シナリオ詳細
<禍ツ星>肉が操るヒトガタ
オープニング
●遺作
木製のからくり人形が白衣の男を抱きしめた。
「すげー!」
「動きがこれほど滑らかとはっ」
歓声が爆発する。
練達から来た白衣の男は照れているが、同行者達は男のことなど放り出して舐めるように人形を凝視している。
夏祭りの出店が、趣味人向けの専門店の雰囲気になっていた。
「このパーツは木目を利用しているのか!」
「ええい、下着なんてどうでもいいっ。関節部を見せてくれ関節部を!!」
練達製の部品を使えば同等の品を作る自信はあっても、木製の部品を使ってこれほどの品を作るのは熟練技術者でも不可能に近い。
そんな光景を、カムイグラの職人達が眺めていた。
「あいつ、いつの間にこれほどの腕を」
あるところに半端者がいた。
喧嘩を好み、商売道具である手を痛めるのもしばしばな、戦士にも職人にもなれない男だった。
そんな男がある日突然奮起して、腕を上げるだけでなく売れ筋の品を作るようになった。
この祭りにあわせてからくり人形を作ると聞いたときには職人達も困惑したが、目の前の光景を見れば男の腕と商才を評価せざるを得ない。
「これなら俺の娘をやってもいいな」
「おいおい、野郎がお前の子供になんて惚れるかよ」
「あんだとぉ!?」
喧嘩っ早い連中が小競り合いをしているが、多くの職人は好意的だ。
嫉妬や奮起など様々な思いはあるが、同業者が破滅するよりマシな人生を送れる方が良い。
「なあ、野郎が惚れた女ってどんなのか知ってる?」
「お前も知らねぇの?」
「あんたも知らないのか」
職人達が顔を見合わせる。
繋がりが強い業界だ。
誰か1人は知っていると誰もが思い、実際には誰もその女の名も顔も知らない。
「一方的に惚れてるだけとか?」
「仮にそうでも、これだけの腕があれば次の女も見つかるだろ。一応挨拶していこうぜ」
売り場の邪魔にならないよう、店員から了解を得てバックヤードに入った。
「おーい久しぶ……り?」
そこには、かつて半端者と呼ばれていた男はいなかった。
髪はわずかし残っておらず、頬も痩せこけ目も見えているかどうか分からない。
ただ、骨ばかりの腕で振るわれるノミは、異様なほどの精度と力強さで新たなからくりを作っている。
最も若い一人が真っ青になった。
神事に関わる家系の出で、自身も薄くはあるが霊能を持つ若手職人が、男の首筋を凝視し震えている。
「先生ー、表の人形を全部引き取りたいって方が……」
店員が暖簾を上げて入ってくる。
外から光が差し込み、死体にしか見えない男と、枯れ果てた男とは逆に生命力に満ち満ちた肉腫を照らし出した。
●肉腫討伐
「祭りがややこしい感じになってるです」
『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は結構深刻な表情だ。
現在カムイグラで行われている夏祭りは豊穣と海洋の合同祭事でもあり、失敗を望む人間は皆無に等しい。
それほど両国の友好と発展に繋がる行事であり、つまり魔種の類いなら嬉々として潰しにかかる大イベントだ。
「怪しい品が流れ込んで、変な気配もするそうなのです」
カムイグラは、魔種という特級の脅威が国家の中枢部にいる国だ。
何が起きてもおかしくない。
「一応こういう情報もあるです」
ユーリカが1枚の紙をイレギュラーズに見せる。
慌てて描かれたような荒いスケッチで、人間の頭ほどの大きさを持つ肉腫が人間から生えているようにも見える。
「何も起きないならそれでいいです。そのときは祭りを楽しんで来て欲しいのです」
今回の依頼は会場の警備だ。
受け持ちとなる範囲には、新進気鋭のからくり職人が出している店も含まれていた。
- <禍ツ星>肉が操るヒトガタ完了
- GM名馬車猪
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年08月05日 22時35分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●祭りの邪魔をする奴もの
