PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<月蝕アグノシア>勿忘草は悲劇に嘲笑(うた)う

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

忘れ去られし在りし日

●あの日、悲劇を識った子は
「貴女のことは、覚えている……ねえ、私は覚えているの」
 フェアリーシードを手にしたその幻想種……否、“元”幻想種か。魔種の女は、それに対して嬉しそうに語りかけた。
「あの日燃やした村を覚えてる? 私は覚えているの。忘れるのが勿体ないくらい、綺麗に燃えたの」
 優しげな顔をしたその魔種はしかし、瞳の奥にちらちらと揺れる炎の残滓を隠さない。きっと彼女は悪人なのだろう。その目には躊躇や憐憫、温情という感情は籠もっていない。
 フェアリーシードの中にある妖精は、その昔彼女が焼いた村から命からがら逃げた個体だ。
 妖精郷侵攻に合わせてそこに踏み込んだ彼女は、数多いる妖精たちの中から器用にもそれを見つけ、然る手順でフェアリーシードへと変えてしまったのである。
 その妖精を何に使うか……語るまでもあるまい。イレギュラーズなら、その用途は思いつく。思いつくが、『埋め込まれた』相手が厄介極まりない。
 それは人のようでいて、人とは似つかぬ者。『ヒトのカタチ』を模倣した、それと尤も遠いもの。
 他人が呼ばうは異端の誹り。その白い影の本体の名は――オラボナ=ヒールド=テゴスという。
 そして、彼女をそばにおく魔種の名は……明らかではない。“忘却の母”と呼ばれた彼女は、己の名前も過去も縁も忘れ、しかし恐怖などの負の感情だけは一切消えることはなく……。
「そうね、ここも燃やしましょう。それは……いけないことなのかしら?」
 とばりの森の入り口で、その魔種は笑っている。
 燃え盛る劫火のような魔力を湛え、空を仰いで笑っている。

●そして死地の帳は上がる
 妖精郷アルヴィオンとの通行手段が、魔種タータリクスとその配下の魔物によって途絶した。この事態を喫緊の危機と捉えたイレギュラーズによって踏破された大迷宮ヘイムダリオンの先は、彼らの想定した何倍もの危機が待ち構えていたことは想像に難くない。
 妖精郷の女王の侍女・フロックスが齎した情報のなかには、イレギュラーズの姿を模した『アルベド』の発生も示唆されており。その驚異は、本人たちが一番良く知っていた、といえるだろう。
「魔種の跋扈は、それだけで『滅びのアーク』の蓄積を加速させます。よって、何としてでも妖精郷の危機は救わねばなりません」
 『ナーバス・フィルムズ』日高 三弦(p3n000097)の言葉を借りずとも、イレギュラーズ達にとってわかりきった結論ではある。改めてそんなことを口にするということは、それだけ厄介な状況、ということになるが……彼女はエルシア・クレンオータ(p3p008209)の方をちらりと見て、眉根を僅かに寄せた。
「エルシアさん、よくお聞きください。妖精郷アルヴィオン、とばりの森付近であなたと似た姿をした魔種が目撃された、との情報がありました」
相手がどのような反応を示したか、三弦は敢えて見なかった。更に語るべきはまだ、あるからだ。
「その魔種に付き従っていたアルベドは、オラボナさんの情報を基にしたものと思われます。それが示す意味は、恐らく皆さんご存知のことと思います」
 オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)のデータを基にしたアルベド。……護衛と想定するには最悪に近い。
「魔種の目的は判然としませんが、過去の情報を基にすると『とばりの森』に大なり小なり損害を与えるつもりでしょう。タータリクス配下というより、この流れに乗じた魔種、と想定したほうがしっくりきます。情報が少ないのがネックですが……出来うる限りのデータをお渡しします。まずは命を重視、それが適った上で、最低目標としてアルベドの撃破を」
 お願いします、と険しい表情で告げた三弦の目は、いつにない危機感をあらわにしていた。

