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シナリオ詳細

<月蝕アグノシア>誰がためのヒーロー

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●ヒーローはいつだって助けに来てくれる
 それは一つの事件から始まった。
 妖精郷アルヴィオンから深緑への瞬間旅行を可能とする虹の門――アーカンシェルが魔物に襲撃され、ストレリチアという妖精が保護された。
 そしてその後も類似の事件が頻発し、迷宮森林警備隊からローレットのイレギュラーズに解決を依頼する。
 これを無事解決していくイレギュラーズ達。そしてその中で魔種『ブルーベル』と、同じく魔種である『タータリクス』という錬金術師の差し金であろうと突き止めたのだった。
 タータリクスの魔物による「イレギュラーズの体の一部を採取する」という不可解な行動、魔種達のアーカンシェル強行突破による機能停止。帰り道をなくした妖精達の助けを受けて、イレギュラーズ達は『大迷宮ヘイムダリオン』を踏破し遂に妖精郷アルヴィオンへと至ったのである。
 妖精郷と深緑間の転移装置を開通させ、これで一段落――というわけにはいかなかった。
 時をおいて暫くして、妖精達が深緑へと逃げ込んで来たのだ。
 その内の一人女王の侍女であるフロックスからもたらされた情報は、風雲急を告げるものだった。
 一つは、女王が捕えられ、妖精の町『エウィン』にある『月夜の塔』へと幽閉されてしまった事。
 もう一つは、妖精達の『命』を使い、人間そっくりの形をした『白い怪物(アルベド)』が現われた事だった。
 妖精達からの願いごとは一つ。
 ――女王様や友達を助けて欲しい。
 魔種が関わっている以上、思うがままにさせるわけにはいかない。『滅びのアーク』増大を阻止するため、世界存続の可能性『パンドラ』を蒐集するため。ローレットは電撃的な速攻による救出作戦を決めたのだった。

●花摘む少女は檻の中
 一触即発しそうな張り詰めた空気を纏った『砂礫の鴉』バシル・ハーフィズ(p3n000139)がイレギュラーズ達の前に現われたのが先刻のこと。
「前にもこういった、頭痛がしそうな騒がしい奴を連れてきたことがあったっけな」
 ため息と共に癖毛を乱暴にかき混ぜると、バシルは重い口調で語り始めた。
「俺から皆に依頼するのは人間そっくりの形をした『白い怪物(アルベド)』に関してだ」
 イレギュラーズの一部を持ち帰る奇妙な魔物を覚えているだろうか。持ち帰った細胞を培養し素体に、妖精を不思議な力で丸めて核にしたものを埋め込む。それが、アルベドというモンスターのレシピだ。
「もう聞いている奴もいるだろうが、コイツには妖精の『命』が材料として使われている。妖精郷に返った花摘みの少女『フィーリ』が核になった、『アレクシア・アトリー・アバークロンビー』の姿をしたアルベドが現われる。これに対処して欲しい」
 アレクシアと共に現われるのは粘土で作り上げたような白い魔物、アレクシアの一部を持ち帰ったモンスターと同じモノだ。アルベドの失敗作として作られたは彼らにフェアリーシードは無いが、自律人形として戦うことが出来る。
 バシルが「アレクシア・アルベド」と仮称したその個体は耐久力に優れ、ヒーローを夢見ており魔物を守るように立ち回る。
「能力的にも採取した当時のアレクシアに似ているな。自身に敵愾心を集め盾になる、シンプルだが優秀な盾役だ。加えて作られた素体は頑丈でスペックも高く強敵だな。
 魔種の命令に従うように思考を抑制されているが、ヒーローに憧れるなどある程度の類似点があるようだ」
 バシルは煙草に火を付けると、深く煙を吸い込んでゆっくりと吐き出した。そうして暫く黙していたが、やがて意を決した様子で再び口を開いた。
「アルベドを機能停止させるには仮初めの命の核となる部分――人でいう心臓を破壊することだ。それは同時に妖精の死を意味する。
 今回の目的はあくまでアルベドの機能停止だ。もし、破壊する意外の方法でフィーリを救出したいなら呼びかけるといい。アイツの意識が少しでも声に反応したらフェアリーシードのある場所が薄く光るだろう。それをアルベドから取り出せば機能停止させることが出来る。アレクシア・アルベドを弱らせ、フィーリが応え、伸ばした手を取れたとしたら或いは……。可能性としては低い、困難であるとだけ言っておこう」
 口元に寄せた火をぼんやりと眺めた彼は、半ば心ここにあらずといった様子だった。だがそれを紛らわせながら、バシルは自らの役目を全うする。
「どいつもこいつも頭痛の種を持ち込みやがって……ッたく、大人しく帰っていられれば俺がこんな事を頼むことも無かったんだがな。
 ――いや、忘れろ。とにかく俺が散々気を揉んだんだ、これ以上帰ってこれない奴が増えないよう気をつけって行ってこい」
 それだけは忘れるなと念を押すと、フィルターが焦げ付くまで火を点し続けた。

