PandoraPartyProject

シナリオ詳細

崩落のアインザッツ

完了

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●美しき哉
「――我が仇名す祈りが、この天(そら)を深き底に堕とすまで」
 結びの言葉は何時も同じ。
 快哉の声と拍手がホールを揺らすように響き渡った。
 それは劈く雷鳴であり、迫り上がる地鳴りのようである。
 賞賛の坩堝はステージの上に立つたった一人の男だけに注がれていた。
 黒い礼装を完璧に着こなしたその巨匠(マエストロ)はさして面白くもなさそうに、申し訳程度の礼をする。乾き切ったその心情とは裏腹にやけに様になるその所作は、同じ男には微かな嫉妬を、彼を信望する女性には毒のように働くのだった。
 素晴らしきその楽団は『アザレア』の名を冠している。その名は猛々しくも物悲しい彼の指揮には不似合いだったが――名付けの由来を聞けた者は居ない。当の楽団員もマエストロにそれを問うた事があったがこれまでに明確な答えは返っていないのだ。
 ただ……多くの芸術家がそうであるのと同じように、マエストロは可憐な花の名を冠したこの楽団とそれが生み出す天上の――或いは煉獄の底のような音楽を深く深く愛していた。
『アザレア』は疑う余地もなく混沌にその名を轟かす大楽団である。マエストロの代表作は人間と天意、運命の織り成す破滅的悲劇と喜劇を己が物語の中に落とし込んだその名も『神曲』。『解釈』に煩い聖教国でも公演を許され、世界中の権力にその来訪を期待される一大演目である――
 さて、当然の如く大成功に終わった舞台を去り、マエストロはそのタクトを置く。
「マエストロ、お疲れ様です!
 今日の公演も大盛況でしたね。終演後の盛り上がりと言ったら――
 マエストロは何時もさっさと帰っちゃう方ですけど!」
 けたたましい言葉に一つ嘆息した彼に構わず、輝かんばかりの尊敬の眼差しを向けてくるのは若い楽団員――第三ヴァイオリンのグイードだった。
「驚く程のものか。私の――いや、きみ達『アザレア』の音楽はそれ相応に出来ている。
 血の滲むような研鑽を重ね、音楽神を愛し、愛されている。
 私達の仕事はそういった賞賛を受け取るに相応しい。
 つまり、その結果は当然であり、取り立てて騒ぐ程の事でも無いだろう?」
「そうは言いますけど――兎に角、スポンサーも大喜びです!
 またマエストロの名声が高まってしまいますね!」
「名を要らないとは言わないが、過ぎたるは枷にもなる。
 きみもその辺りの機微を学べばより良いとは思うのだが――」
「そのうち! でも今は喜ばせて下さいよ!」
 食いつくようなグイードの言葉にマエストロはもう一度嘆息した。
 落ち着けと言って聞かせても聞くような男ではないのは知っていた。若いながら抜群の才能を誇る彼はマエストロにとっても将来を嘱望する『特別』ではあるのだが。
「そういえば、マエストロ。もうお話は聞きました?」
「……?」
「次の引き合いですよ。マネージャーが言ってました。
 今回の公演が余りに素晴らしかったから――特別なお声が掛かったのだと!」
 先を促したマエストロにグイードは得意満面で言う。
「聞きたいですか?」
「言いたいのだろう。どの道、受けるか決めるのは私だぞ」
「驚いて下さいね。今度『アザレア』を招待してくれたのは――レガド・イルシオンのガブリエル・ロウ・バルツァーレク伯爵です!
 彼は芸術の守護者として有名ですからね。これは特別大きな仕事になりますよ!」
 グイードは実に嬉しそうにそう言った。
 成る程、『アザレア』は世界各国にパトロンを持つ大楽団だ。
 しかしながら、幻想のバルツァーレク伯爵と言えばビッグネームには違いない。グイードのみならず、マネージャーも楽団員達も興奮するのは当然だ。
「――――」
『恐らくグイードは、目を少し見開いたマエストロも自分達と同じように思ったと思ったに違いない』。
「――成る程? 成る程。やはり、運命という事か。
 よりにもよってこの日に、よりにもよってこのように。
『まるでその顔位見に行けと言わんばかりに。アインザッツを望むなら、やはり私が奏でる神曲は天上の悪趣味の発現に違いないのだろうな』」
『神曲』の成就に必要なのは英雄幻想(レプ=レギア)と、器となる完成された『クオリア』だ。発信者であるマエストロだけでは足りず、受け手たる『彼女』の同等の熟成が不可欠なのは言うまでもない。
 ……マエストロは長くを待ったが、開演は近いのかも知れぬ。

