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シナリオ詳細

Toxic kaleidoscope

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●幸福定量仮説
 幸福というものは、遍(あまね)く全ての命に行き渡るとは限らない。
 不幸というものは、決して均等に配られるものではないのに、全ての命に過剰に配っても尽きぬ程度にはありふれている。
 このことから、不幸は幸福よりも遥かに絶対量が多く、かつ偏っている事がわかり。
 幸福もまた、絶対量が少なすぎるのに偏っている事がわかる。
 この場合、世に謳われる「最大多数の最大幸福」を実現する為にはどうすればいいか、とある科学者は考えた。
 総量のあきらかに多い不幸を、どう減らすべきだろうか? 彼の思考のスタート地点はそこから始まり、しかし彼は狂っていたし即時的な解決を求めていたので、「不幸の芽を丹念に潰す」という地道な行為を放棄した。
「ああ、そうか。不幸を集め、その偏りをよりはっきりとさせればいいんじゃないか」
 幸福を振りまくことが出来ぬのなら、不幸を蒐(あつ)めてやればいい。
 そうして蓄積した不幸を背負った誰かは、しかし死んではいけないのだから――大切に大切に、不幸を追体験させればいいではないか。

 狂人はそうして、まず人を集める工夫を考案し、不幸を抽出する手段を試行し、そして不幸を与える人選に執心した。
 そうして人を呼び込み、不幸を取り込み、幸福を散らし……彼は、なんのためにそれを始めたのかを忘れてしまった。

●運命観測論仮説
「皆さんにとって、幸不幸の基準とはなんでしょうか」
 『ナーバス・フィルムズ』日高 三弦(p3n000097)は、ローレットに来ていたイレギュラーズにそう問いかけた。
 答えは様々だっただろう。闇市の一喜一憂から人生経験、親しい者との出会いや別れなど。
 少なくとも、ひとつとして同じものはないはずだ。
「ありがとうございます。……そうですよね、皆さんに共通の不幸というものはないと思います。そして、同じものでも人によっては不幸ではない、のかもしれません」
 しみじみと語る彼女の表情に、どこか影が落ちたように感じたが、その表情は一瞬で、すぐさまいつもの鉄面皮に戻っていた。
「練達の研究者に、不幸や幸福、いわゆる『運』を定量化して観測しようとした人物がいました。
 量的な観測ができれば不幸な人間を減らせるかもしれない。幸福を多く与えることができるかもしれない。その発想は高尚なものだったのかもしれません。
 ですが、そこに至る流れは狂気だったと言わざるを得ません。事実、その試みは破綻しました」
 前置きが長かったが、どうやら「それ」が今回の依頼の内容らしい。その破綻した試みが、なんらかの問題を起こしているのだろう、と。

「練達のとある区画に、数ヶ月前に開いたプラネタリウム……というか、私の世界でいうとプロジェクションマッピングでしょうか。そのような設備を持った施設があります。不思議なのは、その施設で人々が見るものは一定しないということです。幸福な光景、過去の出来事、不幸な話、好きだった物語。まあ、様々です。少なくとも、そこに行った人は暫くの間幸福そうに過ごしているということです」
 からくりは不明だが、その施設で満足できるのなら、幸福そうな人間が増えるのならいいことではないか? イレギュラーズのなかにはそう思う者も居たことだろう。
「それだけなら問題なかったんです。……ほどなくして発覚した問題は2つ。『そこに行った一部の人間の失踪』と『戻ってきた人間の一部の精神異常』。後者は、暫く幸福そうに見えていたのが、一定日数経過後に無気力・無関心になり心が死んだような姿になった……そう聞いています」
 失踪した者は、どうやら比較的恵まれた立場にあった者達だという。
 地位、資産、その他物心面で幸福だった者……といえば良いのだろうか。
 他方、心神喪失に陥った者達は、幸せそうに見える反面、苦境を避け、以前は積極的に取り組んでいた難題を放り出すようになった、という。
「もし、問題の施設が来訪者の大多数から『定義化した不幸』を抜き取っているのなら、つまり乗り越えるべき『苦難』や『試練』、積み上げてきた『経験』の否定から入り、生きがいを奪っているのかもしれません。
 そして、失踪した人達は『不幸』でこそあれ死んではいないと考えます。確かに死は不幸ですが、終わりでもあります。つまりはそれ以上不幸を押し付けられなくなるのです」
 練達で人の死を偽装するのは難しいでしょうし、と続けた彼女に練達の後ろ暗さを感じたイレギュラーズ達だが、さてじゃあどうすれば解決なのか。
「言ってしまえば装置の破壊。これで大体解決します。
 正面入口から潜入し、施設のメイン、プロジェクションマッピング装置を破壊する面々と、裏口から潜入し、拉致された人々を救出する面々に別れます。
 プロジェクションマッピング装置は、害意を以て訪れた場合は対象者に『不幸の仮定』を見せるでしょう。
 最悪の死別、過去の不幸の追体験……愛別離苦・怨憎会(おんぞうえ)苦・求不得(ぐふとく)苦・五陰盛(ごおんじょう)苦のそれぞれ、とかですね。
 裏口の場合はもっと直接的でしょう。拉致された人々を盾に防衛機構が積極的に応戦すると思われます。
 多少は偏ってもなんとかなるでしょうが、その辺りは皆さんの裁量次第ということで」
 宜しくおねがいします、と三弦は頭を下げる。
 不幸を知らなさそうなイレギュラーズがいれば、まず幸不幸の概念から考えたほうが早いかもしれない。

