PandoraPartyProject

シナリオ詳細

あをきまなこ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●掌
 彼の穏やかな瞳が好きだった。そう、と細めて笑ってくれる、優しい目つき。
 決まって、微笑んだときは照れ隠しのように頭の上に掌を置いてくれるのだ。
 名前を呼んで、良い子だと。
 子供扱いをされているような気がして、私は酷く嫌がってしまったけれど。
 それでも、彼がそうしたいのであれば仕方がないと半ば諦めながら受け入れてのだ。
 そうして刻が過ぎて。
 ふと、その掌が頭をぽん、と撫で付けることが無くなったことに気付く。
 もう二度とはそうしてくれないのだろうか。
 幼い頃は子供扱いをされていて嫌だったというのに。
 今更、その掌が――酷く、恋しい。

●あをきまなこ
 逸人は鬼人種の青年であった。幼き頃より、霞帝と懇意であった土生(はぶみ)家に召し抱えられ、家族同然に暮らしてきた。土生家の一人娘である『ちづ』の事も妹のように可愛がっていたのだが――ある日、逸人の身に一つの事件が起こった。
 最近、村々でも話題に上がる妖烏『百目』に襲われたのだ。それは明け方過ぎに逸人が薪を準備していた時の話だ。高天京の土生邸では忙しなく朝の準備を行う女御達の中で逸人も淡々と準備を続け、主人に不都合なきよう務めている。幼き頃より薪割りはお前の仕事だよ、と笑っていたお館様に自身がこの邸を離れるまでは薪割りをさせてくれと懇願して年月が流れたのだ。
 彼にとっては日常で――そして、非日常であった。
 突如として、天空よ飛び込んできた巨大な烏はその嘴で逸人の両眼を抉り取った。幸いにして、周囲に人影があったとこで彼の命は繋ぐことは出来たが――もう二度とは見ることは出来ないであろう。
 ソレを酷く悲しんだのは土生家の一人娘、ちづ姫であった。由緒正しき土生家に生を受け、何時の日かは逸人とは離れ、嫁に行くことになる八百万の姫君は、年の離れた鬼人種の青年に仄かな恋をしていた。

 ――ちづ姫はお可愛らしいものだ。

 そう告げて、頭をぽんと撫でる逸人の大きな掌がちづは好きだった。幼き頃は子供扱いをして、と彼へと不満を述べ、嫌がった者だが年頃になると、彼のこと大切――とても、家族でなどと片付けられないほどに愛しい――事に気付いてからは、複雑な思いを抱えてきたものだ。
 しかし、百目に両眼を抉り取られてからは逸人は床に臥せったまま起き上がることは無くなった。目も見えず、ただの洞となった窪みの中に埋まるものを探すが如く譫言のみを繰り返す。
 ちづはソレを見て入られなかった。だからこそだろう、最近『カムイグラで困ったことがあれば解決してくれる神使』が居るという噂を聞いてすぐ様に特異運命座標にコンタクトを取ってきた。

 オーダーは『逸人の両眼を取り戻して欲しい』というものだった。
 妖たる烏、百目は目玉を集める習性があるのだそうだ。美しい瞳ばかりを集めてコレクションをしている。しかも、妖であることから奪った瞳は瞳の『あった場所』に押し込み、妖を滅せれば元に戻ると言われている。
 逸人に目を取り戻してあげたい――そう、ちづは願った。
 もし、目が戻っても愛しいなどと伝えられるわけではない。只の家族として過ごすだけだ。
 それでも、明るく優しい目をして微笑んだ彼に、戻って欲しかった。
 八百万の姫君はそう、願っていたのだ。

GMコメント

 夏あかねです。

●成功条件
 妖烏『百目』の討伐

●妖烏『百目』
 巨大な烏です。瞳を奪う際は妖の術を使用し小さく小さく姿を変貌させて現れます。
 通常形態は2m程であり、妖術を使用して通常の烏に化け瞳を集めて巣へと戻るそうです。
 巣はカムイグラの山中にあり、様々な『瞳』が転がっているようです。

 バッドステータス中心に攻撃します。
 遠距離攻撃中心ですがガタイが大きいことでそれなりの耐久性を持ちます。
 また、『美しい瞳』を集中的に狙います。瞳に関してはカラーリングで『黒、青、緑』を特に好むようです。

