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シナリオ詳細

病魔と少女。或いは、嵐の夜を超えた先…。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●嵐の夜
 カムイグラのとある山中。
 谷を越えた先にある小さな村で、1つの命が失われようとしていた。
 荒く息を吐く1人の少女。粗末な着物から覗く彼女の肌には、赤黒い痣が浮き上がる。
 彼女が意識を失ったのはその日の夕方。村外れの畑の傍で倒れているのが見つかった。
 村に1人だけいる医師の診断によれば、少女は病に侵されているとのことであった。
 それも本来であれば、少女の住む村で発生することはない流行り病だ。
「とにかく、この村では治療できない。術でも無理だな。近くの街まで行けば、薬があるやもしれん」
 と、老医師は告げて空を見上げた。
 星も月も見えない黒い空。強風と、散弾の如く降り注ぐ豪雨。
 夕方以降、天候は崩れ嵐となった。
「だが……」
 と、老医師は目を閉じ首を横に振る。
 村から街へ移動するために使う吊り橋が、つい先ほど落ちたという報告があったのだ。
 老医師の見立てでは、少女の命はもって夜明けまで。
 制限時間内に山の麓の街へたどり着くためには、川を下っていくしかない。
 けれど、生憎と村の若者たちは出稼ぎのために不在。
 ましてや天候は嵐。
 老人だけでは、小舟を操って急流を下ることは不可能に近い。
「それに、病は山中を漂う怨霊どもを引き寄せる。残念だが……」
 諦めるしかない、と老医師はその言葉を飲み込んだ。
 少女の祖父母に、そう告げることが出来なかったのだ。
 さらに、少女の祖父母には告げていない事実だが、少女の侵された病にはもう1つの特徴がある。
 曰く〝厄神〟と呼ばれるそれは、怨霊の一種であると噂されていた。
 宿主である少女が死ぬか、或いは薬を飲むまで、少女の体力を依り代として発生する怨霊だ。
 力の弱い怨霊だが、周囲に【毒】をばら撒くという能力を持つ。
 今はまだ発生していないが、もうしばらくすれば〝厄神〟は姿を現すだろう。
 そうなれば、少女を村に置いておくことさえ危うい。
 老人の多いこの村に毒が散布されてしまえば、少女だけでなく多くの人が命を失うかもしれない。
「その時は……儂が」
 少女を殺めるしかないだろうか、と。
 歯を食いしばり、老医師は顔を俯けた。
 食いしめた唇の端から、粗末な床に血の雫が零れ落ちる。
 老医師も、少女の祖父母も、集まった村の住人も皆が黙り込む。
 沈黙の中、少女の荒い呼吸音だけが聞こえていた。
 やがて……。
「なぁ、彼らに頼めないか? ほら、隣村に来てるっていう……」

●少女搬送作戦
「というわけでな、あなた様方には娘の護送をお願いしたいんだ」
 そういって鬼人種の男性は、一通の封書を差し出した。
 収められているのは老医師の書いた診断書と、村人たちの用意した僅かな金子。
 少女の病を治すための薬代だ。
「本来なら山道を下っていけばいいのだがな、今は吊り橋が落ちて使えない」
 それゆえ、少女の護送は大雨に荒れた急流を小舟で下るという方法で行われる。
 元々、川の流れの速い地域だ。
 小舟の造りも、急流を下るのに向いたものとなっている。
「小舟一艘に乗れるのは、3~4人ほどになる。うちで用意出来たのは4艘だけだ。好きに使ってくれ」
 川幅は街に近づくほどに広くなる。
 一方で村の付近では、小舟一艘ずつしか通れないほどの川幅しかない場所もあるので注意が必要だ。
 そのほか、突き出した岩や小さな滝にも注意が必要となるだろう。
 また、小舟は長い木の棒で操ることになる。小舟の操作にはそれなりに集中が必要だろう。
「医者先生の話では、娘の身から〝厄神〟と呼ばれる怨霊が現れるそうだ。さして強くはないが、少女の病が治るまで消えることなく、定期的に出現し続けるらしい」
 そちらは、幸いなことに今は出現していない。
 だが、小舟での移動を開始するころには現れるだろう、と老医師はそう診断しているらしい。
「そうでなくとも、病の気は山中に巣食う怨霊どもを呼び寄せる。俺らには抗えないが、あなた様方なら……」
 瞳に涙をためて、男性は告げる。
 自分たちの力で、村の仲間を救えないことが悔しいのだ。
「〝厄神〟は【毒】をばら撒く能力を、山中で襲って来る怨霊どもは【暗闇】や【不吉】を付与してくる」
 加えて天候は雨。
 夜間ということもあり、暗所対策も必要となるだろう。
「すまない。本当にすまない。だが、あなた様たち以外に頼れる者がおらんのだ。どうか、娘を救ってほしい」
 地面に頭を擦りつけるようにして、男は封書を差し出した。

