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シナリオ詳細

ブラムスは知っている

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ショットグラスは空のまま
「お願い、力を貸して」
 両手を顔の前で合わせ、どこか神妙に目を瞑るアーリア・スピリッツ (p3p004400)。
「『吸血鬼』を守って」

 この不思議なニュアンスを込めたおねがいに、いかなる意味があるものか。
 もしあなたがこのお話を知っていたなら、きっとピンとくるだろう。
 ある少女。優秀なる異端審問官『神の鉄槌』メディカにまつわる、お話である。
 まずはその一節を引用することとする。

●ありし日の光
 砂糖壺を開く、小さな手。
 ぼそぼそとくぐもった音がやがて鮮明となる一方で、手は角砂糖を数個握って、手前のカップにひとつずつ落とし入れた。
 まるで自分の声帯から発しているかのように、メディカの声がする。
「吸血鬼、ですって?」
 紅茶がカップから零れるギリギリの、表面張力でやっと維持されるほどまでに角砂糖を投入してから、まるで慣れた手つきで口元へ運んでいく。
 一滴たりとも零れることなく、その中身が唇の熱として入り込んでく。
 見下ろした紅茶の水面には、メディカの顔が反射していた。
 つい、と視線を上げる。
 相手は白い三角ずきんを被った男性である。
 ずきんの下には丸めがねの光。そのまた下には、まるで世界に期待していないかのように濁った目。
 彼は足を組み、キュパ――と音を立てて白手袋をした右手を掲げた。
「そうだとも、異端審問官メディカ。『神の鉄槌』メディカ。
 吸、血、鬼。人間の血をすすり肉を食らい夜と共に寝台へ這い寄るおぞましき鬼、だ。
 我々イスカリオテ第十三部隊は麗しき聖都フォン・ルーベルグをその腐った足で踏み荒らす糞吸血鬼(ファッキンヴァンプ)ども一人残らず灰に返すが使命。
 メディカ、君の管轄区域で二日前殺人事件が起きたな。
 聖なるネメシス国教会のシンボルを逆さに描いた血のペイントと共に『人類よ土に帰れ』というメッセージ。
 君ほどの人物がノーマークということは、あるまい」
「ええ、ええ、存じております。わたくしたちを見守る慈悲深き神を汚す不正義――」
 メディカの手の中で、角砂糖がギリギリと握りつぶされていく。
 いけない、と小さく呟いて、開いた手を口元へと持って行く。
「かならずその人間を叩きつぶしすり潰し骨のかけらすら残さず消し去ってみせます」
「ふむ、ふふ、ふふふ」
 男は、翳した手を口元に当ててくすくすと笑った。
 不快なのだろうか。ぴたりとメディカの手がとまる。
「いやなに、すまない。君はまだ『そこまで』しか掴んでいないのだな。
 奴らは『人間』などではないよ。まして魔種やそれにそそのかされた狂人でもないのだ。
 奴らは既に死した肉体に入り込み鬼となった魔物。人間の死体にしか寄生できない魔物だ。なあ、メディカ」
 男は懐から一枚の写真をとりだし、翳して見せた。
「この男を見かけたら、我々に引き渡すんだ。いいな?」

●吸血鬼のなり損ない。人間の死に損ない。
 天義には隠された教会がある。
 権力者達に場所を尋ねてもそんなものはないと答えられることからついた名前が『チャーチノウ』。
 そこは天義において広義に不正義と見なされつつも罪なき者、もしくは更正が見込める者が国からかくまわれる形で収容される秘密の施設であった。
 その管理を行っているのが、異端審問官の中でも中間管理職的地位にあるスナーフ神父という人物である。
「この場所を教えるということは、相応の信頼があるということだ。まずはその前提で話を聞いて貰いたい」
 赤い絨毯の礼拝堂で、パイプオルガンの前に立って本を開くスナーフ。
 木のベンチにはアーリア・スピリッツ (p3p004400)をはじめとして、彼女に招待される形でやってきたリゲル=アークライト (p3p000442)&ポテト=アークライト (p3p000294)夫妻。リノ・ガルシア (p3p000675)。ウィリアム・M・アステリズム (p3p001243)。咲花・百合子 (p3p001385)。リア・クォーツ (p3p004937)。御天道・タント (p3p006204)……というアーリアと親しい面々が並んでいる。
 中でもリノ、百合子、リアたちはアーリアにとってここがどんな場所であるかを、少なからず知っていた。
 ――「吸血鬼を、『守らないと』いけないの」
 アーリアがここへ連れてくる際に述べたその言葉と本件がいかに繋がるか、彼女たちはスナーフの話の続きを待った。

