シナリオ詳細
<禍ツ星>旧り行く祥月
オープニング
●神隠し
黒き彼岸花が咲き誇る。その花の袂に誘われるかのごとく蜃気楼の精霊を守るがためにイレギュラーズと相対した魔種がいた。
その名も、カミツメ――ラサで傭兵業を営んできた手練れの剣士であったが、ある依頼で財宝を得てからは孤児院の援助を行いながら剣士の育成に力を入れてきたそうだ。
しかし、その孤児院は度重なる不幸に見舞われた。何度も何度も、自身が守ろうとした命を守る事ができない事に彼は絶望し、その身を魔に窶したのだそうだ。
――行方知らずとなった男は、黒き彼岸花による神隠しで黄泉津へと辿りつく。
その場所はカムイグラ、夏祭りの行われるその夜に男は――『不幸』を前に、ある村へと辿りついた。
●祥月様
その村は神ヶ浜より幾分か離れた場所にある。此度の祭りの為にと、男では祭りへと借り出され、女子供は自身らが信奉する神の御堂を開け寝ずの夜をすごす風習があった。
此度も例年通り、男たちが神ヶ浜へと出かけていくのを見送り『祥月様』と呼ばれた仏像に祈りを込めて、その身を拭き上げた。そして御堂を開き果物や花を飾る。
「おっかあ、どうして今晩は寝てはいけないの?」
「祥月様が村を見にいらっしゃるんよ。だから、今日は祥月様に楽しんでる姿を見てもらわんとあかん。
寝てしもうたら、身体が空っぽやって祥月様が身体を奪っていってしまうからね」
母の言葉に子供は首を傾いだ。変なのと告げて御堂の中に使いとして果物を並べ続ける。
幼いころにこの村の子供たちは祥月様の御堂の中へと入り込む事が多い。それ故に恐れを抱く事が多かった祥月様の顔はいつもよりも汚れているようにも見えた。
(変なの、祭りできれいにされてるはずやのに……)
●呪具
海洋王国との合同開催である夏祭りにどうした事か呪具が交じりこんでいるらしい。建葉・晴明が其れに気づいたのは偶然に過ぎない。祭り会場の騒ぎは大きく、折角の外交が最初から頓挫してしまう可能性さえ感じられた。
長らくの航海で疲弊した海洋王国にはサマーフェスティバルを開催する余力も無いがそれはアチラ側の都合だ。『カムイグラとの貿易と交流の起点づくり』の為にと女王イザベラが提案したこの案に乗ったのはカムイグラ側なのだ。滞りなく祭事をこなせれば問題ないが――成る程、巫女姫が了承したのは呪具と『仕掛け』のためであったかと晴明は歯噛みした。
「簡単に説明させてもらいたい。現在、夏祭りのための祭具に呪具が混じりこみ妖や音量の発生が確認されている。
貴殿らに向かってもらいたいのは神ヶ浜の程近い集落だ。祥月様という御仏を信仰しているが、風習により、祭りには男手しか出さず、御堂の傍で過ごしている。
その祥月様が『呪具』であったというのだ。人を食らう妖が出てくる――ならば、男手を失った村はひとたまりもないはずだ」
至急、対応を、と彼はそう望み足早に次の地へと向かっていく。中務卿たる男は特異運命座標を信頼しているのだろう。
だが――
祥月様の村へと訪れた際にイレギュラーズが見たのは晴明に聞いていた以上の状況であった。
神隠しにあったとされていた魔種カミツメはぎろり、と特異運命座標を見遣る。
「何をしにきた……?」
彼は本来であれば存在しないはずである。だが、彼自身は幼き子供を救うために馳せ参じたのだろう。
呪具による妖より子供を守りたいと、そう告げれば彼は笑った。
「呪具? 其れ程度かよ。
そんなわけがないだろうが。こんなのはじめてみた。嗚呼、はじめてみた」
男は苛立った様に御堂の中を見る。幼い子供の身体をずるりと引きずった仏像はずしんと音を立て、確かにその足で歩いていた。
「ああ……悲しい。魂が身体を置いていってしまったのですね。
悲しい。悲しい。なんと悲しいのでしょうか。
私がすぐに貴方のその身体に魂を差し上げます。
