シナリオ詳細
<禍ツ星>取り押さえるだけ。攻撃してはいけない。
オープニング
●
顔があつい。
きれいな紅だったのだ。
露店で売られていた紅。
どうしてもすぐつけたくて、人目のない林の中で目元と唇に少し塗ってみる。
星明りでも手水にうつった面をつけた時分はとてもかわいく見えた。
あつい。
押し寄せる灼熱感。かぶれたかと思ったすぐ後、そんなものじゃないことに開いた目が閉じられない。
閉じられないのだ。ビキビキとまぶた画面の裏に引っ張り上げられて、自分の意思で動かそうとしても動かない。誰か。
たすけをよぼうとしても、たすけてと口が動かない。
ギリギリと口が大きく引き伸ばされて。ああ、あああ、あああああ。
手水にうつった私の顔が、飛び出しそうな眼と大きな口の――鬼婆のよう。
私が私じゃなくなっていく。私が作り替えられていく。誰か。あああ、誰か助けて、どうにかして、この苦しいのを、どうにか、とても、くるしい。どうにか、あああ、だれか、誰かを、とても、どうにか、どうにかしたい。
手首を折って肩を抜いて二の腕をかみちぎって肩から脇腹までの肉を腰まで裂いてあばらの辺りをそいではらわたをつかみだしてしまいたい。ああ、ああ、ああ、あああ、おいしい。きっとおいしい。ぜったいよだれがとまらない。ああ、わたしはあああおいしいおいしいようたべたいようああああああああああああ。
祭りの夜店の灯が揺らめいている。
あそこに行けば、誰かがいる。
ふらりふらりとみんな集まってくる。紅がきれい。ねえ、やっぱり。きれいな紅だったからみんなつけたかったのよね。
●
「お祭りだってさ。外交的にも重大な局面だから、成功してもらえないといろいろ困るの。わかるよねーっ!?」
異国から来た薬屋さん。カムイグラでもお菓子を出してもらえる『そこにいる』アラギタ メクレオ(p3n000084)が、ところてんをすすっている。
「この海藻、こうやって食えるのな。海洋王国に持ってこ」
お商売繁盛でようございました。
「海洋王国にはサマーフェスティバルを開催する余力も無いけど、やらないっつったら、国際社会で舐められるでしょ」
舐められたら終わりだ。外交的意味で。
「『カムイグラとの貿易と交流の起点づくり』の為にって、女王陛下は合同祭事を提案したの。庇を借りて母屋を取る気満々。それに魔種的に特異運命座標ゴーホームな天香・長胤が易々と頷く訳がない――んだけど、巫女姫が快諾したから、巫女姫の威信のため、ダメですーとか言えなくって、滞りなく開催が決定されたのだった。ちゃんちゃん」
所々非常に軽い気がするが、合同でお祭りするよと分かればよろしい。
「ンでもさ、お祭りにいろいろ混ざるのはどこも同じなんだよね。夏祭りに『怪しげな呪具が出回っている』という情報が入りました」
手放しで遊べるわけではないんですね、ヤダー。
「どうやら、夏祭りに使用される祭具の中に呪具が紛れ込んでいたらしい」
ここだけの話だけどさ。と、メクレオは声を潜めた。
「魔種の手によるものであるかもしれない――巫女姫や天香が『快諾した』理由だとも、あ、俺が言ってんじゃないよー。ないよー?」
メクレオより偉い人たちが広めろって言ったのね。
「呪具を手にしたものは狂気に駆られ『殺人』『窃盗』『悪事』を行ってしまうらしい――術具が原因なのはわかってますがメカニズムが分かりません。ご了承ください」
どうしろっていうんだ。
「いや、どうにもできないものを依頼したりしないって。どうにかできるとこからコツコツ行くから」
メクレオはずるずると茶をすすった。カムイグラの茶には砂糖を入れないで飲むものらしい。
「未知の疫病を引き起こすものがあって、そっちを担当してもらいます。疫病罹患者――肉腫は『パンドラを持たない存在』に感染する病気に取りつかれて変異した者です」
つまり、この世の圧倒的大多数は罹患すると。
「パンドラ持ちは大きな傷を負ってもパンドラを消費すれば『肉腫化』を回避できる。ので、何の心配もせず身をさらしていこっか」
殴りたい、その笑顔。
