シナリオ詳細
<虹の架け橋>鳥かごレストラン~おかわりを、どうぞ
オープニング
●注文の多い依頼人
「そう、そう……そうなのね。なんてことに……」
銀杏の妖精、忘れんぼのアタトラはイレギュラーズの調査結果を聞いて絶句した。ふくふくした、縦にも横にもまあるい彼女は、にこにこ笑っているのがお似合いだろう。けれど、彼女の顔に張り付いているのは絶望にも似た表情だった。
『無口な雄弁』リリコ(p3n000096)は頭の中で情報を整理するためか目を伏せている。内心の不安を表すかのように、大きなリボンが左右へふらりふらり。やがてリボンの動きがぴたりと止まり、リリコは顔を上げた。
「……説明するわ。妖精たちの故郷へつながる『大迷宮ヘイムダリオン』にある『鳥かごレストラン』。そこには招き入れた獲物を『お客様』と呼び、料理を振舞うことを至上の悦楽としている魔種、シェフ・トニーがいると、前回の調査でわかった。
……獲物になったのは、依頼人アタトラさんと同郷の妖精たち12人。それから護衛をかって出てくれた深緑の森林警備隊のハーモニアが8人。操られ心えぐられる幻を見せられながら、涙を流して料理を食べ続けている。放っておいたら、心が壊れてとりかえしがつかないことになってしまう」
――シェフのトニーと申します。お客様の心を打つ料理を自慢にしております。人間だった頃は色々とつまらぬ努力をいたしました。けれど、ようやく気付けたのです。人の不幸は蜜の味と申しますが、真に心を打つのは己自身の不幸であると。魔種になることで、やっと。
トニーはそう語ったそうだ。
あなたは沈黙した。ひょっとしなくとも、危機的状況というやつではないか。しかも前回の報告によると、言葉通り自信満々に自分の料理を包んで持ち帰らせたという。テーブルの上に置かれていたその皿へ、あなたは視線を落とした。色も艶も照りもいい。冷めきってはいるが「いい匂い」がする、見るからおいしそうだ。腹の虫が軽く鳴った。
だがこれは魔種の産物だ。いったい何が起こるか知れたものではない。警戒心もあらわにそれを睨みつけていると、横から骨ばった手が伸びて、ひょいとフォークで切れ端をつまんでいった。
もぐもぐ、ごくん。
「うん、うまい」
『黒猫の』ショウ(p3n000005)だった。アタトラとリリコが、ぎょっとしてショウを見つめる。
「……ショウさん、吐いて、いますぐ……!」
ショウはいたずらっこのように笑った。
「問題ない。よくできているよコレ。なんなら食べてみるかい?」
勧められたあなたは丁重にお断りした。ショウが喉を鳴らす。
「コレはね、錬金術で作られた料理のまがいものだよ。トニーの『呼び声』を媒介する効果を持っている。そんなものを体内に入れてしまうとどうなるか、だいたいわかるね?」
人形のウォーカーが強い拒絶反応を起こしていたのは、料理そのものではなかったからだ。では何故ショウは平気なのか。
「そりゃ、ここに当のトニーがいないからさ。今俺が食べた分も、ものの1時間もたてば分解されて効果を失う。その間、トニーから離れていれば操られた人も正気づくだろうね」
どれもう一口、とショウは続きを口に入れた。もりもりと楽しげに食べている。どこかあなたへ見せびらかしているようでもあった。
「ごちそうさま」
行儀悪くフォークを皿へ放り投げ、ショウはアタトラを振り向いた。
「で、依頼人としてはどうしてほしいんだい? なかなかハードなようだけれど」
「いじわるねえ、あなた」
そうかなとショウは口元を三日月形にした。
「無理は言えないわ。何も。無事に帰ってきてほしい、それだけよ。ただせめて元凶の魔種は倒してほしい……」
アタトラが手をもじもじさせる。
「……アタトラさん、本当のことを言っていいのよ」
リリコが言い添えた。アタトラは手の動きを止めるとため息を吐き出した。
「あの子がね」
「……あの子?」
「シェルミーという子がいるのよ。私たちが使っていた妖精郷への門(アーカンシェル)の鍵役を担っている子。あの子ったら、アーカンシェルがつながらなくなった日からずっと音の出ないオルガンを弾いているのよ。いつか必ずイレギュラーズが事件を収めてくれる、その時にすぐ門を開けるように、私は『鍵』だからって」
アタトラは遠い目をした。羽のない妖精は今もオルガンの前に居るのだろう。森の底の廃墟にしか見えない教会で、独り。だがその胸には希望が燃え盛っている。その火をつけたのは、イレギュラーズだ。
アタトラは首を振り、きっぱりと言った。
「魔種に囚われてしまったのは、この際運がなかったと思いましょう。だけど、もしできるのならば、ひとりでもいい。仲間と警備隊の人たちを助けてほしい。あなたたちならきっと、と私は……信じてるのよ」
- <虹の架け橋>鳥かごレストラン~おかわりを、どうぞLv:10以上完了
- GM名赤白みどり
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年05月27日 22時10分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●ある料理人の手記
私を褒め称える言葉はどこだ。
称賛の拍手はどこだ。
何故理解されない! 私は完璧だ!
なのに何故もっと人の心を打つ料理が作れない!
