シナリオ詳細
心恋ひ挽歌
オープニング
●思ひ
いとしいとしと泣く人は、その命惜しくは無いと朝露滴る野へ出でる。
晨夜分かつ刻限に響くは悪鬼のこゑのみと、人は云ふ。
吾が背子が春の野に花を一輪積みに翔けた野に悪鬼など在る訳ないと吾は首を振った。
薫風は悪鬼によってその命を奪われたと、人は云ふ。
冗談ではない。待って居よと彼女は云ふたのだ。
それから吾は待ち続けた。日輪望み、月の盈ち虧けを見送った。
どれ程の時間が経ったかを吾は識らぬ。
気づけば白百合は咲き枯れて、彼女の頬に触れる事の叶わぬ儘に吾は痩せ細った。
お辞めなさい。
もう、彼女は居ないのだから。
冗談ではない。待って居よと彼女は云ふたのだ。
「旦那さま」
「旦那さま、わたくしです」
あゝ、聞こえぬというのかね。彼女の声がするではないか――
●
遠く聞こえる夏鳥の声音が心地よく、『聖女の殻』エルピス(p3n000080)は目を伏せる。
「此処が、神威神楽(カムイグラ)と、言うのですね。
……わたしは、このような土地を知りません。何処か、ふしぎなのですね」
混沌世界に生まれ落ちた彼女にとって識りえぬこの土地は、正しく新天地の名を欲しいものにしていた。悠久なる海の波濤を越え、その先に待ち受けてた黄泉津。それは文化も異なる場所であった。
然し、ローレットとしての行動は変わらぬという事か。エルピスは「野へと、悪鬼を斃しに行きたいのです」とイレギュラーズへと向き直った。
「悪鬼?」
「はい。都より幾許かの場所に存在する月の美しい原っぱです」
エルピス曰く、その原っぱに悪鬼と称される存在が居るのだそうだ。
伽藍の頭蓋を象った提灯を手にした美しい女であるという。ぬばたまの髪に、びいろどの瞳の女。
……しかし、それも『まやかし』だ。本来は肉も削げ落ちた骸骨が衣をまとっているそうだ。
「骨女を斃せと?」
「はい。彼女は薫風と言う名の……美しい幻想種であったそうです。
旦那様の生誕の日に、花を一輪摘むと野へと駆けだした刹那、妖の手に落ちて帰らぬ人となったと」
その女が『旦那様』と愛し合う為に戻ってきた、というのか。
妖とは奇妙奇天烈、奇々怪々。そうした存在がいても不思議ではない。
だが――エルピスはそこまで口にしてから、惑うように視線を揺れ動かす。
「旦那様、が」
旦那様が、未だ、その野に留まっておられるのです、と。
薫風の言葉を信じ、野で待ち続けた精霊種の男。
妻と同じぬばたまの髪を持った彼は都より去り、妻の姿を探して野へと辿り着いたのだという。
そして、妖と化した薫風と――そうとは呼べぬ骨女と――出会った。
奇妙なことに『旦那様』は薫風を生前の姿として認識しているそうだ。
「恋しい、恋しいと薫風は、泣いておりました」
そして、旦那様も同じく。君が為ならば、とその命を賭してまで野で彼女を守り続ける。
その命が潰えているなどと、信じたくはないと言うように――
「八百万のご依頼人の方は、旦那様の命までは奪いたくはないとおっしゃっているのです。
そうして、月日が経ちました。日が登り、月が沈みと繰り返し……薫風よって穢れが生み出され見過ごせなくなった今、彼らは異邦のわたしたちへと乞うたのですね」
薫風を斃してほしい。
彼の娘の夫の事は任せると。最後は幸福な者であれば、と。
エルピスは不安げに小さく紡ぐ。
「もしも、愛しいひとのいのちが潰えていたならば、
それを……乗り越える強さを、ひとは持てるものなのでしょうか」
- 心恋ひ挽歌完了
- GM名日下部あやめ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年07月07日 22時15分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