 ――さつりくの うたが きこえる。
   はめつの いのりが きこえる。

   さぁ、『神曲』を奏でよう。
   怒りも、悲しみも、苦痛も、喜びも、幸福も、安らぎも。
   全て等しく塗り替えて、甘美なる煉獄に溺れよう。
   恥ずかしがる事などない。悔いる暇さえ与えまい。
   我が旋律(クオリア)よ、無辜を導け。
   愚かに呼びかけ、罪深き者を清く浚え。
   この舞台を溶かし、溶け合い、ひとつに救え。

   さぁさ紳士淑女の皆々様、どうぞこの手をお取りください。
   声高らかに……謳え『神曲』。奏でよ『神曲』。

   我が仇名す祈りが、この天(そら)を深き底に堕とすまで――!

「……???」
 グイードは狂気めいた笑みを浮かべ『神曲』を諳んじたマエストロが分からない。
 独りごちた彼は低くくつくつとした笑いを含んだまま続けた。
「そういえば、きみは『アザレア』の由来をしつこく聞いた事があったな?」
「マエストロは何時もはぐらかしますけどね!」
 抗議めいたグイードにマエストロは「今日は特別だ」と嗤う。
「私には『母』が居た。強く優しく気高い女性(ひと)だった。
 強いて言うならその名は感謝と決別の現れとでも言っておこうか――」
 目を丸くしたグイードはマエストロがこの瞬間、とんでもなく――見た事も無い位に御機嫌になっているのに気付いた。
「――どうしてそんなに? と、そんな顔をしているな。
 お喋りついでにもう一つ言っておこうか。私には娘が居る。
『昨日』は愛しい彼女――アベリアの丁度二十の誕生日だったのだよ!」

GMコメント

 YAMIDEITEIっす。
 二十歳おめでとうございまーす★
 以下詳細。

●依頼達成条件
・特に何事もなく『神曲の夜』を終える事

●状況
 皆さんは幻想のガブリエル伯爵から以下の依頼を受けました。

「今度、私はとある高名な楽団を自領に招き、お客様をもてなす事になりました。
 場所は私の所有する大劇場を使いますが、ゲストは陛下をはじめとするVIPばかりです。勿論、私も――私以外も。多くの貴族が最高の開催を保証する為、多くの兵を警備に回していますが、何分ゲストは気難しい方が多い。館内警備に兵等を回せば何を言われるか分かったものではありませんからね。そこで皆さんの出番です。皆さんには公演で何事も起きぬよう、警備に協力して欲しいのです。
 ……え? どうして笑っているかって。折角の夜ですよ。リアさんにも――いいえ、皆さんにも『アザレア』を聞いていって欲しくって。
 ああ、ドレスコードはお忘れなく。
 そう気にする事はありません。『それなりに』フォーマルならば大丈夫ですよ」

