PandoraPartyProject

シナリオ詳細

みをつくしても

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 褥で語らう夢は形も存在していない。無形、輪郭すりゃありゃしないのだから、口にするのが心地よいのだ。それは、安らぐ女の香りのように心を満たして溢れさせる。情を酌み交わした相手だと勘違いした儘に溺れていたい女の色香は常の如く、自身を包み込んだのだ。
「菖蒲、踊っておくれ」
 群原は常にそう言った。栗色の瞳をした美しい女は易々と肌を許さない。足繁く通い、馴染みの客と称されるようになるまでに財を費やしては来た。目を細め、優美に笑って見せた菖蒲花魁は群原の言に答えるように芸を魅せた。妓楼という籠の鳥である彼女が魅せるのは一夜の夢に他ならぬ事は知っていた。だが、自惚れても良いのだろうかと――彼女が、囁く言葉が群原の心を天にも昇らせるのだから。
「菖蒲や、此れからどうする?」
「そんな事、いいなんすな。……ね? 聞くもんじゃござりんせん」
 くすくすと、揶揄う声で、そっと群原の胸板にその白い指先を添える。紅を引いた唇は幼い少女のように三日月を描いて居るのだ。
「野暮なお人なんざんす?」
「いいや。悪かった。じゃあ、菖蒲や。『踊っておくれ』」
 もう一度、それから――僅かに違う意味を込めて。夜毎に踊る。美しき花は群原の頭を愛おしいと掻き抱いて、遊び女とは思えぬ言葉を囁くのだ。
「身請けをしたい」
「……わっちを?」
 栗色の瞳が丸く、丸く、泣き出しそうな程に細められる。
 息を飲んで、吐いて。菖蒲花魁はその白い指先をそっと立ててた。指の先を切り落とす約束を為ても良いと彼女はそう囁いた。嗚呼、けれど、この身はまだ『お父さん』『お母さん』の者なのだと目を細める。
「わっちを……主さんのものにしておくんなんし」
 待っていると、君は――


 菖蒲花魁は厚原妓楼の中でも特別目立った女であった。幼い頃に口減しの為に売られて来た彼女は父母の想像以上に美しく成長した。芸事に秀で、教養も有り、人気も高い。
 一夜の夢を与える美しい娘に叶いやしない恋情を抱く男は数多く。群原という武家のおとこもその一人であった。妓楼(かご)の中であれど、逢瀬を続ける内に群原に好感を覚えた菖蒲の事を厚原妓楼は咎めることはなかった。群原が身請けを、と望み菖蒲が首を縦に振ったなら、それも――と彼女の父母として考えては居た。
 だが、美しく器量の良い菖蒲花魁を愛妾にしたいと役人であるというおとこが名乗りを上げたのだ。身請け額よりも遙かに高額を提示されれば妓楼の主たる者拒絶する訳にもいかぬだろう。
「わっちが――……?」
 直ぐに菖蒲花魁の身請け話は成立した。その噂は瞬く間に広がり、群原の耳にも届いたのだろう。あれ程に足繁く通って居た彼はめっきり姿を見せなくなり、代わりに一通の手紙が届いた。

 ――晴れの日に 掬いて取りし 花菖蒲――

 その手紙を手にしたとき菖蒲花魁は「中務卿様のおゆかり様を呼んでおくんなまし」と静かに告げたのだという。
 花街に身請けの決まった菖蒲花魁を『奪いにくる』と予告した群原というおとこを花街へと踏み入れる前に排除して欲しいという依頼が舞い込んだのはそれから数刻の後の事であった。
 依頼人は身請けされる花魁、菖蒲であった。美しい彼女の姿に息飲むものも居ただろう。幼き頃より花街で生きた彼女は売られた故に訪れた先であるとは言え、五体満足に育ち、評判も街に轟く芸事を身につけさせ立派に育て上げてくれた妓楼に感謝していたのだろう。
「わっちは、もう決めたんでありんす」
 彼女の瞳は、どこか刹那げだ。廓の娘達は口々に菖蒲は群原を愛し、身請けの約束をしていたと言っていた。
 ならば――妓楼に砂掛けることとなったとしても、その手を取って共に生きたいと願うものではないか、とさえ夢見がちな乙女達は言ったのだ。
 しかし、菖蒲花魁は首を振った。『己が勝手に好いた男』と『己を育て上げた妓楼』
 そのどちらの心を優先すべきか――男の手を取れば待ち受けるは極刑とつらい折檻だ。恩を仇で返す事など、菖蒲には到底出来なかった。

