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シナリオ詳細

<月蝕アグノシア>ヒーメロスの晦冥

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 目が醒めるような鮮烈なる紅のはな。憂う泪をその瓣に与えた百合の茎に緩やかに縺れる蔓はその頚に白磁の指先を添える様に穏やかな死の気配を孕ませる。浮彫になった若草の咽る薫りの中、白き躰は立っていた。その体は紛い物に過ぎず――桃色の臓器は存在していない。譬えるなれば人形だ。精巧なる西洋細工のビスク・ドールの如く。つるりとした肌は生の気配すら存在させない。
「―――」
 その唇が戦慄いた。声帯と呼ばれる部位があるのかは知れないが、聲は確かに発せるのだろう。
 白化(アルベド)は、洞の胸中に存在するはずの部位を探すように眦に涙を湛えた。
 心はぽかりと隙間だらけであった。まるで、惑いがあるとでも言うように。
 恋も、愛も、『まるで見た事が無い物』として分類されているように。
 人形の許になった乙女は神の徒だ。その身、その躰は主が為に在り、自身の慈しむべき『夫』は天に坐する我らが主であると。その様にその身の清廉を潔白を固く守る信仰の命。
 対する核(いのち)は未だ幼い娘であった。精霊種(グリムアザース)の内の妖精と呼ばれる花の因子。まだ未熟な乙女は真白の髪を持った小さなリーリエ。愛や恋は知らないが、仄かな憧れを外の――『深緑』の少年に抱きながら、人型の洞へと埋め込まれた。
 小さな少女は洞なる胸の中で泣いている。その少女の心が『空っぽの洞』にぴたり、と嵌った。
 だからこそ、アルベドは――白き肉体は泣いた。死ぬ前に、彼に会いたい。こうして『貴女と同じ体を手に入れた』のだから。

 ――あのひとに、あいたいの。


 妖精郷アルヴィオン。咲き誇る花々の美しき翅持つ精霊――妖精達の故郷。
 春の野で踊るが如く、愛らしい笑みを浮かべる妖精たちは未曽有の危機に瀕しているらしい。魔種(デモニア)はいち早く花の都に踏み入れ、錬金術(みちのちから)を用いて人形を作り出したのだという。妖精たちに関わった者達より髪を、血液を、細胞を。一片でも手に入れたならば作り出せると言うのだから禁忌なる術は恐ろしい。
『サブカルチャー』山田・雪風(p3n000024)は「細胞から形を作るらしい。精巧な人形みたいに、けど、まるで生きているように自我を持って動く」と何処か現実離れした『事実』を諳んじた。
「アニメ……みたいだな、とは思うんだけど、それが現実で、現にイレギュラーズの人形――白化(アルベド)は発見されていて……それから、妖精郷は危機に瀕してて」
 伝えたい言葉は山ほどあると言うのに、どうにも拙い。
 常春の国、アルヴィオンにある湖畔の町『エウィン』。その傍らにあるみかがみの泉に立った『月夜の塔』に妖精女王が捕らわれているらしい。其れも魔種によることだ。
「女王の救出と、魔種の対応が行われるらしい……で、さ。
 妖精達には何の罪もないんだよ。けど、魔種は関係ない妖精たちも巻き込んだんだ」
 白化(アルベド)を作り出すために。錬金術師(デモニア)は妖精たちをその核とした。電池、動力源、心臓、言いようはあるがその根幹になるのが妖精たちの命なのだという。
 アルベドのその躰に埋め込まれた核(フェアリーシード)。妖精たちの『いのち』を削りながら動く人形は、『自身の知っているイレギュラーズ』の姿をしているのだから心地悪く、そして、『他者の命をすり減らしている』のだから気分も悪い。
「みかがみの泉で妖精たちは花弁に乗って月夜の塔へ渡るらしい。
 その常春の場所に、アルベドと邪妖精(アンシーリーコート)――バグスって呼ばれるゴブリンが発見されたんだ」
 そのアルベドの姿はイレギュラーズ、クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)を象っているらしい。そして、アルベドは仄かにだが意志を持っていた。それはリーリエの心を象ったからかもしれない。
「アルベドは、深緑でちらっとだけ見た名前も知らない幻想種に恋焦がれてるんだ。
 それで、『外』へ向かおうとしてる。その護衛にバグスを連れてるみたい。
 けど、アルベドは『その人が好き』以外のまともな判断は出来ないよ。それしか、ないから」
 それは人に非ず、それは紛い物だ。只、リーリエの気持ちを強く反映したようにアルベドは『見もしない、知りもしない誰かに恋をしている』と思い込んで動いている。
 クラリーチェの唇を借りて、彼へと恋心を伝えに行くために――
「アルベドはリーリエじゃないよ。けど、リーリエの心を反映してる。
 ……俺は、アルベドの恋は応援できない。紛い物の姿で、紛い物の声で、好きだって伝えたって」
 本当の気持ちは、伝わらないではないか。それに、アルベドは邪魔する者や周囲の者は塵の様に扱う。命を杜撰に扱い、それが潰える事に対しての『気持ち』は持ち得ない。
「……止めて欲しい。リーリエも、救えるなら、救ってやって欲しいんだ」