 要するにガブリエルは建前で依頼の体をとっていますが、90%以上はただの厚意の招待です。地獄への道は大抵善意で舗装されているものです。

●大劇場
 バルツァーレク領に存在するガブリエル所有の劇場。
 素晴らしい音響設備があり、一階席、二階席が存在する劇場です。
 VIPは二階席に居り、ここには最低限の警備は必要でしょう。
 もっともフォルデルマンにはシャルロッテが、レイガルテにはザーズウォルカがついており、リーゼロッテやクリスチアン(梅泉つき)は守る意味さえ感じませんが……
 他に見るべき所は通路、一階席、舞台裏、入り口等でしょうか。

●出席者
 フォルデルマン、レイガルテ、リーゼロッテ、ガブリエル他幻想の有力者達。
 クリスチアンやリシャール等、偉いやつはだいたい居ます。
 レオンとかもいます。

●『マエストロ』ダンテ
 楽団『アザレア』のオーナーにして指揮者。
 世界的な音楽家であり、見ての通りのイケオジ。
 バルツァーレク領の引き合いに大層喜んでいるような。
 代表曲は悲劇的破滅を天意で奏でる『神曲』。

●『アザレア』
 世界的な楽団。

●何これ。何か起きるの?
 起きるかも知れないし、起きないかも知れません。
 但し、リアさんは終演の後、ガブリエルから大舞台で少し二人きりの時間を過ごさないかと誘われています。
 更にもしこのシナリオに参加する場合、以下を選んでも『構いません』。

 対象の感情を旋律として捉え、大雑把に読み取れる。
 その旋律は美しい音色や優しい音色、不協和音等、様々。
 又、100m以内全てを無差別に捉える上、何らかの理由で自身の負荷が大きくなるに連れ、成功率は下がる能力(ギフト)が『幸せの音色に満たされて、何時もより酷く鈍くしか働かない事を』。

 それ以外の人はそれ以外の人で『何となく嫌な予感』がしていても構いません。(ですが、想い人の下へ赴く彼女の気持ちを真っ向から蹴飛ばすような不作法はなさいませんよう!)

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はEです。
 無いよりはマシな情報です。グッドラック。

 以上、宜しければご参加下さいませませ。

  • 崩落のアインザッツ名声:幻想50以上完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年08月02日 13時30分
  • 参加人数6/6人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 6 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(6人)

ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
リア・クォーツ(p3p004937)
願いの先
天之空・ミーナ(p3p005003)
貴女達の為に
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
プラック・クラケーン(p3p006804)
昔日の青年
羽住・利一(p3p007934)
特異運命座標

