シナリオ詳細
    紫陽花の下には凶器が埋まっている
  
オープニング
●赤い紫陽花
「私には紫陽花咲くこの季節に失った恋人がいてね」
 黄泉津のやんごとなき貴公子であるその人は、秀麗な容を睫の庇が作る影に曇らせながら庭に咲く紫陽花を見る。
 紫陽花小路の三の姫。
 それが恋人の渾名であり、彼女は紫陽花咲く小路に屋敷を構える貴族の娘だった。
 そして彼の親友にして悪友である人の妹の一人でもある。
 三の姫は紫陽花の咲く季節、夜半に押し入った賊に真っ二つに斬られ、花の命を散らした。
 下手人は捕まらぬままだが屋敷の庭を走る鬼の姿を見たという目撃証言から、獄人の仕業とされている。
 その後、貴公子は三の姫の面影を求めて彼女の姉を妻として再び通うようになったが、二度とただ一人に囚われることなく、多くの男女と浮き名を流した。
 一人を深く愛すれば愛するだけ失ったときの傷は深いから。
 あるいは心に空いた穴を数多の恋で埋めようとするように。
 いずれにせよその事件は、彼の生き様に影響を与えた、忘れられない若き日の出来事であったのだと言う。
「数多植えられた紫陽花の中で、一株だけ赤い花を付けるものがあって。最初は仄かに薄紅だったのが、年々赤味を増していく……。姫の父君が訝しんで根を掘ったら……出てきたのさ」
 凶器が。
 凶器の刃物は犯人である獄人が持ち去ったものと思われていたが、三の姫の部屋に近い庭の紫陽花の下に埋めて隠されていたのだ。
 紫陽花という花は鉄を含んだ土では花弁が青くなると言うが、赤く咲くのは怨念を吸ったせいだろうか。
 事実その太刀は、血に汚れ錆びていた。
「愛し姫を殺したのが屋敷の誰かなのだとしたら、真実を暴くことが必ずしも良いこととは限らない。そもそも娘婿とは言え、他家のことだ。踏み込んではならぬこともあるのは承知している。だけど、それでも……。この想いは──」
 真実を知りたい。
 亡き姫のために。
 けじめのために。
 憂う貴公子はそう言って、神使と呼ばれる者達を集めて嘆願した。
●フェイク・ニュース
「じゃあ改めて。君達への依頼は、京の貴族である業彬卿の、かつての恋人殺害事件の真相の究明だ」
 情報屋である『新聞屋』アレックス=ロイド=ウェーバー(p3n000143)が要点をまとめる。
 目的は殺人事件の真相解明。但し、真相を解明しても他家のことゆえ懲罰するつもりはないとのこと。
 
 依頼主の業彬卿は大層な美男子で、恋多き貴公子として知られている。
 菫の香を殊の外好んで纏ったことから渾名は匂菫の君。
 身分はそれなりに高いが政には口を挟まず中立を保つ。
 被害者である彼の恋人・三の姫の死は刀傷によるもの。
 逃げていく獄人の姿を見たという姫付きの女房の証言から獄人の仕業とされたが、目撃者は間もなく急な病で死亡している。
「屋敷の庭から凶器が出たということは、犯人は屋敷内の誰か、顔見知りの犯行だろうね。さらに言うなら、その太刀に怨念が取り憑いていた可能性もあるんじゃないかな? 叫ぶ暇も与えず一刀の元に頭から真っ二つなんて豪腕、普通じゃ考えられないからね」
 アレックスには『フェイク・ニュース』という、根拠となる情報を精査して噂の信憑性を吟味するギフトがある。
 業彬卿から聞いた話をギフトで精査した結果、太刀が凶器だということは『白』。獄人を目撃したという証言は『黒』だ。
「使用人以外で犯行当夜屋敷にいたのは姫の三人の兄弟・姉妹達だ。父親は妾のところへ出かけて不在、母親は病に伏していたらしい。以下、七夕の宴の最中に僕が探りを入れて掴んだ噂話も教えておくよ」
 三の姫の姉であり、後に業彬卿の妻となった二の姫。
