PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ペット捜索依頼暗黒版

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●笑いと涙と感動と悪夢と衰弱と停滞と無限のワンダーランド
 ある日、ギルドでのことだ。
 初めにそれに気づいたのは誰だったか、とにかく、顔も思い出せないそいつがその存在に気づいた。
「なんだぁ、こりゃ……?」
 それは異世界出身者なら馴染みが深いかもしれない、1台の小さなテレビだった。
 古めかしく、立方体に近い形をしていて、手で回すタイプのチャンネル変更ダイヤルが備え付けられている。
 そのテレビがテーブルの上に置かれていた。何時からあったのか、誰が置いていったのか、まるで誰も気づけなかった。本当に、いつの間にか、そこに置かれていたのだ。
「箱か……?」
 そいつはテレビには馴染みがなかったらしく、それが何であるのか見当もついていない様子だった。混沌の出身なのか、はたまた科学技術の進行していない世界の出身なのか。しかし、そんなことはどうでもいいことだ。残念ながらと言うべきか、彼は今回の物語からまもなく退場するのだから。
 そいつがテレビに触れた瞬間。
「うわっ、なんだ!? うわっ、誰かっ、うわああああああああああ!!!!」
 テレビの画面にそいつの指が埋まり、腕が引かれ、本人の意志とは関係なく、身体がテレビに飲み込まれてしまった。
 悲鳴すら飲み込んだのか、叫び声が残響することもなく、しんと静まり返る室内。
 誰もがどうしていいか、考えあぐねている。とっさにテレビに手を伸ばすことも考えたが、またひとり飲み込まれるだけでは意味がない。そも、彼が経験と思慮に深い人物であったなら、不可解でしかないそれに触れようとは思わなかっただろう。
 するとだ。声が聞こえてきた。
「ダメじゃないかビャッキー、今日は彼らと仲良くしに来たんだよ? ぺっしなさい、ぺっ」
「でもミスター、触れてきたのは、彼の方」
「いやいや、彼は手を伸ばしていたじゃないか。ほら、なんだったかな。彼らの世界で、自分から親交を示す、ほら――」
「握手」
「そう、それだ。それだったかも知れないだろう。それを飲み込んじゃってまあ……まだ食べてないだろうね?」
「大丈夫、まだ」
「そりゃよかった。早く彼を帰してあげなさい。仲良く、フレンドリーにだよ」
「ん」
 そんなやり取りが聞こえた後、画面から何かをぺっと吐き出すような音と共に、飲み込まれたそいつが帰ってきた。意識は失っているようで、ぐったりしている。画面から腕が生えてきて、そいつの右手を握って何度か振ると、戻っていった。
 カチカチと音がする。見ればテレビのダイヤルが自動的に回転していた。
 電気もないのに画面が移り始め、ややノイズ混じりのモニター越しに、一組の男女が映る。
 片方は質の良いスーツの上からフードローブを目深にかぶった、おそらくは、男。もう一人は侍女姿で無表情な女だ。
 男のほうが大きく身振り手振りを交えながら話し始める。
「レディスアンジェロメン、ボイズアンガール。紳士淑女ローレットの皆様、御機嫌よう。私はミスター……あー……」
「フアンスィー」
「そう、ファンシー! ミスター・ファンシーとでも呼んでおくれ。本名な少々ショッキングなのでね」
 偽名であることを隠そうともせず、やけに有効的な態度で話す男。
「ああ、ああ、そう構えないでおくれ。先程はこちらのミセス――」
「未婚」
「失礼。レディ・ビャッキーが粗相をした。けして悪気があったわけじゃあないんだ。そうとも、いつだって我々に悪気はない。誤解されているだけなんだよ。それをなんだい――」
「ミスター」
「おっと、話がそれかけたね。そうだ、こうして諸君らのもとに出向いたのは他でもない。仕事を頼みたいんだよ。ここはそういう場なんだろう? 聞いてくれよ。僕はね、テーマパークを作ろうとしているのさ!」
 早口でまくしたてる男がそう言うと、テレビからファンファーレが鳴り響く。いいや、違う。なにか違和感がある。テレビから聞こえているというよりは、これは。
「いやいや、僕もそんなに乗り気じゃあないんだよ。というのもこの間、弟と大喧嘩をしてしまってね。いい年して恥ずかしい限りなんだが、それを上の兄に強くお叱りを受けてしまったのさ。その罰が、よりによって遊園地を作れだって。まったく、兄貴の趣味じゃあないかと――」
「ミスター」
「おっと。それでね、テーマパークにはマスコットが必要だろう? ちょうど古い友人の犬が仔犬をたくさん生んで、引き取り手に困っているって言うからさ。これ幸いと引き取ったんだが……逃げ出してしまってね」
 バツの悪そうに肩を落とす男。
「彼らを回収……いや、もう討伐してしまってくれないか。そっちで成体になると、少々厄介だ」
 なんとも。
 なんとも、乱暴な話だ。仔犬が逃げたから、それを処分しろというのは。
 その時、建物の外で悲鳴が聞こえた。なんだろうと、皆の視線がそちらへ向く。
「百聞は一見にと、君たちは言うのだろう? 視覚情報なんて量の少ない話だと思うがね。ともあれだ、見てくるといい。きっとそれが、一番早い」