 ――すきです。

 そんな、嘘の恋なんて、終わらせてやらなければ。
 誰もが空しいだけじゃないか。

GMコメント

 日下部あやめです。どうぞ、よろしくお願いいたします

●成功条件
 アルベドを戦闘不能にする

●アルベド『クラリーチェ』
 クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)さんの細胞を培養して作られた素体にフェアリーシード(核)が埋め込まれた白いひとがたのモンスター。
 核となった妖精リーリエの気持ちを強く反映しているのか『リーリエの仄かな憧れ』の身をその心に宿し、見た事も知りもしない少年に恋焦がれます。
 クラリーチェさんの唇で愛を語り、恋に憧れ、そして、クラリーチェさんの白き身体で少年の元へと向かわんとします。
 攻撃方法は魔術師タイプ。遠距離攻撃を主とします。核の位置は心臓です。
 核が潰えた場合はリーリエともどもアルベドは死亡します。核を取り出せた場合はリーリエの救出が可能です。

 アルベドは『片思い』をしています。それは、偽物の感情です。誰かの、リーリエのものです。
 ですが、恋しい恋しいと泣き、幸福そうなものを嫉み、『ありふれた変哲のないしあわせ』を呪います。
 ただ、『その恋を叶えたいだけ』なのに、どうして、邪魔をするのですか?

●バグス*3
 小さな毛むくじゃらのゴブリンです。妖精たちに懼れられる邪妖精たち。
 魔種によって操られています。彼らは前線での戦闘を得意としています。

●妖精リーリエ
 アルベドの核となった幼い少女。深緑にてちらりと見た幻想種の少年に淡い恋を抱きました。けれど、彼の名前も、どこの誰かも知らない儘、その恋はあこがれとして、叶わぬ初恋として消えた筈でした。
 今は核として眠っています。彼女を救う為にはアルベドから核を取り出さねばなりません。

●常春の国
 妖精郷アルヴィオン。常春の国。美しい花が咲き誇るその場所です。
 湖の畔でアルベドたちは進軍します。周囲の妖精は知らんぷり。踏みつぶして死んだところで、その心は罪の意識を持たないのです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • <月蝕アグノシア>ヒーメロスの晦冥完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年07月15日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者
シルフォイデア・エリスタリス(p3p000886)
花に集う
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
長月・イナリ(p3p008096)
狐です
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
しにゃこ(p3p008456)
可愛いもの好き
浅蔵 竜真(p3p008541)
モニカ(p3p008641)
太陽石