GMコメント

●ターゲット
・厄神(怨霊)×1
少女の身より出現する力の弱い怨霊。
黒い毛玉のような姿をしている。

病毒:神近範に極小ダメージ、毒
対象に毒を付与する瘴気を撒き散らす攻撃。


・山の怨霊(怨霊)×多数
山中で出現し、襲い掛かってくる怨霊たち。
青白い炎で形成された人型をしている。

怨嗟:神遠単に小ダメージ、暗闇、不吉
半透明の鬼火による攻撃。対象に精神的なダメージを与える。



●場所
山中の川。
小舟で下ることになる。
小舟は長い木の棒で操るタイプのものであり、最大で4艘まで貸し出される。
一艘に乗れる人数は3~4人ほど。
※体格による。

上流の方が川幅も狭く流れが速い。
下流は川幅は広く流れは遅い。また、怨霊が溜まっているのか、同時に出現する数も多い。

  • 病魔と少女。或いは、嵐の夜を超えた先…。完了
  • GM名病み月
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年07月09日 22時20分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
マリナ(p3p003552)
マリンエクスプローラー
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
雪村 沙月(p3p007273)
月下美人
リンディス=クァドラータ(p3p007979)
ただの人のように
アカツキ・アマギ(p3p008034)
焔雀護
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃

リプレイ

●雨の世に
「あなた様たち以外に頼れる者がおらんのだ。どうか、娘を救ってほしい」
 呻くようにそう告げて、男は深く頭を下げる。
 地面に額を擦りつけ、俯く男の眦からは熱い涙がこぼれて落ちる。
そんな男の肩に手を置き『ドゥネーヴ領主代行』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)はその場に膝を突いた。マントの裾が雨に濡れた地面に広がり汚れるが、彼はそちらに一瞥さえも向けはしない。
「確かに引き受けた、我々の全力を以て望もう。吉報を必ず届けて見せるとも」
 ゆっくりと男を立たせ、ベネディクトは横たわる少女へ視線を向けた。

 嵐の夜だ。
荒れ狂う濁流を睥睨しつつ『マリンエクスプローラー』マリナ(p3p003552)は小舟に片足を乗せて胸を張る。
「水面は大荒れ、天候は嵐。とはいえ、我々ならこれくらい朝飯前でごぜーます。もう助かったも同然です……あともう少しの辛抱ですよ」
 その手には長い木の棒が握られている。
 棒を使って操縦する船などマリナにとっても不慣れなものだが、とはいえ彼女も数多の波を乗り越えた歴戦の船乗り。経験はなくとも知識は十全に備えていた。
今回、村から出す小舟は二艘。そのうち片方はマリナが、もう片方は『百錬成鋼之華』雪村 沙月(p3p007273)が船頭を務めることになる。
雨に濡れた金の髪を掻きあげながら、沙月はマリナから操舵のコツを教わっていた。
「念の為、櫂の予備は何個か用意しておきましょう。壊れるかもしれないですからね」
 これから挑むは、嵐の夜の激しい濁流。加えて、道中には怨霊も現れるという。
 川下りの最中、操船用の木の棒がへし折れる可能性も十分に考えられるのだ。予備を用意しておくことには、十二分に意味がある。
出航の準備が整ったことを確認し、『放火犯』アカツキ・アマギ(p3p008034)は小舟に乗った。その右手には照明代わりの炎が灯る。
「急ぎの依頼じゃ、張り切っていくぞマリナちゃん!」
 アカツキの灯した炎が、水面が小舟の周囲を明るく照らした。
 豪雨の中でも消えない炎は、嵐の夜の光源としてこれ以上なく頼もしい。