GMコメント

 仮説とか言ってみたかっただけですしタイトルのためにこねくり回しました。
 心情強めのシナリオです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●達成条件
・『幸涜カレイドスコープ』、『不幸増幅器』の破壊
・拉致被害者の半数以上の生存

●幸涜(こうどく)カレイドスコープ(推奨人数:2~4人)
 プラネタリウム並の広さをカバーする投影装置。
 正面入口から入った面々はこの装置の効果により「今ある幸福の喪失」や「過去の不幸の追体験」、「今抱えている悩みや無力感」……考える限り様々な「自分にとっての不幸」を垣間見ることになります。
 こちらのプレイングは『どんな不幸か』『自分はいかにして乗り越えるか』をかなりじっくり向き合う必要があります。もう字数いっぱいに書きましょう。
 なお、アドリブとかで自分の境遇に解釈違いが起きるのがちょっと、という場合はこちらは不向きです(未来の不幸の解釈違いとかいうすごいことが起こりうる為)
 不幸を追体験している間継続ダメージが入り、過半数がこの装置の影響から脱した場合破壊可能です。
 この装置を破壊すると、OP中の無気力化した人々は(時間はかかりますが最終的に)元通りになります。

●不幸増幅器×7
 拉致被害者を保存しているカプセル状の装置です。
 自走する(機動3)。
・幸福のわけまえ(神中単・恍惚・停滞・呪い)
・相対的幸福の愉悦(神特レ・自身からレンジ1・怒り、致命)
※こちらの場合、『自分にとっての幸福とは』『それを否定する理由』などのプレイングが有利に働くことがあります。

●拉致被害者
 練達でもそこそこいい地位や立場にいたであろう人々。
 幸福を搾り取られ、来訪者の不幸を投影されるだけの対象となっていた。
 戦闘が長期化すると死亡の危険性が高まります。

 以上、戦いが! というより想いを! っていうテイストの依頼です。

  • Toxic kaleidoscope完了
  • GM名ふみの
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年06月07日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

銀城 黒羽(p3p000505)
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
ティリー=L=サザーランド(p3p005135)
大砲乙女
彼岸会 空観(p3p007169)
ハルラ・ハルハラ(p3p007319)
春知らず雪の中
ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)
私の航海誌
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
相模 レツ(p3p008409)

