PandoraPartyProject

シナリオ詳細

くすんだ菫色の闇

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――ウー、ウー、ウー。

 侯爵夫人の目が見えぬ空中ブランコの揺れを追って左右に動く。
「それはもう……。とてもとても素晴らしい公演でした。先生もご覧になればよかったのに」
 先生と呼ばれた男は、シェードが作るくすんだ菫色の影の下で薄く笑った。
「シルク・ド・マントゥールの公演は今回も大好評だったようですね。私もいずれ、機会があれば……」
「あら、もうお帰り?」
 男は背もたれのついた椅子から立ちあがると、軽く反ったシルクハットのプラムに軽く指先を添えて体を屈めた。
 がっかり顔の侯爵夫人が差し出した赤い手を取り、金臭い甲に軽く口づけを落とす。
「このランプは実に素晴らしい作品だ。この短期間によくここまで成長したものです。もう私が指導することは何もありません。それに、そこのお嬢さんをあまり長く待たせても、ね」
「わたくしは先生にもっと教えていただきたいことがありますのに」
「自信をお持ちなさい。貴女は立派なスキン・テイカーだ。あとはどんどん経験を積んでいくことです。いずれ私のように職人と呼ばれる日が来るでしょう。では、次は地獄で……」
 男は優雅な足取りで車輪の上の白くなった腸を避けると、爪先で視神経をつけた眼球を蹴り飛ばし、長く暗い廊下へ出て行った。
 
 ――ウー、ウー、ウー。

 喉が痛い。叫び続けてもう涎すらでない。
 お願い!
 誰か助けに来て!
 
 

 ローレットに依頼があったのは昨夜のこと。春にしては暖かく、汗ばむ肌が初夏を感じた日の夜だった。
「その屋敷から臭いがした、と書かれている。血と肉に便を振りかけて混ぜ、恐怖をたっぷり含んだ唾液と汗をふりかけて腐らせたような、吐き気をもよおす……おっと、そんな目で睨むなよ。この紙にそう書いてあるんだから」
 『黒猫』ショウ・ブラックキャット(p3n000005)は手にした一枚の紙をひらひらと振った。紙からまるで悪臭が出ているかのように、顔からうんと遠ざけて。
 つられてイレギュラーズも体を引く。
 直接の依頼者は失踪した娘を探す夫婦だった。
 しかし、彼らは未就学で文字が書けないため、たまたまローレットに居合わせた情報屋が依頼書を作成している。
「ん? これを書いたのはオレじゃないぜ。別の情報屋だ。そいつとは……まあ、そのうち会えるんじゃないかな。やつが未解決事件を追っている最中に死ななければ。じゃ、続きを読むぞ」
 はじめに、異臭に気づいたのは隣の屋敷の奉公人だった。
 依頼人である夫婦と失踪した同僚――夫婦にとっては娘のことを話しているとき、部屋に風を入れこもうとして、たまたま窓を開けたらしい。
 奉公人の部屋から小さく見える隣の屋敷は、二週間ほど前から人の出入りが途絶え、夜になっても明かりが灯ることはなかった。
「妙な胸騒ぎがして、三人でこっそり隣の敷地に忍び込んだそうだ」
 屋敷の窓はどこもかしこも鎧戸が落ちていた。
 いやな臭いがしたからといって、よそ様の屋敷に忍び込むわけにはいかない。明日の朝、奉公人の主から苦情を入れてもらおうということになった。ついでに、失踪した娘についても、何か知らないか聞いてもらおう。
 夫婦と奉公人は、番犬が飛んでこないうちに、といってもその番犬の姿はおろか鳴き声も聞こえなくなって久しかったのだが、とにかく戻ることにした。
 今にして思えば、どうしてあの時『彼女』は立ち止まり、振り返ってしまったのか。
 ほんの一歩半の距離が、夫婦と奉公人の命運を分けた。
 投げ縄を手にした複数の男女が、いつの間にか背後に迫っていたのだ。
 彼らはみんな裸で、全身を赤黒く染めていた。彼らもひどい臭いがする。
 そのうちの一人、筋骨逞しい男が奉公人の娘の首に縄をかけた。そのまま、もがく娘を引きずってものすごい勢いで屋敷へ戻っていく。
 他の赤黒人たちが縄を回し始めたの見て――。
「依頼人の夫婦は走って逃げたそうだ。ま、正解だな。下手に娘を助けようとしたら、彼らも捕まっていただろう」
 ショウはテーブルに金貨の入った革袋を置いた。
「この金は依頼人の夫婦と、さらわれた奉公人の娘が勤める屋敷の主人からだ。件の屋敷の貴族は……近隣の人々から愛され、尊敬されている温厚な人たちなんだと。それにいろいろと恩があるらしい。何かの間違い、または彼らも事件に巻き込まれている可能性があるので、隣の屋敷の主人はこの件を公にしたくないそうだ」
 それ故、ローレットに話が持ち込まれたということか。
「そういうこと。屋敷を改め、そこで何が行われているかを明らかにし、助け出すべき人を助け出し、必要ならそこにいる『悪』を排除してくれ。一切の痕跡を残さずにな。じゃ、頼んだぜイレギュラーズ」