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愛に甘えて、今を見捨てた。
まぼろしに、溺れて居たかった。心地よい温度がそこにあったから。
●
愛とは呪い、とは良く言ったものだ。より強い愛情が雁字搦めに心を蝕む様を目の当たりにして『月下美人』久住・舞花(p3p005056)は息を飲む。悍ましくも強き情の鎖がそこにはあった。
「『旦那様』は……本当は気付いているけれど、認めたくない、認められないのではないかしらね」
その言葉に、『救世の炎』焔宮 鳴(p3p000246)は息を飲む。永遠など、どこにも存在しない。永劫など、どこにもありやしない。流転する運命により転がり落ちた先が『これ』だと言うならば――救いがない。何もできない歯痒さに心の奥底より痛みが咽ぶ。
「でも、被害が出ている以上このままにしておくわけにもいかないの。――それにコレは依頼なの」
覚悟をせねばならない。いとしいいとしいと泣き濡れる二人の愛、永劫の隙間。然して、他者より見遣ればそれは凶行の始点に過ぎず、骨女が纏う衣も誰ぞのおもひのいろに濡れそぼる。
「それに……どういう認識であれ、過去をずっと見た儘で。
今を、未来を見ることができていないのは『旦那様』にとっても宜しくない事。
――私は恨まれても構いません。『旦那様』。薫風さんを……討ちます」
覚悟を、その唇乗せて鳴が長い睫を伏せる。影の向こう側、不安が首を擡げようとも進まぬ儘ではそこが終わってしまうのだと『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は息を飲む。
「私も大切な人を失ったら、暫く前を向くこともできないかもしれない。
……でも、ずっとそのままじゃあダメなんだよ」
浮かばれぬではないか。薫風のその魂をうつつに捕らえるは旦那様の愛ゆえであるかもしれない。根の国より駆け下り、けだものにその身を化して迄、愛するというのか。
「『大切な人が死んで、それを受け入れられなくて何かにしがみ付く。それは仕方ない事だ』――と言う。
けど、それじゃあ、女の人が現世に留まる事で殺したのいのちは、仕方なかったんだろうか」
『強く叩くとすぐ死ぬ』三國・誠司(p3p008563)の呟きに橋場・ステラ(p3p008617)は首を振った。失われたいのちの分だけ、誰かが泣いている。いとしいいとしいと、大切に慈しんだいのちが失われていくのだ。
「大切な人を喪う、というのは想像する事は出来ても、そのお気持ちをまだ拙には本当に分かる事は出来ないのかもしれません。……それでも、未練に囚われてしまうのは、喪ってしまった方にも、喪われてしまった方にも良くはないと、拙はそう思うのです」
「そうでござるな。夫婦の愛……拙者が未だ持ち得ぬモノではあるが、いつか誰かと番になったならばこのように迷うこともあるでござろうか」
人とは惑うものであると。『闇討人』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)とて知っている。このような結末を、受け入れられない。いとしいいとしいと探し求めた旦那様の為にその心をかたちにして、そしてけだものと成り果てた妻。正しい別れなど、此の儘では訪れぬ儘、狂ってしまう。只、けだものと、けだもの愛され飢え死ぬ男として。
「さァ、もう物語としては終わった話。今回のはアトシマツってやつだね」
『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)は明るく、その声を響かせた。そう、奥方がけだものに殺され、そして泣き濡れる旦那様が野に出でてその姿を探す悲恋譚。その物語の結末を『少しばかり』変えて見せると――口にして喉越しの良い幸福のオマケ話を添えてやろうと彼は快活な笑みを浮かべて見せた。
●