「肉腫は弱ると肉腫状態から戻る傾向があります」
弱るとは。
「死にかけるくらい?」
戦闘不能状態までですね、わかります。死なせなきゃいいんだろ。
「ま、大体、雑魚。基本一般人だから。ただ、もともと持ってる特性を持ってるから――」
メクレオは、なんとも言えない笑顔を浮かべた。
●
「きれいどころが肉腫化した。食欲と殺人欲に囚われている――コロコロしてむしゃむしゃしたいと思っているのが、五人」
きれいなお姉さんに食われそう。物理的な意味で。
「夏祭りを成功させたいのであって、スプラッタ・カーニバルを開催されちゃ困るんだ。わかるよね?」
実際、国際問題に発展しかねない。祭りは粛々と、かつ、成功してもらわなくてはならない。
「だから、人目につかない場所にいる内に――取り押さえててくれる? 不殺使える奴手配中だから、それで肉腫状態を解除できると思うんだ。アンタらが出来れば全然面倒はないんだけどな?」
えーと、その。と、情報屋は口ごもった。
「こう、性質が増幅されてまして、こう、セクシーダイナマイトな感じになってるので、頑張って取り押さえてて。ただ、あの、耐久力が普通の人間レベルだから、すぐ死ぬからね。取り押さえるだけだよ。無抵抗でね。あぐあぐされるだろうけど、それはどうにかしてね!」
あぐあぐってなんだよ。
「欠損しないように、再生とか、治癒とか、装甲がちがちとか。いろいろして?」
それもこれも、祭りを成功させるため。がんばって取り押さえててくれたまえ。
「――あ、そうそう。もし、できるなら、なんだってきれいなお姉さんだけそんな目に遭ったのか調べて、回収とかしてきてくれると、俺が喜びます」
- <禍ツ星>取り押さえるだけ。攻撃してはいけない。完了
- GM名田奈アガサ
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年08月06日 22時35分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
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「攻撃するな。か……慣れたもんだ」
敵も味方も殺さない銀城 黒羽(p3p000505)の評判は、情報屋としてはありがたかった。逸材。
「ふむ、美しい女性ばかりが肉腫に……ただの偶然とは思えんな」
『お嫁殿と一緒』黒影 鬼灯(p3p007949)が抱きかかえた人形『嫁殿』の髪に頬を寄せた。嫁殿もきれいでかわいいから、俺が気を付けてあげなくては。
その通り。と、黒羽は頷いた。
「首謀者の目的はなんなんだ。女を狙った犯行か? それとも、呪具の性能を試すために試験的に選んだのか?」
『はやく戻してあげないと大変なことになっちゃうのだわ!』
高い声がした。鬼灯の頭巾はぴくとも動いていない。
優しい。嫁殿は異国で言うところの天使かな、知ってた。
「……考えても無駄か。依頼を進める内にある程度まで全貌を掴めるだろうし、やってやる」
鬼灯の腕の中で人形がこくりと頷いた。先ほどより笑っているように見えた。
祭りの喧騒がひたひたと林の方まで登ってくる。
『え〜こんな時に仕事かよ!?これから夜店全制覇しようと思ってたのに。いいなー、俺もところてん食いたい』
『二人一役』Tricky・Stars(p3p004734)の虚の方は、情報屋のネタ見せでそう言い放ち、
『仕事の前に食ってけよ。この世で最後のところてんになるかもしれえねえから、ちゃんと味わってけよ』
と、情報屋に絶妙にテンションが下がる返事をされた。言われたとおりにするのはしゃくだったので、仕事を片付けたら速攻食べる予定だ。
海の向こうから来た異国の者がまじりあって、露店の波が先の年より色めいている。
太鼓や三味線の音が地面に吸い込まれ、ちきちんちきちんとお囃子の鐘の音だけが突出して聞こえる。
鬼灯が放った軍用サイリウムが手裏剣よろしく地面に打ち込まれた。
各々が暗視や目薬、自前の武具で視界を確保していた。