リプレイ

●運否天賦は呪いのようで
 半球状の天井に円柱を組み合わせたような、如何にもな造形。それが練達の片隅に作られた問題の施設の全容だった。
 幸涜カレイドスコープ。幸福と不運を満たす万華鏡の如きそれは、多くの人に幸福を、一部の者に不幸を、それぞれ幻影として分け与えている。
「こんなものが海洋に無くてよかった。海洋の夢……大号令の成就を『偽り』として差し出されたら、僕は耐えられなかった」
 『海の女王のバンディエラ』秋宮・史之(p3p002233)の言葉は冗談めいていて、その実一切の偽りがない。今の彼にとっての幸福は海洋への貢献であり、女王イザベラへの献身だ。偽りの栄光を掴まされようものなら、どうなったか分かったものじゃない。
「不幸に幸福…そんなの、決めるのは他人じゃないわ。彼ら自身よ。それを、色々小難しい文句を並べて正当化しようとして…本当にみっともない」
 『大砲乙女』ティリー=L=サザーランド(p3p005135)にとって、幸福とは己で掴むものだ。己で定義するものをあたかもソレらしく語られるのは、当たり前だがいい気分はしない。
 であれば、それを破壊せんと臨むのは当然の道理といえた。
「初めての依頼でどこまで出来るかな。出来ないなりに、皆の助けになれればいいんだけど」
「……大丈夫ですよ、このクソ装置をブッ壊すのに実力とかは要りませんから。気を強く持ちましょう」
 相模 レツ(p3p008409)にとって、本格的な実戦はこれが初めてとなるらしい。大規模戦闘ではなく、個人の力を殊更に必要とされるなかでの依頼。緊張するのも当然だ、然しながら、その傍らに立った『虹を齧って歩こう』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)の言葉はそんな彼の背を押して余りある意志の強さと決意を秘めていることが理解出来ようというもの。彼女には、彼女なりの想いがあることは明白だ。
「私達はこちらを仕留めます。あちらも信頼できるメンツですよ、気にせず行きましょう」
 ウィズィニャラァムの言葉に、一同は小さく頷く。建物内に足を踏み入れた一同は、天井が何度か瞬いたのを確認し……一様に、意識を失った。

(こっちに拉致された被害者、練達の権力者らしいし、なんとかして羽衣協会に引き込めないかなぁ……)
「練達にとって貴重な方々を救い出すのです、確実に解決しなければ、ですね……」
 『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)は内心で持ち上がった野心をおくびにも出さず、慈悲深い笑みを讃えたまま懸念を口にする。この娘の腹芸は只者ではない。
「幸福だとか不幸だとか、他人が決めつけるもんじゃねぇ。むかつく話だ、被害者もさっさと助け出そうか」
 『春知らず雪の中』ハルラ・ハルハラ(p3p007319)は牙を剥き、獰猛な表情を隠そうともしない。この惨状を聞かされ、彼ほどに怒れぬ者がどれだけいるだろうか。否、そう多くはあるまい。
「胸くそ悪い……いや、単純にムカつくな。他人の幸福や不幸を、勝手に決めてんじゃねえよ」
「生きる者への冒涜、侮辱ですね」
 『不屈の』銀城 黒羽(p3p000505)と彼岸会 無量(p3p007169)にとっては被害者がどう、という以上に、人々の感情や運否天賦を、他人が差配することに憤りを覚えている様子だった。
 判断基準は人それぞれ。それを定義化し一律化して生み出した仮の幸福とやらが、人々にどんな影響を与えているか。人の心を操ろうとする試みが、まともである筈がない。
「皆様、いち早く人々を救済(すく)いましょう。ハルラくん、期待していますよ」
「ああ、さくっとぶっ壊そうか」
 茄子子とハルラ、黒羽と無量はそれぞれ分かれて裏口へと飛び込んでいく。
 突入するなり襲ってきたカプセルの中身を見よ。そこには、苦しげな表情を浮かべながら、決して開かぬ瞼の重さに苦しむが如き人々ばかりではないか。
 彼らを捉えた不幸増幅器のフォルム、その機械的形状は却って禍々しくすらある。幸福を分け与えようと吹き出す純然たる悪意に、無量の刀の鞘が鳴った。

●運のない話
 史之が見た風景は、セピアに彩られていた。眼前でフィルムノイズに混じって映るのは『秋宮史之』の字、そして空白。彼を呪ってきた忌まわしき名だ。
 次に映し出されたのは、潰れかけのドラッグストア。
 忙しなく働きながらも、どこか険のある表情が崩れない男女。そんな二人を見ていた小さな子どもは、それ以上に多くの目を受けて育ってきた。
 『秋宮』の世継ぎとなれなかった『夏生まれの史之』を見る一族の目は厳しく、両親の目は忌まわしいものを見るそれ。
「刷り込みって怖いね。未だに考えてしまうよ」
 どうして女に生まれなかったのか。自分さえ「そう」あればよかったのに。彼が悔いる必要はないと、きっと誰も口にしてくれなかった。
 暫くして生まれた妹。秋産まれの、跡を継ぐ為の妹。それは、「史之」の立場が崩れた日でもあったのだ。
 唐突に、セピアの映像に粘土細工の喜劇が交じる。泥船に乗って湖に漕ぎ出した狸が、崩れる船の穴を埋めようとする。泥船を泥で、何度も何度も。
 直したかった、取り戻したかった。或いは「得たかった」のか。一度も向けられたことのない愛を求め、なんでもした史之は。
「ああ。本当に、本当に僕はいらない子なんだね」
 家財道具として売り払われる中に刻まれた自身の名を見て、彼の心は空白に食いつぶされそうになる。