日差しの差し込む野へと歩み出たのは、『旦那様』と言葉を交わしたいと考えたが故。武器はマントの内側へと忍ばせ、狐面をその身に飾った『拵え鋼』リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)は穏やかな笑みを浮かべて「コンニチハ」と旦那様と――そして、傍らでしなだれる様に座る骨女の姿を双眸へと映し込んだ。
「この野の付近は危険が多いそうですが、お二人は大丈夫デスカ?」
心の底から心配そうに声かけるリュカシスへと『旦那様』は「君は旅の人かい?」と声を掛けた。よくよく見遣れば彼のほかにも幾人もの姿が見れる。旅装束に身を包んでいるのだろうと合点がいった様子の旦那様は「けだものの噂を聞いたのだろう?」と穏やかなる声音で云った。
「けれども大丈夫さ。私も妻と此処で長く過ごしているがけだものの姿は見た事はない。
村々ではけだものの餌食になった者も多くいると聞くが、もっと山か――それとも、夜更けの事だったのではないかな」
「そうデスカ……」
やけに饒舌に――それも、きっとリュカシス達を遠ざける為の話術なのであろうと舞花は感じていた――言葉を重ねる旦那様は「心配は無用さ」と穏やかに微笑んだ。特異運命座標達の狙いは旦那様に現状の把握と、そして説明であった。ならばとステラとリュカシスは薫風の手を引いて「野草を教えて欲しい」と乞う。愛しい妻の手を引いていく旅人たちに旦那様が慌て立ち上がったが、その視線を遮る様にイグナートは穏やかな笑みを浮かべた。青草の香が鼻先を擽る。イレギュラーズをまじまじと見遣る旦那様は「何のようだ」と胡乱に問いかけた。
「妖怪退治のイライを受けて来たのだけれど何かシラナイかな?」
「噂であろう?」
イグナートは笑みを崩さぬ儘に「骨女、ラシイよ」と付け加えた。伽藍の骸骨の肢体を持った女――それは、今、ステラとリュカシスが相手にする彼の妻そのものだ。だが、旦那様は穏やかに首を振るのみだ。知らぬ存ぜぬと。妻の姿を生前其の儘に見ている彼にとっては皆目見当が付かないとでもいう様に。
「けれど、噂で留まらないから私達は来たんだよ。悪鬼の姿がある、って」
アレクシアは彼は本当に知らぬのだろうと実感していた。誠司も同じだ。彼は――『薫風』を喪ったとは気づいていない。否、気づきながらも『帰ってきた』とでも思っているのだろうか。幽世の扉はそれ程に柔くはない。軽く輪郭をなぞる様に言葉で触れたとて、自身らの取り巻く環境であるとは誰も考えてはいないのだ。
「……救えないな」と誠司は小さく漏らした。救えない――咲耶は彼が何も知らないというならば、正しい別れなど存在しないではないかとさえ感じたのだ。
「悪鬼の姿など、視た事などない。そう言っただろう?」
「ええ。貴方は眠っていたでしょうから。朝暮けの刻、人が死ぬ。
私達はその解決に正式に派遣された――神使です」
舞花の言葉はじっとりと濡れていた。質量をも感じさせたその言葉は盃に注がれた毒の様に迫る。真実と言う名の毒を喰らわば、世界が一転してしまうのだ。旦那様は声を震わせ「何を言う?」と特異運命座標をまじまじと見遣る。
「薫風――と言うのだろう。お前の嫁さんは。俺には彼女の姿が骨に見えるよ」
「は――?」
誠司を凝視した旦那様に、彼は頭を振った。嘘などついて居ないと。真摯なその瞳は不安を抱くように細められる。
「噂では彼女がこの場に居続ける為には人を殺さねば生きては行けぬと聞くでござる。
……その噂の是非を拙者等と共に一度確かめてはみませぬか。お主が拙者等の言い分を判断するのはその後でも宜しかろう」
咲耶はゆっくりと、声を掛けた。眠らないで、見ていてくださいとアレクシアと舞花は言葉を重ねる。妻は、よく寝てください、明日の朝は朝露の中で共に新たな日を喜びましょうと微笑んでいた――と言うのに……?