●憧れと現実の狭間
 湖畔の町エウィンから少し外れた花畑の中に、妖精達の大きさとは不似合いな程巨大な――人間サイズの手狭な家がぽつんと建っていた。
 入り口に小さく『図書室』と掲げられたその部屋には、本棚が立ち並び様々な本が収められていた。
 色とりどりの花が咲き乱れ、暖かな風に幸せそうに揺れている。
 黄金色の日差しが窓から差し込み、思わずうたた寝してしまいそうになる。いけない、まだもう少しこの物語の続きを読んでいたいから――もう少し待っていて欲しい。
 もうすぐヒーローが悪を倒して困っている人たちが解放されそうなんだ。
 鋭い剣の一撃、限界まで練り上げられた魔力の炎が到達すればハッピーエンドはすぐそこに。
 文字を追うのは慣れっこだ、残り数ページを一気に読み切り「めでたし、めでたし」の文字を見送って本を閉じる。
 ああ、そういえば。
「お花を摘みに行かないと」
 理由は分らないけれど、それが大切な私の役目。
 籠を片手に立ち上がった少女は『友達』と一緒に花畑へと出た。これも大切な仕事だから、きちんとやらないと。
 でも、気になることがある。『友達』を守るヒーローになりたいと思っていても、どうやったらなれるのだろう。
「ヒーローになる為には、悪い敵がいなきゃだめなのかな」
 ねえ、と問いかけた人形達は答えない代わりに首を傾げるだけだった。

GMコメント

 お待ちしておりました、ヒーロー。水平彼方です。

●目的
 アレクシア・アルベドの機能停止。

●フィーリの救出
 フェアリーシードとなった妖精を救出する場合は、
・アレクシア・アルベドが弱っている時
・心から帰還を願いフィーリへと呼びかけ
・その声が届き、フィーリが帰還を願えば
 フェアリーシードの位置が分ります。その場所に呼びかけを行った方が触れれば救出可能です。

●ロケーション
 色とりどりの花が咲く花畑になります。見晴らしが良く、とても綺麗な場所です。

●敵
・アレクシア・アルベド×1
 『アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)』さんの細胞を元に作られたアルベドです。
 スペックは本人以上になっており、特に耐久力に優れています。
 またBSを付与しつつ、共に現われる白い魔物を庇うように立ち回ります。
・求争の白花 神特レ。【怒り】【自身を中心にレンジ2以内の敵にのみ影響】【ダメージ無し】
 花のような魔力塊を炸裂させ、周囲の敵に怒りや敵愾心を抱かせます。
・含毒の白花 神超単。【万能】【痺れ】
 魔力の花弁で穿ち、対象にBSとダメージ。

・白い魔物×2
 粘土で作り上げたのっぺりとした人型の魔物、アルベドの失敗作です。
 両腕をそれぞれ錐やナイフのように変形して攻撃してきます。
みぎうで:物近単。錐のように尖った腕で攻撃します。ダメージ大+流血
ひだりうで:物近範。細長い刃に変形させた腕で周囲を薙ぎ払います。ダメージ