そんな中、ゆらりゆらりとキレイドコロ――と、情報屋は言っていた――が、ローレット・イレギュラーズに向けて、歩を進めてくる。
祭りのためにと結い上げただろう髪もほつれて、なまめかしく艶めいた肌に張り付き、きちんと決めた帯も衿も緩み、着崩れた浴衣から肩や脚がのぞいている。日頃なら見えないように気を付けているだろうに。
「せっかく楽しもうと思って来たのでしょうに、このような不運としか言いようのない出来事に遭遇してしまうとは……お気の毒に」
『氷雪の歌姫』ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)は、その浴衣の風情やきちんと止めてあっただろう髪飾りを見て嘆息する。
「性質が増幅されてセクシーでダイナマイトでグンバツで豊穣……えっ、失礼ながら、きれいなお姉さんの性質って性的魅力なの?」
夏祭りに着飾るお姉さん方は年に数度の魅力である。
「ええと、うん、こういう見た目だけど、ね。さ? そういう事だから、少しだけ役得を楽しませてもらうよ」
ルフナ、56歳。人間なら分別を以てしかるべきお年頃だが、幻想種だと何とも言えぬお年頃だ。精神年齢は人界の水をどれだけ飲んだかが影響してくる。比ゆ的意味で。
「セクシーダイナマイト……」
『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)、スレンダー。混沌が認めるスレンダー。
「もがなきゃ……もぎ取らなきゃ……」
ぶつぶつ呟いているが、基本、あらゆる意味で人間をもいだりむしってはいけない。というか、もいだら多分出血性ショックとかで死ぬ。絶対死なせるな。と情報屋が阿呆のように繰り返していた。
この狭い地域で祭りの期間にキレイドコロが五人も死んだら、今年の祭りは「血の惨劇」として語り継がれてしまう。間違いなく、海洋王国から来た異人と結び付けられる。交易に際し、現地の感情悪化は致命的なファクターだ。こういう時、戦争の時は塵芥にも近い人の命が金では買えない価値を帯びる。
「せめてしっかりと対処して、悪い夢だったという程度で済ませてあげたいですわねー」
口調はおっとりしているが、ユゥリアリアはポジティブかつ理知的だ。嘆いた後には前向きな未来目指して、状況から希望をサルベージする。
「はぁ……」
空気にいや増すフェロモンに、『貧乏籤』回言 世界(p3p007315)の眼鏡も困惑で寄せた眉根につられてずり下がる。明かり取りに呼ばれた火の精霊も心配する始末だ。
「肉食系な別嬪さんの相手ならもっと相応しい奴がいるだろうに――」
特に物理なら。と、引籠系付与術師はぼやいたが、ローレットは手すきの子飼いイレギュラーズを総動員したのだ。文字通り貧乏くじを引く羽目になったという訳だ。合掌。来世のために今生で功徳を積むことをお勧めする。
「たしかに、キレイドコロは魅力的な身体をしているが、それ以外が伴っていない」
『絶海武闘』ジョージ・キングマン(p3p007332)は、硬派である。硬い方が好きの硬派ではなく、お堅い方の硬派である。
「漢の矜持として、その程度に惑わされるわけには行かない……!」
紳士は即物的な条件のみでは揺るがぬもの。
「ああ、夏祭りが血塗られた惨劇になってはいけない。さぁ、舞台の幕を上げようか」
ロープの準備をしていた『躾のなってないワガママ娘』メリー・フローラ・アベル(p3p007440)が、無言でほほ笑んだ。やる気だ。
「せっかくお祭りを楽しもうとしてる人達にこんなことをしてお祭りも滅茶苦茶にしようとするなんて許せないよ!」
焔は、秒で本来の路線を思い出した。
「楽しいお祭りにするためにも皆助け出すのが先だよ! まずはおかしくなっちゃった人を大人しくさせなきゃ」
するりと出された札から柔らかな炎羅が上がる。
空に投げやれば、キレイドコロ達の胴に、手足に絡みつき、その動きを封じていく。
「大丈夫。焼けないから。調整済みだから。元の世界で実証済みだから。心配しないで」