 同母姉なので面差しは三の姫に似ているが控えめな性分で、三の姫に比べると愛らしさ、華やかさに欠ける。
 遊び人である業彬卿の言動にも寛容だが、内心快く思っていないようだ。
 三の姫の兄であり、業彬卿の親友である惟親卿。
 今でこそ明るく堂々とした人物だが、若い頃はやんちゃで暴れん坊という評判だった。
 業彬卿とは幼い頃からの付き合いで遊び仲間。男同士でありながら契り交わした間柄とも。
 三の姫の弟であり、事件当時は元服前だった惟平卿。
 姉である三の姫に懐いており、顔立ちは瓜二つと言っていい程よく似ている。
 かつては業彬卿に可愛がられていたが、愛する姉の死後は業彬卿のことを避けている様子が窺える。
「彼らは全員事件のあった夜は眠っていたらしいが、それを証明できるものはない。僕のギフトで吟味した限りでは全員限りなく黒だ。事件について嘘を言っているか、何か隠しているか」
 アレックスはこの三人の誰かが犯人だと推理。
 呪われた太刀を手にしたことで刀から人へと怨念が取り憑き、殺人に及んだものではないかと言った。
 もしかするとその怨念は取り憑いたままなのかもしれないと。
「姫の父君は自家の不名誉は公にしたくないものの、未だ怨念が取り憑いているのではないかと怖れている。悪霊払いするにしろ、まずは真相が知りたいということで、業彬卿の説得に応じた次第だ」
 アレックスはここまで話すと、イレギュラーズ達には紫陽花小路の屋敷に客人として赴いて欲しいと言う。
 容疑者に探りを入れるか、揺さぶりをかけて犯人を絞り込むこと。
 もしも取り憑いた怨念・悪霊が姿を現したら、それを討伐すること。
「紫陽花は好きで赤くなった訳じゃない。多分ね。真犯人が分かっても罰することはしないだろう。……救ってあげてくれ」
 うつろう紫陽花の色を戻しても、元通りとは限らないけれど。
 それでも。

- 紫陽花の下には凶器が埋まっている完了
- GM名八島礼
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年08月07日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●太刀
「『真相』を調べに参りました」
 『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)は向き合う男に告げる。
 衛門大夫惟親。
 兵部省において宮中や帝を警護する長男は武家貴族らしい偉丈夫ぶりで、新田は己の推察が少なからず正しいものであったことを確信する。
「重要なのは『真相』であり、『犯人』ではありません。むしろ犯行は怨霊の仕業と考えるのが妥当でしょう。何か負の感情が怨霊を寄せる呼び水となってしまったのではないでしょうか」
 妄執。嫉妬。独占欲。
 それらは人ならば当たり前にある恋の咎である。
 そう言う新田の眼鏡はこの時不思議と情炎を押し隠した幕のようにさえ見えた。
 惟親卿が沈思するのを見て、彼岸会 無量(p3p007169)は錦の包みを解いて太刀を床に置いた。
「これは貴方の持ち物ですね?」
 新田は円滑な話し合いのため、惟親卿の人となりを兵部省の下位役人から聞いていた。
 その際に仇敵・リッチモンドから学んだことが役だったのは皮肉である。
 そして明るく実直な性格との評判と共に、武人らしく太刀を集めていたことを知った。
「惟親様、私はこれまで多くの命を『救済』と称して奪ってまいりました。ですがそれは傲慢であったと、今では存じております。最早償えぬことも」
 無量は新田の予想が的中したことを悟ると、最早揺さぶりは不要と真っ直ぐに打ち明ける。
