シナリオ詳細
<禍ツ星>暗躍する乱入者
オープニング
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今、カムイグラは夏祭りの真っただ中であった。
長期間の航海に疲弊した海洋王国――女王イザベラ――は、イレギュラーズも待ち望むサマーフェスティバルを『カムイグラとの貿易と交流の起点づくり』の為に合同祭事とする提案をした。
これに対して、カムイグラからの返答は快諾であった。
カムイグラの内情――政治の中枢に君臨するナナオウギ最高権力者、特異運命座標を忌む天香・長胤がなぜそうも易々と頷いたのか。
それこそ分からなかったが、その真意が彼の庇護する巫女姫の命であろうことは想像に難くない。
とはいえ、戦いの疲労を癒すためにもイレギュラーズはサマーフェスティバルを楽しもうとしていた――
●
そんなサマーフェスティバルの会場――神ヶ浜は風光明媚な浜辺である。
海辺に覗く幻想的な夫婦岩は、神聖なこの地の名物であり、象徴である。
その神ヶ浜の各地にはまるで祭壇かの如く設置された数々の宝物が存在している。
剣、勾玉、玉、鏡に扇などなど。少し前から民草に配布されたという祭具をも含めてその数は多種多様である。
そんな神ヶ浜の一角にて、仰々しく護衛を配置し、荒縄で境界線を作られた1つの刀が鎮座していた。
鞘に納められた黒一色の刀。長さを見るに、恐らくは太刀というべきか。
人々はそれを興味深そうに眺めはするものの、誰一人として近づこうとはしない。
それもそのはず。これは彼の祭具たちとは真逆と言っていい。
多くの人を切り伏せ、手にした者を狂わせたという――本物の妖刀である。
これと同様に、あまたの妖刀を回収する動きが少しばかり存在しているという。
「祭祀が執り行われるならここに来れば手に入るやもと思ったが……まさかこうも簡単に手に入るとはな」
ソレは、祭壇に突如として現れた。
護衛の鬼人種達が振り返り、刀を抜いて構えるのを意に介さず、ソレは何のためらいもなく妖刀を握った。
「き、貴様! それを置いてこちらにこい!」
鬼人種の一人がそう声を上げれば、女はそちらにむき、ゆらりと鬼人種の前に移動、そのまま乱暴に刀を振るう。
切り傷が産まれ、瞬く間に侵食し――その鬼人種が痛みからか雄叫びを上げ、のたうち回る。
近くにいた一人が鬼人種に近づこうとして、また女に斬り伏せ、同じようにのたうち回る。
「有象無象どもよ。貴様らの命はワタシのものである。これと同じものの場所に案内せよ」
そう言った直後、のたうち回っていた鬼人種2人が幽鬼の如く立ち上がる。
「あは、あははは、あははははは! 良い、良いよ。これなら――頼々クンのために使えそうだよ」
凄艶に笑う女は、そのまま口を閉ざすと、その場にいた他の護衛も薙ぎ払って動き出した。
斬り伏せられた者達が、親ガモの後ろを続く子供たちの様にゆらゆらと連れ立って動き始めた。
●
「神ヶ浜にて起きた盗難事件を止めてきてください」
サマーフェスティバルの真っただ中に起きた事件は多い。
アナイス(p3n000154)が呼びかけたのはそのサマーフェスティバルの会場たる神ヶ浜での盗難事件であった。
「盗難事件?」
「はい。神ヶ浜の会場で盗難騒ぎがあるのです。それぐらいなら出る幕はないのですが……問題は盗まれている代物です。
この案件で盗まれているものは、どれもこれも曰く付きの妖刀と、祭具に紛れこんでいた無数の呪具の類です」
「そんなものを意図的に盗む奴なんているか?」
たまたま近くにいた『虚刃流開祖』源 頼々 (p3p008328)も召集されている。
「はい。理由は分かりません。ですが、犯人の特徴は分かっています。
カムイグラのような和装に、白い肌、赤い瞳と――何より、蜘蛛の足のような独特の形をした長い角。
片方は根元辺りでへし折られているようです」
「――りッ」
その特徴を聞いた瞬間、頼々はその顔に嫌悪を滲ませた。
「おいいくぞ、ハンス!」
「えっ! あ、分かった!」
近くにいた『虚刃流直弟』ハンス・キングスレー(p3p008418)をも巻き込んで、頼々は伝えられた現場へと走り出した。
- <禍ツ星>暗躍する乱入者Lv:15以上完了
- GM名春野紅葉
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年08月06日 22時40分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
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「サマーフェスティバルの最中だってのに、よくもノコノコ現れやがって。
野放しにはできねェ……ここで潰す!」
普段の言葉の荒さに加えて苛立ちを見せる『勇者の使命』アラン・アークライト(p3p000365)が剣を抜いて構える。
「非戦闘員を巻き込むなど卑劣な!! 恥を知れ!!」
現場にたどり着いた『雷光・紫電一閃』マリア・レイシス(p3p006685)は激昂する。
紫が軍人でない以上、いわば軍人としての理念などあろうはずもない。
それでも――言っても無駄であることぐらいわかっていても、言わずにいられなかった。
(合同夏祭りなんて素敵じゃない!
