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シナリオ詳細

<禍ツ星>眞魚ノ油ニ燈ルノハ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●兆しの灯
 道に沿う灯籠も、軒に吊す灯籠もそこにはなく、明かりと呼べるのは皓々と掲げられた月ただひとつ。
 そんな薄闇の中、祭具の管理を任されている男は、いつものように美しい布きれと桶いっぱいの清水を抱えて社を訪れた。
 男の務めははっきりしている。厄払いのための祭具を綺麗にすること。鎮座する道具が効力を存分に発揮できるよう、調えること。誉れとなる務めだ。任を賜った夜は家族と喜び、鯛と酒で祝い明かしたのも記憶に新しい。
 湿るにおいを辿るように、男はこじんまりとした社の戸を開き、こうべを垂れる。
「おはようございます、眞魚(まな)姫様」
 社の中央にあるのは、祭具の置かれた台架がひとつ。
 そして奥の壁に、美しい人魚が描かれた掛け軸が飾られているのみだ。
 しかし道中と異なり、ここにはひとつだけ『灯り』がある。
 艶めく油が注がれた燈盞(とうさん)で、たったひとつ点る小さな火。それこそ、男が清めるべき祭具であり、触れる許しが下りたもの。だから男は今日も、燈盞やその台を綺麗にする。
 社の入口まで連れて、月光を友に古くなった燈心を変える。慣れた手つきで彩り鮮やかな布で水拭きした後、から拭きでぴかぴかに磨き上げるのだ。湛えた油はそのままに。
「どうか、今夏も私どもに恵みを。飢えることのない魚と、乾くことのない水を」
 呟きつつ火を点け直すと、鼻腔へ海の香が届いた。
 あとは細長い柱を立たせた台に、この燈盞を戻すのみ。いつもの務めだ。何の変哲もなく、ただ静かに過ぎるだけの夜でしかない。微笑みを湛えた男の心持ちも清々しく、定位置についた祭具へ深々と頭を下げて、立ち去ろうとする。
 ぼた。ぼた。
 突然後ろから聞こえたのは、何かが落ちる音。
 振り向いた男は知る。重苦しい気配を放つ燈盞で燃え上がる炎と、その傍らに佇む女の姿を。
 強まった火のおかげで、暗がりでも見えてしまう。
 浮遊する女の下半身は魚に似て、どす黒い液体をぼたぼたと落としていく。全身にあるのは、食いちぎられたような痛々しい痕。その傷口は腐っているのか溶けつつあり、濁った液体をただただ流すのみ。
「ま、眞魚姫様……? いや、そんなはず……」
 掛け軸とは程遠い姿に男が目を見開くと、波打つ黒髪を揺らして女は――笑った。
「ほおらニンゲンさま、マナの肉よ。どこからでも召し上がれ」
 顔と声だけは美しいまま、けれど憎悪の色を燈した狂気の笑みで女は言う。

 だってマナはとっても、とってもおいしいんでしょ?