信仰が足りなかったのです。私を信じていれば、その身体は肉腫へと至る事が出来たのに」
其れは異質な存在であった。魔種ではない。だが、限りなく魔種に近い悪存在。
滅びのアークより顕現したソレは――精霊や妖精などではない、もっと悪辣としたものだった。
「『何だ』」
カミツメはそう、問いかけた。仏像は涙ながらに「祥月と申します」と静かに囁く。
「私は――私は、滅びのアークより生れ落ちた存在。肉腫(ガイアキャンサー)。
純正(オリジン)が一人、ただの、皆さんの魂の案内人であり、聖人でありますよ」
ぞ、と背筋に奔ったのは確かな恐怖であった。
此れを倒さねばならない――這う様なそれは目にも見えぬ流行病を見たかのような、そんな不定形な不安を与えていた。
- <禍ツ星>旧り行く祥月完了
- GM名夏あかね
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年08月05日 22時35分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
祥月様、と神は親しみ好かれていた。その存在の『なれの果て』が此れだというならばあんまりだと『双色クリムゾン』赤羽・大地(p3p004151)は胡乱に呟く。よりにもよって祭りの夜に此れ程に厄介な存在が顔を出すというのか――海洋王国との共同開催という此度の催しを血で汚されるとなれば流石に笑っては居られないと大地は頬を掻いた。
「カミサマなら黙っテ、静かに座って見てりゃあ良いんだヨ」
そう呟く。眼前の御堂は開かれ、幼い子供の骸を引きずる作り物が如き存在は涙を流し続けている。相対するは魔種カミツメ――『黒犬短刃』鹿ノ子(p3p007279)の『ご主人』たる男は眼前に存在する奇妙な存在ばかりを見詰めていた。
「やれやれ……折角の祭りが台無しじゃあないか。どうしてくれる。
それで? ……魔種は倒さなくて良いけど――ガイアキャンサーっていうなんだあれ気持ち悪い」
ぽつり、と言葉を零した『黄昏夢廸』ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)の『声』を拾うように「なんて酷い!」と祥月を――神様を――名乗った男はそう言った。
「気持ちが悪いだなんて。嗚呼、この身が紛い物であることを恨みます。
仕方が無いのです。聖なる光を只人に浴びせるなど私には愚かしくてできませんとも……」
手を合わせ涙を流したその存在は魔種とは呼べなかった。滅びが蓄積し、生まれた存在――精霊種が可能性を帯びて顕現したように――何処からか顕現したソレは肉腫(ガイアキャンサー)と自身らを名乗った。
「……ったく。嫌なモンばかりこの右眼に映りやがる……!
カミツメとやら。アンタは魔種だが一時停戦だ。俺も弱者が成す術も無く目の前で殺されるのは赦せねぇンだよ!」
魔種と戦うのではない。それと志を共にする。歪な共闘戦線であれど『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)にとってはより異質なのは眼前に存在する肉腫でしかなかったのだ。ずる、と引きずられていた子供を見下ろした肉腫は「お嬢さん、お間違えなく」と笑う。
「私は救いの手を差し伸べているのですよ。この薄汚れた俗世より我が天上へと導くため……痛みは仕方が無かったのです」
その姿は彼らの信ずる神そのものだったのだろう。ソレが人を思わせ泣いている。その様子にぶわ、と背筋に走った嫌な気配にレイチェルはしかとその尾存在を睨め付けた。病を目視することが出来る魔眼で村人やカミツメに複製(うつ)る事が無いようにとレイチェルは気を配る。その視線が『自身を厭う』ものに思えたか祥月はほろほろと涙を流す。
「俺も正義の味方じゃねぇが……見過ごせないものはあるんだぜ?