GMコメント

●依頼条件
 1)屋敷で何が行われているか明らかにする。
 2)捕らわれた娘(たち?)を助ける。
 3)件の屋敷に住む貴族たちの名誉を守るため、夜明けまでに証拠を隠滅する。

●タイムリミット
 真夜中過ぎから夜明けまで。
 近くの住民たちも異臭を嗅いでおり、噂が広まりつつある。
 早急に対処しなくてはならない。

●件の屋敷の構造
 1階、10室……長い廊下を挟んで左に5室。右にキッチンや浴槽、物置、使用人たちの部屋。
 2階、10室……長い廊下を挟んで左に5室。右に5室。廊下の突き当りにメインベットルーム。
 地下……ワインセラー。
 裏庭……プールあり。

 一階の窓はすべて鎧戸が降ろされています。
 玄関は硬く閉ざされています。
 正面の門は閉ざされています。
 なぜか、裏門は開いています(夫婦と奉公人の娘はここから侵入)。
 屋敷の回りは高い鉄柵が。 

●使用人数……男女9人。16歳から50歳まで。
 二週間前から誰も姿を目撃されていませんでしたが、先日、依頼人たちが6人目撃しています。
 夫婦の目の前で奉公人の娘を攫ったのは、体型から庭師のボブだと思われます。

●件の屋敷に住む貴族。
 夫、パブロ=ジッタハウス。48歳。車イス。
 妻、リーザ=ジッタハウス。32歳。
 娘、12歳。
 二週間前から姿が見えません。

●件の屋敷に捕らわれていると思われる人物。
 ・エレナ……依頼人夫婦の失踪した娘。16歳。
 ・リズ……奉公人の娘。17歳。

●その他。
 近隣地域で若く美しい男女が次々と行方不明になっているらしい。

●MSコメント
 上記の情報精度はAですが、その他詳細は一切不明です。
 不測の事態がおこることが予想されます。
 助け出す人の数と場所を見極め、作戦を立ててください。
 なお、OPに出て来た先生こと皮膚職人(スキンメカニック)はリプレイに登場しません。


 よろしければご参加ください。お待ちしております。

  • くすんだ菫色の闇完了
  • GM名そうすけ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年04月24日 21時00分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者
リア・ライム(p3p000289)
トワイライト・ウォーカー
ヨハン=レーム(p3p001117)
おチビの理解者
アニエル=トレボール=ザインノーン(p3p004377)
解き明かす者
リーゼル・H・コンスタンツェ(p3p004991)
闇に溶ける追憶
シロ(p3p005011)
ふわふわ?ふわふわ!
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの

