PandoraPartyProject

シナリオ詳細

影を踏め

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 おお、おお、おお。
 ああ、ああ、ああ。
 ここな主は病であるか?
 この身焼く炎が病ならばよかった。汲めども尽きぬ嫉妬、獄卒と三三九度交わして、毒杯煽れども溢れ出すいのりといのち。なぜ動くか、うとましい、皆果ててしまえ。腐りゆく心、まやかしの理性。ひたすらに願う、天にまし地に満てる幸福よ燃え尽きよ。とうに血にまみれた、当に地に堕ちた、肉肉喰らいて、して、ナニか変わったか?
 終わりなき生き地獄。
 乞うている。請うている。恋うている。憎悪は思慕に似て頭の中、常につきまとう影よ、なぜに屍人の顔か。はかりごと巡らす愉悦つかの間、謀殺は一瞬で感慨にも至らなかった。綱渡りの精神、寄る辺なき小舟に独り、生首抱え小唄。停滞に住まうここは最果て、さらしなにつき。河原の小石積めど何者も崩しに来ぬ。燃え上がる炎あかあか。彼の世、狭間から見たあの夜の赫赫。もういちど、見ねばならぬ。何度でも、見ねばならぬ。熱り立つ諦念。その声もその髪もその姿もその影も嫉妬せねばならぬ。私が私であるために。
 ええ、憎らしや、誰にでも朝は来る。鏡をば、割らん。


「ん~いい朝ね! 今日も暑くなりそう!」
 広い庭で、気持ちよさそうに伸びをする鬼人種。野太い声ではあるが、暖かくやわらかみがあって耳に心地よい。キーを上げて目を閉じれば、なんだかうっかり「ままー」なんて呼んじゃいそうだ。
 彼、豪徳寺・美鬼帝 (p3p008725)の背後には、『灯火』と大きな看板が掲げられている屋敷がある。中では娘の豪徳寺・芹奈 (p3p008798)が寝起きの悪い子どもたちの頭を小突いている頃だろう。皆が揃ったら順番に顔を洗わせて、食事の支度をさせなければ。幼い子供は食器を扱い、年長の子供は包丁片手に調理をする。それを指揮し、手伝うのが美鬼帝の仕事だ。家事はどんなときでも身を助く、それがこの悲田院(幻想では孤児院とも呼ぶ)の方針。
 パシャリ。
 もう一度伸びをしていたところへ、カメラの音。振り返ると宮峰 死聖 (p3p005112)が車椅子から悪戯っぽい笑みを向けていた。
「ミキティ嬢のモーニングセクシーショット、いただき♪」
「もーう、朝から何してるのよ死聖君たら」
「冗談冗談、芹奈さんから美鬼帝さんを呼んでくるよう言われてね。ゴリョウさんがメニューを考えてくれたからチェックしてほしいって」
「あらゴリョウ君もう起きてるの? 昨日は遅くまで飲み明かしてしまったけれど」
「若干二日酔いの気はあるかな。でも舌は鈍ってないよ、さすがだね。ゴリョウさんの朝食、僕も楽しみだよ♪」
 二人は話しながら裏口へ歩いていく。厨房からは既にいい香りが漂っていた。裏口に仁王立ちしていた豊満な人影がまぶたを半眼に落とした。
「……遅い」
 無表情にしていながら、刃物のように分厚い言葉。「豪徳寺組」の次期組長にして、この悲田院の共同経営者(と、言うべきか?)、美鬼帝愛娘の芹奈だ。
「ごめんなさいねえ芹奈。死聖君たら話上手だからついつい」
「言い訳はいい。早くあがれ。ゴリョウ殿が待っている」
「おう、おはようさん、ふたりとも! 今朝のメニューは豊穣をベースにしつつ幻想風のアレンジを加えてみたぜ。味見してってくれよな!」
 試食用の膳を持ち上げ、ゴリョウ・クートン (p3p002081)は腹をゆすり豪快に笑う。
「はう~、いい匂い、待ちきれないッスよー。あ、じ、み、あ、じ、み、は・や・く!」
 色違いのツインテールを揺らし、鹿ノ子 (p3p007279)が小さくジャンプする。
「うん、この味噌汁も浅漬けも最高。魚の焼き具合も完璧だし、ご飯は粒が立ってるし、子どもたちに炊かせたらこうはいかないわ。ぜひコツを教えてあげてちょうだいな」
「ぶははっ、食い物で褒められるのはやっぱりうれしいな! もちろんちびちゃんたちにも奥義を伝授するぜ!」
「はわ、ゆくゆくはゴリョウさん並の料理人がたくさん……!?」
 ほっぺたに米粒をつけたメルトリリス (p3p007295)は未来への期待に胸を躍らせている。
「そうなるとうれしいよなあ。俺の味が豊穣全土に広がっていくと思うとよ、感慨深いもんがあるぜ」
 ゴリョウはにっと笑う。そこへわっと十人ほどの子どもたちが転がりこんできた。あとからヨル・ラ・ハウゼン (p3p008642)とベネディクト=レベンディス=マナガルム (p3p008160)があわてて駆けてくる。
「廊下を、走るんじゃない! 余も走ったがね! 転んで怪我をしたらどうするんだ!?」
「……子ども、それも複数の相手というのは、なかなか大変……だな……」
 朝からげっそりしている二人に、美鬼帝は爽やかに笑ってみせた。
「そこがいいのよ。そこが!」