●便宜上、それは犬と呼ばれている
 外は、地獄だった。
 逃げ惑う人々。それを、四つ足の何かが追いかけている。そいつは崩れた粘泥の塊のようなやつで、鋭い針を持った触手が身体から何本も生えている。顔はないが身体の側面に牙の鋭い口だけがあり、そこからは強い腐臭を漂わせていた。
 大きさだけは本当に、仔犬くらいのものだ。背を怪我し、傷口が既に膿み始めた女性を追いかけている。
「出して、ここから、出して!!」
 どんどんと、壁のようなものを叩く音。なにもない空中を叩いているように見えるが、そこから出ることが出来ないようだ。
「ああ、失礼。フィルターの調整が面倒でね」
 テレビがないのに、また男の声がした。先程の違和感がこれだ。この声は、スピーカーから出ているのではなく、鼓膜を直接震わせている。
 壁に留められることがなくなったのか、女性が命からがら逃げ出すと、その背を負っていた怪物が今度は見えない壁のようなものにぶち当たる。
「ぐじゅううるるるる! ぐじゅうううるるるる!!」
 勢いで紫の血が飛びちり、肉片が擦れても構わず見えない壁に体当たりを続ける怪物。おそらくは、一度決めた獲物をしつこく追いかける習性があるのだろう。
 怪物は全部で13匹。逃げ遅れたものは居ないようだ。自分たち以外は、だが。
「アレが逃げ出した仔犬だよ。巻き込んで悪いとは思ってる、本当だ。だが僕がこれ以上そっちに顔を出すともっと面倒なんだよ。お願いだ、報酬はちゃんと出す。こっちの貨幣だって覚えた。なんだったらおまけで、遊園地のフリーパスもつけるよ! だから、あの聞き分けのない仔犬らを、なんとかしておくれ」
 横を向けば、ビャッキーと呼ばれた侍女が抱えていたテレビを自分たちの隣に置き、その画面の中に帰っていくところだった。

GMコメント

皆様如何お過ごしでしょう、yakigoteです。
凶暴な魔獣が複数現れました。これを討伐してください。

【エネミーデータ】
■テンドの仔犬
・四つ足で、崩れた虹色の泥土みたいなもの。触手が無数に生えており、先端の針に刺されると毒・火炎・出血・窒息を受けます。また、そのいずれかの状態で針に刺されると猛毒・業炎・流血・苦鳴を受けます。また、そのいずれかの状態で針に刺されると致死毒・炎獄・失血・懊悩を受けます。
・全部で13匹。HPは低いが、攻撃力と機動が高い。戦闘不能にした後、首を切り落とすか、テレビの画面に押し込むことで回収させることができます。
・一旦獲物として認識した個人を追い続ける習性があります。BS効果を受けた場合はその限りではありません。
・1匹は現在、見えない壁に延々と衝突を繰り返しています。

【シチュエーションデータ】
■街の一角
・昼間。
・見えない壁で区切られた空間。出ることはできるが、入ることは出来ません。テンドの仔犬は出ることも出来ません。見えない壁の向こうから中に干渉することは出来ません。依頼参加者は既に見えない壁の内側にいるものとしてスタートします。
・死者は出ていません。
・古いテレビが壁の内側に置かれています。依頼人が戦闘に関与することはありません。

