シナリオ詳細
凍てつく心を掻き抱く
オープニング
●氷の魔女
深い森の中、魔女はひとりきりで生きていた。
訪れる者は誰もいない。どの季節であっても魔女の家の周囲にはしんしんと雪が降り、草木は凍り水晶のような氷柱が地面から生えている。
魔女は孤独だったが、それに関して思うところはなかった。獣すら寄りつかない氷雪の中で生きることが、当然だったのだ。
ただ、ときどき考える。
この生活はいつ終わるのだろう。この世界には私ひとりがとり残されているのかもしれない。他の生き物は、どのような姿をしていただろう。
白く曇る息を吐く。
風がひゅぉうと吹き抜けて――たぶん、その勢いで運命の羅針盤を狂わせた。
「うわっぷ!」
間の抜けた声の尻にかぶさる、どさっと質量を持ったものが倒れる音。
魔女は肩を跳ねさせて、恐る恐るそちらを見た。雪に足をとられて転倒したソレが動く。
薄着。白い顔。赤くなった指先と目尻。色を失った唇と、対照的に濃い緑の瞳。
細い体――人間の、こどもの、からだ。
「……え?」
知識として知っていて、それ以上のことはもうすっかり忘れてしまった『他人』の姿に魔女は戸惑う。雪下で育つ野菜の収穫に使った籠が手から落ちた。
「さ、寒いですねここ!」
「そう、ですね」
他人の声。他人の顔。
少年が大きなくしゃみをする。それでようやく思い出した。魔女以外の生き物にとって、ここは寒すぎるのだ。
「えへへ。僕、実は世界を旅しようと思って故郷から出てきて。適当に歩いていたらここに着いたものですから、防寒着とか持ってなくて」
「早く家の中に」
魔女は慌てて少年の手を掴み、家の中に引っ張った。
氷の魔女は火を扱えないわけではない。ただの飾りと化していた暖炉に火をつけ、少年の体を毛布で包んでその側に座らせ、大急ぎでスープを作った。
「お口にあうか分かりませんが」
「いただきます。……おいしい!」
野菜と薬草で作ったスープをひと口飲んで、少年が顔を輝かせる。
魔女の胸に熱が宿った。ひとりきりだった魔女にとってそれは灼熱に等しく、そして眩しかった。
(帰したくない)
この子を。他人を。魔女は自覚する。自分は他人に飢えていた。自分じゃない誰かに、側にいてほしかった。その欲からずっと目を背けていた。
「ねぇ」
氷の魔女にしか使えない魔術が、ひとつある。ずっとむかしに死んでしまった先代から受け継いだ、ただ一度しか使えない魔術。
他人がいなければ成立しない――相手の精神を支配する、魔術。
「あなた、名前は?」
立ち上がり、少年の隣に屈んで問う。スプーンを置いて体の向きを変えてくれた彼の手を握る。まだ魔女の手より小さくて、温かい。
「ゾルテ!」
「そう。……ゾルテ、『ここで私と永遠に暮らしましょう』」
少年の薄い胸に触れる。緑の双眸から意思の光が消えた。
●その手を引いて
「初めまして、親愛なるイレギュラーズ。ああ、話が終わったら『僕のことは忘れておくれ』」
すっかり暖かくなってきたねぇ、と『空漠たる藍』ナイアス・ミュオソティス(p3n000099)は冷たい珈琲を飲む。
「今回は深緑からの依頼だよ。なんでも、集落の子どもがいなくなってしまったそうでね。ああ、妖精は関係していないらしい」
なんだただの家出か――といえば、そうでもないらしく。
「その子が最後に目撃されたのが、迷宮森林の北端部。通称を『氷魔のねぐら』の近くなんだよ」
ナイアスが座すテーブルを囲む者や退屈しのぎに聞き耳を立てている者たちのうち、数名が嫌そうな顔をした。誰もが深緑出身者やそこに縁深いものだ。
「氷魔……氷の魔女と称される誰かが住むところでね。なんでも訪れた者をまとめて氷漬けにしているだとか、迷いこんできた者の精神を凍らせて操るだとか、とにかく悪いうわさが多いんだ」
「そんな奴のところに、子どもが?」
「行っちゃった可能性が高くてねぇ。もしかしたら捕まっているかもしれない。あと、それを知った依頼主から『ついでに氷魔を退治してほしい』なんて追加のオーダーも入っちゃって」
面倒に面倒を重ねられたということだ。