 二艘の小舟が濁流の中に漕ぎだした。
「川は激流、先は読めませんが……マリナさんの加護があります。お任せください、必ず送り届けましょう」
細い指が頁を手繰った。『妖精譚の記録者』リンディス=クァドラータ(p3p007979)は白紙に素早く文字を走らせ、自身や仲間たちへ強化を付与する。
 記されるは少女の未来……病が払われ、救われるという明るい未来の記録であった。
 濁流に流され、激しく船が上下する。
 船頭を務めるマリナと沙月は、木の棒を手繰り転覆せぬよう船のバランスを保持することに集中していた。
「ここにマリナさんが居たというのは、まさに『渡りに船』と言ったところですね」
眼鏡を指で押し上げながら『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)は、周囲に視線を巡らせた。
 手にした傘を肩に乗せ、寛治は瞳を細くする。
「怨霊を引き寄せる病……ですか」
そう言って『終焉語り』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は剣を抜いて、宙へ跳ぶ。
 川を下る2艘の船を低空飛行で追いながら、リースリットは剣を一閃。
 船の背後に現れた、蒼白の火を斬り裂いた。
 果たしてそれらは、いつ、どこから現れたのか。
 濁流を下る2艘の船の周辺に、数体の鬼火……怨霊が漂い舞っていた。
 その狙いは、病に苦しむ少女だろう。緩慢な動作で腕を伸ばして、小舟へ向けてにじり寄る。
 その手が小舟の縁へと迫った、その瞬間。
「これは……むしろ病と言うより、呪いに近いのでしょうか?」
その手を斬り裂く、青い刀身。『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)のリトルブルーに宿った魔力を警戒してか、怨霊たちは僅かに警戒の素振りをみせた。
 
●露と消えにし
波に煽られ、小舟が1艘大きく跳ねた。
そちらの船に乗っているのはドラマ、マリナ、リースリット、アカツキの4人と、病に苦しむ少女の計5名。
 もう片方の小舟は、先頭の沙月をはじめ、ベネディクト、寛治、リンディスが乗船している。
 ベネディクトは船の縁から身を乗り出して、少女へ向けて言葉を投げた。
「マリナは外ではちょっとした人物でな。彼女が乗る船は沈まないと言われている──俺達に任せてくれ、辛いとは思うが、俺達もやり切って見せる!」
 意識を失った少女の耳に、彼の声は届いただろうか。
 否、届いていなくとも構わないのだ。
「私たちが必ず、送り届けます」
リンディスの放ったその一言は、その場に集う8人共通の想いであった。
開いた書物の白い頁に、リンディスは魔力のインクで文字を書き込む。
 瞬間、本は淡く輝いた。
 飛び散った淡い燐光が、ベネディクトに降り注ぐ。

 怨霊たちは、少女に惹かれているようだ。
 小舟に群がる数体の怨霊へ視線を巡らせ、リースリットは剣を構えた。クリスタルの刀身が魔力を孕み朱に揺らぐ。
「後のことは考えず、全力を傾け排除します!」
 暗闇に爆ぜる電光が、怨霊たちの注意を引いた。
 雨に濡れた顔に、うっすらとした笑みが浮く。
 直後、リースリットの剣が瞬き、魔力の雷光が解き放たれた。

 空気を震わす轟音が、怨霊たちの身体を射貫く。
 雷光を浴び動きの鈍った怨霊たちの中央に、寛治が何かを投げ込んだ。
「ささやかながら、お力添えをさせていただきます」
 カチ、と小さな音がして……。
 ライター型の手りゅう弾が火炎を散らす。
 炎に包まれた怨霊たちが、断末魔の悲鳴をあげて消えていく。暗い夜空に木霊すそれは、まさに怨嗟の声そのものだ。
 雨に紛れ、小舟に降り注ぐ火炎の飛沫を寛治は傘で受け止める。
「さて……これで片付きましたかね?」 
 眼鏡の奥の瞳を細め、寛治はそう呟いた。
「いえ、まだです……前方にも敵影が!」
「マリナさん。一旦、私たちが前に出ます!」
 周囲の警戒をしていたリンディスが、新たな怨霊たちの接近を察知。仲間たちへ注意を促すと同時に、素早く反応した沙月が櫂を操り声をあげた。
 沙月の提案を受け、マリナは僅かに小舟の速度を落とす。もっとも、嵐に荒れ狂う急流の中では、減速もさほど意味がない。
「この先、川幅が狭くなってますけど……前に行けるでごぜーますか?」
「技術が足りない分は気合でカバーすれば良いのです」
 心配そうなマリナに向けて、沙月は力強い頷きを返した。
 ひゅおん、と木の棒が空を斬り裂く音がした。軽やかに、そして速やかに、刀剣を繰る要領で沙月は木の棒を優雅に閃かせる。
 チャンスは刹那……その一瞬の好機を見逃さないために、沙月は川の水面に視線を凝らした。
「……今!」
 水面に突き出した岩の側面に木の棒を押し付け、小舟を一瞬加速させ……。
 川幅が狭まるその直前、マリナの小舟を追い越した。

