シナリオ詳細
半身を喪いし比翼、女領主の望み
オープニング
●刑場へ護送される罪人
天義のとある街を、檻を乗せた荷車が刑場へと進む。その周囲を十名ほどの騎士が護送しており、道の両端には罪人を一目見ようと人だかりが出来ていた。
「あれが、自分の女房を殺した罪人か……」
「見ろよ。反省するどころか、微かに笑ってさえいやがるぜ」
「ひでえな。早く、正義の名の下に断罪されて欲しいものだ」
群衆達は、ひそひそと口々に檻の中の罪人について噂し合う。
だが、当の罪人には群衆のざわめきなど何処吹く風であった。
(もうすぐだ……もうすぐ、お前の元に逝ける。
――あと少しだ、待っていてくれ)
間もなく断罪されるのが喜びであると言わんばかりに、檻の中で力なく項垂れている罪人の男は、唇の端を微かに持ち上げて笑った。
男が、自分の妻を殺したのは事実である。
だが、それは死病に苦しむ妻に乞われてのことだった。
妻を心から愛して大切に思っていた男は、当然その懇願を拒んだ。
しかし、死病に囚われ痛苦に呻きながら、妻は懇願を繰り返す。
どうせ長くない命であるなら、これ以上苦しまないようにして欲しい、と。
いつ果てるともない愛妻の苦悶と、幾度も繰り返される懇願に、とうとう男は折れた。
「……すまない。お前を救ってやれない私を許してくれ」
嗚咽混じりに、男は短剣を手に取る。
「……いい、え。……私は、あな、たと……一緒、で……幸せ、でし、た――」
妻は苦しみながらも男にそう応じると、瞑目してその時を待つ。
男は短剣の柄を握りしめると、妻の心臓に短剣を突き立て、次いで頸動脈を切った。鮮血が、男と妻を紅く染めていく。男の慟哭は、いつ果てるともなく続いた……。
――かくして、男は妻を殺めた。
●其は不正義なりや
「……天義で処刑されようとしている私の恩人セダカ氏を、救って欲しいのだ」
幻想王都メフ・メフィートのギルド・ローレット。そこで『バシータ領主』ウィルヘルミナ=スマラクト=パラディース(p3n000144)が、依頼があると聞いて目前に集まったイレギュラーズ達に告げる。
処刑されようとしているとは穏やかでは無い。その恩人は、何をやったのかとイレギュラーズの一人がウィルヘルミナに尋ねる。
「うむ……病苦に苦しむ妻を、その手にかけたのだ。
セダカ氏は愛妻家であったから、余程断腸の思いであったろう。
……しかし、その場所が悪かった」
国を跨いでの商売を行っていたセダカ夫妻だが、妻が死病に襲われて動けなくなってしまった場所が天義だった。さらに悪いことに、その街は安楽死さえも殺人として不正義とする領主によって治められていたのだ。
「……けっきょく、セダカ氏は妻を殺した罪人として、不正義の烙印を押された。
病苦に苦しむ妻を救うためであるとセダカ氏を知る者がかばったにも関わらず、だ。
だが、私はセダカ氏が悪を為したとは思わないし、そのようなことでみすみす恩人を失うことには耐えられん。
――第一、死の淵にいて苦しむ者を介錯するのが不正義と言うなら、戦場で戦友の介錯をした私とて不正義と言うことになるではないか!」
セダカを不正義とした裁定には不満があるのだろう。ウィルヘルミナが忌々しげに吐き捨てた。
「ともかく、だ――天義での汚名を被ることにはなるだろうが――セダカ氏の命を救い、ここに連れてきてもらえないだろうか?