「というわけで、氷魔の退治と子どもの捜索及び確保をお願いしていいかな?」
冷たいものを飲むと体が冷えちゃうねと、ナイアスは肩を竦めた。
- 凍てつく心を掻き抱く完了
- GM名あいきとうか
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年05月29日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「氷の魔女?」
その単語を聞いた刹那、初老の男の目に不安と恐怖が宿った。
躊躇う気配を見せたものの、相手は子どもの救出と件の魔女の退治にこれから赴くイレギュラーズだ。男は意を決したように口を開く。
「迷いこんできた人間を残らず氷漬けにしたり、心を支配して操ったりする、恐ろしい存在だ」
「実際にこの集落の誰かが害にあったという記録は?」
冷静に『レジーナ・カームバンクル』善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)が問う。
「寄りつかないようにと生まれたころからきつく言い含められるからな、最近はないが、その昔はあった」
「あちらに行った方が帰ってこない……といったものでしょうか?」
心配そうな『夢為天鳴』ユースティア・ノート・フィアス(p3p007794)に男が頷いた。
「そうだ。年中、雪が降ってるのを不思議がって、好奇心なんかで様子を見に行った連中は誰も帰ってこなかった。……あの方角に行ったっていうゾルテも、帰っていない」
恐ろしそうに男は首を縮める。
「ゾルテを助けてやってくれ。もう聞いただろうが、あいつはちょっと怖いもの知らずだがいい子なんだ。魔女の玩具になっていいやつじゃない」
「ええ。依頼を受けた以上、私たちは魔女を退治して、ゾルテくんを連れ帰るわ」
「卵丸たちにどーんと任せればいいんだぞ!」
浅く顎を引いた『実験台ならまかせて』かんな(p3p007880)と自信満々の『蒼蘭海賊団団長』湖宝 卵丸(p3p006737)に、男の表情が少し明るさを取り戻す。
「頼んだぞ」
「迷子の捜索。危険な敵の排除。なるほど、村の近くに脅威が放置されているとなれば、折を見て退けて欲しいと願うのは道理だ」
「よくある依頼……だが」
「そうね。魔女が本当に悪い存在なら、よくある依頼だわ」
氷魔のねぐらに向かう道中、『砕月の傭兵』フローリカ(p3p007962)の淡泊な独り言を『不屈の』銀城 黒羽(p3p000505)が拾い、『おやすみなさい』ラヴ イズ ……(p3p007812)が眉根に疑問を刻む。
依頼書と村人の証言から見えてきた、氷の魔女の像。イレギュラーズはそこに違和感を覚えていた。
「平和を乱す『魔』は皆殺しにすると決めている」
それだけだと『聖断刃』ハロルド(p3p004465)は聖剣リーゼロットの柄頭に触れる。
豊かな緑に満ちていた森に凍えるような風が吹いた直後、前方に純白が広がった。
見えない線があるかのように、深緑の森は氷雪の森に変わっている。氷柱が水晶のように地面から伸び、気温は息が白くなるほど下がっていた。
「誰!?」
小屋のような家の前、薄着の少年と雪だるまを作っていた女が警戒の声を張り上げる。
「イレギュラーズだ! ゾルテを返してもらうんだぞ!」
堂々と卵丸が名乗った。虚ろな目で女とイレギュラーズを見比べる子どもは、集落で聞いた家出少年の背格好と一致している。
「話しあいでの解決は……難しいようですね」
この氷雪を生み出している元凶は両手を天に掲げ、口早に呪文を唱えた。雪上に九の風が渦巻き、解けると同時に青い甲冑が同数だけ出現する。
ぶつかることも大切だと、ユースティアも構えた。ハロルドはすでに剣を抜いている。
「この子は誰にも渡さない!」
「氷の魔女、名前を聞かせてもらおうか!」
疾駆する黒羽は真っ直ぐ女を目指していた。魔女のしもべたちが進路を防ごうとするが、
「汝(あなた)たちの相手は我(わたし)たちなのだわ」
レジーナの黒い極光が雪煙を上げながら甲冑たちを襲う。