「我々は『生きたまま吸血鬼に寄生された男』を発見、確保した。
 死者を動かす吸血鬼の所業はかの月光人形を例に取るまでもなく禁忌だ。かの事件があったからこそ、国民はこの手の話題に対し極めてセンシティブになっていることだろう。
 過激派の行動部隊など特に……」
 男はメディカの暮らしていた街の元住人であり、意識不明の重体に陥った際に『吸血鬼』の寄生を受けたのだという。
「男の名はブラムス。彼は己の境遇を理解し、『元の人間に戻ること』を条件に我々に協力し吸血鬼殲滅のため情報提供を行うことを約束してくれた。
 だがもし彼の存在が露見すれば、過激な正義思想を持つ者はきわめて攻撃的な態度に出るだろう」
 天義の平和は『正義への信頼』によって成り立っているといって過言ではない。
 国民は皆清くあろうとし、罪を嫌い隣人を愛し生きている。
 そんな場所に不正義極まる存在が現れたなら、徹底的に排除することで平和を護ろうという集団心理が働くのも無理からぬことである。
「ゆえに、我々は秘密裏に彼を聖都の隔離施設へと移送することにした。
 君たちを集めたのは他でもない。
 移送中計画をおそらくは嗅ぎつけているであろうイスカリオテ第十三部隊の追撃を逃れ、移送を完了することだ」

 まとめると、こうである。
 『吸血鬼』という怪物を対処するにあたっての重要参考人を移送中、正義思想過激派の部隊が攻撃を仕掛けてくる。これを排除・防衛し安全な受け渡し場所まで送り届けるのだ。
「神父。質問をいいですか」
 リゲルが小さく手を上げた。
「もしブラムスを奪われた場合、どうなるのでしょうか」
 誰もが気になっていた質問に、ポテトやウィリアムがぴくりと耳を動かす。
 一方で、リノは『決まっているでしょう』とばかりに天井を見てつぶやいた。
「拷問。捕縛。また拷問」
「……どういう?」
 リアがぶるりと肩をふるわせて振り返ると、腕組みしていた百合子が重い口調で述べた。
「そのブラムスという男はもちろん、彼に関わる血縁友人その他接触した全てのものをとらえ拷問し、少しでも不正義の疑いがあれば処刑する。思想はウィルスの如く人心に蔓延るがゆえ、物理的に消すことこそが最上の予防となる。思想の徹底とは然様なものよ……」
「そんな……」
 タントは胸に手を当て、アーリアの顔を見た。
 ブラムスが奪われるということは、メディカの暮らしていた街がセイラム魔女裁判もさながらの地獄絵図と化すということを意味していた。
「あの子の守りたかったもの、私が守ってみせる……お姉ちゃんだもの」
 アーリアは小さくつぶやいて、そして立ち上がった。
「お願い、力を貸して」
 その問いかけへの、応えは――。

GMコメント

■オーダー
 依頼内容:『半吸血鬼』ブラムスの移送

 移送にあたって皆さんは一般的な馬車2台を用いて特定のポイントから安全な引き渡し場所まで移動します。
 このとき住民たちに怪しまれないように、かつ充分に警戒しておく必要がありますが、どこかのタイミングでイスカリオテによる襲撃を受けることになるでしょう。
 あくまで目安ではありますが、プレイングにさくべきリソースは移動3割戦闘7割程度になります。