周りは無能ばかりだ。火加減が違う、茹で加減が違う、調味料の入れ方一つとっても違う。
アバウトで大雑把で怠惰でやる気のないやつらばかりだ。
誰も私の料理を再現できない。
にもかかわらず、どうしてだ。
ただ技巧に優れただけのものに価値などない。人の心を打ってこそ料理だ。
私は……。
●
小鳥が鳴いている。梢から差し込む陽の光はのんびりした初夏のもので、森の香を乗せた風は芳しく清々しい。だが獣道をたどる一行の表情はピクニックを楽しむ者のそれではない。
難しい顔をして考え込んでいるのは『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)。これからの一挙一動がそのまま作戦の成功につながる。その定石を思考していたのだ。
「……不幸を食わせる魔種か。趣味が悪いにも程があるだろう」
ため息一つ。ゼフィラは自分がその境遇に置かれたらと思うと身震いした。
「何もかもすべては風化していくだけなのにね。わざわざ墓から掘り起こした記憶の腐肉を調理するなんて、理解しがたいわ」
ゼファー(p3p007625)は皮肉げに口元を歪めた。誰からも忘れ去られてしまう彼女に、過去など何の意味を持つだろうか。必要なのは現在か、未来か。ヒールの高い編み上げブーツが、落ちていた小枝をぱしりと踏み折った。誰も気にしない。そうやって、彼女もまた忘れられていくのだろう。
やがて獣道の先が開け、一軒のレストランが見えてきた。小さくて、瀟洒で、落ち着いた佇まいだ。さしずめ知る人ぞ知る高級レストラン。煙突からだろうか、ほんのりと「いい匂い」が漂ってくる。それを感じた瞬間、『旋律を知る者』リア・クォーツ(p3p004937)は警戒もあらわに眉をきっとつりあげた。
「なんて不協和音なの。ここからでも感じる違和感と波動……間違いなくここは魔種の巣窟。それも相当に強力な」
唇を噛み、リアは全身の毛が逆立つのを拳を握り込んで耐えた。流れ込んでくるのは悲鳴と自己嫌悪、甘い、とろけるような、自らの不幸に捕われた虜囚とそれを見てほくそ笑む嘲笑のカノン。
「なーんにも難しいことないだろ? 魔種は潰す、人質は助ける。それでクリアだ」
『死線の一閃』フローリカ(p3p007962)はそう断じた。奔放な銀のセミロングをかきあげ、愛用の光学兵器の長柄を握り直す。
「何が待ち受けてるかは事前調査で充分わかってるんだ。さっさと突撃してシェフ気取りの首を上げてやろう」
「もちろんです。この魔種の思想、行為、有様、すべてが僕にとっては許せない」
『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)は美しく整った顔へ怒りを顕にしていた。その胸にあるのはいつでも愛しい人の面影だ。あの声で名を呼ばれ、あの手で触れられた喜びは全てに勝る。
「世の中にはたくさんの不幸が横行していますとも。だけれどそれを種に人の心を弄ぶ下劣極まる手品は暴いてご覧に入れましょう。奇術師の、そして僕の誇りにかけて」
「そうですね。肩の力を抜いて、というわけにもいかない相手のようですし」
『百錬成鋼之華』雪村 沙月(p3p007273)が幻の怒気に呼応してまぶたを半ばまで落とした。一行は歩みを止めない。レストランはすぐそこだ。居心地の良さそうなテラスが木漏れ日を浴びている。だがそれが獲物をとらえるための罠だと、沙月にはわかっていた。
――食は生きていくために欠かせない行為。それを冒涜するとは、魔種らしいというべきでしょうか。人の心を打つ料理を求めた結果がこれとは、周りの反応はどうだったのでしょうね……。
沙月はそっと黙祷した。これから散りゆく魔種に対して。まだかろうじて残っているだろう彼の人間性へ対して。けれど、その玉のような瞳が見開かれた時、そこには迷いはなかった。
「作戦はおつむに叩き込んでるよね? してないなんて人は遠足のしおりでも読んでなよ。回復してあげないよ?」
先頭を歩いていた『猫派』錫蘭 ルフナ(p3p004350)はチェシャのように笑いながらそう言った。そんな油断をしているメンツではないとわかっているからこその軽口。甘いカフェオレのような肌の上を木々の影が愛撫するように滑っていく。
「さすがにそういう人はいないんじゃないかな」
律儀に答えた『銀蒼討』リウィルディア=エスカ=ノルン(p3p006761)へ、ルフナはふふんと笑みを返す。それを見て意味する所を理解したリウィルディアは、軽くルフナを睨んだ。そしてもはや目前となったレストランを見上げる。
「……ついちゃったねえ。本当に、見れば見るほどただのレストランとしか思えないけれど」
「またこの怯懦と涙の海へ舞い戻ることになるとはね。外見だけならそうなのだけれど、その臓腑は汚汁を垂らしている」
「ええ、青い鳥もとうに飛び去り、氷に埋もれて冷えてゆくだけ。相手は蜘蛛、今も粘つく巣の真中で悦楽を貪っています」
『饗宴の悪魔』マルベート・トゥールーズ(p3p000736)と散々・未散(p3p008200)は視線を交わしうなずきあった。
マルベートは扉を押し開けた。森の木漏れ日に慣れた瞳に、一瞬店内は薄暗く見えたがすぐに慣れた。
ドアベルが鳴る。開演のベルが鳴る。
店内は変わらず悲嘆の声にあふれていた。それでいて皿まで舐める『客』たち。
リアは不安定な旋律からくる耳鳴りに、無意識に片耳を抑えた。
(口にしているものが原因だとわかってるのかな、いないのかな。それともあそこまで取り込まれていたら、正常な判断なんて無理なのかも)
「団体様ですね、ご予約は頂いておりますでしょうか」
カッと硬質な靴音が響き、ひとりのウェイターが柔和に微笑んで一行の前に立ちふさがった。
「イレギュラーズってもんだ。それで通るだろ?」
フローリカが光学兵器だったハルバードを持つ力を抜き、矛先を揺らした。ドン! 滑り落ちた刃が自重で石畳を叩き割り、反動で跳ね上がった小石が飛び散る。
「これはこれは……」
ウェイターの目に冷たい光が宿る。
「シェフに御用ですか。取材の類はお断りしておりますよ。お帰りください」
「押し通ると言ったらどうする?」
剣呑なセリフとは裏腹に、ルフナは顔の前で両手を合わせ、愛らしく小首をかしげてみせた。
「私達はただお客様へ最高の時間を提供しているだけですのに」
他のウェイターが給仕の手を止め、どこか蔑んだ視線を一行へ送ってくる。
「これが?」
リウィルディアはウェイターの視線を物ともせず、逆に挑発的な微笑を浮かべる。
「この目も当てられない状態が最高の時間とはね。どうやらあなたたちと僕たちではずいぶんと物差しが違うようだ」
「高邁な思想は常に理解されないものです。あなたがたのような下賤な輩に貶められ、曲解されてしまう。思想の純粋性は失われ、ゴシップの材料になるだけなのです」
「口の端に上るだけでもありがたいことではないのかな。こんな料理とも呼べないものを出す偽物レストランのシェフがね」
ぴくり、とウェイターが反応した。幻が畳み掛ける。
「種はすでに割れています。この料理に見せかけたものが錬金術によるまがい物だと僕たちは看破しています。それでもなお言い逃れをするおつもりですか?」
「言い逃れとは片腹痛い」
(来た……!)