カムイグラの衣装とか香料とか、興味あったのよね。いっぱい見て回るわよー♪)
「……って思ってたのに、やーねぇ、なんだか物騒」
軽く溜息を吐いたのは『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)だ。
「見るからにやべーですよあの人、なんか高笑いしてるし独り言とかやべーです」
紫の様子を見たラグラ=V=ブルーデン(p3p008604)はドン引きしてる風を装っていた。
自分はどうなんだという問いには、「え? 私? 私はちゃんと聞いてる相手がいるのでコミュとして成立してるからいいんだよ」とのことだ。
(折角の夏祭り、だったんですけどね……
源さんと因縁があるらしいですけど、えぇ、はっきり言って祭りの邪魔です!)
槍を杖のようにして身体を支えながらたどり着いた『鏖ヶ塚流槍術』鏖ヶ塚 孤屠(p3p008743)は少し呼吸を整えていた。
「さぁて行きますよ!全霊で私の槍を振るっていきま――アバー」
早速、本日何度目かの喀血をする孤屠であった。
「底知れない相手ですが、状況は切迫しています。スピード重視で対応しましょう」
2人の疾走を横目にしつつ、『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)は務めて冷静に呟き、状況の打破に向けて動き出す。
「頼々くんとハンスくんがめっちゃ張り切ってるしギルメンとして会長も頑張るぞ!」
祭りを汚す奴は許せないと内心で怒りを見せつつも、『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)はやる気に燃える。
「紫――貴様は我が殺す」
いつも以上に殺気を声の端々に漏らす『虚刃流開祖』源 頼々(p3p008328)が紫へと視線を向けた。
「源様のお師匠様が狂ってしまわれたのが紫様なので御座いますね。それは愛と呼ぶのか、それとも執着と呼ぶのか、僕には判断しかねます。
ですが一言申し上げるならば、周りを無視した愛の押し売りはおやめくださいませ。僕達に迷惑で御座います」
シルクハットを軽く押し上げるようにして紫を見た『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)が挑発めいた言葉を告げた。
「あぁ、頼々クン!」
イレギュラーズの姿を無視していた紫が、彼を――頼々を感じ取った瞬間、艶のある声を滲ませる。
(さて、奴の目的はなんだ?)