「俺の不幸な記憶など、なにがあっただろう」
 レツは漠然と思いを巡らせる――より早く、眼前に広がった光景に息を吐いた。
 欠けた刀身。錆とホコリにまみれていくそれは、刀としての用を成さない。
 「そう」なるまでに幾度の出会いがあり別れがあった。それらもちらりと映ったが、レツの心を不幸で満たすほどではなかった。
 それらがレツに与えたものは、果たして奪われた時間ほどに重かったのだろうか?
 大事にされた記憶と時間を、虚無と化した日々が塗りつぶしていく。意義も有用性も示せぬまま、膨大な日々が過去を凌駕しすり潰していく。
 色彩を空白が塗りつぶしていく。どこまでも、どこまでも――。

「ただの機械に感情があるか分からねぇが、こっちを見るくらいはするんだろ?」
「ただの機械のこちらにも悪意を感じる物言いですね?」
 黒羽は闘気を纏い、不幸増幅器のうちほぼ半数の敵意を自らに仕向けた。それは敵意というより反応であったのだろうが、彼にとってはどちらでもいい。……ただ、傍らの橘さんが不服そうな表情を浮かべたのでフォローする必要は生まれたのだが。
「こんな歪なモノが人の幸福を定義しようとするなど、不愉快ですね。そんなもの、私にしか――」
 刀を手に、不幸増幅器のうち一基を薙ぎ払った無量は、しかし数歩ほど蹈鞴を踏み、分け前のように向けられた『幸福』の一端を垣間見る。
 続けざまに放り込まれたイメージを身に受け、ぐらりと視界が偏るのを感じた。傷はまだ耐えられる。運命の力はまだ手の内に。だが、この事実は彼女をとかく揺さぶる。
(私にとっての幸福……そう、衆生が救われる事。救い、即ち彼岸への旅立ちです)
 彼女は、この依頼の話を聞いて「同意できる」と感じた部分があったことを理解している。幸福の総量論。多くの人で分け合うに困難なら、苦しみの無い彼岸へ送ることこそ救いであると。
 そして、そうやって己の理屈で人々を彼岸に送ることこそが彼女を充足させた。幸福だと実感させたのだ。
「彼岸会にはこれ以上近付けさせねえぜ。俺が受けてやる」
 無量に重い一発を当てられたことは悔やんでも悔やみきれぬ。が、それは一瞬の悔いである。黒羽は引きつけた不幸増幅器の攻め手を己が身で受け、流れ込んでくる愉悦に近い感覚に歯噛みする。
(『自分にとっての幸福』……俺にとっちゃ、大切な人と平和に平穏に暮らすことだが……)
 黒羽の脳裏に、大切な相手の影が、そしてその相手との平穏な日々が浮かび上がる。数多の周囲の不幸をはねのけ、自分は幸福に生きられるという幻想。自分達の幸福を最優先にした日々、という偽装。
 それがどれほど得難いことかは彼自身がよく知っている。知っているからこそ、「それだけ」の日々がどんなものかを理解できる。他の不幸の上に立っただけの砂上の楼閣。それは果たして、幸福なのか?

(私は、未熟だ。父上や兄達のように、強く、貴族としての誇りを満足に持てていない)
 ティリーの眼前には、自らの影と親兄弟、仲間達の姿があった。
 生まれてから今までの日々、彼女は弱者としての自分に怯えていた。
 既に自分よりずっと強い父と兄達。死物狂いの日々がフラッシュバックし、それでも届かぬ歯がゆさを感じ取る。同じ土俵、同じラインに並んでいたはずの仲間達が先へ行ってしまう光景。サザーランドの家が築き上げてきた武勲や名声は重荷だが、それ以上に。仲間達がそれを難なく超えてしまうような『名声』を得てしまう可能性が。
 そして、それらについてけぬまま無力感に沈んでいく自分が怖いのだ。
 特異運命座標という輝かしい称号の影で、顧みられぬ献身がある。
 天義、深緑、傭兵、鉄帝、練達、そして海洋。各国を巻き込んだ小さくない戦いの数々で挙げられた綺羅星のような逸話に埋もれ、多くの「いつもの努力」は埋もれていくのかもしれない。
 ――そして、サザーランド家の献身さえも。
 或いはティリーが恐れている無力感の根本は、『特異運命座標でさえも更新できなかった生家の名誉』なのかもしれぬ。目の前に現れた壁の厚さは、絶望を願って余りある。