  • ペット捜索依頼暗黒版完了
  • GM名yakigote
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年06月03日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

R.R.(p3p000021)
破滅を滅ぼす者
鶫 四音(p3p000375)
カーマインの抱擁
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
ローガン・ジョージ・アリス(p3p005181)
鉄腕アリス
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
冷泉・紗夜(p3p007754)
剣閃連歌
ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)
雷神
ザコナル・パーヴァートゥ(p3p008458)
冴えないおじさん

リプレイ

●そもそもマスコットが生きているのは中身であって全部では無い気がする
 犬というものをイヌ科イヌ属に限定するとすれば、確かにあれは犬ではないかもしれない。しかし我々はあれを便宜上とは言え犬と呼んでいるし、文献上もあれらは犬だと呼ばれている。正直に言えば、四足歩行で獲物を狩り、比較的ヒトに慣れやすい習性をさして、それ以外の呼称がなかっただけなのだが。慣れるということが必ずしも友好的であるとは限らないが。そう言えば、犬ってネコ目なんだって、知ってた?

 思わず鼻を摘みたくなるような異臭と、耳を塞ぎたくなるような鳴き声がそこかしこから響いている。
 胃の中がかき混ぜられたかのように気持ち悪く、気を抜けばその場で吐瀉物を撒き散らしていることだろう。無論、そうすることで待っているのは死である。
 明確な殺意。ただ生物に害をなそうという意志が見て取れる獣。それから目を離し、行動を放棄することは、命を皿の上に差し出すも等しい行為だろう。
「どこをどう拗れたら、喧嘩の罰に遊園地を作れなどと言われるのか。そして何故そのマスコットがあのような名状しがたき泥なのか」
 犬とは似ても似つかない怪物の群れを前にして、呆れたような声音の『破滅を滅ぼす者』R.R.(p3p000021)。価値観の相違も数多く眼にしてきたが、ここまでかけ離れているのも珍しい。
「まぁいい、俺にとって重要なのはあの泥が人々にもたらされる“破滅”であることだ。この依頼を請け負おう」
「登場の仕方は奇特ですが。中々ノリの良さそうな依頼人ですね。こういう方は他に無い物語を持ってきてくれるので好きですよ」
 異質な依頼人にも物怖じせず、『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)。
「そして依頼内容の犬ですか……犬?」
 かくりと、首をかしげる。はて、犬とはあのようなものだっただろうか。
「私が知っている犬とは少々違いますがこういうこともあるのでしょう」
 世界は思いの外広いものだ。地続きとは限らないが。
「わー、すごーい、大惨事ー」
『海の女王のバンディエラ』秋宮・史之(p3p002233)以上の感想を、今更出していても仕方がない。生きている人間の避難は終わっていて、生きていない人間の処置には手遅れなのだから。
「あんなのもう鋭角から出てくる犬じゃん。さくっと片付けないとえらいことになりそう」
 それが時空の彼方ではなく、目の前の日常に現れたと言うのなら、確かに依頼人の口の通り、成体になれば明るい結果を生むことはなさそうだった。
「な、なんとも迷惑な……」
 呆れという感情も湧いてこない様子の『当たり前の善意を』ローガン・ジョージ・アリス(p3p005181)。用意して、逃げられて、なんとかしておくれと来たものだ。
「しかし、放っておくわけにもいかないのは事実。それにテーマパークも気になるのである。孤児院のチビ共とか喜びそうなのである。しっかりお仕事して、フリーパスゲットなのである!」
 こんなものが跋扈する遊園地だと、子供、泣きそうだ。
「やれやれどう見ても童に好かれる見た目でもなかろうに、今回の依頼人は随分と風変わりな感性をお持ちの様で」
 腐臭と耳障りな音を撒き散らす怪物には、さすがの『闇討人』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)も眉をひそめていた。
 これをいったいどうしたら、マスコットに起用できるなどと考えたのだろう。
「しかし正式な依頼である以上、特に降りる理由もござらぬな」
 この際、ことの発端がどうというのは後にしよう。
「些か以上に奇妙かつ、奇抜すぎる依頼主ではありますね」
 顔を隠し、明らかな異常を悪びれもせずに語る依頼人。何かに配慮をしているようではあったが、思惑は不明なままだ。まさか本当に、ただテーマパークを作ろうというつもりなのだろうか。
「そして他者に害なすものを、気づけば、あれよあれよと周囲にばらまく。或いは、巻き込んで、混沌の場に取り込んでしまうのですか」
 それでも危険であることに違いはなく、『風韻流月』冷泉・紗夜(p3p007754) (よみ:れいぜん・さや)が剣を取らぬ道はない。
「どうにも胡散臭い依頼人だな。斯様な化物をマスコットにする遊園地とは……」
『金獅子』ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)は、ミスター・ファンシーなる人物が信用ならないようだ。顔を隠し、箱の向こうで話し、明らかな偽名を名乗る者を信用しろという方が土台無理な話だが。
 しかし彼自身の驚異は現在のところ存在しない。明らかであるのは、野放しにできない犬の方だった。
「取り敢えずは目の前の問題を解決せねばなるまいな」
「ひ、ひぇ、な、なんですか、この化けもの達は……僕はただ初依頼を受けにギルドに来ていただけなのに。何故こんな事に巻き込まれているんですか!?」
『冴えないおじさん』ザコナル・パーヴァートゥ(p3p008458)が嘆く。とかく、世の中は理不尽でできていると言いはするが、混沌のそれは極めつけである。
『ウケる―♪ 初っ端からおじさん、命の危機じゃん。ほら、頑張りなよ、よわよわおじさん』
 見えている架空の少女によって蹴り出され、ザコナルがたたらを踏む。
 その仕草に反応したのだろうか。犬の何匹かは、一斉にこちらを向いていた。