出来ればその心まで救ってくれれば有り難いが、さすがにそこまでは厳しいだろう。
今から急行すれば、セダカ氏が処刑される前には間に合うはずだ――どうか、よろしく頼む」
一呼吸着いて落ち着いたウィルヘルミナは、イレギュラーズ達にすがるような視線を向けると、深々と頭を下げた。
- 半身を喪いし比翼、女領主の望み完了
- GM名緑城雄山
- 種別通常(悪)
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年07月07日 22時15分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●『処断』求む群衆の中で
依頼を受けて処刑を待つばかりのセダカを救わんとするイレギュラーズ達は、不自然に集まりすぎない程度にそれぞれ距離をとって、『罪人』を見物する群衆達の中に紛れていた。
(不正義、不正義……はぁ、ならば血で汚れた儂らは大悪党か何かなんじゃろうなぁ。
相変わらず天義は……嫌な国だな……)
群衆達のざわめきに、『こむ☆すめ』リアナル・マギサ・メーヴィン(p3p002906)は内心で苦虫を噛み潰す。病に苦しむ妻を病苦から救うと言う事情があっての殺人さえ不正義であり罪とされるのだ。リアナルがそう考えるのも無理はなく、また、実際のところその想像は大きく実態からは外れていないように思われた。
(確かに殺人には違いない。だが……)
ダークヒーローを自認する『フォークロア』スカル=ガイスト(p3p008248)の視点からしても、過程や情状を全く酌量することなく、「人を殺した」と言う事実だけで善悪を断じて命まで奪うのは、いささか乱暴であり度が過ぎているとしか言えない。
(俺は道具だからね……今回の依頼人のために尽くすだけさ)
一方、自らが短刀の付喪神である相模 レツ(p3p008409)は、今回の件に正義不正義、あるいは善悪と言う価値判断を持ち込んだりはしない。道具はただ使用者――今回で言うならば依頼人――の意に沿って働くだけだ。
護送の聖騎士達に厳しい、と言うよりも冷徹な視線を向けるのは、『執行者』トモエ・アストラルノヴァ(p3p008457)だ。
(……今回の件、あまり深く調べなかったのでしょうね。
十分に突き詰めて現場検証や尋問を行わなかった聖騎士達には、がっかりだわ)
トモエにとって法は正義であり、それは疑いようのないことである。では、何故セダカに不条理な裁定が下ったか――トモエはその原因を、事件の調査にあたった聖騎士達に求めた。十分な調査が行われていれば、今回のようなことにはならなかったはずだ。
誤った裁定をもたらした不十分な調査を行った聖騎士達の怠慢は、トモエにとって「悪」である。そして、誤った裁定に基づいて生かされるべき命を殺めんとする聖騎士達も、同様に「悪」である。
(――しかして、僕は。アンネセサリィに従って、悪なるものを断罪します)
意を決したトモエは、静かにその『時』を待った。
(願われて行った事が悪と判断されるのも、悲しきことですね。
お国柄といったらそれまでですが……)
『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)は、檻の中のセダカに同情したような視線を向ける。厳しく辛口なリュティスでさえもそう思ってしまうあたり、今回の裁定が如何に理不尽に感じられるものであるかが伺い知れよう。
セダカに同情的な視線を向けているのは、リュティスだけではなかった。
(自らの半身ともいえる人を、誰が喜んで其の手にかけたというのでしょう……)
セダカが味わった苦悩は、どれほど深いものであっただろうか。アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)は思いを巡らせるも、自身の理解が及ぶとは到底思えなかった。その報いが『正義』の裁きだとすれば――。
「……不正義で結構。其れでも、貫くべき意志があるのです」
他の群衆には聞こえないように、ぼそりと小さな声で、アッシュは独り言ちた。
(セダカさんは、確かに正義では無いのかもしれません。
……でも私は、善だとは、思います。
その二つは全く違うもので……だから私は、この死刑を止めたいのです)
例え悪名を被ろうとも、セダカを絶対に救う。その意思を強く瞳に宿すのは、『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)だ。きっとした鋭い視線を護送の一行に向けながら、もうすぐ起こるはずの騒ぎを待ち受けていた。
●襲撃、開始
「――ご婦人、ちょっとよろしいかな?」
群衆の中から高齢の老婆を探して近づくと、『観光客』アト・サイン(p3p001394)は声をかけると同時に視線を合わせた。今のアトの目は、魅了の目薬によって見た相手を催眠に陥れる魔眼と化しており、しかもその効果は怪盗紳士の職能によって強化されている。
瞬く間に老婆の瞳から焦点が失われ、老婆はアトの虜となった。
「道の真ん中に、貴方の大事なものが落ちてるよ。
馬に踏まれる前に取りに行かなくちゃ」
荷車を引く馬が差し掛かろうとする頃合いを見計らって、アトは老婆にそう促す。老婆はその言葉に従って、勢いよく道の真ん中に飛び出すと、何かを拾おうとしてしゃがみこんだ。
「――くっ!」
急に飛び出してきた老婆に、馬に騎乗している聖騎士は慌てて手綱を引き馬を止めようとする。そこに、アトが周囲を煽り立てるべく叫んだ。
「騎士様が乱心だ! 婆さんを馬で踏み潰そうとしているぞ!