「いたーだきます!」
 お堂で全員揃い、食事の前の簡素な祈りを。
「いいね、「いただきます」。天義では食事の前に神へ日々の恵みと糧の感謝を捧げなくてはならないから、スープが冷めちゃうこともあるんだ」
 メルトリリスはそう言うと、幸せそうに白米を頬張った。
「んんん~おいひいッス~!」
「ほらほら、食べながら口を開けないのよ鹿ノ子ちゃん」
「そうだよ、米粒が飛ぶし、音が立つよ」
 美鬼帝とヨルに言い含められ、てへっと鹿ノ子は嗤うと今度はお行儀よく食べ始めた。
 みんなでわいわいにぎやかに囲む食卓。その輪から芹奈がはずれていくことに、ベネディクトは気づいていた。

 膳を持ち、ひとり納屋の前に立つ芹奈。
 小さく扉をノックし、中の様子をうかがう。
「そこには誰が居るんだ?」
 突然後ろから声をかけられた芹奈は鋭く振り向き、ベネディクトに気づいた。
「……知る必要はない」
「もし誰かを監禁しているのだとしたら、俺は俺の正義に基づいてそこをこじあけさせてもらう」
 ひゅるり、ベネディクトと芹奈の間で風が踊る。芹奈はわずかにうつむき、とつとつと話し始めた。
 納屋の中にいるのは、一人の少年だということ。
 風の精霊種である彼は、かつて物の怪退治で名を馳せた高貴な【大祓四家】がひとつ、「息吹」の伊吹戸(いぶきど)の血を引くこと。
 残念ながら伊吹戸は既に断絶しており、彼の存在は奇跡だということ。
【大祓四家】がひとつ、「漂白」の速佐須良(はやすさら)だけは未だ都に残っているが、その現当主は巫女姫派であること……。
「巫女姫だと? あれは、風のうわさによると魔種だと聞いたが」
「その巫女姫側についてるってのがどういうことか、ベネディクト殿にもわかるだろう?」
「……ああ」
「そもそも拙の豪徳寺だって、もとは【大祓四家】へ仕えていたんだ。だが独立したことで速佐須良の不興を買っちまって、母上と、上の兄上を……」
 芹奈が臍を噛んだ。
「この子だって同じだ。速佐須良に知られたら、どうなるかわかったもんじゃない。だからこうして、隠して守ってやらなきゃいけないんだ、直毘(なおび)を」
 その瞬間、黒い風が吹いた。
『ワレ、傍受セリ! ナオビ! ナオビ! 彼ノ者ノ 名ハ ナオビ!』
「ファミリアーか!」
 ベネディクトは反射的にグロリアスペインを叫ぶ鴉へ向かって投げつけた。短槍に貫かれた鴉は一枚の紙切れに変わり、燃えて灰になった。
「もしやずっと張っていたのか、ここを」
 愕然とした芹奈の肩をベネディクトが叩く。
「後悔は後回しだ。まずは皆のところへ戻ろう」