対する頼々は自らのうちに渦巻く嫌悪と憎悪を必死に落とし込みながら思考する。
(1番有り得そうなのが上から目線で我の力を試しにとかその辺りか)
「まさか、こんなところで会えるなんて! ううん、いることは知ってたけど、まだ速いと思ってたよ。
ちょうど良かった、見てこれ。こいつら、ワタシが作った新しい鬼だよ!」
無邪気ささえ滲ませながら満面の笑みで言葉を続ける女に、頼々は挑発的に笑って見せた。
「貴様だけでは肉腫なるアレは再現できぬか。万能を自称しながら外付けの道具に頼りよる!」
ぴくりと、紫の動きが止まり、その笑みが苛立ちに変わる。
「そんなに言うなら、試してみるといい」
目を血走らせ、女が動き出す――それよりも早く、頼々の身体が動いた。
「大丈夫。わかってるよ。ただ全力で飛ぶから──落ちない様にね!」
頼々を抱えるようにして捕まえた『虚刃流直弟』ハンス・キングスレー(p3p008418)は低空飛行で疾走する。
ちらりと後ろを見る。迫りくる色白の異形の女。
(“鬼”のお師匠さん。色々事情は聞いてたけど遂に会っちゃったか……
うん、実際に遭遇してはっきりした事が一つ)
後ろを走る女は、こちらを向いているのに、ハンスのことなど眼中にないのが見てわかる。
「僕、あの人大っ嫌いだ」
ぽつりとつぶやき、速度を上げた。
「ははは! その意気だ!」
体格を変じた師匠の声が下から聞こえてきた。
寛治は偶然近くにいた知り合いの有力者に声をかけ、逃げ遅れている人々の避難誘導を依頼していた。
そんな有力者と共に茄子子は人々の避難誘導を始めていた。
「はいこっちだよ! 押さないで! 会長の仲間が抑えてくれてるから安心して! みんなめっちゃ強いから!」
動揺をみせる人々に演説しながら周り、人々を効率よく避難させていく。
そんな戦場には鉄臭さを帯びた煙が血色の霧が立ち込めていた。
孤屠のギフトによる霧である。
霧は人々と紫が生み出したという化け物たちとの間を断絶するかのようである。
「大丈夫よ、皆落ち着いて避難してね。子供の手は離しちゃだめよ!」
心を落ち着かせる不思議な音色と香りが人々の周囲に流れる。
ジルーシャが風の精霊に願い運んでもらったそれらは人々の不安を鎮めていく。
落ち着いた人々は茄子子の言葉をより自然に受け入れていた。
●
避難誘導が終わり、イレギュラーズは敵との戦いに移行していた。
「それでは、僕の公演をお見せしましょう」
恭しく礼をして、蒼薔薇に留まる青い蝶の彫刻された愛用のロッドをくるりと回す。
青い蝶が武者姿の鬼人種目掛けて飛んでいく。
青い蝶に魅入られたその護衛兵は一瞬動きを止め、ふらりと身体を動かした。
それは幻の魅せる奇術(ゆめ)である。
想い人の事を想起させ、無限のように感じさせる幸福な夢だ。
アラン自身のリミッターを外し、護衛兵の前へ立ちふさがる。
「さァ行くぞ……お前らに月の輝きを見せてやる……!」
その手に握るは妖しく輝く銀色の大剣――その幻影。
太陽と月、対となる二本目の聖剣。その姿はかつての世界におけるアランの全盛期を彷彿とさせる。
異形の太刀の剣身が鮮やかな紅と、妖しき蒼の光を放つ。
美しい蒼き輝きを食らいつくすがごとくその上から鋭い殺意と共に真紅のオーラを迸らせる。
「わりぃが、沈んでもらうぞ!」
未だ不安定なそのオーラをアランは思いっきり上段から振り下ろした。
傷を負った護衛兵の傷口に滞留したオーラが爆ぜ、より深く切り刻まれ――その身体がぐらりと大地へ沈んでいった。
寛治は始まった戦いをやや後ろに下がるようにして狙うべき場所を探し求めていた。
いつも愛用するクラシカルなデザインの黒い長傘――それに仕込まれた銃口を敵の方に向かって構え、走り出す。
放たれた弾丸は精密なコントロールを受けて狙い澄ましたように敵だけを撃ち抜いていく。
マリアは寛治の攻撃を受けて傷を負った一人へ狙いを定めて走り出す。
紅雷が爆ぜる。眼前にある護衛兵へと拳を叩き込む。
「くっ……! 少し痛むかもしれない! ごめんよ!!」
バチリ、更に速度を上げ、そのまま拳を護衛兵の顎へと向けて叩き込んでいく。
連打を受けた護衛兵がひるんだ様に動きを止める。
マリアは超遠距離へと後退していく。
妖怪たちが雄叫びを上げる。