『貴女がこれを読んでいる時、私はもう生きてはいないのでしょうね』
 馬鹿馬鹿しいほど手垢のついた書き出しの手紙を開き、ウィズィニャラァムは「そうでしょうね」と苦笑してみせた。
 そして、恋人がこんな「つまらない」文章を書かないだろうことも、彼女は革新していた。革新していたからこそ、それが現実として眼前に映し出されたことを恐ろしく思うのだ。
 何事もなかったかのように互いに依頼をこなし、当たり前のように出発の挨拶を交わす。誰も居ない部屋の扉を開け、手紙を開く前に訃報を聞く。
 ごくごく当たり前のように受け容れてしまった後、大げさに嘆いてみせることができないことに後悔する。
「なんて遠くへ行ってしまったの」
 手紙を机に置いた彼女は、なんでもないことのように笑って。
 それから、深く息を吐いてから、心に空いた穴の大きさに呆然とするのだ。
 穴から吐出される虚無感は全てを奪っていってしまう。立ち上がる力も指を動かす気力も全部。だから、戦うなんてとても考えられず。それを「もしも」と蹴飛ばすには、勇気が要る。

「このムカつく機械を殴るのは楽しいぜ、幾らでもやってやる!」
 ハルラは一足で不幸増幅器の間合いに踏み込むと、それを全力で殴りつけ、続く連撃でその動きを鈍らせた。
 幸福を押し付けてくるそれが後退を選べば前身を。突っ込んでくるなら、更に距離を詰める。クロスレンジで放たれる物理と神秘の殴り合いは、傍目から見ても派手で、だからこそ負傷が重なることを理解させうる。
「ハルラくん、無理はしちゃダメですよ!」
「なに、コレくらいどうってことねえ!」
 あなたの為じゃなくて、魔力を節約したいからなんだけどなぁ。茄子子はそんな内心を噛み潰しながら、ハルラの身を癒やしていく。
 正面切ってのぶつかり合いは、必然的にハルラも、不幸増幅器をも傷つける。強かな打撃のぶつかり合いの果て、一基を叩き潰すのに一分もかからなかった。それは、素晴らしいことだ。
 だが、その間も手隙の個体がハルラを、そして茄子子を狙ってくるのだから厄介極まりない。そして二人の内心にある幸福への渇望もまた、暴き立てられるのだからたまらない。
(人が叶うはずのない夢に向かって頑張ってるのを見ると幸せな気持ちになれるかな。幸せは不幸を乗り越えた先にあるものだよ。厳しい修練を乗り越えた者だけが翼を手に入れられるんだから、ね)
 茄子子は人間種達に「翼を得る」ための道筋を与え、導き、声をかける。そうして努力を惜しまぬ人々が翼を手に入れようと藻掻く姿を笑っている。己にはそれがあるのだと、口にすることもなく。……他者が幸福のみの享受を否定する理由は、彼女の口から並べるには容易だ。だが、自身の愉悦がただあるだけの状況は、如何にして否定するものか。
 空虚な幸福観は自己を一瞬だけ顧み、しかし問いかけに応じる理由を与えなかった。
 足元から這い上がる幸福と幸福と幸福。満たされた器に注がれるそれはあふれることなく蟠り、吐き出せずに濁っていく。
 正気を取り戻そうと指を伸ばした茄子子の視界の隅では、ハルラが確固たる足取りで2基目の不幸増幅器に罅を入れていた。
「毎日好きな事やって、美味しいお茶飲んで、のんびり静かに暮らしたい」
 ハルラは穏やかな日々を望む。なんでもない日常の中、老いて死んでいければ幸福なのだろうと、彼は思う。
 だが、それは夢物語だ。
 義父の死をきっかけにローレットに身を寄せた彼は、「なんでもない一人」ではなくなった。
 必要とされるなら手を差し伸べたい。その手を踏みにじって平穏でありたくなんて、ない。黒羽にも通ずる「幸福の否定」は、彼が一人前のイレギュラーズであるという強い証明でもある。
「何より俺が選ばれたのは……父さんが俺を送り出してくれたみたいで。それを無碍にするのは嫌なんだ」
 だからこそ、拳を掲げよ。
 決意と信念は、彼のそれを鋼鉄に勝る一撃へと昇華しうるのだから。

