PandoraPartyProject

シナリオ詳細

祈りの墓場

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●天道の門、愛の義
 それは、絶望的な死であった。
 草原を掻き分けて、降る火矢の雨を縫い避けて、辿り着いた先にあったのは、まさしく地獄の門だった。先にも進めず、後にも戻れず、悟るのは己に課せられた頼みの崩壊。
 神の意思を全うできずに死ぬ未来は、まさしく不義に違いない。
 天義に生まれ、騎士となり、この身果てるまで心身を捧ぐと誓った末に、なんと惨い結末だろうか。他者より許されず、自身すらも己を憎み、不義の輩に腹を抉られ死んでいく。
 遠のく意識の中で、不義の男はただ一人の男として、愛した女の未来を想った。

 ――それから、幾許の月日が過ぎただろうか。

 おはよう。そう言う相手はもういない。朝日が煌びやかな窓を通して新しい一日の始まりを告げてくる。女は無言のまま、傍らで健やかに寝息を上げる幼い娘の横を過ぎた。
 痩せた指先が朝ごはんを並べていく。重ねて置いてある食器のいくつかは、使われなくなって久しい。女が使うには大きく、色合いだって似つかわしくない。皿の淵には微かに埃が積っていた。
 昔の癖で多めに買ってしまった食材が、消費しきれずに腐っていく。騎士は仕事で腹が空くからと、買い出し中にいつも隣で笑っていた。持ち慣れない重さで今もなんだか腕が痛い。
 重たい足を引きずって、愛娘のリリーを起こす。むにゃむにゃと眠たげに娘は目をこすり、おかあさんと甘えた声を出した。この時ばかりは少しだけ、安らぐ心地がするようだ。
 けれど、安息は瞬時になくなる。
「おかあさん、おとうさんは?」
 泡沫のように呆気なく、娘の無邪気な問いかけが女の心を黒く塗りつぶしていった。
「――ええ。まだ、お仕事みたい」
 今日もそんな嘘を吐く。
 まだ五つにも満たない娘を抱いて光降り注ぐ外に出る。反して女の足は愚鈍だ。今にも引き返してしまいたいと、視線が名残惜し気に部屋の中の暗がりを見る。
 毎日のように繰り返していた祈りの日々が、女の足を動かした。そんな女を見てひそひそと囀る近所の人々は、もうこの数日では日常茶飯事だ。時折聞こえる不義の言葉が、彼女の背中を突き刺した。
 誰かが言った。子のいる家庭とは健全でなくてはならないと。母がいて、父がいて、当たり前でなくてはならないと。
 誰かが言った。不完全な家庭は悪であると。早く正しい形へと戻さなくてはならないと。
 女は敬虔な信者であった。なればこそ、余計に今の状態が辛かろうと、女を取り巻く者たちはこぞって新しい『父親』を勧めた。
「はす向かいの息子さん、最近騎士になったそうよ」
「そういえば親戚の子がそろそろ嫁が欲しいと言っていたわ」
「ねえマリア、リリーのためにも再婚すべきよ」
 そうして口々に言うのだ、昔の男のことなど忘れろと。
「ありがとう、考えてみるわ」
 こうして女の、マリアの心は少しずつ穢れていった。
 全てが善意であるからこそ、マリアには否定することなどできなかった。もし自分に夫を失った友がいたら、同じように再婚を勧めただろうことは理解できた。だってその状態は、不義だから。健全な家庭とは言い難いから。
 でも。
「私は……」
 心が理解に追いつかない。マリアにとって最愛は彼だけであり、失ってなお恋しい存在であり、代わりなどいないのだ。
 祈りの聖堂へ向かう途中、もう幾度めかも分からない言葉に、マリアは曖昧に微笑んで返す。胸がじくじくと痛みを訴えた。
 ふらつく足元を誤魔化して、涙が零れ落ちそうな目をしっかりと見開いて、一歩、日向へと進んだ先で、マリアはついに足を止めた。
「ねえママ、今日はパパと遊びたい!」
「ふふっそうね。パパ、今日は早く帰ってくるって」
「やったあ!」
 それは、もう自分には訪れない幸福。同じ祈りの聖堂への道を辿りながら、マリア達がもう持ちえない幸せの図式。
 きらきらと輝いて見えた。視界が歪んで、もう耐えられないのだと心が訴えた。分かってる。分かってた。でも受け入れがたかった。それももう、認めざるを得なかった。
「おかあさん?」
 リリーの声でふと我に返って優しく微笑む。そうだ、きっとこの子もあなたに会いたがっている。また三人で笑って暮らしたいに決まっている。
 それに、あなたがいれば、何もかもをやり直すことだってできるのだ。出会い、結ばれ、愛を誓う、その時から。失ったのなら、取り戻せばいい。
「大丈夫よ、リリー。もうすぐ、お父さんが、帰ってくるの」
「本当っ?」
「ええ。だから、お母さんと一緒にいましょうね。リリー」
 嬉しそうな声を聞きながら、マリアはリリーの頭を撫でる。いつも辿る日向の道から足を外し、日陰の道を歩いていく。これが天義に反することだとしてもかまわない。