「――どうか、あの人を……」

 殺してとは口には出来なかった。そんなこと、心の隅にも思っていなかったから。
 未だ、愛していると口吻さえ出来なかったあの人が、自分のことなど忘れて幸せに笑ってくれれば良いのにと願わずには居られなかったからだ。

GMコメント

 夏あかねです。リクエスト有り難うございます。

●成功条件
 群原を花街に足を踏み入れさせない

●厚原妓楼
 菖蒲の所属する妓楼です。花街の中では彼女の評判で大きく栄えていました。
 菖蒲にとっての父母(妓楼の主)は迚も優しく、彼らは娘達を本当の子のように慈しんでいたそうです。
 それ故に、菖蒲の身請け話に上乗せされた高額な銭は菖蒲が去った後に残る娘達の為に使用したいと考えて居るようです(菖蒲もソレは理解しています)

●菖蒲花魁
 あやめ。幼い頃に口減らしとして妓楼に売られた女性。美しく、優美そのもの。
 芸事にも秀で、教養もあることから彼女を身請けしたいと言う声は数多く。
 しかし、秘密ごとのように彼女が愛したのは群原という男だったようです
 好いた男の誘いを受けたい。しかし、恩義ある妓楼を裏切りたくはない。迷った末――彼女は心を殺しても『大切な恩』のため、と考えたようです。

●群原
 武家の男。情を酌み交わした菖蒲を迎えに手紙を送りました。
 その命を賭けてでも、彼女を攫いたいと願います。また、そう願ったが故に、強欲の化身が如く妖が顕現し、その欲求を逸らせたようです。
 妖が憑いた彼は強力な力を手にしており、『菖蒲が望む自身との未来のため』と進軍してきます。
 彼は『菖蒲は自身と共に居たい』と考えていると認識しており、イレギュラーズの事は『妓楼の依頼を受けた』もの考えているようです。
 妖がそう思い込ませていることもあり説得は非常に友好な手段です。

●妖 *5
 群原の側に寄りそう妖が顕現したもの。それらは、彼の心を反映するように強欲であり、自身の邪魔をする者をなぎ倒します。
 その姿はさながら『狐』のような姿をしているでしょう。まるで、化かしたように、今は『有り得ない未来』ばかり見る群原を心地よく感じています。

●ロケーション
 時刻は夜と夕刻のはざま。黄昏の刻。
 花街の入り口はある程度の人払いがされています。群原は普通に花街に向かって歩いてくるでしょう。
 花街と、外を繋ぐ橋を渡りきり、直ぐに厚原妓楼へと向かうが為――橋に、一歩、足を掛けたところです。

 どうぞ、よろしくおねがいします。

  • みをつくしても完了
  • GM名夏あかね
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年08月15日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子
夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
彼岸会 空観(p3p007169)
ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)
私の航海誌
ジュルナット・ウィウスト(p3p007518)
風吹かす狩人
フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)