●フィーリ
 『花摘む少女の帰り道』(https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/2942)
 にて迷宮森林にクリスタベルの花を摘みに来ていた妖精族の少女です。アーカンシェルを潜りアルヴィオンへと帰ったはずでした。
 元気いっぱいの女の子です。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <月蝕アグノシア>誰がためのヒーロー完了
  • GM名水平彼方
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年07月18日 22時06分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
グレン・ロジャース(p3p005709)
理想の求心者
シュテルン(p3p006791)
ブルースターは枯れ果てて
シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)
花に願いを
ハルア・フィーン(p3p007983)
おもひで

リプレイ


 りん、りん、りん。
 鈴が鳴る、軽やかに舞い上がった体に合わせて軽やかな音色が。
 花弁集めて、鍋で煮て。
 瓶に詰めて、お菓子を焼こう。
 でも、それは何でだっただろう。いまもこうして花を摘んでいるけれど、この花じゃなかったきがする。


 夏に差し掛かって久しいというのに、アルヴィオンはいまだ春の直中にあった。
 カラフルな光に目を輝かせながら、『こころの花唄』シュテルン(p3p006791)はふわふわとした足取りで皆についてきていた。
「……綺麗、場所……すごー……い……」
「斯様に美しい所で戦わねばならぬとはな。出来れば、もっと平和な事由で来たかったものだよ」
 光るキノコや色とりどりの花は御伽噺に出てくるような愛らしさが在りながら、どこもかしこも暖かな光に満ちていた。ここが戦場になることを思うと、『流麗花月』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)はため息を吐いた。
 輝ける春の風景に心を弾ませ、ともすれば花の方に夢中になってしまいそうになりながら、その度に現実に舞い戻り仲間の背中を追いかける。
「花畑で、花を摘む……。アルベドは基になった人物と封じられた妖精の影響を強く受けている……とはいうけれど。友達を守るヒーローというのは、アレクシアさんの影響ですね……」
 そこで一度言葉を切り、『終焉語り』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)はそっと腕を抱き寄せた。まるでそこに親しい人がいる、というのはまるで。
「……この悼ましさは、月光人形を思い出しますね」
 天義を震撼させた強欲に塗れた事件。いま思い出しても背筋をそろりと嫌悪感が這い上がる。
「私のアルベドか……彼女も何か考えたり、悩んだりしてるんだろうか……?」
『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)にとって大きすぎる意味をは「ヒーロー」という言葉が引っかかって仕方が無い。
 アレクシアという存在が目指すもの、焦がれるもの。慕い続けるもの。
 だがヒーローという言葉の意味も理由も、何も知らずに追いかけているのだとしたら。それは歪んだ幻想に他ならない。
「でも、妖精の命、使う、とても、ひどい、思うっ! シュテ、助ける、するー!」
 拙い口調で憤慨するシュテルンの言葉に、ふっと力を入れていた表情を緩めた。
 小径の両脇に花が咲いている。その中に混ざる白い釣鐘型の花を辿りながら、イレギュラーズ達は先へと進んでいった。