 苦しむ衆生を彼岸に送ることこそ救済と、身内さえも殺めたこと。
 屍の山を築いた頃には血を啜る鬼として朱呑童子と呼ばれたこと。
 鬼へと堕ちた身を高僧に調伏され、善悪の心眼を与えられたこと。
 それから如何に悔い、如何に償おうとも業は消えぬこと。
 それゆえ過ちを犯し、過ちを悔いる者を断じはしないと。
「話して下さいませんか、貴方の心を。そして私に教えてくださいませ。私は愛を知らぬのです。美しい愛も、歪んだ愛も、許されぬ愛も」
 無量は三つの眼をもって惟親を見つめる。
 同性でありながら親友と契りを交わしたという男は、太刀へと手を伸ばすと答えた。
 邪念を断つと聞いてさる御坊から買い求めたこと。
 事件後に紛失に気づき、これが凶器と気づいたこと。
「業彬に妹を紹介したのは私だ。その頃はまだ自分の気持ちに気づかなかった。私は友でありながら業彬を愛している。妹と結ばせて兄弟として縁づきたいと願うほどに」
 やはり邪念だったのだ、と惟親は庭の紫陽花に視線を向けて呟いた。
●形代
「この国の衣装は綺麗だよね。惟平さんも綺麗だから、女物の衣装も似合いそう。着たところを見てみたいな」
 『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は、惟平卿と三の姫が似ていると聞いて強請る。
 事実、次男の惟平卿は元服して髻を結っていなければ女と見紛うたことだろう。
 だからこそスティアは二人が入れ替わっており、本当に死んだのは惟平卿の方ではないかと推論を立てた。
 それを確か為に着替えを促そうと画策したのだが。
(入れ替わっている訳ではなさそう? じゃあ何で? ……女装?)
 時として無邪気さは残酷なもの。
 スティアの言葉は意図しない形で惟平卿に突き刺さった。
 震えを堪えて強く握った拳と、きつく結んだ口唇が痛々しい。
「そう言えば惟平様は亡き姉君様に似ていらっしゃると聞きましたわ! 業彬様を慕っていらっしゃるとお伺いしましたが……今はどう思っていらっしゃるのですの?」
 『きらめけ!ぼくらの』御天道・タント(p3p006204)は、業彬卿のかつての想い人の面影を目の前の若者に重ねながら二人の関係を問うた。
 タントにとってこのお嬢様スタイルは性別を越えた趣味の範疇だが、この若者にとってはそうじゃない。
 恐らく女装がトラウマとなるような何か、それも業彬卿が深く絡んだ何かがあったに違いないと。
「業彬様の何がご不満なのかしら? 二の姫様よりも三の姫様を選んだこと? それとも自分を選ばなかったことかしら?」
 タントは答えを当てに行く気持ちで切り込んだ。
 そして強く揺さぶり理性を損なわせた後で、勇気づけるように手を握り、上目遣いに惟平卿を見た。
「どうか胸の内にあるものをお教えいただけませんかしら? 業彬卿には内緒にしておきますわ。わたくし達は犯人探しではなく、悪霊退治に来たのですから!」
「難しくてよく分からないけど……惟平様はきっと何も悪くない。悪戯でも仕掛けただけなのでしょう?」
 スティアも与えられたギフト『天津爛漫』により、気持ちを高揚させ、氷付いた心を溶かそうと試みる。
 ハーモニアである優しい声音が「貴方は悪くない」と繰り返す。
 二人の励ましと慰めに惟平が落ち着きを取り戻しかけたその時。
「業彬から姉と間違われた?」
 『お姉チャン』ジェック・アーロン(p3p004755)は、生粋のお嬢様のタントと天義の貴族の娘だったスティアに社交を任せ、自身は立ち居振る舞いにボロか出ないよう大人しくして惟平を見ていた。
「ゴメンね、アタシは二人みたいに優しい言葉をかけたりするの、苦手だから。直感で言うことなんだけど」