助けてくれ、このままでは婆さんが殺される!!
騎士様をみんなで止めろ!!」
その叫びを合図に、群衆から飛び出したレツの『不知火』による斬撃、トモエが創り出したダガーによる刺突、スカルの拳による殴打が馬を襲う。さらに群衆の中から、アッシュは蒼い衝撃波を、リアナルによる支援を受けたウィズィは燃え盛る巨大なナイフを、同じくリアナルの支援を受けたリュティスは魔力からなる漆黒の矢を、馬に向けて放っていった。
「うわあっ!」
イレギュラーズ達の攻撃の的となった馬達は、瞬く間に瀕死となって立っていることさえ不可能となり、馬上の聖騎士二人はひとたまりもなく落馬する。
一方、群衆はその半数以上がアトの煽動には乗ることなく、冷静であった。これは、老婆が自ら――少なくとも、群衆達の視点からすれば――馬車の前に飛び出すのを、群衆の多くが見ていたことによる。如何に怪盗紳士の職能で他人を煽り立てる術が強化されていようとも、眼前の光景と煽動の内容が明らかに異なっている状況では、あまり効果的ではなかった。
もっとも残りの半数未満は、荷台や馬体に視線を遮られ、老婆が飛び出すところを目撃していなかったためにその多くがアトの煽りに乗った。
後方から群がってくる群衆への、聖騎士達の対応は遅れた。直前に起きた二人の落馬に気を取られた上に、その落馬した聖騎士の一人が真っ先に指示を出すべき隊長だったからだ。穏当に対処するべきか、強引な手段を用いてでも抑え込むか、リーダーからの指示を得られず聖騎士達は逡巡する。さらに、煽動に乗らなかった群衆が自らの正義感から聖騎士に群がる群衆を排除しようと雪崩れ込んだため、混乱はより酷いものになっていった。
●聖騎士への攻勢
「『正義』を謳う兵士諸君。『御命』頂戴させてもらうよ」
「……ぐっ」
自身の能力を最大限引き出しつつ、リアナルは短刃で隊列の前方にいる聖騎士の一人を狙って斬りかかる。混乱に戸惑う聖騎士はリアナルに対応出来ず、鎧越しに鈍い衝撃を受ける。聖騎士の受けたダメージは大きくないが、リアナルもそれは承知だ。目的は聖騎士の殺傷ではなく、セダカ救出を邪魔させないための『抑え』であり、物騒な台詞も聖騎士達の注意を引くためのものだ。
「――悪にかける情けはありません。死んでしまったらそれまでです」
「何ッ、私が悪だと!? ……ぐはっ!」
トモエは掌中に気の爆弾を生み出すと、リアナルが狙ったのとは別の聖騎士を狙い、その腹部に掌を押しつける。爆発の衝撃は鎧など存在しないかのように聖騎士に直接伝わり、血反吐を吐かせた。
「特に恨みも何もないけれど、お互いに仕事だろう?