旦那様は呆然と、頷く。突然の来訪者たちは妻が人のいのちを奪っているのだというのだ。人を殺める罪深さを知って居る筈の、美しく穏やかな薫風。莫迦なことを、と怒鳴ることが出来なかったのは特異運命座標達があまりに――あまりに、真剣な顔をしていたからかもしれない。
「その目に真実が写っていようと、いなくとも……このまま、過去に縋ったままのつもりなの?」
鳴のその言葉に、旦那様はこくり、と頭を落とした。そうでもしなくては、生きていけなかったのだから。
●
――今何をいっても正直受け入れられないと思う。
けど、確かにいるんだ。『悪霊にさせられた』可哀そうなやつが、そこに。
誠司の言葉が、巡る。男にとって、美しく微笑み続ける妻が幻影であるかのように、胸の内側まで、その言葉は染み入る。「旦那様」と優しく呼んで、白魚の指先がそっと、添えられる。其れさえ――紛い物で、それさえ、悪しき存在のものであるというのか。
目を覚ましていて、と。特異運命座標は言った。その言葉を、繰り返し、旦那様は毎日の通り薫風へと告げた。
――お休み、薫風。また明日、変わらぬ一日が来ることを、『願っているよ』
●
野草を一つ。その名を識らねども、ステラは薫風が手渡した野の花を指先で遊ぶ。野花の名を問いかけて穏やかな声音で、伽藍の眼窩で見下ろして語り掛けるその姿は肉と皮を纏っていたならば何ら人とは変わりなかった。旦那様の前であるからか、果たして、あの微笑が薫風と呼ばれた女そのものであったのかは分からない。
(……足手纏いにならないよう、頑張ります。改めて、皆さんは『旦那様』とお話しなさるでしょうから)
ステラはぎゅ、と勇者王の剣に指先を添える。レプリカながらも上質なその剣の感覚を確かめ、彼女が暗がりの草原を見遣る。晨夜分かつ刻限に響くはからからと、虚ろなる骨音。月しか高原のないその場所で、深々と眠りについた旦那様を背に女は立っていた。明け方が来る前に次の獲物を探さねばと移ろい歩むその姿は悪鬼そのもの。
(薫風さん……)
ステラが息を飲む。草木を踏み締めるが如く、誠司は真っ直ぐと薫風の許へと進んだ。淡く開けた浴衣の胸元から肉の詰まらぬ肋が覗いている。その中に埋まる事のない心の臓は彼女が人ならざると告げるかの如く。
誠司の姿を見かけて、寂を破るはからり、からりと踊る音。虚ろなる薫風が狙いすましたように躍り出る。顔上げて、リュカシスは月光に惑う死者をレテの川の彼方へと導くようにその身を滑らせる。
「……申し訳ありません、薫風様。夏の風の君。これ以上、あなたに罪を重ねて欲しくないのです」
「ツ み?」
『ぐにゃり』と女の輪郭が歪む。骸骨より溢れ出るのは怨嗟であるか。狩りの邪魔をしてくれたな、と怒る様なその声音にリュカシスは唇を噛み締める。
「オ前――何が分かるというのダ」
その声は野草を微笑み教えてくれたものとは違う。悪鬼、そう称する事しか出来ぬほどに良妻は化けた。骸骨に僅かに絡みついた頭髪がずるりと地を這う様に伸び往く。
「……ボクには、死してなお共にと願う、そのお心に添うことは出来ません。
幸いな事に同じ経験をしたことがないからです――ですがもしも、」
父と母が。愛しい人たちが、そのようになったらと思うだけで胸には痛みが込み上げた。辛く、悲しい極楽の偽り。柔らかな輪郭に包まれた二人きりの淡い世界。恋い慕う、愛おしさに溺れて居ればうつつなど忘れてられるはずだから――けれど、苦しみに濡れても尚も、家族として生を全うしてほしいと願っては已まない。面の向こうリュカシスは唇を噛み締めた。泣き顔など、『鉄帝人』には似合いやしない。
たん、と地面を踏み締める。怨嗟の声をその身に受け止めて、それでも尚もイグナートは前線進む。
誠司が言った。悪霊にさせられた、と言うその事実。イグナートは旦那様にとっては勝手な押し付けに感じられるかもしれないが面と向かって言いたかった。
お前の愛が、愛しい人を悪霊としてうつつに縛り付けた――のだと。
「この姿を見なよ! これで良いのかい?」
イグナートのその言葉に薫風ががばりと振り仰ぐ。「そんな」と「嘘」を絶えず繰り返した骨女が生前の姿の様に『唇を戦慄かせた』様子がイグナートには確かに分かった。
立っている。『彼』が――いとしいとしいと泣き濡れたあの人が。
「薫風って女性がサイゴはバケモノになって人を殺し続けましたなんてウワサを残して!