リプレイ

●『仕事』
「今宵はどんな花が咲き乱れるのでしょうか」
 冗談めいて口にしたガブリエル・ロウ・バルツァーレク伯爵は居並ぶイレギュラーズに貴公子然としたそれは見事な微笑みを向けていた。
「文字通りの百花繚乱となりましょう。
 残念なのはその花はすぐに散ってしまう事――舞台は一夜の幻となりましょうが、それもまたかの『アザレア』の名前には相応しいのでしょうね?」
 そう。素晴らしきその楽団は花(アザレア)の名を冠している――
 混沌世界に少なからず声望を響かせる彼等はまさに美を愛し、芸術を慈しむ幻想重鎮『遊楽伯』ガブリエル・ロウ・バルツァーレクにとっては待ちに待った招待客(ゲスト)だったと言えるだろう。
 とびきりの楽団を招待するにあたり、ガブリエルは特別な箱を用意した。彼の領土の中でも最高の大きさと設備を誇る大ホールはそれ相応の相手にのみ開放する特別な舞台である。ガブリエルが国中から貴賓を集めたのは『アザレア』の腕前を見込み、信じてのものである。
「『兎に角、万が一にも何かがあってはいけません』。
 皆さんには事前にお伝えした通り、会場の警備をお願いしますからね」
「シスターとガキ共も招いて下さって……いえ、おガキ様共を……って、違って!
 と、兎に角、皆まで! ありがとうございます!」
 悪戯気に念を押したガブリエルに華やいだ表情で眩し気に彼を見た『旋律を知る者』リア・クォーツ(p3p004937)が実に微笑ましく混乱した訂正を繰り返していた。
「そう緊張せずに。折角の夜ですから。
『大丈夫。ここには私の兵の他に皆さんもザーズウォルカ殿も、リーゼロッテ様も居ますからね』」
「ふふー、有名楽団の公演!
 一等席でないのは残念だけれど、何のかんのと理由を付けて間近で見られる役割を確保できたし、たーのーしーみーでーすーわー!」
「ふふん! 師匠に買ってもらった服がついに役立つときがきたんだな!
 楽団の演奏にお呼ばれ! これってオーケストラってやつだよな?
 ……うん! こういうの経験ないから、すげえ楽しみだ!」
「おいおい。建前が崩れてるぜ。
 こういう音楽鑑賞も、何事もなければいいものなんだがねぇ……」
 ガブリエルの言葉に『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)と普段よりもずっとフォーマルにお洒落をした『翡翠に輝く』新道 風牙(p3p005012)が素直な所を見せた。一方でやれやれとばかりに肩を竦めた『傍らへ共に』天之空・ミーナ(p3p005003)は何処となく浮かない顔でそんな風に言葉を漏らしていた。
「おや、どうもヴァレーリヤ殿や風牙殿は余りお仕事をする気がないようで。
 これでは後で用意する拙宅での宴ではお酒や御馳走の量は減らさないといけませんね」
「――労働! 警備最高ですわ! 私の警備は三国一に『ちゃんとしている』と評判ですのよ!」
「……あ、ああ! もちろん! これは仕事だからな! きちんと警備はこなすぜ!」
「……ああ。ガブリエル伯爵に見込んでお声掛けいただけるとは光栄だ。
 伯爵の顔を潰さないよう依頼をしっかりこなしつつ、公演も楽しませてもらおっかな」
「楽団なんてはじめてっつーか…オペラなら有るんだけどなぁ。
 ……どう違うんだかねぇ。まっ、しっかり、警備しつつ『ついで』に、な」
 やはり素直に慌てた顔をしたヴァレーリヤや風牙を『特異運命座標』羽住・利一(p3p007934)と『蛸髭』プラック・クラケーン(p3p006804)がアシストした。
 やり取りは丁々発止としており、場は和やかに包まれていた。
 お互いに語るに落ちるような不作法はしないが、ニコニコと笑うガブリエルからは緊張感は感じられない。一方のリアの方も『緊張』は依頼についてのものではなく、別の理由に起因するものなのは言うまでもないだろう。
(出来れば幻想のお偉方とコネの一つでも結べれば最高だが……
 まぁ、そういう意味では遊楽伯の依頼を受けられた時点で半分は目的達成しているとも言えるか)
 ガブリエルの言う通り、利一が考えた通り、この劇場には今日最大級のVIP達が集まる事になっている。それは必然的に尋常ならざる軍事力がこの場に存在する事とイコールしよう。

『第一、一体誰がこんな素敵な夜に不吉な事が起きるだなんて考えるだろう』。

 特別な日に彼が日頃から懇意にしており、大きな感謝を隠さないイレギュラーズを『招待』したのは実際の所『仕事をさせよう』という意図のものではない。
(……シスター、喜んでくれるかなぁ……)
 クォーツ修道院にも招待状を送ってくれたという。『リア自身は丁度あちらに戻れてはいないので会えていないが、シスターに子供達はとびきりの夜をきっと喜んでくれるに違いない』。
 只の魔種などものともしない陣容に、イレギュラーズのみならず関係者まで招いている位なのだ。今夜は日頃から幻想を含めた各地で活躍し、この世界を少なからず良い方向へ導いてきた彼等へのガブリエルからの最大の評価であり、労いに他なるまい。
 伯爵もイレギュラーズもそれをそうと知りながら今夜を迎えている。
 だからこのやり取りはあくまで社交に過ぎないのだ。『今夜はきっと何も起きないのだから』。
 だが、それでも。
(……どうにも嫌な予感が拭えないんだよな)
 何の根拠もなくミーナは温かな談笑を眺めながらそう思う。
(これ、何だろうな。なんとなく……胸がざわつく感じがするって言うか)
 何の根拠も無くプラックもまた虫の知らせのようなものがざわつく不思議な感覚を覚えていた。
 論理的に考えて、合理的に考えてそんな馬鹿な事はあるまいが……警戒しすぎる損はくたびれ儲け位のものである。ならば、自分位は裏目を引くのもいいだろうとそう考えていた。