奥から聞こえたプライドに溢れた重い声。ゼフィラはとっさに半身になり、いつでも腕を上げるべく備えた。キッチンからゆっくりと姿を表したのは話に聞いたとおりのコック姿の男。
(あれがトニーか)
魔種の威圧感が場の空気をさらに狂わし、妖精や森林警備隊たちが苦しみだした。
「呼び声が強烈になったからか? いけない、早く手を打たないと」
「同感よ。めんどくさいことになる前にあの人達をさっさと連れ出してしまいましょ」
やれやれと言わんばかりに首を鳴らすゼファー。長い槍の穂先がぎらりと光った。トニーの放つ怨嗟のように強力な呼び声は、彼女をして落ち着かない気分にさせていたが、そんな自分ごとゼファーは風のように受け流す。
「でないと赤子のように泣きわめきだすかもしれないもの。料理がマズイってね」
「それは食べてから言ってほしいものですね。私の料理は完璧だった。そうでしょう?」
トニーが未散とマルベートへ顔を向ける。
「言の葉にバニラビーンズを混ぜれど、音韻は不透明。心打つ料理なるものは萎れたサラダ以下に成り果て、いまや影も形もドレッシングの底で惑うだけです」
「再現度に関しては合格点をくれてやらなくもないよ。がんばったじゃないか、トニーとやら。久々に懐かしいものを見れたし、悪くない趣向だった。だけどお化け屋敷と同じで、ちゃちい内容だったね」
トニーが青筋を浮かべた。こと料理に対しての批判は許せないようだった。傲慢とも言える絶大な自信の裏返しだろう。
「完璧などというものは、ありえません。だからこそ人は努力するのです。一進一退をくりかえし、時に険しすぎる山肌から転がり落ちて、なお上を目指す。それが人というものなのです。魔種になったあなたには、わからないかもしれませんが」
沙月が決然と一歩前へ進み出る。流れるような、淀みない仕草が、戦いの火蓋を切って落とす音がした。トニーは嗤って二本の包丁をかまえた。
「ご退店ください。楽しい食事を邪魔する不埒者はこの店には不要です。そうでしょう『お客様』」
ぞろりとゾンビのように、虜になった妖精と警備隊が立ち上がった。
未散が叫ぶ、王の威厳をもって。
「オーダーは『全員生きて返して頂くこと』です!」
●Baby,I want to eat you.
イレギュラーズは散開した。ほう? とトニーが片眉をはねあげる。一行が二つの班に分かれる動きを見せたからだ。
「何を考えているか知りませんが、小賢しい真似をしようとしているのはわかりますよ。そろってハンバーグにでもなるがいい!」
トニーは包丁を牙のように光らせ、二人のウェイターを従え、一気に距離を詰めると手近に居たゼファーへ斬りかかった。
「……っ!」
(すさまじい乱打、まともに喰らえばただじゃすまない。だけど攻撃は単調ね、私はまな板の上じゃないんだけど)
ゼファーは襲いくる包丁の斬撃を槍の柄で受け流し、時に弾いた。体をそらして攻撃をかすらせ、一歩踏み込み、退いて間合いを狂わす。だが徐々に、徐々に懐へ入り込まれ、ばっさりと胸を裂かれた。
「――っぁ! やるじゃない!」
だがその血を浴びたトニーはつまらなさそうに鼻を鳴らした。包丁にひっかかったゼファーの肉を一切れ、味見するように口内へ放り込む。くちくちと咀嚼する音が不快だった。
「もっと脂が乗っていると思ったのですがね。そうでもないようだ」
「そういう目で見てるの? とことん変態ね、あなた。生憎と鯉になった覚えはないのよ」
ゼファーは蹴りを放ってバックジャンプ。トニーとの間に本来の間合いを作り出した。切り裂かれた胸がズキズキと痛み、冷や汗が滲んでくる。
「ゼファー、そいつに構いすぎるな! 後退だ、距離を稼げ!」
「わかってる」
ゼフィラに短く返したゼファーは再びバックジャンプをした。
「逃げるのですか? けっこう、獲物は活きがいいほうが良い」
「あたし達、あんたの掌で踊ってやるほど優しくないから!」
トニーの嘲りにリアが怒鳴り返す。
「重症だね、僕の癒やしで足りるかどうか」
顔を曇らせたリウィルディアがヒーリングの聖句を唱え始める。しゃらしゃらと幻の大樹がその背後へ浮かび上がった。
「わくらばを摘みて本芽を残す。繁れ繁れ健やかなる木よ。その根深く大地へ染み通り、その音遠く万人が耳にする。花の咲く時期は諸人こぞりて迎え祭る。いずれ朽ちる定めとしても、万象へその美知らしめよ」
大樹が満開になる。その花びらがゼファーへ降り注ぎ、溢れ出る血を止める。
リアも両手を広げる。神秘的で荘厳な音色がどこからともなく湧き出した。あるいはそれは彼女の内からだったのかもしれない。楽の音の精霊が祝福をもってリアのもとへ集まっていく。想韻を踏み、リアは歌いだした。
「Non enim misit Deus filium suum in mundum, ut mundum damnet, sed ut servetur per eum mundus.」
それは英雄譚。幻想の第六楽章三節。奉仕と献身をその身に誓った天使のセリフ。偉大なオペラのソロパートをリアは銀の剣で透明なヴァイオリンを弾きながら高々と歌いあげる。輝く五線譜がリアの周りを舞い踊り、虹をかけるようにゼファーの元へ。その傷を癒やす。だがゼファーはどこか痛むのか、胸元を押さえた。ゼフィラが渋い顔をする。
(二人がかりの回復でこれか。あれだけ守りに徹したゼファーを追い詰めるなんて。こいつは、本気でかからないとまずそうだな……だがこれでトニーの注意がひける、か?)