景気よく上がる炎に、焔に集まる視線。今回、当然火傷もなしだ。ちゃんと説明する。
献身だ。献身だ。
祭りの夜に、豊穣の民の血を流すのはご法度だ。
命を取らぬよう、限界ギリギリまで弱らせなくてはならない。
「さっさと終わらせてしまおうか」
殺せないからひどいことになるかも。未来への漠然とした不安に蓋をして、黒羽は目の前の攻撃対象達に集中した。
『本件は、致命に至る攻撃を禁止されています。攻撃の種類にご留意下さい』
戦闘補助ユニット『橘さん』は黒羽の戦闘パターンをきちんと認識しているくせに、わざわざインフォームドコンセントしてくる。
あふれる不屈の闘気は肉を食みたがるキレイドコロ達を束縛する。その場につなぎとめる鎖として黒羽に認識され、そのように運用された。お前たちはそこにいろ。キレイドコロ達の怒りは鎖の――闘気の――先。黒羽にのみ向けられる。
「悪いが俺はラッキースケベができるほど主人公力を磨いてないんでな。戯れるなら別の相手にしてくれ」
世界は、キレイドコロの前に出てその行く手を阻む。機会があれば威嚇する気満々だが、できれば手を出したくない。
主人公ムーブはしないという鉄の意志。主人公ではないという鋼の思い込み。立ち位置がいい加減で素直じゃない朴念仁。それを煮詰めると、達観系ギャルゲ主人公になるので、世界の幸せのためフラグが立たないことを祈ろう。
それはともかく、世界がどこで「ラッキースケベ」などという単語を覚えたのかその過程が知りたいと思っても口にしない程度の分別をローレット・イレギュラーズは持ち合わせていた。
「吾輩が面倒見てやろう。今まで色々な敵と戦ってきたが、打たれ弱すぎる敵を殺さないように倒すというのは……初めてとなるな」
これもまた、新しい知見である。いつか現れるグレイシア=オルトバーンという魔王を倒す勇者を「うっかり」殺さないための練習だ。何しろ、勇者という存在はそこに魔王がいれば自分の力量を考えず突っ込んでくるモノなのだから。
だから、丁寧に「嚇しつける」術を磨いておくに越したことはない。まだお前の手は及ばない。尻尾を巻いて逃げ出し泥水啜って鍛え直してから来いと言外に教えてやるのも正しい魔王のメソッドだ。
「だよね。どっちかと言うと長期戦向きの回復役だし、短期決戦なら文字通り身を呈するしかないんだよね」
ルフナがふらりと前に出た。
「僕も囮役をさせて貰うよ。こう見えて耐久力もあるし」
無造作に進み、手を広げるに見せかけて致命箇所はかばった。
「お姉さん、僕ともあーそぼ?」
黒羽に向かってじりじりと動く一人を抱きとめ、引きはがす。
「はいはい、私も取り押さえ役ですわー」
ユゥリアリアも体を張る方だ。
これが、切っ先のようにとがった鬼の歯ならば、この者達の命を諦めることもできようが、腕に突き立てられるのはヒトの歯なのだ。まだ、救いの手が間に合うから助けて来いと言われ、依頼を引き受けたからにはそれを履行する義務が発生する。
ぎちぎちと食い込む歯が咀嚼を繰り返し、喉を鳴らしてあふれた血を舐め啜る様子は常軌を逸している。
もちゅもちゅとしがまれる肉を噛みちぎる程、あごの力は備わっていないよううだ。いや、まだ備わっていないが正しいかもしれない。これからどのように変化するのかしないのかもわからないのだ。
「大丈夫。痛くしないとは言えないけど。ちゃんと元に戻してあげますよー」
興奮状態で呼吸も荒く、目からしとどの涙を流しているキレイドコロの頬をユゥリアリアは指で握った。薄赤いのはユゥリアリアの血が混じっているからだ。
その陰から、メリーがキレイドコロ達の精力をまんべんなく奪った。痛みもなく、心地よい脱力感がキレイドコロ達を襲う。
邪魔な一般人を一掃するために習い覚えた術だが、この場では大いに有効だった。とメリーは、ほくそ笑んだ。
「お優しい仲間と足並みを揃えるのも大事でしょ?」
その通り。度を越した異端は自ら振るいの枠から落ちていく。良き豆の中に残る気概が肝要だ。でなければ、鍋で煮られて食われてしまう。比ゆ的な意味で。
「俺は、海の住人、ジョージ・キングマン」