●巣
 カムイグラの山中に存在する烏の巣です。巨大な鳥の巣を思わせ、目玉が転がっています。
 時刻は夜であるために視界にやや不安があり、山中であることで足場もそれ程良くはありません。

●逸人
 青い瞳を刳りぬかれた鬼人種の青年。土生家の邸宅で寝込んでいます。
 依頼人である八百万の姫君ちづが介抱しています。ちづは逸人を愛していますが、告げることはありません。いつかは嫁へと往かねばならぬ身の上であるちづにとって、初恋の人であり、大切な家族である逸人の瞳を取り戻して欲しいと願っています。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • あをきまなこ完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年08月01日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
私のイノリ
風巻・威降(p3p004719)
気は心、優しさは風
ソア(p3p007025)
愛しき雷陣
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)
咲き誇る菫、友に抱かれ
シルキィ(p3p008115)
繋ぐ者
シュヴァイツァー(p3p008543)
宗教風の恋
モニカ(p3p008641)
太陽石

リプレイ


 その瞳で、もう一度――見て欲しかったの。

 依頼人のその言葉を反芻する。『気は心、優しさは風』風巻・威降(p3p004719)はさくり、と深い山を掻き入るように進んだ。此度、オーダーとして課せられたのは目玉を刳り出し蒐集するという妖だ。その異質さは然る事ながら、烏が光物を集めるように容易にその行為を行っていることを考えると悍ましい。
「もーっ、わるい鳥!」
 ぷう、と頬を膨らませたのは『雷虎』ソア(p3p007025)。異質な行いではあるが、其れを取り戻せば『元通り』になるというのだから其れにも驚きは禁じ得ない。神秘的な作用、あるいは妖による行為であるから――とでも言うのだろうか。
「でも元に戻る可能性があるのは良かった。
 これはますます倒さないといけません……やる気が湧いてきますね。逸人さんの目、必ずや取り戻して参ります」
 奪われた鬼人種の瞳。威降の言うとおり『可能性があるならやる価値がある』のだ。他にも目玉を奪われた者は多数に存在している。ならば、逸人の瞳以外も回収して元に戻したいと言う気持ちは大きくなる。
「瞳を生きたまま奪う、とは――悍ましい性質の妖怪も居た者です。
 戻るならば幸い。ですが、此れが人の悪意に依らない悲劇だと思えば自然災害とも言えるのでしょうか」
 人為的、恣意的な者でないのだから台風や大潮と同じ様なものだろうか。然し、それ故に『終点』が存在しない妖による事象は放置せれど止まるところを知らぬのだ。『影を歩くもの』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)は「面白くもありませんね」と静かに言った。
「うーん……そうだねぇ……あーあ……というか、目玉集めってまた、嫌な趣味してる鳥さんだねぇ……。ま、人の趣味をどうこう言えないかな、私も……」
 頬を掻いた『太陽石』モニカ(p3p008641)は妖の趣味趣向を大仰に否定する気にはならないと言った。どうこう言う気にならないが見過ごせぬ事ならば淘汰されるのも自明の理。ふう、と息を吐く。依頼人であった姫君の顔尾をもいだし快活な少女はにい、と笑って見せた。
「さて、それじゃ、恋する乙女の為! このモニカちゃんが一肌脱ぎましょうか!」
 ずんずんと山道を進むモニカの背後で、『宗教風の恋』シュヴァイツァー(p3p008543)は仲間達の『瞳』の色を確認していた。ガスマスクを着用し、かんばせを晒さぬ彼女は此度の妖の前で瞳の色がどうだとか気にする必要は無いのだろうと感じていた。だが――
「狙われそうな人は十分に気をつけてくれよ」
「……そうだねぇ。気をつけないとねぇ。
 逸人さんの眼、必ず見つけて来るって約束したからねぇ……頑張らないと」
 静かにやる気を漲らせた『la mano di Dio』シルキィ(p3p008115)は巣で戦いを避けるために『自身の瞳を囮』とすると決めていた。幾ら自分の瞳の色彩が『鴉好み』であろうとも、そう簡単に奪わせる訳もない。その体をふわりと光らせ、道行く『不退転の敵に是非はなし』恋屍・愛無(p3p007296)が小さく息を吸い込んだ。すう、と光は収まって行き、次第に周囲は暗澹に包まれる。
(それにしても――働けない下人を側に置くだけでも、姫だけでなく、その家族も、この国においては温情家だと思うが。家族であると言えども、侵せぬ領域は存在するか。それでも儘ならぬ事があるのが人の世か)
 逸人。鬼人種の青年のことを思い出して愛無は吸い込んだ息を吐き出した。土生家の姫、ちづは使用人として、そして家族として過ごしてきた青年に淡い恋心を抱いているそうだ。それは、逸人の目を取り返して欲しいとイレギュラーズに懇願してきたあの仕草や表情を見るだけで明らかで。
(いつも通り剣を振るのが私の仕事。……でも、ちづさんの心に触れれば、私も感情や心について分かることがあるのかね)
 その剣を振るい続けている内に感情(こころ)までもを殺してしまった。『宝飾眼の処刑人』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)にとってちづの抱いた恋情についての理解はほど遠く――其れが分かる機会があるのだろうか、と遠く聞こえた鴉の羽音に耳を欹てた。