ほんの数分前まで高額商品を扱う店が建ち並んでいた場所が、今では火事場泥棒すらいない戦場だ。
「肉腫に絡繰り、ついでに乗っ取られたヒト。はぁ……ガイアキャンサーだっけ?」
『策士』リアナル・マギサ・メーヴィン(p3p002906)が心底うんざりとした表情で息を吐く。
ただし、狐耳は糸の落ちる音も聞き逃さないほど集中している。
リアナルは高速の思考で複雑怪奇な術を編み上げて、もともと高度に効率化していた力の運用を理論上の限界まで引き上げる。
「ったく面倒な相手だ。避難は完全? ならばまずは叩きのめすところからじゃね」
リアナルは物理的には叩かない。
地面に転がっていた鈴をそっと拾い上げ、落とし物を傷つけないようそっと指先で揺らす。
澄んだ音色は救いの音を思わせる尊さで、リアナルを中心とする直径20メートルの範囲を癒やしの力で包む。
この癒やし空間の維持に必要なコストはたまに使うソリッド・シナジーの分だけで済む。
絡繰りのよる騒動を演出したものが目を剥き髪を掻きむしること確実な、素晴らしく有効な支援であった。
着物を着た絡繰り人形からモーターに似た音がする。
裾をあまり乱さずタイミングをあわせて跳躍。
脇を見せつけるパンチが、『人類最古の兵器』郷田 貴道(p3p000401)の逞しい上半身に迫った。
「ハッ、趣味はどうしようもねぇがショーは分かってるじゃねぇか!」
強靱で柔軟な筋肉が左右の腕を高速で駆動させ、全長50センチの男性用人形を防ぐ。
人形は、防いだ腕を蹴りつけ遠ざかり、生意気あるいは得意げな表情で貴道を苛立たせる、はずだった。
「ミーは雨の日に傘パクっていく奴と祭りの邪魔をする奴は殴り飛ばすって決めてるんだ」
貴道がにやりと笑う。
人形による挑発は貴道の心を震わせない。
「受け取りな!」
古傷が刻まれた拳を、最短距離からわずかにずらした軌道で送り込む。
読みを外された小人形は回避を失敗して防御も中途半端だ。しかし明らかに意図して直撃を避け地面に着地した。
「あの一撃をわずかとはいえ防ぐじゃと?」
『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)の眉間に微かな皺が寄る
「雑兵でこれか。まったく、杞憂で済めば良かったじゃがな」
攻めの技も回避の技も瑞鬼の方が上だ。
しかし敵は素早い小人形だけで合計8体、人間サイズの人形が2体もいる上、異形の肉腫が大将として奥にいる。質、量ともに脅威だ。
瑞鬼と比べると頭1つ以上背の低い人形が、鉄の棒を武術の心得のある動きで振り下ろしてくる。
「ふ、ふ。わしを手弱女とでも思うたか?」
術を敵進路上へ置く。
強力ではあるが人間より劣る知性では気づくことが出来ず、人間サイズの大人形が肉腫から離れる方向へと吹き飛ばされた。
「お前達の相手は俺達だ。此れより先は通れぬ物と思って貰おう」
外套を着こなす『Black wolf = Acting Baron』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)が、作り物ではあるが女性を感じさせる人型に対して名乗りをあげる。
片手で構えた短槍は使い込まれ、過酷な戦歴を感じさせる。
「どうした。来ないのか」
構えを崩さず半歩進む。
移動距離としてはわずかなはずなのに、大きな人形も小さな人形も押し潰されるような圧を感じて精神的に追い詰められた。
大人形は異常な加速を行い形の良い脚を繰り出す。
小さな人形達は見事な跳躍からの足を揃えた蹴りを繰り出す。
「やれやれ、せっかくの祭りだってのに無粋な輩だな、魔種ってのは」
迎撃は燃え盛る戦意と嵐のような斬撃だった。
風はマナガルムとは別方向から吹きつけ、風を引き起こした大剣は『剛剣暴君』エレンシア=ウォルハリア=レスティーユ(p3p004881)に導かれて大も小も問わず人形を傷つける。