●肉食獣に理由はない
 いやいや、遊園地というものに別に乗り気なわけではないんだよ。あれは上の兄の趣味に過ぎない。ただどうにもウチの家系は凝り性でね。作るとなればそれはそれは本腰を入れてみたくなるものなのさ。上の兄というのがそれはそれは顕著なもので、たった一回、たった一日の仕掛けのために戸籍から生い立ちまで作り出し、前後関係刷り込ませてまでするというのだから、その偏屈ぶりもわかろうというものだ。

「ぐじゅううるるるる! ぐじゅうううるるるる!!」
 およそ。動物というものはこのように小さく汚い泡の群れが弾け続けるような音で鳴いたりはしない。こんな、聞いているだけで不快感を煽るような音で鳴いたりはしない。
 どちゃり、どちゃりと、いまだ一匹は壁に向かってぶつかり続けている。
 そちらを見ている暇はない。
 腐臭が濃度を増したように感じた時、獣達はこちらにその触手の矛先を向け始めた。

●倦怠感と興奮剤のダイアラシス
 おっと、弟の話はやめて欲しい。まだ仲直りというやつをしていないんだよ。喧嘩するのは本当に久方ぶりのことだがね。それでも我々は、始まってしまえば本当に長いんだ。前回の時なんて、怒った弟が辺境島の文明を、え? これまずい? あー、聞かなかったことにしてくれるかな?

「まずはその身、その棘。凍て付かせ、鈍らせさせて頂きましょう」
 紗夜のふるった刃が、仔犬の触手のうち、何本かを切除する。
 その傷口に霜が降り、固まり、凍り、結晶化していく。
 いやに脆いものだと感じはしたが、数が多いせいか、それともまた生えてくるのか。どちらにせよ、凍てついた身体ではそれもなせないようだった。
 もう一撃、仔犬の反撃を予測し、返す刃を浴びせようとした紗夜であったが、予想外の動きにつんのめる。
「な……!?」
 犬は自分を切った紗夜に振り向こうともせず、そのまま、駆けるままに走り去ってしまったのだ。
 逃げたかと目で追うが、どうやらそうではないらしい。別の仲間の方へと向かっていく。どうやらあの仔犬にとって、標的とは自分ではなかったらしい。
 その性質には違和感を覚えたが、ここは戦場だ。構えた刀を降ろしてやる意義はない。
 そのまま後ろを振り返り、今まさに迫ろうとしていた別の個体、その不揃いな牙ごと胴を断ち切ってやった。