リプレイ


 一夜の蝶となりませう。我を詐り、何方か様を詐り、そして辿り着いたはこの場所と云ふなれば――

 まるで夢まぼろしが如く。行く宛ふたつ、一つが破滅と呼ばれる事を知り乍らも男は求めたか。厚原遊郭の此方より砂利を踏み締めた音一つ。
「入れ違いってのは致し方なしかナ、彼の気持ちだって理解は示すとモ。
 ……まあ悲しきかナ、仕事は彼を止める事さナ……。さ、他皆様に案があるらしい。おじいちゃんは戦(ささえ)る方で頑張るとするかネ!」
 胸張った『風吹かす狩人』ジュルナット・ウィウスト(p3p007518)は差し込む斜陽の傾きに、伸びる影が表情さえ隠してしまう奇妙な感覚を感じ取る。此度、『神使』へと舞い込んだはある男の撃退であった。群原――下級武士の男は一夜の夢をこの場で見ていた。情を酌み交わし愛だ恋だと恋人ごっこ、その涯てに一つの真実を見つけたとこの場所へとやってくるというのか。
「私達が彼を止める事は、本当に正しいのでしょうか……」
 その言は有り得はしないものであった。少なくとも、彼岸会 無量(p3p007169)と言う女には今まで喪われていた――そう、表現するのが正しいのだろう。彼女は人より鬼に転じたのだから――のだ。以前までならば男を殺めてでも止める事こそ救いであると、叶わぬ恋に拒絶される絶望など感じずに都合の良い夢だけ見せて一刀の許に斬り捨てんとしたであろう。而して、分からない。
(愛しているのであれば、何故、彼女は彼と添い遂げないのか――其れすら分からずに、私は、)
 惑いに唇が僅か震える、ちら、と無量の様子を見遣ってから『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)は「群原さんを止めよう」とはっきりと、響く声音でそう言った。
「愛だけでは結ばれないというのもまた、古今東西変らぬ話です。
 彼の心中は察しますが、このままでは物語は心中ものでしょう」
 小指の先を唯一と決めたお方へ、なんて遊女の戯れが如く心中立てず、美しいその身の儘で別の男のもとへと『落ちていく』――それが余りに在り来たりな物語の一節であると『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)はゆっくりと眼鏡の位置を正す。この仕事の為にと寛治は事前に菖蒲花魁の許へと向かっていた。美しく、そして凜とした女は居住まいを正し彼の求めに震える声で首を振った。
『わっちは、あのお人を裏切った。そんなわっちがどう答えましょうぞ』
 群原の詩歌。彼から菖蒲花魁に向けた愛情にして生涯の告白。その返歌は自身には出来ぬのだと涙した。愛が溢れて、言葉にも出来ぬのだとさめざめ泣いた彼女の背を撫で撫でて禿は「姐さん」と静かに慰めていた。

 ――晴れの日に 掬いて取りし 花菖蒲――

「熱烈だな。好いた女、しかも夢見せる褥で誠の愛を誓った相思相愛の相手だ。
 誰かに捕られる位ならと逸る気持ちはわからんでもない……いや、恋の『子』の字もない俺が分かるかと言われたら、まあ、分かってはやれんのだろうが」
 群原が羨ましい物だなと、『Unbreakable』フレイ・イング・ラーセン(p3p007598)はそう笑った。その言葉につきり、と胸が痛む気がして『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)の唇が戦慄く。
「こんな形で、恋が終わってもよいのでしょうか」
 嫌だ、と子供のように。癇癪捏ねるかのように幻はそう云った。愛する人に一方的に別れを告げられても諦めきれるわけがない――痛い程に、男の気持ちが分かるのだと幻は唇震わせる。
「そうねえ。想いは通じているのに、一緒になれない。……恋って、辛いわねぇ」
 酒に酔い痴れて、一夜の夢を追いかけるだけであれば良かったのにと『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は静かに目を伏せる。
「恋を終わらせない。無責任に煽ることは出来るし、そうしたい気持ちだって強くある。
 でもソレって誰の為になるんだ? ボクは彼には成れやしない。気持ちも理解してやれない。
 適当云うには複雑で、正論論破に意味はなく、言葉を尽くしたって感情論に成り立って彼に言葉は届きゃしないんだぜ」
『鬨の声』コラバポス 夏子(p3p000808)は真っ直ぐに眼前に存在する男を見遣る。褥で上等な女を抱いた、勲章のような甘い夢。彼女の心から溢れた愛が真実だとすれば、それに酩酊していたいのだって分かる。
「まあ、ソレでも伝えなきゃ鳴らないことがあるだろう気はしてる」