「わ、私はアインエレ。当代の『氷の魔女』、アインエレ!」
ようやく立ち上がった少年を庇うように立ち、アインエレは悲鳴じみた声で応じて術を放とうとした。
しかし黒羽が接近する方が早い。魔女はとっさに遠距離の術を解除し、手元に透き通った杖を出現させる。
闇雲に振るわれた杖を、黒羽が右腕で受けた。
「集落からゾルテの捜索願が出ている。その子どもは森の外を目指して飛び出しただけの家出少年で、両親や妹が心配しながら待ってるんだ」
ただの村娘にしか見えない魔女の顔が、泣き出しそうに歪む。
「俺と話そう、アインエレ。聞きたいことは山ほどあるんだ」
「私は話したいことなんてないんだから、帰って!」
鋭い拒絶の言葉にも、全力の殴打にも黒羽は怯まない。闘気の鎧が彼の体を包んだ。
手にした銃の先に、ラヴはそっと額を寄せる。
まどろむ幼子を安心させるように。囁く声もまた、眠りに誘うように静かに優しく。
「夜を召しませ」
瞬間、雪を降らす曇天が星煌めく夜空に変わり、『落ちてきた』。
全ては魔女のしもべたちの錯覚だが、幻像は十分に効果を発揮する――その根源が、『孤独と焦燥の重圧であるのだから』。
殺意をラヴに向けた甲冑の一体が氷の剣を手に急接近してくる。ラヴは半歩引いた。彼女としもべの間に虚翼で低く飛ぶかんなが割入る。
「ごめんなさいね。手加減は苦手なの」
足元に顕現した武具をかんなの小さな足が蹴る。
それほどの力がこめられたとは思えない速度で射出された槍が一体目に着弾し、自壊した。過剰顕現により暴走した顕現武具の破片が炸裂、直線状にいた甲冑に嵐となって襲いかかる。
無傷の個体が放った矢をユースティアが剣で断った。
「この聖剣もまた、氷雪の加護を得ているのです」
青白い光を湛える一振りは、かつて惨禍を振り撒く呪刀だった聖剣だ。矢を斬ったために霜がついたそれを軽く振るってから、ユースティアはダメージを受けた個体に刃の先を向ける。
「退場していただきます」
束ねられた力の奔流は、荒々しい咆哮にも似た音を伴った。
甲冑の一体がその青を濃くする。振り上げられた刃はラヴを狙っていた。氷剣に魔力が絡みつく。
「今、青き彗星になる……。貫け、轟天GO!」
攻撃が行われようとした直後、甲冑の右側部に彗星の如く駆けてきた卵丸が衝突。甲冑の体が流れ、剣の狙いは大きく外れる。
「あぶなっ!」
素早く体勢を整えた甲冑の攻撃を卵丸はすんでのところで回避、
「なーんてな! この卵丸サマにそんな攻撃あたるか!」
回転衝角が虹色に輝く。
範囲攻撃から単体攻撃と、集中的にダメージを受けていた甲冑の傷が癒える。
「面倒なのだわ。……けれど」
治癒術と甲冑の性能上昇を行っているゾルテと、全体の指揮を執っているはずのアインエレにレジーナは視線を向けた。
「……絶望的に戦い方が下手なのだわ」
戦車と軍馬を召喚したレジーナの顔に憂いが浮く。
「それでも、鬱陶しいったらないのだわ」
指揮官が初陣であろうと、氷と毒と猛攻でイレギュラーズを打ち倒そうとするしもべたちは、厄介だった。
ハロルドの哄笑が戦場の騒音に混じる。
「ははははっ! おら、ぶった斬ってやるぜ!」
雷をまとった聖剣と冷気を帯びる氷剣が飛燕の速度で打ちあう。
鍔迫り合いに持ちこむと見せかけて身を屈め右前方に大きく移動、唐突に標的を見失った敵の隙を突いてその肩を斬り上げる。
「っらァ!」
がん、と重い感触。肉や骨を断ったときのものではない。
なにも詰まっていない片腕が宙に跳び、雪に落ちた。人ならざる兵士は体の一部を喪った程度で怯まない。
「上等だ」
振り下ろされた氷剣を聖剣の腹で受けて、ハロルドは裂帛の声とともに跳ね返す。
雪に埋もれた甲冑の片腕を一瞥し、フローリカは現状最も手負いの敵の懐に潜りこむ。
雪の表面に刃の軌跡を刻みながら斬り上げた。相手は防御しようとするが、甘い。
「その程度では防げない」
得物を握る手の首ごと斬り飛ばす。甲冑の逆の手が次の剣を握った。
「どれも人ではないのか……。精神を操るという噂があったから、あるいはと思ったが……」