「速佐須良様へご報告申し上げます」
 陰鬱な顔の男が式神からあがった報せを須勢理へ奏でた。
「で、あるか」
 御簾の向こうで須勢理は整った甘い顔立ちを喜悦に歪ませた。
「直毘が、生きていたと申すのだな。ふふ、あの直毘が。伊吹戸の直毘が、豪徳寺の下郎どもとせせこましく暮らしているというのか?」
 さようでございますと男は深く頭を垂れた。
「一族郎党、火に投げ込んだだけでは足りなかったようであるな。あの夜を再現してやればどんな顔で泣き喚くか」
 ああ、と恍惚に満ちた吐息が漏れた。
「悲田院を火にかけよ。『灯火』ではなく炎獄にしてやるのだ。直毘をひきずりだし、目の前で童どもの首をひとつずつもいでやれ。皆殺しぞ、根絶やしぞ、証拠は残すな。何もかも灰にしてしまうのだ」
「御意」
 男はその場でめきめきと体を反らせ、人ではない姿へ変じた。


「……ごめんなさい」
 納屋から出てきた少年の第一声はそれだった。年の割に、すべて悟っているかのようだった。
「あなた達にお願い」
 ベネディクトと芹奈からことの重大さを知った美鬼帝は、いつもの柔らかさを捨てた真剣な顔で土下座した。
「おそらく今夜にでも速佐須良の手の者がこの悲田院を襲撃する」
 確信に満ちた声音だった。それだけ速佐須良の恐ろしさを知っているということだろう。
「やつらと私たちは不倶戴天の間柄。いつかはケリをつけなきゃならないと思ってきた。だけどまずは、この悲田院を守り抜きたいの、誰一人欠けることなく。そのためにはあなた達の力が必要なのよ。お願い!」
「拙からも頼む。この灯火を吹き消す輩を、拙と共に退けてほしい」
「……いいよ、あたま、さげなくて」
 小さな声で直毘は独り言のように言った。
「僕がね、その、悪い人に……ついていけば、みんな助かる、よね?」
「なに言ってるッスか! そんなのダメのダメダメッス!」
 鹿ノ子が怒鳴りつけた。腹の底から。いつも明るい彼女にしては珍しく、怒りをあらわにして。
「直毘さんも『灯火』のみんなも、絶対守るッス、だから僕たちを信じてほしいッス!」
「そんなふうに自分を軽く扱わないでほしい。うん、できること、精一杯しよう。直毘さまも、自分たちも」
 メルトリリスが決意を秘めて胸を叩く。
「まず顔を上げな。そして笑うんだよ、ぶはははってな!」
 ゴリョウが美鬼帝を立ち上がらせる。
「弱った心に付け入ってくる、そういう奴らなんだろ? 笑い飛ばそうぜ、ほら」
「ゴリョウ君……」
「未来の綺羅星たちを悪人へみすみす差し出すなんて、僕の美学に反するね。手伝ってくれ? ノンノン、手伝わせてくれ、さ♪」
「死聖殿……」
「さっき、誰一人欠けることなく、と言ったね」
 ヨルが涼しげに目を細める。
「その中には美鬼帝殿と芹奈殿が含まれてるってことに気づいているのかな?」
 虚を突かれたふたりに、ヨルはちちっと人差し指を振った。
「そういうことだよ。みんなで生き延びて、朝を迎えようじゃないか。オーダーはシンプル、迎え撃って叩きのめそう。大丈夫さ、誰にでも朝は来る」

GMコメント

みどりです。リクエストありがとうございました。
ちょっと考えること多めのシナリオになりましたが、大丈夫です。朝はあなた方の味方です。
夜襲がわかっているので事前準備が出来ます。敵がこう来るかもと予想して、楽しく工夫してみてください。

●やること
1)子どもたちの被害ゼロ
2)悲田院『灯火』の焼失阻止

●エネミー
火狐×12
 全身に炎をまとった狐。火炎系BSを使用してくるほか、炎があっちこっち延焼します。ステは全体的に低く回避と命中そこそこ、防技と抵抗はイマイチです。
・炎神楽 神自域 火炎 窒息
・燃焼輪 神遠単 業炎 万能
・呪い噛みつき 神近単 呪殺

