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シナリオ詳細

再現性東京2010:希望ヶ浜怪談『赤い夕焼け』

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 夕暮れの交差点にアラゴン・オレンジの光が差し込む。
 遠くビルの隙間から伸びた夕陽は何時もと変わらずそこにあった。
 眩しい光に目が眩み、一層濃くなった影に焦燥感を覚える。
 この時間ならば、他に人通りもあるはずなのに。それが今は誰も居ない。

 通りゃんせ、通りゃんせと交差点のスピーカーが鳴り響く。
 何時もと変わらない音色。そのはずなのに何処か捩れて歪な音として耳朶に響いた。
 足を一歩踏み出す程に音が割れていく。代わりに心臓の音がどんどん大きくなっていく。
 始めは漣の微かな音だった。
 それは次第にザラザラと鼓膜を揺らし頭の中に入り込んでくる。

 交差点を渡り追えて振り向けば――交差点の真ん中に女の子いた。

 ランドセルを背負った小学生の女の子。
 いつの間にすれ違ったのだろう。少女は向こう側へ歩いている。
 交差点のスピーカーは鳴り止んで、信号は赤になっている。
 それなのに、少女は交差点の真ん中を歩いている。
 少女のランドセルに付いている鈴がチリンチリンとなっている。

 駄目だと声を掛けようにも上手く身体が動かない。
 向こう側からは車が猛スピードで走り込んでくるというのに。
 動け。動け。動け。
 女の子が危ないのだ。助けないなんて選択は出来ないだろう。
 だから――


 そこはまるで――《東京》であった。

 練達の一区画に存在する再現性東京。
 さらにその一区画には希望ヶ浜と呼ばれる地域が存在する。
 それは嘗て異世界『地球』よりこの世界に召喚され、変化を受け入れなかった人々が集う場所。
 否、受け入れられなかった者達の聖域が2010街『希望ヶ浜』だった。
 科学文明の中に生き、神や魔――怪異を遠ざけ生きてきた人々にとって、急転直下、運命が流転するが如く小説よりも尚も奇抜な環境変化には適応できなかったのだ。

 自分の帰る道さえも分からぬ異世界での生活。これまでの人生への悲観。それらにつけ込むように微笑みを返してくる『魔』に彼らは目を背けた。
 魔を否定し、己が知っている範囲の中で生活をする事を良しとした。
 高層建築物に囲まれ、迷路のように入り組んだ路地の向こうに存在する聖域。
 いつも通りの日常。世界の不変を望んだのだ。
 目を瞑り耳を覆って。この世は安全だと信じていたいから。

 ――――
 ――

「ローレットの皆さんの中には、もしかしたらこの『希望ヶ浜』のような所で過ごしていた方も居るかも知れませんね」
 希望ヶ浜の成り立ちについて、一通りの説明を終えた『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)は柔らかい声で優しく微笑んだ。
 彼は手の中にある小型の電子機器aPhone(アデプト・フォン)を取り出してイレギュラーズに見せる。
 この希望ヶ浜内部を走るAnet<アデプト・ネットワーク>に接続された端末には地図が表示されていた。
「今、皆さんが居るのは『カフェ・ローレット』。それで、この近くにある大きな敷地が希望ヶ浜学園。皆さんが編入する学校です。あ、大人の方は先生としてでも構わないそうですよ」
 朗らかな微笑みで頷く廻。

 希望ヶ浜学園への編入。
 それは練達、実践の塔、塔主の佐伯・操によるオファーであった。
 この街に蔓延る『悪性怪異:夜妖<ヨル>』の討伐を行う者の人材育成学校。
 夜妖<ヨル>というのはモンスターや幾ばく以上におかしな人の事でこれまでの仕事と何ら変わりない。
 それだけなら、どこぞの国から傭兵を派遣してくれば良い話である。
 けれど、わざわざ学園を作って育成する理由が存在するのだろう。
「この街の人達は『元の世界』と同じような平和を望んでるんです」
 怪物や幽霊は居ないし、魔法や超能力だって無い。
 彼等はそれを『物語の世界』として認識している。
 だから、目の前の現実として受入れる事が出来ないのだ。