●『警備』
 ガブリエルの用意した劇場は贅の限りの尽くされた意匠の空間である。
 建物自体が柱や天井の装飾に特別な芸術価値を持つのは言うに及ばず、音響や座席空間についても演者やゲストが隅々まで満足出来るよう最高の配慮と技術をもって作られている。
 主に座席は一般の観客の入る一階席と貴賓席である二階席に分かれており、ミーナの『母』であるヒリュウ・シルバーやクォーツ修道院の面々は一階に、主催のガブリエルを含めた幻想重鎮達は二階席に座席を用意されている。
 イレギュラーズがこの場にある名目は『警備』であるから、面々は当然ながらこの広い劇場を分担して警戒に当たる事になっている。
「さ、お酒の為……ではなくお仕事ですわ! しっかり警備いたしましょう!」
「私達は裏側な。証明でも何でも設備が壊されちゃあとんでもない目にあうからな……」
 ヴァレーリヤと頷いたミーナの役割は『舞台裏』。
「私達は警邏で。見回りは基本だからね」
「通路と出入り口は最低限抑えておく必要があるだろうしな」
 利一とプラックは会場内の見回りを中心に動く予定である。
 利一とプラックは事前に劇場の見取り図を確認し、避難経路をイメージしている。その上で利一は貴賓席の二階を中心に担当するリアと風牙に梟(ファミリアー)を渡し、緊急の連絡性を上げる事にしていた。
(後はシスターと話が出来れば良かったんだが)
 プラックはふとそう考えた。
『リアの保護者であるシスター・アザレアはそういえば楽団と同じ名前である。
 遠路を来る彼女はまだ到着が遅れており、タイミング的にそれは難しそうだった。
 名前が同じという奇縁から話の種になるかと思ったがそれでは仕方ない』。
「じゃあ、そういう訳でオレ達は二階な!
 大丈夫、不審なものは見落とさない。
 暗闇対策(めぐすり)もしたし、緊急用の縄梯子はかけといた!
 ……まぁ、あそこの客、守る必要ないやつが結構多いけどさ!」
 胸を張る風牙は言葉を続けた。
「警備はオレも頑張る。『あとはリアも頑張れ』よな!」
「な、なななななな何を頑張れと……
 あたしは伯爵の期待に応えて今日の仕事を、そう完璧に……」
 至極分かり易く頬を染めたリアにヴァレーリヤが「またまた、良く言うというやつですわねー!」と混ぜっ返した。
「ちょ、どういう意味――」
「――そーゆー意味だろ」
「青春ですわねー。アオハルですわー。
 いいですこと? リア。これだけの舞台なのです。
 二十歳の夏は一度しかない。お酒の肴にもならない『へたれ』だけは厳禁ですわよ!」
 一刀両断を見せたミーナ、饒舌に意地悪なヴァレーリヤに「うぐ」とリアは黙り込む。
 この辺りのやり取りは温かくもリアをからかうものだったが、
「あんまりリアさんを苛めるもんじゃねぇぞ」
「こんな招待なのだし。案外、伯爵もその気かも知れないけどね」
 年上に礼儀正しいプラックに『応援する』スタンスを隠さない利一といったこの辺りの面々もそれを敢えて否定しない辺り、リアの内心やら乙女の事情というやつは今更過ぎるものであり、
「……黙秘します。でもサンキューな!」
 彼女は一通り面白い顔をした後、照れ隠しの咳払いをするしかなかった。
(でも、伯爵はどういう心算であたしを、招待してくれたんだろう――)
 依頼には『リアさんとイレギュラーズの皆さんで』とあった。
 呼び出された時点ではこの内容は知らなかったが、リアは思う。
(もし、自惚れでないとするなら、伯爵は――)