●情報屋
「夏祭り、楽しんでる?」
 イシコ=ロボウ(p3n000130)の問いに他意はなく、イレギュラーズは各々反応を示した。
 尋ねたイシコも、彼らの過ごし方に首を突っ込むつもりはないらしく、淡々と紡ぐのは。
「おしごと」
 端的な一言だった。
 そう、まさに今、遥か東方の島『黄泉津』のカムイグラでは、夏祭りが開催されている。
 縁が結んだばかりのカムイグラについて知るためにも、夏祭りは好機だ。
 尤も、もろ手を上げて無邪気に楽しめる状況ではないのだが。
「怪しげな呪具……呪われた祭具が出回ってる。呪いの原因は、よくわからない」
 祭具の種類は様々で数も多く、その中に呪具がちらほら紛れ込んでいたという。
「とある村にも、祭具が配られた。それが入用の燈盞(とうさん)だったって」
 燈盞――照明具の一種で、油を入れたそこに燈心を浸して点火すると、明かりとなる。
 室内に設置した燈台へ置いて使うのが一般的で、今回の祭具も社の燈台に用いられた。燈台そのものは元から村に存在しているが、燈盞だけ破損が激しく、配布された燈盞が「ちょうど良かった」そうだ。
「その燈盞、厄払い用の祭具なんだって。村には人魚に感謝するお祭りがあって……」
 昔、水不足と魚の変死による飢饉が村を襲った。
 そこへ現れたのが、自らをマナと呼び、常に水を滴らせた人魚の女性だ。
 人魚の肉は腹持ちもいいからと、彼女は身を村人へ差し出したらしい。腹を空かせた村人たちは必死でソレを食べ、生きながらえた。
 喰われている最中も彼女は微笑み、「もう大丈夫よ」と村人たちを励ましたという。
 だから村では今でも、彼女を『眞魚姫(まなひめ)』と呼び慕い、崇めている。
 社に奉られた本来の祭具も、かの姫君へ祈りを捧げ、加護を得るためのものだ。燈台に注がれた油は、眞魚姫から採れたものらしい。骨は朽ちて失くなってしまったが、この油だけはいつまでも消えずに残っているそうで。
「その眞魚姫が、妖になって出てきたって」
 呪いの影響でそうなったのか、元から妖だったのかはわからない。
 いずれにせよ、すでに行方不明者が出ているのは事実だ。祭具係の男性と、彼を心配して様子を見に行った社の管理者だ。管理者の後から社を確認しにいった村人が、遠くからおぞましい人魚の姿を目撃し、今に繋がっている。
「男性二人、村で行方知れずなまま。でも十中八九、妖と共にいる」
 それも呪具の影響を受けた可能性が高いと少女は言う。何故なら。
「呪具が出回った辺りから『未知の疫病』が拡がってる。罹った人、突然狂い出すって」
 イシコが続けるまでもなく、イレギュラーズも察した。
 だが男性二人に罪はない。できれば救出してあげてほしいと、イシコは続ける。
 呪具の効果が切れれば元に戻るはずだが、やむを得ない場合は素直に倒すしかない。
 あとは現場判断になると少女は告げ、地図をイレギュラーズへそっと差し出した。
「気をつけて」
 短い一言だけを残して。

GMコメント

 お世話になっております。棟方ろかです。

●目標
 妖の撃破による、呪具の鎮静化

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●状況補足
 現場到着は夜。到着する頃にはもう、敵が社の外にいます。
 社の周辺は多少開けていますが、少し外れるだけで鬱蒼とした森に入ります。
 また、眞魚姫から流れ続ける体液(水分や油分)は、地形を敵に有利なものへ変えます。
 毎ターン人魚の手番の際、自動的に人魚のいる位置が侵食。
 侵食された地点では、敵は再生効果を受け、イレギュラーズはダメージを受けます。
 地面に染みた体液は時間経過で消滅しないので、戦いが長引くほどびしゃびしゃに。

●敵
眞魚姫(妖)×一体
 見た目は人魚。あちらこちらに喰われた痕が残り、痛々しいです。
・神中列。対象に無数の呪われた水泡を散らし、恍惚に引きずり込む。連効果あり。
・神中単。うっとり微笑みかけ、対象の心身を侵食する。必殺、反動あり。
・自範域。識別した上で仲間のHPを回復。侵食された地にいる対象は、効果倍増。

祭具係の男性×一体
 オープニングで、祭具を綺麗にしていた人。眞魚姫を守ろうと動く傾向にあります。
・至近距離範囲内の対象へ布を巻付け、窒息させる。確率で自身のBSを解消。
・眞魚姫へ捧げる祈り。眞魚姫の体力や状態異常を治癒するためのもの。

管理者の男性×一体
 祭具係の男性を探しに来て、呪具の影響を受けた人。眞魚姫を庇うのを優先。
・中距離単体に、真っ黒な油を勢いよく降らせて攻撃。足を滑らせやすくする。
・眞魚姫へ捧げる祈り。眞魚姫の体力や状態異常を治癒するためのもの。