彼らはそれぞれ近くにいたイレギュラーズ達へとその腕を振るい攻撃を仕掛けていく。
一方で生き残った3人の護衛兵達はマリアの方へと走り、白刃を閃かせる。
茄子子はその様子を見るや天使の歌を奏でる。
神聖な救いの音色が傷を負った仲間たちを救いあげていく。
ジルーシャは竪琴の音色を戦場に響かせた。
その独特な音色は熱砂の精を呼び寄せた。
その瞬間、護衛兵達へと突如として出現した砂嵐が重くのしかかる。
「元が何なのか知らねーですが、ま、そうなった運命を恨んでくれなはれ」
ラグラは碧玉を手におさめ、鬼っぽい妖怪を複数巻き込むような位置へ移動すると、それを投擲する。
光を放ち、尾を引いて飛翔した黒を湛える碧の石は、妖怪達をぶち抜きながら突き進んでいく。
「操られてる所申し訳ありませんが、迅速に片付けなければいけませんので!」
孤屠はマリアを描こう護衛兵達の背後に移動し、ギュッと槍を握り締めた。
そのまま槍を頭上へと掲げ、ぐるぐると力いっぱい回転させる。
鬼の血を活性化させ、勢い振るい続けた槍は暴風域を生み出し、3人の護衛兵を諸共に屈服させる。
「ははっ! 我に追いつけぬとは、角の付いたリヴァイアサンより鬼として格下なのではないか?」
ハンスに抱えられながら頼々は自らを追う紫を煽り、笑う。
「試してみる?」
こちらに向かって進んでくる紫にはその挑発はあまり意味がなさそうだった。
いや、正確にはリヴァイアサンなどどうでもいいのかもしれないが。
そのままエネミースキャンを試みた――その瞬間、映った光景は自らの身体が消し飛ぶその瞬間だった。
自分だけじゃない。自分を抱え飛ぶハンスとて同様だ。
大雑把に把握できるその能力にしては絶望的なまでに具体的なそれに、一瞬、背筋に寒いものが走る。
「ハンス、速度を上げろ!」
頼々は頼守辺りに手を持っていき、振り抜いた。
まっすぐに駆け抜けた空想の刃は確実に紫の身体に傷を付けるが――徐々にその傷が癒えていく。
「振り落とされないでね!」
さらに上がる速度。
振り落とされないよう身体の位置を調節する頼々の視線の先で、紫が動きを止める。
「何!?」
「ねぇ頼々クン。あれは気に入らなかった?
じゃあ、あれは別にどうでもいいけど……でも、君もそれ以上いけないでしょ?」
愉快そうに笑う。これ以上進めば相手の攻撃を食らわずともこちらも攻撃できない。
憎むべき女は頼々への嫌悪を知っていた。そして、励起されるその感情を彼女は愛と思う。
故にこそ、与えられたその愛に答えられると信じているのだろう。
「ねぇ、どうする? 頼々クン」
重い声が響いていた。
●
アナザーアナライズによる敵の残りの生命力を覗き見ることを望んだ幻だったが、それ自体は難しかった。
とはいえ、猛攻を受ける以上は傷が増えている。護衛兵が瀕死であることを知ること自体はそう難しい事ではなかった。
幻はステッキをこつんっと地面に付けた。
そのまま自ら護衛兵の下へ近づき、奇術を見せた。
その瞬間、敵の眼前にどこからともなく青い蝶の群れが現れ羽ばたいた。
それに続けるように蒼い薔薇が花開き、その花弁が燃えて消えていく。
それを見た瞬間、護衛兵の身体が地面へと崩れ落ちた。
寛治はプラチナムインベルタを鬼たち目掛けて放射しながら状況の変わりつつある頼々とハンスの方を見るのを欠かさないでいた。
未だ可能性の箱が開きこそしないものの、ひきつけをせずに打ち合う形になってしまった時点で作戦に支障がある。
(お三方に向かっていただくべきでしょうか……いや、それよりもこのまま押し切る方が……)
護衛兵はすでに倒れ。鬼たちもあと3匹。順調に削り落としてはいる。
冷静に全体を見ながら、最適解を寛治は探し求めていた。
アランはかつての聖剣を映すようにその手に疑似聖剣を握り締め、鬼を十字に切り裂いていく。
紅と蒼の美しき軌跡と共に斬りつけられた鬼の身体がぐらついた。
「おいで《リドル》」
竪琴を鳴らすジルーシャの足元、影の中から現れたのは黒い毛並みに真紅の瞳のチャーチグリム。
竪琴の音色に指示を受けたように駆けだした黒き墓守がアランの攻撃を受けたの鬼の喉笛に食らいついた。
マリアは爆ぜるように駆けた。紅を引く閃光の如く駆け抜け、肘を、膝を撃ち抜いていく。