 見えない壁に向けて、ずっと体当たりを仕掛けている個体。
 そこから生えている触手の根本に向けて、ベルフラウは手にした槍を突き出した。
 ぐじゅりと、湿った柔らかいものを貫いたような手応えに、眉をひそめる。しかし一層理解を拒む事象は、そこからだった。
 仔犬は、自分を突き刺したベルフラウの方に振り向こうともしないのだ。穴が空いて、痛いなりに痛がりながら、それでも見えない壁に体当たりを繰り返している。
 ぐしゃり。ぐしゃり。傷穴が裂けようとも、緑と紫の血液が飛び散ろうとも、とにかく身体を当て続けている。
 これはなんだと、疑問が脳を占め始めたが、首を振り払って意識を切り替える。構うな、自分たちは今殺し合いをしているのだから。
 振り向くと、他の怪物も何匹かこちらに寄ってきていた。
 獲物と決めたのだろうか。ぐじゃり、ぐじゃり。気持ちの悪い音が聞こえる。
「粘土の化物風情に、我が意志を刈り取れるか!?」
 理解できないものを、振り払うかのように。

「一応言っておく――――伏せろ」
 仲間に集りかけていた仔犬らに向けて、R.R.が術式で展開した弾幕を浴びせていく。連続で着弾したために、土埃が舞い上がる。
 悪くなった視界に、仔犬が飛び込んできやしないかと身構えたが、風が吹き、土埃がやんで、映し出された光景に思わず舌を打った。
 仔犬のどれも、こちらを見てはいない。危害を加えてきた相手に興味を示さない。知性の有無ではない。生きている限り、自意識がある限り、自己の損傷を完全に度外視することなど不可能だ。
 痛みは脳を焼き、精神は削がれるようにできている。しかしこの怪物らは、R.R.の術式によって負った傷などないかのように、いいや、確かに脚を引きずりながら、それでも決めた獲物を変えようとはしなかった。
 群がろうとする一匹を掴む。泥のようにぐずりと崩れかけながら、振り払おうとするのではなく、ただ獲物と決めた相手に向けて触手を伸ばし、牙を剥こうとするばかりだ。
 気分が悪くなって地面に投げ捨てる。
 これは一体、なんなのだ。

 仔犬の触手。その先端にある針に刺されると、毒がまわり、肉がただれ、血を流し、苦痛を伴う。
 そのひとつひとつを四音は分析し、適切な処置を施していく。
「私が居る限り、そう簡単に皆さんを侵させはしませんよ」
 傷はむごたらしいが、四音がそれを気にした様子はない。年端もいかぬ少女に見える彼女が、肉の開いた傷をじっと見つめて処置を施していくというのは、少々非現実感のある光景でもある。
「直ぐに治しますからね。直ぐにですよ。ふっふっふ」
 傷を治す彼女の横に、べちゃりと仔犬が叩きつけられた。思わず身構えるが、鳴き声も出さず、触手も動かさない。どうやらこの個体は、これでおしまいのようだった。
「こんな危険な生き物がマスコットな遊園地とは一体……」
 動けないながらに、いまだその身を自分の決めた獲物に向けて進めようとするそれを抱えあげると、四音はテレビの画面に押し付けて、向こう側へと帰してやった。
「もうこっちに来てはいけませんよ?」

 免疫がある、と表現していいのかどうか。
 とかく、史之の腕に刺さった触手の針は、その毒の意味をまるで果たすことができず、僅かな痛みを与えるだけに留まっていた。
 攻撃を自分の両腕で受け止めた史之は、もしもそのまま通じていたら溶け落ちていただろうかと想像し、意味のない思考だと打ち捨てた。
 また針が襲いかかってくる。痛みがないわけではないが、毒や薬品を注入できず、急所も狙えない針にさしたる意味はない。だというのに、仔犬は執拗に史之を狙っている。他の仲間の攻撃に切り裂かれようと、身を焼かれようと、貫かれようと、史之だけを狙い続けている。
 異常な執着心。成体は厄介だというのが依頼主の談であるが、どれほどのものなのだろう。
 ついには両断された仔犬が、自分の足元に転がってきた。それでもなおこちらへと触手を向けようとするそれを、史之はテレビの画面に向けて思い切り蹴り飛ばした。
「飼い主は責任くらい取れっ!」