リプレイ


 親指姫、という寓話がある。花の褥で眠り、目を覚ます指先サイズの少女の話だ。寓話よりも幾分も大きな体を持つが、ミニチュアを並べたかのような世界が妖精郷アルヴィオン――エウィンの街には広がっていた。目醒めの如き鮮烈な紅の瓣を揺らした、常春の国の穏やかな空気には剣呑な気配が紛れ込んでいた。
「……いつの間に私の体の一部を持っていったのでしょうね」
 そうと、唇に乗せたのは僅かなる苛立ちであった。『罪のアントニウム』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)にとって、自身のその身より『要素』が何時の間に零れ落ちたのかと考えても詮無きことではあるが、こうしてエウィンの街へとその姿を顕現させるアルベドと化して穏やかな笑み浮かべているとなれば『他人様へ迷惑をかけている』事になるではないかと鈍い頭痛を禁じ得ない。
「アレは、私と同じ姿かたちをしている『物体』です。遠慮なく、目的を遂げて頂ければと」
 故に――かんばせはクラリーチェ・カヴァッツァであろうとも。容赦情けなく攻撃を浴びせて欲しいのだと彼女はそう唇に音を乗せた。
「ええ。クラリーチェちゃんの姿をした相手とやり合うのは良い気持ちではないけれど……
 でも、そうね。クラリーチェちゃんの言う通り、あれは私の友人ではないもの」
 よし、と意気込んだ『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)はアルベドの核には妖精が埋っているという事を思い返す。白き躰を突き動かす心臓こそが妖精のいのちであり、その『いのち』のこころをより反映しているというのだから――
「……恋はあたたかくて、でも痛いわよねぇ……分かってるわ。核となったリーリエちゃんを助けなきゃ!」
「気持ちは分からなくはないけれどね、生き物を心臓の核として動く化け物、ね……。
 その技法も作法も醜悪だわね……錬金術の等価交換には必須なんて言うのかもしれないけれど、到底許せることではないもの」
『狐です』長月・イナリ(p3p008096)はリーリエを救うという言葉に大きく同意する様に頷いた。黄金色の瞳の娘が白化(アルベド)に嫌悪を露にすれば『ドゥネーヴ領主代行』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)も到底許せることではないと深く頷いた。
「錬金術――なる物を使用している魔種だというのだろう。他者の命を動力に史、他者の姿かたちを――この場合はクラリーチェか――借りた偽りの姿見だ。
 ……だが、唯一、その躰を動かす『心臓(こころ)』だけは偽らざる真実なのだろうな。だからこそ、俺達は彼女を止めなくてはならない」
 アルベドは、恋をしているのだという。それも、姿さえ知らぬ『心臓部』が嘗て愛したという幻想種の少年に。たったの一度、一目だけの戀だったのだろうが――それを偽りだと断ずることは出来ないと『花に集う』シルフォイデア・エリスタリス(p3p000886)は静かに目を伏せた。
「心というのものは、どこから本物で、どこからが偽物なのかは目に見えず。
 作られた者であっても、そこに『本当』がないとは言い切れません……けれど、体は偽りのもの。心だって、リーリエさんのもので、アルベドものではない。だから、止めなくては」
 ――その偽りの想いを、伝える事等、出来ないのだから。