「それって、つまり翼が生えたり、角が生えたりしてたらダメって事なんじゃねーの?」
「そうですね。怪力や魔法を使う『常人離れした僕たちも彼らにとっては怪異と大差が無い』んです」

 廻の言葉にイレギュラーズは憤りを感じる。
 では、どうやって怪異を退治すればいいのか。息を潜めて隠れていろというのか。
「怪異の秘匿は絶対条件です。この街の人達はとても臆病なんです。だから、壊さないであげてください」
 壊さないで――という言葉にイレギュラーズは眉を寄せる。
 相手の生活を尊重するのは、共存する上で大切な事だろう。
 けれど、それでは生活すらままならないとも思うのだ。
 イレギュラーズの視線に廻は大丈夫だと目を細めた。
「理解のある学園内では普通に過ごすことができます」
 怪異退治の依頼は全員に渡されたaPhoneに連絡が来る。
 それを受けた時に現場に急行、悪性の夜妖(ヨル)を退治する程度であれば『怪異の秘匿』は最小限に留められるだろう。
 敢えて見せびらかさなければ良い――という程度に考えてしまっても差し支えあるまい。
「戦闘の後は『掃除屋』である僕が綺麗に怪異の痕跡を消すので、安心してくださいね」
「それなら、大丈夫そうだな」
 心配事を払い安堵した表情でイレギュラーズは廻に向き直った。

 世界の闇に紛れて暗躍する。
 決して知られてはならない秘匿の戦い。
 なかなかどうして。面白そうではないか。

 ――――
 ――

「それで今回の依頼は……」

 悪性怪異――夜妖『朱』。
「とある交差点に現れる少女の姿をした怪異です」
 ビルの狭間に夕陽が落ちる頃。人気の無くなった交差点でランドセルを背負った少女が現れる。そういった噂話があるそうだ。彼女に魅入られた者は、交差点の歪みに連れ込まれて食べられてしまうらしい。
「元々はその交差点で亡くなった少女が居たという事実だけでした」
 学校帰りに車に跳ねられた。可愛らしい少女だった。
 そういったセンセーショナルなニュースがテレビの中に映し出される度に。
 人々の心の中には『可哀想に』『悲しくて泣いているのだろう』といった思いが重なった。
 突然の事故だったから自分が死んだ事を知らないのだと上からレッテルを貼り付けて。
 それがいつしか『あの交差点には少女の幽霊が出る』なんて心ない一言が飛び交うようになったのだ。
 それだけなら、よくある話だろう。
 けれど、人々の思いは彼女に姿を与え、脅威を与えてしまった。

「本当に、被害者が出たのは昨日のことです」

 怪異から耳を塞ぎたい人達が多い希望ヶ浜において、彼だけが勇敢にも少女から目を背けなかった。
 普通であれば雰囲気の違う不気味な交差点に気付いた時点で、走り去っているだろう。
 けれど、彼は少女に迫り来る車に気付いてしまった。
 繰り返される記憶の反芻に囚われてしまった。
 それ故に最初の被害者になってしまったのだ。

「彼はどうしてるんだ? 死んだのか?」
「いいえ。死んではないです。ただ、心と体を切り離されて、今は意識不明で病院にいます」
「ってことは、心の方がまだその場所にいるんだな?」
 イレギュラーズの言葉に廻は目を瞠る。
 戦いに慣れているとは聞いていたが、状況の把握能力も高いのだろう。
 この世界の危機を幾度となく救って来たローレットという組織は伊達では無いのだと思い知らされる。
 希望ヶ浜に来るより前の記憶が無い廻にとって、世界はこの街だけだったから。
 きっと彼等は頼もしい存在なのだろう。
「はい。彼の心は現場に囚われたままです。皆さんには夜妖を倒し、彼の心を救って欲しいんです」
 廻の声にイレギュラーズはしっかりと頷く。
「ああ、任せろ」
 aPhoneに指し示された地図と集合時間を確かめて、イレギュラーズはカフェ・ローレットを後にする。