リプレイ


 夜風に含まれる血の匂いにむせかえった。湿り気を帯びた草を踏み、その感覚に肌があわだつ。
 深夜、イレギュラーズたちは裏門から敷地に潜入した。罠は仕掛けられていなかった。鍵の掛かっていない裏門自体が、得物を引き込む罠そのものなのだろう。
 『トワイライト・ウォーカー』リア・ライム(p3p000289)と『武装猫メイド♂』ヨハン=レーム(p3p001117)の二人が聞き耳を立てながら先頭を歩く。
「聞こえる?」
「聞こえます。こちらへ向かってきますね」
 リアは肩越しに「お出迎えよ、注意して」と、仲間たちに警告した。
 粘り気を帯びた風が吹き、『ふわふわ?ふわふわ!』シロ(p3p005011)の小さな鼻を撫でた。暗く嗳かい予感の風に、恐怖の輪郭が浮かび上がる。その数六つ。
「出た!」
 顔の両側に垂れたうさみみが、ぶあっと膨らむ。
 リアは松明を突き出した。襲撃者たちの身なりを一目見て顔をゆがませる。
「イカレたファッションね。低俗な悪霊が地獄から沸き上がってきたのかと思ったわ」
 『特異運命座標』アニエル=トレボール=ザインノーン(p3p004377)は膝の上に乗せたカンテラを掲げた。襲撃者たちに向かって、車椅子型移動デバイスを進める。
 襲撃者――ジッタハウス家の使用人たちは、音もなく滑るように芝の上を進みくる異世界の乗り物に怖気づき、よたよたと後ろへさがった。
「一線どころか山を越えちまったって感じだね。悪霊のほうがもっとセンスがいいだろうさ。にしても、こいつら、まともに会話ができるね」
 使用人たちは依頼主の情報通り、全員が裸だった。いや、少し違う。彼らはリアが言ったようにイカレた衣装を身にまとっていた。人の皮で作られたベストやら、マスクやらを。
 ひときわ体格の良い男が、肩から垂らしていた灰色の細長いものを首に巻きつける。大きな肉切り包丁の先をイレギュラーズたちに向け、分厚い唇を捲りあげた。
「おそ……ろ、い」
「は? 貴様、今、何と言った?」
 『紫電修羅・黒羽の死神』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)は目を細めた。
 怒りに体を震わせて、二振りの剣を鞘から引き抜く。内に抱える狂気が渦を巻いて膨れ上がり、己の周りに風を生んだ。漆黒の羽が、背になびく赤いマフラーの上で鮮やかに舞う。
「お揃い? その首の汚らわしいものと一緒にするな!」
 強く芝を蹴る。一足で腸を首に巻いた男の前に立つと、左腕の疼きを払うかのように剣を振り抜いた。
 腸のマフラーをまきつけた男の首が飛ぶ。
 頭を失った体が倒れると同時に、別の使用人が斧を大きく一振りした。クロバは斧をよけずに前へ突進し、相手の懐へと飛び込んだ。勢いに任せて芝の上に押し倒すと、馬乗りになって斧を手にした相手の腕を自分の脇の下に挟み込んだ。そのまま腕を絡ませて動かないようにする。
 揉みあいになった。
 ゴロゴロと転がりながら攻守を入れ替えて、互いにマウントを取ろうと足掻きあう。
「えい!」
 ヨハンはクロバが上になったところへ急いで駆けつけると、男がもう片方の手に握った斧の柄を力任せに蹴り飛ばした。斧刃の背が男の鼻を叩き、骨が折れて血が噴き出す。
 ぐったりとして大人しくなると、クロバは腕を解いて離れた。肩を押さえて、男の横に膝をつく。
「クロバさん、そのまま座ってください。手当てをします」
 『自称・旅人』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)はクロバの横にひざまずき、治癒符を取り出した。
 ヨハンにカンテラで照らしてもらいながら傷を調べる。肩の肉が裂け、血の中に骨が見えていた。流れ出す血が服を黒く染め、腕を伝い指の先から滴り落ちていた。