『幻想きっての大劇場で、最高の楽団が音色を奏でるその夜に。
 他ならぬリアに逢いたかったという事になるのではなかろうか?』

 仲間達の冷やかし以上にリアの顔は真っ赤になった。
 これは警備、これは仕事。されど仕事の後には更なる特別が待っている。
 皆は伯爵邸の晩餐に招かれる事になっているが、リアは――

●『音楽会』

  ――さつりくの うたが きこえる。
   はめつの いのりが きこえる。

   さぁ、『神曲』を奏でよう。
   怒りも、悲しみも、苦痛も、喜びも、幸福も、安らぎも。
   全て等しく塗り替えて、甘美なる煉獄に溺れよう。
   恥ずかしがる事などない。悔いる暇さえ与えまい。
   我が旋律(クオリア)よ、無辜を導け。
   愚かに呼びかけ、罪深き者を清く浚え。
   この舞台を溶かし、溶け合い、ひとつに救え。

   さぁさ紳士淑女の皆々様、どうぞこの手をお取りください。
   声高らかに……謳え『神曲』。奏でよ『神曲』。

   我が仇名す祈りが、この天(そら)を深き底に堕とすまで――!

 大ホールを流麗にして壮大なる楽団の調べが支配した。
「これはすごい!!!」←フォルデルマン
「こりゃ、すげぇや……」
 王様級のストレートに正直な嘆息を漏らした風牙の目が輝いていた。
 特に音楽に強い興味がある訳ではなかったが、こうなれば話は別だ。
 身を乗り出すようにして眼窩の舞台に食い入った彼女は、
(……あ、でもリアの方も気になる……忙しい……)
 仕事も真面目にしているが!
「忙しすぎる!」
 貴賓席の方で伯爵と何やら語らう友人と共に今夜が気になって仕方ない。
「どうですか。私の手習いとはまるで違うでしょう?」
「伯爵の演奏も素敵でしたけど!」
 強い口調でフォローしたリアは彼のヴァイオリンで『神曲』の調べを聞かせて貰っていたが――
「この演奏は凄いです。
 あたしのクオリアから雑音が一つも聞こえない。
 会場が幸せな旋律に満たされてる……
 これが『神曲』。これがアザレアのダンテ……」
 ――圧倒的なその演奏に同じ音楽家としてリアは息を呑み、圧倒される他は無かった。
 果たして始まった『音楽会』はまさにアザレアの独壇場だった。
「……舞台裏っていうのは、ちょっとした役得だったかも知れませんわね」
「かもな。正直驚いた」
 聖職故にか見事過ぎる『神曲』に真顔で零したヴァレーリヤにミーナがコクリと頷いた。
 不審者が居ないか、怪しいものはないか――二人は至極真っ当に警戒を続けていたが、元よりこの劇場は『蟻の入る隙間もない程の厳重警備』である。
「何も起きないに越したことはございませんけど。
 ……今、邪魔されたら物凄く真面目に始末をつけてしまいそうですわ。
 手が滑って、ほら。アレですわ。神罰のあらんことをーと」
「……まったくだ。せっかくの演奏会を血で汚すのも、な」
 多分酒瓶を素振りするフリをしたヴァレーリヤにミーナが肩を竦めた。
「物騒ですわねぇ」と人の悪い顔をした『聖職者』に彼女は「どっちがだよ」と唇を尖らせる。
 一方で館内の見回り組も頼まれた警備を十全に果たしている。
 利一が『警備しながらでは楽しめるかどうかは分からない』と思った事前の予想に反して、楽団の公演は『その場に居るだけの幸福』を完全に認めざるを得ない幸福なものだった。
「うーん、俺は学も教養もねぇけど。こりゃすげぇな」
「うん、大したもんだね。後は何事も起こらないように見回りに注力しよっか」
 思わず唸ったプラックに利一は頷いて言う。
「後は気にならないと言えば嘘になる。リアが上手くやれれば一番だけど……
 ……どうも、プラックはそれ以上に何かあるみたいだね」
「いや、気のせいだとは思ってるんスけどね……」
 年上の女性に下手くそな敬語を使うプラックの表情は余り晴れやかではない。
 彼の仕事振りは遊楽伯からの出来レースのようなものとは思えない位に深刻だった。人死にが起きないように、暴動が起きないように。そういったケアは間近な脅威に備えるかのようで。
「……気のせいだとは思うんスけど。ただ、何となく……ね」
 肩を竦めた利一は少し逡巡した後「実は、私もだ」と溜息を吐いた。
 予感はあくまで予感である。今の所、何ら怪しげな事は無く何も起きていない筈である。
「……………こんな予感、外れてしまえば良いんだけど。
 事件がない事も勿論だけど、私はリアと伯爵に邪魔がない事も祈ってる」
 利一は呟き、プラックは苦笑して頷いた。
 依然続く演奏は素晴らしく、そんな二人を嘲るようだったけれど。
 彼の心に浮いた一点の黒い染みはついぞ消える事は無かったのである――