手加減する理由も、恨まれる筋合いもないよね」
「邪魔なアンタ達には、さっさと減ってもらうとしよう」
トモエが攻撃した聖騎士に、畳みかけるようにレツが力一杯に斬りつけ、スカルが拳の連打で殴りつける。鎧で身体を守っている聖騎士ではあったが、鎧を突き抜けてくる衝撃までは防ぎきれない。
「くそっ……貴様等は、一体何なんだ? 何の目的で、こんなことを……」
蓄積されたダメージによろけ、剣を杖代わりにしながら、聖騎士はイレギュラーズ達に立ち向かおうとする。
だが、その聖騎士の抵抗はそこまでだった。
「さあ、Step on it! 一気に終わらせますよ!」
ウィズィが、檻へと駆け寄りながら『ハーロヴィット・トゥユー』で斬りつける。横薙ぎの一閃は鎧ごと易々と聖騎士を斬り、昏倒させた。
「……邪魔、です」
アッシュは聖騎士の一人に青い衝撃波を放つ。衝撃波は的にされた聖騎士を、後方の群衆の中へと突き飛ばしていった。
(……扉は、あそこですか)
同時に、機が来ればすぐに鍵を開けられるように、アッシュは檻の扉の位置を確認する。扉は、檻の前面にあるのが確認出来た。
(救出対象の護送任務に就いていたのが、不幸でしたね。
これも仕事ですから、手加減はしません)
漆黒の蝶が、リュティスの指先から飛び立っていく。付きまとう蝶に魅入られた聖騎士からは、目に見えて生気が喪われていった。
(――さて、もう少し場を混乱させておくか)
アトは、後方にいる聖騎士や群衆に向けて、閃光弾のスクロールを使う。目が眩むような閃光がピカッ! と光ると、魔力の渦が聖騎士と群衆を覆ってその動きを鈍らせた。
●隊長を排除せよ
さらにイレギュラーズ達は聖騎士二人を戦闘不能に追い込む。二人は落馬し、五人は群衆に囲まれているため、セダカ救出の邪魔になる者はもういなくなったかのように思えた。だが――。
「ええい、賊共にここまで好き勝手にされるとは不甲斐ない。
邪魔な群衆は殴り飛ばしてでも、こ奴らを取り押さえよ!」
落馬していた隊長が起き上がり、残る聖騎士達に檄を飛ばす。群衆に揉まれ対応に苦慮していた聖騎士達は、邪魔な群衆を殴り飛ばしてイレギュラーズ達への道を作ろうとし始めた。
これはまずい、この隊長に自由に指揮を執らせてはセダカ救出の障害となると言う空気が広がる。何としてもこの隊長を排除せねばならないと、イレギュラーズ達は判断した。
「セダカさんを処刑させたりなどしない……私はそう決めたんだ。そこを退け」
「う……ぐっ」
渾身の気迫を込めて、ウィズィは隊長ともう一人の聖騎士に告げる。果たして、軍神の加護やあらん。ウィズィに気圧された二人は、じり、じりと後ずさった。
「――賊、か。貴殿等からすれば、そうなのであろうな。
だが、こちらとてセダカ殿の救出を頼まれた身。
セダカ殿は、連れ返させてもらう!」
不愉快そうに隊長の言葉を受けたリアナルは、決然と宣言すると『胡蝶の夢』で斬りかかる。その剣筋は、隊長を幻惑した。
「誤った裁定に基づいて命を奪う『悪』が、何を言いますか」
「賊が、戯言を……ぐぬっ!」
リアナルの作った隙を衝き、横から脇腹に掌底を浴びせるように、トモエは気によって生成した爆弾を鎧の上から叩き付けて爆発させる。衝撃は隊長の内臓を傷つけたのか、唇の端からつぅ、と血の筋がこぼれ落ちた。
「どう見ても情状酌量の余地がある人を処刑するアンタらよりは、遙かにまともだよ」
微かに声に苛立ちを込めたスカルの拳が、立て続けに隊長の顔面を捉える。ガスッ、ガスッと鈍い音が響き、隊長の顔は腫れ、鼻からも血を流し始めた。
「賊でも何でもいいよ。俺達は俺達の仕事をするだけさ」
「……ごっ!」
レツは動じた風もなく、淡々と返しながら渾身の力で隊長に『不知火』の刀身を叩き付ける。狙いは、トモエの気の爆弾を受けた場所だ。強烈な一撃に隊長は血反吐を吐いて、ズン、とその場に倒れ伏した。