運悪く初動からトニーに狙われたことで、ゼフィラたちのグループは虜囚の救出どころではなくなった。トニーは放っておくにはあまりに厄介だった。仲間たちが後退しきったのを確認し、ゼフィラはトニーの前へ仁王立ちになった。
「次の食材はあなたですか」
「そんなものになってやるつもりはさらさらない!」
気を吐くとゼフィラは利き手を上げた。砂塵がまき起こった。その量はしだいに多くなり、ついにはゼフィラの全身を包んで姿をくらます。
「顕現せよ、赤なる大地の脅威! 宣言する、無辜なる大地の驚異! 我が名は黎明院・ゼフィラ、その名において使役せん熱き砂塵を! 悪しきジンよ、我が魂のかけらに酔いどれ、ランプより出でてその威を示し、我が意を示せ!」
ヘビーサーブルズの熱砂がトニーとウェイターを襲った。トニーはとっさにウェイターにかばわせたが、問題ない。本命はウェイターのほうだ。ゼフィラによって停滞と呪縛を叩き込まれたウェイターたちは、主人であるトニーよりも大きく遅れてその後を走ることになった。戦術上効果的な一撃だ。
「いいわよ、この調子であいつら引き離しちゃいましょう!」
リアがぐっとガッツポーズを作る。
「うまくいくといいけれど、ね。肝心のトニーはほぼ無傷だ」
追いかけるトニーに対し、後退しながら反撃で一矢報いていくリウィルディアたち。純粋な暴力は仲間の体力をこそぎ落としていく。血が滴り、石畳へいくつもの赤い歪な円を描いた。
「助けに来てあげたんだけどね?」
マルベートはぼやく。雨あられと降り注ぐ魔法。それはまるでこっちに来るなと必死で訴えかけているようにも思えた。
「まあ君たちの意思など、どうでもいい。私は私のやりたいようにやるだけだ」
マルベートは肩をすくめ、一手へ集中するために瞳を閉じた。
「さて、釣ろうか」
再び見開かされた時、マルベートの瞳は怪しい真紅に輝いていた。まともに覗き込んだ妖精のひとりがぐらりと傾き、次の瞬間、マルベートへ向かい襲いかかった。
「あああああ!」
泣きわめきながら至近距離からマルベートの胸へ魔力弾を打ち込む妖精。だがマルベートにとっては、蚊に刺されたも同然だった。小さな体を潰れそうなほどに抱きしめ、マルベートは捕食者の笑みを浮かべる。
「どうどう、お嬢さん。何度も言うけれど、助けに来たのだよ」
マルベートは再び魔眼のごとき煌めきをその瞳へともした。
幻、沙月、ルフナ、未散、マルベートの五人は、要救助者へ向かっていた。だが邪魔をするウェイターが三人。マルベートを標的に定めたウェイターの一人が革靴の音を立て走り寄る。
「させませんよ、無体な真似は」
横合いから飛び出した幻が、ウェイターの注意を縫い止めた。ウェイターは舌打ちして幻へ回し蹴りをいれる。まともにくらった幻は被弾した脇腹を押さえながらも余裕の笑みを浮かべてみせた。
「ますますもって無礼なお方。所作も振舞いもあの方には到底及びません」
「無礼? わかりませんね。平和なレストランを襲う不埒者はあなたがたなのですがね」
「理解などしなくてけっこう。こんな場所、なくなってしまえばいい!」
怒号が飛ぶ、シルクハットが宙を薙ぐ。あふれだす蝶の幻がウェイターを包み、ウェイターは顔を覆うように両腕をクロスさせて守りに入る。
その隙に沙月と未散が隣を走り抜け、森林警備隊たちの中へ飛び込んだ。
「すこし眠っていただきます。痛みは感じぬようにいたしますが、少々はお覚悟を」
沙月は対峙した警備隊員のみぞおちを、とん、と軽く押した。
「ぐべえっ!」
それだけで隊員は体をくの字に折り曲げ、胃の中のものを吐き出した。すえた臭いが立ち込める。
「お、おまえだな。娘を俺から奪ったのは、そうだろう! そうだろう!?」
血走った目の隊員が沙月めがけて魔力撃。もはやとうに錯乱しきっているのだろう。深い緑をまとった拳の一撃が沙月を狙い撃つ。だが、刹那。
「夢味の悪さは後味の悪さ。悩み苦しむも人の定めなれど、青い鳥の羽ばたきを探し紺碧の虚ろに身をゆだねなさい」
未散の威嚇術が隊員に直撃し、隊員はもんどりうって倒れた。
「よいタイミングでした、未散さん」
「いいえ、沙月さまが体力を削ってくださったからこそ。重撃は慈悲の一手にて、殺さずのぼくとわたしの絡まりゆく蔦と花のように」
沙月が手心を加えた通常攻撃で体力を削り、未散が威嚇術を連発して気絶させる。いいコンビネーションだった。二人目の隊員が床へ、どうと倒れる。
「お客様へ手を出されては困りますね」
ウェイターが滑り込み、沙月をブロックした。けれども、沙月は慌てなどしない。それは努力のたまものの克己心であり、心強い味方がいる安心感からだった。
「そうのんびりしていてもよいのですか? 動けなくなったのはあなたのほうです」
ウェイターが目を見開く、沙月の陰から飛び出した未散が掌底を放ったからだ。華奢なその手からの一撃は想像以上に激しく、ウェイターが吹き飛ばされる。
「なっ!」
驚きの声をあげるウェイター。未散は青い羽根の舞い散る中、堂々と宣言した。
「反抗色の横槍はどうぞお好きなだけ。幾たびでも敗北のまどろみへ叩き込んであげましょう」
一方、こちらではマルベートが釣りを続けていた。しかしそのたびに幻の抑え込んでいるウェイターが左手をかざし、不浄な紫の霧で釣るつもりだった対象を包み込む。
「うっとおしいな、あのウェイター」
「そうでもないよ」
「なんだと?」
マルベートが鋭い視線をルフナへ向ける。適当なことで言おうものなら獲って食うぞ、そんな顔だ。
「よく見て。ウェイターどもの回復効果が発揮される対象って、ランダムだよね。つまり単純に数が多い救出者が対象になりやすいってこと。ま、回復に特化した僕だからこそわかるんだけどね?」
「なるほどなるほど、解説ありがとう。ご褒美にあとで頭からバリバリ食べてやろうか、クソガキ?」