 私は――ただ、あなたに会いたい。

●罪の在り処
 どこか古めかしいタブレットを操作しながら、雨(p3n000030)は時折空を見上げた。窓向こうの空は今にも泣きだしそうな様相をしている。雨詠みの力もそう告げていた。
「どう足掻いても、彼女の心を掬い取ることは出来ないだろうね」
 事の顛末を仔細に述べた雨は、依頼書の結果をベネディクト=レベンディス=マナガルム (p3p008160)らへと手渡した。
 天義で起こるひとつのちっぽけな事件。数多生きるこの世界では、記録の片隅にしか残らないような事件だが、きっと当事者たちの心にはしっかりと傷を残していくのだろう。
 それが、幸か不幸かは分からない。
「目的は、やはり……」
「うん。元聖騎士の……いや、愛したヒトの、奪還」
 聖都フォン・ルーベルグよりやや郊外へと向かう先、宿場町とも言える天義領内の街で、不審な動きがちらほら見られた。その兆候を掴んだイレギュラーズは情報屋へと捜査を依頼したという訳だ。
 その結果、判明したのが件の事。敬虔な信者として名の知られていた女マリアの話は案外すぐに手に入った。
「表立ってはいないけれど、どうやら既に目途は立っているみたい。動く前にこちらが動いてしまえば、慎重な彼女は恐らく事に及ばない」
 しかし、それでは解決にならないのだと雨は続ける。
 この事件が起こることは確定的で、後はタイミングだけ。イレギュラーズが先んじて牽制してしまえば今は平和に終わるが、後に唐突かつ急速に芽は成長して街に混乱を齎すだろう。
「ふむ。であれば、いつ頃動き出せばよいかの?」
 雨が差し出したタブレットを指先でいじりながら、アカツキ・アマギ (p3p008034)が首を傾げた。表示されたマップにはいくつか印がついており、今回マリアが利用するであろう建物がリストアップされている。
「次の満月、丑三つ時。各建物内にそれぞれ数人……蘇生のための生贄を捕えている」
 雨の指先が印から印をなぞるように動くと、印の配置からピンときたアカツキが代わりとばかりにすべての印をなぞっていく。ちょうど、六芒星が作られた。儀式用の配置という訳か。
「ごめん、きみたちが到着後まもなく、儀式は始まってしまう。生贄に捕まってるヒトたちを助けたければ、始まってそう時間も経たない内に救出しないと間に合わない」
 建物から建物の距離はそう遠くない。一直線に走れるような街の作りにはなっていないが、全力で走れば猶予はあるだろう。地図は一応、古い物ではあるが取得してある。
「……用意は、周到なのですね?」
「その通り」
 話を聞き、クラリーチェ・カヴァッツァ (p3p000236)は起こりうる可能性を思案する。無辜の人々を助けたいと願うなら、相応の準備と覚悟が必要だ。
 リースリット・エウリア・ファーレル (p3p001984)もまた眉根を寄せて思考を巡らせる。イレギュラーズとしての最低ラインは『暗黒神官を倒す事』だと告げられたが、出来る事なら最善最良の策を取りたい。それはここにいる一同全員が考えたことだろう。
「彼女は、どこに?」
「分からない。どこかの建物の中に、とだけ」
 不確定要素は多い。突然捕えられた人々だって、何が起こっているのか分からずにパニックに陥ってる可能性もあるだろう。考えられる限りを尽くして行くべきか。
「……」
 幾許かの沈黙。思うところはあるのだろう、天義に生まれ、正義を重んじ生きてきたサクラ (p3p005004)にとって、他人事とは言えない距離感だ。騎士の父と優しい母――考えるだけ意味のない行為ではあるが、もしかしたら、だなんてふと頭を過る。
「会いたいって気持ち、私は否定できないな……」
「ああ。でも、それを理由に許されることでもない」
 慈しむ笑みを浮かべたマリアの写真を見つめ、ポテト=アークライト (p3p000294)はそっと唇を噛む。彼女の気持ちを痛いほど理解できてしまうからこそ、救ってあげたかったけれど、告げられた事実はもう間に合わないということだけ。
 彼女はもう、天義の教義に反した。
 数秒彷徨った指先が、リゲル=アークライト (p3p000442)の裾を掴む。震えた指先は暖かく大きな掌に包まれた。視線は交差せずとも、そこに込められた意味をポテトは知っている。リゲルもまた、小さく頷くに留めた。
「この人は、歩めなくなってしまったんだね」
 もし、誰かがマリアの心に寄り添って、今はまだそのままでもいいのだと言ってくれたら。
 もし、誰かがマリアの手を取って、気持ちが落ち着くまで一緒にいてあげると傍にいたら。
 支えてくれる誰かがいる、その価値は確かに知っている。スティア・エイル・ヴァークライト (p3p001034)のマリアを見つめる瞳は静謐さを湛えていた。
「これ以上、罪を重ねる前に」
「ああ。……往こう、せめてもの手向けをする為に」
 よろしくね、と雨が差し出した資料を、ベネディクトが受け取った。これは彼らにしかできないことで、その結末がどう転ぶかは、集うイレギュラーズに託された。