高価着物に切れ目が入り、細かな木片と切れ端が宙へと待った。
「そーら、行くぜ!纏めてぶっ壊してやらぁ!」
圧倒的な攻勢だ。
この攻勢が破壊より戦力誘引を重視していることに、人形達はまで気づいていない。
●外つ国より
「わざわざ船に乗って来た私に頼むのがこれぇ!? セララあなた酷いんじゃない?」
黒薔薇の蔓と棘が戦場の南端を埋め尽くす。
効果範囲が広い分効果は控えめだが、人形が近付いても短時間の足止めは出来るという、そんな技だ。
「ミストちゃんだから任せられるんだ。行ってくるね!」
「ちょっと、もう!」
『薔薇の魔法少女』ミストルティンは術を維持するため動けない。
ただ、『魔法騎士』セララ(p3p000273)が無防備な背中を向けてくれているのが、表情が緩んでしまうほど嬉しい。
「わた……セララと私が来たからには大丈夫よ。傷を負った人は来なさい、見てあげるわ」
戦場に非戦闘員が入り込まないよう自らを目立たせる。
彼女はセララに対してはデレ強めのツンデレであり、セララと比較出来る程度には強い魔法少女であった。
枯れ果てた死体にしか見えない男がかさかさと歩く。
首筋から生えた肉腫が、嘲笑の如く歪んだ。
「なんとも禍々しい見た目ね」
『銀青の戦乙女』アルテミア・フィルティス(p3p001981)が深刻な表情になる。
勝つだけでも困難な相手だ。死にかけの職人を助けようとすればどれだけ難易度が上がるか分からない。
乾ききった腕がノミを振るう。技術らしい技術もないのに、圧倒的な速度だけでアルテミアの戦衣に傷をつける。
(何を弱気になっているの、私らしくない)
彼女の心身から余分な力みが消えた。
リアナルの回復支援があるのですぐに倒れることはない。
アルテミアは肉腫が持つ気配からその能力を察し、すぐに攻撃はせず足下の元絡繰り店へ注意を向ける。
暴れ回る大小の人形と同種のものが、瓦礫の中にいくつも転がっていた。
「お人形さん……増援っ」
セララも同じ考えに辿り着く。
聖剣に込める力の量と質を調整した上で自らの位置の変更。
肉腫と元店に当て職人に当てない角度で空飛ぶ斬撃を放つ。
「っ」
肉腫が職人の体に跳躍を強いる。
骨がみしみしと鳴り、異様な速度で斬撃を飛び越え回避した。
「『この手が届く距離の命は護りたい』、例えそれが僅かな可能性だとしても、それをつかみ取る為にやるだけよ!」
細剣ロサ・サフィリスを蒼い炎が覆う。
着地直前という最も躱し辛いタイミングで、龍の吐息じみた蒼炎が肉腫を襲う。
それまで歪むだけだった肉腫が瓦礫に自らを打ち付け、再び跳躍してアルテミアの一撃をも飛び越えた。
アルテミアの唇から鋭い息が吐き出される。
残心ではなく次の攻撃を即座に開始し、前回よりなお強い蒼を大空に向け解き放つ。
猛き炎鳥を思わせる光が肉腫を捉え、その思考をアルテミアに対する白兵攻撃に拘束した。
「1つで渡航費払えそう……」
黒薔薇の魔法少女が、砕け散る人形を見て冷や汗を浮かべていた。
●海からのうた
造詣にも衣装にも絡繰りにも妥協はない。
男だけでなく老若男女を楽しませる域に達している人形は、うちに入り込んだ肉腫により怨霊よりも悲惨なものに変化していた。
「何ともむごく、おぞましき業か」
『海淵の祭司』クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)は情け無用と判断した。
澄んだ声で神を言祝ぐ歌を高らかに歌う。
勘が良い戦人なら反射的に理解しないことを選択する、深淵との縁が深すぎる曲だ。
小人形のうち2体は優れた反射速度で耳を塞いで回避に成功。
しかし、残る小人形2体と、刃を束ねたような扇子を持つ大人形1体が、抵抗能力を持たない常人であるかのように深く魅入られる。
狂った大人形による死角からの扇子殴打が、無傷であった小人形1つを潰して木の残骸に変えた。
曲の美しさと効果の凄まじさに賛嘆の声を上げながら、『兎身創痍』ブーケ ガルニ(p3p002361)が1体のみ無事な小人形と渡り合う。