「やーだー、こわいこわい。根競べになるけど、こっちのほうが有利さ。なんたって、君の命中精度はこの僕も一目置くくらいだしい?」
けらけらと笑うルフナ。
「一旦引き上げましょう」
幻が、要救助者を担いできた未散と沙月を目にし、マルベートとルフナを振り返る。
「釣果も良好で御座いましょう?」
「そうだね」
四人の妖精にたかられたマルベートが喉を鳴らす。そのマルベートを狙い、ウェイターが走る。
「通しなど致しません。あなたもそうお考えなので御座いましょう?」
ボッ! 空気が穿たれる。幻がステッキを突き出し、二人目のウェイターの進路を塞いだ。
「どうやら先にあなたを転がさねばならないようです」
三人目のウェイターが右腕で殴りかかった。幻の芸術品のように整った白いかんばせに向かって。容赦も遠慮もない攻撃、口元には愉悦を浮かべている。集中攻撃すれば倒せると踏んだのか、ウェイターたちは幻へ次から次へと殴打を浴びせる。くらり、地面が傾いた気がした。一発がさらに重くなる。
「くっ、かはっ」
それでもなお幻はくじけず、凛とした瞳で二人のウェイターを縫い留め、残る一人からの攻撃を耐えしのいでいた。
「任せなよ、消耗なんて僕が全部消し飛ばしてやる」
ルフナが両手を大きく広げ、翼のように一度はばたかせた。
「落ちよ錫の音、こぼれよ鈴の音、熱き鮮血は錫のごとく冷え固まりて傷口を塞ぐ。ルフナはアンジュ、導きの音。月光よ、錫の光よ、きらめきの冷たきこと峻厳即妙にて僕の慈悲を乗せて運べ、月光よ」
幻の体を月の光が彩った。痛みが和らぎ、体が軽くなる。
「反撃のお時間で御座います。皆々様にはゆめまばたきをせぬようお願い申し上げます」
幻がステッキでウェイターの足を引っかけ、体勢を崩したところへお返しとばかりにハイキックを入れた。一歩踏み込み、至近距離から躍るような手さばきでカードを広げ、切り裂く。鋼のナイフのごとき冴えわたり。背の青い蝶の羽、ひらり。
●
二十名もの虜囚にどう対応するか。一人として取りこぼさないと決めたイレギュラーズたちの答えは、ピストン輸送、であった。トニーもウェイターも必要最低限に相手し、救出対象へは不殺による気絶または高い命中を活かし怒りを付与することによって引きつけ、戦場外へ運ぶという流れだった。そのためにイレギュラーズは二班に分かれ、それぞれ反対の方向へ走ることでトニーの狙いをそらそうとした。作戦はうまく行っていた。唯一欠点を上げるとすれば、時間がかかる、という点だろう。その間もウェイターを率いるトニーは猛威を奮い……。
●
「う……。ここは?」
妖精、ピッチは目を覚ました。木漏れ日が心地よい。レストランのテラスだ。吹く風は軽やかで先ほどまでのぬかるみのような悪夢は消え去っていたが、あたりは一緒にヘイムダリオンへ入り込んだ妖精たちと警備隊が転がって苦痛のうなり声をあげ、さながら野戦病院だった。
「気が付いた?」
ピッチは自分が誰かの腕に抱かれていることに気づいた。その胸には真新しい大きな傷跡がある。
「もしかして、イレギュラーズ?」
「ご名答」
「助けに来てくれたの? その傷、痛そう……だいじょうぶ?」
「気にしないで、すぐ治るから。疲れたからすこし休ませてもらってるだけ。怒髪天を衝くあなたのピューピルシールほど痛くはなかったわよ」
ピッチは顔を赤くした。無我夢中でよく覚えていないが、目の前のこの人が無防備に槍を捨て肢体を晒した瞬間、途方もない怒りに突き動かされた気がする。
「ごめん、ごめんね。僕のせいなんだね」
「へえ、意外と気にするほうなのねあなた。違うわ。あの魔種のせいよ」
その人はかすかに目元を緩ませた。
「こらー! 死ぬな! 死ぬなら私の腕の中にしなさい! 癒し倒してみせるから! 聞こえてるなら返事しなさい! ほら!」
突然の大声に驚いて脇を見たら、シスター姿の少女が瀕死の警備隊の意識を確認しながら治癒を施していた。よく見なくとも彼女自身ぼろぼろなのがわかった。なのに、自分の事は置いて仲間を助けることに夢中になっている。
そんな少女へ己が気力を分け与える、プラチナアッシュの髪をした、この世ならざる造形の男とも女ともつかない立ち姿。その人は目を閉じて倒れた警備隊や妖精たちにも柔らかな癒やしを注いでいる。
「こいつで看板だ!」
バン! 扉が乱暴に開かれ、血まみれのイレギュラーズが二人、気絶した要救助者を抱えて飛び出てきた。その中には仲良しのパリーの姿もあった。
「リア、リウィルディア、こっちにも回復を頼む」
肩で息をしながらハルバードをもった銀髪の少女がテラスへ妖精を寝かせる。
「中はどう、フローリカ?」
リウィルディアと呼ばれたその人の問いに、フローリカが答える。
「どうもこうも、やつときたら大暴れだ。『客』がいなくなったもんだからご機嫌は鋭角だよ」
「今は幻たちが引き受けてくれているが、総力でかからなきゃ長くはもたないだろう」
ゴーグルをした細身のオッドアイが補足した。
言葉通りのひどいありさまだった。オッドアイの彼女は頬が裂け、歯がのぞいている。フローリカの肩は鎖骨ごと叩き切られていた。惨憺たる状況にピッチは背筋を寒くした。しかし、誰の目も揺らいではいなかった。前を見つめ、やるべきことだけを見据えている。
「ゼフィラ、神経ごと繋ぐから少し痛みが来るかもしれないけれど、我慢して」
リウィルディアがゼフィラの血の滴る頬へ手を当て、まぶたを閉じる。
「貴きは神のご加護か、その手技か奇跡か。あえかに匂うかぎろひの移ろいは万物の理なれど、流転をも逆さまにこの軌跡を奇跡へと変えたまえ、愛しき我らの最良の友よ、汝の加護を」
「ッ!」
ゼフィラは焼きごてを当てられたように顔をしかめたが、すぐさま頭を振った。リウィルディアが手を放す、うっすらとゼフィラの頬に痕が残ってはいるものの数日たてば消えるだろう。ゼフィラはすぐさま入口へ向かった。