戦う力のない女子供への不当な暴力、殺戮……ハッ、最高だな、ファッキンクレイジーだ。
てめえら、無事で居られるなんて思うなよ? ――活人拳には、悪党を殺して多くの善人を生かすって意味もあるんだぜ?」
苛立ったように、『人類最古の兵器』郷田 貴道(p3p000401)が一歩踏み出した。周囲の村人を、女子供ばかりのその空間を、できる限り無人にしなくてはならない――つまり、得体の知れない相手を『止めなくてはならない』という焦燥を感じ取りながら『君が居るから』ニア・ルヴァリエ(p3p004394)は「厄介だね」と呟いた。
「何とかしないといけないね。……さっきから言ってるけどさ、あんたと今張り合う気は無い。
まあ、魔種ってのも悪いヤツばっかりじゃないってのは知ってるし。
あんたがどうかは知らないけど、共闘できるってんなら有り難いね。
なんてったって、もっとヤバそうなのがいるんだから、さ」
ニアの言葉にカミツメは答えることはない。その言葉が届いているかも知れないが――事態は悠長に対話を行っている時間も無い事だけは分かる。彼のことはこの場で誰よりも彼を知る鹿ノ子に任せるのが良いだろうが――問題は。
「嗚呼、悲しい……皆さんも送ってあげましょう。この厭世から解き放たれるが為に」
――あの、肉腫と名乗った男か。
●
恐ろしい状況だ、と『四季遊み』ユン(p3p008676)はそう呟いた。どこから来たのか、いつからいたのか、目覚めたら其処に居たという曖昧な自分自身――ユンは美しい霞の色の髪を揺らして走り出す。
(もしこのままで、祭りに出かけた者達が帰ったらなんて想像すると、ぞっとする。
僕は大切な者を失う苦しみは知っている。だから……僕達が何としてでも守らないといけない)
ユンの脳裏に過ったのは総てが済んだ後の村のことだった。騒がしい祭りで働きに出ていた男達が戻ってきて、妻や子が死に絶えている姿をその双眸に映した時――ソレを考えてから走り出す。第一に村人の安全確保が必須であると、戦いやすい土壌を整えるために動き出した。
「信仰を盾にヒトを喰おうなんて奴、悪趣味以外のなんでもないんですから。
此処で食い止めるわよ。なんたって、それがお仕事ですからね!」
同義だとか、信仰だとか、倫理だとか、なんだって――総てを片付けるのは只の一つ、それが『どうして』なのかだ。『never miss you』ゼファー(p3p007625)は仕事をしっかりとこなしてみせると統率と統制を使用しての村人誘導に当たるが為に歩き出した。それは火災に挑み人命を救うものが如く、幼い子供達を救うが為に村人を遠ざける。一方はレイチェルに、もう一方は自身が。そして取りこぼしは他の仲間が救ってくれると信じてゼファーは走り出した。
――祥月とカミツメが向かい合っている。その様子を真っ直ぐに見た鹿ノ子はすう、と息を吸い込んだ。
「化け物が出たッスー! 妖ッスー! 逃げるッスよー!」と叫ぶ。腰に括り付けたのは蛍袋の洋灯。ゆらゆらと揺らしてその眸には月灯りの雫で闇を真っ直ぐに見遣る。突然の大声に振り仰いだカミツメに「ご主人」と鹿ノ子は彼を呼んだ。
「祥月と名乗った仏像、あいつはやばいやつッス! でも人を殺すのが目的ではないッス!