姑獲鳥×4
 HPの高い強敵。ミドルバランスとでも言うべきステータスで、反応とEXAお高め。厄介な攻撃を仕掛けてきます。
・怪鳥の嘆き 物遠単 封印
・突撃 物中貫 移 恍惚 ブレイク
・恨み羽 物遠列 致命

●戦場
『灯火』の庭
足元ペナルティは特になし
夜間に付き対策なしの場合、視界にペナルティ

悲田院『灯火』
豊穣文化の例にもれず、屋敷は木と紙で出来ています。火狐の延焼に注意。
子どもたちと直毘が、中央の大部屋に閉じこもっています。
庭には井戸が。台所には水瓶があります。

初期位置はざっくりこんな感じ
敵>>>>>皆さん>>>井戸>>悲田院(子どもたち)

●他
子どもたち
十人とちょい+直毘
普段は喧嘩したりやんちゃしたりするようですが、根は純朴で美鬼帝と芹奈を家族のように慕っています。
戦力にはなりませんが、簡単な命令は聞きます。

  • 影を踏め完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年08月01日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク
宮峰 死聖(p3p005112)
同人勇者
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
メルトリリス(p3p007295)
神殺しの聖女
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
ヨル・ラ・ハウゼン(p3p008642)
通りすがりの外法使い
豪徳寺・美鬼帝(p3p008725)
鬼子母神
豪徳寺・芹奈(p3p008798)
任侠道