 ヘイゼルは芝の上に伸びる男へ顔を向けた。その手に握られたままの斧をじっと見る。斧は柄と言わず刃と言わず腐った肉と血で汚れていた。それが何を意味しているのか。医学知識のない軍学校を出たばかりの新兵でも解ることだ。すぐに手当てをして細菌の感染を塞がねばならない。
 治癒符を肩に当てると、クロバが低いうなり声をあげた。痛みを訴えているのではない。警告の合図だ、とヘイゼルは瞬時に気づいた。
「え、なんですか?」
 ヨハンの背後に横幅のある影が立ったかと思うと、黒くて丸いものが振り抜かれた。忍び寄る足音に気がつかなかったのは、すぐ近くでリアたちが残りの三人と戦っているためだ。
 頭を強く打たれてヨハンが倒れる。
「そいつはオレに任せろ!」
 『金狼の弟子』新道 風牙(p3p005012)は立ち上がろうとしたヘイゼルたちを制すると、鉄のフライパンを構えた女に飛び掛かった。女の顔と言わず、胸と言わず、腹と言わず、双方のこぶしで機関銃のように突きまくる。
 女の青白い皮膚にも、桃色の皮膚にも、無数の傷口がひらき、網目のように体の上を血の河が流れた。何度目かの殴打のあと、女の顔の皮がずるりと剥けた。被害者からはぎ取った顔の下から本当の女の顔が、微妙に異なる七つのドブ色オーラとともに露わになる。
 エモーショナル・カラーを使うまでもない。
 この女、狂っている。
 風牙は女の背後を取ると、首に利き腕を回してチョーク・スリーパーを掛けた。強く頸部と喉を圧迫すれば、相手は命を落とす。殺さないようにするためには力の加減が難しい技だが、相手は説得不可能な殺人者――。
「手加減はいらないな」
 さらに腕に力を込めると、頸部の筋肉がのび切る音が聞こえた。
「悪趣味だねえ。全部刻んでやるよ!」
 『闇に溶ける追憶』リーゼル・H・コンスタンツェ(p3p004991)は、オーケストラの前に立つ指揮者のごとく、腕を大きく振るった。
「加減してる余裕はねえぞ、死にたくない奴は先に言うんだな!」
 無数の刃をつけたワイヤーが空でうねり、死の旋律を奏でる。
 丸眼鏡をかけた白髪の男は、片乳房の胸当てごと夜を疾走する凶暴な刃に切り刻まれ、たちまちのうちに小さな肉の集合体と化した。
 崩れ落ちた肉片がびちゃびちゃと音を立てる。当然の事ながら四方に大量の血がまき散らされた。
「うわっ」
 シロはぴょんと飛び跳ねて、血しぶきをかわした。
「なんだ? 少々、生ごみが増えたところで問題ねえだろ?」
「そういう問題じゃ……危ない!」
 リーゼルは横に転がって振り下されたナイフをさけた。
「後ろにもう一人いる!」
 使用人たちはそのまま転がって逃げるリーゼルを追わず、体の向きを変えると狩りの対象をシロに定めた。
 シロは二人が斬りかかってくるタイミングのズレを見切り、リーゼルに切りかかった髭の使用人の脇をすり抜けた。足を引っかけて転ばせる。続けて跳ね飛び、男の後ろにいた女の顔面に膝蹴りを叩き込んだ。
 ぐしゃ、と骨が砕ける音がして、女の顔が陥没した。
 アニエルは清流のようになめらかな、よどみのない車体裁きで顔の凹んだ女に接近すると、そのまま体当たりした。バックして、倒れた女の足を引く。
 強く吸い込まれた空気が食いしばられた歯と歯の間を抜けて、草笛のような音をたてた。
「いまの痛みで正気に戻ったか?」
 女はアニエルを無視した。いや、最初から聞いていなかった。内なる狂気が発するメッセージが女の耳を塞いでいるのだろう。ツバとともに意味不明の言葉を叫びながら、ナイフを車椅子――テトラクロスの側面に突きたてようと躍起になっている。
 辛抱強く耳をかたむけていると、どうやら女は「皮をよこせ」といっていることが分かった。
「無駄か」
 アニエルは女の体を轢きつぶした。
「車体に穢れた血がついてしまった。いますぐ洗い流したい」
「後でね」
 リアのマギ・リボルバーが火炎を噴いた。マナを固めた魔弾が、起き上がった男の額を撃ちぬく。
 男の体がゆらりとまわり、一瞬後には後が大きく欠けた頭蓋が地を打った。
「屋敷の中でもっと汚れるだろうから」