 そしてたどり着いた先に見えたのは、花を摘む少女と二体の異形というメルヘンチックで在りながら悍ましい光景だった。
「アレクシア、もーひとり? まっしろ?!」
 シュテルンの驚く声に、真逆の反応を示したのは『不揃いな星辰』夢見 ルル家(p3p000016)だった。
「アレクシア殿の偽物を作って何をしようと言うのですか! 許せませんよ……!
 このアレクシア殿は拙者が没収します!」
 推しの偽物が居ると聞いて、ルル家は怒っていた。目の前にした時にこみ上げたのは、何と羨ましいという怒り――というよりも嫉妬の炎。
「ルル家君、持ちかえるのはダメだからね!?」
 他ならぬアレクシアからの返事に、ルル家は想定外だと言わんばかりに表情で訴えかけた。
「ダメですか……?」
 もしかしたら、押してダメなら引いてみよということか。今度は子犬のように目を潤ませて、上目遣いに見上げて小首を傾げる。
 しかし答えは覆されることはなく。
「おのれタータリクス……」
 がっくりと項垂れるルル家が錬金術師への恨み言を呟きながら、白い魔物へと照準を合わせる。
「一気呵成に!叩き落とします!」
 指先で星が一つ爆ぜると、一瞬の閃光の後に吸い込まれるような強烈な風が吹き荒れた。光よりも速く、蝶よりも華麗に、恒星よりも熱いルル家の星が呼び起こした爆風が、白い魔物を包みこむ。
「ダメだよ!」
 それを見たアルベドが魔物へと駆け寄ると、爆風の威力を借り、イレギュラーズ達を巻き込むようにして花弁型の魔力塊を宙に散らせた。
「貴女の事は、何とお呼びすればいいですか?」
「私? 私は……」
 はて、それは何だろうか。名前とは確か、個体に付けられる識別用の呼び方だったはず。
 私の名前は何だろう、ときょとんとした表情で白いアルベドはリースリットに問いかけた。
「友達を守るヒーローになるから、ヒーローって名前じゃないのかな」
 そういえば気にしたことがなかったな、というアルベドの言葉にリースリットは空恐ろしさを感じた。
「友達を守るヒーロー……ね」
 何の疑問も抱かず、そういうものだと思い込み、唯存在し続けるアルベドたち。
 疑えないというのは、自由の為の思考を奪うある意味幸せで、酷い枷だった。
 自分が、そしてこの子達が何故ここに居るのか、何故ここに居なければならないのか。
 しなければならない仕事があるという。その意味さえ知らず、理由もない憧れに身を浸す。
 それは何故? と問いかける者は無く、機械じみた無機質な思考は同じ事を繰り返すだけだ。
「……疑問を抱けないようにされているのは、自我の崩壊を防ぐ為なのでしょうけど」
 置き去りにされた人形のようで、なんて残酷で悲惨なのだろう。リースリットは知らず魔晶剣・緋炎を握る手に力を込めた。
 二体の魔物に向き直り、連なりうねる雷撃を放ちながら声をかけ続ける。
「貴女の内には、この世界に住んでいた妖精の子が囚われ、封じられています。
 私達は、その子を……『友人を助けに』来たのですよ」 
「私も『友達』を守るために、ヒーローになる為にみんなを守るよ」
 無邪気なその言葉を聞いて、アレクシアは閉じた聖域の、侵略を躊躇うような静謐さを纏い足を踏み出した。
 フィーリの救出には、アルベドのである『彼女』の協力も必要だ。だが、今は未だその時ではない。
「アレクシアもヒーロー好きなんだね」
 アレクシアの脇をすり抜けて、軽々とした身のこなしで『Ephemeral』ハルア・フィーン(p3p007983)が前へ出る。
「ボクも好き、こんな時だけど嬉しいな」
 小柄な体と軽やかな動きに似つかわないヴィクトリアス・フェローで敵を切り裂きながら、ハルアは真っ直ぐな言葉を紡いでいく。
「彼らが力強く吹っ飛ばすのはすごくかっこいい。
 敵じゃなくて、辛さとか重たい今を吹っ飛ばすのがだよ」
 生き生きと語るハルアの表情を、アルベドは眩しそうに見ていた。
 視線の先で白い腕が刃物のように変形し、容赦なく薙ぎ払うのを『 Cavaliere coraggioso』シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)はリキッドペインを操って剣を形成すると器用に受け止めた。
「僕は他の人達と違って、フィーリちゃんと会ったりお話したりって事は無いけど……」
 刃を滑らせ受け流しながら、すり抜け様に傾いだ体へと鋭い一撃を見舞った。
「ただ。悪行に利用された子を、見捨てたりなんてできない。僕は弱きを救い守る騎士だから……理由なんて、それだけで充分なんだ!」
 騎士として、一人の人間として。シャルティエは彼女の存在を見過ごすことが出来ない。助けたいと思ったのなら、最後までやり抜かなければならない。
「だから、助ける為に全力を尽くすよ。騎士として……光を齎す剣として!」