リプレイ

●恐怖は最大の敵だから
「いいかいみんな。これから鬼ごっこをするよ♪」
 死聖は集まった子どもたちを相手に笑顔を見せた。
「まず二人一組で手をつないで、10数えるうちに、裏手からなるべく音を立てずに出るんだよ。もし音を立てたら~……」
「「立てたら~?」」
 子どもたちは目を輝かせ、死聖の口真似をした。
「車いすお化けがぱくっと食べちゃうぞ♪」
「「きゃ~!!」」
「ママも襟首つかんじゃうからね?」
「拙に捕まると怖いぞ。お尻ぺんぺんだぞ」
「「きゃーーー!!!」」
「さあ、鬼ごっこ開始だぜ! 俺たちぁ後ろ向いて10数えるから、その間にそぉっと出ていくんだぞ。そぉっとな?」
「「はーい」」
 無邪気にはしゃぐ子どもたちを、ゴリョウはまぶしそうに見つめ、背中を向けた。
「いーち、にーい、さーん……」
 死聖が数え始める。思った通り子どもたちは言いつけを守って足音を立てず裏口を抜けていく。全員が6か7あたりで出て行ったのを確認すると、死聖たちは目配せしうなずきあった。裏庭へ出た子どもたちの前に、ベネディクトが立つ。
「みんなよくやった、上出来だ」
 わーい、もう一回もう一回、ね、ね、遊ぼう? 子どもたちが群がってくる。それを押しとどめ、ベネディクトは真面目な声を出した。
「じつは美鬼帝と芹奈から、大事な話がある」
 子どもたちが神妙な顔になったのを見計らい、美鬼帝と芹奈は屋敷を出た。
「驚かないで聞いてちょうだいね。今夜、この『灯火』が敵に襲われる」
「みんなそろって屋敷で待っていてほしい。合図があったら、いまやった鬼ごっこのように、こっそり出て行って裏山へ逃げるんだ」
 子どもたちは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。そんな中、直毘だけが悔しげに下を向いた。
「大丈夫、やったとおりにすれば上手くいくヨ。それとね、逃げるときはけっして、後ろを向いてはいけないよ?」
 ヨルがひとりひとりの顔を順繰り見回しながら言う。しだいに不安に陰ってきた子どもたちの前で、鹿ノ子は両手を腰に当て、はつらつと声を上げた。
「無問題! 僕たちがいるッス! 敵は必ず僕たちが退治するッスよ! だから危なくなったら逃げるって、僕たちと約束してほしいッス!」
「そうすれば私たちも力の限り戦える。……必ず、勝ってあなたたちを守る」
 鹿ノ子とメルトリリスの言葉のおかげで、子どもたちの顔に安堵が戻ってきた。それを見て死聖が呟く。
「……この訓練が役に立たないことを願うばかりだけどね。だけど未来の素敵な綺羅星達の不幸の種は排除しておきたい。芹奈さんの涙も見たくないから、ね」
「死聖殿、すまない」
「気にしなーい。一肌脱がせてもらうよ、嫌と言っても勝手に脱ぐけど♪」
「そのとおりだ。戦いも知らぬ子供たちを巻き込むような所業、どのような理由があろうと許すことは出来ぬ。この場にわれらが居たことを敵に後悔させてやる、力を貸そうとも」
「感謝する、ベネディクト殿」
「さてさて、孤児院焼き討ちかー。いやぁ、コレはコレは清々しく邪道な事で」
「どうして孤児院はどこの国でも燃やされたり襲撃されたりするんッスかねぇ……」
「目的の為なら手段は選ばないとか本当何処までも不愉快ダネ!」
「僕が小さいころに居た孤児院も襲われて……孤児は攫われて……僕は助かったッスけど、他の子どもたちが今どこで何をしているか……だから見過ごせないッス!」
「だよね! コイツらのやり方は不快だヨ……被害が出る前にアイツら地獄に落そう、鹿ノ子殿」
「そうするッス! 鹿ノ子という人間として、僕はこの悲田院『灯火』をお守りするッス!」
 ヨルと鹿ノ子は拳を打ちつけあい、決意を交わした。
 メルトリリスはというと直毘の前に立ち、強引にわしわしとその頭を撫でた。
「もっと胸を張って、伊吹戸最後の生き残り。一族同士の潰しあい、其れ、このロストレインの前で話をしたのは運がいいわね。全身全霊を持って助けるわ」
「メルトリリス、さん……」
「没落した反逆の一族の私だからこそ、黙っておけないことはあるのよ。さ、行って」
 直毘の肩を力強く叩き、メルトリリスは美しい顔立ちを引き締めた。子どもたちの後について屋敷へ戻っていく直毘。その後姿を忸怩たる思いで美鬼帝は眺めていた。直毘に対してではなく、己のふがいなさに対して。
「あの子を匿ってきたこと、後悔なんてしてないわ。直毘はうちの子。『灯火』の子。どの子も掛け替えのない大切な宝物達よ……彼等のママとして……家族を、子ども達を全力を尽くして守り切ってみせるわ。それが『美鬼帝』として『鬼子母神』様に立てた我が誓い」
 見ててね、と、今は亡き妻と長男へ祈る。それにしても、と軽い笑みが穏やかになった顔へ浮かんだ。
「皆が言ってくれた言葉、ママすっごく感動しちゃった♪ 貴方達と出会えたことに感謝を」
「……拙の油断からこのような事態になって申し訳ない……。にもかかわらず避難誘導の手筈まで、恩に着る。貴殿らは拙や親父殿も含めて『灯火』と直毘を守ってくれるのだな。『灯火』の子達は拙にとって大事な弟妹達……それを守ってくれるなら貴殿等は拙達にとって『豪徳寺』にとって、大恩人だ」
 ゴリョウがカムイグラ仕様の甲冑『牡丹・海戦』の最後のパーツを留めた。青黒い甲冑に包まれた彼は頼もしいの一言だ。
「いいってことよ。ここにいるのは強者ぞろい。大船に乗った気分でいてくれや! さぁって、子どもたちも家も守って、みんなでぶははと笑おうぜ!」

●調虎離山
 とっぷりと日が暮れ、夜がやってきた。生憎の新月、まっくらな盆はいま天のどのあたりか。星明りは美しいが足元を照らすには頼りない。
 姑獲鳥は風を切って飛んでいた。その胸にあるのはただ生者への嫉妬だ。命の炎が憎くてたまらないのだ。ゆえに彼女らは醜い羽を打ち鳴らし、呪詛にも似た鳴き声と共に速度を上げる。その下では十二もの火狐が炎の衣をまとい編隊を組んで疾駆している。四肢が地に触れるたびに火の粉が舞い飛び、下草が焦げ異臭を立てた。