 その瞳は美しい宝玉を思わせた。それ故に、『百目』という名の妖にとって好ましいものであったのだろう。シキ、威降、シルキィはその双つの眼を狙わんとする羽音を耳にする。カアカアと鳴き声は鴉そのものだ。そして――風切るように威降のもとへと飛び込んできた鴉もまた、市井で見るものと大差は無い。
(こうして、普通の鳥に化けているから誰も疑う素振りを見せないんですね……)
 威降はその足場をカヴァーするために僅か、宙に浮かんでいた。耳を生かし、飛び込んでくる鴉を避けた彼の背後でシキは一歩ずつ背後へと後退していく。巣の側での戦闘を避けるため、その瞳を惜しげも無く晒しできる限りの距離をとらんと後方へと撤退していく。懐に逸人の手拭いを仕舞い込んでいたシルキィは百目を引きつけるようにじりじりと後方へと下がる。愛無が光源となろうとも索敵では視力に総てを委ねるわけにも行かない。嗅覚と聴覚を生かして鴉による強襲を避ける。動物的仕草を見せた百目は三人の瞳ばかりを見ている――なばら、此れが好機。
 そう告げるように、森の『声』を聞いていたソアはすいすいと足を勧め飛び込んだ。真っ暗闇であろうとも『雷』は落ちてくる。じいとしている限り殺していた存在感。而して、その存在感をあらわにしたのは生み出した雷光が鴉を穿ったからだ。すごい雷なのです、と言わんばかりの一撃が襲い来る。
「びりびりどーん!」
 そう笑ったソア似合わせてぼんやりと光を発生させた愛無はチェーンソーの音を鳴らす。屍竜の愛に包まれた肢体より溢れる粘膜は無数の眼球を生み出した。蛇だ。鳥をも食む蛇の姿が其処には顕現する。瞳愛する鴉をじろりと睨め付けるその動きを見逃すこと無く、夜空の色を煌めかせた短剣を手にヴァイオレットは第三の瞳で災厄の観る。その紅玉の瞳は直接的に不運の数を脳へと与えた。混ぜ合うような不運、不幸に災厄。進入不可領域たる脳髄をムリにでも開き掻き混ぜるようなその仕草に褐色の指先は愉悦に笑う。
 その瞳は暗がりでも百目をよく捉えていた。強大な鴉とその姿を化した妖は呶鳴るが如く、その声を響かせる。すん、と鼻を鳴らした。この妖に染みついた他者の匂いは無数。それだけの数の『眼球』を奪ってきたのかとシルキィは目を細める。自身のその身より生み出された魔力の糸。胸にはきらりとひとつのかけら――きみが、いなくなってもいいように。その存在を煌めかせては唇に音乗せる。
「こっちだよぉ」
 囁く言葉と共に。無数の糸が宙を舞う。哀れなる操り人形を作り出すように鴉のその羽根に絡まりついた魔力を追いかけて、実物大の『日本刀キーホルダー』を振り翳したシュヴァイツァーは『巫山戯た』と形容される獲物を手に滾る炎獄を与えんと構える。
「悪いが目玉をトリ返しに来たよ。鳥だけに」
 纏うは夢魔の外套。水面の月が如く、鏡に映った花が如く、儚さを編み込んで。乙女のみを包み込んだ夢幻はモニカに魔力を供給し続ける。
 目玉を守るためにと彼女が広げた保護の結界の中、モニカは願うように仲間達を苛む者を取り払う。その温かさを感じ取り威降が顔上げる。
「巣はどうだった?」
「『盛り沢山』ですかね」
 シュヴァイツァーの揶揄う言葉に頷いた威降。それだけの数の被害者がいるからこその『噂』であったのだろうか。キーホルダーリングに指を通してぐりんと無造作に振り回したその切っ先が百目へと落ちていく。
 巣へと戻られては堪らない。分厚く重たい刀身を持った脇差しを手に前線へと飛び出した威降が一気に振り下ろす。混沌世界で編み出したは悪風剣――生命力を贄として擬似的な妖刀を生み出せば、その呪詛は百目の体を蝕んでゆく。
「そっちには行かせない……!」
 その言葉に頷いてシキはにい、と笑った。目玉を狙う妖如きに『目玉の一つくらいならくれてやっても構わない』と、そう脳裏によぎった言葉で小さく首を振る。
(まあ――片目くらいなら、って思うけど……前それで怒られたんだよねぇ……)
 また叱られるのも面倒だというように、魔術と格闘を織り交ぜて処刑剣を振り上げる。忘れる勿れと自身の立場を縛り付けるようなその剣を振るう度に心が死ぬ感覚がする。処刑人は儀礼服を揺らし走る。ダークトーンの衣服に鳥の返り血を浴びようとも、目立つことは無く――そして、生臭いかおりが身を包む奇妙な感覚を感じ取る。
 踏みしめたシキが一歩下がったその場所に威降が立ち替わるようにその青い瞳を煌めかせた。逸人のその目を取り戻すためだと、百目がシルキィやシキを狙うのを避けるように。幾度となく呪いを帯びさせる。
「依頼人は直々に頼んできた。その願いを無駄には出来まい。必ず倒す。逃がしはしない。許しはしない。幸い――お前にとっては不幸であるかもしれないが――僕はタフな方だ」
 静かにそう告げちゃ愛無はずるりと這うように山の中を進む。そして、その目玉が『ぎょろり』と見遣る。恐れる勿れ、その悍ましさに魅入られたかのような鴉へとヴァイオレットは蠱惑的に小さく笑みを浮かべる。
「アナタは大層瞳が好きなようですね、百目。では……こんな瞳は如何ですかな?」
 さぁ、もう一度視ておくれ。美しきは狂気の呪い。
 無数の脳髄を掻き回す痛みを与え乍らヴェールの奥で乙女は笑う。薬、と微笑むその声を聞きながら踊るように糸を繰るシルキィが「巻き込まれないようにねぇ」と冗句めかせればシュヴァイツァーは「上等!」と小さく笑った。
 防御はからっきし――でも、「モニカちゃんに任せなさい!」とふふんと胸鳴らした小さな夜の化身。太陽の色の娘。
「モニカちゃんは皆を助ける、優しい優しいサキュバスなのでぃす!」
「助かるぜ?」
 ガスマスクの向こう側でシュヴァイツァーが笑ったその声を聞いてモニカはシルキィの糸に重ねるように『糸』を繰る。もはや、鴉の翼は落ちてゆく。ただそれだけだ。
 夜を見つめる瞳が静かに静かに細められた。癒やす手ももはや此処で終わり。終の訪れた鳥はその翼を追って無残に地へと転がるのみだ。
 ソアは跳ね上がる。虎は猫のように靱やかに跳ね上がっては強襲を仕掛ける。鳥は猫の獲物だとでも言う様にがぶり、と『食う』が如くその妖の命を奪って――
「次に生まれたら、もう悪さするんじゃないよ」


