PandoraPartyProject

シナリオ詳細

この星を満たすモノ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●生命を創造するということ
 蜘蛛が生まれる瞬間を見た。

 足の踏み場もないほどゴミが散乱した部屋。
 膝を抱えて座る僕が久しぶりに見た、ハエ以外の生き物が蜘蛛だった。
 それは天井に住みつき、日の光が差さない汚濁の空間で子を産んだ。
 多数の卵が糸に巻かれて一緒くたになっている。しばらくするとその中から小蜘蛛があふれるように出てきた。すでに立派な蜘蛛の形をしていた。中で脱皮でもしていたのだろう。
 素直に感動した。
 母蜘蛛は部屋の隅でひっくり返って死んでいる。そういう性質だったのか、偶然なのかは分からない。子らは部屋の方々で蠢いていた。かさかさと音がする。
 生命が創造される瞬間を、思えば初めて見た。

 一匹の蜘蛛を指に乗せる。じっと見つめる。
 社会に馴染めず、親に見捨てられ、このまま餓死するしかなかった自らのことを省みた。自分より死した母蜘蛛の方がよほど高尚な存在だと、素直に思えた。
 この身が、なにかを産み出せたなら。
 命を創り出せたなら。
 それはどれほど素晴らしいことだろうと思った。それはどれほど尊い生だろうと思った。
 僕が産み出した生命が、この地に満ちる。天を覆う。世界に蔓延する。
 欲深い妄想だと考えられない。震える足で立ち上がる。小蜘蛛を離した。干からびたような母蜘蛛を両手ですくいあげる。

 崇拝の念に酔いながら、ゆっくりとその黒く小さな体を飲みこんだ。
 ごぽ、ごぽ。
 汚泥のようななにかが、胸の奥から湧き出るのを感じた。
 頭が痛い、割れるように痛い。ああ、でも。

 それはなにかが生じる痛みかもしれなくて――だから『僕』は、久しぶりに哄笑した。


「星降りの丘で発生した『羽を持つ巨大蜘蛛』のことは覚えているかな?」
 珍しく焦燥を双眸に浮かべた『空漠たる藍』ナイアス・ミュオソティス(p3n000099)は集まったイレギュラーズの反応を待つ間も惜しんで、依頼書と地図をテーブルに広げた。
 白手袋に包まれた指先が、天義の北東部を示す。
「こちらでも調査していたけど、あれには親玉がいるようで、恐らくこの方角からきた――というところまで掴んだわけだけど、遅かった」
「……被害が出たのか」
 イレギュラーズの苦い声に、ナイアスも眉間のしわを深くして頷く。
「昨日、レンダ山中腹から『巨大ななにか』が出てきた。それに伴い山は半壊。すぐに近隣の自警団が駆けつけた、けれど。
 直後に連絡がつかなくなった。ハイテレパスで遠方から状況を調査した連絡役が確認できたのは、複数の子蜘蛛と小山の如き親蜘蛛が、村を壊していく凄惨な光景だったそうだよ」
 人々を食い荒らす蜘蛛を想像し、胸が悪くなった数名が口を押える。
「幸いとは言いたくないけど、小蜘蛛も親蜘蛛もまだ村から出ていない。生存者はもういないだろうけど……、せめてこれ以上の被害は防ぎたい」
「ああ」
「親蜘蛛が魔種であるところまでは掴めている。慰めにもならない情報かもしれないけどね。
 力を貸してくれ、親愛なるイレギュラーズ。ここで食いとめないといけない」
 忘却を願うギフトを用いるための口上すら省いて、ナイスが一同を見回す。
 身を翻して戸口に向かうことを、イレギュラーズは返答とした。

GMコメント

 初めまして、あるいはお久しぶりです。あいきとうかと申します。
 この混沌(せかい)を我が子で満たそう。

●目標
・アーラウネの討伐
・アレニエの討伐

●情報確度
 このシナリオの情報精度はBです。
 情報は全て信用できますが、不測の事態も起こる可能性があります。

●ロケーション
 天義の北東部、レンダ山の麓の村です。
 山はアーラウネが出てきた際に半ば以上崩壊。
 村はアーラウネに食い荒らされ、さらにアレニエらに荒らされており、生存者の発見は絶望的です。
 無事の建物は皆無。
 アレニエは動き回っていますが、アーラウネは山を背にしたまま、ただアレニエを産み続けています。