●移動パート
 一般的な天義の街中を移動します。
 これはスナーフ神父からのアドバイスですが、できるだけ『人目の多い場所』を移動したほうがよいとのことです。
 イスカリオテはOP途中に挿入した項『ありし日の光』で述べたようにきわめて過激で攻撃的な戦闘部隊です。
 ですが同時に強い信仰心を持っているため許容できるギリギリまでは民間人に被害がおよびかねないような状況での襲撃はひかえるでしょう。

 ですので皆さんがこのパートでとるべき行動は主に三つ
・住民達に怪しまれないようただの旅馬車を装う(旅芸人や商人など体裁は自由)
・できるだけ人目にふれる。可能なら道中で衆目を集める。
・こっそり忍び寄って暗殺しようとする奴がいないか目を光らせておく。

●戦闘パート
 いくら住民を大事にするとはいえブラムスが受け渡されてはたまったものではないようで、イスカリオテは最低でも受け渡し地点前のどこかで襲撃をしかけてきます。
 これに関してはプレイングなしでも察知できるものとします。(このパート用の警戒プレイングはカットして、ぜひ戦闘プレイングにさいてください)
 イスカリオテを殲滅ないしは撤退を促す形で勝利できれば実質的に依頼成功となります。
 ここは重要なポイントですが、『敵を全滅させる』ことが成功条件ではありません。上手に戦い、被害をそれほど出さないうちに相手に負けを認めさせる(退かせる)ことも重要な選択肢になっています。

 また彼らの戦闘能力は高く、皆さんの力をゴリッゴリにあわせて戦い抜く必要卯があるでしょう。
 大雑把ではありますかわかっているだけの情報はこちら。

・カッセル
 高い防御性能と突き抜けた特殊抵抗。
 【棘】、【BS無効】の自己付与スキルと中距離治癒スキルをもつスーパータンク。

・マイヤー
 バランスのよいステータスによる堅実な前衛ファイター。
 攻撃手段はR0~1に限られるが【攻勢BS回復】や【弱点】をもつ攻撃によって丁度良くバランスをとる。全体的に隙はない。

・スティーブン
 バランスタイプの近~中距離ファイター。
 数値的な隙がなく、高めの機動力でかき回すのが得意。

・エメル
 高い神秘攻撃力と【防無】や【ブレイク】を用いた豪快なこじあけ戦術を得意とする至~近距離ファイター。高速詠唱使い。

・フローレンス
 高い物理攻撃力と【防無】や【ブレイク】を用いた豪快なこじあけ戦術を得意とする至~近距離ファイター。

・ダーブル
 高いファンブルを引き換えにしたクリティカルによる【連】ないしはEXAによる爆発力が強み。
 いろいろな意味で事故を起こしやすい危険な近~中距離ファイター。

・ロドルフ
 クェーサーアナライズとダンス・マカブルの使い分けで敵味方の差を広げる担当。
 回避と防御に優れるがHPとAPの低さが弱点。

・マービン
 自らに反動をつけながら重いBSと攻撃力で苦しめるタイプの中~遠距離キャスター。
 命中と神秘攻撃に優れるが自己防衛能力に欠ける。

  • ブラムスは知っている完了
  • GM名黒筆墨汁
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年06月06日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
リノ・ガルシア(p3p000675)
宵歩
ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)
想星紡ぎ
咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)
願いの先
御天道・タント(p3p006204)
きらめけ!ぼくらの

リプレイ

●過去は必ず追いついて、もう一度選択を迫る。
 『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は覚えている。
 妹メディカがハンマーを振りかざし襲い来る光景を。
 そんな彼女と本気で戦い、そして殺してしまうことすら覚悟した瞬間を。
 結果として彼女は生き残り、深い眠りの中に沈んでいる。
 目を覚ました彼女がどう思うのか。どんな目で自分を見るのか、アーリアはまだ知らない。知らないからこそ……。
「あの子の守りたかったもの、私が守ってみせる……お姉ちゃんだもの」
「アーリアお姉ちゃんが、そういうなら……」
 『旋律を知る者』リア・クォーツ(p3p004937)はあのときのことを思い出して、胸に強く手を押し当てた。
 あの日は拒むために。そして今日は守るために。
 悲しい昨日を無かったことになんてできないけれど、昨日を抱えて明日笑うことはできる。
 そのための、今日だ。
「お姉ちゃんとメディカを救えるのなら、あたしはなんだってやってやるわ」