 それでは、いってらっしゃいませ。

  • <禍ツ星>眞魚ノ油ニ燈ルノハ完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年08月06日 22時40分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ノリア・ソーリア(p3p000062)
半透明の人魚
楔 アカツキ(p3p001209)
踏み出す一歩
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク
レスト・リゾート(p3p003959)
にゃんこツアーコンダクター
オジョ・ウ・サン(p3p007227)
戒めを解く者
小金井・正純(p3p008000)
燻る微熱
ヴァージニア・エメリー・イースデイル(p3p008559)
魔術令嬢
グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者

リプレイ


 ひと気が途絶えし路は危うく、いよいよ深くなった夜気の温さに『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)は頬を掻いた。
「おまえさんが、噂の人魚か」
 姿かたちは確かに人魚だ。なのに恨みがましくねめつけてくる様も、溢れ出す気も、自分のよく知る人魚からは程遠い。聖なる躰を自らへ降ろしつつ、彼は恨みか悲しみかに囚われた、かの妖を見つめた。
「……居たたまれねぇなぁ」
 呟きが、どこか悲しげに地へ転がる。
 そんな彼へワイヤーを結び終えた『夢色観光旅行』レスト・リゾート(p3p003959)は、巡る視界の中で佇む女を明瞭に捉えた。削がれた部位が黒く窪み、その躯は継ぎ接ぎに似た様相を呈していて、哀れみを先に口走りそうなものだが、レストは。
「こんばんは眞魚姫ちゃん」
 明るさで結った挨拶につられ、人魚の眼光がじいと睨んでくる。
「ねえ、村人が男の子を心配しているから、返して欲しいの~」
 しかし人魚姫は笑った。波打つ髪の隙間からレストを覗き見るようにして。
 表情から感じとったものを飲み込み、ダメかしら、とレストが小さく首を傾げるも、浮遊する人魚姫からは、呪いの色に染まった水分が流れ落ちていくばかりで。食いちぎられたような痕は腐っているのか溶けつつあり、濁った液体をただただ流すのみ。
「ほおら、お食べよ。空腹も紛れるわ」
 濁りなき声で人魚姫はレストに――神使たちにそう言った。
(なんと、おそろしいことでしょう……!)
 震える唇を手で覆い隠しながら、『半透明の人魚』ノリア・ソーリア(p3p000062)は眞魚姫を見つめる。
「人魚は、食べ物では、ありませんのに……」
 辛うじて零した声すら掠れ、光景を思い浮かべてみただけでも苦しい。だからノリアは人魚に尾鰭を向け、男性ふたりの元へ急ぐ。彼女は大海の抱擁に身を委ね、ぺちり、とゼラチン質の尾で湿った地面をはたいた。優雅に、軽やかな調子で。
 人魚を崇める慣習が染み付いているからか、まもなく男性二人は、瑞々しい人魚に興味を向けた。
 かれらの目が逸れた瞬間、グリーフ・ロス(p3p008615)は迎撃に備え不動の構えを取る。続けて、色素の薄い唇で紡ぐのは堂々たる口上。
「ワタシがお相手して差し上げます、さあ、掛かってきてください!」
 抑揚こそ無くとも流暢なグリーフの大音声が響く中、ふわりと浮かぶ『魔術令嬢』ヴァージニア・エメリー・イースデイル(p3p008559)は、初動に注視していた。
(ゴリョウ様が眞魚姫を抑えるうえで、邪魔になりそうなのは……)