●敵
・『魔種』アーラウネ×1
 強欲の魔種。
 長く眠っていたが月光事件の際、原罪の呼び声に反応して覚醒。その後も活動していなかったがあるとき思い出したようにアレニエを産み、巣の外に放った。
 アレニエが討伐されたことを感知し、ついに行動を開始した模様。
 人間だったころの理性などとうに溶けている。

 青年と思しき上半身が生えた巨大な蜘蛛。体格のわりに俊敏に動く。
 HPと防御と回避とEXFに優れていると予想される。
 遠・近の広範囲攻撃、【必殺】【疫病】【猛毒】【停滞】を付与する攻撃手段を有する。

 パッシブとして、1Rに数体の『幼体アレニエ』を産む。

・『幼体アレニエ』×??
 羽を持つ1メートルほどの黒い蜘蛛。成体になると4メートルに至る。
 成長速度が速く、イレギュラーズが現場に到着したころには3メートル前後の蜘蛛が10体程度、存在しているとみられる。
 その後もアーラウネが延々と産む。
 
 先に生まれた個体も含め、まだ成体になりきっていないので全体的な能力値は低め。空も飛べない。

 牙による攻撃、糸による拘束、死したアレニエを喰らってのHP回復など、近接攻撃が主な行動。

●他
 アレニエを産む際のアーラウネの恍惚の叫びにより『原罪の呼び声』が発生する場合があります。
 お心当たりの方は特にご注意ください。

 依頼『流星の蜘蛛』の続きですが、そちらに参加していなくても知らなくてもまったく問題ありません。

 皆様のご参加をお待ちしています。

  • この星を満たすモノ完了
  • GM名あいきとうか
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年06月22日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
銀城 黒羽(p3p000505)
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
カイト・C・ロストレイン(p3p007200)
天空の騎士
羽住・利一(p3p007934)
特異運命座標

リプレイ


 淡い光が荒れ果てた村に、小波のように広がっていく。
「これ以上、荒らさせない」
 保護結界を張り巡らせた『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294)が厳しい顔で呟く。
 村の見通しがよくきいた。視界を遮る家々は残らず壊れ、田畑の作物も押し潰され、方々に血の池ができている。
 ほんの少し前まではのどかな村落だったのだろう。現在はただ、血のにおいと死が満ちていた。
 三メートルに至る蜘蛛が歩き回り、まだエサがないか探している。村の奥部、崩れた山と滑り落ちた土砂を背にして立つのは、さらに巨大な蜘蛛だった。
 一行はできるだけ瓦礫を使って身を隠し、アーラウネの名をつけられた大蜘蛛に接近する。
「害虫退治としては、かなりの、大仕事、だな」
 前方を見据える『神話殺しの御伽噺』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)の髪は怒りで炎のように揺れる。
「……今は悔やまない。ここで絶対にとめて、もう誰も殺させないんだから」
 声を絞り出し『新たな道へ』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)が魔導器を握り締め、『特異運命座標』羽住・利一(p3p007934)が重く頷いた。
「魔種の行動原理は分からない。ただ、このままにはしておけない」
「全く、この世界は問題に満ちているね」
 仲間たちの感情が過度に膨れるのを制するように、先の戦いの傷が癒えきっていない『六枚羽の騎士』カイト・C・ロストレイン(p3p007200)は肩を竦めた。
「かの首都の決戦で現れなかったことを幸運と見るべきか、倒し損ねたことを不運と見るべきか」
 判断しかねる、と『闇討人』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)は眉根を寄せる。
 背を撫で上げる殺気の塊を感じ、マルク・シリング(p3p001309)が得物を握り直した。
「これ以上は近づかせてくれないらしいね」
 甲高い子蜘蛛の鳴き声が響く。
 肉を見つけたことに対する、歓喜の咆哮だった。
「侵攻を阻みたいのはお互い様というわけか!」
 ポテトが指揮杖を振るい、戦端を開く。