「視界が悪いか? なら、これでどうじゃ?」
 マリナの操る船の上、アカツキは軽く腕を振るった。
 瞬間、周囲の温度が僅かに上昇。蒸発した雨が霧へと変わる。
 放たれた業火の弾丸が、先を進む沙月の船の頭上を疾駆した。
 業火を浴びた怨霊が、炎に包まれ身をくねらせた。
「……辺りも照らせて一石二鳥じゃろう、多分」
 進路を塞ぐ怨霊の数は全部で3体。うち1体はアカツキの炎に燃え尽きた。
 残る2体が、少女のもとへと近づいてくるが……。
「貴様らに彼女を連れて行かせる訳にはいかない!」
 沙月を後方へ下がらせて、変わりにベネディクトが前に出る。身体の前面に槍を掲げて、怨霊たちの攻撃を、その身を挺して庇って見せた。
 
 ベネディクトの刺突と、寛治の放った銃弾が、2体の怨霊を消滅させる。
 怨霊が悲鳴をあげる度、少女が苦し気に呻く。
「これは……怨霊の声に反応している?」
 少女についていたドラマは、眉をしかめてそう呟いた。
 
「……川の流れが変わった? マリナさん!」
 水面を見つめていたリンディスが、先を進むマリナに向けて言葉を投げた。
 マリナは険しい表情で、進行方向を睨むように見つめている。
 木の棒を握る手に力を込めて、マリナは小さな吐息を零した。
「……これくらい朝飯前でごぜーます」
 視線の先には小規模な滝。
 現在地との落差はおよそ2メートルというところか。濁流に乗ったままそこに差し掛かれば、一瞬だが小舟は宙を舞うことになる。 
 着水に失敗すれば、小舟は転覆を免れない。通常であれば、すぐに復帰も可能だろうが、嵐の川ではそうもいかない。
 ましてや弱った少女の身体が、冷たい川の水に耐えきれるとも思えなかった。
 チャンスは一瞬。ミスはできない。
 
 滝へと差し掛かったその瞬間、マリナは川底へ木の棒を突き刺した。
 濁流に押された船が宙へと浮かぶ、その瞬間……木の棒に力を込めて、船体を僅かに下方へ向けて加速させる。
 先頭が斜め下を向き、重力に引かれて落下していく。
 滑り込むようにして、最低限の衝撃でマリナの小舟は着水を成功させたのだ。

 マリナの操る小舟に次いで、沙月の小舟も滝から跳んだ。
 沙月の表情に、一瞬暗い影がよぎる。
 マリナほどの操船技術を持たない彼女では、無事に着水できる保証がないのだ。
 否、滝から跳んだ際の感覚から十中八九、着水と同時にバランスを崩すという未来を予想した。
「皆さん、衝撃に備えてください!」
 と、沙月は仲間たちへ注意を喚起。
 けれど、しかし……。
「サポートするでごぜーますよ」
 先に着水していたマリナが、宙へ向けて木の棒を突き出す。
 木の棒は小舟の船底に触れ、落下時のベクトルをほんの僅かに整える。
 盛大な水飛沫と共に、沙月の小舟は水面に着水。それと同時にマリナの手にした木の棒は中心部分で真っ二つにへし折れた。
 操舵用の棒を代償に、小舟は無事に転覆を免れ流れに乗った。