「やっぱり鍵がかけられているよー。窓もドアも全部」
 屋敷を調べていたシロが戻ってきた。
「アリエルさんの出番だね」 
「やるのはいいが、どこを開ける?」
「正面玄関よ。さっさと死体を運びこみましょう」、とリア。
 さすがに死体を庭に放置しておくのは拙いと判断したイレギュラーズたちは、細切れになってしまったものを除いて屋敷の中に運び込むことにした。
「クロバ、そっちは任せていいかしら?」
「いや、オレも一緒に行く。ここはヘイゼルのほかに一人つけば大丈夫だろう」
「肩の傷は?」
 問題ない、とクロバが肩を回して見せる。
「ヘイゼルのおかげだ」
「どういたしまして」
 ヘイゼルはヨハンの手当を済ませて、鼻の折れた男の手当にかかっていた。鼻の骨を元通りにし、揉みあいの最中についた無数の小さな切り傷も直した。だが、なかなか男の意識が戻らない。懸命に呼びかけてはいるが、いまのところ目を覚ます気配はなかった。
 リアは芝に座り込むヨハンを見た。
「ヨハン、大丈夫?」
「うーん……まだくらくらしますね。あ、でも、一緒に行きます。広いお屋敷ですから、捕らわれている人の探索に僕の知識が役に立つはずです」
「じゃあ、オレがここに残ろう」
 風牙は進んで居残りを引き受けた。目覚めた男が多少なりとも正気を取り戻せていたなら、こんどこそ自分のギフトが役に立つはずだ。
「気を失ったままなら、どこか安全な場所へ引きずっていく。完全に狂っていたら……どっちにしても時間はかけない」
 リーゼルが鼻を鳴らす。
「まったく、めんどくせえ事件だな。まあいい。では、私はそこの轢死体を屋敷に運ぶとしよう。ところで、シロ」
 シロはヨハンとともにフライパンと太った女の死体を担いで、屋敷へ向かって歩きだしていた。後ろから声をかけられて、なあに、と振り返る。
「屋敷の中から物音は聞こえなかったか?」
「ごめんなさい。きこえなかった」
「僕とリアさんでしっかり聞きとりますよ。表に出て来た使用人たちの他にも、まだ動ける人がいるのは確実ですし」
 少し前に聞いた扉が閉まる音。あれは恐らくこの家の主たちではあるまい。様子見など、使いのものがすることだ。となれば――。
「この館で働いている使用人は九人だといっていたな。あと三人……か」
 クロバは首のない男の死体を治ったばかりの肩に担ぎ上げた。それから少しむっとした顔をして、髪を掴んで頭を持ち上げる。死体から流れでた血が早くも渇きだしているのがありがたい。
「行くぞ。連中に罠を張る余裕を与えたくないのでな」
 アニエルの後に、それぞれ死体を背負ったリアとリーゼルが続く。
 風牙は仲間たちを見送ると、ヘイゼルの横にしゃがみ込んだ。
「さて、そろそろ起きてもらおうか」