短い名乗りにすべての誇りがかかる。
「宣言しよう。アンタたちをけして死なせはしない」
スタープレイヤーの面目躍如。世界が言うところの主人公力の発露である。
「戦鬼暴風陣では皆を巻き込む。では、ここよりはるか遠くの海鳴を聞くがいい」
威力はあれど、命は奪わず。華やかな波頭が砕けて輝くように拳が描く奇跡が躍った。
「この蹴りは俺の部下の技、決して命は奪わぬがかなり痛いぞ」
鬼灯の脚で、キラキラとした塊――脚甲――が黄色い光を放っている。魔糸と呼ばれる見えない糸で編まれたそれは、相手の悪あがきを許さない代わりに命だけは助ける優しい技だ。敵対する忍のとっさの自決も許さないという点で使い勝手がいいともいえる――
『ごめんなさいね、今元に戻してあげるのだわ!』
嫁殿の声に、は。と、かつての任務でそれが使われたときのことを思い出しかけていた鬼灯は我に返った。
「そう、今は、無辜の民を助けるための技ですな」
『そうなのだわ!』
鬼灯の内なる善意を具現化したような嫁殿が鬼灯を明るいところへ押し出していく。
どれだけやっても死にはしない攻撃と分かっていれば、ローレット・イレギュラーズにも躊躇はない。
正気に戻った時に心理的外傷になっていないことを祈りつつ、迅速な対応により速やかにキレイドコロ達は取り押さえられた。
ロープを用意していたメリーがきびきび動き回る。口が利ける程度の回復はしたが、まともな証言は得られなかった。まだ動揺しているようだ。
それほど大きい訳でもないが、鈍い人の歯でえぐられた傷は存外痛いし、ぐちゃぐちゃだ。
「治しとくわよ」
メリーがそれぞれの格闘してできた傷を治して回った。
「あとは、こうなった原因も調べておいた方がいいんだよね?」
焔が言う。
「情報を聞く限りでは時間に余裕が出来そうだ、メクレオのもう一つの依頼も済ませるとしよう」
グレイシアは、モノクルをはめ直した。キレイドコロの手指で少しずれてしまった。脆弱な花に傷をつけずに確保するのは強者の嗜み。
「ふむ……美しい女性ばかり、となると何か彼女たちに関係するものが怪しいな」
鬼灯はどうしたものか。と、嫁殿を抱きなおした。
「キレイドコロ(自己申告)じゃなく、全会一致だもんね」
ルフナは昏倒している五つの顔を覗き込んだ。それぞれ異なる方向で人目を惹く造作をしている。
「豊穣の女性が皆さんお美しい可能性を信じたくはあるけど、美女だけを狙う何がしかの恣意が働いてるかもしれない」
「あ、男性はご遠慮くださいですわー。セクハラになりますわよー」
ユゥリアリアがさらっとけん制した。カムイグラの服はとてもはだけやすい。
これが敵方のくノ一ならまだしも巻き込まれた堅気の嫁入り前の娘御だ。気絶している懐をまさぐるのも気が引ける。嫁殿の身に起こったらと思うとじんわりはらわたが煮えくり返る。
「うーん、綺麗なお姉さんが興味を持ってお祭りで扱ってそうなものってなると
髪飾りとかアクセサリーみたいなものか……お化粧道具?」
焔がつらつらと考えついたものを上げる。
「そう……レディたちはそれぞれ別の美しさをお持ちのようだが――」
紳士は両手を上げて潔白を証明する。ジョージが、キレイドコロ達にちらと目線を走らせる。
「ルージュが画一的というのはいただけない。どうかな、ご婦人方」
「そうね。こっちの彼女は珊瑚色の方が似合うんじゃない? わたしは子供だからよくわからないけれど、赤いのべっとりはいただけないわ。私だったら自分にこれを選ばないわね」
まるで人でも食べたみたいよね。と、マリアはくつくつと笑う。本当はぶっ飛ばした方が後腐れないと思うのに。いい子でいるのは難しい。情報屋は何が楽しいかということをまだ全然理解していないようだ。あんなに語って聞かせたのに。
「その通り。では物証を探すとしよう」
グレイシアは、キレイドコロ達の赤く塗られた紅に目を凝らす。
「吾輩の既知ではないものならば興味深いのだが――ほう。期待に応えてもらえたようだ。興味深い。結構なことである」
おじさまが楽しそうで何よりです。
「つまり、この紅が怪しい?」