美しい姿も優しい心も、後世に遺していけるのはダンナさんだけなんだよ? それで、いい!?」
イグナートのその言葉に薫風は、静かに声を震わせた。彼へと襲い掛かる姿勢の儘、彼を喰らわんとするその姿勢の儘、
「ダ んな、様――」
薫風、と雨垂れの様に言葉が落ちた。旦那様の見開かれた両の眼には美しい女が旅人たちに掴みかからんとしている様子が映る。まるで、悪鬼の如く、その両脚を曝け出し喰らわんと手を伸ばす。
――月が傾ぐ刹那。信じておられるのなら、どうかその目で証明を。
そう告げた舞花は目を伏せる。認められないというならば、そうだろう。恋をし、愛し、そして共にと誓ったその人が乞うも狂う姿を見て情を組み合わせたものはどういうか。
「存在を維持する為に人の魂を喰らっていたのね。貴方の為に、貴方の傍にいる為に」
それは、彼と共に在る為に。うつつにその身を留める為であったかと舞花は薫風を抑える様に飛び込んだ。最初は、只の噂話であったのだろう。愛しい人を失った彼の嘆きに寄り添う者も居た筈だ。だが――それも見過ごせない。
「今はまだ大丈夫かもしれないけれど……何れ、貴女は彼を取り殺すかもしれません。
自然ならざる歪みは、何時までも安定する筈がないのだから……薫風さん。貴女は、それでいいのですか」
「わた、クしが……?」
戦慄く、無の唇が、そこにある様に。ステラは薫風を受け止めた、その力が徐々に弱くなることを感じる。
(……理解――してくれている……?)
ステラに癒しを与え乍ら鳴は声を凛と張る。歯痒い、救いがない。こんな結末、どうして認められようか。いずれは舞花の言う通り薫風は旦那様を取り殺し、行く先知れず悪鬼として討伐される。そんな未来を想像して鳴は首を振る。
「――現実を見据えなさい。 貴方が前を向かなければ『薫風さん』も浮かばれません。
私達を恨んでも良い。けれど、薫風さんを汚さないで。『旦那様』――!」
鳴は旦那様を振り仰いだまま、微動だにしなくなった薫風を見遣る。嗚呼、愛とはこれ程までに強固で、人を縛る鎖となるのか。
「どれだけ辛かろうと、悲しかろうと。人は立ち上がらなければならない……前へ進まなければなりません」
鳴が首を振る。旦那様は、彼女が愛おしい。譬え悪鬼となっても――別離の恐怖とは逃げられる。
「あなたが薫風さんを失いたくないという気持ちはわかる。
だって私も大切なものは何よりも、自分の命に代えてでも護りたいと思うもの。
……それが叶わないこともある。きっとそれは目を逸らしたくなるものだよ。
でも、一番近くにいた人がまやかしに浸っていたら、一体誰がその人の想いを、存在を伝えていくというの?」
アレクシアは、声を震わせた。鳴の言うように前に進むのは恐ろしい事だ。ステラが薫風を見つめ合う。その伽藍の瞳は泣いているようにも思えた。
「別れは悲しいよ……辛いものだよ。それでも継がれるものはあるはずなんだ!