「――現れたな。皆、怪我には気を付けて」
「命を燃やしなどさせない。なんとしてもここで潰す」
 ベネディクトの言葉に、メルトリリスが答えた。上空でくるりとベネディクトのファミリアーが輪を描く。暗闇の中、火狐の明るさは良く目立った。
「エネミーサーチ反応あり。出るわ」
 メルトリリスがノクティルカ・ランテルナの光を遮っていた布を取り払った。青白い光がぼうと悲田院の庭に浮かび上がる。人魂のような明かりが彼女の腰で輝いた。火狐と姑獲鳥がそれを狙い奔り寄る。メルトリリスは逆に突っ込んでいった。待っていたとばかりに。
「許せないのよ、火はね、人を燃やす凶器にもなるけど人を温める温もりにもなるって、あの人が言ってた。そうね、そうよね、こんな殺意の炎に負けられない!」
 1匹の火狐が軌道を変えた。体をひねって跳躍し、メルトリリスの左腕へかぶりつく。
「残念、そっちはダミーよ」
 メルトリリスは右手を拳銃の形にし、火狐の額へ突き付けた。
「じゃあねキツネさん。ごてごてと炎で着飾らずに、お山でお化粧でもしてたらよかったのに」
 至近距離から放たれるピューピルシール。衝撃で地面へたたきつけられた火狐は全身が膨れ上がったかのように火の粉をまき散らした。だが普段から美鬼帝と芹奈が子どもたちと一緒に掃除し整えている『灯火』の庭だ。炎が燃え移るものは一切ない。燃えるとしたら……イレギュラーズだ。なおも迫りくる火狐の群れ。メルトリリスが炎の波濤に呑まれようとしたその時、ゴリョウが突っ込んだ。
「山には山の幸!」
 銃旋棍『咸燒白面』が振り回され、引っかかった火狐がギャンと鳴く。
「海には海の幸ぃ!」
 そのまま火狐を殴り飛ばし、ゴリョウはメルトリリスの前へ出た。
「どっちにもなれねえおまえらは、せめて露と消えちまいな!」
 右足を高く掲げ、思い切り踏みこむ。重量と威力で地面が沈んだ。甲冑のサーチアイがギラリと冷たい光を放つ。その存在感に火狐たちが我を忘れて牙を立てる。炎が噴き上げ、ゴリョウは赤に包まれた。轟轟と燃えるさなか、盛大な笑い声が響く。
「ぶはははッ! 随分とヌルいマッチ棒だなオイ! そんなんじゃ豚の一匹も焼けねぇぞ!?」
 立ち上る上昇気流が場違いな突風に変わる。ホークアイのお守りが瞬く間に墨色へ変じていく。ゴリョウはどれだけの高熱に耐えているのだろうか。あわや蒸し焼きかと思われた瞬間、すさまじいスピードで流れ星が、いや、車椅子が駆け抜けた。ついでにゴリョウへたかった火狐を跳ね飛ばしていく。
「よく来たね、なんて言うと思ったかい? ここを通りたかったら、僕から消し炭にする事だねっ!」
 使用済みの月灯りの雫を火狐へ向けてピンと投げつけると、死聖はその両手を車椅子のブレーキから操作レバーへシフトさせる。怒り狂った火狐はもちろん、姑獲鳥が上空から死聖めがけて襲い掛かる。死聖はそれを神業ともいえるレバー捌きでいなし、時折拳をたたきこんでは挑発を続けた。
 その合間を縫うようにベネディクトと芹奈が走る。左右、反対の方向へ。イレギュラーズは悲田院を背に半円を描いて敵に対峙していた。呼ばわるは名前、叫ぶは口上。まずは先陣を切った5人が怒りで敵を縫い留める作戦だ。数に劣るイレギュラーズはまずは相手の足を止め、火狐の討伐を優先することにしたのだ。
「栄光も挫折も、今この時より始まる。戦場に貴賤はなし、どれも等しく地獄。ならば俺は進みゆくのみ、この長い道のりを!」
 ベネディクトが槍を交差させ、音高く打ち鳴らした。殺めるための武器はしかし、美しく涼やかな音を立て敵の注意をひく。姑獲鳥が放った恨み羽を、ベネディクトは地を蹴ってかわした。つい先ほどまで彼が立っていた位置にナイフのように鋭い羽が刺さる。長槍のこじりを支え代わりに体勢を素早く立て直し、ベネディクトは相手の動体視力以上の速さで反撃へ打って出た。投げつけられた短槍が空を引き裂く。置き去りにされた音波が狼の吠え声にも似た音へ変わる。防御を整える暇もなく、回避に専念する時間もなく、火狐の頭部は破壊された。呪われた槍はそれだけでは済まさなかった。さらなる獲物を求めて前進、二匹目の火狐の胴を貫く。悲鳴が響き渡る前に、火狐は絶命していた。グロリアスペインは狙っていたかのように心臓を抉り取り血をすすっていた。
 倒れずの加護を受けた一菱流を、芹奈はすらりと抜きはなった。両手で扱う大太刀、それは扱い方さえ心得れば武器にもなれば防具にもなる。芹奈は半歩引いて半身になり、肩から担ぐように太刀を構えた。
「我が名は豪徳寺・芹奈! 貴様等が怨敵たる豪徳寺の次期当主だ! さあ、拙に挑んでこい!」
 凛とした呼ばわりは戦場に響く鈴の音。その無垢なまでの響きは、手に持つ太刀と同じく抜き身の美しさ。芹奈の全身から殺気がほとばしる。隣へ死聖が走り込み、全身を発光させる。
「こっちは暗いだろう芹奈さん♪」
「そうでもない。火狐どもが寄ってきた」
「それじゃ迎え撃とうか、ふたりで」
「是非もなし!」
 寄ってきた火狐が間合いに入ったその刹那、銀光が夜を薙いだ。太刀筋の残像が跳ね飛んだ火狐の首と共に消えていく。防御の構えから一転、芹奈は太刀を大きく振るい、二陣の火狐の間合いを惑わせる。同時にすり足で移動、己の得意な間合いを崩さず火狐の攻撃をしのいでいる。太刀を振るうと同時に突く。刺尖による攻撃は振るうよりも隙が小さく、速い。斬りと突きを併用しながら芹奈は火狐を相手に戦った。
 計画通り、火狐たちは前線で阻まれ、悲田院へ近づくことができない。理性を飛ばす怒りが何度も上書きされ、ターゲットがばらけてせっかくの数の有利を活かすこともできない。対してイレギュラーズたちは可能な限り標的をそろえ、一匹、また一匹と確実に火狐の数を減らしていく。