 男子は女顔を気にするものだ。
 年頃になれば尚更。
「アタシもね、そっくりな弟がいたんだ。アタシとそっくりなの、嫌がってた。自分とよく似た相手に愛情が注がれるの、見たくなかったんだって」
 母親の愛を自分だけのものと思っていた子。
 その愛が独占出来ないと知り魔に堕ちた子。
 自分と瓜二つの姉の手で銃弾に貫かれた子。
「違う! 私は姉が好きだった。でもいつの間にかよく似た姉に自分を重ねて業彬様のことを……」
 奮える拳をタントが握り、スティアがそっと肩に触れる。
 ジェックは聞きづらいこと言いづらいことは己の役目と弁え、惟平を逃さず紫陽花の如き薄く紅を帯びた瞳に捕らえる。
 邪念を払うという太刀を兄の元から盗んだこと。
 その太刀を同じく業彬への恋慕に苦しむ二の姫に渡したこと。
「三の姉君が亡くなった後、姉のふりして業彬様と褥を共に……」
 よく似た姉へのコンプレックスではなかった。
 病に伏していたという母親も関係なかった。
 予想は外れたというのにジェックの言葉は惟平の心を撃ち抜いていた。
「難しいね、姉弟って」
 姉であったジェックは、弟である人の涙を見て呟いた。
●妹
「二の姫様も容疑者のお一人……。もし怨霊の仕業なら知らぬ間に取り憑いていたのかも……。ですからどうぞお聞かせください。業彬様と三の姫様をどう思っておられましたか?」
 《幻想》の貴族の次女、『魔術令嬢』ヴァージニア・エメリー・イースデイル(p3p008559)は、二の姫を見てどこの国も貴族の姫などというものは同じだと思った。
 だけど蝶よ花よと育てられたはずの二の姫には今、どことなく翳りが見える。
(二の姫様も妹君を亡くされたのですものね。どれほど悔やみ、苦しまれたことでしょう)
 たとえ三の姫をその手にかけたのだとしても。
 ヴァージニアの問いに二の姫は曖昧に微笑むとこう答えた。
 幼い頃より兄を訪ねてくる業彬を一途に慕っていたこと。
 兄が業彬に勧めたのも、業彬が愛したのも三の姫だったこと。
 選ばれるのはいつも彼女で、愛されるのもいつも彼女だったと。
「ああ……分かります。私には姉がおりました。貴族の娘として手本のような、優しく心強い姉でした」
 ヴァージニアの姉は《幻想》を恐怖に陥れたサーカス事件の際にヴァージニアを庇って死んだ。
 姉に対しコンプレックスが無かった訳では無い。
 自分が死んだ方が良かったのでは無いかとさえ思ったことも。
 ヴァージニアが同調して見せると二の姫は秘めた心を打ち明け始めた。
 しかし『盲御前』白薊 小夜(p3p006668)が手や腕を痛めている人がいなかったか尋ねても、知らぬと言う。
「ここに来る前、凶器となった太刀を見せて頂き様々な情報を得ることが出来ました。例えば頭から斬り込んだのに天井に痕跡が残っていないとか、太刀のわずかな歪みは日頃剣に馴染まぬ素人の手によるものであるとか」
 私は剣の鬼ですから、と小夜が呟く。
 武家の娘として生まれながら宗教弾圧により家族を奪われ、自身の視力も損なわれた。
 彼女を生かしたのは幼き頃より学ばされた剣と、復讐心。
 暗殺剣の使い手であるだけに痕跡を見れば自ずと犯人の像が浮かぶ。
 太刀を振り上げても天井に届かぬ小柄な人物となれば惟親卿は外れる。
 また武家貴族として幼き頃より剣を嗜む惟平卿も。
「錆を落として見たら指紋が残されていたんだよね。海の向こうの技術なんだけど、指の脂が残るから、それで誰の指紋か分かれば証拠になるの」
 『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)もまた最早逃れられないことを暗に告げる。