焔が確認する。
「うむ。化粧品として不要な成分が混入している」
グレイシアには口紅を中心としてキレイドコロ達の肉腫に蝕まれていった組織がボロボロ砕けている様子が現在進行形で見えている。このままいけば彼女たちは何の支障もなく日常に戻れるだろう。後は体裁を繕ってやるだけだ。最悪後続の術者が何とかするらしい。
何を探すかまとまれば話は早いが、今宵は祭り。香具師の類もたくさん店を出している。
時間を無為に費やして、尻をまくられるのを見送るのは何とも収まりが悪い。
「ではー、懐をまさぐったりしますのでー、殿方は向こうを向いてくださいなー」
ユゥリアリアは、最低限の警告をすると躊躇なく帯の下に手を突っ込む。
「指の隙間から見るような姑息なことしても黙っててあげるわ。私、やさしいから」
些細な恩を売って、高く買い取らせるのがメリー流だ。
「――これですかね」
漆で処理された指の先ほどの二枚貝の中に紅が入っている。なる程、ちょっと気が利いていて、お嬢さんたちが好みそうだ。こんな事態でなければローレット・イレギュラーズのお嬢さん方ももらったらちょっと嬉しいものの部類に入る。
調査を終え、キレイドコロ達の身づくろいを整えた。後はロープをほどいてしまえばちょっと寝込んでいたと言えるだろう。
「じゃ、聞き込みしましょうか」
「目立つところなんかで商売するほど馬鹿じゃないだろうし。そういう所に探りをいれてみよう」
祭りで情報収集に携わる者たちが立ち上がった。
「じゃあ、俺は残るわ」
黒羽が、おい。と声をかけると、林の中から男たちが何人か出てきた。
「こいつらは気心が知れている奴らだ、適当に使ってやってくれ。専門的なことは出来ねぇが、サポートくらいなら出来るはずだ。怪しい奴を探させたり、女達が買ったようなものを探させたりな」
黒羽は言った。世間ではそういうのを地元のダチコーという。
「この女達を見張ってる奴がいるだろう」
死にはしていないが、見張りもつけず転がしておいていい訳がない。
「僕も残るよ。人、嫌いだし。わざわざ人の多いところ行きたくない。林に留まって、精霊操作や自然会話で人の観点以外からのこれまでの事を聞き回るよ。後、キレイドコロに衰弱されて死なれても困るしね」
ルフナは、ひらひらと手を振った。いい感じに回復させておくよ。と、笑みを浮かべた。
「あたしも見張ってる。ちゃんと縛っておくから心配しなくていいわよ」
何かあったら、神気閃光を放つことに躊躇はない。
適材適所だ。ルフナとメリーの外見では人さらいの心配もしなくてはならない。ローレット・イレギュラーズは二手に分かれた。
「さて」
黒羽がおもむろに上衣を脱いだ。
「怪我でも隠していたのかい? ちゃんと癒してあげるよ?」
ルフナは手をワキワキさせた。
「――いや。一応、祭りの方に向かわないように食材適正で、俺の食材としての質を高めよう。と」
「は?」
ルフナが、合法ショタにあるまじき、ドスの利いた濁点交じりの声を上げた。
「食欲と殺人欲に囚われているらしいし、そのどっちも満たせる奴が側にいるならそっちを狙ってくれるだろ。服を着たままだと質が分からねぇかも知れねぇし、上だけでも脱いでおくか。と思って」
いっそ狂気を疑いたくなるほどの自己犠牲。何がここまでさせるのか、メリーとルフナにはわからなかった。
「キレイドコロが起きたら、マークとブロックを併用し進行を妨害しよう。食材適正もあるが、慢心は絶対にしねぇよ」
食材適正。つまり、黒羽はとても食料に向いているのだ。脂肪と赤身のバランス。有害物質をなるたけ摂取せず、適度な運動。より良い風味をつけるため香りのいいものを余計に食べたりする。何のために。などと考えてはいけない。慢心しかねないほどおいしくなっているはずなのだ。そういう生活をしている。
確かに彼の方策は有効だ。非常に有効だ。食人の徒は、祭り会場に行くより、黒羽をむさぼろうとするだろう。
「万一の時はね」
「ああ。万一の時だ」