同じように肩を回復してもらったフローリカも、繋がった具合をみるとざっと服を撫で払い装備の状態を確認して、ピッチに背を向けた。
「それじゃ、あなたはここに居て」
ピッチを置いて槍を構えなおし、その人は何事もなかったかのように歩き出した。
「ぼ、僕も戦うよ!」
ピッチは精いっぱいの勇気を振り絞って声をあげた。もちろんピッチにはわかっていた。自分が行っても足手まといになるだろうこと。この決着はイレギュラーズでなくては成し遂げられないだろうこと。いち早く目覚めた自分が、いまだ悪夢の残滓に悩まされる仲間の様子を見てやったほうがいいことも。
イレギュラーズたちは驚いて目を丸くし、ついで優しく微笑んだ。
「その気持ちだけで胸がいっぱいだよ、ありがとう」
「いいぞルフナ! もっとよこせ!」
「言われなくたってくれてやるよ!」
マルベートの挑発。途切れることなく続く天使祝詞。既にウェイターどもは床に伏し、身動き一つしない。だがルフナは内心焦りを感じていた。
(このままじゃジリ貧だ)
回復が追い付かない。本気を出したトニーは五人ではとても押さえられない。幻が重い傷を負った。マルベートもただでは済まない。皆とうにパンドラは砕けている。残弾がない状態で乱射しているようなものだ。しかし撤退の二文字はなかった。何が何でも仕留めきる。断固たる覚悟で誰もがこの場へ臨んだのだ。
「気合い入れなよみんな! これだけ僕に働かせておいて負けましたーなんて報告するのは嫌だからね!」
檄を飛ばすもトニーの強さは圧倒的だった。次々と標的を変えながら戦場を我が物のように蹂躙していく。
ギリギリでトニーの包丁を回避した幻は燕尾服の端を切り落とされ舌打ちした。その瞬間には既にトニーは次の標的へ向かっている。
(せめて足止めができれば……何か、奴の興味を強く引き付ける何かがあれば!)
ふわりと、黒い喪服のようなドレスが視界の端をかすめた。
「喉がひり付く様な甘ったるいカラメルも、除け者ミントの憂鬱小咄だってもううんざり! 何れ、何れ。こっちの青い鳥の肝臓をフランベしては如何? ゴールド・ラムが癖になる!」
未散がトニーへ向かっている。鉄砲玉のように、後のことなど、すべて託したとでも言うように。
トニーの包丁が未散へ振り下ろされる。ざく。そのなめらかな腹を大鉈のような包丁が割り裂いていく。傷口からはらわたがこぼれ、噴き出した血が空っぽの鳥籠を深い色合いに染めていく。
「ほう」
トニーが目を光らせ、狂ったように笑いだした。
「いいですねえ、あなた。すばらしい! 薄くもやわらかな赤身、血色の良い内臓! 久々に腕がうずきますよ! あなたを解体しその骨で出汁を取りたい!」
言うなりトニーは未散の腕を吹き飛ばした。むせかえるような血の香りにトニーは陶然としている。
「あ゛、あ゛……!」
「未散さん!」
「かまうことは……ありません! 皆さま、此の身が焼かれようと、許さじへ誅を……!」
血だまりへ未散が倒れる寸前、沙月は未散を奪うようにトニーへ攻撃をくらわした。床へ落ちた未散の腕を拾い、その薄紫と水色の美しい瞳をトニーから離さず、沙月は未散を背にかばった。じりじりと間合いをとる。
「未散さん、下がりなさい」
「いいえ、沙月さま。許さじは私へご執心のようです。ぼくはわたしは、今こそ青い鳥になる」
「いけません、これ以上は……!」
「クカカッ! 美しいですね、互いに思いあうなどと、それもすぐに極上の不幸に調理してさしあげましょう、この私の手で!」
食いしばった歯の隙間から、沙月は低く空気を吸い込んだ。
「一人の世界に浸っている哀れなシェフ気取りはそこか?」
それを耳にした瞬間、沙月は弾かれたように未散を抱えて背後へ飛びのいた。熱砂がトニーへ吹きつけ、ゼフィラが姿を現す。
「腕を!」
言わんとする所を察し、沙月はリアへ未散の腕を放り投げた。空中でそれを掴むと、リアは未散の傷口を合わせ、短く慈愛のカルマートを歌った。同時にリウィルディアとゼフィラも隣り合い、利き手を掲げる。
「つぅ!」
三人がかりで強引なほどの癒しの力が注がれ、未散は小さく悲鳴をこぼした。みるみるうちに傷がふさがっていく。
「よし、間に合ったっ!」
「間一髪だったね」
リアとリウィルディアが安堵する。
「も、もう遅いよ。心配……してないからな! まったく!」
ルフナはへにゃっと緩みかけた表情筋を無理に強張らせた。助かった。それが正直な気持ちだった。
「まだまだこれからだ。一旦態勢を整えよう」
ゼフィラたちは次々に回復を振りまいていく。ルフナも印を結んだ。それは故郷で秘伝とされる印。
「ほーら、癒やすよ、ばんばん癒やすよ! 嫌って言っても聞かないからね!」
ルフナの全身を光が包んだ。鋭く回転すると、拡散して鎮守森の幻影が投射される。いや、ただの幻ではない。そこはルフナが作り出した亜空間。故郷である澱の森そのもの。鬱蒼と茂った暗き森は変化を嫌い、仲間の不調を取り除き、気力を持ちこたえさせる。
まったくね、とルフナはトニー相手に毒づいた。
「錬金術で作った料理の紛い物なのにシェフを名乗るなとか、僕達の深緑で違法操業してんじゃないとか、言いたいことは色々あるけどさ。一番は、他人の不幸にしろお客の不幸にしろ、誰かを不幸にするものを正解にしてるんじゃないよってことだ」
「心を打ってこそ料理なのです! あなたも未散とかいうイレギュラーズの肉を口にすればわかること!」
「天使の肉のカルパッチョは好物だけど、仲間のそれは遠慮しておこう。……面白い趣向のレストランだったのだけどね。まあ、あまり平和的でなかったのは確かだ。魔種である以上討伐しない理由もない。君が作ったまともな料理も食べて見たかったけど……実に残念だよ」