いい加減に目を覚まして! ――あなたは大切な人が、薫風さんが生きていた証をこんな形で残させたいの!?」
叫ぶ。声を響かせて。アレクシアが訴えかけたそれに、旦那様は土を掻いた。我武者羅に、藻掻くように土を掻く。
愛は汚泥の様に絡みつく。まぼろしにまで縋りたくなると。
愛に甘えて溺れて居たかった。逃げ出したかった。今なんて、なかった。彼と彼女の時は止まっていた――そんな事、認められるかと誠司は首を振る。
「その結果だ、といえるほど僕らは偉くなんかない
あんたはその道を選んだ、僕たちはその道の犠牲になった人たちの願いとしてここに来たーーそれだけのことなんだ」
ただ、それだけだった。誰かが為にと、誰もが願った。
「このまま人を襲う事を本当に薫風殿が望んでいるとお思いか!
思い出すが良い、お主の知る彼女はこの様な事を望む者であったのか!
……もう終わらせるべきでござる。これ以上薫風殿の魂が穢れきってしまう前に!」
咲耶の言葉に、旦那様は「殺してくれ」と囁いた。美しい愛しい人。その終焉を受け入れるはどうして怖いか。
「あんたがそのままなら骨女って化け物退治でこの話は終いだ。
――けどなぁ、あんたそれで本当にいいのか? 嫁さんを殺した妖に敵討ちもできずに、嫁さんの待ってた場所も守れずに、今のままで、あんたほんとに嫁さんに顔向けできんのかよ」
誠司が旦那様の胸元を掴み見上げた。呆然と見つめる彼は『変わらぬ明日が来ない』事を知っている。移り変わる雲の流れをその視線で追いかけて、唇を戦慄かせる。
「……これ、よければ……」
そっとステラは崩れ落ちたお骨を布に包み差し出した。薫風の生きた証、彼女を形作っていたたったのすべて。肉は削げ、最早その声音で彼を呼ぶことはなくとも。
薫風、と彼は泣いた。朝露に濡れた草木に包まれて、動く事のない愛しい人の名を呼んだ。
そうして、夜は更けた。
次に目を覚ましたら――愛はそこにはもう、なかった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
この度はご参加誠にありがとうございました。
愛するとは、何と難しいのでしょうか。
MVPは旦那様の心に声を響かせた貴方様へ。
また、お会いいたしましょう。
GMコメント
日下部あやめと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします。
●成功条件
『薫風』の撃破
●骨女『薫風』
カムイグラの都より離れた草原で妖によってその命を失った淑女。
旦那様の生誕の日を目前に彼の為に華を一輪積みに出かけたきりだそうです。
現在は未練でその魂が悪鬼と化して骸骨の姿で野で旦那様と過ごしています。
自身を現世へ留めるべく、旦那様が眠る朝暮けに人を殺し続けています。
●旦那様
薫風の嫁ぎ先。八百万の青年です。薫風を慈しみ、彼女を深く愛していました。
しかし、帰らぬ薫風を探すうちに野で待てという彼女の『未練』を聞き、目を伏せて彼女の遺骸の上で暮らし続け――そして、その怨念が形作られ、骨女と化すまで傍に居ました。
生前の姿の薫風のまやかしを見、彼女を愛し続けます。彼は、彼女が骸骨であれど愛せるのかもしれません。
戦闘能力は低いですが、彼自身、生家がそれなりであるからか討伐隊も手を煩わせる存在だったそうです。
●野
カムイグラより離れた月の美しい野原。朝、月が傾いだその刹那の瞬きに薫風は人を殺します。
それ故に、暗い時間は通ってはならないと噂されているそうです。
・夜の内であれば、旦那様は眠っているために薫風の身と戦うことが出来ます。
ですが、それは旦那様の知らぬうちに妻をこの世より消し去るという事です。
また、旦那様にはばれぬ様に凶行を行う為、夜ならば薫風は一人なのです。
・朝は旦那様と共に行動しています。
彼に対して何らかのアクションを起こすならば日中帯でなければならないでしょう。
旦那様は彼女を深く愛しています。彼女を失う絶望はきっと、計り知れないのです。
●NPC
エルピスが同行いたします。サポートを行います。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
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