●屋敷
 アニエルが鍵を開けてドアを開いた瞬間から、甘ったるい血液の腐臭と吐湾物の臭いが暗い廊下の奥から吹きつけて来た。
「うわぁ……ひどい……」
 シロが呻く。
 リアは松明を高く掲げて玄関ホールをあらためた。床の上ギリギリに張られた細い線を見つけ、罠を解除する。上から糸を踏むか、ひっかけるかすれば発動する単純な罠だ。つり下げられたガラス瓶がひっくり返る仕組みになっていた。
「まあ、短時間の内に素人が作る罠なんてこの程度よね」
 ただし、罠が発動して瓶の中身を浴びればただでは済まなかっただろう。
 瓶を傾けて中身を床に零すと、ジュッと音をたててカーペットが焼け溶けた。
「酸か。皮をなめすのに使うのか?」
 クロバは鼻をひくつかせた。
 屋敷そのものが、内臓と肉が溶けたような臭いを発している。そういえば松明やカンテラの明かりが照らす範囲すべてが、赤茶けた色をしていた。
「ご丁寧に壁や床に塗りたくったらしいな」
 アニエルがテトラクロスを進め、屋敷の奥入っていく。
「帰ったら隅々までメンテナンスしなければ……」
 内臓と肉が溶ける臭い。
「気をつけてください。アニエルさんのすぐ左手にあるドアの奥は多分、キッチンですよ。凶器になるようなものがたくさん――!!」
 突然、ドアが蹴破られた。勢いよく開いたドアがテトラクロスの側面を叩く。
「さがれ、アニエル!」
 リーゼルがクレイヴ・ソリッシュを振るい、ドアの上半分をズタズタにした。
 盾を構えたがヨハンがバックするアニエルを援護する。
代わりにシロとクロバが前に出た。
 襲撃者は腰の曲がった老人だった。庭でイレギュラーズたちを襲った使用人たちと違い、ちゃんと服を着ている。ただし血まみれだが。
 シロは老人に近づいた。
「うひひ……うひ……」
「いまドアをけったのはおじいさん……なわけないか」
 危ない、とリアが叫んだ。
 同時にシロと老人はね横からトロッとした液体を浴びせられた。
 クロバがシロの上着を掴んで力任せに引き戻す。
 次の瞬間、開いた入口から火が飛んできて廊下に落ち、あっという間に天井まで燃え上って老人を包み込んだ。
「シロ、外へ逃げろ!!」
 悲鳴をあげながら、火だるまになった老人がシロを追いかける。
 クロバは双剣を薙いで老人の胴と足を切り離した。
 勢い足だけが走ってくる。
「わわっ、こっちに来ないでください!」
 ヨハンは盾を突き出すと、火足を突き飛ばした。
 アニエルとリーゼルがシロの逃走線上で点々と燃え上る火を消す。
「火の回りが早い。このままでは助けなくてはならぬ娘たちまで焼き殺してしまうぞ」
 キッチンと思われる部屋から、顔の長い男が火つけ棒を手に飛び出して来た。
「クロバ、リーゼル、上にあがって! ヨハンも!」
 リアの意図をくみ取ると、三人は炎を飛び越し、階段を駆け上がった。
「まったく……ロクな連中じゃねえな」
 突進してくる顔の長い男にアニエルが体当たりする。
 よろめいたところをリアが撃ち殺した。
 ヘイゼルと風牙が駆けつけてきた。
「どうなっている!?」
「どうもこうも、見てのとおりよ。さっさと運び出すものを運び出してしましょう。ふたりは玄関近くの部屋を探して、私とアニエルは奥の部屋を見るわ」
「待て、あの男はどうした?」
 ヘイゼルが咳き込みながらアニエルに答える。
「あの後、気がついて……でも、まともに喋れなくて……ごほっごほっ!」
「ヤツのオーラを見た。……人の、ものとは……違うオーラが微かに……魔……見えたが……。シロが、見張っている」
 四人は火を避けて一階部分を素早くあらためると、強盗偽装のために絵画や金品類を運び出した。
 最後にヘイゼルが唇をかみしめながら、小さな女の子の遺体を運び出す。
「空になった酒樽の底で見つけたんだ。こんなに痩せて……」
 年恰好からジッタハウスの娘だろう。どこにも切り刻まれたあとはなく、ただ、だだ痩せ細っていた。
「餓死か。怖かっただろうな。もっと早く、依頼が出されていれば……と、風牙、どこへ行く!」
「二階へ――」
「ダメ。私たちで証拠を徹底的に隠滅するのよ」