1対1では大技は不利と判断したのか寄せ来細工の棍棒を短く持って小刻みに駆け、ブーケの足を執拗に狙う。
「うわ、向こう脛狙わんといてぇ!」
ブーケは移動しない。
群衆に突っ込めば何十人被害が出るか分からない小人形に巧みに立ち塞がり戦場の外へ向かわせない。
その上で、打撲で滲んだ血に新鮮な呪いを込める。
「あかんなあ、暴走人形は小ちゃいから踏みそうになるぅ」
指先につけた血をさっとなすりつける。
木目の浮いた肌が熱を持ち、内側からじりじりと焼き始めた。
「来るぞ」
クレマァダの歌も万能ではない。
大人形がぎりぎりではね除けることに成功し、複数の刃を同時にブーケへ振り下ろす。
しかも、タイミングをあわせて小人形2体がブーケを左右から狙っていた。
「勘弁して欲しいわぁ」
青い衝撃波が右から来た小人形を跳ね飛ばす。
敵の攻撃が来る方向が1つ減るだけでかなり楽になる。
ブーケの動きはまだ止まらない。
残った血を全て集め、微かに開いた大人形の口へ投げ入れる。
血が木の内側まで染み込み、大人形の対術抵抗能力が激減した。
「きっつい……けど効いたなぁ?」
腕を深く切られたブーケが狐面の下で笑った。
「……ヒトガタのものを斯様にぞんざいに扱うは気が引けるのう」
クレマァダはそんな言葉を口にする余裕がある。
一度歌った曲と同じものを、今度は別の目的も込みで静かに歌う。
大人形も小人形も深く魅入られる。そして効果はそれだけではない。
ブーケが押しつけた炎と呪いと、クレマァダがもたらした魅了が1つの大きな呪いと化して木製人形達を内側から苛んでいる。
曲を聴く度に、何度でもだ。
「来いうすのろっ!」
クレマァダは前に出ず、下がりもしない。
敵勢合計5体をこの場に釘付けにすることで味方を有利に出来る。
「綱渡りのようでもあり楽勝のようでもあり」
リアナルの広域支援が戦線を支えている。
常時癒やされているブーケは多少の運にも助けられて持ち堪え、多重の呪いで痛んだ小人形に猛毒を付け加えて限界を迎えさせる。
「肉腫、って見た目がもうすごいよねえ。うぞうぞしてて見るからに、近寄りたくないわぁ」
異形から殺意を向けられても、ブーケは飄々としていた。
●空から見つめ、見逃さぬ
肉腫の表面に新たな表情が浮かび、重武装の大人形がこくりとうなずいた。
小人形を放置して真後ろへ向かう。
肉の表面が歪み、ぱちんと弾けて豆粒より小さな肉が宙へと舞う。
そんな光景を、空を飛ぶ烏が見下ろしていた。
舌打ちが響く。
切断面がささくれた柱を透過して、『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)が飛ぶように駆ける。
右眼の疼が酷くのが不愉快で、レイチェルの冷たい視線は肌の感覚のない人形達に冷たさを感じさせた。
「どこに持って行くつもりだ」
鮮血色の焔が木製の体を覆う。
レイチェルの使った技は対単攻撃術だが、指先でつままれていただけの肉には良く効いた。
人形や人間に潜り込めば小人形程度の戦力になっていただろう肉が、不愉快なほど美味そうな臭いを残して炭粉に変わった。
「お人形遊びをする歳ではないが遊ばせてもらうぞ?」
瑞鬼を中心に常世と幽世の境が緩む。
緩みは瞬く間に世界により修正されるが、世界から見れば砂粒未満の緩みも木人形にとっては致命的だ。
重い鋼扇が重りにもならず、肉腫とも遠巻きに戦闘を眺める群衆とも離れる方向へ吹き飛ばされる。
綺麗に整地された地面に何度もぶつかり着物が傷つき、瓦礫から突き出した柱へぶつかり胴部のパーツが歪んだ。
「ほほほ、頑丈なのは遊び易いのう」
容姿に似合った若若しい笑みであるのに、冥府で永いときを過ごしたも言われても納得出来る昏さがある。
その雰囲気に似合いの抜け目の無さで戦場全体を見渡し、無責任で無防備な客が黒い魔法少女に足止めされているのに気付く。