ほどなく、情報屋が差し向けた術者と合流した。幸い、キレイドコロ達は健やかに意識を取り戻した。何かの煙を吸い込んだのか酔っぱらっていたので様子を見ていた。と告げ、娘たちは恥ずかしそうにしながらも日常に戻っていった。
もろ肌を脱いだ黒羽を見てよだれを垂らすようなそぶりはなかった。
●
夜店には、カムイグラの民と海を渡ってきた民が混然としている。
店を出しているのはカムイグラのものがほとんどだ。あまり見たことのない食べ物がずらりと並べられ、甘い匂いとしょっぱい匂いと鍵慣れない香ばしい匂いがローレット・イレギュラーの鼻をくすぐった。
それに混じる火薬や香の匂いだ。そこかしこで虫よけの香をたいているのだ。それに潮の匂いが混じる。
「神の使いで近くの小動物を使役して捜索の手は増やしておこう」
焔は祝詞を短く口にした。呼ばれたのは猫だった。屋台で鼠は無駄な混乱になりそうだし、鳥では夜目が聞かないので無意味。夜目が利く猛禽類はお祭りの時に出たら、なんだか託宣しなくてはいけない雰囲気になりそうだ。
「それじゃ、頼むね」
かき氷や綿あめ、海洋王国から伝わったチョコバナナがカムイグラ今年の屋台トレンドだ。
豊富な甘味の前で世界は誓った。心行くまで食いつくすまで、この祭りは俺が守る。俺の祭りを潰すことは何人たりとも許さん。
主人公力はないが、思い込んだら命がけ。精力的に屋台の主に話しかけ、気が付くと、この辺りの縁日であまり見かけない香具師を抽出することができたのだ。甘くなった口の周りをなめとりつつ、情報は「黒羽のしゃてー」経由で速やかに共有された。
また、別のアプローチをする者がいる。
「ああ、すまないね。この辺りで化粧品を扱っているような店はないかな」
いきなり異国の見上げるような大男――しかもすごくかっこいい――カムイグラの娘さんの心情を30字以内で述べよ。
「え、まって。むり」
句読点含めて、8字。
困ったように眉じりを下げるジョージ。発作的に、お困りのことはございませんかと駆け付けたくなる風情。ギャップ萌え。ただし美おじに限る。
「同行者に、どうやらこちらで求めた紅が合わない者がいて、珍しい品を求めた同胞に注意しなくてはならなくてね。念のために店の方にも話をしなくては。と――」
回収騒ぎでは祭り気分が損なわれる。どう解釈するかは娘次第だ。あくまで、個人の体質です。
「――この辺りは食べ物屋さんが多いので、向こうの端の方が小間物屋さんの並びですよ。でも、そもそもこういう縁日で小間物屋さんはあまり店を広げないから一つか二つくらい。すぐわかりますよ」
「ああ、ありがとう。礼を言うよ。そうそう――」
ジョージは物入れから、小さな箱を取り出した。
「豊穣にはない、海の向こうの紅だ――大丈夫と思うが、ぬる前にかぶれたりしないか確かめてから使ってくれたまえ。ところ変われば品変わるだからね。念のため」
カムイグラの化粧品のネガティブキャンペーンをしたいわけではないのだ。なかなか国際親善は難しい。
「あ。店まで絞れた? わかった。稔に行かせるわ」
待機していたStarsの虚の方がするすると身支度を整えると、病的に白い肌の稔がその辺にいる現地の兄ちゃんになった。
「設定はー、連れの女と喧嘩をしてしまったので、良いものを買って仲直りがしたいって感じでー。どう、どう?」
稔の姿で虚がしゃべる。
「うんうん。お祭りで意見の不一致とかあるある」
巫女、そういうの社務所とか神楽舞台の上からよく見がち。
「物で懐柔とか手管に乏しい殿方がしそうですよねー。いいと思いますよー」
ユゥリアリア的には、社交界あるある。
手管に乏しくない紳士たちは余裕の微笑である。ジョージ的には咳払い案件だが。先ほどのはあくまでお礼である。
その露店の化粧売りは、切符のいい若い男だった。入れ食いというほどでもないが、娘たちがちらほらと立ち止まり、小さな買いに入った紅やら匂い袋を買っていく。
その中でもとりわけ上等そうな紅が据えてあった。
「さあさあ、これにて店じまい。これが最後の紅だよ。おお、お兄さん。入用かい。仲直りのきっかけに。いいねえ。いいねえ。お兄さんが手ずから引いてやるといい」