 夜空に輝く星は少なく。明るいような暗いような曖昧な空が頭上を覆う。
 現場となる交差点の近く。
 街灯に照らされた公園でフードを被った廻の姿を見つけ声を掛けるイレギュラーズ。
「……」
 先ほどとは打って変わってフードの中から覗く廻の視線はどこか冷たく感じる。
 張り詰めた堅い表情に近寄りがたい雰囲気すらある。
「こっちです」
 小さく呟かれた声に大人しく付いていけば件の交差点が見えてきた。
 此方から彼方へ。
 通りゃんせ。通りゃんせ。
 夜間は鳴るはずの無いスピーカーからの音。
 音割れした音色。決して振り返ってはならないと伝うのは歌詞か童話か。

 景色が。色彩が。崩れて混ざる――

GMコメント

 もみじです。希望ヶ浜へようこそ。
 こちらは、学園の外に出ての実践訓練。
 訓練といっても通常依頼と同等の難易度となります。

●目的
 悪性怪異:夜妖『朱』の討伐
 囚われた青年の保護

●ロケーション
 希望ヶ浜のとある交差点
 人気はありません。灯り、足場に問題はありません。
 夜妖『朱』は交差点の真ん中に居ます。
 青年は向こう側に佇んでいます。

●敵
○悪性怪異:夜妖『朱』
 人々の憐憫や思いが澱んだカタチとなって現れたもの。
 この交差点に差し掛かり、振り返った者を捕えました。
 青年に直接的な危害を加える気はありませんが、彼女の意志とは関係無く心と体が離れた者は衰弱してやがて死に至ります。
 攻撃をされれば、反撃してきます。
 青年を助けるためには、彼女を倒すしかありません。

 至近物理攻撃、神秘オールレンジの攻撃を持っています。

○交差点の魔
 猛スピードの車や自転車。スピーカーの音。
 雑踏。歩くのが遅い老人など。
 夜妖『朱』を倒すまで無限に湧いてきます。邪魔です。

 至近物理攻撃を仕掛けてきます。

●NPC
○『学校帰りの青年』修也
 交差点の悪性怪異:夜妖『朱』に囚われてしまった青年。
 人のカタチを取っていますが、心そのもの。
 目の前で繰り広げられる戦闘に目を白黒させています。
 戦場の只中に居るので危ないです。

○『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)
 希望ヶ浜学園大学に通う穏やかな性格の青年。
 裏の顔はイレギュラーズが戦った痕跡を綺麗さっぱり掃除してくれる『掃除屋』。
 戦闘には参加せず、安全な所からイレギュラーズの仕事を見守っている。

●希望ヶ浜学園
 再現性東京2010街『希望ヶ浜』に設立された学校。
 夜妖<ヨル>と呼ばれる存在と戦う学生を育成するマンモス校。
 幼稚舎から大学まで一貫した教育を行っており、希望ヶ浜地区では『由緒正しき学園』という認識をされいる裏側では怪異と戦う者達の育成を行っている。
 ローレットのイレギュラーズの皆さんは入学、編入、講師として参入することができます。
 入学/編入学年や講師としての受け持ち科目はご自分で決定していただくことが出来ます。
 ライトな学園伝奇をお楽しみいただけます。

●夜妖<ヨル>
 都市伝説やモンスターの総称。
 科学文明の中に生きる再現性東京の住民達にとって存在してはいけないファンタジー生物。
 関わりたくないものです。
 完全な人型で無い旅人や種族は再現性東京『希望ヶ浜地区』では恐れられる程度に、この地区では『非日常』は許容されません。(ただし、非日常を認めないため変わったファッションだなと思われる程度に済みます)