GMコメント

リクエストありがとうございました!
物語の結末を決めるのは、皆様にお任せします。歩む道筋をお見せください。

●成功条件
暗黒神官マリアを倒す

●暗黒神官マリアについて
OPにあるとおりです。数カ月前に愛する夫を失い、愛娘と共に生きていました。
数々の善性によるアドバイスにより心を擦り減らし、恋人であり夫である元聖騎士を取り戻そうとしています。

●事前情報
生贄の人数は不明です。マリアの住む近所の人々であることは分かっています。
マリアが利用する建物が6か所、六芒星を描くように配置されており、その中に数人程度入れられることが確認できています。
普通の住宅街のようになっており、建物から建物まで、地上からでは一直線に向かうことは難しいです。地図は取得済み。
到着後、すぐに儀式が始まります。猶予は5分程度と短く、悠長にしている暇はないと思って頂いて良いでしょう。
時間帯は夜、満月が空に輝く丑三つ時です。人気はないようです。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
齎された情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 祈りの墓場完了
  • GM名祈雨
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年07月26日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者
ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
蒼輝聖光
リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)
紅炎の勇者
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
アカツキ・アマギ(p3p008034)
焔雀護
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
黒き葬牙

リプレイ


 情報屋から知らされた場所へと辿り着いた途端、身体は妙な重さを感じたことだろう。うねるような空気の流れをその肌に感じ、クラリーチェは眉根を寄せた。他者の命を愚弄する魔術が始まろうとしている。
「全く、せっかちじゃのう」
 やれやれと言わんばかりに肩を竦めたアカツキがクラリーチェと共に集団から離脱する。
 こんな夜更けだ。灯がついている家屋のほうが少ない。地図でいちいち確認せずとも、目的地へは容易く辿り着いた。
 迷っている暇はない。扉に手を掛けてみるものの、当然のごとく鍵がかかっており開く気配は全くない。中から短い悲鳴が聞こえた。
「行きましょう、アカツキさん」
「うむ」
 多少行儀が悪くとも仕方ないだろう。アカツキの手元に赤と青の光が渦巻き、扉めがけて業火と呼ぶべき焔が放たれる。破壊的な魔術に相応しく、扉は跡形もなく消し飛んだ。
 混乱が場を支配する――その前に。土埃を巻き、クラリーチェが素早く室内へと飛び込む。
「皆さんを助けに来ました」
 向けられる敵意が薄まっていく。晴れた視界に、マリアの姿は存在しなかった。
 二手に分かれたチームを見送って、ポテトとリゲルは六芒星のちょうど中央と思われる付近を陣取っていた。マリアの姿はここにもない。リースリットの予測は外れたようだった。
「頼む、マリアたちを探してくれ……!」
 両手を組み、祈る形で精霊へと語り掛けたポテトの傍で、リゲルは狼煙がないことを確認して空へと蹴り上がる。光の翼と淡く優しい光が周囲を照らした。