GMコメント

 達成条件を履き違えぬようご留意ください。結構な勢いで危険度が増します。

●依頼達成条件
 20ターン以内(必達)に『忘却の母』を撤退に追い込むor『火炎陣』の破壊
 『オラボナ・アルベド』の撃破

●失敗条件
 条件未達のままイレギュラーズの半数の戦闘不能
 戦闘開始より21ターン目を迎えること

●“忘却の母”
 エルシア・クレンオータ(p3p008209)さんに近しい顔立ちをした元・幻想種の魔種。純粋な神秘攻撃型で、神攻が非常に高く、命中もかなりの精度に達しています。
 深緑で複数の村を燃やして回っていたのは間違いなく彼女で、燃やす術式の他に忘却魔術のエキスパートであることは疑いようもない。
 魔種・タータリクス達とは全く関係なく動いている。
 両者が遭遇した際、どのような事態が起きるか全くの未知数。HPが70%を切ったら撤退。
・大魔術【火舞葬】(溜20(副)・戦闘開始時詠唱開始、神特レ/自身より5レンジ全周、超威力、炎獄。『火炎陣』破壊orHP70%以下で詠唱中断。発動時依頼失敗)
・炎壁付与(神付単・棘、抵抗増)
・炎雨(神遠域・高威力、業炎、足止)
・火線(神超単・炎獄)
・何もかも忘れて(神超単・万能、呪い、封印)

●オラボナ・アルベド
 オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)さんの情報をベースとしたアルベド。
 もとよりHPの高い当人の性能を大幅に強化しているため、恐ろしいほどの体力を誇る。基本的に『火炎陣』と“忘却の母”を庇い、副行動で自付、時折BS回復などを行います。

●火炎陣
 “忘却の母”が『大魔術【火舞葬】』を発動するのに必要な術式で、彼女の神攻の底上げも担っている。破壊時、対象の神攻大幅減。
 術式ながら防技高め扱い。基本、オラボナ・アルベドに庇われている。

●戦場
 妖精郷、とばりの森・夜。
 僅かに発光する植物などがあり、視界は悪くありません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <月蝕アグノシア>勿忘草は悲劇に嘲笑(うた)うLv:15以上、名声:深緑5以上完了
  • GM名ふみの
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年07月17日 22時20分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

アラン・アークライト(p3p000365)
太陽の勇者
ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
同一奇譚
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
ジョセフ・ハイマン(p3p002258)
異端審問官
ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)
氷雪の歌姫
桐神 きり(p3p007718)
メーコ・メープル(p3p008206)
ふわふわめぇめぇ
エルシア・クレンオータ(p3p008209)
自然を想う心