●再現性東京2010街『希望ヶ浜』
 練達には、再現性東京(アデプト・トーキョー)と呼ばれる地区がある。
 主に地球、日本地域出身の旅人や、彼らに興味を抱く者たちが作り上げた、練達内に存在する、日本の都市、『東京』を模した特殊地区。
 ここは『希望ヶ浜』。東京西部の小さな都市を模した地域だ。
 希望ヶ浜の人々は世界の在り方を受け入れていない。目を瞑り耳を塞ぎ、かつての世界を再現したつもりで生きている。
 練達はここに国内を脅かすモンスター(悪性怪異と呼ばれています)を討伐するための人材を育成する機関『希望ヶ浜学園』を設立した。
 そこでローレットのイレギュラーズが、モンスター退治の専門家として招かれたのである。
 それも『学園の生徒や職員』という形で……。

  • 再現性東京2010:希望ヶ浜怪談『赤い夕焼け』完了
  • GM名もみじ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年08月10日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
ラヴ イズ ……(p3p007812)
おやすみなさい
久夛良木・ウタ(p3p007885)
赤き炎に
散々・未散(p3p008200)
魔女の騎士
三國・誠司(p3p008563)
一般人
晋 飛(p3p008588)
倫理コード違反

リプレイ


 日中の雑音とは裏腹に、宵闇に支配された夜の街は静けさに包まれる。
 インク・ブルーの夜空と街灯の明かりの下。
 浮かび上がる交差点。
 ランドセルを背負った女の子の姿が久夛良木・ウタ(p3p007885)の視界に映る。
「わくわくしちゃう!」
 口の端を上げたウタは魔術回路を全開に開いた。
 この街に来たのは学校の『先生』になってみたかったから。
 今日も憧れの先生の格好――スーツに眼鏡でこの場所に来ているのだ。きっと格好いいに違いないとウタは意気揚々とスカーレットの瞳を上げた。
 忘れてはいけない。今回はこっそりひっそり人間を助ける為に行動するのだ。
『普通』の人間は弱くて可哀想だから、助けるのはウタ達イレギュラーズの役目なのだと頷く。
「さー、いよいよ戦いだね!」
 遠くから車の走る音が聞こえた来た――

 この世界から目を逸らす人達の平穏を守る。
 考えてみれば中々凄い依頼だと『ハニーゴールドの温もり』ポテト=アークライト(p3p000294)は傍らの『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)に話しかけた。
 身長が高いポテトが僅かに覗き込む形で廻の様子を伺えば、フードの中で張り詰めた表情を見せる。
「ずっと陰ながら彼らを守り続けている廻達は凄いな」
「いえ、凄くなんて」
 日中の柔和な表情とは別人のように眉を寄せた廻。緊張しているのだろうかとポテトは肩を軽く叩いた。
「大変な仕事だけどこれから宜しく頼む。彼らの平穏を守るために頑張ろう」
「はい。すみません」
「謝る必要なんて無い。大丈夫」
 青年を仲間が連れてくるからその保護を頼むとポテトは告げて、交差点へと入っていく。
 そして、双剣を手に魔法陣を展開した。それは青き光を放ち周囲を囲む結界へと変わって行く。
「……すごい」
 ポテトの張った保護結界に廻は感嘆の声を上げた。
 結界師が苦労して練り上げるそれをいとも簡単に展開したポテトにローレットの実力を思い知らされる。
 掃除屋が居るとはいえ出来るだけ被害が少ない方がいいだろうとポテトは考えたのだ。
 廻にとってそれはとても有り難いことだった。