 今からおよそ一年前。『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)の美少女力がいまほど取り戻せていなかった頃のこと。
 魔種の誘惑に騙され、信じるべきでない奇跡を信じてしまった女を、百合子は強く殴りつけた。
 その拳の痛みを、今も確かに覚えている。
 美少女とは、殴った相手を忘れないものだ。
「吸血鬼もイスカリオテも興味はないが……メディカのやり残した仕事とあらば吾にも責任はあろう。なによりアーリア殿の頼みとあらば断わる筈なかろうというもの」
 だろう? と振り返ると、『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294)は強く首を縦に振った。
「確かに、直接はしらない人物だけど……メディカが目覚めた時に悲しんだり怒りに囚われたりしてほしくない。そう思ったのは確かだ。
 ブラムスだけでなく、その家族、友人、知り合いたちを守るためにもブラムスを守り通さないとな」
「……」
 話を黙って聞いていた『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442)は、それこそ一年前に経験した大事件を……いや、一年前に『覆った』大事件を思い出していた。
 真実を誰も知らぬまま、長い年月を人々が『ありもしない不正義』に囚われ続けていた。
「盲目的な正義は危険だ。
 復讐の連鎖にも繋がりかねない諸刃の剣。
 だから、ここで止めなければ」
「ホント、相変わらずやることが極端よねぇ」
 『怖ァい』と色気たっぷりに唱えてみせる『宵歩』リノ・ガルシア(p3p000675)。
 あの事件が起きた日も、それが片付いた日も、リノはずっとこの表情を崩さなかったものだ。
「ふふ、怖気が走るほどにまっさらだわ。けど折角だし、楽しまなきゃ損よね?」
「タフなメンタルだな……ま、友人の頼みだ。全力を尽くさせてもらうさ」
 『希祈の星図』ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)は肩をすくめて目を瞑った。
「『吸血鬼』は悪……話を聞く限りはそうなんだろうけど、大事なのは結局、中身だろ。そこ言うと、協力してくれるブラムスは悪じゃあない」
「ええ、ええ。その通りですわ」
 『きらめけ!ぼくらの』御天道・タント(p3p006204)は力強く胸を叩いて肯定した。
「元々わたくしにとって、『吸血鬼』は守るべきものですわ。
 だからこそ、悪い吸血鬼はとっちめねばなりません!
 二重の意味で、わたくしはブラムス様を守る理由がございますわ!」
 そう語るタントの前に、一台の箱馬車がとまる。
 革のカーテンが内側からめくられ、ひとりの男が顔を見せた。
 赤い目。乱れた髪。しかし口元は鍵のついた鋼のマスクで覆われ、よく見れば両腕は硬い手錠でつながれていた。
 まだ他者を警戒しているのか、沈黙したままこちらを横目で見つめている。
「……」
 リゲルたちは意を決し、彼の乗る馬車の扉を開いた。