むしろ黒い靄のほう、あれは明確にひとを食らう意思があるッス! だからまず靄のほうを倒すッスよ! ご主人、僕に力を貸してほしいッス!」
びしりと指さした鹿ノ子にカミツメは端的に問いかけた。彼女が誰であるのかを『判別しているのかは定かではない』――だが、確かにその両の眼は鹿ノ子を映したのだ。
「あの黒き靄こそが害か」
「―――ハイッス!」
それが共闘の合図であるのかは分からない。最悪の場合は自身らとの敵対を避けてくれればソレで良いと汗を滲ませた鹿ノ子の説得に合点がいったのかのように呪具へと彼は向き直る。
実に厄介な相手でも、一つ『強力な共闘相手』が得れたとなれば絶望的状況も多少はマシになるものだとニアは感じる。地面を蹴り上げ、肉腫のもとへと距離を詰めた。風を纏う彼女にほろほろと涙を流したように肉腫はしっかりと見遣る。
貴道は人助けセンサーを用いて周囲の助けの声を感知した。自身はヒーローではないが『許せぬ暴力がある』というその確固たる信条は揺るがない。彼の指示を受け、避難誘導役が走り往く。
「仏さま気取りのクソッタレども、そんなに食らいたけりゃ俺の拳を食らわせてやるよ、天にも昇る絶品だぜ?」
「ああ、そのような恐ろしいことを」
涙を流す祥月の瞳が貴道を射る。その気配こそ、悍ましい。
(――恐ろしい相手ダナ。一瞥されただけデ、ヤバいと分からせてくる)
それが神として信仰されていたものかと大地はそう感じた。目薬が張った薄い膜は自身に夜目を利かせる。鹿ノ子による説得でカミツメが呪具へと向いたとなれば――と彼の攻撃に併せるよう、大地は黒羽のペンで独自の術式を描いた。魔光は呪具を捉える。僅か、動きを緩めたソレを視線に捉えてからランドウェラは肉腫へと距離を詰める。
「私を殴るというのですか」
「聖人なんて馬鹿馬鹿しい。あー、けど、魂の案内は気になるな。
どこに案内されるのだろう? 安直にこの世ではない死後の世界にって奴か?」
そう首を傾げた。その手に握りしめるはラ・レーテ。死者の川の名を冠したその短剣が僅かに光を返し、紅瞳が『聖人君子』を名乗る肉腫を見詰める。悍ましい呪いが如く。それに射貫かれた肉腫はわざとらしく涙を流した。
「僕はお前を映す。とっとと呪われてくれ」
「かわいそうに。君は呪われているのですね。私が導いてあげましょう」
そっと手を伸ばされる。その動きに気付いたようにニアがぐん、とその間に入り込む。避難誘導は同時に行われている。早期の解決を行わねば――
●
「コイツはありがたい神様なんかじゃない。ロクでもない別の何かよ。
この場で貴方達に出来ることなんてありゃあしないんですから、子供達を連れてさっさと逃げなさい!」
指示をするゼファーに頷き怯えたように女は震えた足で駆け出した。一人、祥月が見せしめのように引きずっていた少年はもはや絶命している。逃げ遅れた者を引き離すために、とレイチェルは声を上げた。
「御堂に近付くと化物にされるぞ! 今すぐ逃げろ!」
自信は医者であるとそう告げたレイチェルは『複製』されるその病は解除できるものである僅かな予感を感じている――だが、それ程容易に取り除けるか。それを心配するならば最初から皆を引き離すが良いだろう。
その声を聞きながらユンは自身のその身に宿した五感を頼りに、寝ている者の吐息や人の匂いを感じ取る。揺り起こした小さな子供と母親は現状を理解できないような顔をしてユンを見遣る。
「皆、此処は危険だ。人を襲う化物が現れた。僕達が必ず守るからついてきて欲しい」
最悪の場合、背後から祥月が来ても良い。そのときは自分が戦うのだとユンは彼らを安全地帯へと送り届ける。
「俺は知ってる。コイツと対峙した事があるンだ。これは『大地の癌』、生きとし生けるものを冒し増殖する化物だ……!」
『大地の癌』――世界より生み出された破滅の存在。暗視を使用し、周囲に人が居ないことを確認したレイチェルはゼファーと頷き合う。女達は自身の子を抱き逃げ果せたことだろう。今はこの御堂より離れてさえ居てくれれば良い。
「待たせたな、『クソヤロウ』――こっから先は通行止めだ。村人は殺しには行かせねぇ」
レイチェルの言葉にぐるりと振り返ったカミツメは「村人を何処へやった」と問いかけた。その目に燃え滾る憎悪は正確な判断など出来ぬ魔種の意志が滾るかのようだ。
「避難よ。親を失くした子供が満足にやっていくのは難しい。ってのは知ってるでしょ?