「アレニエは引き受ける」
「アーラウネは任せて!」
 即座に包囲網を形成しようとしたアレニエの一体に、マルクとカイト、利一に咲耶の攻撃が入る。
 相手が怯んだ隙にスティア、ポテト、エクスマリアがアーラウネに向かって駆け出した。山の如く佇んでいた大蜘蛛が自らに害をなすものの出現に、人間の上半身を振り乱して絶叫する。
「……俺は、俺の役目を果たすだけだ」
 村に着く前、銀城 黒羽(p3p000505)は己の感情を封じた。
 死体すら残らない凄惨な光景に、蹴散らされる血だまりに、喪った右目が痛みを訴えるが――それさえ、意識の底に沈める。
 攻撃を加えるではなく、ただ『守る』ことを信条とした男は。
「こい、アレニエ」
 闘気の鎧を纏い、じきに成体となる小蜘蛛の気を全て引きつけるために力を使う。
「ひとりに背負わせはしないさ」
 作戦会議時から様子がおかしい黒羽をカイトは内心で気遣う。だが相談に乗るとしても今ではないと、割り切った。
「僕はこの国の為ならば慶んで立ち上がろう。腕の一本だって惜しくはない。もっとも、お前たちでは髪の一筋さえ食らえないだろうが!」
 作り物めいて見えるほど青い空にカイトは剣の先を向ける。
「我が名はカイト・C・ロストレイン! 断罪を望む者から前に出よ!」
 毅然と放たれる声に小蜘蛛の怒声が返った。
「関節を断てば動きが鈍る、目を潰せば攻撃精度が落ちる、らしい!」
「承知!」
 対アレニエ戦の報告書で知った情報を利一が共有しつつ振り下ろされた蜘蛛の足を回避、顔に跳んできた小石を掴んで『弾いた』。
「ヂィヂヂ!」
 赤い目のひとつを潰された蜘蛛が仰け反る。闇雲に放たれた糸がイレギュラーズを捉えられるはずもない。
 駆けた咲耶が急停止、妖刀が蜘蛛の足を紙の如く断つ。
「被害が拡大すれば幾つの命が散るとも知れぬ。……決して負けられない戦いであれば、拙者の業も一際冴えようというもの!」
 苦痛を与えられた蜘蛛が咲耶を頭から喰らおうとするものの、すでにそこにくノ一の姿はない。
 小蜘蛛の体の下を滑り抜けていた咲耶の刃が、次の足を斬り飛ばした。
 とん、とマルクの杖の先が地を突く。軽い動作に反して苛烈なまでに神聖な光が、黒羽とカイトに集う蜘蛛に襲いかかった。
「頼もしい回復役が二人もいるからね。僕は攻撃に専念できる」
「時間との勝負だ。アーラウネ組を放っておけないし、なにより」
 アレニエとの戦闘をこなしつつ、隙を見てアーラウネの観察を行っている利一の顔に苦渋が滲む。
「敵は無限に増える」

 アーラウネの巨大が動く。死神の大鎌にも等しい足先が殺意を以て振り下ろされるだけで土が噴き上がり、大地に穴が穿たれた。
「いずれ、転びそう、だが」
「そうなってくれたら楽なんだけど!」
 氷結の花を立て続けに咲かせながらスティアは奥歯を噛む。掠めただけでも、鋭利な刃で斬り裂かれるのと同じ痛みがあった。
「無理をしてくれるな」
「っ、ええ! 後ろ、任せるから!」
「ああ」
 スティアの負傷に気を配りつつ、ポテトは背後で繰り広げられるアレニエと仲間たちの戦闘を見据える。成長したアレニエとアーラウネの合流を防げているのは、幸いだった。
 前回の戦闘の経験と直感が、その先に面倒な事態が待っていると告げている。
「この……っ」
 舞い散る氷の花弁をアーラウネがかわす。小山の体躯でありながら複数の足を使っての移動は、俊敏の部類に入る速度だ。
「まったく、厄介だ」
 だが、とエクスマリアはスティアを狙う大蜘蛛と視線を交わらせる。
「見極めれば、いい」
「アァァァ!」
 大蜘蛛の叫喚は攻撃を受けたゆえのものであり。
 その足の間から、一メートルほどの蜘蛛を産み落としたゆえの、苦痛と喜悦の声でもあった。
 青黒い粘液とともに蜘蛛がどちゃりと落ちる。漆黒の足で立つ。赤い目が、最初の『エサ』を見据える。痙攣するように体を震わせる大蜘蛛から、産まれた数は三体。
 おぞましい光景に絶句していたスティアが我に返った。ポテトの手にも力がこもる。
「今」
 最も早く事態を受け入れたエクスマリアは、すでに術式の用意を終えていた。
 敵に向けて伸ばされた手のひらから魔砲の光が迸る。生まれたてのアレニエと産後のアーラウネ、その先の山にまで至る圧倒的な破壊の力だ。
「あたりさえすれば、マリアの一撃は、軽くはない、だろう」
「アァァ、アァアアア!」
 蒸発した大蜘蛛の体液が異臭を上げる中、我が子を一斉に害されたアーラウネが暴れ回る。
 一撃一撃が必殺になりかねない攻撃を、スティアは踊るようにかわし、あるいは結界で防ぐ。それでも数発はその華奢な体を傷つけた。ポテトが賦活の力をスティアに与え、傷を塞ぎ痛みを和らげる。
「アーラウネ……!」
 その嘆きは、正しいのかもしれない。だが、それでも。
「お前が積み上げた犠牲を、これから増やし続ける死を、私たちは見過ごせない。お前は今日、ここで永遠の眠りにつくんだ……!」
 天からの網のように降ってきた糸を盾で防いで、ポテトは宣告する。