 マリアとリリーを助けたい。ポテトの強い思いが精霊たちへと伝わって、縦横無尽に広がっていく。見つかったとの報が来るまでは、なんとも落ち着かない時間だ。
「リゲル、そちらはどうだ?」
「見える範囲には見当たらないね」
 月灯りの雫のお陰で、探索に難はない。救出は他の班に任せた。今自分たちに出来ることは、より早くマリアの居場所を特定し、その動きを制限することだ。
「……もどかしいね」
「うん」
 同時刻。
 壁に刻まれた赤い紋へと向けてリースリットは出来るだけ原型が残らぬように術を放つ。何かしらの祭壇、あるいは標があると踏んでいた彼女がそれを見つけ出すのは容易かった。しかし、流れる魔力の気配は未だ健在だ。
「どうだ?」
「時間稼ぎにはなりそうですが、止まる気配はありません」
 生贄を移動したほうが確実だろうか。同班のベネディクトに任せていた救出に合流し、リースリットは祝福をあげる。怯えた表情に固まっていた人たちの顔が、癒しの力で少しだけ和らいだ。
 修道服をまとった女はいたが、状況的にマリアではなさそうだ。まとまらない言葉で元々は同胞であった彼女の名前を幾度と口にしていた。
「どうか、裁きを……!」
 その言葉に合意して、口々に解放された人々が声を上げる。彼女らが求めるのは不義の輩への天誅だ。
 誰しもが直ぐに前を向いて、歩んでいける訳ではない。それを理解しているからこそ、ベネディクトの胸中は複雑であった。マリアをそう追い込んだのが自分たちなのだという自覚もない人たちを、今は目的に従って外へと誘導する。
 大切な者を失ってしまう悲しみを、どれだけの人が知っているというのだろう?
「急ぐぞ。――彼女を、止めなくては」
 空には精霊たちの淡い光とリゲルの姿があるだけだ。狼煙は未だ、上がっていない。
 ベネディクトとリースリットが次の棟へと駆け出した頃合いに、スティアとサクラも生贄となった人々の救出を終えていた。意識がない者も中にはおり、怪我の具合も人それぞれだ。抵抗されなお強行したのだろう。
 マリアの意志の強さが窺えた。絶対に取り戻すのだという、悲しき願いの強さが。
「きっと、誰もが彼女を幸福にしたかっただけなのに」
「うん。だから、絶対止めようね」
 このまま儀式が進んでしまえば、よくない未来が待っている。最悪の事態がどういうものかを、スティアは誰よりも身を以て知っていた。不義には罰を。制裁を。それは変わらぬ天義の意志だ。
 ポイントで言えば5の家屋に辿り着いたとき、二人は特に掛け声もなく扉へと突っ込んだ。先ほどの場所がそうだったからと、二人して鍵を壊して乗り込む算段ではあったが、扉は予想に反して簡単に開く。眼前には、転がる人々とそれを見下ろす一人のシスターがいた。
「……誰?」
 息を呑む。事前に知らされた姿がそこにはあった。
「っ、サクラちゃん!」
「任せて!」
 スティアとサクラの行動は素早かった。事前に決めた役割通り、サクラは踵を返して狼煙に手をかける。煙が空へと立ち上るよりも早く、異変に気付いたリゲルがホバリングから反転中心へと降りていった。あとはざわめく精霊たちが道案内してくれる。
 足止めはそう時間も経たずに到着するだろう。中央で待機していたのが功を為した。
 スティアはと言えば、マリアと対峙したまま機を伺っていた。連れ込まれた人々はマリアを挟んで向こう側。下手に攻撃すれば、人質に取られる可能性は高いだろう。
 何より、マリアの傍にはリリーがいた。
「マリアさん、リリーちゃんのためにもこれ以上罪を重ねないで!」
「……知ってるのね、私のこと。それなら――どうか、止めないで!」