「変化に対応できなかった人たちの安住の地って言えば聞こえはいいけど」
 シナモンの瞳を僅かに伏せた『砲使い』三國・誠司(p3p008563)はアスファルトの隙間に生えた草を見遣った。今はまだ変わらないように、平穏なように『見えている』だけなのだと眉を寄せる。
 それでもいつかは訪れるのだ。現実を見なければならない日がやってくるはずなのだ。
 何故なら此処は、誠司達が居たあの世界とは違うから。
 紛い物であるこの街は何時か綻んで崩れるのだと誠司は憂う。
「でも、今はまだその時じゃない言うのならフォローしましょ……!」
 誠司の視線の先、一足先に駆け出した『おやすみなさい』ラヴ イズ ……(p3p007812)の金髪が慣性に沿って流れた。
 再現性東京には初めて来るけれど。
『夜妖』――ヨルが敵だなんて、悲しい話だとラヴは僅かに肩を落とす。
 本物の夜は、切ないほど優しく寄り添ってくれるのに。
 風の如き早さで交差点に入り込んだラヴの行く手を雑踏が阻む。
 勢いよく衝突したラヴの反動で、見知らぬ男が倒れた。ラヴ自身も人に衝突したなりのダメージを負う。実体を持った幻覚なのだろうか。
 頭を振った男は何事も無くラヴの横を過ぎ去っていった。
「これが、交差点の魔?」
 ラヴは眉を寄せる。一人で駆け抜けるには厳しいのだろう。
 彼等はかつて此処を通った人々。交差点が記憶する雑踏。
「あはは! 任せて! 先手必勝!」
 ラヴの顔、数センチの距離を魔力の奔流が駆け抜ける。
 ひりひりと皮膚が焼け付くような凄まじい威力を伴ったウタの魔砲。
「にんげんを助けるのはまかせるね。私、戦う方が楽しいもの!」
「ええ」
 楽しげなウタの表情に、ラヴは心臓を鳴らす。
 この感じは一緒に巻き込まれそうだと本能が警告していた。

「通りゃんせ……『行きはよいよい 帰りはこわい』か」
 ぽつりと呟いた『流麗花月』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)の声は交差点のノイズにかき消される。
 元は何の変哲も無い事故のニュースだったのだろう。
 憐憫が寄り集まって出来た少女の姿。されど、人を食らう怪異と化したからには容赦は出来ない。
 それが、世界の救世主たるイレギュラーズの役目。
 汰磨羈は双刀を鞘から抜き放つ。
「その青年、帰させて貰うぞ!」
 花咲く舞は、迫り来る猛スピードの車を弾き飛ばした。しかし、汰磨羈の軌跡はそれで留まらない。
 ラヴの行く手を遮る交差点の魔を穿ちはね除ける。
「進路妨害は道路交通法違反だぞ? さぁ、道を開けて貰おうか!」
 何処からか舞ってくる桜に汰磨羈の髪が靡いた。
 その汰磨羈の影から青い星屑の光を纏った『妖精の守り手』サイズ(p3p000319)が飛び出す。
 説明をaPhoneに纏めたけれど、大変だとサイズは溜息を吐いた。
 妖精の羽が生えているサイズは青年の目には怪異として映るだろう。
「俺は悪性じゃなくて中立性怪異になるのだが」
 はてさて。青年の保護の役目は担えるのだろうかと小首を傾げるサイズ。
 さりとて、このaPhoneを使えば何とかなるだろうとサイズは頷く。
 経緯はどうあれ、彼を守る事が出来ればいいのだ。
 仲間が開いてくれた道をサイズは鎌を担ぎ飛んだ。

 倒した所で、誰からも感謝される事も無く。
 況してや救世主だと、謳われる事も無い――

 宵闇の中美しい光が交差点に君臨する。
 雪の白さを風にはためかせ、灰の遊色を瞳に宿す。それは紫にも青にも変化して。
『L'Oiseau bleu』散々・未散(p3p008200)は願いの骸をその身に宿していた。
「結構。中々宜しいではありませんか」
 灰の瞳が交差点に向けられる。
 其処には此方に背を向けた赤いランドセルが見えた。
 スピーカーからノイズが鳴り響き、信号が点滅する。
 少女は小さな足で懸命に走っていた。されど猛スピードの車が向こう側からやってくる。
 ブレーキの音と高く舞った小さな身体。夕焼けの赤みたいな血の雨が地面に散った。
「嗚呼、嗚呼。目紛しい程の、赤だ」
 成程。記憶は繰り返されるのだと未散は頷く。この幻覚を含めて『朱』という怪異なのだろう。