「このまま成長していたらどうなっていたことか」
 アレニエの背に飛び乗った咲耶が、成長しかかった羽を抉った。激痛に動き回る個体から離脱、直後に利一の掌底が地から浮いた足を叩き折る。
 断面を地面につけてしまった痛みでアレニエが悲痛に叫んだ直後、鋭利な牙を持つ上顎にカイトの魔砲が着弾、直線状にいた個体ごと倒した。
「お前らの『餌』はこっちだ」
 産まれたばかりのアレニエも、黒羽は絡めとり引きつける。できるだけ纏まっているところにマルクが神気閃光を打ちこんだ。
「産まれたてなだけはあるね」
 防御力に速度に攻撃力、どれをとってもある程度成長したアレニエには劣る幼体を、利一は横目で観察する。
 とはいえ、放っておけば凄まじい速度で成長するのだ。駆除するしかない。
「数の暴力というわけだ」
 吹きかけられた糸を斬り、反撃の魔砲を食らわせながらカイトは苦い顔になる。
 四方からの攻撃に対処しながら、黒羽は待っていた。
 助けを求める声を。村に足を踏み入れた直後から。鋭い痛みに血を吐いて、なお倒れまいと全身に力をめぐらせながら。
「絶望的なだけだ。全滅したなんて、確認したわけじゃねぇ」
 手の甲で口元を拭い、一片の可能性に、一縷の希望にかける。右目を喪う前でもきっと、そう――
「おおお!」
 思考を断ち切るために吼えた。
 最後の三メートル級アレニエがすべての足を失いながらも、黒羽を食おうとする。
 共食いはイレギュラーズが許さなかった。そうしようとしたものから、牙を折られ口を裂かれ、果ては絶命させられた。
 あと一歩のところまで迫ったアレニエの頭部に刃が突き立ち、ひねられ、引き抜かれる。倒れた魔物から咲耶が飛び降りた。
「コツさえ掴めばこの通りでござる」
「アレニエの体はそれなりに硬い。とはいえ関節はそこまでではなく、牙を折れば『硬い体を咀嚼できない』ため、共食いもろくにできない」
「抜け道があるのは成体ではないからだと思いたいね」
 利一の分析にカイトは皮肉気に口の端を上げる。
「成体になったときの強さは考えたくないね」
 呼吸を整え、マルクは次の敵に向かう。いずれ羽を持ち空を飛ぶ人喰い蜘蛛も、それを産み出す元凶も、すべてが危機だ。
「討ち漏らしたアレニエは俺が抑える」
 まだ歩き出してもいない我が子すら狙われると知り、アーラウネは産後の動きを変えていた。異常な成長速度を有する個体は、黒羽が引きつける。
 ポテトの隣を駆け抜け、前衛たちはアーラウネに肉薄した。仲間の合流に、アーラウネの抑え役となっていた三人の表情が刹那和らぐ。
「魔種……、つまり元は人間、なんだよね」
「どうしてこうなったのか、知る由もないがな」
 後衛としてポテトの隣に立ったマルクの目に憐憫の色が閃いた。
「蜘蛛の化け物に、人以外のなにかに生まれ変わることが望みだったのかもしれない。……そうだとしても」
「魔に堕ち理性を失い、災厄を撒く存在となったからには、倒さなくてはならない」
 凛としたポテトの言に首肯し、マルクはアレニエが生まれた瞬間に攻撃を仕掛けるため、機を見計らう。
 アーラウネの連撃がスティアに襲来する寸前、その襟が引っ張られた。
「適宜、交代していこう」
 スティアと位置を入れ替えた利一がそう言って口端を上げて見せる。ポテトの治癒術の光が方々で閃く。
「ありがとう」
 深く息を吐き出し、スティアは親蜘蛛を鋭い目で見る。
「幼体のアレニエより硬くて、動きも早い。面倒な相手だね」
「でも、勝たなくちゃ。私たちは負けるわけにはいかない」
「その通り」
 矮小な者たちにアーラウネは憤怒の咆哮を放つ。『親』の濁ったような目は死した『子ら』を映していた。
 吐き出された糸を咲耶は妖刀で斬り払おうとする。べたりと刀身に貼りついたそれを、振り払った。
「さすがに幼体のもののようにすっぱりとは斬れぬでござるなぁ!」
「これも、厄介」
 糸が髪に絡んでいるエクスマリア無表情のまま、不快を淡々とした口調に添える。
「口を、斬るか」
「拙者は野暮用がござるので、任せるでござるよ」
「ん」
 落雷の速度で放たれる足を、咲耶とエクスマリアは左右に分かれて回避した。
「行くぞ、大蜘蛛よ! その命、紅牙斬九郎が貰い受ける!」
 そのまま咲耶は疾風となって前進、エクスマリアは左に振られたアーラウネの、もはや人ならざるものとなった目を見る。膨れ上がった魔力がアーラウネを苛んだ。
 魔種の背後に回ったカイトの胸には、痛みが宿る。
「その身体の形が、君の叫び声であり、訴えなのだろう。曲り曲がった君の運命、魔へ堕ちて答えは見つかっただろうか」
 脳裏によぎるのは、もう二度と戻らない日々。
「しかし、重ねた罪は償ってもらう。この天義の庭で、罪なき人の命を喰らったのは言語道断!」
 未だ鮮やかな胸中の傷は、しかしカイトの刃を狂わせはしない。
 高い回避能力の要となっている足の、関節を斬りつける。一度で斬れないなら、二度、三度。動く標的に、違わず斬撃を加えた。
「はてさて!」
 激痛と歓喜の声を上げたアーラウネの体の真下で咲耶は停止、見上げた頬にぽつりと青黒い雫が落ち、そうかと思えば縦に裂けた親蜘蛛の体から、小蜘蛛が顔を見せる。
 体液の雨が降る中、咲耶は迷わず妖刀を突き上げた。
「アァァァア!」
 産みかけていたものを内部に戻され、アーラウネが暴れ回る。仲間への被害を最小限にするため、スティアが庇いポテトの治癒術が広範囲で発動する。
「るぁあああ!」
 裂帛の叫びを上げながら、咲耶は渾身の力で妖刀を振った。
 大蜘蛛の腹が大きく裂け死産した小蜘蛛が落ちる。震えるそれを踏み台に次々と蜘蛛が出てきたが、後半のものはまだ産まれるには早すぎたのか、立ち上がることすらままならない。
「紅牙の掟、第十一条。敵を討つならばまずは戦力の元を――」
 大蜘蛛が移動、背を走った悪寒が思考より早く咲耶の体を動かした。
 後退する彼女と親蜘蛛の間に割って入ったスティアの結界が、強力な攻撃を受けて砕け、即座に再展開される。
「かたじけない!」
「どういたしまして!」
 生まれた小蜘蛛は黒羽の縛鎖に絡めとられ、彼の元に殺到する。
「させないよ」
 備えていたマルクの神気閃光は、アレニエどころかアーラウネまで巻きこんだ。