 じわり、と少女の身体から黒い瘴気が滲みだす。
 瘴気は一か所に集約すると、ひと抱えほどの毛玉のような形をとった。毛玉の中にうかがえる、血走った丸い眼球がぎょろりと動きドラマを見据える。
 背筋に走る悪寒に、ドラマは身体を震わせた。
「……厄神!」
 一閃、蒼い軌跡が走る。
 それはドラマの剣だった。厄神が毒をばら撒くより早く、ドラマがそれを斬り裂いたのだ。
 霧散する瘴気を、剣で振り払うようにしてドラマは安堵の吐息を零す。
「ふぅ……病気が治るまで出続けるとのことですが、優先して潰しておきましょう」
 それからあちらも……と、ドラマは船の後方へと視線を向ける。
 厄神の瘴気に誘われたのか……それとも、周辺には何か悪い気でも溜まっているのか。
 小舟へと追い縋る、十にも迫る怨霊たちの姿があった。
川のもうじき下流へと差し掛かる。
嵐の勢いも、先ほどまでより弱まっていた。

●儚さよ
 夜明けはきっともうすぐだ。
 空を覆う厚い雲……周囲を照らすアカツキの火が唯一の光源であった。
 川の幅も広くなり、それと同時に流れも比較的緩やかになる。
 もうじき街が近い。
 あと一息、というところで周囲を埋め尽くすほどの怨霊たちが現れた。

 周囲の状況と夜明けまでの時間を正しく把握し、寛治はマリナへ向けて叫んだ。
「こちらを気にせずマリナさんが操船に集中できるなら、速度を上げられるでしょう。患者の容態は一刻を争う。ここは我々にまかせて、どうぞ先へ進んで下さい」
 その手に握られる黒い傘。
 銃火器を搭載した仕込み中だ。放たれる無数の弾丸が、小舟に近寄る怨霊たちを撃ち落とす。
 寛治の展開した弾幕を擦り抜け、マリナの小舟に怨霊が迫るが、それは沙月が木の棒でもって殴り飛ばした。
「なます斬りにして差し上げましょう」
 木の棒から手を放し、沙月は高く宙へ跳ぶ。
 流れるように、腰の刀を引き抜き一閃。
 一拍の間を置き、怨霊は腰の位置で斬り裂かれ、火の粉と化して荒れた水面に散っていく。
「こういう物は力任せに振るえば良いというわけでもないのですよ」

 リンディ巣は、真白い頁に魔力のインクを走らせる。
 紙面に書かれたその言葉は、世界に名を遺した癒し手達の記録である。
「ベネディクトさん。あと少し――私たちが必ず、送り届けましょう!」
 回復の対象はベネディクト。
 小舟の最後尾に立ち、彼は一身に怨霊たちの攻撃を受け止める。
 浴びた鬼火の数も多く、腕や頬には火傷の痕が残っていた。
「我が名はベネディクト=レベンディス=マナガルム。少女の命を奪いたいというならば、まずは俺が相手になろう……!」
 名乗りを上げ、彼は怨霊たちの注意を引いた。
 その槍捌きは、迫る怨霊たちを時に牽制し、時に突き刺し、薙ぎ払う。
 だが、やはり多勢に無勢……加えて、慣れない船上での戦いということもあり、怨霊たちの波状攻撃を防ぎきることは叶わない。
 宙を舞う鬼火の数発が、ベネディクトの胸を貫いた。
 衝撃と精神的なダメージで、一瞬ベネディクトの意識は遠のくが……。
「ぬぅっ!」
 握った拳で自身の額を殴りつけ、無理やりに正気を取り戻す。
 よほど強く殴ったのか、ベネディクトの額に血が滲んだ。慌てた様子でリンディスが白い頁を開くが、ベネディクトは即座にそれを制止する。
「回復はほかの者か、あの少女へ……一番辛いのは、俺ではない、彼女だ」
 静かに、けれど強い意志を秘めた声音でそう告げて、ベネディクトは再度怨霊たちへと向き直る。
 