猛烈な攻撃にバランスを崩す鬼に、最後とばかりに拳を叩きつければ、その身体がぐらりと地面へ落ちていった。
茄子子は自らの調和を賦活力へと変換させていた。
味方へと注がれた光にその身体に受けた傷が消えていく。
誤算があるとしたら、自身の気力のリソースであろうか。
これ以上、味方の回復を行なうを使う気力はもう残っていない。
孤屠は次の一体に狙いを定めてずっしりと重い槍を正中線上へと真っすぐに突き出した。
二の打ちを不要、必殺を期する強烈な一突きが護衛兵の鬼の鳩尾あたりを貫いた。
舞う血が蒼白といって過言ではない孤屠の色白の肌に黒を彩っていく。
ラグラは宝石を孤屠が槍を突いた鬼めがけて放り投げた。
鬼の足元に転がった宝石から漆黒の輝きが放たれ、立方体を形成する。
それは鬼の身体を包み込むと、その内側にてあらゆる苦痛を鬼に刻み付ける。
紫の身体が刻まれる。
あらゆる事物とその理を空間ごと切り裂く呪いを受けた紫は、しかして笑っていた。
揺り戻しによる追加の衝撃を受けてさえ悠然と立つ女はそれが何を使った物か知っている。
「あぁ……あぁ、それを使ってくれるんだね!」
嬉しそうに紫が言う。受けた傷が癒えていく。
ギリィ――奥歯を苛立ちにかみしめる。
ハンスの翼のギフトによって励起される多幸感を胸に深呼吸する。
ハンスはますます紫への嫌悪感を抱きつつあった。
目の前の女は自分を見ていない。それはずっと変わらない。
全力移動を含めた疾走は封じられた。
それでも余裕なこの女が心の底からむかつくのだ。
その在り方は、どこまでも記憶の端に残るあの頃を思い出す。
籠の鳥であったあの頃。
片割れを失い、止まった時の秒針。
再び動き出した秒針が、巻き戻るような錯覚に気持ちが悪くなる。
●
(我の力は我だけのものではない。仲間が、そして弟子がいる。
貴様の力からすれば誤差だろうが、その目に我しか映っていないのならば、誤差は活路に変わる)
頼守に紫染を収める。集結していく仲間たちを見ながら、頼々は集中していく。
複雑に揺らいでいた感情をハンスのギフトと仲間たちへの信頼を糧により強く、より真っすぐに作り直す。
失敗など許されない。いや、失敗など、ありえない。
握る手に入る力がいつもより軽い。
紫を視界に抑え、振り抜いた。
「その玩具、殺しに行くついでに破壊してやる。貴様が歪める世界ごと斬ってな!」
――虚刃流裏秘奥【頼々】――
世界が歪む。
抉り取られ、砕け、揺り戻される。
核を得た空想の一撃が、絶対的な力を内包して迸る。
ただ一人を――アレを殺すために培った全部を振りぬいた。
動きを止めそうになる腕を無理やりに動かす。
軋む身体が、不意に軽くなる。
何かが砕けるのを感じ取る。
――運命を翻し、頼々は、静かにただ一度の――最高の好機にもう一度を振りぬいた。
それの向かう先で、狂ったように凄艶に女が笑う。両手を広げて、愉悦に笑う。
「あぁ! それを待ってたよ! あはははは!」
随喜するその言葉と共に放たれた世界を超えて走る一撃の向こうに紫が見える。
その腹部に、大きな穴が開き、呪具を握る腕が吹き飛んだ。
その傷が、尋常じゃない速度で癒えて――いや、巻き戻っていく。
――命を懸けても、あいつは殺す。
そんなことを彼は言っていた。あぁ、そんなの――冗談じゃない。
例え出しゃばりでも、友達を失う可能性を認められる訳がない。
嫣然と頼々の全身全霊の連撃を受け止める女の哄笑を聞く。
羽先に力を籠める。一度着地し、推進力を得てもう一度。
この翼が砕け散ろうと、守ると決めたんだ。
虚刃流は想いの刃。想いを強く持って一撃の込めてこそその真価を発揮する。
命を懸けて殺す。そういう彼を見てきた。
それが彼の想いなら、そんな彼を――目標(ユメ)を守れなくて何が弟子か。
何が想いの刃か――そんな嘘はあり得ない。
全身全霊を、想いを込めて翔けるべきは、今――
「景色としか見えていない? 彼の事しか意識しない? 上等だ! 年増女!」
叫ぶ。拉げる翼が痛む。
音を超えて、光の域を超えた。
運命を握りつぶして、槍のように真っすぐに光速の蹴りを叩き込む。
猛烈な一撃に、紫の身体が揺らぐ。
勢いを殺して振り返る、そこの隣を空想が走り抜けた。
「あははははははは! すごい、すごいよ頼々クン!