 階段を駆け上がった三人は、まっすぐ屋敷奥の主寝室へ進んだ。
「鍵は……かかっていないな。入るぞ」
 部屋は広かった。大部分が闇に沈む中、ぽっ、ぽっと菫色の明かりが浮かんでいる。しかし、物音はなかった。完全にしんとして、脳髄を流れる血液の音が聞えそうだ。
 クロバはゆっくりと部屋に入っていった。ヨハンとリーゼルが掲げ持つ明かりが、クロバの足元から部屋の中に影を長く伸ばす。
 あたりに散らばる手や足。このどす黒く汚れたものは人間の体であろうか。露出した腸が長いひもになって飛びたし、横倒しになった車いすの上にかけられている。天井から四方の白壁に飛び散った肉片がこびりついて、そこから血がポタリポタリと落ちていた。
「うっ……こ、これは!」
 人の前の皮がキャンバスに血のりで張りつけてあった。腐臭を放つ肖像画だ。
「そちらは主人の肖像画ですわ。わたくしの初期の作品ですの。失礼ですが、どちら様?」
 闇の中から女がぬるり、と現れた。手に人皮のランプと刃の薄いナイフを持っている。
 リーゼルは一歩前に出た。クロバが闇に溶ける。
「アンタに聞かせてやる名なんて持ってねーよ。それより、そこの娘を返してもらうぜ」
「それは困りますわ。彼女はこれから芸術作品に生まれ変わりますのよ、わたくしの手で」
 音もなく飛んできたナイフをヨハンが盾ではじき返す。
 女――リーザ=ジッタハウスの横手からクロバが飛び出し、斜めから斬り込む。が、かわされた。
 リーザがヨハンたちに気を取られている隙に、リーゼルは天井から吊るされた娘を助け出した。
 紺色の地味なメイド服を着て、しかし腹の部分が裂けていた。そこから肉体が露出している。みぞおちから下腹にかけて縦に一筋、切り裂き傷があったが腸はでていない。
「生きているぞ」
「火が回る前に連れ出せ!」
 ヨハンとリーゼルが――おそらくリズであろう娘を抱えて出ていく。
「ご存じでして? 皮膚の色に関わらず血は赤いんですよ。不思議ですね」
「ウォーカーの中には青い血のものもいるぞ。それよりも、アンタ。自分のしたことが恐ろしくないのか?」
「死体の山も、腐臭も、わたくしの心に響など入れなかった。真にわたくしを怯えさせるのは……他人の犠牲になってまた自由を失うことだけ」
 クロバの怒りが爆発し、そのまま左右に持った剣の動きとなって、地獄の炎のように燃え上がった。


「あ! クロバさん! みんな、クロバさんが出てきたよ!」
 激しく燃え上る館を背にした影に向かって、シロは駆けだした。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 成功です。

 残念ながら生け捕りにした男は精神を著しく病んでおり、ホスピスに幽閉されることになりました。
 依頼人夫婦の娘、エルザとジッタハウスの娘、そのほか多くの人はすでにスキン・ティカーとなったリーザ=ジッタハウスの手にかかって命をおとしていましたが、最後に捕らわれたリザを助け出しています。
 屋敷の火災は翌朝、付近の住民たちの手によって延焼することなく消し止められました。
 焼け跡から貴金属などが発見されなかったため、犯人はいま巷で噂の「蠍の残党」たちによる仕業だと思われています。

 ご参加ありがとうございました。

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