「何だ」と男は低くそう問いかけた。睨め付けたその眸に乗った熱は眼前に聳える山が如き神使を避難する色を乗せている。腰に携えた刀は未だ、その鞘に仕舞い込まれている。背後よりぞろりと影の如く現れた妖は長き尾を絡めるように男、群原へとスッ理寄っていた。
「こんにちは、群原さん、で良いですか?」とウィズィは静かな声音で確かめた。そう、と言葉を連ねるには多岐に渡る可能性を一つ一つ紡ぎ合わせねばならない。少なくとも、この場のイレギュラーズは菖蒲花魁のオーダーの言葉の続きに存在したであろうその命を絶えさせる選択肢など、選び取りたくはなかった。
「何者だ」
「警戒しないでください。私達はギルドローレット……中務卿の縁の『神使』です」
 菖蒲花魁が『中務卿のおゆかり様』と称したように、自身らが彼に引き立てられた存在であることをウィズィは、無量は知っていた。群原はぴくり、と指先を動かす。彼女たちはトラブルシューターだ。そして、自身を名指ししたのはどういうことかと伺うような眸がじっとりと神使達へと降りかかる。
(ヤレヤレ、妖に唆されてこの有様なんだネ、うん、彼自身の心は強靱な決意に満ちては居ないと思うサ。
 ……おじいちゃんは声が届くのを静観しておくヨ。歳を喰いはしたけれど、色恋沙汰に木を取られたことは残念ながら欠片もなかったからサ)
 ジュルナットは成り行きを見守るために息を飲んだ。それこそ、色恋沙汰と云えば、この場の仲間の方が経験があるのではないかとさえ思える。それ故に、仇なす妖のみを先攻撃するとその目はしっかりと『敵』を定めていた。
「神使が? 俺に何用だ。其処をどいてくれ。大切な用がある」
「大切な、というのは菖蒲花魁のことか?」
 フレイの問いかけに男の指先が震えた。喉に小骨でもつっかえたかのように息を飲む音がする。奥歯を噛みしめて「何故お前が知っている」と低く問いかけたその声に背筋にぞう、と走った気配は確かな嫌悪だ。愛故に進まんとする男に幻は唇を震えさせた――彼は、信じている。菖蒲が己の文を見て喜び、その手を取って昏き夜の中に溺れて消えることを。信じているからこそ、盲目に此方に敵愾心を表したのだ。
(ああ……彼は、都合の良い夢を見ているのですね。女と男は何時だって浅はかなもの。
 妖に都合の良い夢を見せられれば、それに縋りたくなるのも分かります。分かってしまいます)
 群原の傍より溢れる妖を逃がしはしないとスティッキを振るった幻の傍より鮮やかな青い蝶が舞い踊る。ぐん、と距離詰めたのは夏子。群原の行く手遮り「妖の立ち入りは禁止だろう」とそう告げた。
(私がやるのは、菖蒲さんの想いを届けること。
 だって今日の私はクーリエ――届ける者、だもの!)
 そう、胸に燃ゆる恋心を揺らして、魔女の気紛れを指先に揺らがせる。諦め悪い大人の悪あがきはお互い様だ。アーリアは背を向け直ぐに妓楼へと向かった。
『暫くすれば一人の魔女が此処へと来ます。菖蒲花魁に、お願いしたいことがあるのです』
『わっちにでありんすか?』
 それは寛治と菖蒲花魁が交わした会話であった。魔女の嗜みは雄の黒猫をするりと妓楼の中へと忍び込ませ、骨董屋で購入した魔法の箒で彼女の許へ。泣き濡れているという彼女と――対話をするのも重要な仕事だ。
「貴女様が――魔女でありんすか」
 静かに問いかけられた、菖蒲花魁の言葉にアーリアは「はぁい、悪戯に来たのではないわ。お話、聴いて下さる?」と静かにそう問いかけた。