 決意の籠った叫びと共に、マリアはリリーの手を放して剣を手にした。どこか古びて、手入れもなされていない剣。しかし、天義に生きる人々にとっては見知ったものに違いない。
 これは、騎士の剣だ。
 間違えようもない意匠のそれは、経緯を知るスティアにとって誰のものなのか推測に易い。
「どうして……父親だけじゃなくて、母親までいなくなっちゃうつもり!?」
 引きずる剣先、慣れない戦い。どう見てもスティアの優勢のように思えるが、不義に身を落とした彼女の手段を択ばない意志は救出の際にひしひしと感じた。下手に動けば、犠牲が出る。それに彼女だってなりふり構ってはいられないはず。
 どうか、同じことを繰り返さないように。
 母の形見と、そうサクラから語られた指輪をぎゅっと握りしめる。選ぶ手段は、攻撃ではなく守護だ。
 ――力を貸して、お母様。
 ふわりと、花びらが散る。精霊たちの淡い光とはまた違う、暖かな灯を伴った魔力の残滓が暗黒神官の術式に塗れた室内を照らす。
「わあ……!」
 そんな幻想的な光景に声を上げたのはリリーだ。未だ状況を把握していない少女にとっては、目の前のものがすべてである。
「おかあさん、すごいね。ねえ、……おかあさん?」
「……」
 はしゃぐリリーには見向きもせず、マリアはじっとスティアの方をねめつける。
 マリアの意識がスティアに集中している間、サクラは別ルートからの侵入を試みていた。このまま室内で戦闘になったら、生贄に集められた人たちが危ない。
「絶対罪を犯させはしないから」
 してしまったことは覆らない。けれど、まだ間に合うものはたくさんある。
「サクラ」
「リゲルくん、ポテトさん!」
 他所からの合流は、全員が暗所対策をしていたこともあり思いのほかスムーズに進んだ。救出にあたっている班の合流はもう少し先だろう。リゲルには表に、ポテトは一緒に来てもらうことにして、サクラは目の前の生贄に集中する。
 リゲルがスティアの加勢に入るのと同時、サクラもポテトと共に屋内へと侵入する。都合よく裏口などは存在しなかったため、少々躊躇われたが壁をぶちぬいた。
 禍々しいだけの空間が、清廉なる花々に上書きされていく。それをマリアが好しとしないのは当然のことだ。
「どうして……邪魔をするの!」
「マリア、こんなことをしてもお前の夫は帰ってこない!」
 サクラが床に転がる人々を外へと誘導している間、ポテトはその間に割り込んで手を出させないように壁となる。儀式に必要なものが目前で崩されようとしているのだ、マリアの意識は当然サクラへと向いた。
「マリア」
 そこへすかさずリゲルがフォローに入る。心の内側に入り込んで感情を高ぶらせる声は、情動に揺れるマリアに大いに影響を及ぼした。サクラとポテトの方へ向いた剣先が、リゲルへと向けられる。
「貴方を止めます」
「止める? あなたに何がわかるっていうの?」
 魔術により裏打ちされたマリアの剣が振り下ろされる。不殺を誓うとは言え、今のままでは平行線だ。銀閃の騎士の美しき剣と、亡き聖騎士の錆びた剣が交わり鈍い音を響かせた。
 想像よりも重く、強い。暗黒神官へと身を落とし、このままではいずれ人間として存在することも危うくなってくる。
「――旦那様は、とても素敵な方だったのですね」
 受け止める剣の重みには、マリアだけではない、彼女の愛した人が振るった年月が籠っている。それを確りと受け止めて、リゲルは言の葉を続けた。
「想い続ける気持ちは誰に阻害されるものでもない。何より貴方には忘れ形見であるリリーさんが」
「いいえ!」
 それは、叫びだった。