魔術演算で未来を観測したマルベートのランダマイザーが、巨大なディナーフォークの切っ先と共にトニーのこめかみへ突き刺さる。横からの一撃に不意を突かれたトニーへ大量の失調が植えつけられる。ぐらりと傾いたトニーは不快そうに顔をしかめた。
「貴様らに何がわかる! つまらぬ努力などしたところで何も手に入りはしない。待っているのは罵声だけだ。世間は技巧と格式だけしか無いからっぽの料理をありがたがる」
「おや、とんだ勘違いをされた方ですね」
幻がステッキをくるりと回し、奇術を披露する。昼も夜もない、あの方を想う心に。同じ決戦を共に戦えた。それだけで、それだけで幻の心は熱くなり、奇術の威力は増す。昼想夜夢が無数の青い蝶へ変わりトニーを覆い隠す。肉の焼ける音が聞こえ、トニーの全身へミミズ腫れができた。
「料理とは人の心を癒し、豊かにするためにあるものだと、僕の知り合いの料理人が言っておりました。不幸が甘く感じるのは他人の不幸、それを甘く感じる事態、如何なものかと存じますが、自分の不幸など只管苦くて辛いだけの代物。想い人を想っても、只、無駄だなんて、それは只の塩味しか致しません。究極の味とは、愛する人と食べるご飯、只それだけで御座います」
柔和な、いっそ慈悲とすら呼べる笑みをこぼし、幻は次の一手を投擲し、範囲外へ逃れる。
「それもわからないとは、お可愛そうに」
「憐れまれる覚えはない! 私は魔種だ、私は料理は完璧だ! 最高の料理だ!」
「やれやれ」
ゼフィラが呆れかえって薄く口を開ける。
「料理人を名乗るなら最低限【毒】くらいは処理しておいて貰いたいね。ふふ、未知の味を探求するのは好きだけれど、タネの割れた子供騙しでは私の舌は満足しないんだ。悪いね」
キリキリと糸の張る音がする。両手を振り下ろし、ゼフィラはマリオネットダンスを打ち込んだ。
「さて、手荒に行かせてもらうよ?」
「ぐうっ!」
ゼフィラは指揮者のように両腕を操り、そのたびにトニーの肉体が裂けてコック服を赤く染めた。
「何が完璧だよ。バカじゃねーの?」
気がついたときにはその小躯を利用してフローリカが懐へ入り込んでいた。一撃、月をも砕く重爆がトニーの脇腹へねじ込まれる。さらに追撃、もう一手、もう一手、フローリカの猛攻は留まるところを知らない。
「故郷では、料理なんて上等なものは禄に食べられなかった。だが私にだって、こんなのが料理じゃないってことくらいはわかるさ。それに……」
防御を無視する手数にトニーの体がぐらつく。フローリカは侮蔑を込めて言い捨てた。
「何と言おうが、お前はただの人殺しだよ。どれだけ御託を並べようが、命を奪った時点ですべて同じだ。だからここで殺してやるよ。せめて料理人と思い込めてるうちにな」
「私……は! シェフだ……! 厨房の最高権力者だぞ……それを!」
フローリカへ反撃したトニーは両手を高く天へ向けた。同時に彼の周囲から業炎が立ち昇る。だがそんな中に居てもリアはゆるぎはしない。火炎も凍気も、毒や雷すらも彼女を蝕むことはできないのだから。魔力で編み上げたガラスのヴァイオリンから静謐な音が広がっていく。フローリカの火傷が潮が引くように消えていった。
「センキュ、へへっ」
「いいのよ。だって操られている人達の苦痛の旋律……聞いていられなかった。それもこれも大本はこの料理人もどきのせい! あたしも精霊に馴染みのある身として……いえ、それ以前に特異運命座標として、とっとと魔種をぶっ倒してみせる!」
「まったくだね」
リウィルディアも同調する。リウィルディアは未散へちらりと目をやった。トニーのギラギラしたまなこは相も変わらず彼女を見つめており、隙あらば飛びかかろうと狙っている。
「もし仮に本当の料理を出せばいただこうかと思っていたけれど、とうに道を踏み外しているみたいだ。信念を曲げて反転して、料理人の道は険しいだろうけど、材料が人の不幸とはいただけないね?」
「それこそが、人の心を打つのだと……この、わからず屋どもが!」
トニーが跳躍した。未散へ襲いかかる。だが射線がわかっていればコントロールは容易だ。
――ギィン! ゼファーの槍が二振りの包丁を受け止める。
「ま、嘗ての志は立派だったってやつかしら。でも残念よねぇ。大切なものまで全部投げ出しちゃったんですもの。……魔種ってのはねぇ、どいつもこいつも停滞してんのよ。其処からより優れたものだとか、何かが向上するだとか、可能性なんて、一つも生み出せやしないわ」
「そんなことはない! ……そんなことは……!」
「優しい言葉をかけてあげるほど暇じゃないのよ。さぁて。そろそろこの胸の傷のお返しと行きましょ?」
静電気がゼファーの髪を走る。槍のこじりで一旦トニーを弾き、得意の間合いを取ると、ゼファーは一筋の雷となって戦場を駆けた。
「ぐお、あ……」
波状攻撃に体力を大きく削られていくトニー。すぐにゼファーへ反撃しようとしたが、そこへ未散が身を晒す。
「そんなに嬉しそうに這いずり回って、挽肉はハンバーグにでもする心算? ならば付け合わせのサラダには、青い羽根をひとひら添えれば彩も良いでしょう」
迎え撃つはエメスドライブ。未散の姿を模した何者かが分身のように現れ、トニーへ突っ込んでいき、爆ぜた。
「うおおおお!」
一本の包丁が宙を舞い、床ヘ音高く突き刺さった。衝撃に吹き飛ばされたトニーはいまやぼろぼろになった体へ鞭打って、残った包丁を杖代わりに立ち上がらんとする。
「こんな、ところで、私が、私の正当性が、否定されるわけには……!」
「いいえ、あなたはここで滅びるのです。人を操って戦わせる外道の思惑通りに動かされるのはもうけっこう。あなたの狂った言説につきあわされるのも飽いてきました。ご退場ください。そのために私は、死力を尽くしましょう」
沙月だった。彼女の背に一瞬月が見えた。かそけき光を放つ三日月、さやさやと投げかけられる月光。沙月はそれを力にサイドステップでトニーの脇へ回り、両手を組み合わせ、滝から水が流れるように速く、鋭く、勢いよくトニーの頭蓋骨へ拳を叩き込んだ。コック帽がぐしゃりと潰れ、赤をまとって床へ落ちる。虚栄の象徴が。