 仔犬、と言われるだけあって、一匹ごとの性能はさほど驚異ではない。
 だが、群れていれば話は変わってくる。そのうえで、一度獲物と決めた相手への執着性。その矛先に偏りが生じれば、いくつかを意図的に引き剥がしてやらねば、危険であった。
「おうおう、そんなんでマスコットになれると思ってるであるか! 子供心舐めるなである、あいつ等気に入らない人形とかすぐぶん投げるんだぞである!!」
 だから、引き剥がしにかかる。奇妙なうなりをあげる怪物に、ローガンの声がどこまで届くかは不明であったが、気を反らせるのには成功したらしい、何匹かが、こちらへと身体を向けた。
 押し寄せる内の一匹を押さえつける。体の側面に並んだ牙が、がちがちと音を立てた。
 噛みつかれる、振り払う、噛みつかれる、振り払う。
 その間、犬も攻撃を受け、身は崩れ、触手は千切れ、失われていく。
「動けなくなった奴から、テレビに放り込んでやるである!」

『だっさー。おじさん、こんな年下に庇われて情けなくないの? ざぁこじゃん』
 仲間に庇われ、怯えているザコナルの耳元で、少女は無慈悲な言葉を投げ続ける。
 少女が狙われることはない。当然だ。彼女は存在していないのだから。
「ぼ、僕は……」
 怪物を見ただけで、怖気が走る。泥の塊のようでいて、体の側面に不揃いの牙が生えた怪物。依頼人はこれを犬だと呼んでいたが、こんなものが犬であるはずがない。
 あれに迫られたら、あれに食われでもしたら、想像するだけで、身がすくむ。
 ただ、それは逃げると言うよりも、鎖で閉ざされた扉を、叩き開けるような、無理矢理に、こじ開けるような。
『ざこざこおじさん、つまんないからさ。あたしそろそろ見たいな……おじさんの本気』
 耳元で彼女がささやく。それが引き金であった。扉が開く。肉が隆起し、背筋が伸び、巨大化したのだとさえ錯覚させる。
「……ハッハー! そりゃ悪かったな、メイ! なら『わからせ』てやるよ。俺様の力を!!」

「要らぬ触手は落としてしんぜよう」
 うねり、うごめき、捉えづらい動きをする触手の群れも、根本を狙えばどれも同じようなものだ。
 咲耶がそれらを切り落としてやると、仔犬はもう不出来な泥遊びの結果にしか見えないようなものに成り下がる。
 獲物を執拗に狙う習性。一般的な動物のそれとは異なるため、通常、戦闘で刹那感に行う『読み』が当てはまりづらく、厄介ではあった。だがそれ故に、わかりやすいところもあるものだ。
 動かなくなった仔犬を、咲耶はひょいと持ち上げる。弱ったふりをしている、余力を残している、そういう心配はない。この獣は狙うということに拘るあまり、謀るということはしてこない。その意味では、確かに獣らしくあった。
「おいたが過ぎるでござるよ」
 動かないということは、本当に動くだけの体力を失っているのだ。そのまま運んでやり、いまだ依頼人の顔が映っているテレビの画面に押し付ける。
 にゅるりとそれは飲み込まれていき、見れば画面向こうの依頼人が抱きかかえていた。

●知り合いの、犬。知り合い、の犬
 ともかく、楽しいテーマパークにしたいとは思っているのさ。そうだね、シギズィーランドなんてどうだい? 大丈夫、ちゃんと年中無休さ。え、このジョーク伝わらない?

「いやいや本当に助かったよ。一時はどうなることかと思っていたんだ」
 フードの男が、上機嫌でねぎらってくる。
「これで万が一にも成体化して、せっかくの文明が――」
「ミスター」
「おっと、失礼。これ約束の報酬。それから、一日フリーパスチケット。是非遊びに来て欲しいね! それじゃあレディスアンジェロメン、ボイズアンガール。アディオス! アディオス!!」
 依頼人は画面から報酬の詰まった革袋と、首から下げるカードケースを、画面から腕だけ外に出してそこに置くと、テレビのダイヤルを自分で回し、スイッチを切った。

 了。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

近日開園。

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