「よっし怪異退治だぜ! つってもガキの姿なんだよなぁ……」
 赤茶の髪を掻上げた『刑部省さんこっちです』晋 飛(p3p008588)は片眉を上げて視線を向けた。
 どう遊んでやればいいのかどれが正解なのか分からないが。
「ちょいと思いついたぜ」
 シニカルな笑みで戦場を駆ける飛の後ろにはAGが着いてきている。
 汰磨羈とウタが開いた道を、飛は障害物を避けながら進み、少女の前に躍り出た。
「何もさせねぇ!」
 小さな身体を押さえつけて相手の出方を伺う飛。
 吃驚した様子で目を見開いた少女は逃げようと暴れ出す。
「ってぇ」
 流石は悪性怪異といった所だと、飛は己に出来たブラッディ・レッドの傷跡に笑みを零した。
 されど恐怖に歪んだ幼い顔は紛れもなく子供で。
「ガキとは遊んでやらねぇとな」
 飛は通りゃんせのリズムで攻撃を繰り出す。


 サイズは必死に耐えていた。
 迫り来る車の衝撃に内臓が軋む。雑踏の足に蹴られて額にアガットの赤が咲いた。
「っ、は」
 それでもサイズは寸前の所で歯を食いしばり腕の中の修也を助けようと懸命に耐えている。
 初めは妖精の羽を生やし大鎌を持ったサイズに驚いた青年ではあるが。
 サイズが身を挺して危険から守ってくれている事は理解したのだろう。
 少年に見える子供のaPhoneの中にあった希望ヶ浜学園中等部の学生証を見せられた時は、どういう事かと疑問に思ったけれど。その真意よりも、こうして危険から遠ざけてくれているという事実があるから。
「君大丈夫、なのか」
 恐る恐る目の前の妖精羽を持つサイズに声を掛ける。
 きっとこの青年は勇敢なのだろうと、守ってやらねばとサイズはしっかりと頷いた。
「平気だ、こんなの……なんとかなる」
 頭から血を流しながら答えるサイズに眉を寄せる修也。全然大丈夫には見えない。むしろ重傷だ。
「大丈夫、今回復するから」
 二人に降り注ぐ優しいポテトの声。
 修也を守るサイズとラヴの体力は優先的に回復しなければならない。
 ポテトは本領発揮とばかりに、練り上げる魔法に意志を込める。
 神子の宴はポテトの生命力を代償に仲間を鼓舞する力となる。
 それはラヴやウタの助けとなり、攻撃力に繋がった。ポテトの力がなければサイズに迫り来る脅威はもっと増えていたことだろう。
 優しい新緑の息吹が咲き誇り葉を伸ばす。ポテトの樹精たる真素の根源。芽吹きの歌。
 草木が風に揺れる度、ポテトの傷は消えて行く。
「よし、行ける」
「任せたぞ」
 サイズが横断歩道の中腹に差し掛かった。
 其処へ迫り来るトラックの重量。
 咄嗟に目を瞑った修也の耳に届いたのは柔らかな声。

「──夜を召しませ」

 ラヴがサイズと修也の前に立ちそのトラックの衝撃を受け止めていた。
 彼女は先ほど修也の元へ一番に駆けてきた女の子である。
「何で、君は女の子だろ?」
 そんなに血を流してまで何故危険な事をするのだと問いかける瞳。
「あなたを助けるため」
 夜空が落ちてくる重力で、交差点の魔を引きつけるラヴ。
 最優先すべきは青年を安全な場所まで送り届けることだから。
 白い頬にエンバーラストの赤が走っても、ラヴの歩みを止める事は出来ない。
「守るべきものがあるのなら」
 何処までも強くなれるのだから――
 ラヴの身体に弱きを守ったという赤の証が刻まれていく。