 愚直であろうとも、騎士道を貫くために。シャルティエは握った剣を振るい続けた。
「ヒーローとは、困難を打破する者の事を指す。悪とは、その困難の一端に過ぎん。
 そして当然ながら、それ以外の困難は幾らでも存在する」
「守ることは大変だよ、それはいま実感してる。痛いし、辛いし……いつ終わるか分らない。
 それってこんなに苦しいことなんだ。
 でも、悪い敵が居なくなれば皆が喜ぶ。ヒーローが守ってくれれば、皆が笑顔になる。その為に必要なことだったんだ」
「――否」
 それは間違いであると、汰磨羈は明瞭な声で断言する。
「故に、はっきりと言おう。悪い敵などいなくとも、ヒーローになれる」
「よく、分からない」
「それでも良い。その内の一つを、今ここで実証してみせる。
 即ち――『帰るべき命を救う』ヒーローだ」
 汰磨羈が五行の一つ、木行のマナを纏った双刀『煌輝』と血蛭を振るい、前方へと「振り抜いた一撃」自体を投射する。
 周囲を巻き込むようにして勢いを増すその一撃は雪崩の如く、雷撃を生じ膨らみ上がる熱を孕みながら空中を滑っていく。
 吹き飛ばされたアルベドを追いかけて、『不沈要塞』グレン・ロジャース(p3p005709)がすかさず行く手を阻む。
 それを見たアレクシアは赤い花の如き魔力塊を炸裂させる。白に混ざり鮮烈な赤が空間を塗り替えていく。
「みんな!」
 慌てて手を伸ばすが、グレンがそれを許さない。鋭い眼差しを受け止めながら、それでも『要塞』は動じることはない。
「ヒーローってのは難儀なもんだよな」
 グレンの声は明るく軽快を装いながら、しかし仕方が無いと自嘲するような色を滲ませていた。
「誰よりも人の幸せを願っても、人の悲劇ばっかり目に付く。誰も傷付けたくなくても、こうして戦い赴く。
 ヒーローが望まれるのは、ヒーローだと思えるのは、いつだって誰かが苦しんでる時だ」
 声が、姿が蘇る。
 追い求めた背中があった。追いかけさせてくれた壁があった。
「――立て」
 派手に打ち負かされ、地面を舐め這いつくばるグレンに厳しい声が降りかかる。
 身体中が痛み悲鳴を上げるなか何とか顔だけを声のした方へと向けると、屈強な鎧姿の男――『要塞卿』と称されるディートリヒ・フォン・ツェッペリンは槍の穂先を眼前へと突きつけた。
「何故立たぬ」
 アンタとは違うんだと叫びそうになったのを堪えて、グレンは指先を離れた剣の柄をなぞるだけだった。
 それはグレンが弱いからだ。不要だから捨てられた、いつ消えてもおかしくない命だからその日が楽しければ良いと思って生きてきた。
 なのにディートリヒは立てという、生きて護る強さを得よ宣うのだ。
 アンタみたいに強くなりたいけど、グレンは強くなれない。弱いのだ、だから諦めるほかに道はない。
 そう目で訴えるが、赤茶の瞳は鏡のように弱いグレンの姿を映しつづけている。
 己の姿を直視せよと言いたげで、グレンは居たたまれなくなって視線を逸らした。
「『要塞』とは、戦時下以外では無用の長物とされる」
 何のことだ、と眉を潜めたグレンにディートリヒは言葉を続けた。
「侵略国家としての鉄帝においては、特に防衛より侵攻のほうが求められる。
 目に見える華々しい戦功ほど他者に評価される。だが……」
 固い金属音と共に、何かが目の前に差し出される。
「求められ在るべき時に在る事で護る。
 求められずともそこに在る事で護る。
 共に等しく同じ事であり、『本物の』や『本当の』など言葉遊びに過ぎない」
 要塞とは、人の心を護るのだ。安心して暮らせる家や、子どもの手を引いて歩ける道を作るために存在し続けなければならない。
 護られている安心があるからこそ、人は豊かな心を育んで行くことが出来る。
 かつて、己が身を護ることに必死になっていたグレンの枯れた心に、ディートリヒの言葉が水のように沁みていく。
「矛と盾は共に備えてこそ意味がある。その上でどう使うか。
 己の在り方は己で定義しろ」
 そうだ、ヒーローとは――。
「ヒーローってのは行動じゃない。在り方だ」
「自分の為のヒーローなんてのは、自己満足に過ぎない。
 まっ、コイツは自戒さ。だからこそ俺はヒーローになり切れない。
 できるのは精々……ヒーローらしく振る舞うぐらいでな」
 まだ未熟なグレンは、到底ヒーローを名乗ることは出来そうにない。舞台の端役として、為すべき事を為すだけだ。
「その妖精には、帰るべき場所がある。
 アルベドよ。御主に、その妖精を救う覚悟はあるか?」
 汰磨羈の問いかけにアルベドは答えない。二人を拒絶するように、毒を含んだ白い花を弾けさせた。
「無ければ、『彼女』こそがその困難を成すだろうさ」
 返答代わりの痛みを受け止めて、汰磨羈は静かに現実を語った。
「でもって『本物のヒーロー』の見せ場に、花を添えるだけさ!」
 快活な声と反する暗鬱な表情の少女は、離れた戦場を見やって苦々しげに歯がみした。