「こちらはもう大丈夫です。アッシュ様は檻からセダカ様を出して下さい」
「……わかりました」
リュティスはアッシュに声をかけつつ、落馬から立ち上がったもう一人の聖騎士へと漆黒の蝶を飛ばす。
「くっ……何だ、これは」
気味悪そうに蝶を追い払おうとする聖騎士だったが、その隙を衝いて放たれたアトのナイフが首筋に刺さり、塗られていた麻酔薬によって意識を手放した。
●救出と説得
檻へと駆け寄ったアッシュは、瞬く間に鍵を解錠した。そして、檻の中へ入っていく。
「……一体、君達は何者なんだ。
せっかく、妻の所に逝けるのだ。邪魔をしないでくれるかね」
「……身勝手な助けで、申し訳ありません。
ですが、貴方に死んで欲しくないと思う人が、いるのです。
わたし個人も、貴方に死んでほしくないと、思っています」
力ない視線を向けてくるセダカに答えると、アッシュはその身体を抱え上げる。抵抗のそぶりを見せるセダカではあったが、心身の憔悴が激しい故か、その抵抗はアッシュを妨げる程のものにはならなかった。
「ウィズィさん、お願いします」
「ええ、任せて下さい」
檻から出たアッシュは、ウィズィにセダカを引き渡す。ウィズィは力強く頷くと、待たせている愛馬ラニオン目掛けて一目散に駆けていった。
「それじゃ、逃げるとしようか」
アトは残りの聖騎士を目掛けて、自作の発煙手榴弾を放り投げた。白い粉末が煙のように撒き散らされ、聖騎士や群衆の視界を一時的に封じる。その隙にイレギュラーズ達は離脱し、スカルが予め調達しておいた馬へと駆けた。
七騎の騎馬と一台のバイクが、天義のローレット拠点に辿り着く。あとはメフ・メフィートのローレットまで転移すれば、もう追手に追われることもない。
「……やはり君達は、妻の所に逝かせてくれる気は無いのか?」
馬から下りて拠点に入ったところで、俯いたまま溜息交じりにセダカは尋ねる。
「……俺の国では、追い腹やら心中やらがそれなりにあった。
そういう意味で、死にたいと願うセダカ殿の気持ちはわからなくもない。
だが、セダカ殿が処されることであなたと同じ気持ちになる者、今回セダカ殿を連れ出すために心を砕いた者がいるんだ。そのことを、考えてみてくれないか?」
その問いにまず応じたのは、レツだ。自身の経験から死を願うセダカの心情に理解を示しつつ、ウィルヘルミナを始めとしたセダカの知己の存在を指摘する。そんな者がいるのか、と不思議そうにセダカは尋ねた。
「……私を連れ出すために、心を砕いた者?
私に死んで欲しくない者がいるとは確かに聞いたが、それは一体……?」
「幻想のバシータ領主、ウィルヘルミナさんです。
彼女が本当に、本当に真剣に、貴方に生きていてほしいと願ったから、私達は来たんです。
他にも、貴方の死刑を止めようとした友人は数多く居たと聞いています。
奥様を亡くされたばかりで、直ぐに生きる意味を見つけろとは言いません。
でも、貴方が生きるのを望み、支えてくれる人は沢山いるんです」
ウィルヘルミナを始めセダカを助けようとした人々の存在にウィズィは触れ、その人達との縁も大事にして欲しいとセダカを真っ直ぐに見据えながら説く。
セダカはウィズィの言葉には応えることなく、じっと押し黙る。だが、それは拒絶からではない。ウィズィの真摯な説得を重く受け止めたからこその沈黙だ。その証拠に、無気力だったセダカの目は少しではあるが理性の光を取り戻している。
「――私は、奥様が死を選んだ意味を少し考えて頂きたいと思います。
病苦から逃れるためと言うのはもちろんでしょうが、それ以上にセダカ様にその姿を見せるのも、看病で縛り付けるのも嫌だったからではないでしょうか?