 額の眸は総て見透かすが如く。不快感を受けて狐妖は無量の許へと飛び込んだ。鬼渡ノ太刀を振るい彼女は行く手遮られた群原をちら、と見遣る。攻撃を重ねる。無風の如き心に吹き荒れた風がどうにも自身の太刀筋を鈍らせる気がし、無量は常の通りの攻撃を重ねる。
 絶技に続く葉、阿頼耶識――と斬り伏せる『最適なる太刀筋』が無量の二つの眼には映らない。
「太刀筋が、見えない……?」
 愕然としたと同時に、納得をした。剣が、惑いの軌跡を抱いているのだ。唇が「ウィズィニャラァム」と名を呼んだ。彼女は群原の前で堂々と口を開く。
「私達は菖蒲さんからの言伝を預かってきました! ですが……まずはこの妖を何とかします!」
「菖蒲から?」
 どういうことだ、と群原がウィズィと夏子を見遣る。二人に挟まれ、妖は外へと飛び出してゆく。菖蒲花魁からの依頼など、嘘だと告げようとした群原に夏子はわざとらしくこてりと首傾ぐ。
「妓楼の依頼なら我々は 斬れば済むよな」
「――!」
 身請けをする女を攫おうとしているのだ。当たり前だ。妓楼は男を殺し、女には酷い折檻をする。それがこの『街』の定めなのだ。商品である籠の鳥を攫おうとする情報が妓楼側に漏れているならば、彼らは自信を斬りに来たと考えるのが道理、しかし、話をしたい、菖蒲の使いだと云うのだ。
「菖蒲が俺を止めるわけが――」
「それは良き夢ですね。ええ、妖が見せた甘く儚い都合の良いだけの夢。
 その様な夢に縋り妖に身を委ねる貴女を菖蒲花魁が見ればどう思うでしょう? ……貴女の愛した女はその様な男を好んだのですか?」
 群原の唇が戦慄いた。妖に魅入られ、妓楼による刺客であるとイレギュラーズを認識する男は唇を噛みしめる。色を失ったその唇は「お前は」と低く唸った。
「お前に何が分かる。菖蒲と俺の愛を、お前如きが――!」
「現実を生き抜きながら、最後まで相手を想って愛し抜く方がいいのです
 群原様、夢を見る時間はもう終わりです。貴方の覚悟を見せて下さい」
 青い蝶が揺れる、美しく咲き誇る。群原は叫んだ。これが自身の覚悟だと、菖蒲を連れ去り、うつつの世を共に生抜くという決意こそが愛であると。
「全く……伝わりませんね」と寛治は静かにぼやいた。フレイは轟音響かせ稲妻で妖を穿つ。天雷は黒く、怒りを称えるように激しく地を劈いた。
「まぁそれはそれとして。絶対にここを通すまい、とは言わないさ。菖蒲花魁からの依頼だからな。
 俺としては納得するまで彼女を欲しがれと思っている。無理矢理はいただけないが、きちんと話をする機会はあるべきだろう。
 ……ただ、その前にアンタの身を清めることはしておきたい。女が男に逢う前に身を清めるように、男がそうであっても良いだろう?」
「清める――だと?」
 群原の言葉に「妖まみれじゃ、良いところも霞むだろ?」とフレイは揶揄うような声音でそう言った。
「群原、アンタに憑いてるのは悪しきものだ。
 欲を駆り立て、アンタを堕とすものだ。自分の意思で、彼女と向き合え。アンタにはそれができる」
 妖を引き離す。その儘、距離を取れば妖は怒り狂いフレイへと襲い来る。ソレを穿つはジュルナット。彼の『選択』を待っているというようにその視線は鋭くなって行く。
「すみませんが邪魔します! 私達の話を、菖蒲さんからの話を聞いて貰えるまでは!」
「菖蒲が何を話すというのだ! 私に!」
 群原は叫んだ。妓楼が菖蒲花魁と自身を引き裂こうとしていると妄執のように、そう信じようとする男を抑えるウィズィは小さく息を飲む。
 消え去る妖に、寛治は「さて、一つ良いでしょうか」と凜と背筋を伸ばした。
「我々が何を言っても、納得できるものでは無いでしょう。
 ですから彼女の……菖蒲花魁の話を聞いていただけますか?」


「今何が起きているかは……知っているわよねぇ。貴女は彼に、どう在って欲しい?
 このままでは、そこら辺の安い絵物語よりもっと後味の悪い結末にしかならないわ」
「……」
「……なら、せめて貴女の想いを伝えなきゃ」
 涙を流した菖蒲花魁は泣き濡れ、句を詠むことは出来なかった。アーリアは寛治が事前に用意していた下の句を彼女に手渡した。
「どうかしら、今の貴女にぴったりじゃない?」
 頷いて、「わっちの想いをどうか伝えてくだりゃんせ」と女は静かにそう言った。歌を読み上げ、その声をしっかりと保存して。女の紅を印にアーリアは「届けに行くわ」とそう笑った。
 まるで天を駆るようにまっすぐ――只、ひた走る。
「下の句を、お預かりしております」と寛治が告げれば天よりアーリアが「はぁい、お届け物よぉ……なんてね、お待たせしちゃったかしらぁ」と小さく微笑んだ。
 菖蒲花魁の声がする。『記録』した声が、響く。鳥籠の中でころころと笑うあの美しい女の、声が。