 ――――
 ――

 シナモンの視線は戦場を移し込んだ。
 誠司は注意深く意識を交差点の隅々まで張り巡らせる。
 僅かに鼓膜を打つ走行音。普通車ではない。これは大型のものだろう。
 此方の死角から突然迫ってくる大型バスに御國式大筒を打ち込んだ。
 その場で大破するバスの上に飛び乗った誠司は、視界が効くと口の端を上げる。
「なんでこんなのが沸くのか……」
 何のために人を巻き込み、このような器用な仕業をしでかすのか。
「んー」
 考えても答えは出てこない。考察する材料も誠司には見当たらなかった。
 もし仮に考えるとしたらこの希望ヶ浜に住まう人達の無意識に抱える不安が、振り返ったものを捕える形で顕現してしまったのだろうか。
「……ちょっと傾向は覚えておいていいのかもしれない」
 誠司は納得したように大筒を交差点の中心へと向けた。
 狙うは修也達を狙う交差点の魔。仲間を巻き込まぬよう狙いを定めた大筒がインク・ブルーの空へ打ち出され戦場に降り注ぐ。
「あはは! やるねえ!」
 誠司の弾丸に陽気な声を上げるウタ。
 此方に向かってくる車を避ける事もせず、体当たりされたその瞬間に張り付き魔砲を打ち込んだ。
 バラバラになった車体から飛び退いたウタは、アガットの赤を流しながら笑顔になる。
「すごく楽しい!」
 臨場感溢れる死闘。命のやり取り。これこそウタの求めていた戦いだ。
 心配そうに見つめるポテトにウタはサムズアップする。
「私は大丈夫だから、それよりも他の子を回復して!」
 ウタの為に使う労力を他に当てるということは、それだけ『仲間』が立っていられるということ。
 無鉄砲の一番槍には似合わない。いの一番に戦場へ駆け込んで華々しく咲くのみ。
 パンドラは苛烈に燃え上がる。血の戦槍は高々に掲げられた。
「さあ、次の相手はどーれだ! あはははっ!!!!」

 未散は儚き瞳で戦場を見据える。
 この交差点の魔、その先に居る『朱』を倒さなければ、救える者も救えないのだと眉を顰めた。
 戦力は足りないのかもしれない。ならば。
「困難は乗り越えられるもの、無理とイコールでは御座いません故に!」
 足並みを揃えた方が確実に送り届ける事が出来るだろう。
 だがそれでも、修也をこの場から助け出す事で安全を取ると仲間が動くのならば、未散とてそれを全力で支える他無い。けれど増えていく仲間の傷に胸が苦しくなるようで。
「大丈夫」
 優しさを含む声に振り向けばポテトが居た。
「みんなの背中は私が守る。だからみんなは全力で『朱』と交差点の魔を倒してくれ!」
 ポテトの声に未散は視線を上げる。
 そうだ。迷っている暇などありはしない。戦況は今まさに動きつつあるのだ。

 サイズは仲間が拓いた道を。修也を庇いながら進んでいた。
 もう少し、あと少しで交差点を渡り終える。
 最後の白線を修也が越えた――
 その瞬間、一斉に差し向けられた交差点の魔。
 サイズの身体が宙を飛ぶ。
 されど、修也を守るという執念がサイズを奮い立たせた。
 飛ばされた反動を捻り、反転して修也を巻き込む形で公園側に転がっていく。
 公園には廻が待ち構えていた。サイズは修也を彼に託し踵を返す。
「任せた」
「はい」
 憂いは絶った。あとは全力で悪性怪異と対峙するのみである。


 ラヴは戦場に走り込んだ。
「お待たせ。修也さんは無事よ。……一気に決めましょう」
 仲間の顔に闘士が漲るのが分かる。
 月をこころに。
「ひとつ、ふたつ──」
 数えるラヴの声が戦場に響く。
 その小さな音色に穿たれる爆音。
 誠司の大筒から放たれた弾丸は空を駆け戦場に振った。
「行くぜ!」
 更なる爆発音に交差点の信号機が震える。