 思うが早いかヴァージニアは、青い衝撃波で管理者を吹き飛ばす。
 片割れが揺らいでも祭具係の男性に迷いはなく、グリーフへ布を巻付けて襲った。
 だからこそ『流星光底の如く』小金井・正純(p3p008000)の指先が辿るのは眩き星。暗夜の中でも変わらぬ視覚を頼り、まず祭具係へ一つ星を傾ける。命までは凍てつかせず、けれど彼を凍結させた。
 あくまで目標は救出。念頭に置いた事項を胸中でのみ呟いて、正純の目は標的を追う。
 勢いの波に乗り、捕虫袋から顔を出した『戒めを解く者』オジョ・ウ・サン(p3p007227)が、弓矢で男性に穴を穿つ。
 そして『踏み出す一歩』楔 アカツキ(p3p001209)の足は、祭具係へ向く。ひとつの呼気ののち集中し、揮う力はただひとつ。生命を決して奪わぬ一撃で、男性をふらつかせた。己の肉を差し出し、村人に喰わせたという眞魚姫の献身。その光景を想像するアカツキの表情は、やや怪訝なものだった。
(そんな発想が、普通の生き物に出来るだろうか)
 知性も感情も有するなら尚更、苦痛を承知した上で自らを喰らうことを勧めるなど、正気の沙汰とは思えない。だからこそアカツキは考えてしまうのだ。村に伝わる『いい話』は、果たして真を口承したものなのだろうかと。
 想像に浸るアカツキにとってはむしろ、飢えに苦しむ村人が人魚を襲ったとする方がしっくりきた。
(……まさかとは思うが)
 至った考えにゆるりとかぶりを振り、アカツキは標的を再びまなこに映す。
 管理者がグリーフへ迫り、黒の油を放つ。
 ふと、男性たちがゆっくり四辺を見回し始める。刹那、つられていた我が身を歎くようにかれらは踵を返した。眞魚姫のところへゆくために。
「だれかのため、駆けつけようとするお気持ち、わかりますの」
 ノリアの双眸も、今ばかりは呪具に感化された男性たちを映している。
 けれど常であれば、その瞳に映るのは――。
「だから、邪魔しますの。眞魚姫を、守らせたりしませんの」
 愛しき人のために、彼女は身を捧げた。
 隙だらけなノリアへ無遠慮に襲いかかれば、かれらにも痛みが走る。
「でもわたし、ゆずポン酢と合う味なんかでは、ありませんから!」
「そうよ、食べちゃだめでしょ~」
 あたふたと惑うノリアへ、レストが調和から編み出した癒しを施す。
 戦況を肌身で感じながらも、正純の頭に浮かぶのは、次の次を見据えた――いま成すべき一手。呼吸を整える暇すら相手に与えず、彼女のひときわ明るい天狼星が、祭具係へ流れ落ちた。
 勢いは止まず、胸いっぱいに息を吸ったヴァージニアが、精神を研ぎ澄ませる。
「恨みはありませんし、多少痛いかもしれません」
 まばたきひとつせず、貫き通すための意志を伝えて。
「ですが……いま少し、我慢してくださいね!」
 彼女は魔を清らかな破壊力へと変換し、放出することで祭具係を覆う。
 本来持つ色を失った眸で、アカツキが見つめるのは祭具係だ。語らいも情けも不要。長きに渡り研鑽を重ねた彼の一撃は、這わせた慈悲の重みを連れ、鋭く男性の胸を打つ。
 なかなか倒れぬ男性たちから離れた場では、ゴリョウが金眸を見開いていた。彼の眼差しが射抜くのは、人魚に刻まれた夥しい傷口の内側。不快な感覚が人魚の内で迸る。
 ――見られている。何処にいても、見られている。
 そう認識した眞魚姫は、受けた衝撃に堪えられず絶叫した。
「アアァァアァアァ……ッ」
 振りきって通過しようにも、ゴリョウが阻んでいる。だから反射的にゴリョウへ殴り掛かるも、棘がちくりとかの者を刺す。
 ゴリョウのもたらした恍惚に苛まれ、人魚はより深く、より強い苦痛を味わう。
 ぼた。ぼた。悲鳴がかたちを為したかのように爛れ、地に染みていった。