 袖で指を隠そうとする二の姫の手を握ると、雑談していた時と同じに、優しく促した。
「ここで聞いたことは誰にも言わない。だからずっと吐き出せなくて辛かったことを吐き出しても良いんだよ。業彬様にも本当は他の人のところに行かないでって言いたいんでしょ?」
 天義の騎士ロウライト家に生まれたサクラは強く厳しい父から過ちを犯すと正された。
 だが優しい母はいつでも咎めずにサクラの気持ちを聞いてくれたし、兄達もまた頑張れと励ましてくれた。
 だからこそ戦いを求める己の性情も受け入れることが出来た。
 小夜もまたサクラを肯定して頷く。
「私達は貴女を責めに来たんじゃない。貴女を救いに来たの」
「私、妹が憎くて。自分が悔しくて。業彬様が恋しくて……。だからあの太刀を……」
 この恋獄から抜けださんとして魔除けの太刀を手にしたこと。
 鞘から抜いてから先は理性を失い気づいたら妹を殺めていたこと。
 事を目撃した女房が機転を利かせ盗賊の仕業に見せかけたこと。
「貴女は怨霊に恋心を利用されただけ。分かるよ、私も──」
 サクラが口に出すのも憚られる想いを匂わせ、その人の姿を心に浮かべたその時。
 二の姫の手湧き出た『歪み』がサクラへと伝う。
「サクラさん!」
 サクラが聖刀【禍斬・華】を抜く。
 かつて姉に庇われて生き延びたヴァージニアは、姉である人を庇って叫んだ。
●散華
「姉上!」
「わたくし達も行きますわよ!」
 いち早く反応したのは惟平だった。
 己の刀を手に取り走り出すと、タントがスティアとジェックを促して後を追う。
 二の姫の部屋ではサクラと小夜が刃を交え、ヴァージニアが二の姫を庇う盾となっている。
 その腕からは血が流れていた。
「サクラさんに怨霊が取り憑いて……」
「分かった。惟平、キミはその人を連れて安全なところへ連れて行って」
 惟平に指示を出すジェックは、内心憑依したのが貴族ではなくて良かったと思った。
 どうやって憑依を解除すれば良いのか、傷つけずに戦う方法を考えずに済む。
 嫉妬か、それとも恋情そのものが呼び水になるのか。誰に取り憑くか分からないのなら、依代になって困る者を遠ざければいい。
「小夜! 庭に誘導して」
「やってみるわ」
 刀を交えての大立ち回りに向き、なおかつ避難を進められる。
 小夜は友であるジェックのオーダーの通り、巧妙に攻撃を仕掛けながら庭へと誘い込む。
 
「惟平さん、今のうちに早く! それから屋敷の人達を近づけないようにして」
 スティアもまた屋敷の舎人や女房達が悲鳴を聞きつけて部屋に近づかぬように言伝た。
 二の姫にずっと憑いていたのなら、屋敷の者に取り憑いたまま潜伏される懸念もある。
「すぐ癒しますわ! 回復はわたくしにお任せを! ヴァージニア様は自分にしか出来ないことに集中してくださいませ」
「ありがとう、タント様」
 傷が癒されるとヴァージニアはすぐさまエネミースキャンを試みる。
 だがその戦闘データはサクラのもの。体力と膂力が向上したにすぎないが、人に取り憑いたがゆえに怨霊本来の力か弱められている可能性もある。
「さすがサクラさん。なかなか手加減させてくれないわね」
 庭へ下りた小夜は怨霊の力により強化されたサクラ相手に一歩も引かない。引く訳にはいかない。
 亡者の杖に仕込んだ刀で斬り、鞘で受けると、次々と殺人剣を繰り出す。
 芒に月。それは満月を背負う芒を靡かす夜風の如く。
 花葬。それは咲き誇る花の命を削ぎ取る疾風の如し。
 傷も疲れも物ともしないのは、タントの助力あってのもの。
 太陽の系譜と天使の歌声が小夜を回復させる。
(ロウライトの名にかけて、怨霊如きにくれてやる身はない!)