●『舞台』
 真面目に警備を果たしたイレギュラーズの予感はきっと杞憂に終わっていた。
『アザレア』の演奏は素晴らしく、誰もがその身を鼓膜から伝わる幸福感に浸したに違いない。リーゼロッテやレイガルテもご機嫌であり、レオンも「あいつらに自慢してやろ」等と言っていた。
 伯爵は『大役を果たした』イレギュラーズに特別なもてなしをしてくれるという。
「この後は打ち上げだ! いやー、楽しみだ!」
 そう華やいだ風牙に「時間は遅いですがね。泊まれば良いのです」とガブリエルは笑っていた。遊楽伯の晩餐会と言えば、この世界でも有数の美食イベントである。食にしてもそうだし、『ざる』のようなヴァレーリヤに供される酒の一つをとってみても、恐らくは『三国一の警備をした』彼女に相応しい最高の逸品揃いに違いない。
「――――」
 しかし、明かりの落ちた舞台の上で『彼』を待つリアにとってはそれはあくまで余禄である。
 彼女の『最大の幸福』は宴の前のほんの僅かな時間である。
 客を追い出し始めた劇場が閉鎖される前のほんの些細な時間である。

 ――リアさん、公演の後。出来ればおひとりで。舞台で待っていて頂けますか?