リプレイ

●If you can remember " "
「貴女達の事は知らないわ。でも、この子の知り合いなのでしょう?」
 たおやかな笑みを浮かべ、“忘却の母”はイレギュラーズに向けて笑みを浮かべた。今や遅しと起動を待つ魔法陣は、魔力を注ぎ込まれていないというのに禍々しい存在感を露わにする。
 そして、イレギュラーズにとって最大の厄介事……『にんげん』オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)を模したアルベドが彼女の前に出て腕を広げる。『物語』の偽物とは果たして如何なるものなのか。少なくとも、正攻法で倒せるかといえば怪しいものだ。
「貴様が私の模倣かつ上位互換ならば、此方は上手く『無い』脳髄を使う他にない。眼球を忘れた我々に成せるのは同じ壁と理解せよ。Nyahahaha――」
 オラボナはしかし、相手の存在にさしたるショックなど受けていなかった。そもそも『物語』は思考ではなく感覚で行動する。彼女は少なくとも、相手が自分であってさえ、やることは変わらない。
「愛しき私のオラボナよ。その姿形を似せた出来損ないよ。私の愛と矜持をかけて、お前の存在を赦す訳にはいかない」
 『異端審問官』ジョセフ・ハイマン(p3p002258)の言葉は静かに、しかし煮え立つ油の如く相手へと突き立てられる。だが愛も恋も忘れた目の前の黒い澱には、彼の言葉は如何程にも通じていないようだ。首を傾げ、不理解を示す。
「アルベドを作る技法というのは、魔種の中では一般的なのでしょうかねー」
「複数の魔種が暗躍している以上、『一般的』というより『一般化』されたのかもね。少なくとも、妖精郷の中では」
 『氷雪の歌姫』ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)の疑問に、『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)はそう応じた。あらゆる可能性が想定されるが、少なくとも今まで存在しなかった以上は一般的ではあるまい。
「……或いは、『奪った』のかな」
「ふふ、そうね。この子になろうとしていたモノがあったから、持ち主には全て忘れてもらったわ。それでも使いでがないから燃やしちゃったけど」
「PKでレアアイテムを強奪ってところでしょうかね。妖精は自分で狩ったみたいだけど」
 ゼフィラの指摘を受け、ころころと鈴のように笑う魔種に桐神 きり(p3p007718)は不快げに表情を歪める。もともとの世界で見た光景か、はたまた単純に生理的嫌悪感か。何れにせよ、目の前の相手が邪悪であることに変わりあるまい。
「本物だってしぶといってのにアルベドかよ……村を焼いて回るような奴もセットとはな」
 『勇者の使命』アラン・アークライト(p3p000365)ならずとも、いま目の前にいるアルベドの脅威は重々承知の上である。その堅牢さで無類の存在感を誇るオラボナが、そうなった。考えうる限り最悪に近い存在を相手にする。それも、魔種の護衛として。最悪で、だからこそ斬り応えのある相手だと彼は笑った。
「……今は、依頼の成功だけを考えましょう……」
 『自然を想う心』エルシア・クレンオータ(p3p008209)は、アランとは対照的に、戦いから、敵から、目を逸らして依頼の達成を目指そうとしていた。
 “忘却の母”を直視できない。あれをしっかりと見て、理解をした途端に己の中の何かが大きく変わってしまう可能性を恐れている。だから今は、依頼を成功させてから、先送りにした事実と向き合おうとしている。賢明な判断ではある。先送りにしてなんとかなるのか? という疑問さえクリアできるのなら。
「メーコはただの羊ですめぇ。そんなメーコでも皆さんのお役にたてるのなら精いっぱい頑張りますめぇ」
「ありがとうございます、メーコさん……妖精郷を守るためにも、全員で力を合わせて頑張りましょう」
 『すやすやひつじの夢歩き』メーコ・メープル(p3p008206)の言葉を受け、エルシアも震える膝に力を入れて踏みとどまる。視線はしかし、火炎陣にのみ向いていた。
「あらあら、勇ましい。そしていじましい。貴女達が頑張るのを、見物させてもらうわね」
 魔種はアルベドの体表に炎を纏わせ、己は火炎陣へと魔力を注ぎ込む。ユゥリアリアは戦旗を翻し、イレギュラーズへ戦いの号令を下す。
 きりの支援を受けたアランは、全力を以て火炎陣を破壊すべく大剣を振り下ろす。もとより護りに入っていたアルベドは、アランの一撃を受け止め……その刹那、横合いから放たれたゼフィラの一撃により大きく後退した。
「無尽蔵な、果て無き、邪教の肉壁であろうとも、かばう範囲に対象が居なければどうしようもなかろう!」
 すかさずアルベドを逃すまいと割って入ったジョセフにより、それは再び戻る手段を失う。ほう、と感心したように口元を歪めた魔種は、しかしその感情とは無関係にエルシアへと火線を飛ばし。
「我等『物語』嬉々の吼え、猛る泥状は獣が如く。肉の壁を壊すのは愛を溶かすに等しい。成程――貴様等に我々を斃せるとは想えぬ」
 それを堂々と受け止めたオラボナは口を歪め、腕を広げた。……強がりか? 否、護りに全てを振った彼女であらばこそ、その言葉には説得力が籠もるのだ。