ここまで強くなってたなんて! でも、まだだよ、まだワタシは殺しきれないよ!」
腹部に突き立った“あり得ざる裂傷”と、風穴を開けた斬傷に手を添えて、ほとんど初めて紫がハンスを“見た”
同時に、壁に当たったような圧を受け、ハンスの身体が吹き飛び、次の瞬間には頼々への重圧が密度を増した。
「……ところで、ねぇ、頼々クン。どういうことなのかな?
なんで、あれを使える奴が他にいるの――其はワタシ達の物じゃないの?
違うの? 違うのかな? どうして――それともワタシの勘違いかな?」
血走った瞳に宿るは憎悪――あるいはそれは憤怒。
女にとって、それは無限に切り刻まれ(愛し合っ)た果てに彼との間に生み出されたいわば子供にも等しきモノ。
強欲にもかつての世界の全てを飲み干した暴食の化身は、生まれて初めての嫉妬に絶叫する。
歪んだ愛を、欲望のままに一人の男――頼々に向ける紫は、もう一人の虚刃流など知らぬ。
ハンスという思ってもみない例外は、女の判断をさらに鈍らせた。
彼女にとって、それは景色。意識してみる労力など必要あるまい。
その傲慢は、その怠惰は――元々彼女が見ていなかった全てへの隙は、あまりにも大きい。
癒えることなき傷を受けて随喜する女はその一方で妬ましそうに声を発する。
「僕はハンス、ハンス・キングスレー。貴方の孫弟子です。どうぞ……よろしくお婆様?」
どうかこの名と姿……覚えて逝ってくださいな!」
ボロボロの身体を無理やり起こしながら挑発する。
その姿に反応を示した紫がそのまま妖刀へと近づいていく。
そんな女の視界を幻が放った青い蝶の群れが群がりだした。
蝶を振り払った紫は吹き飛んだ腕から妖刀を回収する。
そんな彼女に向けて飛び込んだのはアランだった。
「オラオラァ! さっさと壊れろやこの野郎が!」
蠢く刃を包み込む古き月輪の斬撃が怪しい輝きを帯びて妖刀へ十字の傷を刻む。
「気に入らない……気に入らないな!!」
惑わせるように蛇行しながら疾走するマリアは紫へと至近する。
軍人たるマリアには一般人を敢えて巻き込んで利用するゆかりのやり口は決して認められるものではなかった。
深紅の衣装と真紅の長髪を靡かせ走るその姿は赤い雷霆の如く。
音を、光さえ置き去りに紫の手に向かって拳打を叩き込む。
それは一度ならず二度、三度と撃ち込まれ、遂には炸裂する。
続くように寛治の精密な狙撃が妖刀目掛けて叩きつけられる。
「紫くん、だっけ? 私はキミ好きだよ? 自分勝手な人は誰だって輝いて見えるからね!」
そう言って挑発する茄子子だったが、ギフトに反応はない。
どうやらまだこちらの事を意識していないらしい。
ジルーシャはハンスの下へとメガ・ヒールによる回復を施していく。
ジルーシャに続くようにラグラもハンスにライフアクセラレーションを放った。
「デート気分も結構ですが真面目にやってください」
なんてことを言いつつ、立ち上がったハンスを頼々にけしかける。
「興味が無いならば、何度でもその身に刻んでください、私の槍術を」
孤屠は握りなおした鍵槍を紫めがけてまっすぐに突きを放つ。
鏖ヶ塚流――一刺必殺を目指す槍術は防御を許さず紫に傷を刻む。
連続する攻撃を受けた紫が視線をイレギュラーズに向ける。
「……あれは全て死んだか」
紫がぽつりとつぶやいた。感慨も、驚愕も、落胆もない。
ただそうなったかという結論を確認するような声だった。
「次はてめぇってことだ!」
アランが剣を構えて挑発する。
「……オマエたちは」
興味は未だ見られない。
だが少なくとも、相手はイレギュラーズを視認した。
景色ではなく、確かにその場にいる自分にとっての目障りな存在として。
「頼々クンとワタシの前に立つのだから――覚悟は良いのであろうな」
底知れぬ迫力のこもった声が響く。