●ブラムスは知っている
 特別な結界に守られて、招かれざるものはたどり着けないという秘密の教会。
 そこから移送されたという半吸血鬼ブラムスをめぐり、イスカリオテ第十三部隊は完全抹殺命令を受けて動き出していた。
 人混みに身を隠し、馬車を見張る二人の神父。
「イレギュラーズだ」
「イレギュラーズだね」
「アークライトだ」
「他も有名人ばかりだね」
「質問する。有名な彼らが守る対象は正義であるか。Y/N」
「ノー。有名であることは正義の根拠にならない。僕たちはアストリアの悲劇から学ぶべきだ」
「同感。彼らが間違い、騙されている可能性も考えるべき」
「ブラムスはとらえ、吸血鬼の疑いがある全てのものを消去するべき」
「疑わしくは、殺すべき」
 小声で囁き合う二人の前で、馬車がとまった。
「さぁさご覧じろ! 旅一座の行進でござい!」
 シルクハットを被ったリゲルが馬車から飛び出し、仲間たちは馬車を取り囲むようにして広がった。
「皆の未来が輝かしいものでありますように!」
 ポテトが花かご一杯にした色とりどりの花びらを、道行く人々へ見えるように舞い上げていく。
 リゲルはそれを手伝いながら、花びらを光らせてみせた。
 オオと歓声があがり、人々が集まっていく。
「今日限りのパレードですわー!」
 タントは馬車の上に飛び乗ると、ぴかぴかと光りながら声を上げる。
 パレードがやってきたと知った子供たちが馬車の横へ集まり、珍しそうに眺めている。
「アナタは見てるだけ? さ、踊りましょ」
 どこか艶めかしい衣装で現れたリノが、男女問わず魅了する美しいステップで踊り始める。
 窓を開けた馬車からは、リアの美しいバイオリン演奏が、それに伴ったアーリアの歌が聞こえてくる。
 花びらとダンスと歌と音楽。小規模ながらも本格的なパレードに、人々はつられるように踊り、そして時には歌い出した。

「…………」
 そんな光景を、馬車の内側からのぞくように観察しているブラムス。
 馬車をあらかじめキラキラと装飾していたウィリアムは、乗る馬車をうつり彼を見張るように、もとい守るように向かいの椅子に腰掛けている。
「パレードが楽しそうか?」
「…………」
「吸血鬼なんていっても、寄生虫みたいなものだ。きっと元に戻れるさ」
 なおも沈黙するブラムス。
 演奏を続けるリアの顔を見ると、彼女は瞬きで『近くに連中がいるはず』とシグナルを返してきた。
 それはアーリアにとってはより如実に分かるようで、通行人に交じって何人かがアノニマスなどの隠密系スキルを使用して紛れているのを感知していた。
 特定までは、できなくていい。いることさえ、そして仕掛けてきてないことさえわかれば充分だ。
 アーリアはリアに指で合図を送り、聖歌をジャズシンガーのように歌いはじめる。
 艶っぽく、そしてどこか落ち着いた低いトーンの歌声が、甘く馬車のなかで反響する。
 意図を察したリアは演奏の調子をジャズにシフトさせ、ウィリアムもそれに合わせて手を叩く。
 一方のブラムスは目を瞑り、歌に聞き入っているように見えた。
 古い古いなにかを、思い出すかのように。