だから、親子共々離れて貰ったのよ。生きて貰うために。
……どんな確執があるのか私は知らないけど、今は後回しにした方があの子らを利するんじゃないかしら!」
にっこりと微笑んだゼファーは「相手待ってはくれないもの」と小さく笑う。彼女が向かうは涙を流す偽の成人。祥月を名乗った純正肉腫である。
「……さあて。どれだけ抑え込めるやら。残念だけど、貴方の相手はこっちよ」
そう静かに告げたゼファーの背後からニアが風を纏い飛び込んだ。肉腫は自身らで引きつける。そのうちに呪具を、と言うのが此度の作戦だ。
ランドウェラは「生かせないし通すわけにも行かないんだよなあ」と肩をすくめる。
「ほぉら。受け止めてくれ。聖人なお前は受け止めてくれるんだろう? だって聖人なんだから。
ガイアキャンサーお前、喜んでる? いやいや聖人たる者がこんな時に喜びなんてあるわけないよな失礼失礼」
呷るようなその言葉に――う、とランドウェラが低く呻く。ゼファーは呪具の撃破を急いで、と仲間を振り返った。想像以上に肉腫は強敵だ。じわ、と腹の辺りに食い込んだ一本の腕から自身のみを引き抜き癒やしを謳ったランドウェラが顔を上げる。
「OK――こっちは、速攻戦術ッス!」
ご主人も居るのだから。鹿ノ子恥面を踏みしめる。靄の体だからなんだというか。精神力を削り取るのみだと黒蝶を振り上げる。極彩のメイド服を揺らし、繰り返して繰り返す。。深々と灯火を削り取り、断ち切るが如く、その構えは変わることはなく。
靄の人。つかみ所の無いその存在。それが神と言う存在なのだろうかとユンは何となしに感じていた。腕は6本。それが素早く動き村人に迫ったと思えば――其処まで想像してから首を振った。諦めるわけには行かないから全力で。『斬鬼』の名を持ったその刃を振り上げる。
「そなたは、自身の存在を信じてくれる者を食い物にしていたのだろう? 何が仏だ……!」
此処で諦めて得られる物などないのだと、そう叫ぶように。ユンが切り裂く靄が僅かに揺れた。
貴道は只管に『地獄行き』の片道切符を渡すが為にその拳を打ち続けた。魔槍の如き鋭い拳圧を用いて何度も何度も叩き付けた彼の背後でレイチェルは悍ましい病を『パンドラ』が否定していることに安堵する。彼らの病は『パンドラを得ぬ者』へと広がるならば自身らにとっては対して影響はないのかも知れない――だが、命に猶予を持った特異運命座標では者がコレに犯されれば一溜まりも無いではないかと魔眼は病原を捉えた。悍ましい、奇妙な者が渦巻いている。
「ッ――好きにはさせねェ」
その身のうちの血液を媒体に紅蓮が沸き立った。吸血種故の膂力は武器とするように攻撃重ねるレイチェルの視界へと貴道が飛び込んだ。
一発、もう一度。彼の視線が奥に存在する純正に向けられていることに気付く。祥月と名乗った自称神様。紛い物。それは、涙を流しながら仲間達を傷つけ続けているというのか。
「クソッ、ファッキン野郎だぜ……!」
苛立った彼の言葉に大地は頷いた。カミツメが居るこちら側は呪具との戦いをまだ優位に行えている。だが、肉腫側は――傷だらけのニア、ゼファー、そしてランドウェラが小さく頷く。あと少しは持たせてみせるというように。
「さっさと終わらそうカ」
ぼとりぼとりと、花の首を落とすように――人畜無害な顔をして大地は絶えず繰り返す。彼の鮮やかなる一撃に遭わせるが如くトリッキーに動いた鹿ノ子は『ご主人』に自身の技を見て貰うように、連撃を繰り出した。
「僕は絶対諦めない、絶対に止まらないっす――!」
彼女のその言葉に頷くようにユンが踏み込んだ。ひら、と踊るように無形の術を放つ。ユンの傍らを通り過ぎたはレイチェルの紅蓮――そして貴道の鋭い拳であった。
「ったく。こんなのいつまでも付き合うのは難しいわよ……もうっ」
ひゅ、と息を飲んだ。肉腫側は呪具と同じく靄の如く襲い来る攻撃が自身らの肉体を蝕み続けていたのだろう。痛みに苛まれながらも立ち続けていた三人は膝をつく。カミツメが直ぐさまに肉腫へと距離を詰めた――だが、肉腫はせせら笑うのみだ。
呪具を粉砕するようにレイチェルが一撃投じれば先程までは動き回っていた靄は粉々に消え去っていく。その違和を感じ、顔を上げた向こう側――六本の腕で祈るように手を組み合わせ、涙を流す仏像は「悲しい」と何度も繰り返した。