 ソアは青い瞳を中心にいくつか選び取った。床で呆然としていた彼の瞳を、一つ一つ、あてがっては選ぶ。ある程度は匂いで選別したが移り香が濃く判別の容易でないものが存在したからだ。
「また見えるようになるといいなあ」と僅かな心配を口にして、その目に合うものを探すというのは成程、異質に他ならない。柔い蒼はガラス玉のような強度に覆われる。それが妖の効果が及ぶ範囲であったのだろうか。その様子を緊張して見つめるちづの傍らで、シキは彼女を見つめていた。興味が及ぶのはちづ姫の心の揺れ動き。逸人の目が戻って良かったと思うのも確かだ。
(逸人さんの瞳がもう一度ちづさんを映してほしいって……そう思うのはほんと。
 その瞬間のちづさんの顔は、きっと私の知らない感情だから)
 シキが見守る中で、威降は「大丈夫ですか」と柔らかに声を掛ける。俯いた逸人が何度も瞬きを繰り返し――その青いまなこは確かに、ちづ姫を移し込んだ。
「姫……?」
 その双眸に、映っている。瞳を瞠り、唇を震わせて「逸人」と呼んだその表情こそ、シキにとっては知る由もない感情で。威降に支えられた彼へと少しおやすみなさい、とちづは言いイレギュラーズを別室へと誘った。