●Lost memory of ____
「魔法陣の起動で動けないのでしたらー、こちらとしても好都合ですわー」
 ユゥリアリアは声を張り、彼の敵を攻めよと号令を飛ばす。魔種は移動や攻防への集中を犠牲にすることで火炎陣へと魔力を注ぎ込んでいる。つまり、アルベドの助けがなくば、原則的には固定砲台と何ら変わりないのである。……それはそれで、難敵なことに変わりはないのだが。
(魔法陣の魔力……どこか懐かしいものを感じます。でもそれ以上に、禍々しい)
 エルシアは深く祈りを捧げ、火炎陣の無力化を願った。非力で無力な己がこの戦場に立つことは、もしかしたら不釣り合いなのかもしれない。だが、直視せねばならぬ現実と祈らねばならぬ成果がある限り、逃げ出すという選択肢は彼女にはなかった。
「ふふ、これ程の魔術、発動したらどれ程になるのか……少しだけ興味を引かれるね」
 ゼフィラは舌なめずりをしながら、火炎陣から漏れ出す魔力に目を凝らす。毒の魔石が触れた場所はすぐさま蒸発し毒煙をあげたが、それきりだ。多少は効いているようだが、禍々しさは一向に衰えない。
「蒼き月、月光の輝きよ……今こそ火炎の神秘を塗り潰せ!!」
 アランはその両手に全霊の力を籠め、得物を振り下ろす。「アラン」としての渾身の一撃は、火炎の堅固な護りを貫き、痛撃を与えた。確かな手応えは、しかし眼前の魔種の興味を殊更に惹く。
「いいわ、その猛り、その敵意。私はそんな熱意も“忘れて”しまったけれど、貴方は何があっても捨てない覚悟があるのね?」
 魔種は笑みを深めてアランの頭部へと術式を展開する。オラボナの援護を頼ろうとした彼は、エルシアの前に立つ彼女の姿に歯噛みする。エルシアの『祈り』はたしかに戦場に何らかの影響を与えている。が、さりとてアランの戦力減が意味するところは大きい。細く吐いた息と共に忘却術式を受けて立とうとした彼は、しかし立ち塞がった影に目をみはる。
「メーコ?! お前、あの二人はどうした?」
「大丈夫……です、めぇ。狙われてる相手と、優先順位の問題ですめぇ」
 それは、きりやゼフィラの護衛に回っていた筈のメーコだ。世辞にも護衛に適さぬ彼女であったが、さりとて『忘却魔術の不利を最も被りにくい』のもまた、彼女であったのだ。治癒術を使う二人を守るのは必然だったが、よもや自分へ向かうとは。
「すぐに治療しますね、大丈夫ですかー?」
「無理をするな、本当に! ……だがよくやった!」
 きりとゼフィラは即座にメーコに治癒を施し、受けた傷と忘却の跡を神秘によって上書きする。本人は気にせず受け止めに向かうが、“忘却の母”の術式の威力は、彼女が受け続けるにはあまりに強大なのだ。
「私の、僕だけのたいせつな宝物を侵すんじゃあないッ!」
 ジョセフはアルベドを前に、付かず離れずの距離を保とうとする。踏み込みすぎれば、相手の顔やその体が如何に本物と違うかを認識してしまう。さりとてそれを厭うことで離れれば、自身の決意が無駄になる。
 彼女の心臓はここにある。こころはそこにある。ジョセフにとって重要なのは、ただそれだけだ。それ以上必要なものか。
「嗚呼、なんて無様、体が立派でも心が伴わないとただの木偶でしかありえないのね。残念だわ」
 魔種は残念そうに呟くと、ジョセフへ向けて熱線を向けた。内側から焼き焦がされる痛みと苦しみは、しかしそれ以上の熱をもって消し飛ばされる。但し、傷はどうにもならないが、彼は意地で足を踏みしめる。
「行かせない……決して!」
 オラボナがその決意に何を思ったかを、語る必要はもはやあるまい。彼女の役割は守ること。原理や道理、その効果の程は分からぬがエルシアをこそ守らねばと認識した彼女は、続け様に襲い来る炎の乱舞を受け止め続けた。
「小手先の魔法陣に頼らねえと戦えねえような奴が、『俺達の本物』を雑に扱うんじゃねえ……!」
 アランはあらん限りの魔力を両腕に籠め、Code:Demonを繰り返し火炎陣に叩きつける。メーコはアランと距離を保ちつつ、魔種の動きを見定める。再び、彼を守るに足る理由が出来るだろうと知りながら、伸ばす手に躊躇いの色はない。
「体力も防御力も高い術士を狙いながら異常に硬い盾を近付かせないとか、冗談じゃないですよ……でもあちらは2人と魔法陣、こちらは8人。絶対に押し切りますー」
「治療で攻めに手が回らないのは業腹だが、それだけこちらを危険視しているということだろう。嬉しい話じゃないか」
 きりは火炎陣に挑む仲間達が全力で戦えるだけの余地を与え、ゼフィラは攻め手を捨てて治癒に全霊を尽くす。癒して癒して、しかし更に上回る魔力が撒き散らされる状況は冗談かとすら思ってしまう。
 だがそれでも構わない。自らの魔力が枯渇に追い込まれようと、仲間の「あと一撃」を後押しできるなら言うことなどなにもない。
 言霊を操り、治癒を尽くし、腰を据えてただ立ちはだかる。ラスト・“ピープル”・スタンディングは誰が何と言おうとイレギュラーズであるべきなのだ。
「その術式は邪魔ですのでー、解除させていただきますー」
 ユゥリアリアはアルベドの身を虚無で包み、魔種の炎を引き剥がす。すかさず次の炎が飛ぶだろうが、知ったことか。ジョセフが妨害を行う度に傷つくならば、それを無視していいわけがない。彼ならずとも、倒れてはいけない者がいる。戦わなければ、助けられない人々が。
「…………私は立っています」
 エルシアは誰に語るでもなく呟く。己の顔とそっくりな魔種の姿は見えていない。ただ、火炎陣とおぼろげに見える周囲だけ。祈りが誰に届くだろう。誰の心を揺さぶるだろう。もしくは彼女の自己満足なのではないか? ……それでも、彼女はそうすることしか知らないのだ。
「――『物語』の模倣品が、随分と芸達者なことだ」
 オラボナは呻く。ジョセフにその道を遮られていた自身のアルベドが、妨害を企図した彼の一撃と相打つ形で吹き飛ばす術式を用いたのだ。衝術との違いは、僅かながら威力を持つことか。
 飛びかかるように駆けたそれが手を伸ばした先は、“忘却の母”。火炎陣ではなく彼女を選んだ理由はわからないが、それが致命的なミスだったのは明らかだ。
 十秒、二十秒を争うタイミングのそれ。アランが掲げた得物が、最後の魔力を振り絞って叩きつけられ――そして、火炎陣は破裂したように火の粉へと変わっていった。