「……悲しい奴だ。なにも知らなかった。なにも教えてもらえなかった。だから烏滸がましくとも、俺たちが――」
 その先を、教えなくてはならない。『出来損ないの英傑』浅蔵 竜真(p3p008541)は唇を震わせた。譬え、アルベドという存在が作り上げられ、その自我が『僅かに芽生えた紛い物』であったとしても、自身の存在がどのようなものであるかを誰も教える者はいなかったのだ。
「うふふっ、凄い、凄ぉい……極上の『戀』の匂いがするよ。
 これだけの大切な気持ち――亡くすのはあんまりにも惜しいよね。よーし! それじゃあこのモニカちゃんが、人肌脱いで見せましょうか!」
 にんまりと笑みを浮かべた『太陽石』モニカ(p3p008641)はその美しい陽色の髪を揺らした。褥渡り歩く夜闇の住民たる光の娘の告げる戀、という言葉に『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)は感激したように「はあ」と息を吐く。
「恋する少女は無敵☆ ――と言いたい所ですけど今回はちょっとルール違反ですね!!
 しにゃ達が本物の恋ってヤツを教えてあげましょう!しにゃもよく解ってないですけどね!! しにゃは恋してなくても超絶可愛いので無敵です!」
 にっこりと微笑んだしゃにこはチェックのスカートをゆらりと揺らす。懼れるべきは『恋する女の子』ではない『超絶可愛い女の子』なのだ。
「見た目可愛い女の子を撃つのはだいぶ躊躇いますが、仕事ですし! 中には本当の女の子がいるなら、やるしかないですよ!」
 びし、としゃにこがクラリーチェ・アルベドを指し示す。こうして自身と対面して見れば、何とも違和感を感じるものだとクラリーチェはまじまじとその少女の姿を見た。背丈も、髪の一本たりとも自身とは変わらなく見える化け物は「どいてくださいますか」と自分の声色で微笑んだのだ。
(しかし……私の姿で恋心を抱き、私の声で恋心を語る紛い物、ですか――
 選りにも拠って、私から一番遠い……『道』を踏み外した女としての姿を魅せ付けるというのですか。嗚呼、こうしてみれば――実に、滑稽ですね)
 クラリーチェは内心、小さく笑みを零した。その笑みに返す様に白化も微笑を見せる。そして、ぞろりと、姿を見せたのは白き修道女を守るように立つ毛むくじゃらの邪妖精達であった。
「ベネディクト=レベンディス=マナガルム、いざ、尋常に」
 堂々とその名乗りを上げて、ベネディクトは『栄光の終わり』を握りしめる。その掌より這う呪いになど気にする素振り無く、黒き獣の外套を揺らし自身の戦意を高めると共にその存在を誇示してみせる。
「……貴方は」
 アルベドが――クラリーチェの声音で、囁く。鬱蒼と文字列をなぞるように、白き唇が戦慄いて。
「私を邪魔するのですか――?」
 バグズが一斉にベネディクトに向けて飛び付いた。小さくとも妖精達に恐れられた邪なる存在は仮令、『アルベドこそが異邦の者』であろうとも戦へと赴くことを楽しむように他者害するために石造りの斧を振り上げる。
(――操られていたとて、そうでなくとも、救う必要なはい。あれらは害を為す。
 この国<ようせいのさと>にとっても、そして――『これからの未来』にとっても、だ)
 竜真は拳を固める。その殺人拳は何時かの日に誰か申し伝えた者だという。堅調なるは運気そのもの。天翔るは独特なる足運び。武人は只の静かにぬばたまの瞳にバグズを移し込む。
「さぁ皆、張り切っていこう!」
 淡く輝くはスプリング・ノート。大樹の幸福をその身に、ドリームシーカーは鮮烈なる瓣をバグズへ向け、花開かせる。その美しさはあ夜のけだもの、夜を喰らう乙女の情念の如く。
「張り切るけどー……でも、可愛くないですよね! しにゃが言わなくても別ってると思うんですけど、あのバグズって可愛くないです!」
「――って事は、『超絶弱い』のよね?」
 しにゃこのブーイングにくすり、とモニカは笑う。夜に生きる陽色の娘の揶揄う声に『超絶かわいい』しにゃこは緩やかに運付いた。命を奪うことに適するコールド・ブラッド構え、桃色の髪を揺らした少女は狙撃手として一気呵成に弾丸を浴びせ続ける。綺麗な花には棘がある、蝶のように舞い、蜂のように刺すならば――
 その弾丸を追いかけるように飛び込むはイナリ。バグズの側を摺り抜けて目指すは真白のクラリーチェ・アルベド。白化した乙女の丸い瞳と見つめ合えば『神器レプリカ』は淡い炎を点す。
「邪魔をするかしないか――なら、妖精を救いに来た私たちを邪魔しているのは、そちらね?」
 魔力の障壁に、神秘結界を合わせ、自身の身を蝕んだ神降ろしの代償にも構うこと無くイナリはしゃん、と刃を為らす。清廉なる刃に纏う狂気の霧がアルベドのその身を蝕めど、青い血は只、研ぎ澄まされる。
「私を救って下さい。どうして、どうして、妖精(いのち)を奪おうとするのですか。
 この心に確かに宿した思いが無駄だと、必要が無いと、そう断ずると言うのですか……!?」
 アルベドのその声が耳朶を伝って胸の奥に落ちる。気味の悪い気配と化して。クラリーチェは永訣の音を静謐に小さく鳴らす。からり、からりと、がらんどうに響いたのは死者のみが聞くことが出来ると言うからか。闇色レェスより黒き陰が手を伸ばす。バグの手うぃくように捕らえた悍ましき呪いの声を聞きながら、クラリーチェは『自分』へと声かけた。
「今貴女が『恋しい』と思う気持ちは、貴女の中にいる小さな存在(いのち)のもの。その存在を、返して頂けませんか?」
「嫌、嫌です。どうして――? どうして『この気持ちが命のものだと』そういうの?」
 アルベドの言葉にクラリーチェが唇を噛みしめた。ああ、そうだ、確かにフェアリー・リーリエの『こころ』を反映してアルベドにその恋が芽生えたのだとしても、『アルベド自身のこころ』出ないなどと否定は出来ぬ。心とは目に見えぬものなのだから――シルフォイデアはその言葉にそっと目を伏せた。円環を手に、仲間達を鼓舞する参謀は唇を震わせた。最適化する特殊支援、戦いに挑むための力。其れを、その身に宿しても、心までは書物の上では謀れやしない。戦法には組み込めやしない。
「――それでも、貴女の恋は、他の誰かの恋から始まったのよ。貴女は、彼を知らないでしょう?」
 アーリアの唇が赤く色づいた。琥珀色のブランデーが香り立つ。
 ――貴方のため為れば、あの星だって落としてみせる。あの月だって手に入れませう。
 まるで恋を歌うように、バグズへと降り注いだ気まぐれなる淑女の一撃にアルベドは息を飲んだ。