「優勢でも劣勢でも勝ち目を作るか。……黒幕は魔種じゃな」
地面に倒れた人型の前に止まる。
頭部の中心に、死にきれない負の気配がある。
「勝ちは譲らんよ」
黒いキューブを壊れた小人形内部に出現させる。
肉腫の複製はこれに耐えられず、瑞鬼によって次々に処理されていった。
炎の紅蓮が人形だけを狙う。
レイチェルは怒りに燃えても怒りに流されず、普段より多くの血を使って容赦なく大人形を駆り立てる。
だが距離がある。大人形達は予定を変更して主である肉腫と合流しようとして、その背後から急襲を受けた。
「主の守りにゃ行かせねぇ、ここでぶっ壊してやるぜ!」
エレンシアは武器こそ大型だが防御面は軽装で、自身の危険を十分承知した上で翼を使って加速する。
扇が開かれ複数の斬撃がエレンシアを襲い、防具を切り裂き腕や足まで届く。
「浅いっ」
大人形の間合の奥へ突き進む。
戻ってくる鉄の刃よりも早く、ファルカウの加護深き大剣を全身の力で押し込む。
扇子が人形の手から落ちて地面へ突き刺さる。
大きな刃が人形の背中か突き出され、エレンシアがさらに力を込めると胸部のパーツの接合が砕けて刃が肩から飛び出した。
崩れる体に鞭打ち大人形が肉腫との合流を計る。
無事な武装人形が、両腕に刃製メリケンサックを填めて高速の連撃でエレンシアを狙う。
「行かせねぇって言ったぞ!」
剣で防ぐが衝撃が胸の奥まで届き、息の中に血の臭いが混じる。
「それが、どうしたぁ!!」
巨大な刃を放り投げるよりして突き入れ、半壊人形を中の肉腫ごと地面に縫い止め止めを刺した。
「どいつもこいつも無茶をしおって。回復が追い付かぬ……よしいけた!」
リアナルが額の汗を拭う。
生死の境をぎりぎりで戦っていたエレンシアに連続で癒やしの力が届き、刃付きの拳を大剣で防ぐことが出来る程度に回復する。
「まだまだぁっ」
エレンシアは意気軒昂だが限界が近い。
一撃放つたびに洗練されていく足運びと拳打によって、彼女はじりじりと追い詰められていく。
「声は届かぬか。ならば」
クレマァダは歌を止めて大人形に駆け寄る。
炎と拳により小さな人形達は全滅し、開戦直後ならクレマァダを止めただろう敵戦力は既にない。
「お主らがどのような存在かは知らぬが、弱き者らに手を出すならばまず我を踏み越えてからに致せ。夢見は出来ずとも、力を喪おうとも、我は依然として祭司長の精神は失っておらぬ!!」
腰を落としながら掌を前に出す。
大人形に触れた瞬間の威力は一見控えめだが、掌打に重なる形で物理的な波と霊的な波が人形にぶつかりその守りを崩す。
木目の目立つ上体が、酷く無防備に揺れた。
「真似るなら巧くやりな。二度と機会はないがな」
大人形の見取り稽古の対象であり、粗雑な真似ですら戦力向上に繋がったおおもとの技が人形へと突き刺さる。
「技だけじゃ足りねぇのが実戦の面倒臭さだ。だがノープロブレム! ボクサーは最強のエンターテイナーだからな!」
衝撃で内部のパーツを破壊し、さらに押し込むことで破壊を四肢にまで拡大する。
「おら死ねぇ!!」
絶好の好機をエレンシアが逃す訳がなく、体の痛みを根性で押さえ込んで、大きな剣先を人形の頭部に叩き込み小さな肉腫ごと押し潰した。
●肉からの解放
ただの肉の体当たりが、アルテミアが防御に専念せざるを得ないほど重くて速い。
隙は大きくアルテミアの斬撃が何度も肉腫を襲い、しかし速くて強靱という素の性能で浅い傷にしかならない。
「交代っ」
セララが最前列を引き継ぐ。
味方が流した血の匂いに、事切れる寸前の職人の血の臭いも混じっている。
余波の余波程度しか当たっていないのに、戦士ですらない男はもう限界だった。
「お願い、正気に戻って! 人が傷つく悲しいお祭りになんてさせないで!」
肉腫からの攻撃を防ぎながら呼びかける。
このままでは肉腫とまとめて仕留めるしかなくなる。
職人がセララ達の指示で動きを止めてくれたなら、格段に当て易くなるのだ。
「俺の前で死人は出さん! まだ手遅れじゃねぇ!」