 怨霊に乗っ取られながらも心までは犯させまいと、サクラが太刀を己の脚へと突き立てる。
 同時にヴァージニアは超分析で状況から習性を察し取った。
「恐らく負の感情を持たない相手には乗り移れないし、接触しなければいいのかもしれません」
「なるほど。ではもう一度これに取り憑かせると言うのは如何でしょう? 恋や愛に全力になれる皆様が羨ましくはあるのですが。残念ながら私は憑依の対象外のようですから」
 眼鏡のブリッジを指先手持ち上げると、新田はコートの下のホルスターから拳銃を抜く。
 そして無量が錆びた太刀を手に庭へと下りた。
「スティアさん、私に終焉の花を」
 スティアは頷くと掌に氷の花を浮かべる。
 それは花弁から砕け、舞い踊りながら無量を取り巻く。
 どうしようもなく、ぶつけようもなく、持て余し、荒ぶるしかない、怒りとなって。
(私には愛か何なのか分かりません。でも……『彼女』に抱く想いが何なのか、これが愛なのか、取り憑かれれば分かるでしょうか)
 愛を知らぬまま業を背負った女は依代となることを望んだ。
 だが愛を知りたいと願うその心を、惟親の叫びが撃ち砕く。
「無量殿! それは愛ではない!」
 愛とは自分の内に芽生え育つもの。
 それはただの植え付けられた邪念でしかないと。
 鬼渡ノ太刀に外三光を付与してカウンターで切り返すと、瞬天三段で急所を同時に攻撃することでサクラの剣を崩した
 劣勢になると二の姫に乗り移っていた怨霊が歪みとなって怒りの効果を纏う無量に伝い、終焉の花の効果が切れると凶器の太刀へと集まった。
「ジェック、今ですわ!」
 愛する人が取り憑かれないよう警戒していたタントが叫ぶ。
 ジェックがそのタントの肩ごしに銃口を向けた。
 ディアノイマンを付与した銃から放たれたのは王の道。効率良く確実に仕留めるための最適解。
「一気に決めてしまいましょう。何かに乗り移っているのなら物理攻撃も有効なはずです」
 新田もまたデッドエンドワンの魔弾を放つと、錆びた刀身が二発の銃弾に砕けて飛び散る。
 無量の第三の目に一筋の線が浮かぶ。
 それは怨霊を滅する動線となって残る柄へ繋がっていた。
 無量は残滓の残る柄へ剣を突き立てた。
●紫陽花の恋
「本人にも付け入られる要因があったんだと思うけど、きっと怨霊がいなければこうはならなかったと思う。許してあげて……とは言えないけど、あんまり責めないであげて」
 依頼人の業彬の屋敷で真犯人と凶器の顛末を報告した後でサクラが言う。
 たが、彼らの秘めた想いを報せることはなかった。
 ヴァージニアはサクラもまた恋に悩んでいるのだろうかと考えたけれど、それも口にはしなかった。
 紫陽花は様々な色を付けることから『移り気』や『浮気』といった意味を持つ。
 業彬卿が事件をきっかけに変節したのは運命のようなものだとしても、サクラならきっとそんな風にはならないだろうと、ならないで欲しいと願いながら。
 秘密と言えば、タントは屈んだ惟平に耳打ち。
『女顔でも女装か似合っても気にすることありませんわ! 性別など些細なものですもの。だってわたくしも男の娘かもしれませんし』
 タントが悪戯っぽく囁くと惟平が驚いて瞬く。
 ジェックはそんなタントの明るさ、逞しさを眩しく見ながら、刀を手に姉の元へ真っ先に駆けつけた惟平が、もう既に大人の男になっているのだと思った。
(お姉チャンを大事にね)
 そんな風に、姉弟が仲良くあることを祈ったジェックだったが、二の姫は髪を下ろして出家するつもりだと言う。
 それは己が手に掛けた妹への償いであり、同時に恋獄から逃れる術なのだと小夜は思った。
 何食わぬ顔で津までいる為に、目撃者の女房を消したのも恐らくは彼女なのだろう。
 想いの強さは時として人を鬼にすることを小夜はよく知っている。
「良かったね、新田さん。信頼されたんだよ、きっと」
「ええ、有り難く受け取っておくとします」
 新田の手には何かに使えることもあろうと渡された惟親卿の親書がある。
 口止め料、あるいは自分の監視下に置く意図か。