●Remember (for) me
「瞳の色も、歳も違いますけれど、貴女は私と似て見えます……貴女は、どなたなのでしょう? そして何故、このような事を……?」
 崩れていく火炎陣は、しかし炎の魔力を宿したまま周囲へと飛び散っていく。炎は僅かずつ森を焼くが、それが大火へ変じることはあるまい。……そうするだけの魔力があろうと、“忘却の母”はそうはすまい。
 エルシアは、彼女の姿にちらつく自身の記憶を振り払うように問いかけた。忘れたくて。今、この瞬間ですらも。
「私は“私”というものを忘れてしまったわ。貴女が“誰”なのか、私には教えられない。
 貴女は忘れているのでしょう、覚えていないのでしょう?
 “私”を覚えていないのに……貴女は私を知ろうとするの? 忘れたなら、思い出す必要のないことなのよ?」
 “忘却の母”は笑う。屈託のない、何もない、正の感情などただのひとつも持ち合わせない、泥のような淀んだ笑みで。
 エルシアは見てしまった。否、ずっと見ていたのだろう。その目の奥にちらつく炎を。忘れてしまった感情の奥底、彼女が恐怖と思った戦いの意味、原風景となるそれを。
 そして思い返してしまった。あの魔種が、そうなったのは自分のせいではないか? そう苛むだけの理由が、多分彼女にはあった。
 だからこそ、“そんなものを見たエルシア・クレンオータ”が居合わせたからこそ……その女は己の名すらも忘れながら、口を歪めて声を張る。
「私は貴女のお母さんよ。覚えてないけれど、きっとそう――だから綺麗さっぱり、今度こそ。二人とも関係のない、ただの魔種同士(たにん)になりましょう?」
 エルシアの喉が呼吸を拒否する。か細く乾いた音は、彼女の気力すらも吐き出してしまったかのようで。
「エルシアさま、今はお気を強くお持ちくださいませー」
 ユゥリアリアがその手をつかもうとした。が、“忘却の母”へと歩み寄り、ユゥリアリアの手を振り払った彼女のそれが選んだのは、手を組み合わせる祈りだった。
「まだ、そちらに行きたくはありません……でも、どうか……貴女に関する事柄だけは、綺麗さっぱり忘れさせて下さい……貴女について見聞きした事を、貴女に対して感じた事を、全て――」
 手を組んだ彼女は、“ただ祈った”。相手の上半身が僅かに傾ぎ、たたらを踏んだように見えたのを、見なかったことにした。
「欲しくなかったのよ、そんな答えは」
 エルシアの頭を掴んだ“忘却の母”――否、イルシア・ユーリオータは禁呪を応用し、『最大火力で彼女の忘却を焼き尽くす』。
 今まで積み上げてきた彼女の56年間(こうふく)が、たった一度だけ垣間見た母の笑みと忘却の恐怖にすり替えられる。何があったのかを知ってしまった。忘れることの出来ない呪いで。
「忘れることはできないわ。私を殺して、その魔法を塗りつぶすまでは」
「あ――ああああああああ!! 嫌だ、嫌だ、やめて、こんな――!」
 エルシアから手を離した魔種の頭があった位置を、アランの一閃が掠めすぎる。だが、彼女は悠然とそれを躱すと、森のなかへと消えていく。
 エルシアは、次の瞬間……祈りの言葉とともに、イレギュラーズの前から姿を消した。
 まるで、何者かが彼らを攻撃したかのような、苛烈な熱線の跡を残して。