氷の魔女に操られた人間に迎撃されているのではないらしい。
ざっと周囲を見回す。方々の巨大な氷柱の中にも人影はない。もちろん雪に埋もれている気配もない。
「幾人も匿えるほど小屋は大きくない。……さて」
真偽の天秤が傾き始めている。
魔術を放つ間を、黒羽は与えない。
しもべが全滅すれば自分に勝機がないことは分かっているのか、アインエレはゾルテに援護を任せていた。
「俺の目には、アンタが迷いこんだ人々を氷漬けにしたり支配したりする、悪い魔女には見えない」
「なん、のこと……っ!?」
「集落の噂だ。氷の魔女はそういうことをするんだと!」
「やってないわ!」
狼狽した魔女が必死に訴える。
「氷の魔女が精神を支配できるのは、それぞれの生涯で一度だけ。誰かを氷漬けにする趣味だってないもの」
「ここにきた連中は行方不明になったんじゃないのか?」
「訪れた人には衣服や食料など、少しの対価と引き換えに森の出口を教えていたの!」
黒羽の目が見開かれる。横薙ぎに振るわれた魔女の杖を片手で掴んだ。
「氷の魔女はいるだけで周囲を雪原に変える。だからここから出られない。だからみんなに怖がられる。氷の破片を……精神支配を解かないために、泣かないことを教えられる」
ただそれだけと、アインエレは決意と悲痛が混じった声で言う。
助けてと。
もう独りぼっちになりたくないのと。
アインエレが言葉なく声もなく叫んでいるのを――黒羽は確かに聞いた。
敵の攻撃を受け、フローリカの膝が落ちる。
すかさずかんなが敵とフローリカの間に入った。氷の剣を受けている間に、ラヴの夜が敵の気を引く。
「……おい、無茶はするなよ」
「ああ。助かる」
手のひらの先に回復魔法を宿したハロルドが、浄化の光をフローリカの背中から叩きこむ。独特の治癒方法だと思ったが、傭兵の少女は指摘しなかった。
「ゾルテ!」
雪だるまに寄りかかるように立ちながら、魔術を行使する少年に卵丸が叫ぶ。
「こんなところに閉じこめられて、一生を終わっていいのか!」
肩で息をしながら、湖賊は故郷と海を想う。
「家出するくらい憧れた外の世界、その情熱を思い出し目を覚ますんだぞっ! 世界は広い、そしてワクワクするんだからなっ!」
虚ろなゾルテの目に、感情の波がわずかに立って、消える。
好機だとユースティアは判断した。
「そうです。アナタは求めるものがあるから、郷を飛び出したはずです。それが物であれ場所であれ、人であれ。こんな形で終わっていいものではないでしょう」
イレギュラーズの目から見て、ゾルテはすでに限界が近い。
この戦いの中で最も消耗しているのは、魔力の励起を行ったことがないハーモニアの子どもだった。
「アナタが求めているものは、今のアナタにはもう見えないのですか?」
「あ、ぅ……」
「やめて!」
最前線に向けられたゾルテの手が震え、アインエレが絶叫する。
負けじと卵丸が返した。
「いくら寂しいからって、操った人といたっていつまでも寂しさを紛らわせないんだぞ!」
正論に魔女の肩が跳ねる。
わななく唇を魔女が開く寸前、雪上になにかが落ちる音がやけに大きく響いた。
悪い魔女の札をつけられた女が、絶句する。
「……ああ……」
甲冑を曲撃ちで穿ったラヴが目蓋を半ば伏せ、躍るような足さばきで一閃をかわした。
「限界がきてしまったのね。……あなたが、あなたの身を守ろうとさせたが為に」
「わた、しが?」
「不慣れな魔法を行使し続けたら、こうもなるのだわ」
戦意喪失、戦闘終了――とレジーナは判断を急がない。
「ひとりにしないで」
雪が舞った。
「後半戦と洒落こもうってか!」
双眸に激戦への歓喜を湛え、ハロルドが吼える。ただの寂しがり屋など興ざめもいいところだが、戦いが続くなら話は別だ。
魔女の魔力の暴走に呼応し、しもべたちの攻撃がいっそう激しいものとなる。
「諦めないというなら、相手をするだけよ」
「このあとは、そうですね。お茶でも飲んでお話ししましょうか」
かんなの足元から白の魔槍が顕現し、ユースティアは小さく笑んで剣を構えた。
魔女の杖先に術式が宿る。黒羽がそれを素手で握りつぶした。