●ありきたりな、一歩
「この幻覚は『俺』自身が見てるものだ。積み重ねた過去が、今の俺だ」
 史之は自らを蝕む無力感を、自身の顔を殴りつけることでせき止めた。『大号令を体現し』、女王の旗手(バンディエラ)となった彼は、以前のように誰かの顔色を窺うことはない。廃滅に身を冒されながらも掲げた信念は、絶望の中でなお一際輝きを増す。珊瑚のネクタイピンに指を添え、彼はただ前を見る。
 セピアは色彩を得て罅を生じ、卵殻のように儚く割れ広がっていく。幻が、終わりを告げようとしていた。

「誰かを救うということは、つまり私のエゴです。正義感でもなんでもなく、あれは私の主義と相容れないだけのこと」
 無量は少なくない傷を負いつつ、それでも一撃を打ち込んだ。運命に縋るには早く、足の力を奪うには十分なそれは、最後の一歩で踏みとどまらせた。
 親姉妹をも手にかけ、鬼へ堕ちた。幸福のために、救う為に。
 その業が幸福のためだ、などと誰が受け入れよう。誰が褒めよう。自分が許せない業をして、幸福でありたいなど思えるものか。
 否定して否定して、それでも足りぬ業を抱える。忘れ得ぬなら不幸であれ。幸福の為ではなく不幸のために剣を執れ。黒羽を苛む一体、そのカプセルの連結部を切り取った彼女は、被害者を抱え転がり込む、そして、『攻撃できぬ』黒羽をカバーする。
「不幸があるから幸福を感じられるんだ。自分にとって良くねぇことがあるから人は成長出来るんだ」
 幸福だけの人生、刺激のない人生。それこそが「不幸」だと黒羽は知っている。そして、そんな欺瞞を振りまく眼の前の機械の醜悪さを認識している。だから、その攻撃は傷まない。
 傷を刻まれても、倒れるに値しない。自分の幸福は自分で決める。だから、耐えられる。最後まで。
 だから、手を伸ばせる。ギリギリの戦いに至ったハルラへの不幸増幅器のヘイトを受け止め、一瞬の勝機を与えられるくらいには。

「私は不幸を乗り越える」
 ティリーはGrimを持ち上げた。手にすること、持ち上げることも難しかったそれは、今やその手の中にある。
 無力感に涙が出る。それは止まることはない。不幸な未来がちらついて離れない。そうならないために、強くなり続けてきたのだ。『もしも』の未来と寄り添いながら、振り切るために歩いていく。覚悟は既に、彼女の胸の中にある。
 Grimが上げた咆哮は、今までのどれよりも激しく。

「人間いつだって、怖いのは過去じゃない。未来だ」
 未来を変えるために、今の『彼女』の生きる理由になると誓った。
 彼女の理由(それ)であるならば、自分は希望(これ)を手にしている。
 肩を並べて歩くために、君と生きる為に。不幸を振り払う一瞬の為に、彼女は『故に愛を叫ぶ』。
「そこをどけ、幻影! 愛が私を呼んでいるっっ!!」
 ウィズィニャラァムのハーロヴィットと、ティリーの砲撃が同時に幻影を打ち破る。
 ホールの中央で、それは静かに機能を停止した。
 裏口では、無量の斬撃がカプセルを破壊し、ハルラがそれをこじ開け、最後の一人を救い出すところだった。

 ……人々が不幸を思い出すまで、今暫く時はかかるだろう。
 その「不幸」は、幸福で乾いた心に染みる慈雨のように、ゆっくりと取り戻される「人間性」にほかならない。

成否

成功

MVP

ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)
私の航海誌

状態異常

楊枝 茄子子(p3p008356)[重傷]
虚飾
相模 レツ(p3p008409)[重傷]

あとがき

 お疲れ様でしたイレギュラーズ。
 皆さんの決意、しかと見届けさせていただきました。
 すこし「クサ」かったり湿っぽい描写があったらご勘弁下さい。熱いなー、若いなーとか想いました。年を感じます。

 MVPはなんというか……全体的に熱と湿っぽさが同居して凄いことになっていた貴女に。
 いやあ、こんな熱情からあんな……あんな……ね。すごいよね。

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