「此処に浄土などないのですね。私の助けを求める者も……ああ……」
「テメェ――一撃食らっていきやがれ!」
叫ぶ貴道。その思いは同じであったか、カミツメが切っ先を向けるが――
ばちゃり、と。
大仰な音が立った。
「ああ――悲しい」
そう涙を流しながら祥月は川へと身を投げる。待て、と手を伸ばした大地はその体の痛みに唇を噛みしめる。純正(オリジン)――それが魔種と同等の力を持っていることは此度の戦いで分かった以上、追いかける必要は無い。村人を守れただけでも十分な戦果だ。
一度の危険は去ったかと、息を吐いた貴道は先程まで祥月を睨め付けていたカミツメが何処ぞへと歩き出していることに気付いた。
「お屋敷に、せめてラサに、帰りましょうご主人!」
その背を追いかけ、鹿ノ子は叫ぶ。ソレこそが自身の目的であったというように――恩義ある彼との『もう一度』のために。
ゆっくりと振り返ったカミツメの眸は『鹿ノ子が知っているご主人』であった。
「鹿ノ子」
「ご主人――」
「奴を殺してからだ」
幼き子を殺したあの肉腫を、自身が懇意にした孤児院を害した者と重ねているというのか――
「僕は、僕は絶対に諦めないッス!」
その声は響く。気付けば木々の合間から見下ろす月は鮮やかな色彩を放っていた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れ様でした! 肉腫という新たな存在が登場しました。
皆さんも驚くことの連発だった――やもしれません。
此れからカムイグラもまだまだ展開が変わっていきます。どうぞ、お付き合い下さい!
GMコメント
夏あかねです。夏祭りに迫る――!
●成功条件
呪具『祥月様』の撃破 及び 肉種『祥月』の撃退
(魔種カミツメについては今回は成功条件に含みません)
●ロケーション
神ヶ浜より幾ばくか離れた人里。現在、祭りに出かけていない村人の数は大凡20名程度。半数程度が子供です。男手は神ヶ浜の祭りへと借り出され、ほとんどが女子供で形成されているのが特徴的。
村の中央には『祥月様』と呼ばれる仏像が鎮座しています。
●呪具『祥月様』
村人たちが信仰する仏像です。祭りの日には祥月様にも喜んでいただこうとさまざまな貢物を並べ一番寝てはならないという風習が残っています。眠ると祥月様がその命奪ってしまうと言い伝えられているそうです……。
それが呪具により動き出したものがエネミーです。荘厳なる仏像が『半分』に分かたれ、中より祥月様を名乗る妖が溢れ出しました。
それは黒き靄で出来た人であり、6本の腕で地を這い蹲り人を食らおうとしています。
●肉腫『祥月』
祥月様と同様の外見をした仏像を思わせるフォルムです。自身を祥月と名乗り六本の腕を持ちます。手を合わせ、神に祈るかのような雰囲気で聖人ぶっています。
純正(オリジン)と呼ばれる固体であり、パンドラをもたない存在に『肉腫』と呼ばれる病を伝播させていきます。
感染を起こす存在である為、村人等が近くに居た場合、肉腫となる可能性があります。
戦闘能力は非常に強く、堅牢。HPが高く常時、再生を行います。
また、その戦闘能力はカミツメと同等かそれ以上を誇るようです……。
(●肉腫滅びの:アークが蓄積された事により発生した『この世で生まれた、この世の異物(病気・魔物)』です。純正(オリジン)とは、肉腫として誕生した固体であり、オリジンより『伝播』されるものを複製(ベイン)と呼びます。)
●魔種『カミツメ』
鹿ノ子 (p3p007279)さんの御主人であった元傭兵の剣士です。
情に厚く、剣の腕前は卓越したものです。財宝を引き当てて傭兵を引退、孤児院の支援を行っていましたが人身売買等の事件に巻き込まれ、屋敷より出奔――呼び声に感化され、子供らを守れぬ無力な自分に絶望したようです。
『幼い子を守る』事、そして『弱者には何かを欲する権利はない』という意識で戦います。
今回は子らを守るためにと出陣してきました。但し、彼は魔種であるために友軍とは言えない第三勢力です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
それでは、三つ巴の戦いを――
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