「哀しいな、まるで親に捨てられたひな鳥のように……頼りなさげだ」
 ゼフィラは小さな炎が点在する中、アルベドに魔術を向ける。
「もうあとはてめぇだけ……お手並み拝見だ。てめぇはどこまで耐えられる……!?」
 アランはアルベドへと得物を振り下ろす。堅牢、頑丈、だが小細工を弄す思考を持った時点でオリジナルには遠く及ばぬ愚昧となったそれは、自らに近づかせぬことしかできない。
 なればと、ユゥリアリアは肉体の末端めがけ呪符を次々と放ち、その身を徐々に蝕んでいく。それを動かすコアだけは、冒さぬように慎重に。
 ジョセフが背後から一撃を叩き込み、アランが伸ばした腕は肩まで飲み込まれたが、不自然なことにその腕は胴を貫かない。
 ややあって引き抜かれた手には、白く輝くフェアリーシード……彼らは、凶悪なアルベドから、辛くも妖精を救い出した。

 イレギュラーズは、とばりの森を守り抜いたのだ。……少なくない被害と、一人の少女の心とを引き換えに。

成否

成功

MVP

メーコ・メープル(p3p008206)
ふわふわめぇめぇ

状態異常

ジョセフ・ハイマン(p3p002258)[重傷]
異端審問官
メーコ・メープル(p3p008206)[重傷]
ふわふわめぇめぇ
エルシア・クレンオータ(p3p008209)[不明]
自然を想う心

あとがき

 火炎陣破壊まで18ターン、治癒に回った面子ほかほぼ全員がAPカツカツでの勝利。
 ギリギリではありますがまごうことなき勝利、揺るぎなき成功です。
 ですが、エルシアさんはどこかへと消えてしまいました。さり際の現象を考えると、何か起きたことは間違いないでしょう。
 “忘却の母”と再び相まみえる時はそう遠くないうちに来るでしょう。備えておいてください。

PAGETOPPAGEBOTTOM