 耳を疑った誘いは間違いなく――一つの間違いも無く彼女の想い人から発せられたものだった。
『当然ながら一人、上手い事を言って仲間達から抜け出した彼女は早く着き過ぎた。高鳴る鼓動のままにその時を待っている』。
 コツン、と。
 固い靴音が舞台の片隅を叩いた時、リアは『少女の顔』でそちらを振り向いた。
「――え? マエストロ?」
 そんなリアの表情が困惑色に染まっていた。
 僅かな室内灯のみになった舞台に影を落とすのは待ち人ではなく『アザレアのダンテ』。
 かの素晴らしき演奏を取り仕切った大演奏家であった。
「どうして」とリアが問えば「この為に来た」と彼は笑った。
 違和感のある言葉だった。
 でも、何も悪くはない。大丈夫。マエストロとお話出来るなんてむしろ光栄である――
 クオリアは『悪いもの』を教えてくれる。
 クオリアは依然として幸福に満たされたままで、リアは一つの不安も無い。
「演奏はどうだったかな? 『お嬢さん』」
「え、あ、た、大変素敵でした。驚きました!」
 突然の問いにリアは慌てるも、素直に思った通りを口にした。
『神曲』は余りに圧倒的だった。観客はきっと全員が満足して帰路についている。
 だが、ダンテは予想に反して首を振る。
「あれは未完成だ。我が『神曲』は不足の塊のようなもの。
 永劫に足りないパーツを探す、憐れな迷い子のようなものなのだ」
「……そうなんですか?」
「うむ。だが、私はそのパーツを求むる事が出来る。
 私は二十年にも及ぶ長い時間を待っていた。未熟極まった器は成熟しつつある。
 但し、受け入れざる器を正しい形で求める為の『手段』は常に必要なのだ。
『神曲』の完成には二つのクオリアが不可欠だ。強き自我なくばクオリアは器足らず、同時に強き自我あればアルモニーは成し得ない。解決法が分かるか? アベリア。
 教えてやろう。『それは完成した後に壊して使いやすくするのが相応しい』」
 胡乱なダンテの回答にリアは怪訝な顔をした。
「……っ……!?」
 同時に、彼女の記憶が『整然としていた』のはそこまでだった。
 その時、彼女の頭の中に『何か』が響いたのは間違いない。
 それはきっと――『本当の神曲』であり、『対となるクオリア』であり。
 彼女にとっては永劫に――なる呪いの始まりに違いなかった。

●『煉獄』
「――リア!?」
 舞台で声を張ったのは『虫の知らせ』で舞い戻ったヴァレーリヤだった。
「おいおい。マジかよ……畜生が、やっぱり碌な事が無かったじゃねぇか」
『観客を外に出す警備という役割柄、時間の空隙を作らざるを得なかった』ミーナだった。
「大丈夫っスか!?」
 顔を心配に歪め、駆け寄ったプラックだった。
「リアさん、しっかり!」
「……え、はく、しゃく……?」
 薄目を開けたリアが間近に見たのは舞台の中央で倒れた彼女を抱き起こす必死の伯爵の顔だった。
(そうだ。あたしは伯爵に誘われて、それで――舞台で待っていて……)
 胡乱とした記憶はこうなる前の正しい状態をリアに教えてくれない。
 弱々しく首を振ったリアにヴァレーリヤは「でも、リアが無事でよかった」と少しだけ表情を崩した。
「外傷はないみたいですわ。
 ……特におかしい所はありませんのよね?」
「たぶん。強いて言うなら頭痛がするけど、気絶してたから」
 嗚呼、割れるように頭が痛かった。『静かだったクオリアが酷い旋律を奏でていた』。
 伯爵の音色は何より安心できるものだったのに『まるでそれが逆になったように』。
「……遅かった」
「……………?」
 聞きなれた声にリアは視線を送った。
 蒼白な顔をしたアザレアがもう一度だけ「遅かった。すまない、ベアト……」と呟いた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 YAMIDEITEIっす。

 数点述べておきます。

・リアさんに張り付くプレイングは全て『リアさん自身の意思』によりレジストされたものと見做しています。

 どういう事かというと『リアさんは想い人に二人きりで特別っぽい逢引の時間に誘われている』ので『当然ながら第三者の介入を望まない』からです。又、警備という仕事柄、その時間帯は忙しいので舞台上の二人をどうにかするのはプレイング的に難しかったと判定しています。

・アザレアは何で邪魔しなかったの?

 理由はありますがダンテの『クオリア』のせいです。
 ダンテの『クオリア』の能力は関係者スレのものとはちょっと変えています。
 まぁ厄介な能力ではあります。

・リアさんはダンテと会った事覚えてないの?

 覚えてません。
 その部分は基本的にPL情報と思って下さい。
 仮に会った事を把握しても『ダンテは何もしていないように見えます』。

・あれ? ギフト……

 この後、地獄だと思いますが頑張って下さい。


 以上、シナリオお疲れ様でした。

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