戦闘能力を持たぬと聞き知るのであっても、少なくとも単体では到底かなわない相手であると自覚させられた。
「さて、死闘を潜り抜けるのは僕達か、紫様か。神ヶ浜が見守ってくださることでしょう」
幻はシルクハットをくるりと回してステッキの頭の部分でトントンと叩いた。
直後、シルクハットの中から無数の青い蝶が羽ばたき、蜜を吸うかのように走り、紫の腕に向かって群がっていく。
蝶たちは蜜を吸うがごとく紫の気力を吸い取る。
彼の蝶達は甘い香りに誘われる。魂の持つ甘い甘い香りに。魂を彼岸に運ぶことこそがその本能故に。
「決めてやるよ!」
アランは異形の大剣に力を籠める。
疑似聖剣の再現をする気力はすでにない。
残された力はごくごく残滓をオーラに変えてその手に宿すぐらいしかできない。
けれどそれで十分だった。
踏み込みと同時、斬り降ろした剣閃が紅き軌跡を彩り、横薙ぎに払った二撃目が蒼い軌跡を作り出す。
「鬱陶しい蠅どもめ……吹き飛べ」
その瞬間、寛治、茄子子を中心として数人を巻き込むようにして壁のような圧迫感が放たれた。
強烈な一撃と共に身体が大地へと落ちる。
パンドラの輝きが開く。
寛治は体を起こしながら仕込み銃を紫に向けた。
爆ぜる様に打ち出された弾丸はまっすぐに紫の腕を貫いた。
「生憎と私は諦めが悪いんですよ。そうでなければ、ファンドのモデルを口説き落とせませんからね」
「くっ……あぁ――パンドラとかいうものか」
驚く様子を見せず、紫がイレギュラーズを見る。
ジルーシャは竪琴を鳴らしていた。
その音色はあたたかく、穏やかな癒しを齎し、耳に入れた仲間の傷が癒えていく。
ラグラは碧玉を取り出して、それを投擲する。心臓たる獅子、星の輝きが飛翔し女の腕を撃ち抜いた。
孤屠は再び突きを放つ。
鬼人種の膂力に鬼の血の活性が重なり、重心ごと叩き込むような一撃が紫に注がれる。
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イレギュラーズにとって、幸運或いは勝機といえるものは、紫が頼々のみを見ていたことであった。
しかし妖刀を執拗に狙ったイレギュラーズを睥睨する女の瞳には怒りのようなものが見えた。
妖刀を庇うような動作を繰り返した女の傷は瞬く間に癒えていく。
執拗に狙い続ければ知性体である以上はそれを庇うように動く。
それならそれで彼女の傷が増えるだけだが、生半可なかすり傷程度では彼女に致命傷を与えることは難しい。
たった一人で優位に立つ紫の姿は魔種を彷彿とさせる。
一見すると勝ち目のない戦いのように見える紫に対する勝機は実は存在している。
そもそも、本来の彼女であれば、並み居るイレギュラーズなど一言で沈むだろう。
だがそうはならない――いや、そうはできないのだ。
彼女は旅人(ウォーカー)だ。この世界のもの(じゅんしゅ)じゃない。
いかに怒り狂い、いかに妬み、いかに強欲に貪り食らいあうことを望み、いかに愛におぼれ、驕ろうと。
どこまでも異邦者の――来訪者の彼女に、反転は存在しない。
魔種に匹敵する力を有しようと、世界の法則を逸脱する魔種となりえない。そして、『それ』は平等を押し付ける。
この世界の法則『混沌肯定』はその枠組のうちに彼女を縛り付けた。
絶対的な遥かな先にいるのであろうと、その法則は外されない。
“能力”が以前を取り戻そうと“規模”が以前を取り戻すことはまずありえないのだ。
各々の獲物を構えるイレギュラーズを見渡すと、やがて視線を頼々とハンスの方へ戻した。
「ハンス、ハンスといったか……オマエは殺してやる。
ワタシの前で頼々クンとの力を使うオマエは絶対に……」
嫉妬に満ちた瞳がハンスを射抜く。
「頼々クン。ごめんね。今回のやつらは気に入ってもらえなかったみたい。
次はもっともっとたくさん、もっともっと楽しんでもらえるようなやつを用意するからね」