 グリーフを締め付けた布を払うべく、竜の呪いを手に宿し、ぐっと握り締めた拳にアカツキが燈すのは破壊の力。しかしどれだけ強くとも、彼の手はすべてを奪いはしない。操られている彼らに罪はない。
(踏み込む必要はない)
 情も、浮かんだ可能性も、胸の内にしまって。
「嫌な悪夢のような話だ」
 囁きと共に振るった一打で、アカツキは祭具を扱う男性へとうとう沈黙を与えた。
 膝を折りかけたグリーフがけほ、と咳込んだところへ、遮られた男性が尚も襲いかかる。管理者が間近で招いた黒き雨から、しかしノリアがグリーフを庇った。
「安心、してくださいですの。わたしも、体力には、自信がありますの」
 えへんと胸を張るノリアに、グリーフはほっとする。
「助かりました。……こちらへ回復をお願いできますか?」
 礼を告げたグリーフは、すぐさま片手を挙げた。
 すると、ふわふわ行き来していたレストが賦活の力でグリーフを癒す。
「はいは~い、お手当てしましょうね~」
 回復を見届けたレストは、水や油を踏まないよう、足元に用心してまたふわりと漂い始める。
 男性は思いのほかしぶとかった。
 正純が管理者へ向けて描くのは、何度でも輝く一つ星。
「この一撃だけで……!」
 目を奪うほどの光彩が、どこまでも淀んだ呪いに蝕まれた身を、正常なる流れへ徐々に呼び戻していく。
 その頃、勇ましく輝く光の下でグリーフは物思う。
 果たして人魚姫の献身は報われたのか。あるいは――そんなもの、求めていなかったのか。
(報いを求めること自体、間違いなのでしょうか)
 人ならざるモノの心なぞ紐解くのは困難で、ヒトの価値観で考えてはならない存在だとしたら、理解の途はますます難局を極める。
 であれば。
(同じように看る行為とは、行う側にとって、なんの意味があるのでしょう)
 人のため、身を犠牲にした人魚の想念に寄り添う術は、本当にないのだろうか。
 一度は沈思したものの、なかなか倒れずにいた男性たちの様相から、時間が惜しまれると判断し、グリーフは聳える己が身で男を阻みながら、拳を打ち込む。のけ反り背を強かに打った男性へ、レストが手際よくロープを巻き付ける。
「はい、おてても一緒にくるくる~」
 これで男性二人は無事、捕縛が叶った。
 その間もゴリョウは呼吸を整え、人魚姫からの怒りも恨みも一手に引き受けていた。
 まるで泣き崩れるかのように、人魚姫が呪われた水泡を散らす。
 窮地における妙味、残された力を限界まで稼動させてゴリョウは耐えた。
 無数の水疱に打たれたゴリョウを見やり、人魚の絶叫が轟く空の下、ヴァージニアはすぐさまそれぞれの仲間との距離を目測し、状況を分析する。
(自らの身を食わせて生きながらえさせるとは……)
 彼女が境遇を想像すると、苦みが咥内に滲む。
(ある意味で究極の自己犠牲とも言えるのでしょうか……)
 もしも自分が、必要に迫られたなら。いざそのときに直面したら。
(できるでしょうか……やらなければ救えないと、わかっていても)
 心なしか指先が震えるのを、ヴァージニアは隠せずにいた。