「ちづさん、お願いはきちんと叶えたよ。
 ……でもね、今回は彼が治ってよかったけれど、次に何かあったら、そのときは違うかも知れない」
 モニカのその言葉にちづは小さく頷いた。八百万の姫君は扇でその顔を隠し重たげな衣を身に纏ってしゃんと背筋を伸ばして座っている。鮮やかな射干玉の髪は広がり、その美貌を更に引き立てていた。
「……秘めた想いをそのままにして、ずっと後悔するなんて、哀しい事だよ?
 どうしてもお嫁に行く事になったって……好きという気持ちに嘘はつけないし、つかなくて良いんじゃないかな。それだけ大事な気持ち――お嫁に行く前に、きちんと彼に伝えてみたらどうかな?」
 モニカの言葉にふ、と息を飲む音がした。姫君は扇をそっと下ろす。御簾越しではその表情を計ることは出来ないが、モニカは只、ちづの言葉を待った。
「……お優しいのですね。神使殿。けれど、私はいつかは嫁ぐ身。
 幾ら、いとしいいとしいと彼に想いを伝えても、結ばれぬままの悲恋であるなら、その気持ちを悟られぬ方が良い――終がある恋ほど虚しい物はありませんから」
 そう告げたその言葉にきゅう、と胸が締め付けられる気がしてシルキィは「そっかぁ」と呟いた。瞳を返したならばいつもの逸人が戻ってくる。彼女の言う『いつか』まで、二人共に幸せであるようにと――シルキィも威降も、そう、願わずには居られない。
「ですが………いずれ嫁ぐ身と、想いを告げずのまま…と。
 今まさに喪失の悲しみと、言葉に出来ずにいた後悔を噛み締めているというのに、同じ過ちを繰り返すのですか?」
「ええ。過ちとしても、これが後悔としても、我が身に降る不幸だとしても。
 ……わたくしは、彼が悲しむ様を見たくはないのです。恋を口にして、身勝手にも嫁ぐ我が身を恨むよりは余程良い」
 静かに、ちづがそう言った言葉にヴァイオレットは「そうですか」と目を伏せた。人の所業の応報こそを是とする存在。何れ訪れる後悔という不運に見舞われても笑ってやれるというのに――嗚呼、彼女の言を正とするならばその不幸は訪れぬのか。
「……自らの心に嘘を吐いてでも、相手の幸福を願うというのですか?」
「ええ。それが――わたくしが出来る彼への愛情なのです」
 そう言われれば口には出来ない。ヴァイオレットは「そうですか」と柔らかにその言葉を振らせるのみ。
 相思相愛。そう呼べるような関係になれなくとも――彼がさいわいの中にその身を置いていて下さるだけで幸せなのです。
 そう言ったちづの言葉を思い返してシュヴァイツァーは「はーぁ」と息を吐いた。愛無が儘ならないと言ったように。きっと彼女自身の境遇とその先を真に理解している。
「それでいいと言えるなんて、ちづさんは本当に強い女性。はーぁ……私もそんな風になれたらいいのになぁ……」
 そう告げたシュヴァイツァーの言葉を聞きながら愛無は取らぬ狸の皮算用だが、と静かに口を開いた。「良くも悪くも特異運命座標が関わった国家は未来が変化する。ともすれば、身分を超え、姫の本当の望みが叶う可能性さえあるのかも知れないな」と。観測的未来を乞うように、姫君はそうなったならば皆様に、恋の応援をしていただかねばなりませんね」と静かに微笑んだ。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でしたイレギュラーズ!
 カムイグラの妖は奇々怪々、様々なものが存在していますね。
 また、皆さんのお力をお貸し下さい! ご参加有り難うございました

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