 無数のバグズの攻撃を受け止め続けるはベネディクト。支えるシルフォイデアはアルベドの様子をまじまじと見やる。癒やしを奏でたクラリーチェは僅か、唇を震わせた。
 そう、彼女の恋はどこから始まったかは分からない――その姿が自身の者であろうとも、紛い物だ――だからこそ、彼女の心は偽りであろうと、そう認識していた。それでも、核(いのち)が偽り(こころ)を与えたならば。
(私たちは、なんて、なんて酷なことを強いているのでしょうね……?)
 シルフォイデアとて、クラリーチェが胸に宿した僅かな疑問に気付いていた。首を擡げた疑問はもう二度とは戻ることは無い。もしも酷であれど、アルベドを――『錬金術師が作り出したかりそめ』を美しき大らかな迷宮森林へと送り出すことは出来ない。
「リーリエさん」
 その声音は、僅かに強張っていた。言葉でその心をなぞる事はどうしても難しい。それでも、呼び掛けることはしたかった。その心に爪を立てられなくとも、緩やかになぞる事が出来たならば――
「想いを伝えるのが、『貴女』ではない『誰か』でもいいのですか?」
 どくり、と心臓が脈打った。バグズを受け止め続けたベネディクトが一歩下がればしゃにこの弾丸が降り注ぐ。その雨の中、崩れゆく妖精の身を振りかぶってからイナリは目を伏せた。
「心が、躊躇ったでしょう」
 どくり、と。音を立てたから。
「命(かのじょ)が、嫌だと叫んだのでしょう」
 その脚が、僅かに竦んだから。
 神を降ろし、天の磐戸を叩くが如く、その風よ乙女の姿を暫し留めんと願うように、狐の耳を揺らした乙女は囁いた。
「リーリエさんが、嫌だと言ったのでしょう」
 その白き乙女を守る騎士は失われたか。竜真はアルベドのその身を突き動かせる小さな妖精乙女を傷つけぬように只、距離を詰め続ける。イナリがしゃらり、と清廉なる刃で音鳴らし神楽の様に一歩引く。その懐へと飛び込むよう竜真はアルベドの胸元へ拳を突き上げた。刻を、刹那を、殺すが如く、その拳が乙女の腹へと叩き付けられる。腕をぐいと引いたのは望ましき呪いの言葉。児戯の如く、遊びましょうと笑う其れを振り払った竜真はここからが本番であるとリーリエの名を呼んだ。
(――殺さない、それ以外に俺はどうすることが出来るのか。
 いや……俺にはそれしかできないから、せめて傷をつけすぎないように)
 竜真は殺さぬよう、そして、傷つけぬようにと白き乙女のその身へと拳を打ち立てる。おおよそ人体では無い感触がその掌に伝わって、僅か、唇を噛みしめた。
「……君の心を、否定するつもりはない。アルベドだとしても、それを抱いたのは紛れもない事実だ。――けれどその感情はリーリエの。小さな少女のものなんだ。だからどうか、返してあげてほしい」
 リーリエの、そう告げた言葉に合わせ、モニカは祈るように「リーリエちゃん」とその名を呼んだ。
「リーリエちゃん。キミのその暖かい気持ちは、決して我慢する必要も、諦める必要もないものだよ。……大丈夫、怖くないよ。哀しい夢は、もう終わりにしようね」
 暗き海の様に。前も後ろも、分からない。悍ましき呪いのようにその身体を捕らえては放さない。
 モニカは踊るように、その距離を詰めた。リーリエの命を奪わぬように再三の注意を払い、言の葉に力を込める。
「リーリエ! そのままでも良い、聞いてくれ!」
 ベネディクトはその心の在処を探るように白き身体を見やった。蹴り上げたその身体は呆気もないほどのがらんどう。決して人間であるだなんて感じられない嘘だらけ。
「君の会いたい、という気持ちは間違いなく本物だろう。だが、だからこそ止めなければならない」
「どうして――!」
 どうして、と悲痛なるその声は、その顔は、クラリーチェのものとは違いないから。