 ――花は散れども 根ぞ残りける――

 群原は息を飲む。菖蒲花魁がその様に返したというのかと唇は僅かに震えた。
「菖蒲の花が散っても、根が残ればまた新しい花が咲く。
 貴方が私を愛してくれたこの場所で、自分を愛でてくれたその手で、新しい花、即ち別の誰かを愛してあげてほしい……私には、そのような意味に受け取れましたが」
 寛治は云う。気持ちの落とし所こそ必要ならば、どのような言葉でも『切っ掛け』を与えてやれば良い。アーリアの届けたその声は、僅か湿った涙の気配がする。
「菖蒲も群原も共に居たい、多分そうなんだろうと思う。
 自分の願いと想い人の望みは同じ。そうであるならコッチとしても、どれだけ良かったかって話!
 ああ、くそ。分かるかよ。わかんないだろ。俺だって納得できねえよ! だけどするしかないだろう!? 愛した女が決めた浮世の生き方だ!」
 夏子は唸った。愛した女が一生の選択をそうしたというなら――どうしてそれを否定できようか。
 幻は「貴方は、想い人の決意を大切に出来ないのですか? 貴方の胸にある思いは菖蒲花魁の為にあるものではないのですか」と深々と降り積もるように言葉を重ねた。
(――ああ、そうか)
 無量は真っ直ぐに群原を見た。菖蒲のことを思う。彼女には死を賭して共になるよりも大切な思いが、愛があったのだ。だから、菖蒲は群原を止めて欲しいとそう願った、きっと――そうなのだろう。
「心を殺してでも守りたい場所が、人がいる。菖蒲さんの返事を聞いた今の貴方ならば、其れらをどれ程までに愛しているのか分かるでしょう?」
 無量は、太刀筋は見えないまま群原を見た。今、その太刀筋が見えないことが最善だと分かる。菖蒲花魁の心を踏み躙ることなく彼が、良き選択が出来るのであれば、刀は彼へと届くことはない。
「……どうすれば、」
「菖蒲花魁は、己を愛してくれたって人と……せめて! 想いだけでも共に在って欲しいんだよ!
 己が我儘で皆が苦しむより、誰も苦しまない方法を選択した。
 そういう彼女だから愛したんだろ? 芯の折れた彼女の方が良かったかい?」
「俺が知っている菖蒲は――……」

 愛を紡いだ唇は悪戯めいて困って笑う。あの泣き濡れたその声音に込められた寂寞が自身との別れを覚悟したかのように感じられて群原は膝をついた。
 嗚呼、遣る瀬ないではないか。群原も菖蒲も互いが互いの幸福を願っているはずなのに。
 擦れ違いが、こうして生まれたか。どうして、と群原は涙を流した。武家のおとこが恥ずかしいなど、そんな風には構っては居られなかった。
「菖蒲花魁は妓楼へのご恩を無碍には出来ないと、そう言っておりました。
 彼女に出会えたのは、菖蒲花魁の妓楼が小さいときから大切に菖蒲花魁を育ててきたからだとは思えませんか。
 貴方は菖蒲花魁の美しさだけでなく、芸事や教養の高さ、心根に惚れていたのではありませんか。菖蒲花魁が妓楼の為に身を売るのは、貴方と出会えた妓楼を大切にしたいからではないですか」
 少しの夢を見た。身を尽くしても、彼と操を立てていたかった。心だけでも置いていけば別たれようとも愛し合える。浅ましい女と笑っておくんなし。
 そう、アーリアに告げた菖蒲花魁のことを想い、アーリアは「これ、彼女から」と手紙を差し出した。手紙を抱き締めて、泣き濡れた男は、その日、妓楼へは足を運ばなかった。
 ――明くる日、菖蒲は妓楼を去った、ローレットに連絡が入ったとき、群原は「彼女の妹を任されたのだ」と其れをよすがにするように笑った。只の一人女の『家』を守るように。

「さて、男と女はそれぞれの未来へと向き合い、遊郭も太客を失わず、三方ヨシ。これがプロデュースです」
 そう告げる寛治の背中を見てから夏子は「くそ」と小さく毒づいた。
「……悔しいぜ。俺は俺で無責任を口にして、そうあって欲しいと願ってる。僕は彼等を貶めずに済んだのか……?」
 俯いた夏子の肩をぽん、とフレイは叩く。「無量さん」とウィズィは静かな声音で無量を呼んだ。
「愛って複雑だけど、…結局は人を想う心なんだねぇ」
「……人を想い、己を捨て。その愛の果てには何があるのでしょうか」
 言葉の奥側を知らぬ儘に、何処ぞを眺める無量の横顔をウィズィはまじまじと見た。愛とはまだ、知らない彼女が、何時か分かる日が来ることを信じて――
 妓楼に灯る光は仄かに揺れ、一つの恋の話は幕を閉じた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 この度はリクエスト有難うございました。
 とても楽しく書かせていただきました。

 其れでは、又、お会い致しましょう!

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