満身創痍のトニーへ向けて、ゼファーが走る。槍を支えに棒高跳びの要領で、全身に雷を纏ったまま飛び蹴りを放った。それは吸い込まれるようにトニーの胸へ着弾し、その胸板を貫いた。
「ぐああああああ!」
断末魔が響き渡る。仰向けに倒れ、もがき苦しむトニー。ゼファーは脚を引き抜くと、槍でその額に狙いを定めた。
「自分に酔って、理想に溺れて、そんな独り善がりが、本当に人の心を惹き付ける訳が無いでしょうが。……じゃあね、酔っ払い」
最後の一撃が眉間を砕き、トニーは悶絶したのち、糸が切れたように動かなくなった。
「ふへー、さすがに疲れた」
「おなかもすいてきちゃったね」
取り繕うのも忘れた様子のルフナに、リウィルディアがくすくす笑いながら返す。魔種が消えた後、あとに残ったのは狭いからっぽの室内だった。
「救助者の様子はどうだろうな」
ゼフィラが扉を開ける。まぶしい光が一行の目を射た。
「おかえりイレギュラーズさん!」
「おかえり!」
「よくぞご無事で……! 助けていただき、ありがとうございました」
待っていたのは妖精たちと警備隊の熱烈な歓迎だった。一二人の妖精にもみくちゃにされながら、イレギュラーズは目を白黒させる。
「私達の宿舎まで戻りませんか。泥を落として、ささやかですが、祝勝会と参りましょう」
警備隊の長らしき女がひざまずき、深く頭を垂れた。彼女にならい、他の警備隊員もそうする。
「そう気を使わなくたって構わないよ。血の滴るステーキといいワインがあれば充分だ」
マルベートが冗談交じりに言う。
その時だった。
「危ない、離れてください!」
幻が自分に抱きついていた妖精たちを抱えて走り出した。
「え? え? もしかして崩れるのか? お約束すぎるだろ!」
フローリカもダッシュする。レストランはそこだけ地震にでもあったかのようにぐらぐらと揺れ、傾き、盛大な音を立てて崩壊した。
もうもうとあがる土煙にリアはかわいらしく、くしゃみをした。
「みんな無事ね。よかったわ、途絶えた旋律がなくて」
「なんでまた急に」
肩へことんと槍を置いたゼファーに沙月が答える。
「トニーという屋台骨を失ったからではないでしょうか」
「……終わったのですね」
未散がそうつぶやいた。
「潰えた夢の残骸。だけど同情はいたしません。最後まで夢が見れて、楽しかったのでしょう?」
成否
大成功
MVP
状態異常
あとがき
おつかれさまです。いかがでしたか?
皆さんは要救助者全員を救出、激戦の末、見事魔種を討ち果たしました。
MVPは不殺で救出へ貢献し、かつ食材適正でトニーをひきつけたあなたへ。
GMコメント
みどりです。魔種を討伐しよう。
●やること
1)魔種トニー討伐
A)妖精&森林警備隊の死者10人以下
B)死者5人以下
C)死者0
魔種は妖精と森林警備隊を操り、率先して切り込んできます。操られている彼彼女らはこちらを攻撃すると同時に、勝手に自滅していきます。やること達成の最短距離は、全滅させることです。どこまで回り道してオプションを達成するかは話し合って決めてください。
●エネミー
魔種 シェフ・トニー
属性は傲慢。人の心を打つ料理を目指していたが、妥協のなさから挫折をくり返し反転した。彼がもう少し周囲へ心を配ることができたなら栄光に満ちた人生を歩めただろうが過ぎた話である。
包丁二刀流。マーク・ブロック・怒り無効。HP・EXA・抵抗を中心に全般的にステータスが高いアタッカー、料理人らしいスキルを使用してきます。次々とターゲットを変える傾向があります。「素材」はいろいろ試してみたいんでしょう。
・フランベ 神自域 ダメージ大 恍惚 火炎 業炎 炎獄
・ブランチング 神近単 ダメージ大 移 飛 炎獄 氷結
・アッシェ 物至単 ダメージ特大 防無 致命
・ゴシカァン HP50%以下で使用 自付与 全ステータス大UP(FB含む)
魔物 ウェイター 5人
トニーが錬金術で作り出した自分の影。よく見ると微妙にトニーへ似ています。防技と回避、EXFに優れていますが、全般的に標準的な能力です。FBも標準装備。
・回し蹴り 物至扇 ダメージ中 ブレイク 飛
・喜悦のライトハンド 物至単 ダメージ中 恍惚
・不浄のレフトハンド 神遠ラ 回復中 攻性BS回復小
・かばう トニー被攻撃時50%の確率で発生
・ブロック 25%の確率で発生
操られた妖精たち 12人 ピッチ&パリ―含む
高回避高神秘低HP。
開始時よりBS【懊悩】【狂気】を永続的に得ている。このBSは戦場外へ移動することで解除できる。
・マジックロープ 神遠単 ダメージ中 麻痺
・ピューピルシール 神遠単 ダメージ中 封印
・神秘通常攻撃 神至単 ダメージ中
操られた森林警備隊 8人
高命中高抵抗低AP。
開始時よりBS【懊悩】【狂気】を永続的に得ている。このBSは戦場外へ移動することで解除できる。
・魔力撃 神至単 ダメージ大
・ロベリアの花 神遠範 ダメージ小 呪殺 毒 窒息
・物理通常攻撃 物至単 ダメージ中
●戦場
トニーの周囲100m
それより外は戦場外として扱う
全体はレストランに似た亜空間で十分な広さがある
地形:机と椅子が等間隔で並んでおり簡易なバリケードを組むことが可能
地形ペナルティ:なし
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●関連シナリオ 読まなくても問題有りません
<虹の架け橋>鳥かごレストラン アタトラ シェフ・トニー
ラティラ・ククルア シェルミー ピッチ&パリー
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