「みんながアンタを怖がるって言ったが、ここに例外が、俺たちがいる。他にも、アンタを恐れねぇ奴が必ずいる」
殴られ、殴らず、決して倒れず。
立ちはだかり続ける男が笑った。
「傷つくのを恐れていては、繋がりなど生まれない。だから、人形遊びなんかやめて、一歩を踏み出して見ろ」
戦車と軍馬が残り五体となった甲冑を轢く。
「典型的な魔力欠乏。命に別状はないと思うのだわ」
「早くベッドで休ませてあげたいけど」
「アインエレはどうして治療してあげないんだ?」
レジーナの目測での診断にラヴが小さく息をつき、卵丸が虹色の斬撃を飛ばしながら疑問を紡ぐ。
「治療する方法を知らないか、錯乱しているか、本当の目的は子どもではないのだろう」
「最後の推測が正解でしょうね」
フローリカは冷徹に、かんなは呆れ混じりに状況を見る。
「全員ぶっ飛ばせばいい!」
「ひとまずはそれしかないでしょう」
聖なる雷を纏うハロルドの剣が甲冑の頭を跳ねる。
それで動きをとめるしもべではないが、ユースティアの魔術と格闘を織り交ぜた一撃にかんなの儚月、さらには背後に迫ったレジーナの黒い極光があわさると、治癒術を受けたわけではない甲冑は瀕死に追いこまれた。
「掛れ虹の橋……」
さらに卵丸の回転衝角が虹の輝きを宿す。
「蒼・海・斬!」
海賊の闘法、からの、
「海の乙女の加護を受け、必殺の一撃だっ!」
二度と立ち上がることを許さない攻撃で、確実に甲冑を沈める。
消耗は両陣営ともが感じていた。
イレギュラーズは各個撃破につとめるとともに、アインエレの動きを封じる。氷の破片を埋めこまれたことで寒さを感じていないゾルテの状態にも気を配った。
人を材料としていない甲冑が一体、また一体と雪中に倒れていく。
最後の一体が倒れると同時にフローリカがアインエレに急接近。手加減をしつつアインエレをハルバードで殴った。
「逃走もしもべの増産も、許す気はない」
「……これ以上のことなんて、できないわ」
もはや勝機はないと悟った氷の魔女が、頽れる。
●
剣を収めたハロルドは退屈そうに立っていた。
奇襲の用意をしながら、レジーナはふらふらと少年に近づいた魔女と、気を失っている少年を見る。
「彼、辛そうよ。本当に彼を手放したくないなら、離れたくないなら、そして大事に思うなら、何故戦わせたの?」
「……それは……」
「お前はちゃんと、その孤独を伝えたのか?」
ポケットに片手を入れたフローリカが言葉を投げる。
「魔法ではない、お前の言葉で。軍の命令も、人の感情も、伝えなきゃ伝わらないだろう。それともお前の望みは、精神を操られた心無い人形を手元に置くことなのか?」
「違う、私が欲しかったのは、私の側にいてくれる人よ!」
「……今の彼は、貴女が欲した温もりを持っていますか?」
ユースティアが静かに問う。アインエレが息をのんだ。
「この様に人も寄らぬ場所で、けれど誰かを操ってまで己の側に置きたがるのは、人の温もりを知ったからでは、ないですか?」
「だいたい、ゾルテじゃないとだめな理由も分からないんだぞ。誰かなら、誰でもよかったんじゃないか?」
首を傾ける卵丸に魔女がうなだれた。
空気を換えるようにかんながパンと手を叩く。
「一緒に居たいなら真っ当な手段で一緒にいればいいのよ。魔術になんて、頼らずに。少なくともここは、それができる世界だわ」
「冷たい魔法を使わなくても、大丈夫。優しさという温かい魔法を注いだのなら、また、きっと、きっと。彼の意思であなたに会いにきてくれるわ!」
励ますラヴに魔女の目が上がった。
「もう、悲しい夢は終わりにしましょう」
「踏み出してみればなにかが変わる……、なんて、素敵じゃない?」
イレギュラーズの中にも、程度の差こそあれ孤独を知る者は多い。かんなも、また。
黒羽は両腕を広げる。
「いっそ狭い森を出て、この広い世界を見てみないか?」
「でも、私……」
「汝の場合、周囲を氷雪に変えるのは魔力の調節ができていないことが原因だと思うのだわ。またゾルテと、友人として再開することを願うなら。人と関わっていきたいのなら。我の知り合いの魔女を紹介してあげるわ」