普段は冷たいといっていいほど冷静なレイチェルが激している。
「人殺しもさせねぇ。俺らで止めて、助ける!」
燃えるような瞳が、既に灰と化していた音の心を熱した。
「おれは」
萎えた筋を全力で動かしても虫の音より小さな声にしかならない。
瞼を上げるだけでも重労働で、生気のない瞳を神使に向けるので精一杯だった。
「目が覚めたらなら後は頑張るだけだよっ。声援が聞こえるよ!!」
セララがぐいぐい精神的に攻める。
がんばれー、という野太い声と、新しく人形ちゃんつくってー、という欲に塗れた声が戦場の外から聞こえて来た。
職人の瞳に微かではあるが光が灯る。
セララが構築した光刃で白く照らされながら、後少しだけ頑張ろうと気力を振り絞る。
「フォトンセララソードッ!!」
肉腫の意思と肉腫の回避行動にただの男が抵抗する。
邪魔を出来たのはほんのわずかだったけれども、セララの光刃は男にはかすりもせず、肉腫のみに深手を負わせる。
残念ながら、肉が抉れて奥まで見える部分は接合部分から離れていた。
「ありがとう」
骸骨に皮が張り付いたようにしか見えない男が心からの感謝を口にする。
「諦めるな」
マナガルムの外套は血に濡れ重くなり、端から赤黒い血が垂れている。
「皆が楽しみしていた祭りを、お前のからくりを! この様な事に使おうとする様な存在に負けないでくれ!」
魂を賭け死ぬより辛い苦痛に耐えて反抗しろとは言わない。
僅かでもいいから踏ん張ってくれれば、手段を選ばず生存に導く。
マナガルムの宣言はまばゆいほどに傲慢で、職人の中の少年の心を刺激した。
「へ、へへ、優男がよう……。仕方がねぇ、ノってやろうじゃねーか」
至近距離にいるマナガルムでも半分も聞こえない声量。だがイレギュラーズ全員にその熱い意思が伝わった。
「来い、肉腫。お前の敵はここにいるぞ」
職人の意思に関係なくノミが繰り出される。
威力は凄まじいが、一撃ごとに職人の肉と骨が壊れるのが分かる。
「腕がねぇなら口に咥えて削りゃぁいい。やってくれ」
かつて半端だった男は、ようやく真の意味で腹をくくった。
「まだ傷口か塞がりきっておらんのだぞ? ええい、精力も供給するから後はそっちでなんとかせい!」
激しい口調のリアナルの瞳は、死ぬなよと無言で伝えていた。
「助かる。まだまだ付き合ってもらうぞ。お前も、肉腫もだ」
雷纏う穂先が剥き出しの肉に届き、電流で以てその動きを見だした。
レイチェルが後ろ手に合図を送る。
貴道は気づいた雰囲気すら感じさせず全身に力を溜める。
「視えりゃ、其処を取り除けば良い」
レイチェルの全身を炎が覆う。
左目のギフトは、不調を通り越して病に塗れた職人の全身を映している。
1箇所、首筋のだけが、肉腫に侵食され人ですらなくなっている。
「癌のオペと一緒だろ? 踏ん張れよ……今、助けてやるからな……! この人形を遺作にはさせねぇ!」
炎に照らし出された最新作が、平坦な胸で光を反射し肉腫の知覚を妨害した。
そこから先は一瞬だ。
レイチェルから伸びた炎が無数の意思持つ蛇の如く肉腫を狙い、防御を致命的に崩す。
貴道の拳が6つに分かれる。
殺意と気配の意図的な濃淡が引き起こす錯覚だが、肉腫に本物の拳を見破る能力は無い。
「耐えろよボーイ。死ぬほど痛いぞ」
拳が境目を抉りとり、肉腫と職人に悲鳴を上げさせた。
「手を、伸ばしてくれ──その手を、俺達がつかみ取る……!」
細い腕が、断末魔じみて痙攣しながらマナガルムに差し出される。
マナガルムは美姫を抱き留めるかのように大事に扱い、引き寄せ、守り、その上で宙へ浮く肉腫を睨み付ける。
己の力全てを雷撃に変え、片手で構えた槍に全てを込める。
「これで、終わりにさせて貰う…!」
突き刺す。
首筋と繋がって居た致命的な傷口を、穂先が奥まで蹂躙する。
それでも肉腫は死なず、だが既に情況は詰んでいた。
宙は、イレギュラーズ全員の攻撃が届く、死地だ。
術、拳、剣、そしてあらゆる呪いが肉の塊を打ち据え、地面に戻ることも許さずこの世から消滅させた。