少なくとも、セダカ様にはその後穏やかな人生を過ごして頂きたかったのではないでしょうか?
私なら、そう考えるというだけですが……」
「そうだぜ。野暮を承知で敢えて言えば、アンタが死んで奥さんの元へ逝こうとしているのは、ただの独りよがりだ。
今のアンタの憔悴した姿を奥さんが見たら、愛した夫がこんな姿になってしまったのは自分のせいだと悲しませることになると思うがな。
そうならないためにも、アンタを慕ってくれる人達とこれからも偉業を幾つも成し遂げて、大往生して奥さんの元へ凱旋すれば、奥さんもきっと喜んでくれるはずだぜ」
セダカの目にわずかながらも理性が戻ったのを見て取ったリュティスは、慎重に言葉を選びながら静かにセダカに語りかける。一方のスカルは、リュティスの言を肯定しつつも一気に深く斬り込んだ。
「……ふふ」
片や穏やかな人生をと言い、片や偉業をいくつもと言う。その矛盾に可笑しくなったセダカは、微かな笑い声を漏らした。果たして、亡き妻はどちらを望むだろうか。いや、どちらの生き方を選ぼうとも、残る生をしっかりと全うすれば妻は喜ぶに違いない。少なくとも、自ら処刑を望むなど妻を悲しませるだけだ。
「愛する妻を苦しみから解放したのは、さぞお辛かったでしょう。
しかし、亡くなった人を想うことが出来るのは生きてる人間の特権です。
誰よりも大切に想う彼女を忘れないように、そして彼女の分まで幸せになるべきよ。
そのために、貴方を天義の外へ逃します。
この世界は広い。心が落ち着くまで、世界を見て歩いてはどうです?」
「――ああ、そうだな。ありがとう」
ある程度は精神の安定を取り戻したのであろう。肉体の憔悴が残っているために弱々しい声ではあったが、自身を天義から逃がすと言うトモエにセダカはしっかりと礼を述べた。
(……もう、大丈夫そうか?)
愛する者に逃げられただけでも、リアナルは立ち直るのに五年を要した。それだけに、処刑から救出されてもセダカが自殺したり、消極的に死を選ぶのではないかとリアナルは危惧していた。だが、眼前の男にその気配はない。大丈夫そうだと安堵しつつも、念のためリアナルは釘を刺しておくことにする。
「……もし悲しみがぶり返して死にたいと思ったとしても、ウィルヘルミナ殿だけには頼むなよ。
程度の差はあれど、同じ悲しみに突き落としてやるな」
「ふふ、そんなことをしたら、向こうで叱られてしまうな。
……安心してくれ、そんなことはしないよ」
苦笑いを交えて、リアナルに応えるセダカ。その表情に、リアナルだけではなくイレギュラーズ達全員が、セダカの精神が未来を見つめ始めたことを確信する。
この後、イレギュラーズ達は無事にセダカをウィルヘルミナの元に送り届けた。今はセダカのその後を知る由はないが、きっと妻の分まで強く生きるだろう。そう思うイレギュラーズ達なのであった。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
シナリオへのご参加、どうもありがとうございました。リプレイの返却が遅くなりましたことは、伏してお詫び申し上げる次第です。
さて、セダカの悲しみが癒えるにはまだまだ多大な時間を要しますが、セダカの心は前を向き始めました。少なくとも、妻の後を追おうとすることはもうないでしょう。これも、皆さんの熱の篭もった言葉のお陰です。
襲撃の前に群衆を騎士にけしかけるのも、予想外でしたがいいアイデアでした。お疲れ様でした。
GMコメント
緑城雄山です。今回は、初天義初悪属性の依頼をお送りします。
ウィルヘルミナの求めに応じて、これから処刑されようとしているセダカ氏を救って下さい。よろしくお願いします。
●成功条件
セダカを処刑から救出し、ウィルヘルミナの元に送り届ける。
※セダカの心を救えたかどうかは依頼の成否判定には影響しません。
●失敗条件
セダカの死亡
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『天義』における名声がマイナスされます。
又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