嬉しそうに、次は何をしようかと考えるような乙女の表情で瞳に憎悪を宿す。
そしてその視線を頼々から外し、イレギュラーズを視た。
「だから――退け」
刹那――取り囲むように至近していたイレギュラーズの身体が吹き飛び、ずしりと重い重圧がのしかかる。
中距離以上にいる者達が反撃をうつ前に紫の姿はそこに在りはしなかった。
周囲を見渡せど、紫の姿は存在しない。どうやらこの場にはもういないようだ。
●
戦いを終えたイレギュラーズは、余裕なく倒すしかなかった2人の護衛兵の供養を行なっていた。
竪琴の音色で供養代わりとしたジルーシャの下へ不殺で倒されることのできた2人の護衛兵が姿を現す。
「ありがとうございます……これでこ奴ら2人も向こうで穏やかに眠ることができるでしょう」
「アタシは自分ができることしただけよ……。
ごめんなさいね、救いきれなくて」
弔ったばかりの2人の死体を見ながら、ぽつりと呟いた。
夏の風が吹きつける。海を向こうに感じるその風は涼しくも、寂しさを感じさせる。
「いえ、元より我々も不覚を取ってあの化け物に操られたのです。
どうか、よろしくお願いします。神使様……我らのような者をこれ以上出さぬためにも」
そういう護衛兵達の言葉が戦いの終わりを知らせるのだった。
どっと疲労感が押し寄せる。目的を達したのだと、今になってイレギュラーズはその現実を感じ取っていた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでしたイレギュラーズ。
近い将来の再戦が待ち受けているでしょう。
最善の結果の一つであろうと思います。
まずは傷をお癒し下さい。
MVPはあなたへ。
その剣は確実に彼女へ届きました。
また、1つ称号を付与させていただきました。
GMコメント
さて、こんばんは、春野紅葉です。
再会の時のようです。
それでは、詳細をば。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
●オーダー
紫の撤退
●戦場
サマーフェスティバル会場、神ヶ浜の一角。
恐れおののき避難を試みようとする人々がたくさんいます。
それを除けば周囲は広く、間合いや見通しは抜群です。
●敵データ
【カムイグラ護衛兵】
4人の鬼人種です。
理性を失った分、戦いに容赦がなく強力です。
全員、日本刀を握る武者姿のパワーファイターです。
【妖】
4体の妖怪です。
どれもこれも二本角に隆々とした肉体、
いわゆる鬼のような姿をしています。
素手ですが、3mほどの巨体から格闘戦を繰り出します。
【紫】
『虚刃流開祖』源 頼々 (p3p008328)さんの関係者です。
今回の盗難事件の犯人です。
何が目的で盗難事件を引き起こしているのかは現状不明ですが、
頼々さんとの関係性を鑑みればとんでもないことをしようとしているのは間違いないでしょう。
尋常じゃなく強いです。
舐めてかかると重篤な事態を引き起こしかねません。
また、現状では頼々さん以外には興味を示さないようです。
<妖刀・鬼喰>
呪具兼妖刀。
呪具の能力により『複製肉腫』を伝播させるほか、
妖刀としての効果で動植物などを『鬼のような怪物』に変化させます。
<呪具>
祭具として民草に提供された宝物でした。
妖怪を産みだす特性がありますが、
基本的には出てきた妖怪を妖刀で斬って鬼に変えています。
『複製肉腫』
純正からなにがしかの干渉を受けて肉腫になった者達。
例外なく凶暴化します。また、戦闘不能にすることで生存させることも可能です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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