●イスカリオテ第十三部隊
「こそこそ隠れてるなんて、不正義じゃないかしらぁ?」
 そんな言葉が、静まった夜の街に転がった。
 受け渡し場所からはやや離れ、そして人通りの多いエリアからも離れた、周囲に危険の及びづらい場所である。
 意図するところを察したのか、身を隠していた神父やシスターの格好をした人間達が姿を現す。
 イスカリオテ第十三部隊の面々であろう。
 先頭に立つ、丸眼鏡の男はキュパッと指を鳴らして、軋むように笑った。
「『おとなしくブラムスを渡せば手出しはしない』……などという段階はとうに越えた。ファッキンヴァンパイアどもに味方した時点で貴様らは同罪だ。
 吸血鬼に既に寄生されているか、そうでなくても滅ぼすべき敵に味方した裏切り者。いずれにせよ、正義による断罪は免れない」
「そお……真面目なのねぇ」
 アーリアはゆらり、と首をかしげたその途端に手をかざし、イスカリオテのひとりへ素早く魔術を放った。
 女性隊員は目を見開き、それを守るように割り込んだ神父が魔法の衝撃によって吹き飛ばされる。
「衝撃術式……マズい! 情報が漏れている!」
「今気づいても遅いな。まずは一発、貰った!」
 ウィリアムの繰り出す星々の輝きにも似た魔法の刃がマービンへと直撃。
 マービンは歯を食いしばってウィリアムへと魔術砲撃を仕掛けた。
 ガクンと膝から崩れるウィリアム。
「やるなあ。おい、正義は我らにあり……なんて言うつもりは無いけどな。もう少し視野を広く持った方が良いぜ」
「言われる筋合いはない」
「だろうな。けど俺も譲る筋合いはないんだ」
 互いに手をかざし、魔方陣を展開。最大魔術を放出しあう。
 それを途中でとめたのは、百合子の繰り出す拳だった。
 清楚に距離をつめ、清楚に相手の顎をあげ、清楚に平手をうつ。
 目を奪うほど美しい所作の最後には、マービンがきりもみ回転して民家の壁を破壊。だれもいない部屋をバウンドしほこりを被ったテーブルをバラしながらキッチンへと突っ込んでいった。
「ほう、やはり空き家だったか。都合が良いな」
 そう言いながら更に距離を詰め、倒れたマービンの襟首を掴んで起こし、そして顔面へと連続で拳をいれる。
「吾共は運命特異座標、救世主とやららしいぞ? 原罪の魔種さえ退けた吾等を、御父上と共に最前線で天義の為に戦ったリゲル殿を信じられぬと申すか。
 貴殿らよりも吾達の方がうまくやると言っておるのだ」
「マービン!」
 カッセルが掴みかかろうと民家へ飛び込むが、横からタックルをしかけたタントによってリビングへと転がされた。
「やらせませんわ、カッセル!」
「チッ……!」
 くらいつくタントを振りほどこうと膝蹴りを繰り出すも、タントは持ち前の頑丈さと芯の強さでがっちりとカッセルを掴んで離さない。
「最後まで付き合って貰いますわよ」
「こいつら……俺たちの構成を把握していやがる! 情報が筒抜けじゃねえか!」
「情報を掴んだ異端審問官は死んだはずだよ。この町の担当審問官だったはずだけど……」
 マイヤーは十字剣に黄金の輝きをのせると、追撃に出ようとしていたリアへと斬りかかった。
「情報を『引き継いだ』ね? スカーフェイスが何か仕込んだと見た。ちがう?」
「それをわざわざ教えると?」
 マイヤーの剣を、嘆きのコン・フォーコ』から生み出した炎の剣でもって受け止めるリア。
 それでも抑えきれない勢いに押される形で路地の横道へと責め立てられていく。
(あちらにもあたしと同じような事が得意な人が居るみたいだけど、コンチェルトを競うならあたしも負けてなくてよ?)
 至近距離から旋律の魔法を放ち、マイヤーを牽制するリア。
「貴方達には貴方達の正義があって、その為に動いている……それは分かります。
 でも、あたし達もあたし達で、吸血鬼を倒すために動いているの。
 ……お願い、冠位を討ったあたし達を信じて、ここは退いて」
「信じるに足るものを、僕らになにか示せる?」
 つばぜり合いになり、鼻先まで顔を近づけて小首をかしげるマイヤー。
「信じてとしか、言えないわね」
 リアはこの性別不詳のシスターが語りかけるニュアンスを薄々理解して、出方をうかがっていたリノへ合図を送った。
 オーケー、と唇の動きだけで答えるリノ。
 マイヤーやカッセルを仲間に任せ、リノはダーブルへと攻撃を開始した。
 踊るように繰り出されるナイフの連続攻撃。
 首を、目を、胸を、愛を囁くかのように寄せた身体が素早く相手の肉体を破壊していく。
「素敵な夜ね。けれど残念だわ、ゆっくり過ごす暇はなさそうだもの」
 ダーブルはそれらの攻撃にまるで抵抗できず全身をズタズタにされていったが、一方でリノの腕と首を掴んでカッと両目を見開いた。
「ゆっくりは過ごしません。ここで終わりにします。あなたは死ぬんです」
「あァら、怖ァい。死なば諸共?」
 首を捕まれているにもかかわらずニッコリと笑うリノ。
「けど貴方達が失われるのを、神はお喜びになられないんじゃなくて?」
「神はなにも述べない。在ることだけを知っていれば良い」
 力強く握り、喉を潰そうとしてくるダーブル。リノはそれでもなお、笑顔を崩さなかった。
「あらそう。ご褒美も嫌がらせもないなんて、寂しい信仰ね」