「無限に湧く魔など相手してられん。ここから速攻で片付けるぞ!」
「応!」
 汰磨羈の声に仲間が応える。
 飛の位置と対に成るように戦場を移動する汰磨羈。
 彼女が自由に動けるのもサイズや誠司が交差点の魔を食い止めてくれているから。
 双刀の柄を握り、水行の真素を纏う。
 流れと変化を司る渦の結界は朱を捕え地面に叩きつけた。
 そして注意深く観察する。朱が人間相応の運動能力であるのなら、足腰を損壊させて機動力を奪う事もできるだろう。その隙は大きな好機となる。
 汰磨羈の攻撃により膝から血を流して痛がる少女。
 やはりと彼女は思う。
 怪異といえどこの朱という夜妖は人間相応の運動能力なのだろう。
「妖の先達として言わせて貰う。――出しゃばり方を誤った時点でこうなるのは宿命だ。諦めろ」
 重なる汰磨羈の剣先。月の光が背に走る。

 

 憐憫から生まれし者。
 本人の意志とは関係無く『悪』と見做されるもの。
 青年の命が脅かされるのならばそれは『人間側』にとって脅威となりうる。
「だがなぁ、流石に気の毒なんでな」
 飛は少女を誘うように攻撃を繰り返していた。
「おう、ガキ、遊びたいなら派手に遊ぼうぜ!」
「……遊ぶ?」
 初めて言葉を発した少女に、飛は「そうだ、遊ぼうぜ」と応える。
 通りゃんせとリズムに合わせて踊るように戦場を飛び回った。
 飛の『遊び』に朱の心が少しずつ満たされていく。
 憐憫だけではなくなっていく。

 ああ、それでも。
 記憶は繰り返されるのだ。

 少女が交差点を此方から彼方へ渡るとき。
 その車は必ず現れる。どんな時だって少女を空へと投げ飛ばす。
 でも今日は違う。何だか楽しい気分なのだと朱は思った。
 此方から彼方へ。交差点を渡る。
 車はやっぱりやって来る。諦めに似たもの。終わりなき反芻。

 けれど――
「ピンチにはヒーローが現れるもんだろ?」
 車を跳ね飛ばした飛のAGに少女の目は見開かれる。
「ははっ、女の子だってこういう玩具は嫌いじゃねぇだろ?
 ほらほらお嬢ちゃんおじさんと派手に遊ぼうぜ!」

 ぽろりと涙が朱の頬を伝う。
 楽しい。楽しい。とっても楽しいのだと――


「帰り道なんて、何処にも無いの」
 交差点の隅に横たわる朱の頬を撫でた未散。
 願いの結晶たる我が身を持ってしても。きっと彼女の願いは叶わなかった。
 儚き祈りは宵闇の薄い星に消えて行く。

「楽しかったねえ!」
 底抜けの明るさでウタが笑う。一緒に戦った仲間の手を取り友達だとブンブン振り回した。
「あっそうだ、にんげん元気? 弱いのにがんばったねえ」
 良い子と修也の頭をなでるウタの傍にポテトも寄り添う。
「悪夢はもう終わったんだ」
 目を覚ましたらいつもの日常が待って居るから。だから早く身体に帰るんだと修也に促す。
「あ、ああ。そうだな。ありがとう君たち」
 ほっと安堵の表情を浮かべた修也は目を瞑りゆっくりと消えて行った。

「では、此処からは僕の仕事ですので」
「2010年の東京で、怪異相手の機密任務か。昔を思い出すな」
 イレギュラーズにお辞儀をした廻がテキパキと準備を始め交差点へと歩いてく。
 夜妖を回収して痕跡をけすのだろう。
「……中々に手慣れている。余程の経験が無ければ困難な類の仕事だぞ、掃除屋は」
 汰磨羈の視線が廻を見つめていた。
 その足音がくるりと翻る。
 企業秘密を見るわけには行かないだろうからと仲間を引き連れて。
 夜の薄い影に遠く浮かぶビルの灯りが彼等を照らしていた。

成否

成功

MVP

晋 飛(p3p008588)
倫理コード違反

状態異常

ツリー・ロド(p3p000319)[重傷]
ロストプライド
久夛良木・ウタ(p3p007885)[重傷]
赤き炎に
晋 飛(p3p008588)[重傷]
倫理コード違反

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 MVPは怪異と真正面から対話した方へ。少女は喜んでいたことでしょう。
 ご参加ありがとうございました。

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