 バサリ。羽音が鳴った。
「来たネ。読んでいたよ」
 ヨルが何でもない風に言った。前線が火狐との混戦、激戦になっている。姑獲鳥は悠々と空を飛んでその前線を突破し『灯火』へ向かっていた。そこへ立ちはだかる三人。
「火狐と違って燃やされたりしないから気が楽ッスよ。戦いに集中できるッス!」
 鹿ノ子はいっそうれしげに両手をぱんと鳴らし、顎を引いて不敵な笑みを浮かべた。
「私たちが防衛ラインよ。敵は姑獲鳥が三体。辛い戦いになるでしょうけれど、がんばりましょう」
「ッス! おっといきなり不意打ちッスね! 燃えてくるッス!」
 まずは小手調べとばかりに恨み羽の嵐が三人を襲う。
「みんな、ここは集中攻撃と行こう。へたに各自で攻撃すると、ジリ貧になる」
「わかったわ、ヨルちゃん」
「了解ッス!」
「最初は余から行く。美鬼帝殿は余の後ろに」
「……ん、なるほど。そういうことね」
 心得顏で下がった美鬼帝。代わりにヨルが印を組む。
「豊かなる地の魂よ、緑なす大地の使いへ力を貸したまえ。御身等は絶えて久しくなりぬれど、その名は天へ還り、肉は土へ戻れど、なおこの世にとどまる哀しみへ余が慰めの供物を与えん。目を凝らせ、集まれよ、余の大筒の弾となって彼の怨敵食らい尽くす喜悦を御身等へ供さん」
 ヨルの周囲へ紫の霧が薄く漂いだす。それはしだいに煮えこごり、はっきりと人魂と化してヨルへまとわりついた。
「いざ往け、逝け、ファントムチェイサー!」
 放たれた不可視の追跡者は大きく楕円を描き、姑獲鳥へ命中する。ぐらりと姑獲鳥が傾き、空中での姿勢を崩した。落下、かろうじて地面の真上で羽を翻す。
「鹿ノ子殿、追撃を!」
「任せてほしいッス!」
 鹿ノ子の細い体が躍り出る。姑獲鳥の巨体に比べて、鹿ノ子のなんと華奢な事か。だがしかし、色違いのツインテールが、ぶれた。姑獲鳥からは鹿ノ子が爆発したように見えたかもしれない。その連撃のすさまじさに。
「いくっスよ! 雪の型「雪上断火」! おーりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」
 太郎を眠らせ、次郎を眠らせ、その上に降り積む雪は、鹿ノ子の手に宿り腕に宿り拳となって、姑獲鳥から気力を根こそぎ奪っていく。気力の尽きた姑獲鳥にできるのは、かろうじて悲鳴をあげることと、サンドバッグになることだけだった。その間にヨルが二発目、三発目のファントムチェイサーを撃つ。二発目はぐねぐねした軌道を描き、三発目はあらぬ彼方へと飛んで行ったと思ったら死角を狙って跳ね返ってくる。痺れを切らした姑獲鳥がヨルを相手に嘆きの声を浴びせかけ、もう一体が仲間を救おうとしたのか鹿ノ子に向けて突進する。
「いまだ美鬼帝殿!」
 三体の姑獲鳥が同一直線状に並んだ。鹿ノ子とヨルが背後からの気配を察して横へ飛び退る。
「ママビーーーーム!!!」
 すさまじい力の濁流が姑獲鳥を襲った。
「もう一発喰らいなさい! ママの愛よ!」
 丹田に込めた力を指先へ流すイメージで。胸の前でクロスさせた腕を一気に前へ押し出す。魔砲、美鬼帝最大にして究極の魔法。怒りも悲しみも憎悪もすべて焼き焦がし灼熱の光の中へ溶かしこんでいく。姑獲鳥どもはどれがどれやらわからぬほどに、光の中、消し飛んだ。