●手術
「細かいとこは全て任す。おらまだ死ぬなど許さぬぞおい!!」
今回唯一の癒し手であるリアナルが、全ての癒やしの職人1人に集中する。
血は止まり肉が繋がり皮膚が覆う。
だが元通りに機能するかは全く分からない。
リアナルほどの術者でもこれが限界だ。
「辞めて久しいが、俺も医者だ。全力を尽くす」
手術道具としても使える道具を術の炎に潜らせ消毒し、レイチェルは壮絶な難易度の手術に挑むのであった。
数年後、技術力とフェチ度を増した絡繰りが大量に出回ることになるが、それはまだ先のことである。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
戦勝、おめでとうございます。
GMコメント
『肉腫に冒された職人』の生存を目指すと難易度が上昇します。
出来れば格好良く解決して、祭りの参加者を安心させてあげてください。
●ロケーション
祭り会場にある、完全に破壊された店とその周辺です。
見物客が近づかないよう有志が頑張ってくれてはいますが、店から離れると大勢の見物客と鉢合わせしてしまいます。
●エネミー
『肉腫に冒された職人』×1
首筋から直径1メートルほどもある肉腫が生えた、鬼人種の職人です。
主導権は圧倒的に肉腫。職人は生きてはいますが瀕死の状態です。
強烈な魔力的干渉能力を持ち、小さな『複製肉腫』をからくり人形に植え付け戦力にしています。
この個体の目的はより多くの人間の殺害で、全体的に能力は高いですが直接的攻撃は不得手、機動力も低く、配下を利用します。
<スキル>
・ノミを振り回す:物至単
・力を注ぐ :神至単【HP回復1000】 自分自身に対しては使用不可
・干渉能力行使 :対象に『複製肉腫』を植え付けようとします。パンドラを持つ存在(イレギュラーズも含む)には効きません。
『暴走したからくり人形』×8
全高50センチ前後のからくり人形です。
無着色で露出多めな男性(の特定の趣味の持ち主)向け人形でした。
動きが滑らかで、攻撃の威力は低いですが命中と回避は高めです。
素晴らしい強度の棍棒型寄木細工を振り回し、からくりの店を破壊した後に新たな獲物を物色しています。
<スキル>
・棍棒の一撃 :物至単 【ブレイク】【必殺】 突きが得意です
・跳び蹴り :物近単 【移】【怒り】 煽りモーションが豊富です
『武装からくり人形』×2
全高140センチのからくり人形です。
本格的な着物を着ているため動きはやや鈍いですが、HPと防御技術と攻撃の威力が高い相手です。
特殊抵抗は平凡です。
『肉腫に冒された職人』の護衛を最優先に行動します。
<スキル>
・振り下ろし :物至単 【追撃30】
・薙ぎ払い :物至範 【飛】【崩れ】
●地図
1文字縦横10メートル。戦闘開始時点の状況。上が北
abcdefg
1店□■■■□店
2店□■×■武店
3人□武□□□□
4□□□□□人□
5□□店店店□店
6○○店店店○店
□=平地。ここ以外の場所も平地です。
■=崩壊した店です。肉腫に冒されていないからくりが何体か転がっています。
店=カムイグラの布を売る店、または装身具の店です。客も店員も避難済。
×=『肉腫に冒された職人』が、イレギュラーズを警戒しています。
武=『武装からくり人形』1体が、『肉腫に冒された職人』に近づくものを迎撃しようとしています。
人=『暴走したからくり人形』4体が、近くの店を破壊することで人間を見つけようとしています。
○=イレギュラーズの初期位置。各人が好きな位置を選択可能。
●他
『職人』×複数
傷は負いましたが逃げ延びました。遠くから祈るような表情で見守っています。
『店員』×複数
『職人』に庇われたりたりして逃げ延びました。
怯えきっているので、会話は可能ですが困難です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
Tweet