 花がもたらす怒りの感情でアレクシアが注意を引き付けていたものの、仲間へと攻撃が向けられる度に心が軋む思いがした。
 気が向くままにあちこち狙ってはイレギュラーズ達を傷つけ、その傷をシュテルンの唄が癒やしていく。
「早くアレクシア殿を持ち替えり……じゃなかった、フィーリ殿の救出に行きたいのですが中々にしぶといですね」
 爆発に魔物を巻き込みながら、唇を尖らせた。相手には相当なダメージを与えたはずなのに、それらはしぶとく生き残っている。
「この程度の傷で止まっていられない」
 痛む体を叱咤しながら、リースリットは目の前の敵を倒すことに集中する。
 呪われた赤目の忌み子として蔑まれようと、慈しんでくれた父の役に立ちたいと磨き上げた魔術の技。
 芳しくないこの状況打破するために、リースリットは魔晶核を用い魔力を増幅させ戦況に一石を投じる。
「ここは一気に片を付けてしまいましょう」
 言葉を実行するかのような、圧倒的な破壊力を秘めた魔法が炸裂する。
 一体の魔物を葬り去ったその力を見て、残る一体がシュテルンへと迫る。
「あっ……」
 鋭く尖った魔物の腕がシュテルンの華奢な体を貫いた。悲鳴を上げてよろめく彼女に再び凶手が迫る中、シャルティエが手を伸ばすも届かない。
「シュテルンさん!」
 叫ぶシャルティエの声が遠くなり、だんだん視界に闇が降りていく。
 花畑に降り注ぐ陽光は明るく暖かだったはずなのに、シュテルンはいつの間にか暗く閉ざされたの中へと繋がれていた。
 澄んだ歌声が狭い空間に反響して、一人の歌声が二重三重に重なり合い空から降るように響き合う。
 天上から降り注ぐ美しいコラールで満たされ紡がれる清廉な祈り。
「シュテ、深緑、ここ、初めて、違う」
 知らないはずなのに、シュテルンはこの場所を『知っている』。
 不安で震える指先でドレスの胸元を握り締め、不安げに辺りを見回した。
 名前を呼ばれた気がして、そちらの方を振り返るとぼんやりと人のシルエットが浮かび上がってくる。
 お父様。
 名前も知らない、シュテルンのお父様。
 そうシュテルンはここで歌っていた。そう言われていたから、かみさまの為に祈れ、歌えと言われたから。
 とても怖い、怖い人。でも、本当はもっと暖かくて、優しい――
『シュテルン、──!! だから──!!』
 記憶を辿ろうとして、不意に蘇った叫び声に身を竦ませ息を呑む。
 同時に頭蓋が軋むような酷い頭痛がシュテルンを襲った。
「とても、怖い、場所……。頭、ズキズキ、苦しい……」
 誰、知らない人。なのにとても懐かしくて、縋り付きたくて仕方が無い。
 でもお父様は……怖い、怖い方……で……。
 分らない。記憶と直接かき回されるような不快感に、涙が溢れそうになる。
「は、やく……お仕事、終わる、する! 頑張って、終わる、しよっ!」
 いまはシュテルンの助けを求める人がいる、そして花畑を飛び回る溌剌とした少女に会うために。
 歌うのだ。この歌声こそがシュテルンがここにある証明なのだと、刻むように響かせて。
「シュテ、の、歌……皆、助ける、する!」
 祈りと共に調和を賦活の力へと変え、傷を癒やすために分け与える。
 ほっと安堵のため息を吐いたシャルティエは、魔物へと剣を向ける。
 相手の力と自身の膂力を合わせた強力なカウンターが、魔物の胴体を鋭く裂いた。
「これ以上好きにさせないよ!」
 シャルティエの振るう実直な刃が魔物を捉えた。
 騎士になるため父と共に鍛錬に打ち込んだシャルティエの剣は、昔日の教えを再現するように迷いがなかった。
 友達を失った白い少女の悲鳴が聞こえる。
 だがやらねばやらないことがある。その為にシャルティエは戦わなければならないのだ。