 大蜘蛛は片目が潰れ、足も半分以上がなくなっている。糸を放っていた口には縦横の刀傷だけでなく、魔砲による破砕の痕跡まであった。
 足元には産後すぐに始末されたアレニエが倒れ伏している。それを踏み潰すまいとする黒鋼のような体には無数の傷がつき、青黒い血液が流れ水たまりを作っていた。
 スティアは膝を突くまいと堪える。
「終わりにしましょう、アーラウネ」
 血を流し、疲労困憊であっても八人のイレギュラーズの間に戦意喪失の陰りはない。
 瀕死の身でありながら、それでも親蜘蛛は『生命を創造した』。
「そうなってまで、命を産むことに固執するのか」
 敵の妄執にポテトは奥歯を噛んだ。
「いいぜ。最期まで相手になってやる」
 黒羽が拳を打ち鳴らした。エクスマリアの破式魔砲とマルクの神気閃光が吹き荒れる。
「ただ生まれ、生きようとするだけの生命に、咎も罪もありはしない、が」
「それでも、僕たちは」
 詮なき思考をカイトの怒号が裂いた。
「その罪、この刃にて断つ!」
「歪み、捻じれろ」
 利一がタイミングをあわせる。アーラウネは防御に移ろうとするが、
「させぬ!」
 傷口に咲耶が深く妖刀を食いこませ、アーラウネの意識を瞬間だけ逸らした。
「アァァァァアア……!」
 長い長い絶叫が、戦場の空気を震わせて。
 どう、と巨体が自らの血だまりに腹の底をつけ、青年に見える上体が力なく垂れる。
 静寂が戦場に、村に降りた。親蜘蛛は動かない。子蜘蛛は産み出されない。
「……勝った、のか」
 肩で息をする利一の呟きが落ちる。エクスマリアが周囲を見回した。
「アレニエの気配も、ない」
「終わったようだね」
 杖に寄りかかるようにマルクは立つ。咲耶が血糊を払って妖刀を収め、カイトも剣を鞘に戻した。
 座りこみかけたスティアをポテトが支える。
「生存者を探すぞ」
 堪えるようにきつく閉じた目を開き、黒羽が身を翻す。