 ノリアが軽やかに飛ばした水鉄砲は、夜気と月光を帯びて煌めいた。弾けた水の先、眞魚姫がゴリョウへうっとり微笑みかけるのを、ノリアも目撃する。しかし聖躰を降ろしたゴリョウが、かの女から誘惑を受けるはずもない。何より。
「嫁さんがここにいるんだ」
 振り向かずともわかる。そこに、ノリアがいる。
「俺にその微笑みは悪手だぜ、眞魚姫様よぉ!」
 ゴリョウが口端をニィッと持ち上げて告げれば、人魚が僅かに怪訝そうな顔色を浮かべた。
「これでも浮気はしねぇ主義なんだよッ!」
 一途な彼らしい宣言が、人魚に突き刺さる。傍ではノリアが、ぽぽぽと赤らんだ頬を両手でむにっと押さえ込んでいた。こうして姫の笑みが招く侵食を辛うじて乗り越えたゴリョウは、しかし限界を感じて片手をあげた。
 肯ったレストが、近くにいた仲間へ呼びかける。
「ヴァージニアちゃん、正純ちゃんも手伝ってくれるかしら?」
「もちろんです」
「はい、援護します!」
「せ~の~」
 レストの掛け声に合わせて、ヴァージニアと正純がワイヤーを引っ張る。
 全身鎧がきゅっと鳴った途端、ゴリョウはいとも簡単に地上を滑っていった。
「お、おお!? よく滑るぜ」
 巨体ではあるが、濡れそぼった地の油分に助けられ、難無く引きずられていく。
 そんなゴリョウに代わってアカツキが正義の拳で人魚姫を叩き、追い撃ちを防ぐ。
 後ろでは、レストやヴァージニアがゴリョウの治療を始めだす。積み重ねた修練の成果でもある治癒術を編んで、ヴァージニアは人魚を一瞥する。
(……どことなく、悍ましいとも感じてしまいますね……)
 やさしげな瞳を潤ませた彼女同様、レストも意識を傾けていて。ふと思い至り、レストはヴァージニアに回復の場を任せ、ふわりと社へ向かった。
 届く、と正純は悟った。だから遥かな天の上へ矢を番える。グローブの下で義手が熱を発した。その熱をも巻き込んで、戦いによる興奮が伝った腕で射出する。来たるべき瞬間に、妖を撃つために。
 一方では。
「……眞魚姫様」
 かつて自らの身体を差し出し、村を救ったという人魚姫へ、グリーフが声をかける。
「とても献身的なお方だったのですね」
 白皙の頬には笑みすら浮かばず、けれど至って穏やかな声色で。
「そのときのお気持ちは、どういったものだったのでしょう?」
 人魚の怨霊には、興味本位の問いに聞こえただろうか。感情を模索するグリーフにとって、今の自分の言動は、確かに興味と呼んで差し支えないだろう。だが、純一なる興味はなにものにも染まらぬがゆえ、芯まで貫く。だが。
「食べてホシイの。ほおら、オイシイんダカラ」
 壊れた絡繰のように人魚は繰り返すばかり。
 感情の色を映すグリーフの双眸で、淀んだ黒が揺れた。それが本心かどうかなど、グリーフにはわからない。恐らく、今の人魚姫にも。
 問いの狭間、ヴァージニアが集束させた魔力を解き放ち、妖を追い詰めていく。そこへ猛撃を連ねたのはアカツキ。闘気は一瞬で火焔に転じ、悪意滴る女を打つ。
「悪夢は、ここで断ち切る」
「グッ、うう……どうして、食べたくナイの?」
 襲いくるばかりの若者たちへ尋ねた姫は、しかし不意に異変を察知して振り返る。視線の先ではレストが浮いていた。彼女の両手が掬いあげているのは、呪具の燈盞だ。火も油もなく、ただ忌まわしい気だけを纏っている。こっそり社へ入ったレストが、入れ替えたのだ。
 あのね、とここでレストが呼びかけたのは、予てより伝えたかったこと。長い年月を経た今でも、村人が眞魚姫のことを大切に想っていると。言い伝えとして、眞魚姫のことはずっと残っているのだと、彼女は話した。
「だから眞魚姫ちゃんの気持ちも、知りたいかしら~」
 言いながら、咲かせた笑みと同じぐらい鮮やかな薔薇を召喚する。呪具をも飲み込む花嵐に煽られ、ほのかな海の香が皆の元へも届く。そして心情を問うたレストへ、姫がはくはくと口を動かす。力無い動作は音を伴わず、かの者の気持ちを掬うことは叶わない。
 ただ体液がぽたぽたと零れゆくだけ。それだけだ。
 直後、人魚の傷口を一矢が撃ち抜く――正純が狙いを定めた瞬間から、かの者の運命は決まっていた。研ぎ澄ました一撃が、喰跡を静かに的確に射る。
「零落した神、その身の厄ごと撃ち祓ってさしあげます」
 人に献身して身を捧げたというのに、その身が人々を苦しめる。そんな厄も払うため、尽力するのが巫女の務め。そう言わんばかりのまっすぐな眼差しで、正純が人魚姫を捉える。理由や原因など気にかかる点は多い。だが仔細がわからない以上、正純にできるのは射抜くことだけ。
「恩恵が呪いに変わった時点で、神では居られないのですよ」
 正純が捧げた末期の言葉に、嗚呼、と人魚が呻いた。嘆きにも似た声で零して、消えていく。
 村の恩人を――恩人の姿を模った怨恨を見送り、レストは柔らかな唇を震わせる。
「……ごめんなさいね。こうするしかないの」
 永訣の言葉は今宵の月影よりもあえかに、とてもあえかに響いた。