 それを分かって欲しいとは思わないけれど、いま彼女の気持ちを真正面から受け止めてしまえば容易く動揺してしまうだろう。
 感情が溢れ出しそうになるのを押し留めた一撃が、魔物を裂いてただの塊へと還す。
 失敗作がガラクタへと変わるように、捨てられた彼らが動くことは二度と無い。
「……彼女から見れば、今の私たちは、手の届かないところで仲間を殺す悪役なんだろうね」
 ぽつりとアレクシアは呟くと、真っ直ぐに白い少女の元へと駆け出した。
「ねえ、あなたもヒーローになりたいの?」
「そうだよ」
 はっきりと言い切ったアルベドに、アレクシアは暗鬱な気持ちで成る程と呟いた。
 アレクシアを元に作られたのなら、きっとそうなんだろう。
 どうしようもなく憧れる姿、理想の極地にある背中。追い続けても追いつけない、遠いとおい人。
「ヒーローになるって難しいね」
「友達を守るだけじゃ、ヒーローになれないの?」
 横から打ち込まれた汰磨羈の攻撃を受け止めながら、アルベドは複雑な表情でアレクシアを見た。
 鏡あわせのように向かい合う二人は、憧れた姿について語り合う。
「私もヒーローになる方法なんてわからないことだらけ。
 でも、一つだけ言えることはある。
 ――それは、ヒーローであるためには悪役なんて要らないってこと」
 それはどうして、と尋ねる声にアレクシアは答えた。
「大事なのは誰かに手を差し伸べる気持ち。
 身体が弱くても、立派な剣がなくても、その気持ちがまず大事なんだって思う。
 私も『兄さん』にそうやって救われたのだから」
 緑の瞳に輝く憧憬の光を見て、アルベドは僅かに目を見開いた。
「はじめましてフィーリ殿! 夢見ルル家と申します!」
 明るい声と共に目の前に現われたルル家に、今度はぱちぱちと瞬きをする。
 ルル家は戸惑うアルベドへと、躊躇いなく手を刺しだした。
「どうか戻ってきて下さい! ストレリチア殿も貴方を待っています!」
 ていうかストレリチア殿、景気づけとか言ってめちゃくちゃ飲み食いしてますよ! 良いんですか!? 一発殴るべきでしょ!」
 めちゃくちゃ楽しそうですよ! と憤慨するルル家を見て、勢いに呑まれながらその名を呟いた。
「ストレリチア……」
「そうだよ、みんな帰ってくるのを待っている人がいるんだ!」
 言葉と共に拳を叩きつけたハルアの声は、溢れそうになる感情を抑えるように震えていた。
「フィーリ、ボクだよ。以前その魔物から守った、名前の似てるハルア・フィーンだよ」
 濁流のように荒れる心を宥め賺して、それでも尚押し留められなかったものを真っ向からぶつけていく。
「あなたはその体に閉じ込められてアレクシアの魔物にされちゃったの。
 ボクたちが助けるよ、だから帰りたいって願って。
 あなたはクリスタベルの花弁を集める大切なお仕事してる妖精さん。
 今の夢から覚めるの怖いかもだけど友達のボク達がいる、一緒に帰ろう!}
「そろそろ目は覚めない?
 一人前のフィーリ君がいなければ、誰がジャムやシロップを作ってくれるの?
 私、分けてもらえるかなって楽しみにしてたんだよ!」
 ――花弁集めて、鍋で煮て。瓶に詰めて、お菓子を焼きましょう――
 軽やかなリズムの花摘み唄を口ずさみ、アレクシアがアルベドの裡に眠る妖精の名を呼んだ。
「それは――」
 誰、とアルベドだけが何も分からないと言いたげなに、戸惑いの表情でイレギュラーズ達の表情を窺った。
「みんな待ちわびてるよ!」
「……ねえ、だから『アレクシア』君、耳を傾けて。
 助けを求めてる声は、間近にあるはずだから」
 答えてくれるまで諦めない、何度だって呼びかけ続ける。
 その思いが通じたのか、アルベドの表情が何かを掴んだようにはっと色を変えた。