何事もなければ、じゃあそれで。と、財布の紐を緩めてしまいそうだ。
「ずいぶんよさそうな品だけど、これの出元はどこだい? 聞かれて答えられないとパチモンつかまされたなんてご機嫌を損ねちまう」
仕入れ先と製造者の情報、あわよくばこの香具師までの品物の流れもつかみたい。
「え? ああ――これはさる大店の扱ってたものなんだがそれが急に潰れちまってな。店で扱ってたもんが二束三文でたたき売られ、流れ流れてってやつなのさ。ほんとはどこぞのお姫様の花の顔に塗られてたっておかしかあないって代物だ。こんな出物そうないよ。六つしか手に入らなくて、これが最後の一個だぜ」
「ふうん。そうなんだ。モノはいいんだね」
そう相槌を打ちながら、稔の体で虚の口調というハイブリットが周囲を確かめる。
人が多い。露店の数もまだ減ってはいない。視界の隅で焔が手持ち無沙汰というように指を動かしている。どうやら、露天商を拘束したいようだ、指が先ほど使っていた符をもてあそんでいる。ここで異国人がいきなり妖術を使ったら、露天商外として起こした事件かはともかく、この界隈の祭り気分はぶち壊しだ。今までの苦労も水の泡になりかねない。背後で世界が睨みをきかせている。じっと我慢しているのは偉かった。
手にいれてくださいねー。と、ユゥリアリアが口をパクパクさせた。
うんうんと頷いて見せたのが了承と伝わっただろうか。
「なるほどねー。で? あー、高い。二束三文だったんだろ? もうひと声。え、贈り物値切るなって? 痛いとこつくなあー」
売れ残り品にはちょうどいいケチだ。香具師の方はルフナの精霊につけてもらうとしよう。
店の裏手には、グレイシアが立っている。コツコツと靴のかかとを打ち合わせているのは反響で周囲の状況を読むためだ。舌打ちという方法もあるが、紳士がそんなことをしては例に反する。
「――紅は持ち帰って。最悪破壊ということで」
ユゥリアリアとしては押収を考えていたが、外国人がいきなり店に難癖をつけるには目立ちすぎる。
カムイグラは、アウェイなのだ。まだ足がかりが少ない。
だが、情報屋は喜んでくれそうだ。いい土産を五つ――いや、手付かずのを含めて六個も持ち帰れるのだから。
「ところてん。買うけどいるヒト」
Starsが聞いた。どうやら、人数分プラス後続の術者分買って帰るのがいいようだ。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。キレイドコロ達は無事にお家に帰れました。メクレオも物証が入ってホクホクです。ゆっくり休んで次のお仕事頑張ってくださいね。
GMコメント
田奈です。
すごくもろい肉腫を死なせないように、術者が到着するまで取り押さえていてください。もちろん、不殺技があればすぐ終わります。その時は、メクレオのお願いを聞いてくれると、田奈が喜びます。
肉腫・キレイドコロ×5
この辺りのきれいなお姉さんが肉腫になりました。非常にもろいのでちょっと攻撃したらすぐ死にます。ですが、攻撃力は異常に高くなっています。一噛みでお肉がもっていけるくらい。
セクシーダイナマイトなので、メロメロにならないように。
攻撃には【恍惚】が付きます。
がぶがぶしてきますので、耐えてください。
不殺以外で攻撃すると死にます。
場所・夜の林
祭り会場に続く道に近い林の中です。直径10メートル程度の円形状です。暗く、月明かりはありません。池があります。ちょっと取り押さえるのに失敗すると、もう祭り会場です。追っかける算段もつけとくといいと思います。
助っ人:どっかのローレット・イレギュラーズ
不殺技を持っている。今、一生懸命向かっているので、取り押さえていてくれればどうにかできるまで不殺技をかけ続ける。回復もあるので、多少怪我しても安心。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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