「これで、しまいだ!」
 芹奈の太刀が最後の火狐を斬り飛ばした。ざっくりと胴を半分に割られた火狐は、地面にどうと倒れあっというまに自分の炎で灰になっていく。
「火の気は!?」
「問題ねぇぜ!」
 芹奈の怒号にゴリョウが答える。
「ぶえ~、あっちあっちぃ。ちょいとお先に、水浴びさせてもらうぜ!」
 ゴリョウは井戸の水をくみ上げ、甲冑姿のまま中身を頭からぶちまける。しゅうしゅうと湯気が立った。いつのまにか夜明けだった。メルトリリスと鹿ノ子は『灯火』の大扉を開けた。子どもたちが最初は恐る恐る、しかしてすぐに勝利を知り喜色満面で飛び出してきた。
「おいでみんな、怖かったね。悪夢はもうおしまい」
「おつかれさまッス! いい子で待っててくれたッスね! 助かったっス!」
 様々な反応を見せる子どもたちを、死聖は温かいまなざしで見つめていた。
(死は決して終わりではないさ。だけどね、簡単に摘み取って良いものでも無いんだよ)
 ヨルは肩の力が抜けたのか、その場へしゃがみこんだ。
「余の外法、役に立ったようだな。ああ、それにしても腹が減ったヨ。一晩中どったんばったんしてたからネ」
「じゃあ、朝飯の準備でもすっかね。そのあとはみんなしてごろ寝しようぜ! たまにゃいいだろ、ぶははははっ!」
 ベネディクトだけは緊張を解かずにいた。視線を合わせず、木の枝にとまっている鴉へ声をかける。
「今一度この孤児院を狙うというのあれば、その時もまた俺達が相手をすることになるぞ。覚えておけ」
 鴉はいずこともなく飛び去った。

「……直毘、今まですまなかった。これからは堂々と君を守る。だからまだここで一緒に暮らそう」
 芹奈は彼の肩を抱いた。
「いてもいいの?」
「もちろんだ」
 ほとり、涙が転がり落ちた。今までたまっていたものを押し流すように、直毘は声をあげて泣き始めた。
(……瀬織津と速開都にも連絡入れてこれからの事を相談しなきゃ)
 美鬼帝は一瞬だけ唇をかんだが、すぐに笑顔に戻った。
「皆、本当にありがとう。この恩は決して忘れないわ。さあ! ゴリョウ君が作ってくれた朝ごはんを皆で食べましょう!」

 朝日が、始まりの光を投げかけた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

リクエストありがとうございましたー!
名乗り口上5段構え、回復もばっちり!これは強い!

『灯火』防衛戦、いかがでしたでしょうか。またのご利用をお待ちしております。

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