「阻害、されるのよ。リリーがいるから、――いる所為で! 早く忘れろと詰られる!」
 泣きじゃくる声にも近い叫びが怨嗟のようにマリアの口から語られる。やりようのない怒りの矛先が向かったのは、本人の口から飛び出した娘のリリーだ。突然の怒鳴り声に驚いて身を竦ませるリリーへと向け、銀閃をはじいたマリアの剣が迫る。
「リリー!」
 剣は、少女の首を切り飛ばせなかった。
「――……間に合ったか」
 救出を終え、その勢いのまま突入したベネディクトが槍の穂先をねじ込んだのだ。咄嗟にリリーを庇ったポテトが少女を抱えたまま尻餅をつく。最悪の事態は防がれた。
 何が起こったのか、何をされそうになったのか、訳も分からないリリーをサクラへと預け、ポテトは無言で立ち上がる。
 ぱちん、と短い音がした。
「何をしたのか……わかっているな?」
 戦うのでも守るのでもなく、ポテトはただ一人の人としてマリアの前に立っていた。今の行為が意味するところを、その頭で考えろと、思わず手が出た。
「あ、」
 マリアの瞳孔が収縮し、短い呼気が零れる。柄を握る手から一瞬力が抜けた。
 殺そうとした。実の、娘を。
「……マリアさん」
 追いついたリースリットがその名を呼べば、はっと肩を跳ねさせて、マリアはその場にいる全員から距離を取る。言い訳のようになにやら文にならない言葉を連ね、やがてぴたりと動きが止まった。
「――あ、あ、ああああああああ!!!!」
 錯乱という言葉がどうやら相応しい。ややに遅れて辿り着いたアカツキとクラリーチェが驚いたようにマリアを見た。落ち着いて状況を探る暇もなく、マリアが剣に魔術を奔らせて飛び込んでくる。
 武器を隠して、などと悠長にしている暇はなかった。剣筋は先ほどよりも洗練され、的確に急所を狙ってくる。傷付いた仲間を癒し、クラリーチェもまた鐘を手にマリアと相対した。
「ふむ、心情と愛の板挟みで、娘の為に生きるという選択すらも見失ったかのう」
 終始その場にいたスティアから簡単な状況説明を貰い、アカツキはじっとマリアを見る。なるべく傷つけないように、とはいえ、少々厄介な状況になってきたらしい。
 がむしゃらに振るう剣を受け流し、時には受け、イレギュラーズは防戦に入る。そこにいる誰もがマリアを諦めなかった。本人はとうに諦めているというのに。早く殺してほしいとでも言うかのような大仰な隙を、誰もが認めて見ぬフリをした。
 剣戟の音の中で、回復に努めるスティアとポテト、クラリーチェの耳に小さな声が届いた。見れば、捕まっていた人々と共に逃がしたはずのリリーが壁の向こう側から顔を覗かせている。
「リリーちゃん、危ないから下がっててね」
「……」
「リリー?」
 少女は、じっと母親を見つめる。半狂乱で切りかかるマリアから、目を逸らさずに。
 それからややあと口を開いた。
「おかあさんを、いじめないで……」
 震えていたけれど、確かにそう言葉にして、近くにいたクラリーチェの服の裾を引っ張る。少女なりの、ささやかな反抗。ベネディクトとスイッチするように下がったサクラがリリーに気付き、目線を合わせるようにしてしゃがむ。
「私達、お母さんを叱らないといけないの」
「どうして?」
「お母さんを止めないと、沢山のお友達がお母さんやお父さんと会えなくなっちゃうから」
 貴方がお父さんと会えないように。その言葉に、リリーは静かに俯いた。もうきっと、気付いていたのだ。幼いながらも、リリーだって成長する人間なのだから。
「……わかって、くれますか?」
 戦線へと復帰したサクラに代わり、クラリーチェが声をかければ少女は小さく頷いた。