「――そうか、私」
 その力強い背中に憧れたんだ。
 恐怖に震えるだけの小さな私を、怖いものから遠ざけてくれていた。
 私が何も見なくていいように目を覆って、悲鳴が聞こえないように耳を塞いで。
 そうして私は、何重にも手厚く保護されていた。
「だから、いまこうして、借り物の力でも強くなれて嬉しいと思ったの」
 思い出があった。私だけが持っている、
「そう、私が守りたいと思ったのはみんななの。妖精郷の友達も、私をアーカンシェルまで送り届けてくれたみんなも。
 守られるだけの小さな私に、戻りたくなくなったの」
 そこまで言い切ると、アルベドの表情がすとんと抜け落ちた。
「これは何? 何のことを言っているの。『みんな』って誰のこと……?」
「フィーリ!」
 声が届いた。そう確信したハルアの表情が安堵の笑みに変わる。
「花を摘んだの……。それがあれば、病気になった時にすぐに良くなるから。
 辛い時も、辛いって言わなくて良くなるのよ。だから私はそのお役目を、引き受けたんだ」
 だが刃を向けさせたことと、向けられた恐怖が新たな心を呼び起こした。
「でもそれが何? 何が出来るの!」
 痛切な叫びに、ハルアははっと息を呑んだ。
「なら、目の前で守るはずのものに手が届かないって……その事に悲しむ私は、一体何?」
 それは妖精フィーリでもなく、アレクシア・アルベドとしてでもなく。その両方の境に立つ心が上げる悲鳴だった。
 植え込まれた思考と、目覚めた自我が呼応して軋み始める。
 噛み合った歯車が回り始める。
 知ってしまったら戻れない、無知なままでは居られない。
「私にはわからないよ、でもどうしようもなく悲しくて悔しいの。
 助けに来てくれたのはとても嬉しいけど、このままじゃ戻れない」
 傷付きながら必死に差し伸べられた手をとっても、何も知らなかった「私」は戻ってこない。
 どう振る舞えば良いのか分からず戸惑う中で彼女は一つの結論を下した。
「このままじゃ、私は帰れない」
 泣きじゃくりながらそう告げた少女の右目は、仄かな黄金色をしていた。
「フィーリ、その目は」
 近くで足止めしていたグレンが僅かな変化に気づき手を伸ばそうとするが、すり抜けるように彼女は離れて行ってしまう。
 手の届かない方へと走って行く背中をハルアが追いかける。
「フィーリ!」
「フィーリさん!」
 アレクシアが続いて走り出したが、それよりも早く彼女は花の向こうへと消えてしまった。
「妖精の事が無ければ、ただ自我を持つホムンクルスだったなら。
 或いは、違う結末もあったでしょうか」
 リースリットが苦々しく呟いた言葉に、誰もが答えることが出来ない。
 咲いてしまった花を無かったことには出来ない。芽生えてしまった心を、知らぬ振りをして見過ごすことは出来ない。
 だがこのまま終われないのはイレギュラーズ達もまた同じ。
 その花が残す実が一体何を起こすのか、未だ分からないままだった。

成否

失敗

MVP

なし

状態異常

シュテルン(p3p006791)[重傷]
ブルースターは枯れ果てて
ハルア・フィーン(p3p007983)[重傷]
おもひで

あとがき

お疲れ様です、大変お待たせいたしました。
芽生えた心に見て見ぬ振りをして帰ることは出来なかった。
これは皆様の「フィーリを助けたい」という思いが大きかったが故の、心を揺るがす変化でした。
彼女もまたヒーローに助けられた一人でありました。
そして予想を超える結果になりましたが、皆様の胸に響くものがあれば幸いです。

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