 その一方で、リゲルはポテトを背に庇うようにして光る剣を、丸眼鏡のスティーブンたちに突きつけていた。
「貴方達の独善的な正義の刃は、俺達には届きはしないぞ!」
「それは貴方も同じではありませんか、リゲル=アークライト殿。なぜ貴方だけが正しく、我々が間違っていると?」
「詭弁を。疑わしいものをただ消し去ろうなどという浅はかな考えで、民も国も守れはしない!」
 放たれる短剣やハンマー。魔術砲撃がリゲルの体力を強引に奪っていく。
「父上……騎士シリウスは、魔種となった。
 だが父上も俺も、冠位を討ち天義を守りぬいた!
 ブラムスも人としての心を具え、協力してくれると言っている!」
「そういってネメシスを謀っているとは考えませんか」
「不正義を糺すための導を見間違えるな!
 血で血を洗う戦いを繰り返せば、全てを滅ぼしかねないぞ!」
「いいえリゲル=アークライト殿ォ……!」
 短剣をリゲルの肩に突き刺し、強引に壁へと詰め寄り押しつけるスティーブン。
「滅びるのは魔種と魔物だけです。正義を信じて戦う我々は滅びない。あなたもそう考えて戦っているのでは!?」
「一緒に――」
「一緒にするな!」
 リゲルにキラキラとした光を与え、傷口を塞いでいくポテト。
「私達はお前たちを倒したいわけではない。
 ブラムスだって好きで半吸血鬼になったわけじゃない。
 彼は被害者であり罪人ではないんだ。
 だけどこの国のために協力してくれる『正義』の持ち主だ。
 お前たちの『正義』はどこにある?
 この国のためと言うなら剣を引け!」
 手をかざし、堂々と見栄を切るポテト。
 激高したロドルフが掴みかかろうとしたのを、スティーブンは手をかざすことで止めた。
 なぜならば。
「彼女たちの言い分を、信じることができないか」
 重く、低く、森で出会った獣のような声で、馬車から降りるものがいた。
 ブラムスである。
 彼は手錠を自らの力で引きちぎり、鋼のマスクをも強引に取り外すと、ギザギザの歯を見せて大きく息を吐いた。
「我が名はブラムス=フォン=ヘルシング。約束しようイスカリオテの哀れな走狗たちよ。
 教会に述べた吸血鬼の情報は全て、諸君らにも平等に与える。その証明に……」
 ゆっくりと見回し、アーリアとスティーブンをそれぞれ指さした。
「ローレット。そしてイスカリオテ。一人ずつついてくるが良い。たとえ我が供述が偽りであったとしても、発言を多く引き出すことに利益はあろう。裏付けがとれればなおのこと」
「……いいの?」
 アーリアはその提案の危険性を考えて、小さくそのように問いかけたが、ブラムスは牙を見せて苦笑した。
「ネメシスにではない。『貴様等』に賭けることにしたのだ。小さき審問官の姉よ。
 我はこの国の未来にも、正義にも、まして他人の命にも興味はない。
 だがこうもひたむきに信じられては、信じ返すほかなかろう」
「……ふむ」
 きゅぱ、と指を鳴らすスティーブン。
 見たところ戦いは互角の様子。どちらも激しく消耗し、場合によっては大けがを負いかねない状況だった。
「悪くない取引です。皆さん、撤収」
 スティーブンがそう唱えると、イスカリオテの面々は闇に溶けるように姿を隠していった。





 それから、予定こそ変わったもののブラムスへの聞き取り調査が行われた。
 彼の情報がこの街にはびこる吸血鬼問題に転機をもたらすことになるのだが……それは、また後の話になるだろう。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ――mission complete
 ――good end 3『ブラムスは知っていた』

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