 事前の情報収集で推論を固め、退路を塞いでから面会に臨んだ新田に対して脅威を覚えたのは確かだろう。
 大人の政治的な駆け引きなど露も気づかず、スティアは紫陽花の元で経を上げる無量の横に並んで手を合わせる。
『願わくばそなたが最初に知る愛が、美しいものであればいい』
 愛を知りたいと願った無量に、愛に苦しんだ惟親は言った。
 刀の残骸は徳のある僧都に祓って貰ったのち、再び紫陽花の下に埋められた。
 紫陽花や、昨日の誠、今日の嘘。
 紫陽花の下には業彬という魔性に魅せられた者達の、愛という名の狂気が埋まっている。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
このたびはリクエストいただきまことにありがとうございました。
紫陽花を詠んだ正岡子規の俳句にちなみシナリオを仕立てさせていただきました。
●構成について
 惟親、惟平、二の姫それぞれの面会パートの後に戦闘パートを配しておりますが、戦闘よりもNPCに対するアプローチをメインにしました。
 準備万端で面会に臨み、なおかつ推理を当てて来た方をMVPに選出させていただきましたが、推理が外れていても思わぬところで地雷を踏み抜いてきたり、上手いこと心情にフォローを加えてきたりと、どの方のプレイングにも見所がありました。
●描写について
 ステータスシートとプレイングを元に、心情や信条を交えつつ皆様の行動を描写させていただきました。
 戦闘シーンについては、物理攻撃が効かない怨霊(霊体)との戦闘が依代がいたことや、憑依の法則の看破、憑依のコントロールを試みれたことで上手く避けられ、かなりスムーズに進みました。
 またこの作戦を実行するに辺り、体力その他の回復がしっかりなされていたことも大きかったと思います。
●テーマについて
 土の成分により色を変える紫陽花はうつろいやすい花であると同時に、人々を魅了し翻弄する花でもあります。
 様々な愛を糧にしているのでしょうね。仄かな恋心も、狂おしい情炎も。
 業彬という魔性の男を愛した人達の物語であると同時に、皆様の過去に抱いた想い、未来に抱く愛に問いかけるものでもあります。
 PC達それぞれの胸に、そして皆様のご記憶にも残るシナリオになっていれば幸いです。








GMコメント
このシナリオは彼岸会 無量(p3p007169)様をはじめとする皆様よりリクエスト頂いたものです。
ご指名まことにありがとうございます。
●目的
三の姫殺害事件の真相究明と救済。
真犯人を見つけ、怨念をいぶり出し、討伐出来れば「成功」です。
真犯人を見つけ出しても討伐に至らなければ「失敗」となります。
●流れ
1)推理パート
姉の二の姫、兄の惟親卿、弟の惟平卿の三人のいずれか一人と会い、説得するかゆさぶりをかけるかして正体を現すよう仕向けてください。
2)討伐パート
正体を現した怨念を倒してください。
主な戦場は「庭」となり、他の容疑者の元にいったPCもすぐに駆けつけられるものとします。
●敵
敵は「霊体(霊気)」で、通常の武器での攻撃が効きません。
人に取り憑いた状態だと人を斬れば取り憑いた霊体もダメージを負います。
ある心理的要因を持った相手に取り憑くので、イレギュラーズに乗り移る可能性があります。
●補足
三人の容疑者のうちの一人が犯人ですが、残る二人も何やら秘密があります。
彼らの心に有効な働きかけをすることで結末がより良いものとなります。
凶器の太刀はイレギュラーズが預かることも出来ます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
依頼人の言葉やアレックスからの情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
また皆様の行動の結果、不測の事態が発生する可能性もあります。
それでは皆様のご活躍を心よりお祈りしております。
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