喜びと期待を目に浮かべたアインエレが、すぐに顔を曇らせた。
「あなたたち、私を退治しにきたのでしょう?」
「殺しと退治は違う」
ゾルテの額に触れ、治癒を施しながらハロルドはあくび交じりに言う。
「今回の依頼は『退治』。つまり『害あるものを討つ』ことだ。『魔女が二度と人間に害をなさない』のであれば依頼は達成だろう」
聖剣使いが横目で魔女を見た。
「治療はしてやる。あとは隙にしろ。……そうだな。ゾルテでないなら駄目というわけでもないなら、ローレットに依頼でもしてみろ。あそこはどんな依頼人も受け入れるだろうさ」
お茶会への招待でも、話し相手の募集でも。
依頼であるなら善悪さえ関係なく受けるのが、ローレットだ。
「ゾルテさんは連れ帰るわ。あなたは、どうする?」
目線をあわせてラヴが尋ねる。
逡巡の末、アインエレは掠れた声で答えた。
「外に、行ってみたいわ」
魔女の頬を一筋の涙が伝い、少年の額に落ちる。氷が砕けるような音がした。
「『噂の氷魔』はいなくなった」
フローリカが呟き、風が吹く。
ほのかに暖かな風だった。
魔女は去り、やがてこの一帯にも季節の巡りがやってきて、緑が満ちる。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでした。
やがて人々はそこに魔女がいたことさえ忘れて。
彼女はこの世界のどこかで、温もりに手を伸ばすのでしょう。
ご参加ありがとうございました!
GMコメント
初めまして、あるいはお久しぶりです。あいきとうかと申します。
ここではないどこかを望んだ少年と、ひとりぼっちの魔女。
●目標
・家出少年ゾルテの救出
・『氷魔』アインエレの退治
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●ロケーション
迷宮森林北端部、氷魔のねぐら。
氷雪に閉ざされた一角です。とても寒く雪は深く、水晶のような氷柱が地面の方々から生えています。
ただし注意して戦えば足をとられることはないでしょう。
●敵
・『魔女のしもべ』×9
アインエレが操る騎士団。森に住まう精霊たちから作り出している。
甲冑姿で背丈は170センチほど。人間のような見た目をしているが、中身は空っぽ。
全員が剣・盾・弓を装備。『火に弱いというわけではない』。
近・遠距離型。物理攻撃力とEXAに優れる。
通常攻撃の他、【氷結】【猛毒】【窒息】を付与する攻撃を仕掛けてくる。
・『ゾルテ』×1
アインエレの氷の破片を心臓に埋めこまれ、操られている家出少年。
回復とバフを担うが、そもそも魔術など使ったことがない(今回は氷の破片の力とアインエレの精神操作で使えているだけ)ので、ある程度のところで体が限界を迎え、気絶する。
回復・バフはアインエレを最優先とする。
・『アインエレ』×1
氷の魔女や氷魔と呼ばれる血脈の末裔。
二度と孤独にならないためにゾルテに氷の破片を埋めこんだ。帰す気はないし、ゾルテを奪うなら誰であっても氷漬けにする気でいる。
中・遠距離型。神秘攻撃力と特殊抵抗が高め。回避と防御が低め。
単体に【魅了】【混乱】を付与する攻撃や、一定範囲に【氷結】【体勢不利】【致命】を付与する攻撃などを持つ。
●NPC
・『ゾルテ』
ここではないどこかを目指して、パンも持たずに集落を飛び出したハーモニアの少年。14歳。
まだ家には帰りたくない。
●補足情報
・『氷の破片』
氷の魔女(氷魔)の間で受け継がれる魔術。人生で一度しか使えない。
自らの魔力の一部を氷の破片に変えて相手の心臓に埋めこみ、精神操作を可能とする。
ただし『氷魔以外の何者かの強い感情や魔術を破るほど強い被術者の意思により、この術が解ける場合がある。また、氷魔自身の涙が被術者に触れると必ず氷が解けてしまうので、氷魔は決して泣いてはいけない』。
皆様のご参加、お待ちしています。
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