 終端の火が揺れる。
 燈盞に注がれた油は眠たげな艶めきで、後片付けを進める神使たちを見守っていた。
「……そちらの方がいいのではないでしょうか。彼女ゆかりの品々についても」
 意識を取り戻した男性たちと、社の裏で会話していたのはグリーフだ。
 口調こそ淡々としながらも、内容は人魚姫の伝承を重んじる彼らにとって大事なもので。
「供養、ですか」
 きょとりとした祭具係の男性が言葉を繰り返す。違和があるのだろう。すぐ肯ってくれそうな気配はない。
「モノは残さず、言葉と思いで感謝を紡いでいく方が、きっと」
 グリーフの言葉運びに、耳を傾けていたアカツキが顎を引く。
(社を建てて祀る理由。考えられるのはひとつではないからな……)
 当時の村人たちがどう捉え、どんな目的で建立したのか。
 それが正しく伝わっていない可能性もあると、アカツキは考えていた。
(知らない方が幸せ、ということもある。侭ならぬ世の中には)
 真しやかに伝えられた話が正しいかどうか、現代を生きる村人に判りはしない。真相を追う研究者がいたとして、村人たちに受け入れてもらえるとも限らないだろう。
 ならばグリーフの言の通り、物品に呪いが宿り狂わされるより、供養というかたちで忘れず継承していく方が、良いのかもしれない。口には出さぬまま、アカツキは彼らの出方を窺った。
「そう、ですね。皆で相談し、考えてみるとします。何より神使様のお言葉ですから」
 管理者がそう応じた。祭具担当の男性は渋々といった雰囲気だが、長らく続いた慣習をすぐに終えられないのは、グリーフも理解している。だから深くは追求せず、頷くだけに留めた。
 その頃、腹いっぱいの米を食べられる幸せを噛み締めて、ゴリョウは掛け軸の前へ茶碗を供えていた。
 もちろんご飯は大盛だ。今度は人魚姫を模った怨念が、向こうへいってもたらふく食べられるように。
「オメェさんのその在り方、心の底から尊敬するぜ」
 見送りの言葉を連ねて、彼は手を合わせた。祈りが済んだところで、社や周辺の点検を終えたノリアがゴリョウを迎えに来る。二人揃って社を出たところで、あら~、と朗らかな声が耳朶を打った。
「なんだか、お月様も綺麗になったって言ってくれているみたいよ~」
 レストの声だ。清掃の終わった社は、月光を浴びてより厳かに、より神秘的に佇んでいる。
「本当ですねぇ、先刻よりもずっと済みきって見えます」
 清掃を手伝っていた正純も、喉をさらけ出して天上を仰ぎ見る。周りにいた仲間たちも、つられて空を眺めた。
 月明かりが夜をぼかす。杳茫とした海の果てへ、あの人魚を送れただろうかとヴァージニアは睫毛を震わせ、目線を落とす。そうして何気なく見やった社の奥、掛け軸の人魚姫が密かに微笑んだ気がした。

成否

成功

MVP

ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。どこか悲しい人魚の妖に、穏やかな最後を与えられたと思います。
 また、ご縁がつながりましたら、そのときはよろしくお願いいたします。
 ご参加いただき、ありがとうございました。

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