さの違いは知っていた。お互いに覚悟をした恋だった。だと、云うのに。
 彼は、その腕に小さな何かを抱えている。丁度、赤子のようなサイズのお包みをそうと抱き締めて。
「何を、抱えているの?」
 唇が震えた。大切に、我が子でも見るような顔をして。くしゃりと顔を緩めて、愛おしそうに唇が名を呼んだ。
「ごらん、月虹」
 ――それは、二人で決めた未来だった。側室である自分は『望まない』筈だった。
 正室にはご子息も居るから、だから、側に居られたらと願ったのに――だと、云うのに。
「お前に似た綺麗な黒髪の子だね」
 ――やめて下さい、やめて。わたくしがそれだけは望んではいけない事なのに。
 ――貴方とわたくしの子なんて、そんな事!
 ひゅ、と喉奥から息が漏れた。彼から継いだのは命ではない、教わった刀の技術だったのに。
「……ボルド、ごめんなさい」
 自然に月虹の唇が釣り上がった。ああ、可笑しくもないのに笑ってしまうのだ。
 だって――『あれだけ望んだ我が子』を夢の中で殺すのだ。平常心など、余所にあるではないか。
「……その子はわたくしには覚えのない子ですよ。どこの女との子です?
 領主が正室や側室以外の女との関係が発覚した場合、当時の法に照らせば子ごと処刑される事をご存じのはずでしょう?」
 あれだけ、わたくしだけと云っていたのに。妬けてしまう。夢だというのに。
 其処まで考えてから月虹はそう、と首を傾いだ。
 後ろ手に持っていた刃を突き立てる。嫉妬心と決別した。『IF』に別れを告げる。
 ――本当にごめんなさい。愛しい君と、夜毎夢で願った愛しい子。

「処刑します」


 白い壁。書類棚。中央を陣取った執務机に華美な一人がけの椅子。
 どうしようもない男だな、と真っ白な正装に身を包んだ男が低く溜息を漏らす。
 褐色の肌、色素の薄い金糸の髪、人ならざる事を象徴するネオンピンクスピネイルの眸。
「他にも幸せな日々はあっただろう。何故わざわざここを、俺を選んだのか」
 その眸が、呆れと嘲笑を孕んだ声で此方を見る。
 人を魅了し支配することに長けた魔であった彼はこの地を支配する軍の最高責任者だった。旧知の仲である『主』とその命を賭けて『満月の緋狐』ヴォルペ(p3p007135)を部下に受け入れた変わり者。
 理不尽な命令も、過度な暴力も、極稀にある甘ったるいほどの『飴』もこの数年で嫌というほどに与えられた。ヴォルペより強い力を持ちながら、高い知能と知識を持ちながら、『我が主』以外に自身を殺せる唯一でありながら――
「だって、お前が、」
 その力を、命を捨ててまで。人間に生まれ変わることを受け入れてまで――「俺なんかを、選ぶから」
 どんな世界を旅したって、再会すれば思い出す。死別すれば又忘れる繰り返し。
 忘却を望んだ。苦しかった。嗚呼、屹度そうなのだろう。
 人間となった彼と幸福な時間を過ごした世界もある。けれど、魔であった彼とは二度とは会えなかった。愛しい人の残滓を、繰り返し抱き締める。
 片恋慕のように揺らぐ心に、首輪のように巡る言葉が、嫌というほどに踊っている。
 ――また会おう。
 忘れられないその言葉に、ヴォルペは吐き捨てるように、そう言った。
「お前なんて、大っ嫌いだ」
 ――冷酷な魔が穏やかな瞳で笑う様なんて、早く忘れ去りたいんだ。
 叶わぬ恋ほど、苦しい物はないのだから。だから、殺(わす)れさせてくれ。

「お嬢様」と呼ぶ声に『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は振り向いた。ヴァークライト家。14歳の自分。記憶を失う前の『私』
「待ってください」
 走ってくるのは専属の侍女だった。メアリー。歳は一つ下の妹のような存在。
 彼女は『ヴァークライトの悲劇』と称される一族への断罪で親を亡くし引き取られた娘だった。それ故に、家族同然に、姉妹のように育ってきた。
 恐ろしいその現場に目を伏せり膝を抱え泣いたスティアに「お嬢様」と声かけ微笑んでくれるメアリーのことが、好きだった。
 好きだった――と口にしてスティアはずきり、と頭が痛む。
「どういう、事ですか」
 メアリーはそう言った。どうして両親が居なくなったのか。どうしてそうなったのか。
 彼女は知ってしまった。それ故に、彼女は衝動に駆られたのだろう。

 ――ヴァークライト家は断罪されるべきだ――

「どういうことですか――!」
 馬乗りになった彼女がスティアの首に手を掛ける。
 引き攣った声を漏らしてスティアは起き上がった。殺される、と認識した途端に体は妙に素直に動いた。出来るわけないと思っていたのに、出来てしまった。
 メアリーに殺されなかった、けれど、メアリーは死んだ。
 スティア・エイル・ヴァークライトが『初めて』人を殺したのだ。

 思い出した、とスティアは目を伏せた。目の前で笑うメアリーを見て不思議な心地に陥った。
 護ると約束した其れを反故に殺めた命を見詰めている。微笑んだ彼女に胸がぎゅうと締め付けられた。
「お嬢様」
 呼ぶ声に、誘われて歩き出そうとした脚を止めた。
 此処で彼女と幸福に暮らしました、なんて。そんなこと出来ないよねと自嘲して親友の名を呼んだ、見習い騎士の笑みを思い出す。叔母様を、お母様を、お父様を、これまでの『特異運命座標』のスティア・エイル・ヴァークライトを思い出す。
「……メアリー、私ね。ここには居られないみたいなんだ」
「お嬢様……?」
「うん、ごめんね。私はメアリーのこと、大切『だった』よ。
 だけど――現実からは目を逸らしてはいられないの。私の事は許さなくて良いよ、この罪は背負っていくから」
 スティア・エイル・ヴァークライトは、人を殺した。
 初めて殺したそのときと同じように。その死に顔を思い出してごめんなさいを空音を奏でて。


 目を覚ませば、少女は泣いていた。
 もう、茫然自失とした彼女は「どうして」と唇が奏でる。
 誰もがそれが『今殺してきたばかりの人』に言われた気がした。
「どうして――一緒に……」
 一緒になんて、『居られなかった』。其れが夢で有ると分かっていたから。
 一緒になんて、『死ねなかった』。それでも歩みたい未来が其処には存在していたから。
 死にたがりの魔種の命を、刈り取った。その首がごとりと落ちて、美しい月を仰ぎ見た。
 只、それだけの、静かな終焉だった。

成否

大成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 きっと、終わらせたかった。

 ご参加有難うございました。皆さん覚悟が完了しており、とても素晴らしかったです。
 それ故に、この判定を送らせていただこうと思います。
 まだ、苦しみながら生きることとなるその道に幸福がありますように。

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