 瓦礫を撤去しつつ、村中を歩き回る。
 血だまりの中に老人の足があった。折り重なった廃材の隙間に緑の目がひとつあった。
 生存者はなく、見つかったのはかつて人の体を作っていただろう部位だけだった。それもわずかな数だ。
 蜘蛛は食欲という本能を満たすために、村人を捕食していた。発見されたのは奇跡的にも食べ残された部分だ。
 山が崩された際に起こった土砂崩れに半ば潰された家の中でさえ、残っていたのは抵抗の痕跡と血液だけだった。
 原形をとどめていないぬいぐるみと少女の手を、カイトが丁寧に埋葬する。天義騎士の務めゆえではなかった。
「……ごめんな」
 こぼれた謝罪が心を斬り裂いた。
 魔種に狂わされる人々を見るのは、彼にとって他人事ではない。父と妹の影が、跪くカイトの悲哀を増長する。
「あのとき、突きとめられていれば……」
「スティア」
 ついに絞り出されたスティアの言をポテトが柔く、しっかりと遮った。
 自らを傷つける言葉をとめた彼女の肩を、咲耶が優しく叩く。
「死者は還らぬ。可能性の話は慰めになろうが、現実には現れぬもの」
「間にあった、が、間にあわなかった。その結果が、全てだ」
「こうなる前に発覚していたとして、突撃したところで勝てていたかは分からないしね」
 エクスマリアと利一の声に、聖職者はようやく軋むような動きで頷いた。
 拳を握る黒羽は目を伏せる。最初から最後まで、彼は助けを求める声を、救いを欲する無音の願いを探知しようと神経を張り巡らせていた。
「せめて弔おう。彼らの魂が彷徨わないように」
 マルクに促され、スティアは祈りの姿勢となる。
「我らが全能の神よ、この者たちに安らかな眠りを与え給え」
 哀悼するポテトの足元で花が咲く。花は間もなく群れを成し、埋葬の場だけでなく倒壊した家々や無残に荒れた田畑、赤と青黒の血だまり、蜘蛛の亡骸にまで開いた。
 凄惨な村が花で満ちる。
 吹き抜けた夕刻の風が花弁を天へと誘った。

成否

成功

MVP

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女

状態異常

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)[重傷]
天義の聖女

あとがき

お疲れさまでした。

また次の戦場でお会いしましょう、イレギュラーズ。
ご参加ありがとうございました!

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