「……心優しい子なのだな」
「ああ。それに、つよい子だ」
 切り結ぶ中で、リリーとのやりとりを盗み見たベネディクトがふと咲う。愛情をかけ、幸せな家庭に育ったのであろうことが少女の姿から見受けられた。益々、止めなくてはならないと思う。
「マリア、聞け。死者は決して、以前と同じ様な形では蘇らない」
 キィンと鋼同士がぶつかる金属音が辺りに響く。逆ベクトルの力を力でねじ伏せ、マリアの持つ聖騎士の剣先を地面へと叩きつけた。
「辛いのは解る、無かった事になど出来やしない」
 それでも、前を向いて歩かなくては。世界は立ち止まってはくれないが、置いていくこともない。それなら、歩める心がついてくるまで、過去を振り返り、歩んできた道を想ったっていいはずだ。
「起こらぬ奇跡を願うより、今、貴女の元にあるものを見てほしい」
「独り身が不義だというのなら、俺がまわりへ説得します」
 跳ねた刃を白銀が受け、鍔迫り合いへと持ち込む。話を聞いてくれるなら、傷つける必要はない。
 彼らの言葉は確実にマリアの心を解かしていた。それでも引けないのは、愛しい人を諦めきれない心からか。
「貴方は自分の心のまま堂々と生きればいい。それが正義でなくして何なのか!」
 不揃いでは不義? 不完全は悪? ――一体、誰が決めたのだろう。
 いくらだって免罪符はある。謀略による不正義が正義と認められたように、マリアが心のままに愛を慈しみ生きる世界があってもいい筈だ。
 勢いを失ったマリアを見て、ポテトが一歩彼女へ近付く。
「第三者が言う完璧な家庭なんて気にするな」
「でも、だって……!」
 縋るような声が上がる。マリアの剣先が迷いで揺れ、地面を擦った。
「お前とリリーと彼との思いでと愛情で、お前たちだけの幸せな家庭を築けば良いんだ」
 だからどうかと、マリアの掌に触れた。肩が跳ねたが、振り払われることはなかった。 攻撃が止む。目を合わせたイレギュラーズは互いに武器を下した。これ以上、双方が傷付く必要はない。
「灯台下暗しじゃの」
 靴音を鳴らし、軽い足取りでマリアへ近付いたアカツキが覗き込む。安心させるように笑んだアカツキは、背伸びをしてマリアの頭を二度撫でた。
「お主の気持ちが分かるとは言わん」
 ズバッと言ってしまうのは彼女らしさか。
「じゃがな、失ったものへの悲しみを、愛を。他者を傷つける言い訳にするんじゃない!」
 撫でていた掌がぺんっと叩くものになる。が、それだけ。分かったかの、と今一度覗き込めば、その瞳には透明な雫が溜まっていた。
「私も、伴侶を失った事のない私にも、貴女の気持ちがわかるとは言えません」
 マリアの様子に気付いたサクラがおずおずと傍に寄る。その横にはリリーがいた。
「でも父を失い、母を失った娘の気持ちはわかります。どうか、リリーちゃんの傍にいてあげてください」
「うん。私も、そう思うよ」
 同調するのはスティアだ。彼女もまた、似たような境遇を持つ。
「マリアさんは、リリーちゃんの笑顔に救われなかった? 大事、じゃなかった?」
「そんなこと、」
「ない、よね。なら、もう分かってるはずだよ」
 その言葉とかぶるように、カランと剣の落ちる音がした。マリアがついぞ手放さなかった聖騎士の剣。過去の、愛しい人の遺品。
 それを発端に周囲の魔力が霧散していく。組み上げた六芒星も、もはや使い物にならない。誰一人命を散らすことなく、全ては終わったのだ。怒りのお陰か、強行した形跡もなかった。
 とはいえ、術式を壊しておいたリースリットのお陰で、強行されたとて何かが召喚されることもないのだが。術者の行方、儀式の経過を気にかけていたリースリットは楔となっていた剣を拾い上げ布で包む。このまま押収してしまってもいいが、行く末は司法に任せるべきだ。
「生きている限り、別れは何度でも体験します。生きとし生けるものは出会いと別れを繰り返すもの……」
 だからこそ、生命の営みは尊く愛しい。いつか誰しもが天へ還る為の旅路を歩むのだとしても、その過程を蔑ろにするのは冒涜だ。なればこそ、その日がくるまで、傍の小さい命を愛おしんでほしいと願う。
 クラリーチェが手を差し出す。マリアの手がそうと差し出された。


 マリアについては、司法の判断に委ねる事となった。人を殺める罪こそ冒してはいないものの、多数を傷つけ、攫った事実は消えない。
 ポテトの言い添えもあって、即断罪などということにはならないだろう。離れ離れになってしまうことは避けられないが。
「あの」
 別れの日。
「リリーのこと……お願いします。わがまま言って、すみません」
 目を赤くしたマリアは静かに頭を下げた。そうして暫く、顔を上げれば嫋やかに笑う。
「この子とまた、――生きる為に」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様でした。マリアの命すらも手放さない選択肢、実に勇敢でした。
果たして悪は誰だったのか。正義とは一体なんなのか。
皆様のお答えに応えられたらと思います。

マリアの行末はきっと明るいものへと変わっていくでしょう。
彼女がいつリリーと共に過ごせるかはわかりませんが、そんないつかは必ず来るはずです。
それまでの間のリリーの行末は皆様にお任せします。

それでは、長らくお待たせいたしましたが、リクエストありがとうございました!

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