●ロケーション
天義のとある街の街道。道の両端には群衆がいます。
道幅は10メートルあります。
イレギュラーズ達が仕掛けなければ、中央に斬首台のある広場に運ばれます。
斬首台は直径5メートルほどであり、セダカが広場に運ばれた場合、斬首台から10メートルの距離を置いて群衆達がひしめき合うことになります。
天候は晴天、足場は石畳のため戦闘への影響はありません。
●聖騎士 ✕10
フルプレートアーマーに身を包んだ聖騎士達です。
セダカ救出のためには、彼らの妨害を何とかする必要があります。
その実力は高く、攻撃力、命中は高くなっています。
また、全身鎧を着込んで盾を持っているため、防御技術も非常に高いです。
一方で、回避、反応については低めです。
精神的に鍛錬されており、かつ、任務への忠誠心が高いため、特殊抵抗はそれなりに高く、特に名乗り口上などの【怒り】付与については内容に何らかの工夫をしないと特殊抵抗判定にさらにプラス修正が入ります。
基本的に頑健であるためHPは多く、戦闘不能になっても8割の確率で生存します。
配置は2名が荷車を引く馬に乗っており、残り8名がそれぞれ4名ずつ左右を固めています。
・攻撃手段など
剣(通常攻撃) 物至単
疾風突き(アクティブスキル) 物近貫 【弱点】
盾殴り(アクティブスキル) 物至単
決闘の儀式(アクティブスキル) 物中単 手袋を投げつけて【怒り】を付与します。
決死の盾(パッシブスキル)
ハイ・ウォール(パッシブスキル)
●檻と荷車
檻は3メートル✕3メートルで、その中央にセダカがいます。
檻は荷車に載せられており、荷車は2頭の馬によって牽引されています。
檻は独自にHPを持っており、金属製であるため防御技術は高いもののダメージの積み重ねで破壊することが出来ます。
ただし、範囲攻撃を使った場合は確実にセダカが巻き込まれるので注意して下さい。
鍵はかけられており、聖騎士の誰かが持っています。
しかし、誰が檻の鍵を持っているかは不明です。
●セダカ
ウィルヘルミナの恩人であり、国を跨いだ商売を行う商人です。
天義において死病に苦しむ妻を安楽死させたため、不正義の烙印を押されて断罪されることになりました。
OPを見てのとおり、今では断罪されて妻の後を追うのが唯一の喜びとなっています。
心身共に憔悴しきっているため、攻撃に巻き込んだ場合は即死します。また、イレギュラーズ達が檻から脱出させて連れ出そうとすると、抗議はするかもしれませんが抵抗は出来ません。
ウィルヘルミナは鉄帝との戦闘や領主への就任に際してセダカの援助を受けており、今後も援助を受けたいこともあって「心まで救ってくれれば」と漏らしましたが、それは難しいとも感じています。そのため、セダカの命さえ救えば依頼は成功となります。
実際、セダカの心を救うためにはイレギュラーズの間で説得の論旨を揃え、かなりの熱量を注ぐ必要があるでしょう。論旨は散らばらない方が、セダカの心を救うには有利となります。そこまでやるかどうかについては、イレギュラーズの皆様次第です。
●EXプレイングの使用について
本シナリオではEXプレイングを使用することが可能です。
ただし、EXプレイングは『使用しなければならないわけではありません』。
使用しなくても成功条件を満たすことは可能なはずですので、その上で使用するかどうかご判断下さい。
●EXプレイングについて
EXプレイング機能は選択する事でそのシナリオにおけるキャラクターの獲得リソース(経験値・Gold)を130%にし、追加のプレイング字数、ないしは関係者登場プレイング(共に最大200字)をかける権利を得る機能です。
EXプレイング機能は追加プレイングを書いたり、関係者登場を希望しある程度の希望内容を記載する事が出来ますが、描写量が増えたり、関係者の登場を確約するものではありません。EXプレイングで担保されるのは『リソース増加』であり、その時点で消費されるRC分の提供は完了している、と定義しています。
それでは、皆さんのご参加をお待ちしております。
Tweet