 厄神を炎で焼きながら、アカツキは小さく首を傾げた。
「うーむ、結構な数の怨霊じゃな。悪い気が溜まるスポットでもあるんじゃろうか」
 呻き声と共に、厄神は燃え尽き消えていく。
 これで何度目の出現だろうか。厄神が現れる頻度も、怨霊の増加に伴い多くなっているような気がしていた。
 手に灯した火炎を、アカツキは空高くへと打ち上げる。
 それはまるで花火のように、空中から降る鬼火を飲み込みド派手に爆ぜた。
 赤い炎が、周囲を明るく照らし出し……怨霊たちの虚ろな視線と視線が合った。
 ぞくり、とアカツキの背に悪寒が走る。
「まずいのぅ……」
 ちら、と視線を向けた先。
 遠くに街の灯りが見えた。けれど、岸まではまだ距離がある。
 怨霊たちの相手を続けているうちに、小舟はさらに下流へ……街から遠くへ流されていくことだろう。
「ここは私が……邪魔な敵は引き受けます!」
 アカツキの呟きに、リースリットは動き出す。
 放たれるは魔力の閃光。
 撒き散らされた熱波の渦が、周囲に霧を生じさせる。
 反撃とばかりに霧の中から無数の鬼火が放たれた。
 それを回避し、時には剣で切り払い・
 宙を舞うリースリットは、怨霊たちの中央へと単身斬り込んでいった。

 リースリットの特攻により、生まれた隙は十数秒。
 けれど、岸まではまだ遠く……。
「私がいたのはラッキーでごぜーましたね」
 と、そう呟いてマリナは木の棒を投げ捨てた。
 そして彼女は、底も見えぬ濁流へ向け頭からきれいに飛び込んでいく。
 入水自殺か……否、この場において、マリナはそれが最も冴えたやり方であると判断したのだ。
 彼女の種族はディープシー。海を住処とし、自在に泳ぐ水棲種族。
「このままグイグイ押していきましょう」
 濁流をものともせずに、マリナは小舟の船尾へ至る。しかと船の縁を掴むと、岸へ向けて全速力で泳ぎ始めた。

 ぶつかるように、小舟が岸へと乗り上げた。
 衝撃で、アカツキの身体が宙を舞う。顔面から泥だらけの地面に落ちたアカツキは、怒気の籠った視線をマリナへと向けた。
 当のマリナは、水中から怨霊たちの相手をしているところである。
 今は怒っている場合ではないと判断し、アカツキはその場で火炎を展開。
 その間に、ドラマは小舟から少女を下ろすと横炊きにして駆け出した。
 まさに脱兎のごとくという言葉がふさわしいほどの急加速。
「あと少し……ですよ!」
 白い髪が泥に汚れることも厭わず、ドラマはただ怨霊たちから逃れることだけを考え、街へと向けて駆けて行く。
 あっという間に川辺から去るドラマの背中を、怨霊たちは恨めしそうに見つめていた。
 彼らは川を住処とする怨霊だ。
 川から遠くへ離れることは叶わない。
「お願い、間に合って……!」
 東の空が、わずかに白んでいるのが見えた。
 もうじき長い夜が明ける。
 いつの間にか、雨も風も止んでいた。
 嵐の夜が明けるのだ。
「いいえ……絶対に間に合わせます!」
 粗末な柵を跳び越えて。
 泥だらけの道を駆け抜けて。
 水たまりを蹴飛ばして。
 たとえ脚が壊れようとも、少女の命は救って見せるとそう決めて。
 転がるように、医師の家のドアを蹴破り跳び込んだ。 
 
 小さな寝息が耳に届いた。
 叩き起こされた老医師は、少女の様子を確認すると慌てて棚から粉薬を取り出した。
 薬を飲んだ少女の呼吸は次第に落ち着き、今はすやすやと眠りの中に。
 いつの間にか夜が明けて、まぶしい朝日が部屋の中へと差し込んでいる。
「ま、間に合いました。あとは少女の無事を村に伝えれば依頼完了、ですが……そう言えば帰りはどうしましょう?」
 医院の土間に座り込み、ドラマはそう言葉を吐いた。
 川は大荒れ。小舟で遡ることは、いかにマリナでも難しかろう。
「もしかして……橋の修理もお手伝いしないと、でしょうか……?」
 仕事はまだ終わっていないことを悟って。
 ドラマはがくりと肩を落とした。

成否

成功

MVP

マリナ(p3p003552)
マリンエクスプローラー

状態異常

なし

あとがき

急流下り、お疲れ様です。
無事夜明けまでに街へ到達し、少女の治療は完了しました。
依頼は成功となります。

この度はシナリオのリクエスト、誠にありがとうございます。
いかがでしたでしょうか? お楽しみいただけたなら幸いです。
機会があれば、またどこかでお会いしましょう。

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