 アーリアは息を飲む。ああ、彼女は恋をしている。だからこそ、その恋心が偽りであろうとも、美しい花開くが如く白き肉体へと声かける。泣いている――白き肉体は泣いている。死ぬ前に、彼に会いたい。こうして『貴女と同じ体を手に入れた』のだから。
「私もね、初恋は実らなかったの――初恋の人は、父になってしまったから。
 ……沢山泣いて、嫉んで……でも今は幸せよ。
 嫉ましいわよね、そうよね、だからその気持ちは受け止めるわ」
 手を伸ばす。遙かに白いその頭を掻き抱いて、抱きしめた。ぬくもりすら感じられない、その心。
 苦しまないで、甘い夢を見てとアーリアの唇は囁いた。その心を、抱きしめていたかった。
「……ごめんね、その恋はリーリエちゃんに返してあげてちょうだい」
 白きその躯より力が抜けていく。人形めいたその瞳より、つう、と流れた涙にしゃにこはとびきりの笑みを乗せた。
「そんな偽りの自分で告白して貴方満足なんですか!?
 万一、告白が実って、それからどうするつもりなんですか! 自分を偽り続けるつもりですか!?
 告白の事しか考えてないなんて、それは恋に恋してるって言っても過言じゃないですよ!
 目を覚ましてください! 本物の恋を探しに行きましょう! 私もよくわからないんで!! 恋バナとかしましょうよ!」
「話せる、かしら――」
「勿論ですよ!」
 可愛いですから、としゃにこは微笑んだ。くたり、と膝をつく。真白の躯より『いのち』を抜き出す刹那、ベネディクトは優しく声をかけた。
「偽の躯で、その気持ちを伝えたとしても…その人は君を見てくれない、本当にその気持ちを伝えないのなら、他でもない君の身体で、君の声で伝えないと駄目だ。
 それに、その身体は君の心を全て汲み取ってくれる訳じゃない……いけば、君が大事に思う人も傷つける事になってしまう。
 もう、起きる時間だ。リーリエ。初めて出会った人間が何を言っているとも思うだろう、だが、それでも――君の抱いた想いを、アルベドの抱いた偽物のまま終わらせたくない、だから……!」
 だから――
 モニカはそっと唇へと笑みを乗せた。まるで慈しむようにその白い頬に触れて。
「目が醒めたら、大好きな人を探しに行こう。
 そして、その気持ちを……キミが、キミの精一杯の言の葉で、しっかりと伝えるんだ。……ね、凄くドキドキするでしょ?」
 そっと、胸に手を当てた。がらんどうの中、とくり、とくり、と音がする。
 生きている、貴女が――
「それでいいのさ。それだけキミの気持ちが本物だって事だから……ふふふ……それじゃ、後少しだけ我慢してね!」
 竜真の手が、そっと、リーリエの格を取り出した。
「リーリエ。君は起きて、そして前を向くんだ。
 叶ず終わる願いだったのか?まだ見つけられていないだろう? なら……俺たちと共に、会いに行こう」
 だから、こう言わせてくれ――おはよう、と。

「どんな生まれ方であろうとも、最期の道行きは『私』が祈ります……。ですから――」
 クラリーチェはそっと、作り物の白い指先を握りしめた。体温すら感じさせない、真白の紛い物。陶器が如きつるりとしたその指先。クラリーチェはこの身体はどうなってしまうのだろう、と。錬金術におけるならば核を失えば、只の『材料』に戻ってしまうのだろうか。
 いずれにしたって――これは、Ifの存在だった。あり得てはいけない、あり得るわけが無い、もう一人の『自分』
 それから――おやすみなさい。恋をした――あり得ないもう一人の『私』

成否

成功

MVP

モニカ(p3p008641)
太陽石

状態異常

なし

あとがき

 このたびはご参加有り難うございました。
 切ない恋に。MVPはその心に寄り添った夢の貴女へ。夜闇の中でも明るい陽の色のあなたへと。
 皆さんとっても素敵でした。

 また、お会いできますことを楽しみにしております。

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